アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜 作:池ポチャ
前回の幕間では、萌亜たちが竜宮城で少しだけ遊びました。
乙姫プリクラ、玉手箱チャレンジ、竜宮クレープ。
防衛戦のあとに訪れた、ほんの短い休息です。
ですが、平和な時間は長く続きません。
地上では、新興宗教『海の家』代表・九頭龍瑠々がさらに話題になり始めています。
海鮮炊き出し。
宗教弾圧はんたーい。
正式手続きで進む都内宗教施設建設。
そして、SNSに広がる怪しすぎるルルイエ広告。
竜宮城での勝利は、ルルイエ側にも届いていました。
今回は、地上に戻った萌亜たちが、九頭龍瑠々と『海の家』の本格的な情報汚染に直面する回です。
海は、だいぶしつこいです。
竜宮城から地上へ戻る時、姫咲リオナは少しだけ名残惜しかった。
乙姫プリクラ。
玉手箱チャレンジ。
哲学亀。
泡沫ルーレット。
竜宮クレープ。
あまりにもクセが強かったが、終わってみれば楽しかった。
楽しかった、というのが少し不思議だった。
ついさっきまで選定機関の干渉を受け、地球の明日を賭けた防衛戦をしていたはずなのに。
それでも、笑った。
写真を撮った。
変なクレープを食べた。
萌亜が「宝物にする」と言ったプリクラは、今もリオナのスマホケースに挟まれている。
たぶん、それは大事なことなのだ。
恐怖の王を地球につなぎ止める、地上定着核とは別の、小さな鎖。
「リオナっち」
隣で安藤萌亜が言った。
「何?」
「竜宮城、また行きたいね」
「そうだね。戦闘なしなら」
「クレープ持って」
「乙姫さん、絶対待ってるよね」
「妾、地上スイーツにナウでヤングな予感がしておる、って言ってたし」
「言ってたけど、真似しなくていい」
「乙姫ちゃん、マブかった」
「マブいって言うな」
「めんごめんご」
「その軽さもやめなさい」
竜宮城からの帰還は、入った時と同じく、街中のパチンコ店『竜宮城』を通じて行われた。
海底カジノの金と青の光が歪み、泡が上がり、気づけば一同は都内某所の雑居ビル街に戻っていた。
昼間の街。
駅前の人通り。
コンビニの看板。
車の音。
誰も、すぐ近くに時間隔離型防衛機構への入口があるとは思わないだろう。
リオナは、思わずパチンコ店の看板を振り返った。
『パチンコ竜宮城』
相変わらず、金と青の派手な文字が光っている。
「……普通に見えるのが怖い」
黒瀬カナメが端末を確認しながら言う。
「帰還時刻、地上基準で出発から二時間三十七分後。体感時間との差は許容範囲内だ」
「よかった。浦島太郎にならずに済んだ」
リオナがほっとする。
ゼルヴァード・ル=オルグレイは、腕を組んだまま看板を見ていた。
「時間隔離の位相が、地上側にも安定して接続されている。見た目は遊技施設だが、構造としては優秀だ」
「ゼルくん、最後ちょっと楽しんでたよね」
「楽しんでいない」
「竜宮プリ、ちゃんと持ってる?」
「記録資料として保管している」
「はいはい」
萌亜がにやにやする。
「ゼルくん、あとでスマホの待ち受けにしなよ」
「しない!」
「じゃあロック画面?」
「しないと言っている!」
その時だった。
リオナのスマホが震えた。
通知。
しかも、一件ではない。
連続して、いくつもの通知が流れ込んでくる。
「え、何?」
リオナはスマホを見る。
SNSのトレンド欄。
そこに、見覚えのある言葉が並んでいた。
『海の家』
『九頭龍瑠々』
『宗教弾圧はんたーい』
『瑠々様』
『海へ還ろう』
『ルルイエ面接』
『触手負担』
『竜宮城』
最後の文字を見て、リオナの背筋が冷えた。
「竜宮城……?」
萌亜がスマホを覗き込む。
その瞬間、顔が露骨にげんなりした。
「うわ」
「出た?」
「出た。めっちゃ出た」
カナメがすぐに表情を変える。
「見せろ」
リオナは端末を差し出した。
