アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜 作:池ポチャ
空から恐怖の大王が降ってくる。
そんな予言に、人々が本気で怯え、笑い、忘れていった時代があった。
けれど、その予言は完全な嘘ではなかった。
恐怖の大王は、確かに来ていた。
ただし、空からではなく。
宇宙の外側から。
人類という存在が、いずれ宇宙にとって害になるかどうかを見定めるために。
その名は、アンゴルモア。
本来ならば、地球はその時点で終わっていた。
文明も、歴史も、恋も、友情も、昼休みのコンビニスイーツも、深夜テンションのくだらない通話も、全部まとめて消えていた。
だが、ひとりの老人がいた。
ノストラダムス。
まだ訪れてもいない終末を、言葉にして残した男。
そのあまりにも人間らしい行いに、アンゴルモアは興味を持ってしまった。
人間とは何か。
なぜ、まだ見ぬ未来に怯えるのか。
なぜ、滅びを笑い話にできるのか。
なぜ、こんなにも弱いくせに、明日の予定を立てるのか。
だから、地球滅亡は延期された。
そして時は流れ、令和。
かつて恐怖の大王と呼ばれた存在は、今――。
「やば、今日の前髪マジでチョベリグじゃん」
ギャルになっていた。
名前は、安藤萌亜。
正体は、アンゴルモア。
古すぎるギャル語を令和最先端だと信じ込み、タピオカを愛し、プリクラに感動し、インフルエンサーの友達に毎日ツッコまれながら、現代日本を満喫している。
けれど、地球は今日も平和ではない。
外宇宙からの侵略者。
人類の認識を壊す怪異。
神話の残骸。
政府が隠し続けてきた超常災害。
そういう面倒なものたちが、今日もこの星に迫ってくる。
だが問題ない。
なぜなら、地球には彼女がいる。
かつて地球を滅ぼそうとした、最強最悪の終末存在。
そして今は、地球のスイーツと友達と放課後を守る、ちょっとズレたギャル。
これは、世界を滅ぼすはずだった少女が、世界を守る側になってしまった物語。
あるいは。
アンゴルモアあらため安藤萌亜が、令和の地球で「人間ってやっぱおもろ」と笑うまでの、ゆるくて物騒な日常譚である。
人類が滅びる予定だった日から、二十七年と少しが経った。
かつて、空から恐怖の大王が降ってくると予言した男がいた。
彼の名は、ノストラダムス。
人間たちはその予言に怯え、騒ぎ、笑い、忘れた。
だが、その予言は完全な間違いではなかった。
恐怖の大王は、本当に来ていた。
ただし、空からではない。
外宇宙の深淵から、地球という小さな星を観測するために。
その存在の名は、アンゴルモア。
文明選定個体。惑星淘汰権限保有者。恒星系終末執行存在。
人類の言葉に直せば、こうだ。
――世界を滅ぼすために来た、宇宙の災厄。
彼女は地球を観測した。
争い、奪い、壊し、増え続ける奇妙な生命体。
放置すれば、いずれ星の外へ進出し、宇宙全体に害を及ぼす可能性がある。
結論は単純だった。
人類は、滅ぼすべきである。
だが、その時だった。
彼女は知った。
ノストラダムスという老人が、自分の到来を“予言”していたことを。
まだ来てもいない災厄を、言葉にした者がいる。
存在すら認識できないはずのものを、詩として残した者がいる。
アンゴルモアは、初めて人間に興味を持った。
「人間、ちょっとおもろいじゃん」
それが、人類滅亡が延期された理由だった。
そして時は流れ、令和。
「うわ、見て見てリオナっち! このタピオカ、マジでチョベリグなんですけど!」
渋谷のど真ん中で、金髪ギャルが目を輝かせていた。
名前は安藤萌亜。
年齢は、戸籍上は十七歳。
派手なネイル。短めの制服風ジャケット。ゆるく巻いた金髪。スマホケースには大量のキラキラシール。
