アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

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第10話です。

前回、萌亜たちは街中のパチンコ店『竜宮城』から、海底カジノ『竜宮城』へ転移しました。

そこを支配していたのは、美人でバブリーで、選定機関を「迷惑客」と言い切る乙姫。

今回は、竜宮城の防衛戦です。

バブリーすぎる乙姫の扇さばき。
海底カジノに輝くミラーボール。
時を忘れる卓。

そして、地球の明日を賭けた、あまりにも面白すぎる防衛戦。

竜宮城、だいぶクセが強いです。



乙姫、扇とミラーボールで迷惑客を出禁にする

海底カジノ『竜宮城』は、戦場になった。

 ただし、普通の戦場ではない。

 

 金色の柱。

 珊瑚のシャンデリア。

 龍のレリーフ。

 水槽のような壁の向こうを泳ぐ魚群。

 

 そして、天井中央に吊るされた巨大なミラーボール。

 

 それらすべてが、青と金の光を反射している。

 外では、選定機関の干渉線が竜宮城の防壁を削っていた。

 

 白く冷たい線が、海底の闇を裂く。

 そのたびに、竜宮城のホールに警報が響く。

 

 普通なら絶望的な状況だった。

 普通なら。

 

「妾の店で、勝手に閉店作業を始めるとはのう」

 

 乙姫は、扇子を開いた。

 

 ぱちん。

 

 その音だけで、ホールの空気が変わった。

 

 バブリーな着物ドレス。

 真珠と金の装飾。

 青い扇。

 高いヒール。

 

 海底カジノ竜宮城の総支配人は、選定機関の干渉を前にして、まったく怯えていなかった。

 

 むしろ、怒っていた。

 

「迷惑客対応モード、第二段階じゃ。今宵は妾が直々に、出禁フィーバーしてくれるわ」

 

 乙姫が扇子を振る。

 

 その瞬間、ホールのスロット台のような装置が一斉に回転した。

 

 液晶に、龍。

 亀。

 珊瑚。

 真珠。

 乙姫の顔。

 

 そして、なぜか『大当たり』の文字。

 

 リオナは叫んだ。

 

「防衛戦なのに演出がパチンコすぎる!」

「入口がパチンコ屋じゃったからの」

 

 乙姫は当然のように答える。

 

「地上の文化も取り入れておる。妾、トレンディな女ゆえ」

「トレンディって言い方がもうトレンディじゃない!」

 

 安藤萌亜は目を輝かせていた。

 

「すご! めっちゃ光る! バッチグーでチョベリグ!」

「死語を重ねるな、安藤萌亜」

 

 黒瀬カナメが短く言う。

 彼女はすでに戦闘態勢に入っていた。

 

 手には対怪異用の短銃。

 腰の符術式の刃にも手をかけている。

 

 ゼルヴァード・ル=オルグレイは、ホール中央の時忘れの卓を見ながら顔をしかめた。

 

「防衛機構としては理にかなっている。だが、見た目がふざけすぎている」

「ふざけてなどおらぬ」

 

 乙姫が扇子でゼルヴァードを指した。

 

「遊びに本気で向き合えぬ者に、時間は騙せぬぞ」

「時間を騙す?」

「そうじゃ」

 

 乙姫は笑った。

 

「竜宮城の防衛理念は、時を忘れること。ならば、外宇宙の観測にも忘れてもらうのじゃ」

「意味が分からないのに、何となく成立してるのが嫌だ」

 

 リオナが呟く。

 

「人間の防衛思想、だいぶナウいね」

 

 萌亜が感心したように言う。

 

「ナウいって言うな」

「えー。じゃあ、イケてる?」

「それも古い」

「じゃあ、イケイケ?」

「さらに古い」

「リオナっち、判定厳しすぎ。MK5?」

「マジでキレる五秒前の意味で使ってるなら、今まさにそう」

 

 その時、ホールの天井が震えた。

 ミラーボールに白い亀裂のような光が走る。

 

 選定機関の声が、空間に直接響いた。

 