カナメが素早く確認する。
「一般SNS上で、竜宮城という単語が急増している。発信源は複数。だが、中心は新興宗教『海の家』関連の投稿だ」
ゼルヴァードの瞳が細くなる。
「情報汚染か」
「たぶんね」
萌亜はうんざりした声で言った。
「ルルイエ、地上側で広告打ちすぎ」
リオナは投稿のひとつを開いた。
そこには、青い髪の女性が映っていた。
九頭龍瑠々。
新興宗教『海の家』代表。
青い髪。
蠱惑的な法衣。
優雅な笑み。
彼女は街頭演説のような場所で、信者たちに囲まれていた。
動画が再生される。
『皆さま、海はすべてを包みますわ』
瑠々の声は甘い。
しかし、どこか湿っている。
『悲しみも、怒りも、孤独も、推しの爆死も、限定ガンプラの積みも、積みゲーも、すべて海は受け入れます』
リオナは真顔になった。
「途中に変なの混ざった」
動画の中の信者たちが叫ぶ。
『海はすべてを包むー!』
『瑠々様ー!』
『宗教弾圧はんたーい!』
『はんたーい!』
瑠々は微笑んだ。
『既存宗教の皆さまも、どうぞ争いはおやめになって。乾いた教えでは潤えない方々を、私たちは海へお迎えしているだけですわ』
画面の下にコメントが流れる。
『言い方煽ってて草』
『宗教なのにSNS強すぎ』
『瑠々様すき』
『海鮮炊き出しまたやって』
『触手負担って何?』
『ルルイエ面接、怖いけど気になる』
リオナは眉をひそめた。
「これ、完全に炎上と拡散を利用してる」
萌亜は頷く。
「リオナっち目線でもそう?」
「うん。叩かれるほど広がるタイプ。しかも、信者は批判を『弾圧』って受け取る。外から見たら怪しいけど、中の人たちは結束する。興味もひいてる」
「チョベリバ?」
「チョベリバどころじゃない」
「MK5?」
「マジで警戒五秒前」
「うまい」
「嬉しくない」
カナメが御門へ通信を繋ぐ。
「課長。竜宮城から帰還しました。同時に、SNS上で『海の家』関連の情報拡散を確認。竜宮城という単語も混ざっています」
通信の向こうで、御門征十郎の声が聞こえた。
『こちらでも確認している。君たちが帰還する少し前から、関連ワードが急増した』
「九頭龍瑠々による意図的な発信でしょうか」
『その可能性が高い。ちょうど今、海の家が都内で大規模な炊き出しイベントを行っている』
リオナは嫌な予感がした。
「炊き出し……」
『ああ。場所を送る』
カナメの端末に地図が表示される。
都内の大きな公園。
駅からも近く、人が集まりやすい場所だ。
御門の声が続く。
『名目は地域支援活動。行政への届け出も済んでいる。違法性は現時点では確認できない』
「また正式手続き」
リオナがうんざりする。
『だから厄介だ。超対課が正面から介入するには根拠が必要になる』
萌亜が横から通信に顔を近づけた。
「御門のおじさん」
『何だ』
「あそこ、たぶんルルイエ臭い」
『だろうな』
「行く?」
『本来なら調査班を向かわせるところだが、九頭龍瑠々は君たちに反応している可能性が高い』
御門は短く息を吐く。
『現場確認を頼む。ただし、一般人が多い。派手な戦闘は避けろ』
「はーい。余裕のよっちゃん」
『その返事が不安だ』
「めんご」
『謝罪が軽い』
通信が切れる。
リオナはスマホを握った。
トレンド欄は、まだ動き続けている。
『海の家炊き出し』
『磯の香り』
『瑠々様会見』
『宗教弾圧はんたーい』
『ルルイエ面接』
どれも馬鹿馬鹿しい。
なのに、気になる。
広がる理由がある。
それが一番嫌だった。
「行こう」
リオナが言った。
萌亜が目を丸くする。
「リオナっちから言うの珍しい」
「放っておくと、もっと広がる」
「うん」
「あと、私の領域でやられてる感じがする」
「SNS?」
「そう」
リオナは画面を閉じた。
「バズらせ方が嫌い」
萌亜はにやっと笑った。
「リオナっち、マジでプロ意識高」
「茶化さない」
「めんご」
