繋がりの王者   作:宵取与一

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4話

 

 

 クチートたちの手当てを済ませて会場へ戻ると、屋台の前には朝より長い列ができていた。器を手にした人とすれ違いながら、俺はベルトへ触れ、ボールの留め具を確かめた。

 

 今日はもう試合がない。クチートはそのまま休ませて、俺も何か食べよう。屋台の方へ歩き出したところで、日陰のベンチからアイが手を上げた。

 

「ユア、ここ空いてるよ。買ってきたから、一緒に食べよう」

 

 膝の上に二つ重ねていた器を、一つ持ち上げて見せる。礼を言って隣へ座ると、温かい野菜ときのこにハーブを散らした料理を渡された。鞄を下ろし、ひと口食べてから水を飲む。飲み込むたびに、声を張り続けた喉が少し痛んだ。

 

「クチート、今はボールの中?」

 

「うん。明日までゆっくり休ませとく」

 

 アイは頷き、自分の器へ目を戻した。しばらく二人で食べていると、コートの方で声が上がる。思わずそちらを見たが、屋台と人の背中に遮られて、ここからでは何も見えなかった。

 

「気になるなら、あとで見に行こうよ」

 

「そうする。今は座ってたい」

 

 ベンチの下へ足を伸ばして答えると、アイは食べながら笑った。俺も残りを口へ運び、空になった器を膝に置く。風が通り、汗の残った首筋が冷えた。

 

 食べ終わってから、キルリアをボールから出した。足元に降り立つと、こちらを見上げてから、屋台の旗や行き交う人を眺めている。用意した食事を渡すとベンチの脇へ座り、俺たちが話している間に食べ始めた。

 

 アイが会場の案内を開き、屋台の並びを指で辿る。俺も覗いていると、人の声に混じって、よく通る声が聞こえてきた。

 

「おおー、応援にも気合が入ってますなあ! その声、選手まで届いちゃうぞー!」

 

 ナンジャモさんだった。少し離れた通路でスマホロトムを浮かべ、観客と話している。声を掛けられた人がカメラへ手を振ると、その隣へ並び、同じように袖を振った。

 

 食事を終えたキルリアが立ち上がった。俺の膝へ手をつき、ナンジャモさんの方を見ている。俺も目を向けたところで、ちょうど視線が合った。

 

「あっ、ユア氏発見! ちょっとお邪魔してもよろしいかな?」

 

 ナンジャモさんがこちらへ来て、スマホロトムを自分の方へ向けたまま声を落とした。

 

「今、会場を配信してるんだけど、さっきの試合のお話、聞かせてもらっていい?」

 

「はい。食べ終わったところなんで」

 

 空の器を片づけて立つと、アイも鞄を持った。

 

「ボク、これ捨ててくるね。キルリアの器は鞄に入れとくよ」

 

「ありがと。頼む」

 

 俺がベンチの横へ出ると、スマホロトムが顔の高さへ浮かんだ。ナンジャモさんはその画面を確かめ、俺の隣へ身体を寄せる。

 

「皆の者、お待たせ! ピーニャ選手との大接戦を制したユア氏に来てもらいましたー! いやあ、最後の力比べ、ボクも実況しながら力入っちゃったよ!」

 

「俺、まだ喉が痛いです。最後、ずっと叫んでたから」

 

「分かるー! クチート氏が押し返したときなんて、会場もすごい声だったもんねえ。あの勝負、最初から狙ってたの?」

 

「クチートが乗り気だったんで、やってみようかなって。途中で投げられたときは――」

 

 スマホロトムが俺の顔から外れた。

 

 ナンジャモさんが目で追う。そのままゆっくりと向きが変わり、ベンチの脇へカメラが向いた。淡い光がスマホの縁を包んでいる。目を落とすと、キルリアが片腕を上げていた。

 

「キルリア、引っ張りすぎるなよ」

 

『うん。向きを変えたかっただけ』

 

 キルリアが腕を下ろすと、念力の光が消えた。スマホロトムは一度小さく揺れ、キルリアへ向いたまま浮かんでいる。その前で細い足が一歩引かれ、白い身体がくるりと回った。

 

「えっ、ちょっと待って。キルリア氏、自分から画角取りにきたぁ!?」

 

 ナンジャモさんが声を弾ませ、膝を曲げて画面を覗いた。キルリアは両腕を広げ、身体を左右に揺らしている。足先で小さく弾み、向きを変えるたびに、腰の周りの白いひだが広がった。

 

 スマホロトムも少し下がり、カメラをキルリアの高さに合わせた。キルリアはそれを見ると、もう一歩離れて回り始める。

 

「ユア氏、今の見た? ボクが呼ぶ前に来てくれたんだけど!」

 

「さっきから、そっち見てましたよ。カメラが来るの待ってたんじゃないですか」

 

「ニッシッシ! そんなに楽しみにしてくれてたとはねえ! 皆の者、キルリア氏の飛び入り出演でーす!」

 

 ナンジャモさんが袖を振ると、キルリアもそちらへ顔を向けた。広げた腕を下げ、爪先を揃えて一度止まる。ナンジャモさんの拍手に合わせて、今度は反対へ身体を回した。

 

 通りがかった子供が足を止め、その連れもこちらを見た。俺はベンチの方へ寄り、人が通れる場所を空けた。

 

「キルリア、踊るならこっち。通路に出ないようにな」

 

 キルリアは足元を確かめてから、俺が空けた場所へ移った。ナンジャモさんも移動し、スマホロトムへ手招きする。

 

