火が陰り、呪われた不死たちが絶望の中で「亡者」へと堕ちていく終焉の地・ロードラン。

その最悪の不浄地帯「最下層」で、不気味な笑顔の兜を被り、陽気に死体を漁る一人の商人がいた。

彼の名は珍品売りのドーナル。

「物好みの国ゼナ」出身の彼は、世界の滅亡すらどこ吹く風で、ただ己の果てなき蒐集欲を満たすためだけに生きていた。

強敵を屠りながら旅を続ける「選ばれた不死」と、その戦いの跡地から英雄たちの防具を仕入れる「スカベンジャー」のドーナル。

二人の奇妙な相利共生の関係を通じて、なぜ彼が過酷な世界で正気を保ち続けられるのか、その異質なメンタリティと「終わりのない目的」の真実が、世界の終着点を前にして明かされる。

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※本作は『DARK SOULS』に登場する「珍品売りのドーナル」を主役に、原作への愛と敬意を込めて執筆したファンフィクション(二次創作)です。公式および関連企業様とは一切関係ありません。

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素晴らしい取引

 どろりとした、鉛色の濁流が石床を叩いていた。

 

 ここはロードランの底、最下層。

 

 太陽の光など届くはずもない、文字通り世界から見捨てられた大不浄の地である。

 漂うのは肉の腐った悪臭と、生者を内側から石化させるという、あの忌まわしき大目玉のトカゲ――バジリスクが吐き出す紫の呪霧の残り香。

 並の人間であれば、その湿気と絶望に肌を焼かれ、瞬く間に心を折られて亡者へと成り果てるだろう。

 

 だが、その泥濘の中に、あまりにもその場に不釣り合いな「笑い声」が小さく響いた。

 

「ほう……。これはまた、なかなかに唆る結晶の輝きだ。大英導師の書庫に眠る青い輝石に、どこか酷似しているねえ」

 

 男は屈み込み、巨大な肉塊の傍らに落ちていた、不自然にきらめく大剣の破片を拾い上げた。

 

 男の頭部を覆っているのは、真鍮色の奇妙な兜である。

 その頂部には、まるで天を突くかのように二つの立派な角が並んで生えていた。

 それは物好みの国ゼナにおいて「叡智の探求者」たる証であるというが、正面に彫り込まれた、他者を嘲弄するような、歪んだ不気味な笑顔は、見る者に底知れぬ不快感を与える。

 

 男の名はドーナル。

 

 物好みの国ゼナからやってきた、風変わりな旅人であり、商人であった。

 

 ゼナの旅人たちは、何よりも珍品奇品を愛し、そのコレクションのために生涯を旅に費やすという。

 

 世界の法が崩壊し、火が陰り、不死の呪いが蔓延しようとも、彼らのその狂気的なまでの蒐集欲が削がれることはなかった。

 

 むしろ、神々が去り、英雄たちが狂い、世界がその歴史の終着点へと向かって瓦解していく現在のロードランこそ、彼らにとっては数千年の歴史が遺した「極上のゴミ溜め」であり、宝の山に他ならなかった。

 

 ほんの少し前まで、この広大な汚水溜まりには、果てなき食欲の末に自らの身体を巨大な「口」へと変貌させた古竜の末裔――貪食ドラゴンがのさばっていた。

 

 だが、それも今は過去の話だ。

 

 一人の「選ばれた不死」がこの地を訪れ、その呪われた大顎を叩き割り、先へと進んでいった。

 

 静まり返った戦いの跡地に、誰よりも早く、そして音もなく忍び寄るのが、ドーナルの生業であった。

 

 彼は戦士ではない。

 

 英雄を自称したこともなければ、火を継ぐなどという大層な使命に興味を持ったこともない。

 彼はただのスカベンジャーであり、世界の屍肉を漁る鴉であった。

 

「はっはっは。あの貪食の怪物を仕留めるとは、大したものだ。さて、あのお方は、次はどこへ向かうのやら」

 

 ドーナルは拾い上げた結晶の破片を懐に仕舞い込むと、満足げに兜の奥で目を細めた。

 不気味な兜の笑い顔が、闇の中で一瞬、本当に笑ったかのように歪んだ。

 

 

 最下層の濁流を抜けたドーナルが次に腰を落ち着けたのは、火継ぎの祭祀場の高架下、水路へと続く薄暗い通路の奥であった。

 

 そこは不思議な場所だった。

 

 すぐ近くでは、絶望に身を委ね、ただ己が亡者へと退行していくのを待つばかりの「心が折れた戦士」が、ドロドロとした愚痴をこぼしている。

 世界の終わりを告げる風が吹き抜ける中、多くの者が悲鳴を上げ、あるいは狂気に狂っていく。

 

 しかし、ドーナルだけは違った。

 