「それも禁止」
「ぴえん」
*
都内某所の公園は、異様な熱気に包まれていた。
青い旗。
白いテント。
海の家、と書かれたのぼり。
信者たちは青と白の法被のようなものを着て、通行人にチラシを配っている。
『あなたも海へ還りませんか?』
『初回瞑想会無料♡』
『宗教弾圧はんたーい!』
『海鮮炊き出し実施中』
公園の中央には、大きな鍋がいくつも並んでいた。
そこから、湯気が立ち上っている。
そして。
「磯臭っ」
リオナは思わず言った。
ものすごい磯の香りだった。
悪臭というほどではない。
だが、都内の公園で嗅ぐには、あまりにも海だった。
潮。
海藻。
魚介。
イカ墨。
なぜか少し、夢の湿り気のようなものまで混ざっている。
萌亜は鼻を押さえた。
「チョベリバ」
ゼルヴァードも顔をしかめている。
「精神汚染波が薄く混じっている。匂いを媒体にしているのか」
カナメが周囲を確認する。
「一般人が多い。銃は使えない」
「使わないでください」
リオナが小声で言う。
炊き出しの列には、信者だけでなく、普通の人々も並んでいた。
近所の高齢者。
学生。
会社員。
動画を撮っている若者。
取材に来た記者。
明らかに見物目的の人もいる。
そして、あちこちでスマホが構えられていた。
「これ、完全に拡散前提だ」
リオナは呟く。
「イベント設計がうまい。怪しいけど絵面が強い。青い法衣、海鮮鍋、信者の掛け声、代表の美貌。炎上も含めてコンテンツになってる」
「リオナっち、分析がガチ」
「ガチでやらないと危ない」
その時、マイクの音が響いた。
『皆さま、本日もお集まりいただき、ありがとうございます』
人々の視線がステージへ向く。
仮設ステージ。
青い幕。
貝殻の装飾。
そこに、九頭龍瑠々が立っていた。
青い髪が、風に揺れる。
蠱惑的な法衣が光を受ける。
彼女はマイクを手に、にっこりと微笑んでいた。
『新興宗教『海の家』代表、九頭龍瑠々ですわ』
信者たちが叫ぶ。
『瑠々様ー!』
『海はすべてを包むー!』
『宗教弾圧はんたーい!』
『はんたーい!』
リオナは顔を引きつらせる。
「掛け声、定着してる」
瑠々は両手を広げた。
『本日は、地域の皆さまへ海の恵みをお届けするため、深海風あら汁、磯香る海藻粥、イカ墨だんご、そして新作・ルルイエ風シーフードカレーをご用意いたしました』
「最後が嫌すぎる」
萌亜が低い声で言う。
瑠々は続ける。
『なお、一部の方々からは、私たちの活動について誤解や批判の声もございます』
記者たちがマイクを向ける。
瑠々は笑顔のまま言った。
『ですが、私たちは正式な手続きに従い、行政の許可を得て、清く正しく磯臭く活動しております』
リオナは思わず突っ込む。
「磯臭くは余計」
『宗教弾圧はんたーい!』
信者たちが叫ぶ。
『はんたーい!』
『乾いた社会に潤いをー!』
『潤いをー!』
瑠々はさらに笑う。
『既存宗教の皆さまにも、ぜひ融和を呼びかけたいですわ。信徒の皆さまが海へ来てしまうのは、私たちが奪っているのではありません。乾いた心が、自然と潤いを求めているだけなのです』
近くにいた記者がすぐに質問した。
『九頭龍代表、それは他宗教への挑発では?』
瑠々は、ふふ、と笑った。
『挑発だなんて。私はただ、保湿の重要性を説いているだけですわ』
「宗教をスキンケアみたいに言うな」
リオナが小声で突っ込む。
萌亜は腕を組んでいた。
いつもの軽さはない。
「瑠々、こっち気づいてる」
「分かるの?」
「うん。めっちゃ見てる」
その瞬間、瑠々の青緑の瞳が、確かにこちらを向いた。
距離がある。
人混みもある。
それでも、視線はまっすぐ萌亜たちに届いた。
瑠々は微笑む。
『ところで、本日は特別なお客様もいらしているようですわね』
リオナの背筋が冷える。
信者たちがざわめく。
記者たちも周囲を見回す。
瑠々はマイクを持ったまま、ステージの上から優雅に手を振った。