「では、ユア氏にも続きを聞いちゃいましょう! さっき、クチート氏が投げられたときのお話だったよね?」

 

 カメラが俺へ戻る。ナンジャモさんに頷き、どこまで話したか思い返した。

 

「そうです。離れようとしたんですけど、顎をつかまれてたから間に合わなくて――」

 

 ナンジャモさんの目が、俺の肩の向こうへ動いた。

 

 振り向くと、キルリアが両腕を伸ばしたまま、俺の後ろを横切っていた。回りながら反対側へ抜け、スマホロトムの方を見てから、また身体の向きを変える。

 

「キルリア氏、後ろで踊ってる! ユア氏、ちょっと横に……ああっ、ごめん、インタビュー中だった!」

 

「いいですよ。俺、避けますから」

 

 ベンチへ腰を下ろすと、キルリアが俺のいた場所へ出た。スマホロトムがそちらへ向き、ナンジャモさんもついていく。俺は膝に肘を置き、水のボトルを開けた。

 

 手を叩く人が増えると、キルリアの足取りも弾んだ。ナンジャモさんは画面を覗き、流れていく文字へ目を走らせながら笑っている。

 

「あれ、もう終わったの?」

 

 戻ってきたアイが、俺の隣で足を止めた。俺はボトルを膝へ下ろし、キルリアを指す。

 

「あいつに代わった」

 

 アイはカメラの前を見て、笑いながら腰を下ろした。

 

「楽しそう。ナンジャモさんも」

 

 目の前で、ナンジャモさんがキルリアの動きを真似して腕を広げた。長い袖が身体へ巻きつき、慌てて広げ直す。キルリアが足を止めて見上げると、ナンジャモさんはその場で笑い出した。

 

「ボクにはちょーっと難しかったかな! キルリア氏、お手本もう一回お願いしてもいい?」

 

 キルリアは頷き、今度はゆっくり身体を回した。ナンジャモさんも袖を持ち上げて続くが、後ろへ回した腕が追いつかず、途中で足を止める。周りから拍手と笑い声が起こった。

 

 俺も手を叩いた。キルリアが振り向いたので、そのまま手を上げて見せる。キルリアは俺を見て身体を弾ませ、それからカメラへ戻っていった。

 

 しばらく踊ったあと、キルリアの動きが小さくなった。両腕を下ろし、俺の方へ歩いてくる。ベンチの前で足を止めると、ナンジャモさんもしゃがんだ姿勢から立ち上がった。

 

「飛び入り参加、ありがとー! 皆の者、キルリア氏に拍手ー!」

 

 キルリアは拍手のする方を向き、一度身体を傾けた。そのまま俺の膝へ手を置いたので、隣を空ける。ベンチに上がると、足を投げ出して座った。

 

「お疲れ。水、飲むか?」

 

『飲みたい。ユアも見ててくれた?』

 

「見てたよ。ナンジャモさん、回るの大変そうだったな」

 

「聞こえておりますぞ、ユア氏! ボクも練習しとくから、次は一緒に踊ってもらおっかな!」

 

 キルリアが頷くと、ナンジャモさんは嬉しそうに袖を振った。スマホロトムを自分へ向け直し、会場を歩く人たちへ身体を向ける。

 

「それじゃ、ボクたちは会場巡りの続きへ! ユア氏、アイ氏もありがとねー!」

 

 俺たちが手を振ると、ナンジャモさんは歩きながら、もう配信へ話しかけていた。人の間を黄色い袖が遠ざかっていく。

 

 器へ水を注いでキルリアに渡したあと、俺も残りを飲んだ。アイが隣から顔を寄せる。

 

「試合の話、できた?」

 

「投げられたところまで。勝ったところは、まだ話してない」

 

 アイが笑い、俺も蓋を閉めながら笑った。足元では、スマホロトムを追っていた子供が連れと一緒に歩き出していた。キルリアは水を飲み終えると、ベンチの背へ身体を預けた。

 

ーー

 

 そのあとは観客席へ移り、アイと試合を見て過ごした。

 

 自分が立っていたコートを上から見ると、端まで思ったより遠い。選手の指示に身を乗り出し、攻撃がぶつかると周りと一緒に声が出た。隣のアイも拍手をしていて、試合が終わると、俺たちは空いた背もたれへ揃って寄りかかった。

 

 途中でキルリアが目をこすったので、ボールへ戻した。屋台へ飲み物を買いに行き、戻ってきたときには日陰の場所が変わっていた。さっきまで眩しかった席にも座れるようになり、俺は鞄を足元へ置いて、またコートへ顔を向けた。

 

 夕方、その日の最後の判定が響いた。立ち上がった選手たちへ拍手が送られ、ナンジャモさんが今日の試合の終了を告げる。

 

 観客席から人が下り始め、俺たちも荷物を持った。階段を下りると、朝から出ていた屋台の旗が一つ外されている。通路には空の箱が重ねられ、その横を係の人が台車を押して通っていった。

 

「明日の相手、見て帰ろう」

 

 アイに声を掛け、掲示の方へ向かった。新しく張られた対戦表の前には、まだ選手が何人も残っている。確認を終えた人が離れるのを待ち、俺も自分の名前を探した。

 

 予選第2戦の欄に、ユアとある。隣へ目を移すと、よく知っている名前が書かれていた。

 

「明日、ジニア先生だ」

 

 アイも掲示へ顔を上げた。俺は集合時刻を確かめてから、スマホで対戦表を撮った。

 

 ユア対ジニア。その行を画面の中央に収め、写真を保存した。

 

 

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