異世界に転生したら俺が二人になってた。【新生】 作:鳩夜(HATOYA)
小さな穴の前に立った瞬間、俺は足を止めた。
あの狭い穴――
子供である俺たちだから通れただけの、岩壁の裂け目。
振り返ると、ネビアも同じことを考えていたようで、視線が合った。
「……アルネさん、この穴は通れませんよね」
「わしは無理じゃな。昔よりは小さくなったがの……」
アルネは苦笑しながら、杖に体重を預けた。
ルーネとテーネは、その言葉を聞いて、無意識にアルネの服を掴む。
「じゃあ……」
「このまま閉じ込められる……?」
ルーネの声が震える。
俺は背中に背負った剣へと手を伸ばした。
黒錆の剣――シャドウノヴァ、あるいは違う名を持つ何か。
「いや。ここで終わりじゃない」
剣を地面に突き立て、俺は岩壁を見上げる。
表面は異様に硬い。
だが、シャドウナイトの間で見た壁の破壊痕が、頭に残っていた。
「この壁……外殻だけが異常に硬い」
「内部は、脆い可能性がありますね」
ネビアがそう補足する。
「……フィアン」
「分かってる。気を付けて行け! だろ?」
「ふふ。概ねそうですね」
その言葉に、ネビアは小さく笑った。
あの死線を越えたあとだ。
無謀と覚悟の違いくらいは、もう分かる。
「みんな、少し下がって」
俺は剣を構え、深く息を吸った。
闘気を込める。
……すぐに分かる。
この剣は、木剣とは根本から違う。
注ぎ込んだ闘気が、逃げない。
吸われているはずなのに、剣身の奥で“留まっている”。
「……すごい」
ルーネが、思わず声を漏らした。
「フィアンさん……剣が……光って……」
「いや……まだだ。これは……」
淡く、鈍い輝き。
光というより、内部に熱が溜まっているような感覚。
限界まで、込める。
「……いくぞ」
(フィアン)――魔装・一閃
――ズンッ!!
衝撃音は、岩を砕く音じゃなかった。
空気が“裂ける”ような音。
衝撃波が走り、全員が思わず身を伏せる。
砂煙が舞い上がり、視界が奪われる。
「……失敗、ですか……?」
ネビアの不安そうな声。
だが、砂が落ち着いた瞬間――
俺たちは言葉を失った。
壁に、一直線の“切断痕”が走っている。
深さは二十センチほどだが、その内側は――
「……中、崩れてます」
「砂岩……いや、もっと脆い」
俺が触れると、ぼろぼろと崩れ落ちた。
「いける」
ネビアがすぐに動いた。
「僕が中を処理します。フィアンは、外殻を」
頷き合う。
役割分担は、言葉なしで決まった。
ネビアが魔法陣を描く。
(ネビア)――ファイヤエクスプロージョン
爆発音と共に、内部の岩が一気に崩れ落ちる。
衝撃に備え、俺は剣で地面を抑え、魔装魂を張った。
砂煙が吹き抜け――
「……開いた」
壁の向こう側に、空洞。
風が、確かに外から流れ込んでくる。
「やった……!」
「外に出られる……!」
ルーネとテーネが、同時に声を上げた。
アルネは、しばらく呆然としてから、ゆっくりと笑った。
「……まさか出られるときがくるとは……!」
「アルネさん」
「いや……ありがとう。本当に、ありがとう」
その声は、震えていた。
俺は剣を見下ろす。
どれだけ闘気を込めても、刃は欠けていない。
むしろ――剣の奥が、少しだけ温かい。
「……この剣、すげえよ」
「ええ。すごい剣です」
ネビアの言葉に、俺は静かに頷いた。
剣が俺を選んだのか。
それとも、俺の中の“何か”を選んだのか。
その答えは、まだ出ない。
「皆、一旦戻りましょう」
ネビアが言った。
俺たちは、開いたばかりの通路を振り返り、小屋へと歩き出した。
・・・
「おばあちゃん! いつでも出られるよ!」
ルーネが弾む声でそう言い、テーネも小さく頷いた。
「ねえ、いつ出るの?」
「外、行ける」
期待に満ちた視線が、アルネに向けられる。
だが――
アルネは少しだけ目を伏せ、ゆっくりと首を振った。
「……せっかく開けてもらったがの。わしは、ここに残るよ」
「え……?」
ルーネの声が震えた。
「どうして? 一緒に出られると思ってた」
「もう、出られない?」
テーネも、ぎゅっとアルネの服を掴む。
アルネは二人の頭にそっと手を置き、優しく撫でた。
