「アイドル、辞めたら?」
その言葉は私の心臓に突き刺さった。肋骨の隙間からするりとナイフを差し込まれたように、私の鼓動を止めるのは容易かった。


※この小説はpixivにも投稿しています。

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月村手毬のライブは観ない

 初星学園を辞めた。

 両親には大変な苦労をかけさせて本当に申し訳なく思っている。両親や先生は普通科に転科することを勧めていたが、私はその時点ですでに、アイドル科の生徒と同じ空気を吸うことが嫌で仕方なかった。

 ファン……はどう思っているのかな。私は人々を励ましたり、逆に応援されたりするような器ではなかった。

 小さい頃からずいぶん甘やかされて育ってきたと自覚している。私がマイクを持って、テレビの前に立てばそこはステージだった。

 中学の頃は、バンドに誘われてガールズバンドを始めた。恵まれたルックスと歌唱力のおかげで、地元ではまあまあ話題になった。ローカルテレビでも紹介されたりして、学校に他校のファンが押しかけるなんてこともあった。

 卒業式でも特別に1曲だけ演奏(やら)せてもらったりして、有り体に言えば調子に乗っていた。

 周りも悪いよ。地元の中学校から初星学園に進学した生徒が初めてだからって盛り上げ過ぎだったんだよ。

 

「アイドル、辞めたら?」

 その言葉は私の心臓に突き刺さった。肋骨の隙間からするりとナイフを差し込まれたように、私の鼓動を止めるのは容易かった。

 最初からわかっていた。私は周りが持て囃していただけで、アイドルに対する思いなど持ち合わせていなかった。

 だから、その言葉を受け止めきれなかった。

 ぶっ倒れるまでダンスを練習して、練習して、練習して……食事も制限して、歌って、歌って……そんなに自分を追い込んでどうなるっていうんだ。

 かと思えば、試験にだけふらっと現れて優勝するやつもいた。私はそのどちらでもない。ただの人間だった。

 

 今さら地元に戻るなんていうのは気まずいから、親の転勤ということにして、また別の県の高校に転校した。

 初星学園では名前も顔も晒しているから、あえてそれを隠すようなことはしなかった。自分から言うことも当然ないけど、来歴のことに触れられたら素直に答えて、最後に「恥ずかしいからナイショにしてね」と付け加えた。

 最初は多少距離感を感じていたが、徐々にそれもなくなって普通の学生として過ごせている。

 初めて友達になった子が軽音部をやっていて、一緒にやろうよ、と誘われた。もう歌う気も起きなくて乗り気じゃなかったけど、部室代わりの視聴覚室で色々と楽器を触らされていくうちにいつのまにかのめり込むようになっていた。

 初星でのレッスンのおかげか、自覚していなかったけどリズム感が良かったようで、ベースが非常に手に馴染む感覚があった。

 その友達も褒めちぎるもんだから、つい乗せられてベースをやることになった。

 すでにボーカルや他の楽器は決まっていたから、すんなりとまたバンドを組むことになった。

 後から知ったことだが、その友達はちょうどベースをやってくれる人を探していたので、今となってはまんまとしてやられた感じだ。

 電車で学校に通って、勉強して、友達と机囲んで弁当食べて、放課後になれば部室に行って練習して……我ながらすごく充実していると思う。

 もう、アイドルをやろうとしていた自分のことなんて忘れかけていた。

 

 あいつが来るまでは。

 

 その日、家に帰ると玄関にスーツ姿の男性が立っていた。怖かったので一度引き返して、近所のファミレスで時間を潰し、親が仕事から帰ってくる時間に合わせてから帰ることにした。

 玄関を開けると見慣れない革靴が並べられていた。私は何となく嫌な予感がした。

 リビングには、そのスーツの男性が両親が向かい合って会話しているようだった。

 母親が気づいて私に声をかけた。スーツの男性がこちらを振り向く。その顔を見たときにピンときた。

 月村手毬のプロデューサーだ。

 

 彼が何しにここにきたか少し考えればわかることだ。だから、それが嫌でその場からすぐにでも立ち去ろうとしたが、彼は咄嗟に私の腕を掴んだ。

 振り解こうと振り向いた拍子に手が彼の顔を直撃し、眼鏡を叩き飛ばしてしまった。

 母親が慌てて私たちの間にフォローに入ったものの、私はもうここから逃げ出すことはできなくなった。

 

 私は両親に月村手毬のことを話したことはなかった。

アイツの発言で私が学園を辞めたと思われたくなかったからだ。

 だからせめて、と両親には席を外させた。

 私はまず、先ほどの暴行を謝罪した。彼は面食らった様な表情をしていた。先に謝るつもりが先手を取られたからだろう。彼は、自分が迂闊に触れたのが悪かったと逆に誤った。

 少し間を置いて彼は本題を切り出した。

 月村手毬の暴言について謝罪したいと。

 ───やっぱりな。

 彼女の暴言で私が学園を辞めるまでに至ったことを重く受けているようだった。

 言葉の刃で傷つけて、相手を転校させたとなれば普通の学校なら"いじめ"と捉えられる案件だ。

 会社ならいわゆるハラスメントというやつだろうか。

 彼は深々と頭を下げた。私が言葉を発するまで下げ続けていた。

 これが、私が一番恐れていたことだった。

 だから私は答えた。

「彼女の発言で辞めたことは事実だし、もう二度とツラも見たくない。なのに、今さら謝られてどうなるっていうんだ。もう私の中で吹っ切ろうとしていたのに、なぜわざわざ蒸し返してくるんだ。

