ドドゲザンの刃が、キルリアを追って左へ動く。その奥でキラフロルが少し浮き上がった。二匹の間は空いているが、そこへ飛び込めば両側から狙われる。
「キルリア、“かげぶんしん”! 外から回れ!」
走り出したキルリアの姿が左右に増え、ドドゲザンを囲むように広がった。刃を振り上げたドドゲザンは追いかけず、腰を落とす。足元から突き出した“ストーンエッジ”が横一列に伸びてきた。
「“テレポート”! 後ろの左!」
岩が分身を貫いた。白い姿が消えていく中、キルリアはドドゲザンの斜め後ろへ現れた。振り向いてくる刃には近づかず、両手の間に電気を集める。だが、向こうに浮かぶ青い花弁が下を向いた。キルリアの足元が赤く光る。
「そこを離れろ!」
横へ跳んだキルリアの脇を、“だいちのちから”が噴き上がった。電気がほどけ、空中で身体が傾く。ドドゲザンはそちらへ一瞥をくれると、今度はドオーへ向き直った。
「ドー、“ハイドロポンプ”!」
太い水が刃にぶつかり、左右へ散った。その向こうをドドゲザンが押し進んでくる。ドオーの腹が地面を擦り、踏ん張る後ろ足がずれた。キルリアは着地できたが、駆け寄っていては間に合わない。
「“チャージビーム”、横から当てろ!」
黄色い光がドドゲザンの肩を打った。上体が揺れ、水を受ける刃の角度が変わる。押し返されたドドゲザンが足を止めたところで、アイがドオーを右へ動かした。さっきまで腹のあった場所を、キラフロルの攻撃が突き上げる。土埃をかぶったドオーは口を閉じ、短く息を吐いた。
『ユア、ドオーのそばまで戻るね』
「少し離れて、左にいてくれ。まとめて狙われる」
キルリアが距離を取り直す間も、ドドゲザンは前へ出てくる。肩には焦げた跡が残っていた。傷だらけの腕を曲げ、クチートと何度も打ち合った刃をこちらへ向ける。あれだけ攻撃を受けているのに、まだ来るのか。
隣でアイがテラスタルオーブを握った。
「ドー、ここでいくよ。あいつを倒そう!」
高く掲げたオーブに光が集まり、ドオーの身体を包んだ。結晶が弾けると、茶色い身体が透き通るように輝く。その頭上へ大きな冠が現れ、伏せていたドオーが顔を上げた。脇腹の傷は結晶の下にも見えていた。右の前足を置き直す動きも、まだ重い。
「ドドゲザン、“しねんのずつき”」
オモダカさんの指示に、刃の周りが青く光った。さっきドオーを吹き飛ばした攻撃だ。アイは引かせず、その場で身構えさせる。
「受け止めて、“だいちのちから”!」
ぶつかった音がコートに響いた。ドオーの身体がへこみ、後ろ足が地面を掻く。それでも腹を浮かされず、ドドゲザンのすぐ下に光が走った。ドドゲザンが身を引くのと一緒に地面が噴き上がり、片脚を巻き込む。
じめんタイプになったから、さっきほど効かなかったのか。アイはもう次の指示を出していた。
「ユア、もう一発当てたい! キラフロルをお願い!」
キラフロルは花弁を広げ、ドオーへ身体を傾けていた。キルリアもそちらを見ている。
「“サイコショック”!」
両手の前に集まった光がいくつもの塊になり、キラフロルへ飛んだ。青い花弁が閉じて細くなり、その身体が横へ抜ける。光の塊が一つ、外側をかすめたが、キラフロルはすぐに向きを戻した。
「“マジカルシャイン”。ドドゲザンはキルリアへ」
開いた花から光が溢れた。目を細めたキルリアの横に、黒い身体が迫る。ドオーはドドゲザンの足元を狙っている。ここで大きく逃げたら、あいつまでそこを離れてしまう。
「“テレポート”! ドオーの左、少し前!」
振り下ろされた刃を残して、キルリアが消えた。現れた先へドドゲザンが身体を回す。その足元が明るくなったが、踏み込もうとした脚がぴたりと止まった。
「そこです。“ストーンエッジ”」
