※無双要素あり
「失礼。先に水をいただいても良いだろうか? どうにも緊張してしまっていてね」
「意外かね? なに、普段は部下に報告を促す立場なものでね。自分がこう……記録に残していない状況を思い出しながら、どうにか相手に伝わるよう言葉を選ばなければ、と頭を使うのは実に久し振りだ」
「あぁ、別にコレも記事にしてくれて構わんよ。公にされて困ることなど最初から口にしないとも」
「それで、えぇと。インタビューの順番からしてキミが取材したいのは、私が指揮官を任された戦いにで【彼】がどのような活躍をしたか……で、あってるかね?」
「私はね……戦争に、英雄など、存在しないと信じていた」
「ただ有能な人殺しと無能な人殺しが大勢いて、負けたほうが多くの責任を押し付けられ、勝ったほうが少ない責任を背負わされる。英雄などという言葉も雑多な責任のひとつでしかない、と」
「だから、まぁ……別に彼のことを嫌っていたワケでもなければ信用していないワケでもなかったんだがね。集団で戦うのが軍人の商売だというのに、個人にこう、なんという表現だと伝わるだろうか」
「ともかく、彼ひとりに無理難題を押し付けるのは指揮官として認められるものではないのでね。活躍に関する報告も鵜呑みにしないよう気を付けていた」
「なぁ、キミ。こうした取材を任されているのだから、戦闘騎のパイロットとフェアリーの関係など知っているのだろう?」
「……あぁ、その通りだ。パイロットのサポートを担当するフェアリーのな、羽がひとつ欠損していると聞いたら誰だって訝しむに決まっているとも。マナの操作に支障が出るのだから、当然、戦闘騎の動きにも影響が出る、ハズだったんだがね」
「垂直尾翼にパートナーであるフェアリーをイメージしたエンブレムを描く、というのも、いまでは当たり前のように思われているが、少なくとも私の記憶にある限りでは……うん、間違いなく彼が最初だと思うよ。もしかしたら他国にはいたかもしれないが」
「うぅむ、申し訳ない。先ほどから話がそれてばかりで本題に中々入れなくて……うん? そうかね? そのように言ってくれると助かるよ。やはり緊張しているな、情けない話だ。あるいは……あのときの光景を思い出して、年甲斐もなく気持ちが高ぶっているのかもしれない」
「負け続きだった我が国が、とある戦略的価値の低い基地から始まった反撃の、アレだ、奇跡とも呼べる連勝が続いて半年ほどだったかな? 大規模な反攻作戦が開始され、我々地上部隊は対空陣地の奪取、もしくは破壊を任されていたのだが────」
「閣下、気休め程度には良い報せと控え目に言って最悪の報せがありますが、どのような順番が好みでありますか?」
「少しでも前向きな気持ちで作戦に臨みたいところだからね、ポジティブなほうを残しておきたい気分かな?」
「投降した捕虜の証言について確認が完了しました。連中、対空陣地に民間人を押し込めているのは本当です。学校や病院などを積極的に利用している時点で嫌な予感はしていましたがね」
「ふむ……。誰か、連中の狙いについて意見はあるかね?」
「プロパガンダでしょうな。情報操作にしても露骨ですが、我々が民間人の安全を構わず攻撃した、あるいは民間人ごと根絶やしにするつもりだと喧伝するには適当な具合であるかと」
「殴られたからと殴り返したら、わんわん騒いで大人に泣きつかれたような気分だね。さて困ったな、我々が対空陣地を無力化しないことには航空隊の燃料とマナが無駄になってしまう」
「では閣下、我々だけで都市の制圧も視野に」
「頭上がガラ空きのまま戦車隊を前に出すのは……本来ならば、指揮官としては賛成したくないな。向こうが民間人を犠牲にする前提での防衛戦を考えているのであれば、それはそれは派手に出迎えてもらえることだろう」
「川の氾濫を堰き止めることができれば、並べた土嚢がどれほど崩れようが構わない……ですか。こりゃあ上手いこと占領できたとしても、その後のケアだけで長いこと足止めを食らうことになりそうですな! 連中も中々どうして蛮族の戦い方が様になっておるようで!」
「おいおい、そりゃ真面目に蛮族やってる方々に失礼ってもんだろう。アレは野蛮人とは言われたりもするが、大事な勝負どころは当人同士が直接殴り合って決着する文化じゃないか。まさか群の女子供を盾にするような真似はしないだろうさ」
「つまり我々はこれから蛮族以下の倫理観で棍棒の代わりに現代兵器を振り回す者たちを相手に、しかも戦場に置き去りにされた民間人を護りながら戦う必要があるワケだ。キミ、通信の用意を」
「ハッ!」