 許すとか許さないとかそういうことじゃない。もう私にとって終わったことなんだ。

 それにおかしいだろう。なぜ彼女が直接来ない? 彼女のプロデューサーである貴方が謝ってそれがどうなるんだ? 謝りたいなら本人が来るべきだ」

「──月村手毬は来ません。彼女に今日のことは伝えていません……私の独断です。

 彼女は非常に口下手で、発言にいちいちトゲがある。発言の中にある真意は彼女にしかわからない。ただ、発言の誤解を解きたいわけではありません。

 彼女の発言の表面で貴方を傷つけてしまったことは確かな事実で、それを謝るのは私の仕事です」

「……そんなのふざけてる。彼女にキレイな道を歩かせたいからって、アイドルとしての表面を取り繕いたいからって、おかしな話でしょ。そりゃ、彼女が気持ちよくアイドルをするためには必要なことでしょうね。でも、そんなんで納得できるわけがない。

 結局、自分の担当アイドルが可愛いだけじゃないか。私だって、本当は……!」

 言葉を飲み込んだ。それを言ったら全てが崩壊すると思ったから。

 そんなことわかっている。もうアイドルなんて割り切って普通の学園生活を満喫しているんだ。だから本当に……今さらどうだっていい。「ごめんなさい」「いいですよ」それだけの話だ。

 でも私の感情が、プライドが、それを許そうとしなかった。

 

 両親が別室から様子を窺いにきた。私が激昂している様子を見て、両親は彼に対してもう帰ってくださいと頭を下げた。そして、二度と来ないでくださいと付け加えた。

 彼が玄関で深々と頭を下げて出ていった後、私は足元から力が抜け落ちるように泣き崩れた。

 父と母は、何も言わず私を抱きしめてくれた。

 

 しばらく日が経って、自宅のポストに私宛の郵便が届いた。例のプロデューサーからだった。そのまま燃やしても良かったのだが、心を沈めて封を切った。

 中には、手紙と月村手毬のライブチケットが入っていた。

 内容は簡単なもので、先日の謝罪と、本人が改めて謝罪するという内容だった。ライブチケットは学園に入るための切符代わりという。

 ───行くわけがない。

 

 ただ迂闊だったのは、そのチケットをカバンにしまい込んでいたことだった。

 それからしばらく経ったある日。視聴覚室でバンド練習している中、購買に飲み物でも買いに行こうとカバンから財布を取り出した際に、チケットがひらりと床に落ちてしまった。

 友達に拾われて、何の気無しにこれどうしたの?と聞かれたものだからツテで貰ったと答えた。

 友達はチケットの日付を見て、すでに数週間前に終わっていることを残念がっていた。

 すっかり忘れていたのに、また思い出すことになって、少し居心地が悪かった。

 そのうち友達の一人が、どんなライブだったか見てみたいと言って、動画サイトで調べ始めた。

 動悸が止まらなかった。彼女のライブを観たら何かが壊れてしまいそうな予感がしたから。

 ライブ映像なんて普通配信されているものじゃないけど、それは公式チャンネルで公開されていた。ライブ中の一曲分は見れる様になっているらしかった。

 私は、ジュース買ってくると言って、その場を離れようとしたが、曲が流れる方が早かった。

 ──久しぶりに聞いたそいつの声は相も変わらず憎たらしくて嫌いだった。

 友達はせっかくだからと言って、端末をプロジェクターに繋げて映像も映し出した。

 月村手毬の姿が目の前に現れた。

 ステージ上の彼女は、眩しかった。

 

 私が最後に見た彼女は、何のときだったか忘れたが、序盤に飛ばしすぎて息も絶え絶えだった。

 今は別人と思えるほどに、成長しているのが見てとれた。

 爆発的に感情を乗せた歌声に、キレのあるダンス、ファンサも彼女なりに振り撒いている。

 

 だから観たくなかった。私が諦めたものがそこにはあった。手を伸ばせば届くこともあったかもしれないのに、私にはできないと勝手に見限った。

 彼女は走り続けた。ただそれだけなんだ。

 それを認めたくなかった。なのに、彼女のライブを観たら私はそれを認めるしかなくなるじゃないか。

 彼女が、中等部ではナンバーワンユニットとして知られていたものの、初星学園では問題児として扱われていたことは知っている。

 それでも、気に食わないけど、アイドルに向き合い続けた結果がそこにある。

 

「アイドル、辞めたら?」

 

 言葉の真意は分かっている。私がアイドルというものに対して舐め腐った態度を取り続けていたのだから当然だ。

 ずっと手を抜いて、ふざけて、負けてもヘラヘラして、真面目に取り組む者の道を邪魔をしていたのは私自身だ。

 だから……

 だからこそ、今は悔しくなっててたまらない。

 なぜ、その声に応えられなかったのか。

 私だって、本当はアイドルになりたかった……!

 

 私は歯を食いしばって、溢れそうな涙を堪えた。

 月村手毬、お前のライブは今後も一生観に行くことはない。

 だから、私の分まで勝手に輝いていてくれ。


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