時計じかけのジュリエット 作:メルクルD
「リロードします!」
銃弾を受けて火花を散らす簡易フェンスに背を預け、ユリは
再び敵の集団に向き直り、応戦する。こちらが敵へ向かわせていたキューブ状のロボット『スイーパー』はもれなく機能を停止させられてしまい、彼らとの位置関係的に後衛といえるユリたちにも敵の銃弾が本格的に飛んでくるようになっていた。
「にしても、試練といって実戦を吹っかけるとは、部長も無理をおっしゃる……」
苦笑しながらユリがハンドガンを向けた先にいたのは、三人のミレニアム生──ゲーム開発部の面々。そのうちのひとりが持つレールガンを発端として、この戦闘は行われていた。
──……なるほど、だいたい把握できたよ──
それはエンジニア部を訪れた客人に対する白石ウタハの言葉だった。
ゲーム開発部から訪れたという双子の客人曰く、新たな仲間へ武器を贈りたいのだという。そのためにミレニアム内で武器の修理や改造などを担当するこの部へやってきたのだとか。
──そこにあるものであれば、どれを持って行っても構わないよ──
──やった! ありがとう、先輩!──
部の作った試作品たちを指し示すウタハへ、陽気な笑顔を見せるゲーム開発部の少女。ピンクを基調とした風貌だけを頼りに判断するなら、名は才羽モモイといったはずだ。
風貌の似たもうひとりの生徒──先ほどの推測が正しければこちらは妹の才羽ミドリだろう──を伴って試作品の群れへ向かっていく彼女の後ろには、ユリにとってまったく未知数の少女がいた。天童アリス、とモモイに紹介されたその少女は、見る限り確かに武器を所持していない。ならば彼女こそが、モモイたちのいう新たな仲間なのだろう。
やがてエンジニア部の一員である猫塚ヒビキがBluetooth機能付きの拳銃をモモイたちへ勧めているのを後ろから見守っているユリに、ウタハが隣から声をかけてきた。
──可愛い後輩の頼みなのに冷たいじゃないか──
──私が出てどうなります、あの子が20mまで巨大化してくれるとでも?──
候補探しに加わろうとしない様を皮肉ったのだろうウタハへ、ユリは首を横に振った。ユリが専門にしている武器は、どう考えても人間に持ち運べるサイズではないものになるし、もし差し出すにしても実物がない。それを扱う本体がまだ武器を持てる状態にない以上、開発を後回しにしてしまっているからだ。
技術検証の一環で十分の一のスケールまで縮小したモデルを作ったことこそあるが、それだってほとんどが戦闘はおろか、発砲すらも想定されていない代物だった。
──あのサブマシンガンやランチャーは、君も改良にタッチしたものだろうに──
──別に私が説明しなくたって、若い人たちがやってくれますよ──
銃器の修理や改造自体はエンジニア部全体の活動内容であるから、ユリも参加することはある。それを加味した上で、案内役は自分でなくとも務まる、というのが偽らざる本音だ。なぜなら──と視線を向けた先には、ある発明品を見つめるアリスに近づく少女の姿があった。
──ふっふっふっ……お客さん、お目が高いですね──
フレームから涙がこぼれているようなメガネが特徴的な彼女もまた、エンジニア部に属する生徒で、名を豊見コトリといった。
──これはエンジニア部の下半期の70%の予算をかけた野心作、「宇宙戦艦搭載用レールガン」です!──
その高らかな口上ののちに、つらつらと件のレールガンの解説を行うコトリ。エンジニア部でも随一の口数を誇る彼女に任せておけば、そうそうこちらが口を挟まねばならないことも少ない。饒舌に過ぎるのは玉にキズだが。
