「よぉ、オッサン。メシでも食いに行くかい?」
路地裏で目覚めたとき、目の前にひとりの青年がいた。
彼はなにを言っているのだろう?
同僚に裏切られ、妻に裏切られ、企業に捨てられて、ボロボロのスーツのまま路地裏に転がっていた中年男性になにを求めているというのだ。
「決めるのはアンタだ。これはタダの偶然。もちろん打算はある。でも、それでも……
私が、決める。
誰かの判断ではなく、私の判断で、決定する。
その言葉を聞いたとき。
私の頭が迷っている間に、私の手は伸びていた。
†††
「欲しかったのは労働力だよ。探索者とも言う。アンタも知識として、というか一般教養として【シップ】のことは知ってるだろう?」
もちろん知っている。
大昔の預言者が遺した“恐怖の大王が空からやってくる”という有名な話だ。
宇宙から飛来した超高度文明の船が何隻も地球に墜落し、人類は危うく滅ぶところだったという話は、スクールに通える程度に裕福なら歴史の授業で皆が教えられる。
「この【ムラクモ・ドーム】の地下にもそのシップが何隻かあるだろう? そこの探索をね、アンタに任せてみようと思ったワケだ。あぁ、別に断ってくれても構わないよ? このまま回れ右して部屋から出て行って、どうぞ」
いや、しかし。
そもそもの問題、私は喧嘩すらしたことが。
シップ探索は金になる。
それは知っている。
だがシップ探索にはリスクも……命の危険がある。
人類の科学では解明できていない未知の構造物というだけでもなにが起きるかわからない。
しかもそこに【スケルトン】と呼ばれる機械の兵隊のようなモノが巡回して侵入者を捕らえようとしてくる。
捕まった人間がどうなったのか?
それは誰もわからない。
シップの奥深くに連れて行かれることは判明しているが、その奥深くまで探索に成功した者は誰もいないからだ。
そんな場所に、タダの……せいぜいリスクなど営業の失敗ぐらいしか知らない私に、探索など……。
「アンタが気付いていないだけで、アンタには探索者をやれるだけの素質はあるよ。わかるんだ、そういうの。俺は。ちょっとだけ
†††
案内されたのは地下の……射撃場、だろうか。
初めて触れた拳銃は、その重さよりも、無機質な冷たさが腕を這い上がり背筋まで伸びてくるようだった。
「まずは両手で構えて、的に向けて、だが当てることは考えなくていい。銃を撃ったときに自分の身体にどんな反動があるのか確かめながら撃ってみてくれ」
言われるまま銃を構え、引き金を、引く。
音。
衝撃。
自分が銃を撃ったという事実を認識するまで1分ほど呆けていたような気がする。
的から大きく外れたことを認識したのは、それからだった。
「デカい企業で営業やってたんだってな。なら、その銃の使い方を自分で自分にプレゼンテーションしてみるといい。撃ちながら、どうすれば使いやすいか、分析して、自分に向けて説明するように」
不思議な、感覚だった。
最初は言葉として、ロジカルに分析することは出来ない。
当然だ。
私は今日、初めて拳銃を握ったのだから。
だが何度も分析と射撃を繰り返す中で徐々に思考がクリアになっていく感覚がある。
足の位置。
肘の高さ。
肩の向き。
撃って、確認して、考えて、修正して、撃って。
彼はなにも言わない。
ただ背後でタブレット端末を操作し、弾薬が尽きる前に補充してくれるだけ。
ただ、それだけの時間が過ぎて。
弾倉が無くなるまで、12発。
撃ち抜いた的、12枚。
それが射撃場を出るときの、私のスコアだった。
†††
シップの内部は想像よりも恐ろしいモノでは無いらしい。
銃という武器を手にしたことで生まれた余裕なのか、それとも銃という武器を手にしたことで生まれた油断なのか。
きっと、両方なのだろう。
彼が私に求めたのは“無事の帰還”だった。
生きて帰れば経験になる。
今日がダメでも次がある。
たった1体のスケルトンすら破壊できずに逃げ帰ることになっても、なぜ失敗したのか省みることで次は倒せるかもしれない。
それでもダメなら戦闘以外の仕事を任せてくれるとまで言われた。
なんと、気楽なモノだろうか。
失敗が許される。
素晴らしい職場だな。
エリート街道を歩んできたことが私にとってのステイタスだったハズなのだが、人間とはたった1度落ちぶれただけで価値観は変わってしまうようだ。
毎日のように、帰らぬ探索者がいる。
興味本位と好奇心で命を落とす一般人がいる。
シップの探索はハイリスクハイリターン。
だが、いまの私はそう感じない。
人類の科学力では届かない宇宙の果てに、しかし確かに存在する超高度文明の遺産だ。
その内部を歩いているという事実、知識ではなく経験として私はいまここにいるのだ。
楽しくないワケがない。
まるで博物館の、いや、テーマパークに来たかのように心が昂ぶっている。
もちろん、浮き足立っていても警戒は忘れていない。
訓練で鍛えられた私の聴覚は、スケルトンが歩く無機質な金属音をしっかりと捕捉していた。
人体の白骨標本を連想させるフレーム。
感情の無いカメラアイ。
私の拳銃から放たれた弾丸がソレを正確に撃ち抜くまで、恐らく数秒も必要としていなかったと思う。