ドオーの攻撃が空いた地面を割った。離れたまま刃を振り下ろしたドドゲザンの前から岩が伸び、キルリアとドオーの間を塞いでいく。キルリアは横へ逃れた。そこを“マジカルシャイン”の光に打たれ、転がった身体が岩の根元にぶつかる。
「キルリア!」
『大丈夫、立てる!』
片手をついて起き上がるキルリアへ、ドドゲザンが刃を向けた。ドオーの水がその前を横切り、踏み込みを止める。キルリアは水のこちら側を走って岩から離れた。
誘っても、追いかけてこなかった。キルリアに目を向けながら、ドオーの動きも見ている。キラフロルへ攻撃しても、一発かわされればすぐ援護が来る。
アイが唇を噛んでいた。ドオーが口を閉じると、今度はドドゲザンがゆっくり間を詰めてくる。片脚をかばっているせいか、右へ動くときだけ身体が傾いた。
「アイ、あいつを動かしてくれ。キラフロルは止める」
「水で押すよ。キルリアは近づかないで!」
ドオーの“ハイドロポンプ”がドドゲザンへ向かった。さっきより低く、脚を狙っている。ドドゲザンは左へ避け、ドオーへ刃を向けたまま踏みとどまった。後ろでは、キラフロルの下に光が集まり始めていた。
「キルリア、“チャージビーム”!」
電撃を避けて、キラフロルが花弁を閉じた。その身体が右へ流れる。ドオーの下で地面が光り始めたが、キルリアは両手を下ろさず、細い光を相手の動く先へ振った。黄色い筋が花弁の端を捉え、キラフロルが横倒しになる。ドオーの脇を地面から噴き出した力がかすめた。
「ドドゲザン、“アイアンヘッド”」
白く光る刃がキルリアへ向いた。今度は追ってくる。ドオーも水を止めたばかりで、まだ口から雫を垂らしている。
「“テレポート”! そいつの右!」
キルリアを追ってドドゲザンが向きを変えた。踏み直した脚が僅かに折れ、刃が下がる。アイの腕がまっすぐ伸びた。
「そこ! “だいちのちから”!」
ドドゲザンの真下が激しく光った。キラフロルがこちらを向きかける。キルリアは移動先から、もう一度電気を放った。閉じきっていない花弁へ光が食い込み、キラフロルの身体が跳ねる。
地面が破裂し、ドドゲザンを下から呑み込んだ。土埃の上へ黒い身体が持ち上がり、重い音を立てて落ちてくる。刃をついて身を起こそうとしたが、焦げた腕が震え、頭が下がった。
「ドドゲザン、戦闘不能!」
チリさんの声に、俺は握っていた手を開いた。爪の跡が掌に残っている。アイは大きく息を吐き、ドオーへ何度も頷いていた。
「よしっ! よう決めた!」
聞き覚えのある大声に、一瞬だけ顔が動いた。ペパーの後ろにハイダイさんが立っている。その脇から、ナンジャモさんが両袖を持ち上げて身を乗り出していた。
「間に合ったぁ! リーグに来といて大正解じゃん!」
ネモが何か早口で話しかけている。続きは聞けなかった。キルリアの腕に残っていた電気が、身体へ吸い込まれるように消え、白い輪郭が淡く輝いた。
『ユア、さっきより強く撃てそう。まだいけるよ』
キルリアは指先を開いたり閉じたりしてから、向こうへ向き直った。“チャージビーム”のあとに、時々こうなる。その隣ではドオーが腹をつけたまま、顔をキラフロルへ向けていた。
「よく戦ってくれました。ゆっくり休んでください」
オモダカさんがドドゲザンを戻した。腰へボールを収めた手が、今度はテラスタルオーブを取る。
「さあ、キラフロル。最後まで付き合ってもらいますよ」
オーブの光が指の隙間から溢れた。キラフロルが大きく花弁を開き、その周りを結晶が覆う。弾けた欠片が頭上へ舞い、コートに散った水まで一斉に光った。腕で目をかばった向こうに、宝石のような花が浮かんでいる。頭上に重なった岩の冠も、花弁の一枚一枚も、傾くたびに違う色を返した。
綺麗だと見ていたのは、一呼吸もなかった。
「“テラバースト”」
花の中心に光が集まる。キラフロルがドオーへ向いたところへ、アイの声が飛んだ。
