We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
どれほど満ち足りた幸福の中にいても、人は時として、心の片隅に小さな不安を育ててしまう。
現在のアンティリーネが、まさにそうだった。
その不安だけは、愛する夫であるカリムにも、なかなか打ち明けることができずにいた。
ハーフエルフである自分と、人間であるカリムとの間に。
果たして、子供は生まれるのだろうか。
数十年を生きてきた彼女が、これまで一度も真剣に考えたことのない問題だった。
無理もない。
幼い頃から、母親と呼ばれる存在から愛情を受けるどころか、虐げられ続けてきた。
自らの出生の真実を知った時には、心の底から自分の血統を嫌悪し、否定した。
そのため、結婚や出産など、最初から自分とは無縁のものだと思っていた。
これから先も、永遠にそうなのだろうと。
魔導国のダークエルフに敗れ、カリムに救い出されてから、彼女の考え方は大きく変わった。
それでも、次々と訪れる幸福の中で、その不安から無意識に目を背けていたのかもしれない。
あるいは、あまりにも幸せだったため、種族の違いという問題そのものを忘れていたのだろう。
もちろん、自分自身の存在を考えれば、異なる種族の間に子供が生まれる可能性がないわけではない。
アンティリーネ自身、人間とエルフの間に生まれたハーフエルフなのだから。
だが、それは完全な人間と、完全なエルフの組み合わせだった。
自分は完全なエルフでもなければ、完全な人間でもない。
その中間に位置するハーフエルフ。
そしてカリムは、人間だった。
肯定的な可能性を考えるよりも、不安の方が先に膨らんでいった。
「ちょっと待って……」
その時、ふと竜王国の王家に関する話を思い出した。
現在の竜王国の女王も、竜王の血を八分の一ほど受け継いでいると聞いたことがある。
つまり、異なる種族の血が混ざり、世代を重ねて薄まったとしても、その血統は子孫へ受け継がれていくということだ。
それならば。
自分とカリムの間にも、子供が生まれる可能性は十分にある。
そこまで考えが至ると、アンティリーネは思わず安堵の息を漏らした。
本当に、不必要な心配ばかりを先走らせていたらしい。
心が少し軽くなったアンティリーネは、幸せそうな表情を浮かべながら、部屋の中で何かに没頭しているカリムの姿をそっと覗き込んだ。
『ああ、これはまだ秘密だ。時が来たら教えてやるよ』
エ・ランテルへ定住して、しばらく経った頃。
明け方に喉が渇いて目を覚ましたアンティリーネは、部屋で一人、何かに取り組んでいるカリムを見つけた。
その時、彼から言われた言葉だった。
奇妙な形と雰囲気を持つ、ほどほどの大きさの石。
あの時に目にした、不思議なアイテムの姿は、今でも鮮明に覚えている。
何度か尋ねてみたものの、返ってくる答えはすべて秘密だった。
少し寂しい気持ちにもなった。
だが、カリムは自分との手合わせの時以上に真剣な表情を浮かべていた。
そのため、アンティリーネも無理に聞き出すことはせず、彼の言葉を信じて待つことにした。
「寂しいけど、仕方ないわね」
自分がいては集中の邪魔になるかもしれない。
そう考えたアンティリーネは、足音を立てないよう静かに家を出た。
「うーん。天気はいいのに」
外へ出ると、澄んだ空気が身体を包んだ。
アンティリーネはその空気を胸いっぱいに吸い込みながら、エ・ランテルの市街地を散歩するように歩いた。
道ですれ違う住民たちと軽く挨拶を交わす。
中には、結婚式で着ていたあの大胆な衣装を一体どこで購入したのかと尋ねてくる者までいた。
その質問を受けるたび、アンティリーネは恥ずかしさに顔を赤らめながら、適当に答えを濁すしかなかった。
「──?」
暖かな日差しを全身に浴びながら歩いていた、その時。
突然、アンティリーネは吐き気を覚えた。
一度だけなら、大したことではない。
そう思い、最初は気に留めなかった。
だが、しばらくすると、再び強い吐き気が込み上げてきた。
「うーん……そういえば」
最近になって、同じような症状が何度も現れていた。
