ホロ  オリ   作:raian sinra

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そら 15

## 観測される特異点・後夜祭編:魔法使いの誤算と、狂騒のファンクラブ

### 第1章:嵐の翌朝、異常を告げるSNSの波形

前夜の『星屑の誓い』ライブから一夜明けた、日曜日のお昼前。

カバー株式会社のCTO室にある、仮眠用の高級ソファベッドで、■■春樹は重い瞼をこじ開けた。

「……ん、ぁ……」

全身の筋肉が軋み、頭の奥に鈍い痛みが残っている。数週間に及ぶ極限の徹夜作業と、150万人を相手にした大勝負によるアドレナリンの反動が、一気に押し寄せていたのだ。

しかし、彼が目覚めて最初に手を伸ばしたのは、水でもコーヒーでもなく、サイドテーブルに置かれたタブレット端末であった。

「……サーバーのログ確認。エラーなし。株価……よし、時間外取引でも下落どころか高騰している。ファンクラブの退会率も想定の0.01%以下……」

寝起きの掠れた声で、昨晩の「劇薬」が残した爪痕を確認する。

炎上はしていない。それどころか、ホロライブという箱に対する世間の評価は、技術的にもエンタメ的にも、かつてないほどの最高潮に達していた。

「……完璧だ。オレのシステムに、バグはなかった」

春樹は深く息を吐き出し、ようやく安堵の表情を浮かべて天井を仰いだ。

しかし、天才エンジニアである彼にも、一つだけ「完全に予測を誤った事象」が存在していた。

「さて、エゴサでもしておくか。そらのアンチコメントがあれば、IPを弾くスクリプトを組まないと……ん?」

春樹がX(旧Twitter)のトレンド欄を開いた瞬間、彼の思考は完全にフリーズした。

**【日本のトレンド】**

1位:#ときのそら結婚

2位:#チーフかっこよすぎ

3位:#ホロライブCTO

4位:#バイオセンサー婚

5位:#春樹さんオレと結婚してくれ

「……は?」

春樹は目を擦り、もう一度画面を見た。

そこには、そらへの祝福の言葉と共に、**『春樹(チーフ)』という単語が異常なバズを引き起こしている**という、信じがたい現実が広がっていた。

恐る恐る「#チーフかっこよすぎ」のハッシュタグをタップする。

『あの「オレの愛は技術で証明する」ってセリフ、一生忘れられない。チーフ推せる』

『裏方なのにあの圧倒的な強キャラ感何!? アバターのロングコートとバイザー最高すぎるだろ!』

『今日から俺の推しはCTOです。ホロライブの裏ボス最高』

『【朗報】VTuber史上で最も愛が重い男、現る』

さらに春樹を驚愕させたのは、タイムラインに溢れ返る**『ファンアート(FA)』**の数々であった。

昨日のライブで春樹が使用した、黒のロングコートにバイザーを装着した「影の魔法使い」のアバター。その姿が、何十人もの神絵師たちによって、一晩のうちに超高解像度のイラストとして描き上げられ、何万リツイートも叩き出しているのだ。

「……嘘だろ。オレはただの裏方だぞ。なんでオレのFAが量産されてるんだ……!?」

『サイバーパンク・チーフ!』『そらちゃんを守る最強の盾!』といったキャッチコピーと共に描かれた自分の姿を見て、春樹は顔から火が出るほどの羞恥心に襲われた。

「や、やめろ……ッ! やめてくれ! オレはそらを輝かせるための背景(シャドウ)だぞ! 悪目立ちしてどうする!!」

春樹がベッドの上で頭を抱え、身悶えしていた、その時だった。

**パーーーーンッ!!!**

CTO室の重厚な扉が蹴り開けられ、鼓膜を劈くようなクラッカーの爆音が鳴り響いた。

### 第2章:無敵の侵略者たちと、開催される後夜祭

「「「チーーーーフ!!! 結婚(&デビュー)おめでとうッス〜〜〜!!!!!」」」

部屋になだれ込んできたのは、大空スバル、さくらみこ、白上フブキ、宝鐘マリン、星街すいせいの、いつものやかましい面々であった。

スバルの手には「Happy Wedding」と書かれた巨大なホールケーキが、マリンの両手にはノンアルコールの高級シャンパンが握られている。

「お前ら……! ここは役員室だぞ! クラッカーの紙吹雪を最高級絨毯に撒き散らすな!」

春樹の悲鳴も虚しく、彼女たちは我が物顔でCTO室のテーブルにケーキとグラスを並べ始めた。

「まあまあチーフ! 今日はお祝いなんだから固いこと言わないのにぇ!」

みこが満面の笑みで春樹の背中をバンバンと叩く。

「それにしてもチーフ〜。昨日のライブ、最高だったよ? ま・さ・か、あんな特大の愛の告白を世界中に向けてやっちゃうなんてね〜!」

フブキが、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべながら春樹を小突いた。

「あれは告白じゃない! 技術とシステムの実証実験の成果報告だ! アイドルの安全を担保するフェイルセーフの——」

「はいはい、照れ隠し乙ですワ〜! 船長、モニターの裏で聞いてて全身の鳥肌が立ちましたワ! 『オレが彼女を宇宙の果てまで飛ばす最強のエンジンになる』……くぅ〜っ! 激アツですワ〜!!」