 彼は広げたボロ布の上に、どこから集めてきたのかもわからない奇妙なガラクタや、結晶の魔力を帯びた武器、さらには不思議な意匠の防具の数々を並べ、楽しげに鼻歌を歌っていた。

 

「Aye, siwmae!(やあ、調子はどうだい!)」

 

 通路の向こうから、一歩一歩、重い足音を響かせて歩いてくる影があった。

 全身を傷だらけの鉄の鎧で包み、幾多の死線を潜り抜けてきたことが一目でわかる不死――「選ばれた不死」だ。

 

 その手には、神の力を帯びた、白く輝く武器が握られている。

 

「よくぞ無事で。あんたの活躍は、風の噂でよく耳にするよ。どうだい、私のコレクションは? 旅の役に立つ珍品が、色々と揃っているよ」

 

 不死は無言のまま、ドーナルの前にソウルの塊を差し出した。

 

 それは、旅の途中で屠った亡者や怪物たちから奪い取った、純粋なる生命のエネルギー。

 

 ドーナルにとって、これほど素晴らしい通貨はなかった。

 

 ソウルがあれば、ゼナに伝わる特殊な鋳造技術を用いて、手に入れた防具の「残滓」から、かつての主が身にまとっていた姿そのものを完璧にリビルドすることができるからだ。

 

「……おい、あんた。ひとつ、いいことを教えてやろう」

 

 ドーナルはソウルを受け取りながら、兜の笑顔を少し傾け、声を潜めた。

 

「地下墓地の骸骨どもは、倒してもまたすぐに起き上がる。だが、神の武器で倒せば、もう起き上がらんそうだ。……それと、小ロンドの幽霊どもは、普通には斬れん。呪われるか、一時の呪いを使うか、でなけりゃ呪われた武器を使うことだ。手っ取り広く呪われたければ、最下層のあの目玉の大きなトカゲに、わざと呪われることだな。捨て身の手段だがね」

 

 それは、ドーナル自身がこの足でロードランの隅々までを歩き回り、死と隣り合わせの観察を続けて得た「世界のルール」であった。

 彼はただの強欲な商人ではない。世界の観察者であり、探求者なのだ。

 

 不死はドーナルの言葉を頭に刻み込むように深く頷くと、新たに並べられていた「ある武器」を購入した。

 それは、センの古城の守護者であったアイアンゴーレムの、武骨な大斧だった。

 

「はっはっは。ありがとう。あんたは本当に、素晴らしい取引相手だ」

 

 不死が再び、使命の旅へと背を向けて歩き去っていくのを見送りながら、ドーナルは満足げに自らの懐を叩いた。

 

 不死が強敵を倒せば倒すほど、世界からは古い存在が消え去り、その遺物がドーナルのもとへと転がり込んでくる。

 不死の旅が進むこと自体が、ドーナルのコレクションをこの上なく豊かにする、最高の燃料となっていた。

 二人の間には、言葉にされぬ奇妙な相利共生の関係が成立していたのである。

 

 

 

 時は流れ、世界の黄昏はいよいよ色濃くなっていった。

 

 神の都アノール・ロンド。かつて太陽の光に満ちていたその大聖堂は、いまや幻影の光すら失い、冷たい夜の闇に包まれている。

 

 その巨大な聖堂の床に、ドーナルはいた。

 

 彼の前には、つい先ほどまでこの地を守護していたであろう、二人の英雄の凄惨な骸があった。

 

 一方は、巨大なハンマーを振り回していたという処刑者スモウ。

 もう一方は、大王グウィンの四騎士が一、竜狩りのオーンスタイン。

 

 激しい戦闘の余波で、周囲の柱は砕け散り、床には黄金の甲冑の破片が飛び散っている。

 常人であれば、その場に残る圧倒的なソウルのプレッシャーと、神話の終焉を目の当たりにした絶望感に圧し潰されるところだろう。

 

 だが、ドーナルは違った。

 

「素晴らしい……。この獅子の意匠、そして雷の力を内包するための、神の国の極上の彫金技術。これぞまさに、歴史に刻まれるべき珍品だ!」

 

 彼は狂ったように笑いながら、オーンスタインの黄金の兜を拾い上げ、愛おしそうにその表面を撫でた。

 

 その時、大聖堂の影から、うめき声と共に数人の亡者兵士が這い出てきた。

 理性を失い、ただ生者のソウルを求めて彷徨う、哀れな世界の犠牲者たち。

 彼らはドーナルの放つ、生者の気配を敏感に察知し、錆びた剣を振り上げて襲いかかってきた。

 

「おっと、私は平和主義者だぞ、馬鹿者が!!」

 

 ドーナルは悪態をつきながらも、その身のこなしは驚くほど軽やかだった。

 彼は背負っていた結晶の直剣を素早く引き抜くと、亡者の大振りの一撃を紙一重でかわし、その喉元を正確に貫いた。結晶の刃が、亡者のわずかなソウルを吸い上げて砕け散る。

 