『竜宮帰りの皆さま。ようこそ、地上の海の家へ』
カナメが低く言う。
「こちらを特定している」
ゼルヴァードが顔をしかめる。
「海底拠点間の反応を辿ったか。もしくは、竜宮城そのものに触れている」
萌亜は静かに言った。
「行く」
「萌亜」
リオナが呼ぶ。
萌亜は振り返る。
「大丈夫。プチッとはしない」
「絶対?」
「たぶん」
「たぶんはダメ」
「めんご。絶対」
二人は人混みを抜け、ステージへ向かった。
カナメとゼルヴァードも後ろに続く。
人々の視線が集まる。
スマホのカメラが向く。
リオナはその視線の圧を感じた。
まずい。
ここは戦場ではない。
配信空間だ。
切り抜かれ、拡散され、都合よく編集される場所。
ここで一言でも失敗すれば、海の家の宣伝に使われる。
リオナは小声で萌亜に言った。
「挑発に乗らないで」
「うん」
「変な死語も控えて」
「え」
「本当に控えて」
「マンモスかなP」
「今それを言うな」
ステージ前に到着する。
瑠々は、実に嬉しそうに微笑んだ。
「お会いできて光栄ですわ、安藤萌亜さん」
萌亜は顔をしかめる。
「どーも」
「そして、姫咲リオナさん。噂通り、華のある方ですわね」
「どうも」
リオナは表情を作った。
インフルエンサーとしての笑顔。
警戒を隠した、明るい顔。
「炊き出し、すごい人ですね」
「ええ。海はすべてを包みますから」
「匂いもかなり包んでますね」
周囲で少し笑いが起きた。
瑠々の目が細くなる。
「ふふ。磯の香りは魂の故郷ですわ」
「都内の公園には少し強めかも」
「都会の皆さまは乾いていますもの。少し強いくらいがちょうどよろしいのです」
リオナは内心で思った。
手強い。
普通に会話がうまい。
変なことを言っているのに、妙に返しが成立している。
瑠々は次に萌亜を見る。
「竜宮城はいかがでした?」
その一言で、周囲の記者たちがざわめいた。
『竜宮城?』
『何の話?』
『パチンコ店?』
『海の家と関係が?』
リオナは一瞬、しまったと思った。
瑠々はわざとだ。
竜宮城という言葉を、公共の場で投げた。
これでまた、トレンドに乗る。
萌亜はじっと瑠々を見た。
「楽しかったよ」
リオナは少し驚いた。
萌亜が挑発に乗っていない。
ちゃんと答えを選んでいる。
「乙姫ちゃんもマブかったし、クレープもおいしかったし、プリも撮った」
いや、選びきれてはいなかった。
リオナは頭を抱えそうになる。
瑠々は楽しそうに笑った。
「まあ。竜宮城でプリクラ。素敵ですわね」
「うん。チョベリグだった」
「萌亜」
リオナが小声で警告する。
瑠々は、さらに一歩踏み込む。
「ですが、竜宮城は本来、海のもの。地上に執着する王が、あそこを利用するのは少し不思議ですわ」
空気が少し変わった。
甘い声の奥に、冷たいものが混ざる。
「海へ還る気はありませんの?」
萌亜の瞳が、わずかに暗くなる。
「ない」
「即答ですのね」
「うん。萌亜、地上が好きだし」
「地上は乾いておりますわ」
「乾いてても、クレープあるし」
「海にもございますわ」
「ルルイエ風は嫌」
瑠々は微笑んだまま、ほんの少しだけ目を細めた。
周囲には、普通の人々がいる。
記者がいる。
信者がいる。
スマホのカメラがある。
だが、その一瞬だけ、リオナには見えた。
瑠々の影が、海藻のように揺れた。
足元の影が、細く伸びる。
触手のように。
萌亜の足元へ。
カナメが動こうとした。
しかし、リオナの方が早かった。
リオナはスマホを取り出し、自分の配信用アカウントを開いた。
そして、即座にライブ開始ボタンを押した。
『姫咲リオナ、緊急ライブ配信開始』
画面にコメントが流れ始める。
『え!?』
『リオナちゃん!?』
『何してるの?』
『海の家いる?』
『瑠々様とコラボ!?』
リオナは、完璧な笑顔でカメラを向けた。
