翌日の昼休み、アイに「紹介したい人たちがいる」と言われて校舎の外までついていくと、木陰に置かれたテーブルの一つに三人が集まっていた。俺たちに最初に気づいたのは背の高い女の子で、椅子から立ち上がるなりアイへ大きく手を振り、その勢いのまま俺まで真っ直ぐ見てくる。
「アイ! 昨日ユアとバトルしたんでしょ? どうだった? どんなポケモン使ったの? ねえユア、今日は時間ある? このあとわたしとも勝負しない?」
「待て待て待て、まだ名前すら聞いてねえぞ」
「あっ、そっか! わたしネモ。よろしくね、ユア! それでバトルは?」
「結局そこに戻んのかよ……まあ、よろしく」
差し出された手を握ると、ネモはそれだけで一仕事終えたように満足そうな顔をした。その横では長い髪の男が呆れたように額へ手を当て、俺と目が合うと椅子へ座ったまま自分の胸を親指で指す。
「こいつ、バトル絡むと大体こんな感じだからな。悪気はねえんだけど、順番っつーもんが頭から吹っ飛ぶんだよ。オレはペパー。よろしくな。んで、そっちで端末いじってんのがボタン」
「……ども。別に無視してたわけじゃないから。ネモが一人で三人分くらい喋ってるし、入る隙なかっただけ」
「えっ、そんなに喋ってた?」
「その反応込みで言ってるんよ」
ボタンは端末から少しだけ顔を上げ、軽く手を振った。ネモとは正反対に静かだけど、喋らないわけじゃないらしい。俺も手を上げて返してから三人を順番に見る。
「で、三人ともアイの知り合い?」
「知り合いっていうか、まあ……色々一緒にやった仲間かな」
「色々って?」
聞き返したところで、テーブルの向こう側から重たい足音が近づいてきた。最初に見えたのは紫色の大きな頭で、その下から胸元についたタイヤみたいな丸いものと、金属みたいな光沢のある身体が木陰へ入ってくる。四本脚で歩いてるのに俺の知ってるポケモンとは身体の作りがまるで違っていて、そいつはアイの横まで来ると一度だけ俺の顔を見上げ、そのまま迷いなく鞄へ鼻先を寄せてきた。
「うおっ、なんだこいつ」
「ミライドン。ボクの友達」
「これもポケモンなんだよな?」
「アギャス」
『すごい! ユア、この子すっごい変わった身体してる!』
いつの間にかボールから出ていたキルリアが俺の横から身を乗り出し、ミライドンの周りを半歩だけ回り込んだ。ミライドンも顔を向けた途端、キルリアは待ってましたとばかりに両手を胸の前で合わせる。
『ねえねえ、どんな技使うの? その胸の丸いやつって何? 走る時に使うの? それとも浮いたりする? あと、アイとはいつから一緒なの?』
「アギャ、アギャス!」
『えっ、崖の下で会ったの? それでサンドウィッチもらったんだ! ねえ、それからずっとアイと一緒?』
「アギャ!」
「……キルリアとネモって、ちょっと似てる」
ボタンが端末を見たままぼそっと言うと、ネモがすぐに顔を上げた。
「えっ、どこが?」
「そこ。気になったら質問止まらんとこ」
『ネモもいっぱい聞くの?』
「聞くよ! だって初めて会ったポケモンって気になるでしょ? 得意な技とか、どういう動きするのかとか、どんなバトルが好きなのかとか!」
『わかる!』
「そこで意気投合すんな」
「いいじゃんユア。キルリア、あとでわたしのポケモンたちとも会おうよ!」
『会う!』
「勝手に予定増やしてんじゃねえよ!」
俺の横で話がまとまりかけ、ペパーが腹を抱えて笑った。その間にもミライドンはキルリアとの会話より俺の鞄が気になるらしく、もう一度鼻先を寄せてくる。
「だからなんも入ってねえって」
「アギャ?」
『サンドウィッチの匂いがした気がするって』
「してねえよ。昼飯もう食ったし」
「こいつ、サンドウィッチのことになると食い意地すげえからな。ちょっとでも匂い残ってりゃ期待するんだよ」
「ペパーに言われたくないって」
「なんでオレだよ!」
アイが笑いながらミライドンの首元を撫でると、ようやく諦めたのか、その大きな身体を横へ伏せた。ずいぶん慣れている。シンオウで一緒にいた頃、アイからこんなポケモンの話を聞いた覚えはない。
「つーか、お前ほんと何してたんだよ。一昨日は急にチャンピオンだって分かるし、今日は知らねえ友達三人に知らねえポケモンまで出てくるし」
「ああ、それ? 話すと結構長いよ」
