「キャルちゃん、ユウキくん、今日も美味しそうですね」
ペコリーヌの、あのハイライトの消えた青い目が、じっと私の首筋をなぞっている。
あいつの腹の虫が、グウ、と悍ましい音を立てて鳴った。
冗談じゃない。知っている。こいつは腹が減りすぎたら、マジで私たちを食材として喰う。さっき一瞬、あいつがナイフを握る手にぞっとするような力がこもったのを私は見逃さなかった。
なのに、この隣の生き物は何も分かっていない。
「きゃる、これ、おいし」
米粒まみれの指。涎のついた口元。青年の形をしただけの赤ん坊が、手のひらの上で不格好に握られた、生温かいお米の塊を私の唇に押し付けてくる。
「……いらないわよ! 触るな! あっち行きなさいよ!」
殺気すら込めて睨みつけ、全力の圧で拒絶したのに、あいつはまるで言葉が届いていないみたいに、へらへらと無邪気に笑っている。私の必死の威嚇なんて、この無垢な赤ちゃんには1ミリも通じない。
「あらあら、主さま。キャルちゃんに分けてあげられたのですね。お上手です、素晴らしいですよ」
対面で、コッコロが笑顔でパチパチと拍手している。
狂っている。この幼女は、赤ちゃんが私の肉を喰い千切ろうが、世界を滅ぼそうが、その笑顔のまま全てを全肯定するに決まっている。
常識も倫理も通じない、底なしのサイコパス。
早くここから逃げたい………
ご飯ごとあいつの手を叩き落とせばいい。
私はスパイだ。いずれこいつらの首を跳ねる、陛下の獣だ。
なのに、鼻腔をくすぐるお米の匂いに、私の胃袋が酷くあさましく、グウと鳴った。
唇に触れた米粒が、口の中に滑り込んでくる。
───美味しい。
「おいしい?」
ユウキが聞く。
私は顔を伏せた。
「……まあ」
「おいしい?」
「まあまあ」
「おいしい?」
「うるさい!」
バンっ!
力いっぱいにテーブルを叩いた。
なのに、三人とも嬉しそうな顔をしている。
意味が分からない。
本当に意味が分からない。
なんで私がキレてるのに喜んでるのよ。
怖い。
気持ち悪い。
あいつの手から次々とご飯を口に放り込まれて、私はただの家畜になっていく。
ああ、バカみたい。
なんで私、こんな狂人たちの巣窟で、赤ん坊に餌付けされてるんだろう。
視界が涙で歪んでいく。
「……っ、ちょっと、お手洗い」
限界だった。
背中に突き刺さる三人の視線から逃げるように、狭い個室へ飛び込んで鍵を閉めた。
猛烈な酸が喉をせり上がってくる。
冷たい便器に縋りつき、胃の中のものをぶちまけそうになるのを、必死に口を手で塞いで堪えた。
吐き出したら、お腹を空かせたあの怪物が、あの光のない瞳の幼女が、笑顔のままこのドアをぶち破って私を解体しに来るかもしれない。
すえた匂いのする冷たい便器に額を押し付け、爪を立てて声を押し殺す。
「こんな居心地の悪いギルド、さっさと辞めたい……助けてぇ……陛下ぁ………」
陛下のところへ帰ればいい。それで全部解決する。
分かっている。
分かっているのに…………