爆発音とエンジンの重低音を響かせながらも、澄んだ藍色の海はそれらを飲み込み、艦体を静かに海底へと引きずり込んでいく。
それはまるで、巨大な生き物が最期に上げる断末魔のようだった。
人が海へ飛び込むたび、冷たい水は容赦なく体温を奪っていく。海に落ちた者はやがて意識を失い、ただ暗い底へと沈んでいく己の運命を受け入れるしかない。
あたりはまさしく血の海だった。水面に広がる軍艦のオイルの臭い、肉の焼ける異臭、そしてまとわりつくような血の生臭さが鼻腔を突く。
これを我々は、戦争と呼んでいるのだろう。
リリー=ストーンウォール『戦線記』より抜粋。
鋭い怒声が、耳の奥を突いた。
茶色い本革のソファに寝そべっていた男は、目を擦りながら声の主へと視線を向ける。
のそりと体を起こしたその男は、黒髪を左右と後ろで短く刈り上げたショートカット。
清廉な青年の顔立ちに反して、ガッチリとした骨格を持っていた。ノースリーブのシャツからは、日々の鍛錬を物語る筋肉質な体が覗いている。
「今日、記念式典って言ったろ! リリー!」
自らの名前を呼ばれ、彼は眉間にシワを寄せて深く息を吐いた。
リリー=ストーンウォール、二十三歳。親がつけたその名前を本人はひどく嫌っており、「リリー」と呼ばれることを極度に拒絶していた。
目の前の男が、それを分かった上でわざと呼んだことくらい承知している。
「名前で呼ぶなって……マシロ」
ストーンが同い年の同僚を睨みつけると、マシロ=アイアンハートは焦る素振りも見せず、手にしていた礼服をストーンの顔面に向かって投げつけた。
大人びた顔立ちのマシロは、黒髪の前髪をオールバックに撫でつけている。細く吊り上がったその目元には、明らかな苛立ちが帯びていた。
「早く着替えろ、ストーン。まさか少尉に昇進したからって、浮かれて寝坊したわけじゃないよな?」
ストーンはわざとマシロに聞こえるように舌を鳴らした。しかしマシロはそれを軽く受け流し、さっさと玄関先へ向かっていく。
ため息をつきながら、ストーンは白色の詰襟軍服に袖を通した。左胸に階級バッジを取り付け、帽子を深く被って身嗜みを整えると、重い扉を開ける。
自宅前に停車している軍用車両から、マシロが早く乗れと催促していた。
車両と言っても簡易的なバギーのようなビークルで、一般的な軍用車よりは幾ばくか便利な機能が搭載されている代物だった。
時期は四月末。初夏を思わせる強い日差しの中、分厚い軍服の通気性は皆無に等しい。
ストーンは窮屈な詰襟の首元を乱暴に緩めると、ダッシュボードの空調を全開にした。
「……お前のせいで提督はお怒りだぞ。式典に遅刻する気か」
ハンドルを握るマシロが、呆れたように後頭部を掻く。
「知るか。俺みたいな厄介者が一人いなくたって、式典は滞りなく進むさ」
窓の外には一面、巨大な軍港が広がっていた。立ち並ぶ巨大な造船ドックでは、新たな艦船の建造が急ピッチで進められている。ストリアス帝国皇帝、トルイ二世の号令のもと、血税を注ぎ込んで生み出される鋼鉄の獣たち。
国防という大義名分の裏で、痩せこけた平民たちが重労働に駆り出されている光景が容易に想像できた。ストーンは忌々しげに目を逸らす。
「お前が上官に盾突きさえしなければ、今頃はまだ司令部直属の戦闘機パイロットだったはずだ。それなのに、お前って奴は……」
マシロの言葉に棘はない。彼なりの心配だということは、幼馴染であるストーンには分かっていた。
謂れのない罪で軍法会議にかけられ、少尉の階級に据え置かれたまま、これ以上の昇進を完全に絶たれたストーン。出世コースを歩むエリートでありながら、マシロはそんな彼を見捨てることなく、こうしてわざわざ迎えに来てくれているのだ。
「あの無能な指揮官の机上の空論に従っていたら、もっと被害が出ていた」
ストーンは深くシートに沈み込み、行儀悪く窓枠に足を乗せた。
「でも、上層部には別の腹案があった。結果的にお前が無断で出撃しなくても、空母から戦闘機が発艦していただろ」
「それは安全圏から戦果だけを見た結果論だ。結局、デブローの野郎が、足踏みしたせいで、俺の小隊は全滅している。―ー綺麗事で片付けてほしくないな」
「はぁ……その態度、本気でそろそろ軍をクビにされるぞ?」
「そんときは、あいつの眉間に一矢報いてから辞めてやるさ」
肩の力を抜き、ストーンはいつものように不敵な軽口で返した。
初めまして! 誠ノ士郎です。
戦記物とか、ファンタジーものを書くのが趣味です。
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