──エンジニア部の情熱が注ぎ込まれた、この武器の正式名称は……「光の剣:スーパーノヴァ」!──
締めにそう放たれたコトリの言葉に、アリスの目がはっきりと輝くのがわかった。少し前にヒビキから戦闘経験を問われた際、「人類を27回救い、魔王軍と46回に渡る戦闘を行い、3桁を超えるダンジョン探索を行った」といかにもゲーマー然とした回答をしていたのだ、
──……これ、欲しいです。偉大なる鋼鉄の職人よ、あの龍の息吹が欲しいのだ──
口調を荘厳なものへ変えながら、レールガンを欲する意思を示したアリス。だが、その言葉にはコトリたち共々、ユリは渋面を作るしかなかった。
──うーん、そう言ってくれるのは嬉しいのだけれど……──
「何で!? この部屋にあるものなら何でも持っていって良いって言ったじゃん!──
煮え切らないウタハの言葉に、アリスよりも先にモモイが抗議に走ってきた。だが正直なところ、首を縦に振りたくても振れない事情があった。
そりゃそうだ、人間用の武器じゃないんだから……。
ユリが内心で独りごちた通り、かのレールガンは戦艦への搭載を前提としたビーム砲である以上、人が持ち運ぶことなど最初から考慮されていないのだ。
140kg以上の基本重量を誇り、いざ砲撃を行えば200kgを超える反動もかかる──そう実際にコトリが語れば、ゲーム開発部の面々は沈黙してしまった。
──持って行けるのならば、本当にあげたいところなのだけど……──
──……!──
やや俯きながら溢されたウタハの言葉へ、しかしアリスだけが、好機を見たかのように表情を変えた。
──……汝、その言葉に一点の曇りもないと誓えるか?──
──もちろん嘘は言っていないが……それはつまり、あれを持ち上げるつもり、ということかい?──
初めにレールガンを欲しがったときのような口調で問いかけるアリスへ、ウタハは困惑混じりに問い返す。こくり、と頷いたアリスは、レールガンの目の前というところに立つと、大義でも授かっているかのようにこう唱えた。
──この武器を抜く者……此の地の覇者になるであろう!──
──無理は、しない方がいい……クレーンでも使わないと持ち上がらな──
そのまま持ち上げるつもりらしいアリスにヒビキがそう声をかけたところで、レールガンが床を離れた。
──持ち上がった。言葉にすればただそれだけのことが、どうしてこんなにも受け入れがたいのだろう。それを成したのが小柄な少女だからだろうか。
見れば、先ほど声を発したばかりのヒビキが「信じられない」と言いたげな表情をしていた。
──……も、持ち上がりました! えっと、これがBボタンでしょうか……?──
──ま、待って……!──
レールガンを保持するや否や、発射ボタンを探しはじめたらしいアリスへ、先ほどより焦りに満ちたヒビキの制止が飛ぶものの手遅れだった。光よ、という掛け声とともにレールガンをドライブさせたアリスは、すでに天へその力を解き放とうとしており──。
──ぐっ……!──
轟音を伴った発射劇に、やや遠巻きに見ていたユリも目と耳を塞ぎながら顔を伏せる。振動が止む頃には、天を見上げたコトリがこんなことをのたまっていた。
──あああああっ! わ、私たちの部室の天井がぁっ!?──
レールガンの真上──砲口の先にあった天井へ見事なまでに空いていた穴を見たからだろう、彼女の声色には明らかに驚愕が表れていた。
──そんな、馬鹿な……!──
ユリの心を覆ったのもまた、驚愕の二文字だった。資格は見せた、とばかりにレールガンの装着を宣言するアリスへ何かをまくし立てているコトリのセリフはまったく耳に入ってこない。
本当に、人間なのか……?