『時間隔離拠点、竜宮城。切除処理を開始』

 

 リオナの頭が重くなる。

 言葉そのものが脳に刺さるようだった。

 

 萌亜がすぐに彼女の前へ出る。

 

「リオナっち、後ろ」

「うん」

 

 萌亜の声は軽くない。

 だが、乙姫は扇子を振りながら、白い光へ向かって笑った。

 

「まずは入店時の挨拶から覚え直せ、迷惑客」

 

 ぱちん。

 

 扇が鳴った。

 

 次の瞬間、ホールのミラーボールが回転を始めた。

 

 ぎらり。

 

 青。

 金。

 白。

 紫。

 

 無数の光がホール中に降り注ぐ。

 その光が、選定機関の白い干渉線にぶつかった。

 

 干渉線が揺らぐ。

 まるで、目が眩んだように。

 

 ゼルヴァードが目を見開く。

 

「光の反射で観測軸を乱しているのか」

「そうじゃ」

 

 乙姫は得意げに扇子を回す。

 

「ミラーボールとは、視線を散らす神器よ」

「神器!?」

 

 リオナが叫ぶ。

 

「ミラーボールを神器扱いした!」

「見られたくない時は、見せすぎればよい」

 

 乙姫は片足を一歩踏み出し、バブル時代のディスコのようにくるりと回った。

 

 扇子が光を受け、金色の軌跡を描く。

 

「選定機関とやらは、観測して測るのが得意なのじゃろう?」

「そうだ」

 

 ゼルヴァードが頷く。

 

「ならば、測れぬほど派手にすればよい」

 

 乙姫が笑う。

 

「これぞ、竜宮城式防衛術――」

 

 ホール全体の照明が爆発するように輝いた。

 

「バブリー幻惑結界じゃ!」

 

 リオナは思わず口を押さえた。

 

「名前が強すぎる」

 

 萌亜は拍手した。

 

「乙姫ちゃん、バッチグー! マンモスすごP!」

「もっと褒めてもよいぞ」

 

 乙姫はご満悦である。

 

「萌亜、その褒め方、歴史資料館から出てきた?」

「めんごめんご。萌亜、令和ギャルだから死語とか分かんないし」

「分かってない人は、めんごめんごって言わない」

 

 だが、選定機関は止まらない。

 

 ホールの空間に、白い仮面が複数現れた。

 アトランティスで見たものより小型だが、数が多い。

 

 仮面の周囲には、細い光の腕。

 それらが竜宮城の設備へ伸びていく。

 

『防衛機構の構成概念を解析』

『娯楽要素、時間認識阻害に使用』

『無駄』

『切除』

 

 乙姫の眉がぴくりと動いた。

 

「無駄、じゃと?」

 

 声が低くなった。

 

 リオナは小声で言う。

 

「あ、怒った」

 

 萌亜が頷く。

 

「乙姫ちゃん、マジおこだね」

「それももう古い」

「激おこぷんぷん丸?」

「それは化石」

 

 乙姫は扇子を閉じた。

 

 ぱちん。

 

 その音が、ホールの全台停止音のように響く。

 

「遊びを無駄と申したか」

 

 白い仮面たちは淡々と答える。

 

『非効率』

『低次感情誘導』

『文明停滞要素』

 

 乙姫は、にっこり笑った。

 笑っているが、目が笑っていない。

 

「よかろう」

 

 彼女は扇子を水平に構える。

 

「ならば、妾が教えてやる」

 

 次の瞬間。

 

 乙姫が消えた。

 いや、消えたように見えた。

 

 金と青の残光だけが残る。

 気づいた時には、彼女は白い仮面の前にいた。

 

 高いヒールで床を踏み、体を反らし、扇子を振り抜く。

 

「遊びを知らぬ客は――」

 

 扇が、仮面を叩いた。

 

 ばちん。

 

 白い仮面が吹き飛ぶ。

 

「店の空気を読めぬ!」

 

 次の仮面が光の腕を伸ばす。

 