「今さらだろ。どうせまだ隠してんだろ」
「人聞き悪いなあ」
アイは笑いながら空いていた椅子を引いた。俺が隣へ座ると、ネモも向かいへ座り直し、ペパーは「ほんとに長くなるぞ」と言いながら飲み物を持ってくる。ボタンまで端末を伏せたところを見ると、こいつらにとっても何度か聞いた昔話らしい。
「じゃあ、ボクがパルデアに引っ越してきたところからかな。家の隣に住んでたのがネモだったんだよ。その時にはもうチャンピオンランクだったのに、ボクはまともにポケモン勝負したこともなくてさ。それなのに会ってすぐ勝負しようって言ってきた」
「だってアイ、最初に会った時から絶対強くなると思ったんだもん。まだバトルに慣れてないのは分かってたけど、ポケモンを見る時の感じとか、こっちが話したこと覚えるのも早かったし、だったら実際に戦ってみたくなるでしょ?」
「ならねえよ」
「なるよ!」
「お前基準で話すな」
ネモは本気で分からないらしく首を傾げている。アイはその横で苦笑しながら肩をすくめた。
「当然、その時はボクが負けたよ。ほぼ初心者だったし、ネモはもうチャンピオンだったから」
「へぇ……今のお前しか知らねえから変な感じするな」
「ボクだって最初から今みたいに戦えたわけじゃないよ。それからネモと学校へ向かう途中で、崖の下にミライドンが倒れてるのを見つけた。傷だらけで、まともに動けないくらい弱っててさ。持ってたサンドウィッチをあげたら食べてくれて」
「アギャス!」
『すっごく美味しかったって』
「そこ強調すんのかよ」
「ほらな。食い物のことはよく覚えてんだよ、こいつ」
ペパーが指を差すと、ミライドンがむっとしたように鼻を鳴らした。キルリアが『でも美味しかったなら覚えてるよね』と庇ったせいで、今度は二匹で何か話し始める。
「それでミライドンを連れて進んでたら、灯台の辺りでペパーと会ったんだ。ミライドンのこと知ってたみたいで、最初はすっごいぶっきらぼうでさ」
「おい、そこだけ切り取ったらオレがただ感じ悪い奴みてえじゃねえか。知らねえ奴がいきなりミライドン連れて歩いてんだぞ? しかも当時のお前、こいつが何なのかほとんど分かってないくせに普通に一緒にいるしよ。見てるこっちの方が落ち着かなかったっつーの」
「今も割とぶっきらぼうじゃね?」
「お前まで乗っかんな!」
『でもペパー優しいよ。ご飯作れるし!』
「お、キルリアは見る目あんじゃねえか!」
『さっきサンドウィッチ持ってたし!』
「結局そこかよ!」
ペパーが肩を落とし、ネモが声を上げて笑う。ボタンも端末の横で口元を少し緩めていて、アイはその全員を見渡してから話を先へ進めた。
「それでやっと学校まで着いたと思ったら、今度は入口の近くでボタンがスター団の子たちに絡まれてて」
「その言い方だと、うちが完全に何も知らん被害者みたいなんだけど」
「その時のボクにはそう見えたんだって。それから学校生活が始まって、しばらくしたら宝探しも始まった。パルデア中を自分で回って、自分にとっての宝物を探すっていう学校の行事でさ。ボクはジムを巡りながら、ペパーと秘伝スパイスを探してヌシポケモンとも戦ってたんだ」
「ヌシポケモン?」
「普通よりずっと大きくなったポケモン。最初に戦ったのはガケガニだったかな。崖に張りついて横向きに走り回るんだけど、もう本当にデカくてさ」
「ガケガニってどんなポケモン?」
俺が聞くと、ボタンが伏せていた端末を持ち上げ、何度か画面を触ってからこっちへ向けた。
「……これ」
画面には大きな目と赤い身体をしたポケモンが映っていて、太い脚で岩壁へ張りついている。俺が覗き込むとキルリアまで隣から顔を寄せ、画像の上から下まで興味深そうに眺めた。
『みずタイプ? 画像だと岩肌にくっついてるけど』
「まあ、そう見えるよな。けど岩タイプちゃんなんだぜ」
「へぇ、見た目からじゃ全然わかんねぇな」
『じゃあ“マジカルリーフ”なら相性いいね!』
「画像見て最初に考えるのそれかよ」
『だって戦う話してるんだもん』
「やっぱりキルリアとネモ似てる」
「ボタン、それ褒めてる?」
「半分くらい」
「もう半分は!?」
ネモが食いついたところで、ボタンは答えず端末を引っ込めた。アイは笑いながら続きを話し始める。