「どれ。……親愛なる航空隊の諸君、聞こえるかね? お出かけの用意が整っているところ申し訳ないのだが、今日のデートは中止とさせてもらうよ。いや、こちらとしても残念なのだがね、たまには地上部隊だけで気兼ねなく乱痴気騒ぎに興じたい気分なんだ」
《こちらコンダクター、説明を求める。敵対空陣地の攻略に問題が発生したのであれば、こちらでも作戦変更の用意は予め》
「人質だ。対空陣地の下には大勢の民間人が収容されている」
《……なんだと?》
「捕虜の証言をもとに偵察隊が確認を済ませている。制圧及び解放は不可能ではないが、敵増援の到着……対地攻撃の開始予測時刻にはもちろん間に合わない」
《ならば、別働隊を編成し都市を迂回しつつ先行して》
「向こうには民間人ごと我々を吹き飛ばす用意があるかもしれない。こちらの航空戦力が手薄になったとたんにパレードが始まるよ」
《航空隊としては、歩兵を見殺しにするような真似は許容できない》
「感謝する。だが無意味だ。時間は我々にとって敵だ、民間人に死者を出せば大義名分を失い政治的に追い込まれる。それとも、諸君らの中に対空機銃の嵐の中で我々の頭上を護ってくれるパイロットがいるのかね?」
《それは》
《────フルート4 了解。これより地上部隊の援護を開始する》
「あの瞬間、私は人生でもっとも間抜けな顔をしていたと確信している」
「まるで、タダの業務連絡のように……信頼、などという空気ですらなかった。パイロットの判断を全く疑っていない声色のフェアリーからの返答だったよ」
「航空戦力は強いが脆い。飛行空母より海上空母が未だに主流なのは結局のところ、空を飛ぶためには装甲を薄くしなければならず、戦車にとっては豆鉄砲でしかない対空機銃でも簡単に撃墜されるからだ」
「だから、お互いに、それを念頭に置いて作戦を考える。つまり構築された防衛陣地に対し────あぁ、いや。そんなことを聞きたくて取材に来たのではなかったね。失礼、失礼」
「直後、だったと思う。本当は数分も間があったのかもしれないが、私の記憶に残る体感時間では10秒もしないうちに……音が、ね。戦闘騎の音が近付いて来たんだ」
「私は職務も責任も忘れて外に飛び出してしまった。指揮官失格だよ、顔から火が出る思いだ。だからこそ忘れない。忘れようがない。フルートを奏でる3枚羽の妖精、そのエンブレムが頭上を通り過ぎていったあの光景を」
「そして間もなく、また通信が入ったんだ……」
《フルート4
「戦車隊ッ! 進軍開始せよッ!」
「大隊長……?!」
「進め、進めェッ! 我らが心配せねばならんのは頭の上だけ! だがそれも必要無くなった! フルート4が先導してくれる、なにも恐れる必要は無いッ!」
「大隊長ッ! なにを勝手なことをッ!」
「敵陣中央を駆け抜けよッ! 余計なモノは全て無視しろッ! 我々が前に出ればそれだけ後ろも空も楽になるッ! 連中の眼を全部引き付けて釘付けにしろッ!」
「大隊長ッ!!」
「閣下、ご自身の発言には責任を持ってください」
「なんだと……?」
「先ほどの通信、迂闊に発言なされた閣下が悪い。閣下は出来るものならやってみろと仰った。だから出来ると判断したパイロットが前に出た。それだけのことです。勘違いなされては困ります、閣下が作戦開始の合図を出されたのですよ?」
「つまり口は災いの元、ということか」
「先人が遺してくれた言葉には学びが多いですな!」
「ならば仕方ない。部下たちと肩を並べて地獄を歩く名誉は賜れなかったが、私は私の責務を全うせねば。プランを修整しつつ防衛線の突破を試みる。忙しくなるぞ、いまのうちに小便は済ませておくように」
「「「「了解ッ!!」」」」
《正気か? この防空網で飛び込んできたアホがいるぞ!》
《せっかくだから誰が墜とすか賭けでもするか?》
《バーカ、判別なんてつくかよ》
《どんだけ対空機銃並べてると思ってんだ》
《ん? あれは……おいッ! あのエンブレムッ!》
《なんてこった、アイツは【笛吹き】だぞッ!》
《ハッ! それがどうしたッ! あんなデタラメな戦果、マジなワケあるかよッ!》
《エースだろうがなんだろうが、この対空砲火の壁を抜けられるパイロットなんているハズねぇだろッ!》
《ピッコロ1 グロッケン2 ヴァイオリン3 敵防衛線を迂回して対地攻撃部隊の迎撃に迎え》
《ピッコロ1了解! シードル、カルヴァドス、遅れずについてこいよッ!》
《了解!》
《了解っす!》
《グロッケン2了解。アングリア、メローネ。側面からの攻撃への警戒も忘れるな》
《了解です》
《了解しました》