 乙姫は扇子を回し、その腕を巻き取るように弾いた。

 扇の縁から、金色の鯉のような光が飛び出す。

 

 それが仮面に食らいつき、海の泡へ変える。

 

「すご」

 

 リオナは呆然とした。

 

「扇子で戦ってる」

 

 カナメも目を細める。

 

「近接戦闘能力が高い。扇の軌道に時間遅延が乗っている」

「カナメさん、分かるんですか?」

「感覚的にだが。攻撃された側の時間だけが一瞬遅れている」

 

 ゼルヴァードが低く言う。

 

「時間隔離型防衛機構の管理者が、扇さばきに時間干渉を組み込んでいる。馬鹿げているが、恐ろしく高度だ」

 

 乙姫は白い仮面の群れの中で踊っていた。

 

 扇を開き、閉じ、回し、打ち、払う。

 

 そのたびに、光が弾ける。

 

 金色の泡。

 青い龍。

 真珠の弾丸。

 亀甲模様の結界。

 

 そして、上空のミラーボールがその全てを反射し、ホール全体を巨大な幻惑装置に変えている。

 

 美しい。

 派手。

 バブリー。

 

 そして、強い。

 

「妾の店で暴れる迷惑客は」

 

 乙姫は扇子を大きく広げる。

 

「出禁じゃ!」

 

 扇から放たれた青金の光が、三体の仮面をまとめて飲み込んだ。

 

 ホールに、なぜか大当たり音が響く。

 

『ジャラララララララ!』

『激アツ!!』

『超大当たり!』

『乙姫ボーナス!』

 

 リオナは叫んだ。

 

「演出がうるさい!」

「防衛成功演出じゃ」

 

 乙姫が当然のように言う。

 

「士気が上がるじゃろう?」

「心臓に悪いです!」

 

 萌亜は楽しそうだった。

 

「萌亜、これ好き。アゲアゲでノリノリじゃん」

「アンタは好きだと思った」

「乙姫ちゃん、マブい」

「マブいのう、とは懐かしい響きじゃ」

「乙姫さんが懐かしがると、本当に歴史になるからやめてください」

 

 だが、防衛戦はまだ終わらない。

 

 ホール中央の時忘れの卓が光り始めた。

 

 乙姫が振り返る。

 

「人の娘、恐怖の王。今じゃ」

 

 リオナの表情が引き締まる。

 萌亜も頷いた。

 

「行こ、リオナっち」

「うん」

 

 二人は時忘れの卓へ向かった。

 

 卓は、カジノテーブルのようだった。

 

 緑ではなく、深い海の青。

 表面には龍と亀の紋様。

 中央に、地上定着核を置くための窪みがある。

 

 乙姫が扇子を振ると、アトランティスから預かった地上定着核がふわりと浮かび、卓の中央へ収まった。

 

 金色の光が広がる。

 

 ネレイアの声が、通信越しに響いた。

 

『竜宮城時間核との同期準備を確認』

 

 乙姫が笑う。

 

「こちら竜宮城。営業時間外対応中じゃ」

『状況を記録します』

「堅いのう、アトランティスの姫は」

『私は記録人格です』

「そこが可愛いのじゃ」

 

 通信の向こうで、ネレイアが少し沈黙した。

 

 リオナは思わず小さく笑う。

 

「乙姫さん、誰にでも強い」

「そうじゃ」

 

 乙姫は胸を張る。

 

「妾は総支配人じゃからな」

 

 萌亜がリオナの手を握る。

 

「リオナっち、大丈夫?」

「大丈夫」

「ほんと?」

「たぶん」

「たぶんはチョベリバ」

「萌亜もよく言うじゃん」

「言われると不安なんだよね」

「知ってる」

「めんご」

「軽いな」

 

 リオナは深呼吸した。

 

 前回、アトランティスで萌亜の本質に触れた時の感覚を思い出す。

 

 星の海。

 滅びた文明の声。

 巨大なアンゴルモア。

 

 怖かった。

 とても怖かった。

 

 でも、手を伸ばした。

 

 今も同じだ。

 