†††
仕事が変われば生活も変わる。
一流企業の営業マン時代と比べて収入は大きく落ち込んでいるが、その代わりに素晴らしい自由を得ることが出来た。
清潔感の足りない店内で食べる、チャーシューの代わりに合成ハムが乗せられたラーメンのなんと美味いことか。
好きでもないワインを注がれたことに愛想笑いでお礼を言いながら、商談にまったく関係のない自慢話を延々と聞かされながら消費するレストランの食事とは比較するのもバカバカしい。
数十万クレジットの高級ワインより、数百クレジットで食べたラーメンのあとに飲む麦茶は最高だな。
腹具合が落ち着くのを待ちながら、タブレット端末を操作して
面白い仕事の形だな、と思う。
日次任務、週次任務、月次任務、そして累積される実績に伴う報酬。
達成すればそれで良し、未達のまま終わっても報酬が支払われないだけでペナルティは無い。
それでいて、事務所に顔を出せば生存報告として扱われて1日分の食費程度のクレジットが渡される。
案の定、生存報告の報酬だけを貰っているだけの人員もいるようだが……ボスはあまり気にしていないらしい。
それで生き残れるなら、そうしてみろ……と言う。
表の世界で生きていた時間のほうが長い私にはまだわかりにくい感覚だが、楽が出来るからと怠惰な生き方を続けられるほど裏の世界は甘くないらしい。
まぁ、わかりにくいだけで、わからないこともない。
私も何度か命を狙われている。
羨ましいのだ、人間らしい生活をしていることが。
そのためにシップに潜りスケルトンを倒すというリスクを背負っていることなど、逆恨みで人を襲うことに抵抗のない連中には想像できないのだろう。
哀れ、だな。
ボスから任される仕事はスケルトンの討伐だけではないのだ、殺すつもりで襲ってきた連中に私が慈悲をかけてやる理由がどこにあるというのか?
さて、こうして私は新しく身に付けた自衛能力により安全を確保できるワケだが、日払いの報酬だけを受け取り戦闘経験の積み重ねを放棄した者たちはどうだろう。
ハイエナと揶揄されるような者でも必要なら学習する。
楽に奪える相手がいるならば、そちらを狙うほうが圧倒的にコスパが良いだろう。
……つまり、嘗ての私もそうだった、というコトか。
弱いから裏切られた。
弱いから奪われた。
実にわかりやすい弱肉強食の掟。
真面目で誠実であったことを後悔はしないが、真面目で誠実なだけで生きられるほど世の中は甘くなかった。
温室で育てられて、それで社会を理解しているつもりになっていた私が悪かったのだ。
やはり暴力。
暴力は全てを解決する。
†††
同僚が増える。
部下も増える。
賑やかなのは結構なことだ。
仕事が途切れることはないが、時間の使い方は我々の自由なので息苦しさも無い。
ただ。
「主任。全員、準備が終わりました」
コレがな……うん。
私たちはお互いを名前ではない呼び方でのコミュニケーションが多い。
こんな仕事だ、別に不思議でもなんでもないが……ついうっかり、前の仕事のことを話したら、いつの間にか【主任】という呼び名が組織の中で定着してしまった。
しかも、なにが琴線に触れたのかボスが大喜びしているものだから訂正するのも難しいという。
何故か決め台詞まで渡されてしまったし。
本気でソレを使わせたい様子ではないのだが、それにしても「愛してるんだキミたちを」なんて、どんなタイミングで使えば良いのやら。
まぁ、いい。
それよりも目の前の仕事に集中しよう。
今回の仕事は少々、派手に暴れることになる。
ターゲットはムラクモ・ドームで活動する企業の中でも指折りの勢力を誇る【豪翼ホールディングス】の人間に対する
なんでも協力企業である【製薬会社ヒールアンドゥ】と進めていた企画を我が物として利益を独占したのだとか。
依頼の説明を受けたとき、私が抱いた感情は“納得”だった。
豪翼ホールディングスは私の古巣であり、ターゲットは私から様々なモノを奪った男であり、そして製薬会社ヒールアンドゥは裏の顔を持つ危険な企業であることを先輩から教えられていたからだ。
楔を打ち込むために泳がされたのだろう、ヤツは。
自分の優秀さを信じて疑わない男など簡単に操れたに違いない。
バカなことを。
製薬会社ヒールアンドゥはこちらが誠実な態度である限り、目先の不利益を飲み込む形になったとしても義理を通してくれる取引相手だったのに。
それを“立場の弱さ”によるものと誤解したか。
本当に、バカなことを。
時計を見る。
襲撃開始までの秒読みを。
いま。
爆発音。
囮のために高級車を1台、花火の代わりにするとは贅沢な襲撃だ。
防衛戦力であるガードマンたちがそちら側に殺到している間に、ビジネスマンに扮した私たちが何食わぬ顔で侵入するだけという……なんとまぁ、拍子抜けするほど簡単な襲撃だろうか。
こういうときは、むしろ爆発が起きた場所ではなく、それ以外への警戒を強めるべきだと思うのだが。
訓練が足りていないな。
私たちに“ターゲット以外の非戦闘員の無事”という要求が課せられていなければ、これからビルの中は死体の山になるところだったぞ?