「ドー、左へ! “ハイドロポンプ”!」
岩の光が水を裂いた。ドオーが身体を引きずって避けたすぐ横を通り、地面を削りながらこちらへ迫る。俺は反射的に一歩退いた。コートの端で砕けた光が散り、遅れて細かな砂が頬に当たった。
ドオーが向きを直す間に、キルリアが横から“サイコショック”を撃ち込んだ。光の塊が花弁にぶつかり、キラフロルを揺らす。キラフロルは傾きを戻すと、開いた花をキルリアへ向けた。
岩だけになったんだ。毒タイプのつもりで攻めても、同じようには効かない。
「“ヘドロウェーブ”」
紫色の波がキラフロルの周りに膨らんだ。キルリアのいる左側からドオーの前まで、地面すれすれを広がってくる。
「キルリア、“テレポート”で下がれ!」
「ドーは“だいちのちから”!」
キルリアが消えるのを横目に、ドオーが前足を踏ん張った。波が身体へ覆いかぶさる。その向こうでキラフロルの真下が光り、噴き上がった力が腹側を打ち抜いた。浮いていた身体が大きく跳ね、閉じかけた花弁がばらばらに開く。
「そのまま“チャージビーム”!」
波の届かない位置へ移ったキルリアが、すぐに撃った。黄色い光がキラフロルの横腹へ当たり、傾いたまま押し流していく。けれどオモダカさんの声は止まらなかった。
「“マジカルシャイン”!」
キラフロルの全身が輝いた。電撃の途中でキルリアが顔を背ける。広がった光に身体を弾かれ、背中から地面へ落ちた。転がりながら両手をついたときには、花の中心に次の光が集まっていた。
「ドー、キルリアから離して!」
紫の雫を振り落としたドオーが、水を吐いた。キラフロルの脇へぶつかった水が、開いた花を押し傾ける。“テラバースト”は立ち上がりかけたキルリアの頭上を通り過ぎた。
キルリアの息が荒い。右腕にも擦り傷ができている。オモダカさんはそちらを見てから、ドオーへ視線を移した。
「“だいちのちから”」
「ドー、水を止めて前へ!」
ドオーが身体を伸ばす。後ろ半分が残った地面から力が噴き上がり、その大きな身体を押し出した。腹を擦って止まったドオーは、顔を上げるのに時間がかかった。開いた口から水が少しこぼれた。
キルリアがドオーへ一歩寄り、途中で止まる。足元に薄い影が落ちていた。見上げると、キラフロルが二匹の間へ近づいてくる。片方を助けようとすると、もう片方が狙われる。離れても、あの広がる光が届く。
「ドー、ボクを見て」
アイが膝を曲げた。ドオーの目がそちらへ動く。アイは自分の右を指し、腕を大きく回した。
「横からいこう。あそこまで動ける?」
ドオーは前足を地面へつき、身体を起こした。そのまま、ゆっくり右へ進み始める。
「ユア、ボクが向こうへ回る。キミは左から攻めて」
「ああ。キルリア、いけるか」
『うん。ドオーが着くまで、こっちを向かせておくね』
キルリアが両手を上げた。その言葉はオモダカさんにも聞こえている。キラフロルがドオーを向いたまま、花弁だけを少し閉じた。
「“チャージビーム”!」
電撃が青い結晶を打つ。花弁が揺れたが、キラフロルはこちらへ向き直らなかった。前へ出たドオーの足元に光が走る。
「ドー、止まって!」
鼻先を“だいちのちから”が突き上げた。ドオーが顔を反らす。キラフロルは攻撃を受けながら、ドオーの進む先を狙っていた。このまま当て続けても、向こうが倒されたら終わりだ。
キルリアの身体がまた淡く光った。上げた両腕が細かく震え、指先に電気が残っている。キラフロルはドオーへ花の中心を向け直そうとしていた。
「キルリア、左へずれろ! “サイコショック”!」
キルリアが二歩動いた。ドオーまでまっすぐ抜ける位置を外し、両手を突き出す。さっきより大きくまとまった光の塊が、キラフロルの側面へぶつかった。結晶の花が横へ押され、ドオーから狙いが外れる。