いま初めての武器を持とうという少女が行える所業ではない。ユリの脳裏にあらゆる可能性がよぎるが、この場で結論を下せるものではなかった。
──神が化けて出てきた、とでも……?──
そう呟いて目の前の不可解を人の理で量ることを放棄したユリ。
結局、部長であるウタハの一声でレールガンが正式にアリスへ与えられることが決まった。だが、その通過儀礼として、以前に処分要請を受けたドローンとロボットをすべて引っ張り出しての試練をゲーム開発部一同に課すことも告げられ、ユリもその壁のひとつとして彼女らに立ちはだかることになったのだった。
目の前のフェンスが崩壊する音が、ユリの意識を現在に戻した。ヒュン、と続けて鼓膜を揺らした音は、耳元を通り過ぎた弾丸のものだろう。その場に散らばったフェンスの破片の中から一番大きいものを手に取り、即席の盾とした。途中、肩と太腿に被弾してしまったが、どちらもかすり傷で済んだことは幸いだった。
ユリから見て左側に位置している才羽姉妹は、そのどちらもが狙いをユリに絞ったらしい。一方でゲーム開発部の三人の中では最も右側に立つアリスは、コトリの方へレールガンの砲口を向けている。実弾と異なり貫通力の高いビームを放つことで、コトリと彼女に随伴するドローンのすべてを少ない手数で片付けるつもりなのだろう。その推測を実証するかのように、文字通り目の色を変えていたアリスがこう言い放った。
「魔力充填100パーセント……行きます!」
砲口にエネルギーを目一杯チャージさせた彼女は、間もなくコトリとドローンの集団へ向け極太のビームを放つ。これまで通常射撃として放った水色のそれとは異なり、禍々しいとすらいえる紫の輝きを纏っていた。
「きゃあああっっ!?」
ビームにおののいたか悲鳴を上げたコトリは、ドローンともども吹っ飛ばされ、仰向けとなって倒れた。ガトリングガンを放したまま動かないところを見るに、戦闘不能になったことは間違いない。
「くっ、こうなったら……!」
もはや負けは決した。だが、それでも負け方というものがある。数的有利を覆された以上、このまま応戦していたところでたいした延命にはならない。ならば少しでも多くのパターンの実戦データが取れた方がよい、とユリは捨て身の特攻を仕掛けることにした。
「……っ、アリス!」
ユリが立ち上がった瞬間、視線の行き先を察したのだろうモモイの声が響いた。
構わずアリスの方へ向き直ったユリは、破片を持った左手の前腕部で額を覆うようにして頭部を防護し、そのまま前方に突進しながらハンドガンを連射する。もし才羽姉妹たちが今の位置から急所となる頭部へ直接弾を撃ち込むには、左腕──より正確にいえば二の腕で庇いきれない、頭頂に等しい側頭部を狙うしかない。もし他の部位を狙われたとしても、キヴォトスの住人の肉体であればライフルの銃弾を少々受けた程度で気絶とまではいかないはずだ。
「さあ、どうしますか──!?」
破片を才羽姉妹の方へ投げつけながら、ユリはアリスへ問いかけるように叫んだ。
アリスのレールガンは、一度発射してから次の弾を撃つまでにエネルギーを充填するタイムラグがある。特に先ほどのような最大火力での一撃を放ったあとであれば、そのラグはより大きいものとなる。その間に近寄ってしまえば、使用者自身が爆圧に巻き込まれる懸念から発射されることはほぼなくなるのだ。
それにしても硬い銃だ、と発砲する最中の一瞬でユリは舌を巻いた。ユリが推測した通りタイムラグを考慮したのだろうアリスは無理に発射を継続しようとせず、その場でレールガンを盾にしていたのだが、ユリの弾丸が命中したはずの場所に微塵も傷が入っていない。戦艦に載せることを前提としたのだから、耐久性がヒトの扱う銃より優れていることは当然といえば当然なのだが。
そうして敵の懐に入ったユリは、アリスから見て左の位置──ユリに銃口を向ける才羽姉妹との間へアリスを置ける位置に滑り込み、側頭部への射撃を狙う。だが。
(銃身を、振り回して……!?)