 彼は戦いを好まないが、それは弱さを意味しない。

 数々の危険地帯を生き抜いてきたスカベンジャーとしての、洗練された「逃げ足」と「護身の技」がそこにはあった。

 

 亡者を退けたドーナルは、息を乱すこともなく、再びオーンスタインの鎧の回収作業に戻った。

 

 この世界において、不死が亡者となる原因はただ一つ。

 

 「目的」を失い、心が折れることだ。

 

 火を継ぐという使命に絶望した騎士も、魔術の極致に届かず狂った賢者も、皆、自らの終わりの壁にぶつかって理性を失った。

 

 しかし、ドーナルにはゴールがない。

 

 「珍品を集めること」、その行為自体が彼の存在理由であり、生きる目的そのものだった。

 世界が滅びようが、神々が死に絶えようが、彼にとっては「次にどんな珍品が手に入るか」という終わりのない好奇心の旅に過ぎない。

 

「神々が消え去るのなら、その身にまとった栄華を私が引き取ろう。誰も見向きもしなくなった世界で、この私だけが、彼らの生きた証を愛でてやるのだからねえ」

 

 深淵の影が、大聖堂の隅からじわじわと這い寄ってくる。

 

 だが、ドーナルの胸中にある物欲の火は、その深淵の闇すらも跳ね返すほどに、昏く、そして強烈に燃え盛っていた。

 

 彼が亡者にならぬ理由――それは、世界の滅亡すらも「博覧会」として楽しむ、その異質なるタフネスに他ならなかった。

 

 

 場所は再び、火継ぎの祭祀場。

 

 世界の根源たる「最初の火」は消えかけ、世界の終わりはいよいよ極まっていた。

 空は不気味な日食のような輪を描き、大地からは生命の残り香すらも消え失せようとしている。

 

 多くの者が去り、あるいは亡者となって破滅していったこの静寂の地で、ドーナルだけは、相変わらず高架下の暗がりに腰を下ろしていた。

 

 しかし、彼の周囲の光景は、以前とは全く異なっていた。

 

 ボロ布の上には、黄金の獅子の甲冑、巨大な処刑者の鎧、さらには深淵の闇に染まっていたはずの伝説の騎士の、おぞましくも美しい藍色の防具までが、まるで王のコレクションのように整然と並べられていた。

 

 ゼナの鋳造技術によって完璧に再現されたそれらは、滅びゆく世界の中で、奇妙な存在感を放っている。

 

 カラン、と鉄の靴音が響いた。

 

 やってきたのは、あの「選ばれた不死」だった。

 

 その身にまとうソウルの量は、もはや一国の王をも凌駕するほどに膨れ上がっている。

 

 彼はこれから、最初の火の炉へと向かい、すべての始まりにして現在の黄昏そのものである、大王グウィンのもとへと旅立つ。

 

 それが、この世界の運命を決める最後の戦いになる。

 

 不死はドーナルの前に立ち、最後の、そして最も巨大なソウルの塊を差し出した。

 

 ドーナルは兜の奥で、そのソウルをじっと見つめ、それから並べられた商品の中から、最高にして最後の「珍品」を取り出した。

 

 

「ついにここまで来たか、あんた。……いや、もう『あんた』などと呼ぶのは失礼かもしれないねえ」

 

 ドーナルは遺衣を不死へと手渡し、ソウルを受け取ると、いつものように、しかしどこか深い感慨を込めて笑った。

 

「世界がどうなるかは、私にはわからない。火が継がれるのか、それとも暗闇の時代が来るのか。……だが、どちらになろうとも、私は私の旅を続けるさ。まだまだ、この世界には私の見たことのないガラクタが転がっているはずだからね」

 

 不死は、その遺衣を静かに受け取ると、一言も発することなく、最初の火の炉へと続く白い光の門の方へと歩き出した。

 

 その背中は、世界の命運を背負う者の重みに満ちていた。

 

 ドーナルは、その孤独な英雄の背中を、ただじっと見送っていた。

 

 世界を救う者、あるいは世界を終わらせる者。そのどちらであっても構わない。

 

 ただ、もしその旅の終わりに、彼が力尽き、あるいは新たなる王となったなら――その時、その場所に残された「最高の珍品」を回収しに行くことこそが、スカベンジャーたる自分の次の仕事なのだから。

 

「……はっはっは。良い旅を、あんた。素晴らしい取引だったよ」

 

 黄昏の風が吹き抜ける火継ぎの祭祀場に、二つの角を持つ知恵者の兜が、不気味に、そして陽気に揺れた。

 

 世界の終わりを嘲笑うかのようなその笑い声は、滅びゆくロードランの静寂の中に、いつまでも、いつまでも響き渡っていた。


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