アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

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第11.5話です。

前回、萌亜たちは地上に戻り、新興宗教『海の家』代表・九頭龍瑠々と接触しました。

海鮮炊き出し。
宗教弾圧はんたーい。
SNS配信。

ルルイエ由来の情報汚染。
そして、リオナによる緊急ライブ配信。

その結果、『海の家』は世間から説明を求められることになりました。

今回、九頭龍瑠々はついに説明会を開きます。

しかし、彼女は真正面から認めません。

「催眠なんてフィクションですわ」
「精神干渉なんて現実にあるはずがございません」

と、妙に現実的なことを言いながら、会場全体にはしっかりスピリチュアルな空気を漂わせて、問題をなあなあにしていきます。

敵なのに現実的。
現実的なのに怪しい。

九頭龍瑠々、かなり面倒です。



九頭龍瑠々、だいたい説明しているようで何も説明していない

新興宗教『海の家』による炊き出しイベントから二日後。

 

 九頭龍瑠々は、説明会を開いた。

 

 場所は、都内のホテルの大ホール。

 

 行政施設でも、宗教施設でもない。

 きちんと予約された、一般利用可能な会場だった。

 

 受付にはスタッフが並び、報道関係者の名札を確認している。

 

 会場の入口には、青と白の花。

 小さな貝殻の装飾。

 そして、やたら上品な看板。

 

『宗教法人 海の家

 地域支援活動および一部報道に関する説明会』

 

 リオナは、その看板を見て眉をひそめた。

 

「ちゃんとしてる」

 

 安藤萌亜は隣で小さく頷いた。

 

「ちゃんとしてるのが嫌だね」

「分かる。もっと分かりやすく怪しかったら楽なのに」

「ルルイエ系、こういうとこある」

「合法の顔してくるやつ?」

「そう。チョベリバ」

 

 黒瀬カナメは、周囲を警戒しながら端末を確認していた。

 

「会場予約、警備申請、報道受付、近隣への事前連絡。形式上の問題はない」

「本当にちゃんとしてる……」

 

 リオナはますます嫌そうな顔になった。

 ゼルヴァード・ル=オルグレイは、ホール内の空気を不快そうに見回す。

 

「だが、場の質は悪い」

「精神汚染?」

「薄い。だが混ざっている。香り、照明、音、色彩、座席配置。すべてが微弱に意識を誘導するよう設計されている」

「うわ、めんど」

 

 萌亜が呟く。

 

「でも、法的には?」

 

 リオナがカナメを見る。

 カナメは短く答えた。

 

「現時点では、ただの演出だ」

 

「一番やだ」

 

 会場には、すでに多くの報道関係者が集まっていた。

 

 テレビ局。

 ネットメディア。

 週刊誌。

 宗教問題に詳しい評論家。

 配信者。

 

 そして、一般参加枠で入った信者たち。

 

 信者たちは、青と白を基調にした服を着ている。

 

 胸元には、小さな貝殻のバッジ。

 彼らは静かに座っていた。

 

 前回のように「宗教弾圧はんたーい!」と叫んではいない。

 

 むしろ、整然としている。

 整然としすぎていて、逆に怖い。

 

「今日の信者さんたち、静かですね」

 

 リオナが言う。

 カナメが周囲を見ながら答える。

 

「説明会用に統制されている」

「統制って言い方が怖い」

「事実だ」

 

 萌亜は信者たちを見て、少しだけ目を細めた。

 

「みんな、夢が湿ってる」

「また嫌な表現」

「ルルイエと深く繋がってるわけじゃない。でも、ちょっとだけ海に足を入れてる感じ」

「それ、大丈夫なの?」

「今すぐ溶けるとかじゃない」

「溶けるって言うな」

 

 リオナはスマホを確認した。

 

 自分のアカウントでは、今日の説明会について事前に告知してある。

 

 ただし、生配信はしない。

 今回は、超対課の判断で録画と記録を優先することになった。

 

 前回のように、配信経由で情報汚染が拡散する危険があるからだ。

 