 怖い。

 でも、萌亜が消える方がもっと嫌だ。

 

「やるよ」

 

 リオナは言った。

 

「一緒に」

 

 萌亜は少しだけ泣きそうな顔で笑った。

 

「うん。リオナっち、マジでマブ」

「そこで死語を挟むな」

「照れ隠しだし。許してちょんまげ」

「許すけど、言い方は許さない」

 

 地上定着核が輝く。

 

 時忘れの卓に、金色の線が走る。

 

 その線は、萌亜とリオナの手を通り、竜宮城の時間核へつながっていく。

 

 ホール全体が、ゆっくりと歪んだ。

 

 時間が、波のように揺れる。

 リオナの目の前で、景色が何重にも重なった。

 

 過去の竜宮城。

 未来の竜宮城。

 

 宴。

 涙。

 笑い声。

 

 戻れなくなった客。

 帰ることを選んだ客。

 玉手箱を受け取った誰か。

 

 その全てが、泡のように流れ込んでくる。

 

「っ……!」

 

 リオナの膝が揺れる。

 

 萌亜が支える。

 

「リオナっち!」

「大丈夫……まだいける」

 

 乙姫の声が響く。

 

「人の娘よ、時を見るな!」

「え?」

「時を見れば迷う。忘れよ。今だけを見よ」

 

 乙姫は扇子でミラーボールを指した。

 

「踊る時に、先のことなど考えぬじゃろう?」

「今、踊る話ですか!?」

「そうじゃ」

 

 乙姫は白い仮面を叩き落としながら叫ぶ。

 

「竜宮城では、考えすぎる客から沈む!」

 

 リオナは一瞬だけ呆れた。

 

 でも、その言葉は妙に刺さった。

 

 先のこと。

 失敗したらどうなるか。

 

 自分が壊れたら。

 萌亜が消えたら。

 地球が終わったら。

 

 考えれば考えるほど、怖くなる。

 

 だから今は。

 今だけを見る。

 

 握っている手。

 目の前の萌亜。

 自分を呼ぶ声。

 

「萌亜」

「何?」

「今だけ見る」

「うん」

「だから、離さないで」

「絶対離さない」

 

 その瞬間、地上定着核の光が強くなった。

 

 竜宮城の時間核が応える。

 ホールの全ての時計が停止した。

 

 いや、時計などないはずなのに、止まったと分かった。

 

 外から迫る選定機関の干渉線が、ぴたりと鈍る。

 

 ゼルヴァードが叫ぶ。

 

「同期率、上昇! 時間隔離が定着核に乗った!」

 

 カナメが仮面を撃ち抜く。

 

「このまま続けろ!」

 

 乙姫は大笑いした。

 

「よいぞ、よいぞ! 妾の竜宮城、まだまだ現役じゃ!」

 

 彼女が扇子を天井へ向ける。

 

「ミラーボール、全開じゃ!」

 

 天井のミラーボールが、さらに激しく回転した。

 

 ホール中に無数の光が乱舞する。

 スロット台が歌う。

 カードテーブルが結界を張る。

 珊瑚のシャンデリアが龍の形に変わる。

 

 海底カジノ全体が、まるでディスコのように光り輝いた。

 

 リオナは思った。

 

 地球の明日を賭けた防衛戦のはずなのに。

 なぜこんなに面白いのか。

 

「これ、真面目な戦いなんだよね!?」

「真面目じゃ」

 

 乙姫は即答した。

 

「遊びに本気になることほど、真面目なことはない!」

 

 その言葉と共に、乙姫は扇子を二枚に増やした。

 

「え、増えた」

 

 リオナが言う。

 

「妾の本気じゃ」

 

 乙姫は両手に扇を構えた。

 

 青い扇。

 金の扇。

 

 左右の扇が、まるで翼のように広がる。

 彼女の背後に、巨大な龍の影が浮かび上がった。

 

「竜宮奥義」

 

 ホールの光が一斉に乙姫へ集まる。

 

 ミラーボールの反射。

 スロット台の演出光。

 卓の時間波。

 