すぐさまアリスが身体を捻り弾道にレールガンを持っていったことで、ユリの攻撃は阻まれた。そればかりか──。
「ぐぇ……!」
身体を捻った勢いで一回転、二回転としたアリスが、その遠心力でレールガン自体をユリのみぞおちに叩きつけたのだ。さすがに三桁キログラムを誇る重量の物体を受け止める術のないユリは、そのまま吹っ飛ばされ床を転がる。続いて壁に背を打ちつけたことで激しく咽せながら、ユリはようやく察した。この新人は、あの銃を近接武器にしたというのか──。
膝立ちといえる姿勢にまで身体を起こすも、右手に握っていたハンドガンの姿がないことに気づいた。おそらく先ほど打撃を受けた際に放してしまったようだ。そうこうしている内に、こちらへ駆け寄ってきたアリスのレールガンの砲口がユリの眼前にあった。もしナイフなりの近接武装があれば、彼女を制圧するにあたって読み合いを迫れる分もう少しマシだったかもしれない。そんなことをいま考えたとて、どうなるものでもないのだが。
やがてチャージを始めたのか、砲口にはわずかに光が集束していくのが見えて。
「ま、参りました……!」
すぐさま降参の意思を示すと、目の前の光はふっと姿を消した。その後アリスは遅れて駆け寄ってきた才羽姉妹と歓喜を表すだろう何かを語らっていたが、緊張から解放されて息絶え絶えのユリの耳には入ってこなかった。
「……素晴らしい」
それはユリが降参してからややあって、試練の動向を見守っていたウタハから発されたセリフだった。
「くっ、悔しい……ですが、これが結果ですね! アリス、その「光の剣」はあらためて、あなたの物です!」
ビームの被弾によるダメージから復帰したらしいコトリが、アリスへそう語りかける。それを受けたアリスは、とても嬉しそうな顔をしていた。才羽姉妹のふたりも、丸く収まって安堵しているように見えた。
「それを使いこなせるなんて、本当にすごいね……」
先ほどのアリスの戦いぶりに驚き呆れているようにも見えるヒビキは、やがて試練の前にレールガンに増設していた取っ手の部分を補強すべくアリスを呼び止めるとその場を離れていった。
「……立てるかい?」
「大丈夫です。運動神経がもろい分、身体は頑丈ですから……」
手を差し伸べるウタハにそう断って立ち上がったユリ。正直まだ背中に痺れるような痛みが残っているが、努めて顔に出さないようにした。
「それにしても、本当にただの人間なんですかね? あのアリスっていう子は……」
「……肯定はしかねるね」
実際に相対して浮き彫りになったアリスの異常さにそう問いかけてみれば、ウタハはそう思慮深げに返答する。
「最低でも1トン以上と推定される握力、発射時にもブレない安定した体幹バランス、強度や出力はもちろん、肌全体に傷すら見当たらない綺麗な肉体……いや、機体」
「……え?」
間もなくつらつらと口にされた言葉に、ユリは思わず間抜けな声を洩らした。それを意に介しているのかいないのか、ウタハはこう続ける。
「つまり、最初から厳しい環境での活動を想定し、ナノマシンによって「自己修復」することを前提として作られた体……その目的はきっと……」
想像以上の事柄が次々飛び出すウタハの言葉に、ユリは息を飲む。間もなくウタハは、断定するようにこう呟いた。
「……「戦闘」、だな」
そんな、とユリは洩らしたものの、そう考えれば納得がいくことも多いという思いもあった。超級の重量のレールガンを振り回せるほどの膂力など、戦い以外で必要とされることは少ない。それほどの力を無垢な少女の器に収めた趣味は理解できそうもないが、実際に対峙して脅威を見せつけられたばかりのユリはため息をつくしかなかった。
「まぁ、今はあのレールガンの撃ち味を試してくれる……そう、エンジニア部の女神サマ、ってことにしておきましょう」
「ははっ、そうだね」
あえておどけるように返したユリに、ウタハは笑みをこぼして今一度アリスを見やる。その瞳の奥にある懸念については、まだユリには読み取れなかった。
「ユリ先輩」
試練のゴタゴタからややあって、先ほどのレールガンの運用記録をコンピューターに入力していたユリに、アリスが声をかけてきた。
「HPは大丈夫ですか?」
先ほど打撃を喰らわせたためだろう、一番に切り出されたのはそんな言葉だった。こんなところにまでゲーム用語がにじみ出てくるのは部のカラーというものなのだろうか。
