「そこで元のタイプを見て技を選ぶと、痛い目に遭うわけだ」
レホール先生の指した画面には、二匹のイーブイが並んでいた。左は草の上に座っていて、右は全身が透き通った宝石のように光り、頭には水色の飾りを載せている。俺はノートに書きかけていた矢印を止め、右の写真の下にある『みず』を見た。茶色い毛も首の周りのふさふさも同じなのに、こっちはノーマルタイプじゃない。
「ポケモンがテラスタルした時、そのタイプは、個体ごとに持っているテラスタイプへ変わる。このイーブイなら、みずタイプだな。同じイーブイでも別のテラスタイプを持つ個体はいる。見た目だけで決めつけるなよ」
先生が写真の下を指でなぞり、俺も矢印の先に『みず』と書き足した。アイとのバトルで見た、あの光り方だ。目の前で姿が変わるのを見てから技を考え直すのと、こうして写真を二枚並べてもらうのとでは、考えられる時間がまるで違う。画面のイーブイなら、俺がノートを書いている間に攻撃してくることもない。
左の写真から、かくとうタイプを示す印が伸びた。右にも同じ印がつき、それぞれ違う大きさの丸で囲まれる。ノーマルタイプなら弱点でも、みずタイプに変わった右のイーブイには、同じようには効かない。その下へくさとでんきの印が加わると、俺はノートの余白に書いていた『かくとう』を二本線で消した。
「弱点を避けるために使う者もいれば、攻めるために使う者もいる。元のタイプとテラスタイプ、それに使う技のタイプまで一致すれば、その技はさらに強力になる。別のタイプに変わることばかり考えていると、こっちを忘れがちだ」
先生は右の写真を、ひし形の白い飾りをつけたイーブイへ切り替えた。写真の下にはノーマルとある。俺はさっき引いた矢印の隣にもう一本引いて、行き先にもノーマルと書いた。文字だけ並べると何も変わっていないように見えるので、横へ『技が強くなる』と小さく添える。狭いところへ押し込んだせいで、最後の一文字が紙の端にかかった。
通路を挟んだ席から手が上がった。俺より年上の男子が、開いた教科書を押さえたまま画面を見ていた。
「先生、みずタイプになったら、使う技もみずになるんですか。イーブイが体当たりしても、水の攻撃になるとか」
「技まで一緒くたに変えるな。“たいあたり”はノーマルタイプの技だ。本人のタイプが変わることと、技のタイプは分けて考えろ。テラスタルに応じてタイプが変わる“テラバースト”という技もあるが、どんな技でもそうなるわけではない」
男子が教科書へ目を落とす間に、先生は画面のイーブイと、技を示す欄を交互に指した。俺も書き足す場所を探してページをめくりかけ、まだ下半分が空いているのを見て手を戻す。矢印の周りに詰め込まなくても、続きは下へ書けばよかった。
『ポケモンのタイプと技のタイプは別』と書いてから顔を上げると、写真はまだそのままだった。耳の先まで光っているけど、みずタイプになった方にもひれはない。シャワーズになるわけじゃないのだから当たり前か。右と左の足や尻尾を見比べていると、先生が教卓の端へ腰を寄せた。
「さて、短い間に起こる変化はこの辺にしておこう。歴史の授業でバトルの話ばかりしていたら、キハダに仕事を取られたと叱られる」
前の席で笑い声が上がり、先生は片方の口角を上げて画面を送った。今度は赤茶色のロコンが映っている。その隣に、白いロコンの写真が現れた。六本の尻尾が背中の方へふわりと巻いていて、額の毛も、俺が知っているロコンより柔らかそうに膨らんでいる。周りの地面まで白い。足元の雪には、腹の下へ続く小さな窪みがあった。
「こちらはアローラ地方で見られるロコンだ。こおりタイプで、雪の積もる山に暮らしている。白く光っているわけではないぞ。そういう毛だ」
俺は写真へ少し顔を近づけた。耳の中は青みがかっているが、テラスタルしたイーブイみたいな硬そうな光り方はしていない。鼻先を尻尾へ埋めたら暖かそうなのに、こおりタイプなのか。隣の赤茶色のロコンと比べながら、ノートに二つの丸を描いて耳をつけた。尻尾まで描く場所はなかったので、片方の頭の上に『アローラ』と書いておく。
「こうした地域ごとの姿をリージョンフォームと呼ぶ。同じ種族でも、暮らしてきた土地の環境によって姿やタイプが異なることがある。写真の一匹が、その場で白くなったという話ではない。長い間、その土地で生きてきたポケモンたちの話だ」
先生はロコンの写真を端へ寄せ、アローラ地方の地図を出した。指先が海を越えて山へ移る。俺は地図の形を写そうとして、途中でやめた。山の場所まで描いていたら話を聞き逃す。