 すべてが彼女の扇へ収束する。

 

「バブル龍宮扇舞」

 

 リオナは反射的に突っ込んだ。

 

「名前がダサかっこいい!」

 

 乙姫が笑った。

 

「褒め言葉じゃな!」

「たぶん!」

 

 萌亜は横で親指を立てた。

 

「乙姫ちゃん、バリバリじゃん!」

「その言い方、古いのう」

「乙姫ちゃんに古いって言われると、マンモスかなP」

「悲しむな。そなたの死語、嫌いではないぞ」

「マンモスうれP」

「そこで喜ぶな」

 

 乙姫が舞った。

 

 扇が弧を描く。

 青い龍が生まれる。

 金の泡が弾ける。

 真珠の雨が降る。

 

 ミラーボールの光をまとった龍が、白い仮面の群れへ突っ込んだ。

 

 選定機関の仮面たちが、一斉にノイズを発する。

 

『観測不能』

『時間軸不定』

『対象概念、娯楽化』

『解析不能』

 

 乙姫は高らかに笑った。

 

「解析などさせぬ。妾の店では、楽しんだ者勝ちじゃ」

 

 龍が仮面を飲み込む。

 

 白い光が砕け、泡となって消える。

 ホールに、また大当たり音が響いた。

 

『超大当たり!』

『竜宮ラッシュ突入!』

 

 リオナは叫んだ。

 

「ラッシュ入った!」

「よく分からんが、士気が上がるな」

 

 カナメが真顔で言う。

 

「カナメさんまで!?」

 

 ゼルヴァードは頭を押さえる。

 

「この防衛戦、理論は高度なのに演出が理解不能だ」

「ゼルくん、楽しんでる?」

 

 萌亜が聞く。

 

「楽しんでいない!」

「顔がちょっと楽しそう。ナウなヤングみたい」

「貴様の言語体系はどうなっている!」

「イケイケ宇宙語?」

「そんなものはない!」

 

 同期はさらに進む。

 

 萌亜とリオナの手を中心に、金色の鍵のような光が浮かび上がった。

 

 それは、以前二人を接続した鍵に似ていた。

 

 ただし今回は、鍵の周囲を龍と波の紋様が取り巻いている。

 

 竜宮城の時間核が、地上定着核へ力を流し込んでいる。

 

 ネレイアの声が響く。

 

『同期率、三十二パーセント。竜宮城との初期接続、成功』

「まだ三十二!?」

 

 リオナが声を上げる。

 

『防衛拠点との完全同期には複数段階が必要です』

「長い!」

 

 乙姫は笑う。

 

「焦るでない。店の常連になるには時間がかかるものじゃ」

「常連になるつもりはないです!」

「つれないのう。来店ポイントも付けるぞ」

「防衛拠点にポイントカード導入しないでください!」

 

 その時、外の海が大きく震えた。

 

 巨大な白い槍のような光が、竜宮城の防壁へ突き刺さる。

 

 ホールが傾く。

 

 リオナはよろめき、萌亜が支えた。

 カナメが叫ぶ。

 

「防壁損傷!」

 

 ゼルヴァードが顔色を変える。

 

「切除干渉が強まった。仮面は囮だ。本命は外側から防壁を削っている!」

 

 乙姫の表情が初めて険しくなった。

 

「迷惑客め。店内で暴れながら、外壁まで壊すとは」

 

 萌亜の瞳が冷たく光る。

 

「萌亜、外のやつプチッとしてくる?」

 

 リオナが即座に手を強く握った。

 

「待って」

「でも」

「今、同期中」

「うん」

「離れたらまずいでしょ」

「……うん」

 

 萌亜は歯を食いしばる。

 

 珍しく、苛立っている。

 

 力ならある。

 だが、今は動けない。

 

 リオナとの接続を切れば、定着核の同期が失敗する。

 

 乙姫が扇子を肩に担いだ。

 

「恐怖の王よ、妾の店を信じよ」

「乙姫ちゃん」

「ここは竜宮城じゃ」

 