特に、ベースキャンプで鍛錬を行っている時に起こることが多い。
そのため、手合わせを途中で中断したり、強度を大きく下げたりすることもあった。
「身体が弱くなったのかしら」
最も考えたくない可能性だった。
だが、冷静に考えれば理屈に合わない。
毎日のように鍛錬を続けている。
食事も不足なく取っている。
睡眠も十分だった。
それなら、この吐き気の原因は一体何なのだろうか。
少し気分が悪くなったアンティリーネは、近くの店の前に置かれていたベンチへ腰を下ろした。
そして、最近の出来事を一つずつ思い返していく。
そういえば、この症状は、甘い菓子や食欲をそそる料理の匂いを嗅いだ時に起こることが多かった気がする。
しかし、それも奇妙な話だった。
数十年生きてきて、食べ物の匂いで気分を悪くしたことなど一度もない。
「それなら……まさか」
一つの可能性が、アンティリーネの頭をよぎった。
以前、カリムが何気なく話していた言葉を思い出す。
すべての者に起こるわけではないが、子供を身籠ったばかりの時期には、匂いだけで気分が悪くなることがある。
まさか。
もしかすると。
その可能性に気づいた瞬間、アンティリーネは立ち上がった。
眩暈にも似た感覚を堪えながら、つい最近エ・ランテルに新しく設けられた治療院へ急いだ。
「ええ。奥様のお考えになった通りです」
アンティリーネを丁寧に診察した医師は、穏やかな表情で告げた。
「新しい命を授かっておられます」
「子供を……」
アンティリーネは信じられないものを聞いたかのように、小さく呟いた。
そして、ゆっくりと視線を下げる。
自身の身体の中に。
まだとても小さく、微かなものではあるが。
確かに新しい命の息吹が宿っていた。
かつての自分は、誰かと結婚することなどないと思っていた。
そのような行為に意味などなく、自分には永遠に関係のないものだと。
しかし、今は違う。
自分に希望を与え。
前へ進む勇気を与え。
まったく新しい世界へ導いてくれた男。
そのカリムとの子供を、自分が授かったのだ。
治療院を出た後も、アンティリーネはしばらくの間、その場から動くことができなかった。
何を言えばいいのか分からない。
どのような表情を浮かべればいいのかも分からない。
ただ、両目から熱い涙が静かに流れ落ちていった。
それが喜びの涙なのか。
驚きの涙なのか。
それとも、そのすべてが入り混じった感動の涙なのか。
アンティリーネ自身にも分からなかった。
込み上げる感情をどうにか落ち着かせると、彼女は目元の涙を慎重に拭った。
そして、ゆっくりと家へ向かって歩き始める。
カリムがこの話を聞いたら、どのような反応をするだろう。
すぐに大喜びするだろうか。
それとも、最初は驚き、言葉を失ってしまうだろうか。
家へ近づけば近づくほど、胸の鼓動は激しくなっていった。
不安と幸福が入り混じり、まともに考えることさえできない。
家の前へ到着すると、アンティリーネはしばらく玄関の前で立ち止まった。
中へ入ったら、何と伝えればいいのだろう。
どのような言葉から始めればいいのか。
それとも、先に彼の手を取るべきだろうか。
様々な考えが浮かんでは消えていった。
だが、結局は身体の方が先に動いた。
アンティリーネがゆっくりと家へ入ると、居間でアイテムの点検をしていたカリムが顔を上げた。
「なんだ。散歩に行ってたのか?」
カリムは明るい笑みを浮かべ、彼女を出迎えた。
しかし、すぐにアンティリーネの顔を見て、わずかに表情を曇らせる。
「ん? 散歩じゃなくて、泣いてきたのか?」
「あ……」
カリムは作業を中断し、心配そうな様子で彼女へ近づいてきた。
その姿を見て、アンティリーネは初めて、自分がどのような顔でここまで歩いてきたのかに気づいた。
そう思うと、今さらながら恥ずかしさが込み上げてくる。
「う、ううん。そうじゃないの」
「そうじゃない?」
「その代わり────」
アンティリーネは胸の奥から勇気を振り絞り、カリムをまっすぐに見つめた。
「──私、あなたの子供を授かったの」
「……何?」
その瞬間。
家の中は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。