 それでも、リオナは記録用にカメラを回す準備をしていた。

 

「リオナっち、緊張してる?」

 

 萌亜が聞く。

 

「してる」

「珍しい」

「瑠々さん、嫌な意味でしゃべりがうまいから」

「リオナっちでも?」

「うん。あの人、正面から嘘をつくんじゃなくて、正しいことと怪しいことを混ぜるタイプ」

「チョベリバ三種盛り?」

「それ」

 

 会場の照明が少し落ちた。

 

 ざわめきが広がる。

 ステージ奥の扉が開き、九頭龍瑠々が現れた。

 

 青い髪。

 白と青の法衣。

 深い海を思わせる青緑の瞳。

 蠱惑的な笑み。

 

 前回よりも、ずっと控えめな装いだった。

 だが、それがかえって巧妙だった。

 

 派手すぎない。

 怪しすぎない。

 けれど、目を引く。

 

 瑠々は静かに演台の前に立ち、深く一礼した。

 

「本日は、お忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます」

 

 声は落ち着いていた。

 

 前回のような煽りの強い調子ではない。

 丁寧で、柔らかく、理性的ですらある。

 

「宗教法人『海の家』代表、九頭龍瑠々でございます」

 

 カメラのシャッター音が鳴る。

 瑠々は穏やかに続けた。

 

「まず、先日の炊き出しイベントにおきまして、一部ご来場者の方々に体調不良や不安を与えてしまったことにつきまして、心よりお詫び申し上げます」

 

 リオナは小さく呟いた。

 

「謝った」

 

 カナメが言う。

 

「形式上はな」

 

 瑠々は頭を下げた。

 信者たちも、一斉に頭を下げる。

 

 その動きが揃いすぎていて、リオナは少し背筋が寒くなった。

 

 瑠々は顔を上げる。

 

「ただし、現在一部で言われております『催眠』『精神干渉』『洗脳』『外宇宙由来の汚染』といった表現につきましては、明確に否定させていただきます」

 

 報道陣がざわついた。

 

 瑠々は、にこりと微笑んだ。

 

「催眠なんて、フィクションですわ」

 

 会場が一瞬、静かになる。

 彼女は実に現実的な声で続けた。

 

「もちろん、心理学や暗示、集団心理といったものは存在いたします。ですが、漫画や映画のように、人の心を一瞬で操ったり、湯気や香りで大勢の意思を奪ったり、そのようなことが現実に起きるはずがございません」

 

 リオナは唇を噛んだ。

 

 言っていることは、一般論としては正しい。

 普通の記者なら、ここで大きく反論しにくい。

 

 実際、会場の空気が少し変わった。

 

 さっきまで怪しんでいた記者の何人かが、少しだけペンの動きを緩めた。

 

 瑠々はそこを逃さない。

 

「先日の件につきましては、海鮮炊き出しの湯気、会場の混雑、気温、取材による緊張、そしてSNS上の過熱した反応が重なった結果、一部の方々が不安を感じられた可能性がございます」

「現実的……」

 

 萌亜が嫌そうに言う。

 

「現実的なこと言ってるのが逆にムカつく」

 

 リオナは小さく頷いた。

 

「しかも、言い訳として成立するギリギリを突いてる」

 

 瑠々は資料を手に取った。

 

「こちらは、当日使用した食材のリストです。保健所への提出書類、調理スタッフの衛生管理記録、会場使用許可、警備体制、すべて確認済みです」

 

 大型スクリーンに資料が映る。

 

 書式は整っている。

 日付もある。

 印影もある。

 やたらちゃんとしている。

 

 リオナは小声で言う。

 

「腹立つくらいちゃんとしてる」

 

 カナメが頷く。

 

「行政対応に慣れている」

 

 ゼルヴァードは不快そうに言った。

 

「外宇宙汚染を、地球の書類で包んでいる」

「言い方は変だけど、その通り」

 

 瑠々は微笑んだ。

 