 乙姫は笑った。

 

「妾の店を壊す迷惑客を、妾が許すと思うか?」

 

 彼女が扇子を天井へ向ける。

 

「総支配人権限、全開放」

 

 ミラーボールが、今までで一番強く輝いた。

 

 その光がホール全体を突き抜け、外の海へ届く。

 

 水槽の向こうで、巨大な龍の影がはっきりと姿を現した。

 金と青の龍。

 

 竜宮城そのものの防衛意志。

 

 乙姫は、扇子を大きく振り下ろした。

 

「竜宮城、出禁執行じゃ!」

 

 巨大な龍が、外の白い槍へ噛みついた。

 

 海が揺れる。

 時間が歪む。

 

 白い槍が、ほんの一瞬だけ止まる。

 

 その隙を、ゼルヴァードは逃さなかった。

 

「カナメ、右側の防壁制御盤を撃て!」

「なぜだ」

「いいから撃て!」

 

 カナメは迷わず撃った。

 

 霊的弾丸が、壁際の装置に命中する。

 装置が火花を散らし、青い結界が再展開する。

 

 ゼルヴァードは金色の術式を走らせる。

 

「人類の装置は乱暴だが、応用は利く!」

「ゼルくん、今めっちゃ味方っぽい!」

「我は利害で動いているだけだ!」

「はいはい。素直じゃないの、ナウくないよ」

「貴様にナウさを説かれたくない!」

 

 リオナは笑いそうになった。

 こんな状況で笑いそうになる自分も、だいぶおかしい。

 

 だが、笑えた。

 

 怖いけれど。

 怖いだけではない。

 

 周りに、みんながいる。

 萌亜がいる。

 

「萌亜」

「何?」

「いける」

「うん」

「絶対いける」

 

 萌亜はリオナを見た。

 そして、いつもの笑顔に戻った。

 

「リオナっちが言うなら、いけるね」

「信じすぎ」

「信じてるもん」

 

 地上定着核の光が、さらに強くなった。

 鍵の形をした光が、竜宮城の時間核へ深く差し込まれる。

 

 かちり。

 

 そんな音がした。

 

 実際に鳴ったのか、心の中で聞こえただけなのかは分からない。

 

 だが、全員がそれを感じた。

 竜宮城が、萌亜を認識した。

 

 選定機関の文明選定個体ではなく。

 地球側の存在として。

 

『同期率、五十パーセント到達』

 

 ネレイアの声が響く。

 

『竜宮城、地上定着核の第一同期拠点として登録完了』

 

 乙姫が扇子を掲げた。

 

「よし!」

 

 ホール中に、また大当たり音が響く。

 

『第一同期達成!』

『乙姫ボーナス継続!』

 

 リオナはもう突っ込む気力がなかった。

 

「もう何でもいいや……」

 

 萌亜は嬉しそうに言う。

 

「勝った?」

 

 ゼルヴァードが外を睨む。

 

「一時的にはな。選定機関の干渉は後退している」

 

 カナメが警戒を緩めずに言う。

 

「仮面反応、消失。外部切除線、減衰」

 

 乙姫が扇子を閉じる。

 

「ふん。迷惑客め。出直してくるがよい。次は入店料を取る」

「取るんだ」

 

 リオナが呟く。

 

「当然じゃ」

 

 乙姫は胸を張った。

 

「妾の店を荒らした修繕費も請求したいくらいじゃ」

 

 萌亜は時忘れの卓から手を離さずに言った。

 

「乙姫ちゃん、ありがと」

 

 乙姫は一瞬だけ目を丸くした。

 それから、扇子で口元を隠して笑った。

 

「礼などいらぬ。妾は妾の店を守っただけじゃ」

「でも、萌亜も助かった」

「ならば、次に来る時は金を落としていけ」

「パチンコ?」

「カジノでもよいぞ」

「萌亜、ギャンブル分かんない」

「ならば、クレープでも持ってこい」

 

 ゼルヴァードが反応した。

 

「クレープだと?」

 

 リオナは半目で彼を見る。

 