「みんなー、急にごめんね。今、話題の海の家さんの炊き出しに来てます」
瑠々の影が止まった。
リオナは笑顔のまま続ける。
「せっかくだから、ちゃんと現場の空気を見てもらおうと思って。切り抜きじゃなくて、全部ね」
瑠々がリオナを見る。
リオナは笑顔で見返した。
これは、戦闘ではない。
情報戦だ。
相手が切り抜きと炎上で広げるなら、こちらは生配信で文脈を固定する。
都合よく編集される前に、全部出す。
コメントが一気に増える。
『リオナちゃん現場凸!?』
『海の家やば』
『宗教弾圧はんたーい聞こえる』
『磯臭そう』
『萌亜ちゃんいる?』
萌亜が画面に映り込む。
「やほー。もあちだよ。余裕のよっちゃん」
『死語きたw』
『もあちかわいい』
『余裕のよっちゃん草』
『現場でそれ言うの強い』
リオナは小声で言う。
「萌亜、今は余計なこと言わないで」
「めんご」
「それも余計」
瑠々は数秒だけ沈黙した。
そして、笑った。
「さすがですわね、姫咲リオナさん。情報の扱いがお上手ですこと」
「ありがとうございます。仕事なので」
「プロですわね」
「はい。プロです」
リオナは、笑顔を崩さない。
「なので、怪しいところは怪しいって映します」
周囲がざわめいた。
信者の一部が反応する。
「怪しいとは何ですか!」
「宗教弾圧はんたーい!」
「海の家は正式な団体です!」
リオナはすぐにカメラを向けた。
「はい、今の声もちゃんと拾います。正式な団体なら、説明できることは説明できますよね?」
信者たちが一瞬詰まる。
瑠々は穏やかに手を上げ、信者たちを制した。
「もちろんですわ。私たちは何も隠しておりません」
「じゃあ質問です」
リオナは画面を確認しながら言う。
「最近、海の家関連の投稿に『ルルイエ面接』とか『触手負担』ってワードが混ざってます。これは公式ですか?」
瑠々は微笑む。
「海は多様な言葉を運びますわ」
「公式か非公式かで答えてください」
瑠々の笑みが、ほんの少しだけ深くなる。
「非公式ですわ」
「では、海の家としては関係ない?」
「ええ。少なくとも、地上の団体運営としては」
リオナはその言い方を聞き逃さなかった。
「地上の団体運営としては、なんですね」
コメント欄がざわつく。
『地上の?』
『言い方こわ』
『リオナちゃん切り込むな』
『これ大丈夫?』
瑠々は笑っている。
「言葉の綾ですわ」
「そうですか」
リオナはカメラを少し引く。
「では次。運営費でガンプラやフィギュアを購入した件について、信者さん向けの説明は?」
瑠々はまったく動揺しなかった。
「美は信仰ですわ」
「それは前も聞きました」
「組み立ては祈り。鑑賞は瞑想。限定版との出会いは一期一会」
「返金対応は?」
瑠々が一瞬だけ止まった。
リオナは笑顔のまま追撃する。
「信者さんの中に、納得していない方がいた場合、返金や説明会はありますか?」
コメント欄が爆発する。
『リオナちゃん強い』
『そこ聞く!?』
『瑠々様どう答える』
『美は信仰で逃げられなくなった』
瑠々は、しばらくリオナを見た。
そして、微笑んだ。
「説明会は開きますわ」
「いつですか?」
「近日中に」
「告知は公式サイトで?」
「ええ」
「ありがとうございます。今の、皆さん聞きましたね」
リオナはカメラに向かって言う。
「海の家さん、近日中に運営費について説明会を開くそうです」
周囲の記者たちが一斉にメモを取る。
カナメが小さく呟いた。
「姫咲、強いな」
ゼルヴァードも感心したように言う。
「戦闘ではなく、発言を固定しているのか」
萌亜は嬉しそうだった。
「リオナっち、バッチグー」
「今は黙ってて」
「めんご」
瑠々は笑っている。
だが、その瞳の奥で、青緑の光が揺れた。
「本当に、お上手ですわ」
「どうも」
「ですが」
瑠々は一歩、リオナに近づいた。
カナメが動こうとする。
だが、瑠々はただ微笑んだだけだった。