別になんともない、と笑んで手を振れば、アリスはあっさりと信じてくれた。
「えっと、このゴーレムは……」
「……一応、私が手がけているロボットです」
背にしていたジェガンのことを指すのだろうその問いかけに苦笑しながら、ユリはそう答えた。
ほんとうなら学年でいえば後輩にあたる彼女には敬語を外すべきなのだろうが、少なくとも初対面の相手にはユリは今の調子で話すことにしている。
「ロボット……つまり、マシン系のモンスターですね。アリスは『ドラゴンテスト』の第2弾にて初エンカウントしました」
「そ、そうですか……」
どうにも噛み合っている気がしない会話へ辟易しながら、ユリは頬を掻いた。
「かのモンスターはリメイク作では氷属性の斬撃を繰り出してくることもありました。このマシンの武器はどこにあるのでしょうか」
「武器、ですか? うーん……」
進捗度を考えればドキッとする問いへ今度は後頭部を掻き出すユリだったが、幸いなことに、つい最近できた逃げ道があった。
「あのラックが見えますか?」
そう言ってユリはジェガンの胸像からやや離れた場所に立て掛けられた部品を指し示す。
全体的なシルエットのよく似たそのふたつの部品は、本来は腰部側面にひとつずつ配置するもの。名を問われれば、ユリはこれをサイドスカートと呼んでいる。
「右の方に積んでいるのは剣です」
その言葉で、アリスの目が輝くのがわかった。まるでコトリがレールガンを光の剣と呼んだときの流れと同じだった。ちなみに言及はしなかったが、もうひとつのラックにはハンド・グレネードのダミーが入っていた。
「見えているのは柄だけですが、発振すればビームの刃が生えてくる……まぁ用途を考えれば、あちらの方がはるかに光の剣と呼ぶに相応しいといえるでしょうね」
尤もそれには、実現できれば、という但し書きがつくのだが。いま見えているのはほとんど形だけのもので、スカート側のキャパシターシステムの検証のための回路しか内臓されていない。実際の設計図曰く、「ミノフスキー粒子」なるものを蓄積しておくためのユニットを積まなければならないのだが、その粒子がキヴォトス上に存在しなかった。読み解く限りではその粒子を一定の形状の力場に従って放出することで剣の形を成すらしいのだが、大元となる粒子が手元にない以上はどうしようもなかったのだ。その裏事情を取り繕うかのように、ユリはこう告げた。
「でも、いくらあのレールガンを持ち運べても、これはサイズ的に無理ですから……ちょっと来てください」
アリスへ手招きすると、キャットウォークまで案内しジェガンのコクピットハッチへ足場をせり上げる。やがて開いたハッチにユリがひとり入ると、コンソールを何度か叩いてシミュレーターのモードを立ち上げた。
「ここに座ってください」
コンソール操作のため腰かけていたシートを空けると、外のアリスへそう呼びかけた。
客人を招き入れると閉じていく二重扉によって外光が遮断されてから間もなく、全天周囲モニターが灯り空間が一挙に照らされる。
「ドームスクリーン型のアーケードゲームですね、わかりました」
「ゲームという訳ではないのですが……まぁいいでしょう」
物言いは引っかかったが、実際にこれからアリスに触ってもらうのはそんな具合のものなのでとやかくは言えなかった。
いま起動したシミュレーターは、以前クルに動かしてもらった戦闘シミュレーターとは目的が異なり、より低い年齢層へ向けてのデモンストレーション用に調整されたモードだ。先日に本校志望者の見学会の予定が組まれた際、「巨大ロボットを動かせる」という幼子にも分かりやすい魅力づけのためだろう、セミナーの早瀬ユウカに依頼され追加した機能だった。先述のサイドスカートの試作真っ只中だったのと、クルのフィードバックでいくつかの兵装の弾速を向上させたことでバトルスピードが高速化したばかりでもあったので気乗りはしなかったが、ユウカ曰く「会長からの言付け」らしいのでやむを得なかった。
(クルにはちょっと悪いことしちゃったな)
対象年齢と操作難度を落とすにあたって、野球ボール並みと評された弾速をバズーカのみならずすべての武装に適用することになったため、それを伝えたときの彼女が微妙な顔をしていたことはよく覚えている。この間のクルの言葉を引用するなら、あのときよりも「テレビゲームの世界」に近づいてしまっているといえるだろうから。