「ゼルくん、そこだけ反応早い」

「確認しただけだ」

 

 乙姫はにやりと笑った。

 

「クレープとは、そんなに美味いのか?」

 

 萌亜とリオナとゼルヴァードが同時に言った。

 

「「「美味い」」」

 

 カナメまで少しだけ頷いた。

 

「……まあ、美味い」

 

 乙姫は楽しそうに笑った。

 

「ふむ。ならば次回、竜宮城にクレープを持ち込むがよい。妾も地上の味を試してみよう」

「乙姫ちゃん、絶対ハマる」

「それは楽しみじゃ。妾、地上スイーツにナウでヤングな予感がしておる」

「乙姫さんの言語もだいぶ危ない」

 

 ホールの照明が落ち着いていく。

 ミラーボールもゆっくりと回転を止めた。

 

 さっきまでの喧騒が嘘のように、竜宮城は静かになった。

 

 だが、完全に安全になったわけではない。

 

 乙姫は、モニターに映る外の海を見つめた。

 

「選定機関は一度退いただけじゃ。次はもっと本気で来るじゃろう」

 

 ゼルヴァードも頷く。

 

「竜宮城を第一同期拠点として登録できたのは大きい。だが、選定機関にもその事実は伝わった」

 

 カナメが言う。

 

「次の拠点選定を急ぐ必要がある」

 

 リオナは疲れたように息を吐く。

 

「次って、シャンバラとかアヴァロンとか?」

「その前に」

 

 乙姫が静かに言った。

 全員が彼女を見る。

 乙姫の表情から、先ほどまでの軽さが少し消えていた。

 

「海が騒いでおる」

「海?」

 

 萌亜が眉をひそめる。

 

 乙姫は扇子で水槽の向こうを指した。

 そこには、深い海の闇がある。

 

 その奥で、ほんの一瞬。

 

 青緑の影が揺れた。

 海藻のような。

 龍のような。

 触手のような。

 

 リオナの背筋が冷える。

 

「まさか」

 

 乙姫は頷いた。

 

「ルルイエの匂いじゃ」

 

 萌亜が心底嫌そうな顔をした。

 

「出た。チョベリバどころか、MK5」

 

「マジでキレる五秒前?」

「マジで帰りたい五秒前」

「意味変えた」

「めんご」

「軽い」

「しかも、地上側にも手が伸びておる」

 

 乙姫の瞳が鋭くなる。

 

「九頭龍瑠々。あの女、妾の竜宮城にも触ろうとしておる」

「瑠々さん、やっぱり関係あるんだ」

 

 リオナが呟く。

 

 乙姫は扇子を閉じたまま、低く言った。

 

「妾は、あの手の客も嫌いじゃ」

「客扱いなんだ」

「店に来るなら客じゃ。迷惑なら出禁じゃ」

 

 乙姫は笑う。

 

 だが、その笑みは少しだけ怖かった。

 

「選定機関も、ルルイエも、海を好き勝手に使いすぎじゃ」

 

 萌亜は腕を組む。

 

「乙姫ちゃん、瑠々のこと知ってるの?」

「少しはの」

「どんな人?」

 

 乙姫は少し考えた。

 

「顔は良い。口も回る。手続きもできる。信者も増やす。煽りも上手い」

「めっちゃ厄介」

「そして、磯臭い」

「そこ大事なんだ」

「大事じゃ」

 

 乙姫は扇子を広げる。

 

「いずれ相まみえることになろう」

 

 リオナはスマホを見た。

 

 圏外のはずなのに、なぜか通知が一件だけ届いていた。

 

 送り主不明。

 本文は短い。

 

『同期、おめでとうございます♡ 次はぜひ、海の家にもお越しください♡』

 

 リオナは無言でスマホを萌亜に見せた。

 萌亜は無表情で指を鳴らした。

 

 ぱちん。

 

 通知は消えた。

 

「チョベリバ」

 

 リオナも頷く。

 

「本当にチョベリバ」

 

 乙姫は楽しそうに笑った。

 