マリンが、昨日の春樹のセリフを劇画調に真似てみせる。

春樹は「やめろぉぉぉ!!」と叫んで耳を塞ぎ、ソファに崩れ落ちた。昨日の極限状態のアドレナリンで言い放ったセリフをシラフで反芻されるのは、どんな拷問よりもキツかった。

「でもチーフ、冗談抜きでヤバいッスよ」

スバルが、スマホの画面を春樹の目の前に突きつけた。

「今日、切り抜き動画のランキング、全部チーフのシーンが独占してるッスよ! 『伝説のCTO登場シーンまとめ』とか『そら先輩の生体データで愛を語るサイコパスチーフ』とか、再生数ミリオン超えてるッス!」

「……だからなんでオレが主役みたいになってるんだ。昨日の主役はそらだろ。オレのモデリングなんて、そらのアバターに比べたらポリゴン数もシェーダーの質も3段階は落としてあるのに……」

春樹が絶望したように呟くと、すいせいが呆れたように肩をすくめた。

「チーフはエンタメってものを分かってないわね。視聴者が求めてるのはポリゴン数じゃなくて『物語(ストーリー)』なのよ。ずっと裏方でホロライブを支え続けてきた男が、愛する幼馴染を守るために表舞台に出てきて、圧倒的な技術力でアンチを黙らせる。……そんなの、全員好きになっちゃうに決まってるじゃない」

すいせいの正論に、春樹は反論できず、完全に沈黙した。

「はーい、みんな! 主役(ヒロイン)が来たよー!」

さらに扉が開き、この騒ぎのもう一人の中心人物——ときのそらが、友人A(えーちゃん)と共に現れた。

そらは、私服のワンピース姿で、その顔には世界中の幸せをすべて集めたような、キラキラとした笑顔を浮かべている。

「そら先輩!! おめでとうございますワ〜!!」

「そらちゃん! 最高のライブだったよー!」

ホロメンたちが一斉にそらに駆け寄り、抱きつく。

「みんな、ありがとう! ……春樹、おはよう。よく眠れた?」

そらは、メンバーたちの輪を抜け、ソファで項垂れている春樹の隣にちょこんと腰を下ろした。

「……おはよう。……そら、どうしよう。オレ、裏方としてのアイデンティティが崩壊の危機にある」

春樹が涙目で訴えると、そらは「ふふっ」と笑って、春樹の頭を優しく撫でた。

「春樹、すっごく大人気だね! 私のそらとものみんなも、『チーフにならそらちゃんを任せられる!』って、春樹のこと大絶賛してたよ。……私、自分の旦那様がみんなに褒められて、すっごく鼻高々だよ!」

そらのその純度100%の笑顔と『旦那様』という強烈なワードに、春樹の心拍数は一瞬で跳ね上がり、先ほどまでの羞恥心は宇宙の彼方へと吹き飛んでしまった。

### 第3章:商魂逞しい社長と、新星のパパ活

「いやあ、素晴らしいライブだったね! 二人とも、本当にお疲れ様!」

パーティーが盛り上がりを見せる中、カバー株式会社のトップであるYAGOOが、高級なお寿司の巨大な桶を抱えて役員室に現れた。

「社長! ご馳走様ッス!!」

スバルたちが歓声を上げて寿司に群がる。

「YAGOOさん。……昨日は、勝手なワガママを聞いていただき、本当にありがとうございました」

春樹とそらが立ち上がり、深く頭を下げた。

「いいんだよ。僕の方こそ、あんなに素晴らしい景色を見せてもらえて感謝している。株価もストップ高で、広報部には世界中から取材の申し込みが殺到しているよ。……ところで、春樹くん」

YAGOOは、温厚な笑顔のまま、春樹の肩をポンと叩いた。

「君のあのアバター、ものすごい人気だね。商品企画部から、『チーフのアクリルスタンド』と『レプリカの電子バイザー』を今すぐ受注生産で発売したいと企画書が上がってきているんだが——」

「**絶対に許可しません!!!**」

春樹は、CTOとしての全権限を行使して即座に却下した。

えーちゃんが横で「もったいない。アクスタなら初日で10万個は固いのに……」と電卓を叩きながら呟いている。

「オレはタレントじゃないんです! アイドルの隣に裏方のアクスタが並ぶなんて、世界観が崩壊するでしょうが!」

「えー? 私は春樹のアクスタ、欲しいけどな。自分のアクリルの隣に並べて飾りたいし」

そらが頬を膨らませて不満を漏らす。

「そら、お前まで社長の商魂に乗るな。オレの立体物が欲しければ、今度3Dプリンターで超絶リアルなフィギュアを自作してやるから」

「やったぁ!」

(((……相変わらず、技術の無駄遣いとイチャイチャが凄まじいな……)))