《ヴァイオリン3りょ〜おかい、ッと! 解放軍のエースパイロットであるアタシの活躍を見せてあげるわッ!》
《またそれですか〜? イイ加減、現実を見ましょうよ〜》
《フェアリーにまで呆れられてんのウケる》
《実力はあるし、悪い人ではないんですけどね》
《コンサートマスター、ターゲットリンクの状況はどうか》
《問題無し。対空陣地の挙動把握率98.36%》
《了解した。残りの部隊は地上からの攻撃を警戒しつつ、敵航空戦力を牽制せよ。フルート4の負担を少しでも減らしてやれ》
《撃てッ! 撃てぇッ!!》
《クソが、なんなんだよアイツはァッ!?》
《当たりさえすれば、当たりさえすればッ!》
《防衛ライン、突破されました!》
《嘘だろ……あの弾幕だぞッ!?》
《自走砲、次々とやられてますッ!》
《味方の戦闘騎はなにをしているッ?!》
《こちら、ティンパニ11。コンダクター、地上部隊は南側の防衛ラインまで辿り着いてるのか?》
《いや、そのような工作等の報告は無い。そもそも、この短時間では》
《対空陣地が燃えているのを確認している。それも、複数だ》
《……こちらでも確認できた。詳しい状況はわかるか?》
《了解。どれか近寄れそうなヤツがあればいいが》
《向こうの陣地、マナ反応が消えてる》
《決まりだな。火器管制、アイハブコントロール》
《ユーハブコントロール。カメラ操作に集中するわ》
《通過まで3、2、1》
《見えた。あれは……》
《────市民が反乱を起こしてるの?!》
「彼らは自分たちがどのような扱いをされているのか、正しく理解していた。それでも、圧倒的な暴力を前にしてしまえば従うほか無かったワケだが……それを、彼が覆した」
「荒れ狂う対空砲火の中にあっても自由な翼。極度の緊張と生命の危機にさらされた人々の枷を外すには充分過ぎるほど刺激的な光景だったことだろう」
「偵察隊から、新たに、ひとつ……ふたつ……と。火の手が上がったという報告が届いた」
「もちろん我々も大慌てで対応したとも。市民たちは敗残兵の寄せ集めであった我々を味方として受け入れてくれたのだから、まさか戦いを仕事とする軍人が指を咥えて狼狽えている場合ではないさ」
「そう、それだ。キミも取材の中で何度も聞かされてきた、ことと思う。いつの間にか、誰もが……あの、笛吹きと呼ばれたエンブレムを追い掛けるように動いていたのだ」
《あ〜あ。防衛ラインがボロボロになってら》
《言うまでもなく自業自得というヤツね》
《因果応報とも言う。司令部、状況は最悪だぞ。これからどうするんだ?》
《……、…………》
《司令部? おい、応答しろ。司令部!》
《ァ……ァァ……もしもし? 聞こえますか?》
《あぁン? 坊や、そこにいた大人たちはどうした?》
《誰も、いません。僕だけです》
《は?》
《新しい、カツレツを、取りに行けと言われて》
《急いで、それで、戻ってきたら……》
《もぬけの殻、か?》
《はい……》
《ほっ。カツレツねぇ……この状況で》
《全騎、識別を中立に切り替えろ。投降の用意だ》
《隊長、よろしいのですか?》
《逆によろしくない理由があるなら教えてくれ》
《……了解。識別切り替えます》
《通信、繋げるか?》
《大丈夫。向こうも気付いてくれているわ》
《今日ほどヒトの優しさに感謝したいと思った日はねぇわ》
《……聞こえるか? こちらには投降の用意がある。誘導願う。繰り返す、こちらには投降の用意がある。直ちに誘導を願う》
《了解した。識別コードを送信する。指示及び誘導はコールサイン・コンサートマスターに従ってくれ》
《ありがとうよ。引き続き、俺の指揮下にある全ての部隊に投降を呼び掛ける。従わない連中についてはそちらの判断に任せた》
《そちらの指揮官は?》
《逃げちまった、とよ。ハッ! 民間人の命を盾にしておきながら、テメェは尻に火がつくより先にスタコラサッサってな》
《……我々にとっては朗報だが、そのような人物を逃がしたと思うと素直に喜べんな》
《どこかでゲリラにでも吹っ飛ばされてくれると嬉しいねぇ。ところで、迷惑ついでにひとつ。笛吹きに……おたくらのエースパイロット様に伝言を頼みたいんだが》
《直接話す場を用意しようか?》
《ハハッ、ぜってぇお断りだ。2度も手加減されて煮え湯を飲まされてんだぞ?》
《もちろん把握している。貴重な戦果だったからな》
《けっ。イイ性格してるぜ》
《それで、伝言の内容は?》
《ついさっき、贔屓のパン屋が無事なのを確認した。弟夫婦と甥っ子たちもな。俺たちが守りたくても守れなかったモノを、助けてくれてありがとうって伝えておいてくれ》
《承知した。責任を持って伝えておこう。必ずな》