「海は、言葉より深いですわよ」
その瞬間。
公園全体に、強い磯の香りが広がった。
鍋の湯気が青緑に変わる。
信者たちの瞳が、一瞬だけぼんやりと揺れる。
一般人の何人かが、ふらついた。
カナメが叫ぶ。
「情報汚染!」
ゼルヴァードが結界を張る。
「匂いと音声に乗せている! 呼吸を抑えろ!」
瑠々はマイクを持ったまま、穏やかに言った。
『皆さま、目を閉じて。海の音を聞きましょう』
信者たちが一斉に目を閉じる。
『海へ』
『還りましょう』
一般人の中にも、ふらふらと目を閉じる者が出始めた。
リオナのライブ配信画面にも、ノイズが走る。
コメント欄が乱れる。
『海』
『海へ』
『還る』
『眠い』
『深い』
リオナの指が震えた。
画面越しにまで、汚染が乗っている。
まずい。
このまま配信を続ければ、視聴者にも影響が出る。
でも切れば、現場の文脈が消える。
一瞬の迷い。
その時、萌亜がリオナのスマホに手を重ねた。
「リオナっち」
「萌亜」
「配信、切らなくていい」
「でも」
「萌亜がフィルターする」
萌亜の瞳が、紫色に輝いた。
星のような光が、スマホの画面に走る。
コメント欄のノイズが、一瞬で消えた。
代わりに、画面上に妙な表示が出る。
『もあち☆安全フィルター作動中』
リオナは固まった。
「何この表示」
「分かりやすくしといた」
「勝手に配信UIいじらないで」
「めんご。でも安全」
コメント欄が再び動き出す。
『もあち安全フィルター!?』
『何それw』
『急に画面かわいい』
『海って打とうとしたら弾かれた』
『助かった?』
リオナは息を吐く。
そして、スマホを構え直した。
「みんな、今ちょっと変な音声と匂いが出てます。気分が悪い人は画面から離れて。コメントで『海へ還る』系の言葉を打ちたくなった人は、一回深呼吸して、水飲んで」
瑠々が微笑む。
「妨害ですの?」
「注意喚起です」
「配信者は便利ですわね」
「便利ですよ」
リオナは笑った。
「人を繋げるために使えば」
瑠々の影が揺れる。
触手のような青緑の影が、ステージの下から伸びる。
萌亜が一歩前へ出た。
「そこまで」
声は静かだった。
だが、空気が変わる。
安藤萌亜。
令和ギャル。
そして、恐怖の王アンゴルモア。
その一端が、わずかに表へ出る。
瑠々は嬉しそうに目を細めた。
「その顔。やはり、あなたは海の底にもよく映えますわ」
「萌亜、ルルイエ行かないよ」
「どうして?」
「ノリが暗い。夢が湿ってる。広告がキモい。触手負担とか意味分かんない」
「ふふ。では、竜宮城は?」
「楽しかった」
「ならば海も悪くないでしょう?」
「海は悪くないよ」
萌亜は言った。
「でも、海を勝手にルルイエ色にするのはチョベリバ」
瑠々の笑顔が、初めて少しだけ消えた。
その瞬間、萌亜は指を鳴らした。
ぱちん。
公園中に広がっていた青緑の湯気が、透明な泡へ変わった。
泡は空中で弾け、ただの潮の香りだけが残る。
信者たちが我に返る。
一般人たちも、きょとんと周囲を見回した。
カナメがすぐに動く。
「超対課、簡易除染班を呼ぶ。現場の一般人を保護する」
ゼルヴァードは瑠々を睨んだ。
「貴様、今のは明確な精神干渉だ」
瑠々は肩をすくめる。
「あら。炊き出しの湯気が少し濃かっただけですわ」
「白々しい」
リオナが言う。
その声は、もう笑っていなかった。
「今の、配信に残ってます」
瑠々はリオナを見る。
「でしょうね」
「説明、必要になりますよ」
「ええ」
瑠々は、再び微笑んだ。
「でも、話題にはなりますわ」
リオナは息を呑む。
そうだ。
そこが厄介なのだ。
瑠々は止められた。
失敗した。
だが、同時に話題になる。
炎上する。
拡散される。
海の家の名前はさらに広がる。
批判も、関心も、全部燃料にする。
「本当に面倒な人ですね」
「よく言われますわ」
瑠々は優雅に一礼した。