「ガケガニだけじゃなくて、空を飛んで岩を落としてくるオトシドリもいたし、地面の中を進むミミズズもいた。砂漠には鉄みたいな身体のものすごく大きなポケモンまでいたよ。湖なんか最初に見つけたやつがヌシだと思ったら、実は全然違ってて」
「あれはオレも焦ったな。やっと見つけたと思ったら話がひっくり返るし、ヌシちゃん追っかけて湖中走り回るしで、あの頃はスパイス一個探すだけでも毎回何かしら起きてたからな」
「お前らそれほんとに学校の行事でやってたのか?」
「宝探しだからね」
「便利な言葉だな、宝探し」
しかも、その間にアイはジムまで回っていたらしい。ネモに会えば勝負を挑まれ、ペパーと合流すればヌシを追い、その合間に学校へ戻ることもあったという。
「学校行って、ジム回って、ヌシ探して、その合間にネモともバトルしてたの?」
「うん」
「いつ寝てたんだよ」
「夜?」
「そういうこと聞いてねえよ」
「だってアイ、本当にずっと動いてたよ。次に会うたびに前より強くなってるから、わたしも毎回ワクワクしてたし。新しいポケモンが増えてたり、前とは全然違う戦い方してたりして、だったらまた戦いたくなるじゃん!」
「ネモも大概だろ」
「え?」
「なんでもねえ」
こいつがチャンピオンになった理由が少し分かった気がした。才能がどうとか以前に、パルデアに来てからやってきた量そのものがおかしい。
「そうやってジムとヌシを進めてた頃、もう一つやってたのがスター団。カシオペアって名乗る人から突然連絡が来て、スター団を解散させるのを手伝ってほしいって頼まれたんだ」
「そのカシオペアって奴が、さっき言ってたスター団と関係あんの?」
「うん。というか、そのカシオペアが、ボタンなの」
「ふっふっふ、何を隠そう、私がスター団のマジボス……カシオペアだ!!」
それまで端末の前で静かにしていたボタンが突然胸を張り、やたら大きな声で名乗った。俺だけじゃなくペパーも黙り、ネモまで瞬きをしたまま止まっている。横にいたキルリアも目を丸くして見上げる中、数秒その姿勢を保っていたボタンの肩がだんだん小さくなった。
「……ごめん」
「いや、まぁ、いいんだけど、え? てことはボタンは元々悪の組織のボスってこと?」
「間違っては無いけど、ボタンに対してその言い方は嫌いかな、ボクは。スター団って結構複雑だからさ」
さっきまで笑っていたアイの声が少しだけ変わった。
「ギンガ団みたいに誰かのポケモンを奪ったり、世界をどうにかしようとしてた集団じゃないんだ。スター団にはスター団ができた理由があって、そこにいた子たちにもそれぞれ事情があった。ボタンが一番上にいたのも事実だけど、それだけ聞いて悪い奴らだったって思われるのは違うよ」
「……そっか。悪かった」
「いや、ユアは知らんかったんだから別にいい。うちらも外から見たら、まあ……そう見えるようなことはしてたし」
「そこは本人が言うんだな」
「事実は事実だし。でも全部話すと長いから、その辺はまた今度で」
「そこはうちも賛成。今やると昼休み終わる」
ボタンが元の姿勢へ戻り、ようやく空気もさっきまでの軽さに戻った。アイはそれ以上スター団の事情には触れず、その頃にはジムも八つ回り終えていたと続ける。
「それでリーグに挑戦したんだ。チリさん、ポピーちゃん、アオキさん、ハッサク先生と戦って、その最後がオモダカさん」
「あの人と?」
「うん。強かったよ。一手でも間違えてたら、負けてたのはボクだったと思う。そこまで来た時には自分でも結構強くなったと思ってたけど、最後まで気を抜ける相手じゃなかった」
「そのあとわたしとも戦ったからね!」
「ネモ、それ絶対言うと思った」
「だってそこ大事だよ! ずっと追いかけてた子がついにチャンピオンになったんだよ? だったら今度こそ全力で戦えるって思うじゃん! わたし、あの時ずっと楽しみにしてたんだから!」
「お前ら仲いいのか怖いのか分かんねえな」
「仲いいよ!」
「そこは即答なんだな」
アイも否定せず笑っている。その辺りで話も終わるのかと思ったが、ペパーもボタンもまだ席を立たず、伏せていたミライドンがゆっくり顔を上げてアイの近くへ寄ってきた。
「チャンピオンになって、ヌシのこともスター団のことも一段落して、これで終わりだと思ってたんだけどね。そのあとペパーから話があって、ボクたち四人でパルデアの大穴へ降りることになった」