「そこから撃てる! ドー、“ハイドロポンプ”!」
ドオーが大きく口を開いた。横を向いた花の中心へ水が突っ込み、キラフロルを仰向けに押し倒す。青い身体が地面へ落ち、弾んだ。その上を水が追って、コートに長い濡れた跡を残した。
「当たった……!」
アイの声が掠れていた。ドオーは水を吐き終えた姿勢のまま、荒く息をしている。俺もキルリアへ次の指示を出そうとした。
「キラフロル、“マジカルシャイン”!」
地面に触れていた花弁が開いた。低い位置から光が膨らみ、前へ出かけたキルリアを包む。腕を交差して受けた身体が後ろへ飛ばされ、片足がついてから膝が折れた。俺が名前を呼ぶ間に、キラフロルがわずかに浮き上がる。
「続けて、“だいちのちから”」
「ドー、右!」
ドオーが踏み出した。腹が持ち上がらず、前足だけが地面を掻く。真下から噴き出した力に身体を浮かされ、横へ転がった。結晶の光が細かく砕け、茶色い身体が地面に残る。
アイが開いた口を閉じた。
ドオーは一度だけ前足を動かしたが、顔を上げられなかった。チリさんが近づき、状態を確かめて腕を上げる。
「ドオー、戦闘不能!」
キルリアは片膝をついたまま、ドオーを見ていた。アイがボールを向ける。
「ありがとう、ドー。……すごく頑張ったね。帰ったらアチゲータと休もう」
赤い光に包まれて、ドオーが戻った。アイはボールを両手で包んでから腰へ収め、俺の隣に立った。袖が触れるくらい近かった。
「ユア、最後まで一緒にいるから」
頷いて、コートへ顔を戻した。キルリアが立ち上がる。向こうではキラフロルが傾いた身体を起こそうとしていた。下になった花弁が地面を擦り、それからようやく、さっきと同じ高さまで浮く。
ドオーがぶつけた水の跡が、そこまで続いていた。
「キルリア、まだやれるか」
『やる。ここまで来たんだもん。わたしも勝ちたい』
こちらを見たキルリアの頬が汚れていた。息を吸うたび肩が上下している。それでも両足を置き直し、花の中心をまっすぐ見据えた。
「ああ。勝とう」
オモダカさんが長く息を吐いた。口元には笑みがあるが、キルリアから目を離さない。
「キラフロル。“テラバースト”!」
岩の光が迫った。キルリアが左へ身体を傾ける。キラフロルも花の向きをそちらへ変えた。
「“テレポート”、右へ!」
光が通り過ぎると、キルリアは反対側に立っていた。キラフロルが身体を回す。花弁の下側が地面へ近づき、途中で持ち上がった。その間にキルリアの手へ電気が集まる。
「“チャージビーム”!」
「“マジカルシャイン”」
黄色い筋が、広がる光に呑まれた。キルリアが腕で顔をかばう。身体をひねって踏ん張ったものの、後ろ足が滑った。向こうにはもう、岩の光が集まり始めている。
「“かげぶんしん”! 広がれ!」
左右へ分かれた白い姿の間を、“テラバースト”が通った。巻き込まれた分身が消え、残ったキルリアたちがさらに離れていく。キラフロルの花弁がまた明るくなった。
広く撃たれる。見分けるつもりなんかない。
「“テレポート”で後ろへ! 近づきすぎるな!」
キルリアの姿がコートの向こうへ移った。光が届く端へ現れ、背中を打たれながらも足を止めずに走る。キラフロルは身体を起こしながら回り、逃げるキルリアへ花の中心を向けようとした。
その回り方を、俺は見ていた。さっきも下がった側の花弁が、今度は地面に触れた。すぐに浮き直したが、向きを変えるまでにキルリアが数歩進んでいる。
逃げ続けても、光を浴びる。キルリアの脚はもう震えていた。遠くへ離れれば少し休めるかもしれない。けれど、あの身体もまたまっすぐに戻ってしまう。
キルリアがこちらへ顔を向けた。走った先は、岩の残骸も水溜まりもない。両足を置ける。
「そこで止まれ。“サイコショック”!」