「忙しくなりそうじゃのう」

「楽しそうですね」

「退屈よりはよい。バブルは弾けてこそ華じゃ」

「今すごい不穏なこと言いました?」

「気のせいじゃ」

 

 乙姫はホールを見渡す。

 

 海底カジノ竜宮城。

 時間隔離型防衛機構。

 

 迷惑客対応モードから通常営業へ戻りつつあるその場所で、彼女は優雅に扇を閉じた。

 

「さて、客人たち」

 

 乙姫はにっこり笑う。

 

「防衛戦は妾たちの勝ちじゃ」

 

 萌亜が笑う。

 

「チョベリグ。ナウくてイケイケでバッチグー」

「盛りすぎ」

「じゃが」

 

 乙姫の目が細くなる。

 

「勝った後こそ、油断せぬことじゃ。海はしつこい。時間もまた、しつこい。そして外宇宙の迷惑客どもは、もっとしつこい」

 

 リオナは深く息を吐いた。

 

「つまり、まだまだ続くってことですね」

「そうじゃ」

 

 乙姫は扇子でリオナを指した。

 

「人の娘よ。王の手を離すでないぞ」

 

 リオナは萌亜の手を見る。

 まだ、握ったままだった。

 

「離しません」

 

 萌亜が嬉しそうに笑う。

 

「リオナっち、マジでマブ」

「だからそこで死語を挟むな」

「マンモス照れるから」

「照れ方まで古い」

 

 乙姫は満足げに頷いた。

 

「よい返事じゃ」

 

 竜宮城の外で、海が静かに揺れる。

 

 選定機関は退いた。

 だが、ルルイエの影は近づいている。

 

 九頭龍瑠々の笑みも、どこかで海面に浮かんでいる。

 

 それでも。

 今は、ひとつの勝利があった。

 

 竜宮城との同期。

 第一防衛拠点の確保。

 

 そして、乙姫のバブリーすぎる扇さばきによる迷惑客撃退。

 

 リオナは思った。

 

 この戦い、怖い。

 

 重い。

 

 地球の明日がかかっている。

 

 でも。

 面白すぎる。

 

「萌亜」

「何?」

「これ、絶対普通の人に説明できない」

「大丈夫。萌亜もできない」

「ダメじゃん」

「でも、チョベリグだったでしょ?」

 

 リオナは少しだけ笑った。

 

「まあ、そこは否定しない」

 

 乙姫が扇を掲げる。

 ホールのどこかで、最後の演出音が鳴った。

 

『またのご来店をお待ちしております』

 

 リオナは心の底から思った。

 

 竜宮城。

 

 クセが強すぎる。

 

 そして萌亜の語彙も、だいぶ強すぎる。

 




第10話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、竜宮城の防衛戦でした。

選定機関による切除干渉を、乙姫が扇子とミラーボールと海底カジノ演出で迎え撃つという、かなり変な回になりました。

竜宮城の防衛思想は「時を忘れること」です。

宴、遊び、賭け、舞、光。

人が夢中になることで時間感覚を失う。

その性質を外宇宙の観測妨害に転用している、という設定です。

つまり、ミラーボールは神器です。

たぶん。

乙姫は、かなり癖の強いキャラになりました。
美人でバブリーで、言葉遣いは「妾」。
選定機関を「迷惑客」と呼び、扇子で出禁にする総支配人。

ネレイアが静かな記録人格なら、乙姫は完全に現場型の管理者です。

そして今回、竜宮城は地上定着核の第一同期拠点として登録されました。

萌亜を選定機関の再調整から守るための第一歩です。

ただし、選定機関は一度退いただけ。

さらに、ルルイエと九頭龍瑠々の影も竜宮城へ近づいています。

次回は、防衛戦後の後始末と、九頭龍瑠々側の動きが本格化する予定です。

海の家。
ルルイエ。
竜宮城。

そして、地上で広がる怪しい信仰と情報汚染。

乙姫もたぶんまた出ます。

それではまた次回。

竜宮ラッシュでもチョベリグ。
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