カリムは、彼女の目元に残る涙の跡を見ていた。
複雑そうな表情を浮かべている。
だからこそ、何か自分の知らない問題があったのではないかと考えた。
彼女が泣いて帰ってきたのを見た瞬間から、カリムは自分の知らないところで何かが起こったのではないかと不安を抱いていた。
できる限り彼女を安心させようと、明るい態度で迎えた。
しかし、彼女の口から出てきたのは。
自分との子供を授かったという、まったく予想していなかった知らせだった。
その言葉を理解しても、カリムはすぐに反応することができなかった。
アンティリーネほどではないにせよ、彼もまた恋愛には不器用だった。
結婚さえ、自分には到達できないものだと長い間考えていた。
それなのに。
自分が父親になるという。
「────本当なのか?」
信じられないというように、カリムはわずかに震える声で尋ねた。
「うん」
アンティリーネの答えは短かった。
だが、それだけで十分だった。
「────ワハハハハハ! 本当か?! 本当に、俺たちの子供なのか?!」
カリムは爆発するような歓声を上げた。
そして彼女を勢いよく、しかし決して苦しくないように抱きしめる。
さらに、いつものようにアンティリーネの身体を軽々と抱き上げた。
感情を理解するまでに、少しだけ時間がかかった。
だが、一度実感してしまえば、溢れ出る喜びを抑えることなどできなかった。
「なんてことだ、アンティリーネ! 信じられない! 俺たちの子供だぞ! 凄い! 最高だ!」
カリムは喜びを隠すことなく、彼女を抱いたまま豪快に笑った。
「やっぱり、俺の妻は最高だ!」
普段ならば、少しつんとした態度で拒否するか。
あるいは、仕方なさそうな顔で抱かれていただろう。
だが、今は違った。
洪水のように押し寄せるカリムの喜びと称賛に包まれながら、アンティリーネは堪えていた涙を次々と流した。
血を繋いだだけで、親と呼ぶことすらできなかった存在たち。
その者たちから虐げられ、徹底的な無関心の中で育ってきた。
自分の血を否定し続けた。
誰かから偽りのない愛を向けられる未来など、考えたことさえなかった。
まったく愛情を知らなかったわけではない。
短い間ではあったが、彼女に愛とは何かを教えてくれた者は存在した。
それでも、長年にわたって積み重なった血統への嫌悪と孤独を、すべて癒やすには足りなかった。
アンティリーネの心には、満たされることのない空白が残り続けていた。
だが、今は違う。
カリムは、彼女の過去も。
血も。
存在そのものも。
すべてを肯定した。
見返りを求めることなく、偽りのない愛を与え続けた。
そして今。
二人の間には、新しい命が生まれようとしている。
その事実が、最後まで残っていた心の空白を、静かに満たしていった。
今の幸福によって、過去そのものが消えたわけではない。
それでも、あの頃の自分に救いを与えることはできた。
もし、この男と出会っていなかったなら。
自分は今でも、あの恐ろしい場所で、届くことのない祈りを捧げ続けていただろう。
何一つ満たされることのないまま。
少しずつ、すべてを諦めていったはずだった。
「男の子かな。それとも、女の子かな?」
未だ歓喜の中にいる夫を見ながら、アンティリーネもまた、彼と共に未来を思い描き始めた。
自分は、過去の親たちとは違う。
ただ血を与えただけの存在にはならない。
知識が足りなかったとしても。
経験がなかったとしても。
愛情と努力を惜しまず、この子を大切に育てる。
「どちらにしても、よろしくね?」
アンティリーネは、まだ見ぬ子供へ語りかけるように、そっと自分の身体へ手を添えた。
「もちろん!」
性別は、まだ分からない。
どのような子に育つのかも分からない。
だが、どちらであっても関係なかった。
もし、その子が将来、戦士や冒険者の道を望むのなら。
最高の師となれる者が、すぐ目の前にいる。
そして、別の道を望むのなら。
二人はその道を、誰よりも強く支えてやるだろう。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。