ホロメンたちが寿司を頬張りながら、呆れたような、しかし温かい視線を二人に向けている。

「ハルパパー!!!」

そこへさらに、新ユニットReGLOSSの音乃瀬奏が、先輩たちをかき分けて春樹の胸にダイブしてきた。

「お、奏。お前も来てたのか」

春樹は昨日と同じように、自然な動作で奏を受け止める。

「パパ! 昨日のライブ見たよ! すっごいかっこよかった! ねぇねぇ、ネットでね、パパのこと『ホロライブ最強のパパ』って言ってる人いっぱいいたよ! 私のパパなのにー!」

奏が無邪気に春樹にすり寄る。

以前なら、この光景を見た瞬間、そらの顔から表情が消え去り、CTO室の気温が氷点下まで下がっていたはずだ。

春樹は「しまった」と思い、恐る恐るそらの顔を窺った。

しかし。

今日のそらは、以前のような暗い嫉妬のオーラを纏ってはいなかった。

彼女は、左手の薬指で輝くプラチナコーティングの指輪(バイオセンサー)を、見せつけるようにスッと持ち上げたのだ。

「奏ちゃん。春樹は確かに奏ちゃんの『パパ』かもしれないけど……春樹の心拍数(ハート)を一番独占してるのは、私のお嫁さんとしての特権だからね。こればっかりは、譲ってあげないよ?」

そらは、女神のような余裕の微笑みで、奏に向かってふわりと笑いかけた。

その圧倒的な「正妻のオーラ」の前に、奏は「うぅ……そら先輩には勝てないや……」とすごすごと引き下がるしかなかった。

「……そら、お前、すっかり強くなったな」

春樹が呆れたように呟くと、そらは春樹の腕にぎゅっと抱きついた。

「当然でしょ。私は、世界中が熱狂する最強のCTOの、ただ一人の奥さんなんだから」

### 第4章:夕暮れの密室と、変わらない重力場

騒がしかった後夜祭も終わり、夕暮れ時。

ホロメンたちはそれぞれの配信やレッスンのため、一人、また一人とCTO室を後にし、最後には春樹とそらの二人だけが残された。

散らかったテーブルの上を片付けながら、春樹はふぅ、と長く息を吐いた。

「……嵐のような一日だった。オレは明日から、どんな顔をして社内を歩けばいいんだ」

春樹は、デスクのモニターに映し出されたままの、自身の大量のファンアートを見つめて頭を抱えた。

「ふふっ。春樹、本当にみんなのアイドルになっちゃったね」

そらが、春樹の背後からそっと抱きつき、彼の背中に顔を埋めた。

「笑い事じゃない。……オレは、お前だけを輝かせればそれでよかったのに。まさか自分のアバターがバズるなんて、完全に計算外(エラー)だ」

「……」

春樹の愚痴に、そらは少しだけ黙り込み、そして、春樹の背中に回した腕の力を、きゅっと強めた。

「……でも、私。少しだけ、複雑だな」

「え?」

春樹が振り返ると、そらは少しだけ唇を尖らせて、拗ねたような表情を浮かべていた。

「みんなが、春樹のこと『かっこいい』って言ってくれるのは、すっごく誇らしいよ。私の魔法使いのすごさが、世界中に伝わったんだもん。……でもね」

そらは、モニターに映る春樹のファンアートを指差した。

「春樹がかっこいいこと。優しくて、不器用で、誰よりも頼りになること。……それ、ずっと前から、私だけの秘密だったのに。世界中の人にバレちゃったのが、ちょっとだけ……悔しいかも」

その言葉の裏にある、隠しきれない独占欲。

絶対的な余裕を手に入れたはずの女神が、それでも見せる可愛らしい「嫉妬(ヤキモチ)」。

春樹は、その言葉を聞いて、目を見開いた後——こらえきれずに、吹き出した。

「ははっ……! ははははっ!」

「もーっ! なんで笑うの! 私、真剣なのに!」

そらが、春樹の胸をポカポカと叩く。

春樹は、その手を取り、そらの身体を自分へと引き寄せ、深く、強く抱きしめた。

「……ごめん。お前が可愛すぎて、バグった」

「春樹のバカ……」

春樹は、そらの耳元で、甘く、低い声で囁いた。

「安心しろ。世界中の何百万人がオレのアバターを褒め称えようが、オレのシステムのルート権限(全権)は、お前の中にしか存在しない。……オレのコードも、血肉も、すべてはお前のためだけのものだ」

「……本当?」

「ああ。オレの生体データも、GPSも、お前になら全部筒抜けにしてやるよ。……愛してるよ、そら」

春樹のストレートな言葉に、そらの顔は一瞬にして林檎のように真っ赤に染まった。

彼女は、春樹の胸に顔を押し付け、小さな声で呟いた。

「……私も。世界で一番、愛してる。……私の、旦那様」

夕日の差し込む、最上階のCTO室。

世界中を巻き込んだ前代未聞の結婚発表ライブの狂騒は、こうして、二人の絶対不可侵の甘い空間の中へと収束していった。

ファンが増えようが、役職が変わろうが、二人の関係性の本質は何も変わらない。

最強の魔法使いと、彼に守られて輝くトップアイドル。

彼らが紡ぐ新しい日常のコードは、明日からもまた、バグ一つない完璧な幸福を描き出し続けるのである。

 

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