そして、本人が完璧な現代ギャルだと思い込んでいる、時代遅れのギャル語。
彼女こそが、かつて地球を滅ぼしに来た終末存在アンゴルモアである。
「萌亜、それ褒め言葉として古すぎ。チョベリグとか、もはや文化財だから」
隣を歩く少女が、呆れたように言った。
姫咲リオナ。
フォロワー数三百万人超えのカリスマインフルエンサーであり、令和ギャル界の顔とも呼ばれる少女である。
リオナはスマホを片手に、萌亜のタピオカ写真を撮っていた。
「でも、その古さが逆にバズるんだよね。はい、もう一枚。萌亜、こっち向いて」
「写メる? 写メっちゃう?」
「写メって言うな。写真って言え」
「ナウい?」
「ナウくない」
リオナはため息をつきながらも、口元は笑っていた。
安藤萌亜という少女は、いろいろとおかしい。
流行に敏感なふりをして、知識が二十年ほどズレている。
人混みの中でも妙に存在感がある。
初対面の人間が、なぜか道を譲る。
カラスが彼女の前で整列する。
たまに空を見上げて「また変なの来てる」と呟く。
そして何より、リオナが配信中に偶然出会った怪異事件を、片手間で解決してしまったことがある。
その時、萌亜は笑いながら言った。
「だいじょぶだいじょぶ。あれ、宇宙カビみたいなもんだから。プチッとしといた」
宇宙カビ。
プチッと。
意味は分からなかったが、その日を境にリオナは萌亜と行動するようになった。
面白いから。
危なっかしいから。
そして何より、彼女の隣にいると、この世界が少しだけ広く見えるから。
「で、今日はどこ行くの?」
リオナが尋ねる。
萌亜はタピオカを吸いながら、満面の笑みで答えた。
「プリ撮りたい。あと、クレープ。あと、ゲーセン。あと、地球に近づいてる外宇宙侵略体を潰す」
「最後だけ予定のジャンル違いすぎない?」
「え? でも十五分くらいで終わるし」
「コンビニ寄るノリで世界救うな」
その瞬間、萌亜のスマホが震えた。
画面には、登録名が表示されている。
『宮内庁・めんどい人』
萌亜は露骨に顔をしかめた。
「うわ、御門のおじさんだ。絶対また仕事じゃん。テンションだだ下がり〜。チョベリバ〜」
「だから古いって」
萌亜が通話ボタンを押す。
『安藤萌亜』
低く、落ち着いた男の声。
宮内庁式外局・超常現象対策課、課長・御門征十郎である。
『現在、東京上空に未確認の外宇宙構造体が接近している。一般観測では探知不能だが、霊的質量および時空歪曲値が異常だ』
「ふーん」
『ふーん、ではない。予測では、三十分以内に首都圏全域が認識災害に巻き込まれる』
「認識災害?」
『見た者の脳が、外宇宙の言語に変換される』
「きっしょ」
『協力を要請する』
萌亜はストローをくわえたまま、空を見上げた。
青い空。
ビルの隙間。
人間たちは誰も気づいていない。
空のさらに外側から、巨大な影がこちらを覗き込んでいることに。
それは眼球のようで、神殿のようで、虫の卵のようでもあった。
人間の脳では理解できない形。
人間の言葉では表現できない悪意。
萌亜は数秒だけ、それを眺めた。
そして、つまらなそうに言った。
「ダサ」
『何?』
「デザインがダサい。やり直し」
萌亜は右手を軽く上げた。
派手なネイルが、太陽の光を反射する。
その指先に、一瞬だけ宇宙が生まれた。
銀河の渦。
黒い星。
生まれては消える無数の文明。
リオナはそれを見て、息を呑んだ。
次の瞬間。
空の外側にいた何かが、音もなく潰れた。
まるで、指で小さな虫を潰すように。
地球に迫っていた外宇宙構造体は、存在した事実ごと圧縮され、宇宙のどこにもなかったことになった。
渋谷の人々は何も知らない。