「本日はここまでにいたしましょう。炊き出しは安全確認のため、一時中断いたします」
信者たちがざわめく。
記者たちが声を上げる。
『九頭龍代表、今の現象は何ですか!』
『催眠やマインドコントロール、精神干渉ではないのですか!』
『説明会はいつですか!』
『竜宮城とは何ですか!』
瑠々は微笑んだまま答えた。
「すべて、後ほど正式にご説明いたしますわ」
そして、萌亜にだけ聞こえるような声で言った。
「またお会いしましょう、恐怖の王さま」
萌亜は嫌そうな顔をした。
「できれば会いたくない」
「つれないですわね」
「マンモスつれないよ」
「……その言葉遣いは、少し興味深いですわ」
「そこ興味持たないで」
瑠々は笑い、信者たちに囲まれてステージ裏へ下がっていった。
*
公園の騒動は、すぐにネットで拡散された。
ただし、今回はリオナのライブ配信があったため、切り抜きだけで海の家に都合よく編集されることは避けられた。
もちろん、それでも混乱は大きい。
『海の家炊き出しで謎の湯気』
『姫咲リオナ、現場から緊急配信』
『もあち安全フィルターとは』
『九頭龍瑠々、説明会開催へ』
『宗教弾圧か精神干渉か』
『触手負担、公式否定』
超対課の車内で、リオナはスマホを見ながら深く息を吐いた。
「疲れた……」
萌亜が隣で言う。
「リオナっち、すごかったよ」
「すごかった?」
「うん。めっちゃバッチグーだった」
「そこは普通に褒めて」
「リオナっち、かっこよかった」
不意打ちだった。
リオナは少しだけ言葉に詰まる。
「……ありがと」
カナメが前の席から言う。
「姫咲の判断は正しかった。配信で現場の文脈を固定したことで、海の家側の情報操作をある程度抑えられた」
ゼルヴァードも頷く。
「人類の情報戦は奇妙だが、有効性は認める」
「ゼルくんも褒めた」
「評価しただけだ」
「はいはい」
通信機から、御門の声が入る。
『現場対応、ご苦労だった』
リオナが答える。
「すみません。勝手に配信しました」
『結果的には助かった。海の家側に説明責任を発生させられたのは大きい』
「でも、向こうも話題になりました」
『それも確認している。九頭龍瑠々は、失点を炎上として利用するタイプだ。今後は広報戦も必要になる』
リオナは苦い顔をする。
「ですよね」
『姫咲リオナ。正式に、超対課の情報対策協力者として動いてもらうことになるかもしれない』
「私、ただのギャルインフルエンサーだったはずなんですけど」
『もう手遅れだ』
「言い方」
萌亜が横で笑う。
「リオナっち、超対課の公式マブダチ兼広報番長?」
「番長って」
『……否定しきれないのが嫌だな』
御門の声には、いつもの胃痛が滲んでいた。
『それと、安藤萌亜』
「何?」
『配信画面に勝手に表示された“もあち☆安全フィルター”について、説明できるか』
「なんか、危ない情報だけ弾くやつ」
『仕組みは』
「萌亜パワー」
『……そうか』
御門は深く息を吐いた。
『後で技術班が泣くな』
「めんご」
『軽い』
通信が切れる。
車内に、少しだけ静かな空気が流れた。
リオナは窓の外を見る。
東京の街。
人混み。
ビル。
広告。
SNS。
そこに、海の匂いが入り込んできている。
ルルイエは、深海に眠るだけではない。
夢に出る。
広告になる。
宗教になる。
炊き出しになる。
トレンドになる。
人々の興味と不安と欲望を伝って、地上へ浮かび上がってくる。
「萌亜」
「何?」
「瑠々さん、やばいね」
「うん」
「強い?」
「戦闘力だけなら、たぶんそこまでじゃない」
「じゃあ」
「でも、面倒さはゼルくん百人分」
「また我を単位にするな!」
ゼルヴァードが即座に反応する。
リオナは少しだけ笑った。
「でも、分かりやすい」
「分かるな!」
萌亜は窓の外を見ながら言った。
「瑠々、たぶんルルイエに使われてるだけじゃない」