エレベーターは……流石に使わないほうがいいな。
階段で、ゆっくりと。
陽動を引き受けてくれる手筈の部下たちを思えば、目的地である営業部まで駆け足で急ぎたいところだが、それでは擬態している意味が無くなってしまうのが悩ましいところだ。
ゆっくりと。
言葉通り、歩く速さで。
下で爆発が起きたとは思えないほど営業部の風景は日常的だった。
治安の悪さなど自分たちには無関係だと、以前の私と同じように考えているのだろう。
それでも、仕事のミスが原因で辞めさせられたハズの人間が現れれば驚きでザワつくのが面白いところだ。
ターゲットに接近する。
相変わらず嫌な笑い方をする男だ。
しかし、不思議と殺意が芽生えるようなことはない。
少しは私も過去を乗り切れたのだろうか?
コレが言葉を発するよりも先に、私の拳銃が両肩を撃ち抜いた。
銃声。
数秒の静寂。
悲鳴で賑やかになるまで、状況を理解するまで、人というのは思考も行動も止まってしまうらしい。
あぁ、一応、宣言しておこう。
これは復讐ではない。
ただの仕事だと。
拳銃を懐へ戻し、お世話になっていた先輩社員へ向けて事情を説明しておく。
製薬会社ヒールアンドゥからは社名を出して警告するように頼まれている。
諸々を理解した先輩の表情から恐怖は消え去り、代わりに呆れとも後悔とも読み取れる複雑な顔で頭を抱えてしまった。
……う〜む。
気になる。
先輩、彼にヒールアンドゥのことは説明していなかったのですか?
「……したよ。キミに、以前、そうしたように。僕は彼にもちゃんとアンドゥさんのことは説明したんだ。誠実な取引を心掛けるようにと、それを反故にすれば大変なことになるって……しつこく、教えていたハズなんだけどなぁ」
つまりアレが愚かだったが故にこうなった、自業自得……とも少し違う気がするが、とにかく目先の欲に目が眩んで失敗したということだ。
いまは痛みに耐えられず元気に泣き喚いているが、冷静さを取り戻したあとはどうなることやら。
憎しみは無い。
怒りも無い。
自分でも意外なほどに、アレのことはどうでもいい。
もっと感情的になって衝動的に頭を撃ち抜きたくなることも覚悟していたのだけれど。
去り際、上司だった人間が切羽詰まった様子でなにか話し掛けてきた。
もう私には関係のないことだ。
責任問題がどう動いて、どのように処理されるのか。
さて、アレに唆されていた者がどれだけ炙り出されるのか……興味が無い、と言えば嘘になるが、まぁ、それを私が知ることも無いのだろう。
†††
主任の呼び名がそのまま役職になってしまったのだが?
増えた人員を効率よく動かすためにフロント企業を用意する、それは理解できる。
用意した企業が廃品回収業者なのも納得できる。
人や物を動かし易い仕事だと私も思う。
信用を得るために多少は真面目に業務をこなす必要があり、そのために組織として活動するための人員を配置しなければならないのも当然のことだと思う。
その結果が営業部の主任、とは。
う、う〜ん……。
まぁ……思いのほか、前職の人脈が使えたのは悪くないが……う〜ん。
意外だったのはフロント企業に参加するメンバーがそれなりの人数いたことだ。
相変わらず日々の配給だけ貰ってはいつの間にか消えている者はいるが、暴力沙汰にならないのであればと真面目に働き始めたりもしているらしい。
楽に生きることよりも孤独に生きることに耐えられなかったのだろうか?
そうだな、独りは寂しいモノだ。
自由な時間の使い方に多少の制限が設けられることになってしまったが、車両の運転はなかなかこう……面白い部分もある。
まともにライセンスを取得できるような身分では無くなっているが、それでも旧時代のガソリンエンジンで動く骨董品なら運転免許証も必要無いのがありがたい。
安く運用できてパワーもある。
おかげで遠い場所にあるシップにも“遠征”という形で探索に迎えるようになった。
今日も部下を連れて遠くのシップに宝探し、ついでに高品質のスケルトンを価値のあるスクラップに変えて持ち帰る仕事が始まる。
いつまで続くかわからない。
いつかは終わることだけ知っている。
ただ……目的もなく積み重ねるだけの日々も、これはこれで悪くないモノだ。