「四人って、アイとネモとペパーとボタン?」
「そう。大穴の中には地上じゃ見たことのないポケモンがいたんだ。知ってるポケモンに似てるのに身体が機械みたいになってるやつとか、今まで見たどのポケモンとも違うやつとか。調べていったら、未来から来たポケモンらしくてさ」
「未来から?」
『ポケモンが未来から来るの!?』
俺とキルリアの声がほとんど重なった。アイは頷いてから、すぐ横にいるミライドンの首へ手を置く。
「実はミライドンも未来から来たポケモンのうちの一匹らしいんだけどね」
「……は?」
『ほんと!?』
「アギャス」
『ほんとだって!』
「いや、待て待て。お前さっき普通に紹介したよな? なんでその時に言わねえんだよ!」
「聞かれなかったから?」
「未来のポケモンかどうかなんて普通聞かねえよ!」
「まあ、それはそう」
「納得すんな!」
アイが笑う横で、キルリアはもうミライドンの方へ身体ごと向き直っていた。
『未来ってどんなところ? 他にもミライドンみたいなポケモンいる? 未来からこっちに来た時ってどんな感じだった?』
「アギャ、アギャス」
『えっ、そこはよく覚えてないの? じゃあ大穴では』
「……やっぱネモと似てる」
「だからどこが!?」
「今ので分からんの?」
ボタンに言われ、ネモがキルリアと自分を交互に見始める。その横でペパーが笑っていたが、アイが大穴の話を続けると少しだけ表情が変わった。
「一番奥には未来のポケモンをこっちへ呼び出すタイムマシンまであった。しかも、それが止まらなくなっててさ。放っておいたら未来のポケモンがどんどん地上へ出てくるかもしれなかったから、最後は四人で奥まで行って止めたんだ」
「タイムマシンって、本当にあんのかよ……」
「ボクも見るまでは信じられなかったよ」
「いや、それよりお前ら四人で止めたって方も大概だろ」
「ほんとに色々あったんだよ。未来のポケモンとも何度も戦ったし、ミライドンにも頑張ってもらったし」
「アギャス」
ミライドンがアイの肩へ鼻先を寄せると、アイはその頭をゆっくり撫でた。ペパーは飲み物の容器を指先で転がし、ボタンも端末には触らずテーブルを見ている。さっきまで何かあるたび横から入ってきたネモまで少し静かになったところを見ると、アイが話していないこともまだあるんだろう。本人たちが黙っているなら、それを俺から掘り返す気にはならなかった。
「それで全部終わって、しばらくパルデアにいたんだけどさ。ここしか知らないのも勿体ないなって思ったんだ。外にはどんな地方があって、どんなポケモンがいて、どんなトレーナーがいるのか、自分で見てみたくなって。それでボクはシンオウへ行った」
「ようやく俺が知ってる話に来たな」
「そう。それでキミと会った」
「……俺が出てくるまで長ぇよ」
「ボクの人生なんだからしょうがないでしょ」
「俺の知らない間にチャンピオンになって、未来のポケモンと戦って、タイムマシンまで止めてんじゃねえよ」
「キミと会う前なんだからどうしようもないじゃん」
『でもアイ、ユアと会ってからも結構色々あったよね』
「キルリア、お前どっちの味方だ」
『面白い方!』
「最悪だな」
キルリアの頭へ手を置くと、本人は笑いながら俺の手を押し返した。向かいではネモが今まで待っていたと言わんばかりに身を乗り出す。
「じゃあ次はユアの話聞きたい! シンオウで何してたの? アイとはどうやって会った? キルリアともどこで出会ったの? 他の手持ちの子たちは? 昨日のバトルも詳しく聞きたいし、それが終わったら今度はわたしと勝負しよう!」
「一回に詰め込みすぎだろ!」
「じゃあバトルからでもいいよ?」
「そこだけ優先すんな!」
「だって昨日アイと戦ったんでしょ? だったら今のユアがどんなバトルするのか気になるじゃん! 話聞いたら余計に戦いたくなってきた!」
「聞いてたのほとんどアイの話だろ!」
「アイがシンオウで出会ったトレーナーなんだから関係あるよ!」
「無理やりすぎるだろ!」
ネモは少しも引く様子がなく、横ではアイが声を漏らして笑い、ペパーまで「諦めろ、こうなったら長えぞ」と肩をすくめる。ボタンも小さく笑ったその足元で、ミライドンはいつの間にかペパーの荷物へ鼻先を突っ込み、さっきから目をつけていたサンドウィッチの包みを探していた。