「利用してる?」
「うん。あの人、自分でも海を広げたいんだと思う」
「信仰として?」
「欲望として」
リオナは黙った。
九頭龍瑠々。
青い髪の蠱惑的な法衣の女。
宗教弾圧はんたーいと叫びながら、正式な手続きで地上に施設を建てる。
信者を増やし、炎上を燃料にし、海を語り、夢を湿らせる。
普通の敵とは違う。
殴れば終わる相手ではない。
切り抜き、広告、匂い、言葉、信仰。
全部を使ってくる。
「戦い方、変えないとだね」
リオナが言った。
萌亜が頷く。
「うん」
「私も、ちゃんと考える」
「リオナっち、無理しないでね」
「萌亜もね」
「萌亜は余裕のよっちゃん」
「それ言う時ほど余裕ないんだよ」
「バレた?」
「バレるよ」
萌亜は少しだけ笑った。
そして、そっとリオナの手に触れた。
竜宮城で繋がった、あの手。
鍵の光。
地上定着核。
時を楽しむことも防衛だと、乙姫は言った。
けれど今度は、情報を守る戦いが始まっている。
リオナはその手を握り返した。
「大丈夫」
「うん」
「次も、一緒にやる」
「チョベリグ」
「そこは普通に頷いて」
「うん。……一緒にやる」
車は宮内庁方面へ向かって走っていく。
地上には、まだ磯の香りが残っていた。
海の家は、一時的に沈黙しただけ。
ルルイエは、まだ眠っている。
だが、その夢は確実に地上へ染み出している。
そして九頭龍瑠々は、きっとまた笑うだろう。
海はすべてを包む、と。
だが、萌亜は思った。
全部包ませるつもりはない。
地上には、クレープがある。
プリクラがある。
リオナがいる。
御門の胃薬もある。
ゼルくんの照れ隠しもある。
カナメっちの真面目なツッコミもある。
乙姫ちゃんのバブリーな扇もある。
この変で、面白くて、乾いていて、時々磯臭い世界を、勝手に海へ沈めさせるわけにはいかない。
「リオナっち」
「何?」
「帰ったらクレープ食べたい」
「さっき竜宮クレープ食べたじゃん」
「あれは海底。今度は地上」
「分類そこなんだ」
「地上クレープで口直し」
「まあ、いいけど」
「マンモスうれP」
「最後で台無し」
リオナが笑った。
萌亜も笑った。
その笑い声は、まだ少しだけ残る磯の匂いを、ほんの少しだけ薄めた。
第11話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、九頭龍瑠々と新興宗教『海の家』が本格的に動き出す回でした。
前回までの竜宮城編では、選定機関の切除干渉に対して、乙姫が扇子とミラーボールで迷惑客対応をしました。
今回はそれとは違い、地上側での情報戦です。
九頭龍瑠々は、単純な戦闘型の敵ではありません。
宗教活動。
炊き出し。
SNS。
炎上。
正式な行政手続き。
怪しい言葉。
そして、ルルイエ由来の精神汚染。
全部を混ぜて、地上にじわじわ海を広げていくタイプです。
リオナにとっては、自分の得意分野であるSNSと情報拡散の領域を荒らされる相手でもあります。
そのため今回は、萌亜の力だけで解決するのではなく、リオナが配信によって現場の文脈を固定し、瑠々の情報操作をある程度抑える形にしました。
リオナ、かなり重要ポジションになってきました。
一方で、瑠々は止められても話題になるタイプなので、非常に面倒です。
負けても炎上。
炎上しても拡散。
拡散すれば信者が増える。
こういう「殴って終わりにできない敵」として、今後も厄介に絡んでくる予定です。
そして、萌亜の「もあち☆安全フィルター」も出ました。
本人は軽くやっていますが、外宇宙情報汚染をSNS配信上で弾くという、技術班が泣くレベルの無茶です。
次回以降は、海の家への調査、瑠々の説明会、ルルイエ広告の拡散、そして次の防衛拠点候補へ話が進んでいきます。
竜宮城で遊んだ楽しい時間のあと、地上はまた磯臭くなってきました。
それではまた次回。
情報戦でもチョベリグ。