キルリアが足を開き、両手を前へ出した。指先に白紫の光が集まる。キラフロルも花をこちらへ向けきった。傾きはまだ戻っていない。
「正面からですか。――キラフロル、“テラバースト”!」
開いた花から、岩の光が噴き出した。キルリアの前に生まれた光の塊が束になって飛び、二匹の間でぶつかる。砕けた輝きが横へ散って、地面を叩いた。
ぶつかり合う場所がキルリアへ近づいた。光の塊が外側から削られ、岩の光がその隙間を押し広げていく。キルリアの肘が曲がった。後ろへ引いた足が滑り、身体が沈む。
「キルリア、踏ん張れ!」
キルリアが足を置き直した。両手から続く光が細く絞られ、散りかけた塊が中央へ重なる。押されていた場所が止まった。肩は震えている。顔を下げず、キラフロルを見ていた。
向こうの花も大きく揺れた。低くなった花弁が地面へ触れ、擦れながら身体を支える。それでも“テラバースト”は途切れず、ぶつかる光を少しずつこちらへ押した。
「押し切りなさい、キラフロル!」
オモダカさんの声が強くなった。キラフロルが花弁を広げ直し、光の幅が増す。キルリアの前に出した足が動いた。退きかけた爪先が地面を掴み、曲がった膝が持ちこたえる。
俺も前へ出ようとして、線の手前で止まった。届かない。ここから、あいつの身体を支えてやることはできない。
「そのままだ、キルリア! 押し返せ!」
隣でアイが両手を握り締めていた。キルリアの名前を呼ぶ声が重なる。キルリアは歯を食いしばり、曲がった腕を少しずつ伸ばした。
白紫の塊が、岩の光を中央から押し分けた。
ぶつかる場所がゆっくり遠ざかる。キラフロルが身体を起こそうとした。地面を擦っていた花弁が浮き、その身体がぐらつく。太かった光の片側が乱れた。キルリアは腕を下げず、開いていた指を前へ伸ばした。
“サイコショック”が押し進む。岩の光が左右へ飛び散り、花の中心まで白紫の塊が届いた。激しくぶつかった音と一緒に、キラフロルの身体が後ろへ飛ぶ。結晶の花弁が地面を打ち、岩の冠が砕けた。
細かな光が降る中で、キラフロルが横たわっていた。
キルリアは両手を前へ出したまま立っている。指先から最後の光が消えた。俺は向こうの青い身体を見て、それからキルリアの足元を見た。揺れていたが、倒れてはいない。
チリさんがキラフロルのそばへ歩き、腰を落とした。状態を確かめて顔を上げると、こちらへ手を伸ばした。
「キラフロル、戦闘不能! よって勝者、ユア・アイ組!」
ネモの声が弾けた。
何を言っているのか聞き取れないくらい、後ろが騒がしくなった。俺はコートへ走り出していた。キルリアの腕が下がり、膝が折れる。その前へしゃがんで、倒れ込んできた身体を受け止めた。
「キルリア。おい、大丈夫か」
『……勝った?』
「勝った。ちゃんと立ってたぞ、お前」
キルリアが俺の袖を掴んだ。額を肩に預け、長く息を吐く。抱えた背中が上下していた。アイも駆け寄って膝をつき、傷のある腕へそっと目を向けた。
「痛むところ、見せられる? 手当てしてもらおう」
『うん。でも、ちょっとだけこのままがいい』
俺は支える腕を入れ直した。チリさんが職員の人を呼んでくれている。オモダカさんもキラフロルを戻し、ボールへ何か声をかけていた。
アイと目が合った。口が開いているのに、何も出てこない。向こうも同じような顔をして、それから吹き出した。
「勝っちゃった」
「……勝ったな」
「うん。あはは、どうしよう。すごい、ボク、今――」
アイが顔の横まで手を上げた。俺はキルリアを左腕で支え直し、その掌へ思い切り右手を合わせた。乾いた音がした。もう一度目が合うと、俺まで笑ってしまった。何を言おうとしていたのか、笑っているうちに飛んでいった。
『わたしも、あとでやりたい』
「おう。クチートたちも一緒にな」