そこまで回想したところで、前面に「TRAINING MODE」の表記が横たわり、それを上へ押しのけるようにして正方形型のウインドウが現れた。
「これは……チュートリアルです」
「ええ。この玉に両手の指を置いて操作してください。移動と旋回はだいたいこことここでやって、あとは──」
アームレイカーを指しながら、目の前のウインドウと一緒に基本操作についてレクチャーし、やがてユリは「訓練開始」を指示するボタンを押した。
すると、モニターの映像に輸送機内の風景が投影される。左右にはジェガンの腕がそれぞれに得物を携え現れていた。
「前のハッチが空いたら降ります。着地までは自動ですから、もう少し待ってくださいね」
「了解しました! アリス、出撃します!」
ユリが告げて間もなく開いたハッチへ向け、ジェガンが歩みを進める。一歩ごとに心地よい振動がシートに響いた。アクションに応じて席を揺さぶる、シミュレーターのリアリティを少しでも高めるための装置によるものであった。
やがてホワイトアウトしたモニターは、ズシン、と歩行のときより大きい揺れと音ののち、荒野といえるエリアを映す。すると、すぐさまロックオンに動いたレティクルの先にいたものを見てアリスがこう叫んだ。
「モンスターです!」
「……そうですね。今乗っているのと同じ機体でもあるんですが」
前方に現れた黒い人型ロボット──ジェガンを前にしてそう肩を竦めると、続けてユリはアグレッサーとなる機体だ、と件のジェガンを指した。
「外から見たのと色が違います」
「敵だって分かりやすくするためです」
ほんとうは以前シミュレーターを触らせたある人物──クルとは別人である──のパーソナルカラーを借りたものなのだが、それは言わないでおいた。
自然の中で、「黒」は目立つ。操作に慣れていない人間でも見つけられるようにするためには、そういった茂みに潜んでいても浮き立つ配色にしなければいけなかった。それを考案していたところで先述の人物がえらくシミュレーターの体験を気に入ったのか、「自分だけの専用機を動かしたい」と配色案を引っ提げてきてくれたので、「アグレッサーとして使用される可能性がある」という条件を呑んでもらった上で専用カラー版を実装したという訳だ。尤も、持ってこられたのは純粋な黒ではなく、限りなく暗い紫を基調としたものだったのだが。
「……? 何もしてきません、まるでターン制のRPGのようです」
二丁のビーム・ライフルを装備するかの黒いジェガンは、しかしこちらに銃口を向けたまま微動だにしない。それを不思議がったらしいアリスに問いかけられると、ユリは「操作を実践するための猶予期間だから」と答えた。
「では早速……光よ!」
操作が可能になったと知るや否や、アリスは斬撃コマンドを入力する。右手のビーム・ライフルはすぐさまビーム・サーベルのグリップに持ち替えられると、ブウン、とそこからピンク色のビーム束が伸びた。
もう一回、とユリが促すまでもなく、即座に再入力された斬撃コマンドへ従いジェガンのビーム・サーベルが振るわれる。
「わぁ……!」
一度や二度では飽き足らず、アリスはその場でビーム・サーベルを何度も振り続けていた。
「これがユリ先輩の、光の剣……!」
感慨深く口にする彼女に笑みを深めていたところで、ユリの懐のスマートフォンが振動を伝えてきた。ウタハからの着信だ。
「はい、こちらユリ」
『やあ、開発部諸君がお怒りだよ。ジェガンの中なんだろう?』
その言葉を受け、突発的にアリスをシミュレーターに連れ込んでいたことを思い出したユリは身を強張らせた。確かに彼女を誰の目にも届かない場に置いてから、そこそこの時間が経過している。
「すみません。勇者サマに光の剣を見せたくて」
『剣……あのラックに積んでいるものかい? ……それでシミュレーターを使わせていたのか』
実際のビーム・サーベルがオーパーツと呼ぶに値する代物であることを知っているウタハは、一言で事情を察してくれた。無論、それとアリスを連れ込んだ件を見逃してくれるかについては無関係な訳だが。
やがて外からハッチを開いて突撃してきたモモイによってコクピット内は更なる混沌に包まれるのだが、それはまた別の話である。
Romeo-IE
専ら自衛のために扱われる、ユリが所持するハンドガン。ミレニアムに入学する前から扱っているものであり、命名には彼女の趣味のバクロニムを反映し、数多の意図が込められているという。