「わしはもう歳を取りすぎた。外の世界を歩き回る体力は、正直言って残っておらん」
「そんな……」
「フィアン、ネビア――」
アルネは一度言葉を切り、俺たちを見た。
「お主たちに、頼みたいことがある」
その言葉に、俺とネビアは自然と背筋を伸ばした。
「ルーネとテーネは精霊じゃ。本来なら、外の世界で“契約者”を見つけねばならん存在」
「契約者……?」
ネビアが小さく呟く。
「契約者が見つかれば、この子たちは覚醒し、ずっと外でも生きていける。わしの最終試練も……それで果たされるはずじゃった」
その瞬間、
俺とネビアは顔を見合わせた。
「……契約って」
「俺たちでも、可能なのか?」
思わず、口から出ていた。
アルネは一瞬驚いたような顔をした後、苦笑する。
「簡単なことではないぞ。光と闇の精霊は特別じゃ。相性も、覚悟も要る」
その時だった。
テーネが、何も言わずにネビアをじっと見つめた。
視線は逸らさず、瞬きもせず。
まるで、内側を覗き込むように。
「……相性、よさそう」
「え?」
ネビアが戸惑った声を出す。
それを聞いて、ルーネがはっとしたように俺を見た。
「……あ」
そして、ぽつりと呟く。
「ルーネも……フィアンさんと、契約できそう」
「は!? いや、そんな簡単に――」
言い終わる前だった。
ルーネは一切のためらいもなく、一歩踏み込んできた。
そして――
柔らかく、唇が触れた。
ほんの一瞬。
だが、確かに。
頭が真っ白になり、言葉を失う。
「ちょ、ちょっと待っ――」
ルーネの唇が離れた瞬間――
世界が、音を失った。
眩い光が、俺とルーネを包み込む。
いや、包み込むというより、内側から満たされていく感覚に近かった。
熱いわけでも、痛いわけでもない。
ただ、胸の奥にぽっと灯がともり、それが静かに根を張っていく。
「……あ」
思わず声が漏れた。
自分の中に、今までとは違う“何か”がある。
闘気とも魔力とも違う、それでいてどちらにも寄り添う感覚。
「フィアンさん……」
腕の中で、ルーネが小さく呟いた。
その身体が、ふっと軽くなる。
一瞬だけ――本当に一瞬だけだが、ルーネの輪郭が淡く透き通って見えた。
「……成功、です」
ルーネは胸に手を当て、少し照れたように微笑んだ。
「ルーネ、今……」
「はい。ルーネはもう、フィアンさんの“精霊”です」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥の灯がはっきりと脈打った。
俺の鼓動に合わせるように、光が静かに呼応している。
「なんという事じゃ……! こうもあっさりと……!」
アルネの声で、俺は我に返った。
「今のが精霊契約じゃ! 普通は成人して、命懸けで挑んで、ようやく届く領域じゃぞ?」
「そ、そんな大事なものだったのか……」
その時――
静かに、だが確かに空気が変わった。
「……ネビア」
テーネが、ネビアの前に立っていた。
じっと、影を見るように、深く、深く。
「闇が……きれい」
「え?」
ネビアが戸惑ったように声を上げる。
その足元で、ネビアの影がわずかに揺れた。
揺れたというより、呼吸をしたように見えた。
「この人……呼んでる」
「呼んでるって……何を?」
テーネは答えず、一歩だけネビアに近づいた。
「同じ。欠けてる。だから……つながる」
その言葉を最後に、テーネは目を閉じた。
ルーネの時と同じ――
しかし、どこか冷たく、静かな気配が広がる。
「ネビア……これは……」
「分かりません。でも――」
ネビアは自分の胸に手を当て、ゆっくりと息を吸った。
「拒否する理由は、ありません」
その瞬間、闇が、そっと溶けるように重なった。
光と闇。
別々でありながら、互いを否定しない二つの存在。
そして――
「……終わった、みたいですね」
ネビアが静かに言った。
テーネはネビアの腕を掴み、短く頷く。
「うん。契約、成立」
アルネは、驚きの表情で深く息を吐いた。
「……立て続けに色々起こりすぎじゃ! わしの心臓が持たんぞ!」
そして、アルネはと俺たちの目を嬉しそうにみた。
「わしの試練も、お主たちの試練も――ここで一つ、終わった」
その言葉を聞いた瞬間、
世界が再び、強い光に包まれた。