「私たち『海の家』は、地域支援活動を重視しております。炊き出しは、孤独な方、生活に不安のある方、心が乾いてしまった方へ、少しでも温かなものをお届けするためのものです」

 

 スクリーンには、炊き出しで笑顔になる高齢者や、食事を受け取る若者の写真が映る。

 

 それ自体は、悪いことではない。

 実際に助けられた人もいるのだろう。

 

 だから、余計に厄介だった。

 

「宗教は、心の居場所であるべきです」

 

 瑠々の声は優しい。

 

「海は、すべてを拒まず、すべてを包みます。私たちは、その海のような場でありたいのです」

 

 会場の照明が、わずかに青くなる。

 

 どこからか、波の音が聞こえた。

 気づかないほど小さい。

 けれど、確かにある。

 

 リオナは顔を上げた。

 

「今、音」

 

 ゼルヴァードが低く言う。

 

「環境音だ。だが、微弱な誘導波が混じっている」

 

 カナメが端末を見る。

 

「音響設備から出ている。音楽演出として登録されているな」

「また合法の顔」

 

 萌亜は露骨に嫌そうだった。

 

「チョベリバ」

 

 瑠々は続ける。

 

「不安とは、乾きです。孤独とは、渇きです。人は誰しも、どこかで潤いを求めています」

 

 信者たちが静かに目を閉じる。

 記者の中にも、ふっと表情が柔らかくなる者がいた。

 

 リオナはすぐに気づく。

 場の空気が緩んでいる。

 

 瑠々は現実的な説明をしながら、同時に会場全体をスピリチュアルな雰囲気に包み込んでいる。

 

 断言しない。

 煽りすぎない。

 でも、感じさせる。

 

 海。

 安心。

 癒やし。

 居場所。

 包まれること。

 

 問題の焦点が、どんどん曖昧になっていく。

 

「これ、なあなあにする気だ」

 

 リオナが小声で言う。

 萌亜は頷く。

 

「うん。海でぼかしてる」

 

 質疑応答が始まった。

 

 最初に手を挙げたのは、テレビ局の記者だった。

 

「先日のイベントで、一部の来場者が『海へ還りたい』と口にしたという証言があります。これは団体側からの誘導ではありませんか?」

 

 瑠々は穏やかに答える。

 

「『海へ還る』という表現は、私たちの教義の中で『原点へ戻る』『心を休める』という比喩として使われています。文字通りの意味ではございません」

「ですが、複数人が同時に同じ言葉を口にしました」

「ライブ会場で観客が同じ歌詞を口ずさむことがありますわね。それと同じです。共有された言葉が、場の中で自然に出ることはございます」

 

 記者が少し詰まる。

 瑠々は微笑む。

 

「それを催眠と呼ぶのは、少々飛躍があるのではないでしょうか」

 

 会場に、わずかな笑いが起きた。

 リオナは歯噛みした。

 

「うまい」

 

 次に、週刊誌の記者が手を上げた。

 

「運営費でガンプラやフィギュアを購入した件について、説明会を開くとのことでしたが」

 

 瑠々は頷く。

 

「はい。まず、不透明な印象を与えてしまったことは反省しております」

「私的流用ではないと?」

「団体の文化活動費として処理しておりましたが、説明不足であったことは否めません。今後は、支出項目の明確化、信徒向けの収支報告会を定期的に行う予定です」

 

 リオナは目を細めた。

 

「逃げ方が現実的」

「美は信仰ですわ、で押し通さないんだ」

 

 萌亜が感心半分、嫌悪半分で言う。

 瑠々は少しだけ笑みを深くした。

 

「なお、造形物への愛や創作物への敬意そのものは、私たちの信仰において大切な要素です。人は美しいものに触れた時、心の海を思い出すのです」

 

 リオナは小声で突っ込む。

 

「結局スピリチュアルに戻した」

「強いね」

「強くて嫌」

 

 別の記者が質問する。

 

「SNS上で拡散されている『ルルイエ面接』『触手負担』といった広告文について、団体は非公式と説明しました。では、誰が発信しているのですか?」

 