信号が変わる。
スクランブル交差点を人波が渡る。
どこかの店から流行りの曲が聞こえる。
萌亜はタピオカを飲み干し、満足げに笑った。
「はい終わり。マジ余裕のよっちゃん」
「それも古い」
リオナは震える手でスマホを構えた。
「……今の、撮れてないよね?」
「撮れてない撮れてない。人間のカメラじゃ無理っしょ」
「いや、撮れてたらバズるとかいう次元じゃないから」
通話口の向こうで、御門が重いため息をついた。
『安藤萌亜。君はもう少し、国家機密というものを理解してくれ』
「してるしてる。マブい感じでしてる」
『絶対にしていない』
萌亜は笑った。
かつて、彼女はこの星を滅ぼそうとした。
人類を、宇宙の害になる存在だと判断した。
けれど今は違う。
タピオカがある。
プリクラがある。
クレープがある。
死語を訂正してくる友達がいる。
面倒くさいが、頼ってくる人間もいる。
それらは、宇宙の寿命から見れば一瞬にも満たない小さな輝きだ。
でも、だからこそ。
萌亜は思う。
もう少しだけ、この星を見ていたい。
「じゃ、リオナっち」
「何?」
「次、プリ行こ。地球救った記念」
「軽っ」
「アゲぽよ?」
「だから古いってば」
二人は笑いながら、渋谷の街へ歩き出した。
その頭上で、誰にも知られず、ひとつの宇宙災厄が消滅していた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この物語は、かつて世界を滅ぼすはずだった存在が、なぜか令和ギャルとして地球を満喫している、というところから始まりました。
恐怖の大王。
アンゴルモア。
ノストラダムス。
人類滅亡。
単語だけ並べると、かなり物々しいはずなのに、本人はタピオカを飲み、プリクラに感動し、古すぎるギャル語を自信満々に使っています。
安藤萌亜は、とんでもなく強い存在です。
外宇宙の敵も、神話級の怪異も、だいたいは彼女の前では「プチッ」で終わります。
けれど、この物語で本当に描きたかったのは、強さそのものではありません。
萌亜が、人間をどう見ているのか。
人間の何を面白いと思ったのか。
どうして一度は滅ぼそうとした地球を、今は守ろうとしているのか。
そして、リオナや超常現象対策課の面々と関わる中で、彼女の中にどんな変化が生まれていくのか。
そんな、ゆるくて騒がしくて、少しだけあたたかい物語を目指しました。
ノストラダムスが残した予言は、人類にとっては恐怖だったのかもしれません。
でも萌亜にとっては、人間に興味を持つきっかけでした。
まだ起きていない未来を想像して、言葉にして、誰かに伝えようとする。
怖がりながらも、笑い話にしてしまう。
明日世界が終わるかもしれなくても、今日の放課後にクレープを食べに行く。
そういうどうしようもなく人間らしいところが、彼女にはたまらなく面白かったのだと思います。
もしこの物語を読んで、少しでも萌亜たちの日常をまた見たいと思っていただけたなら、とても嬉しいです。
次に彼女たちが向かうのは、宮内庁の地下深くかもしれません。
あるいは、渋谷の新作スイーツ店かもしれません。
もしかすると、外宇宙からやって来た自称・最強侵略者が、萌亜にファッションチェックされて泣いて帰る話かもしれません。
どこへ行っても、きっと萌亜は変わりません。
「チョベリグじゃん」
そう言いながら、今日も世界規模の事件を軽く片付けて、友達と笑っているはずです。
最後になりますが、この物語を手に取ってくださったあなたに、心から感謝を。
安藤萌亜と姫咲リオナ、そして超常現象対策課の面々が、またどこかでお会いできることを願って。
それではまた次巻で。
アゲぽよ。