キルリアが小さく頷いた。職員の人が隣へしゃがみ、手当ての準備を始める。俺とアイは残りの三匹が入ったボールを預けた。キルリアも傷を見てもらってから、俺の腕の中でボールへ戻った。
立ち上がろうとすると、自分の膝まで頼りなかった。アイの肩を借りて起きる。その向こうから歩いてきたオモダカさんは、俺たちの前で足を止め、深く頷いた。
「おめでとうございます。お二人と、四匹の勝利です」
頭を下げかけて、俺は途中で顔を上げた。
「最後まで、怖かったです。二匹になってからも、全然……」
「こちらも、勝つつもりでしたから」
オモダカさんが笑った。アイは俺の肩を支えたまま、空いた手で髪を掻いた。
「ドーが倒れたとき、もう声しか出せなくて。キミが隣にいてよかった」
「俺、最初から一人だったら無理だったぞ」
「ボクだってそうだよ」
また笑いそうになったところで、ネモが駆けてきた。後ろにはボタンとペパーもいる。
「二人とも! 今のバトル、すっごくよかった! あの最後の――」
「待て待て、まず飲ませろって」
ペパーが俺とアイの間へ水のボトルを差し出した。受け取って蓋を回す。手に力が入らず、少し手間取った。水を飲むと喉が痛くて、どれだけ叫んでいたのかやっと気づいた。
ボタンは隣でボトルを開けながら、まだ話し続けるネモの袖を引いていた。その後ろで、ハッサク先生がハンカチを目元へ押し当てている。ポピーが先生の服を引っ張り、こちらを指した。
「ユアさんたち、勝ちましたよ。先生もこっちに来てください!」
ハイダイさんの笑い声がそこへ重なった。ナンジャモさんが袖を振りながら人の間を抜けてくる。みんなが近づいて、コートが急に狭くなった。
「キルリア氏、あんなバトルもできちゃうんだねえ。今度会ったら、お疲れさまって伝えておいてよ」
頷くと、横からまた誰かに肩を叩かれた。振り向いて返事をして、ボトルを落としかける。アイに底を支えられ、二人で持ったまま笑った。
ーー
手当てが終わるのを待っている間に、窓の外が赤くなっていた。
椅子へ座った俺の隣で、アイが壁に頭を預けている。さっきまであれだけ喋っていたのに、今は二人とも黙っていた。廊下の向こうから、ネモとペパーが夕飯の相談をする声が聞こえる。
扉が開いて職員の人が出てきた。預けていたボールが返され、今夜はゆっくり休ませるようにと言われる。礼を言って受け取り、クチートのボールを両手で持った。
「勝ったぞ。……お疲れ。あとで、ちゃんと話すから」
腰へ戻すと、隣でもアイが二つのボールへ顔を寄せていた。立ち上がって鞄を肩へかける。廊下の端に目を向けたとき、柱のそばにアオキさんがいるのに気づいた。
「アオキさんも来てたんですか」
「ええ。途中からですが」
いつものスーツ姿で、手には書類の入った鞄を持っていた。こちらへ軽く頭を下げる。
「お二人とも、お疲れさまでした。いい試合を見せていただきました」
俺とアイも頭を下げた。アオキさんは奥の部屋へ向かい、扉の前で足を止めた。中からオモダカさんの声が聞こえる。俺はそちらへ上がりかけた手を下ろし、アイの後を追った。
玄関にはまだみんながいた。ペパーが俺たちを見つけて片手を上げる。
「来た来た。飯、食ってくんだろ? 席取っとくから、早く来いよ」
アイが振り向いた。
「ユア、帰ってみんなを休ませたら、食堂でいい?」
「ああ。俺、腹減った」
「ボクも。さっきから鳴りそうでさ」
階段を下り始めたアイの腹が、本当に鳴った。本人が立ち止まってお腹を押さえる。俺は口元を押さえたが、肩までは止められなかった。
「……キミ、今のは聞かなかったことにして」
「早く帰ろうぜ」
アイに背中を小突かれながら、並んで階段を下りた。下ではネモが大きく手を振っている。空いた手を上げて振り返し、俺はずれかけた鞄を肩へ引き上げた。