「ロコンは人間と共にアローラへ渡り、ほかのポケモンたちの生活圏を避けて雪山に住むようになったといわれている。そこで暮らすうちに、今の姿になったのだろうな。ほのおタイプだったポケモンが、雪山でこおりタイプとして暮らしている。移り住んだ人間も、そこまで予想していたかどうか」
人間と一緒に来たのに、住むのは山だったのか。写真のロコンは雪の上に丸くなって、尻尾に顔を半分隠している。俺ならあんなところで寝たくないけど、あいつにはちょうどいいのかもしれない。レホール先生が写真を大きくすると、白い毛の間に小さな雪の粒まで見えた。
窓際の女子が、ノートから顔を上げた。
「じゃあ、この白いロコンを連れて帰っても、赤いロコンには戻らないんですね。うち、夏はかなり暑いから、こっちで育てたらどうなるのかと思って」
「引っ越しをすれば元に戻る、というものではない。アローラのロコンは暑さが苦手だ。連れ帰るなら、それに合った世話が必要になる。詳しく飼育するつもりならジニアにも聞いてみるといい。ワタシは、そこへ至るまでの方が専門なのでな」
女子は教科書の写真をもう一度見て、隣の席の子へ何か小声で話した。俺は二つの丸の下に『住む場所を変えても、すぐには変わらない』と書いたものの、『すぐには』を消した。そのうち変わると決まっているみたいだ。書き直してから、テラスタルの矢印と混ざらないように間へ横線を引いた。
レホール先生が画面を戻すと、イーブイとロコンが並んだ。先生はその間を歩きながら、窓際の壁に掛かった時計を見上げた。
「まだ少しあるな。書き終わった者は、ついでに聞いていけ。姿やタイプの変化というと、メガシンカやダイマックスを思い浮かべる者もいるだろう。テラスタルを含め、これらは『魂性』から派生したのではないか、という説がある」
下を向いていた何人かが顔を上げた。俺もペンを止める。先生は画面を消して、空いた黒板に二文字を書いた。聞いただけでは書けそうになかったので、形を見ながらノートへ写し、小さく読みを振る。ソウセイ。レホール先生はチョークを持ったまま、俺たちの方へ向き直った。
「もっとも、これで全部説明がつくと思うなよ。何をすれば目覚めるのかも、はっきりしていない力だ。研究している者も、その名を知っている者も少ない。今からするのは、答えの出ていない話になる」
教科書の端へ指を掛けていた生徒が手を離した。先生は『魂性』の隣へ『三千年前』と書き、その下にホウエン、カロス、イッシュと地方の名前を並べていった。俺は余白に書き始めた名前が入り切らず、今度こそ次のページを開いた。
「この頃、これらの地方では、人間とポケモンが争う戦争が起きていた。そこで通常とは異なる力を使うポケモンが観測されている。人間に対抗するため、そうした力を身につけていったのではないか。その事象に魂性の起源を見る説があるわけだ」
ペンを持ち直して、三つの地方名の下に『人間とポケモン』と書いた。ポケモンを連れた人間同士のバトルじゃない。人間と、ポケモンが戦う。ほのおを吐く相手も、大きな岩を砕く相手もいるのに、人間はどうやって戦ったんだろう。しかも、その相手がさらに違う力まで使ったという。
先生は黒板へ三つの現象の名前を書き足したが、『魂性』と結ぶ線は引かなかった。
「テラスタルが起こることは、貴様らも知っているな。しかし、それが三千年前に観測された力から生まれたかどうかは、別に確かめなければならん。似ている点があるからといって、途中を飛ばして結びつけるわけにはいかない。ワタシとしても、その途中こそ見てみたいのだがね」
教卓へチョークを置きながら、先生が黒板に目を戻した。俺は『魂性』の下から線を伸ばしかけていた手を止め、その横へ『説』と付け足した。長い名前を写したせいで、テラスタルより下の文字が少しずつ小さくなっている。
「……今はいないんですか。その、魂性を使うポケモン。テラスタルとかになったなら、元の力はなくなったのかなって」
前の席から声がして、先生は教卓についた手を離した。
「現代でも、似た力を使うポケモンはいる。ただ、正確な数は不明だ。目の前で珍しいことが起きたからといって、それが何なのかまで、その場で判別できるとは限らないからな」
俺は次の言葉を書こうとしたまま、ペン先を紙から浮かせた。通常とは違う力。目の前で起きても、何なのかまでは判別できない。
クチートの身体にまとわりついた青白い光と、あの時の大顎の動きが浮かんだ。俺が指示した技だけでは、あの変化を説明できなかった。
黒板の二文字へ目を戻す。
クチートの、あれも……?