 瑠々は少しだけ困ったような顔をした。

 

 上手い。

 困っているように見せる顔だ。

 

「正直に申し上げますと、私たちも困惑しております。インターネット上では、悪意あるなりすましや、過激なファン、アンチによる便乗がございます」

「団体としては関与していない?」

「地上の法人運営としては、関与しておりません」

 

 リオナは即座に眉を動かした。

 

「また言った」

 

 萌亜も頷く。

 

「地上の、って言った」

 

 記者は気づかなかったのか、そのままメモを取っている。

 

 瑠々は続ける。

 

「ただし、海の名を用いた不適切な広告表現につきましては、私たちとしても遺憾です。十八歳未満の方を対象とするような表現、あるいは誤解を招く言葉は望ましくありません」

「現実的なこと言ってる……」

 

 リオナはますます嫌そうになる。

 

「そのくせ、否定しきってない」

 

 瑠々はマイクを持ち直した。

 

「私たちは、海を恐怖や猥雑な好奇心の対象にしたいわけではありません。海は癒やしであり、帰る場所であり、心の底に眠る本当の自分と出会う場所です」

 

 照明がさらに少し青くなる。

 波の音が大きくなる。

 記者席の空気が、また緩む。

 

 リオナは気づいた。

 

 質問の鋭さが鈍っている。

 

 全員が、少しずつ「まあ、そこまで悪質ではないのかも」という方向へ流されている。

 

 現実的な説明。

 丁寧な謝罪。

 整った書類。

 穏やかな声。

 青い光。

 波の音。

 

 信者たちの静かな祈り。

 

 全部が合わさって、問題の輪郭を溶かしている。

 

「なあなあの海……」

 

 リオナが呟く。

 萌亜が真剣に頷いた。

 

「それ、嫌な必殺技名みたい」

 

 リオナは手を挙げた。

 会場の視線が彼女に集まる。

 

 九頭龍瑠々の瞳が、嬉しそうに細くなった。

 

「姫咲リオナさん」

「質問いいですか?」

「もちろんですわ」

 

 リオナは立ち上がった。

 

 スマホで録音を確認しながら、真っ直ぐに瑠々を見る。

 

「催眠や精神干渉はフィクションだとおっしゃいました」

「はい」

「では、先日の炊き出し会場で複数人が同時に意識をぼんやりさせ、『海へ還る』という同じ言葉を口にした現象について、海の家としてはどう説明しますか?」

 

 瑠々は微笑んだ。

 

「集団心理、疲労、イベント演出、SNSによる先入観。それらが重なったものだと考えております」

「では、今この会場で流れている波の音と青い照明は、参加者の心理に影響を与える目的ではありませんか?」

 

 会場が少しざわついた。

 瑠々は、ほんの少しだけ笑みを深くする。

 

「演出ですわ」

「心理的効果は?」

「ありますわね。落ち着いた音楽や照明には、リラックス効果がございます」

「それは、会場の印象を操作しているとも言えますよね?」

 

 瑠々は一瞬だけ黙った。

 

 だが、すぐに笑った。

 

「すべての会場演出は、印象に影響を与えます。テレビ番組の照明、舞台の音楽、配信者さんの背景、サムネイルの色選び。それと同じですわ」

 

 リオナは唇を引き結ぶ。

 

 返しが上手い。

 リオナ自身の領域を例に出された。

 

 瑠々は優雅に続ける。

 

「姫咲さんも、視聴者により良く情報を届けるため、光や構図や言葉を選ばれるでしょう?」

「選びます」

「私たちも同じです。信仰をより穏やかにお伝えするため、場を整えているだけですわ」

 

 記者たちがメモを取る。

 納得しかけている空気がある。

 

 だが、リオナは引かなかった。

 

「では、なぜ説明会の場で波の音を流す必要があるんですか?」

「海の家ですもの」

「答えになっていません」

「私たちの象徴ですわ」

「象徴なら、無音でも説明できますよね?」

 

 瑠々の笑みが、ほんの少しだけ止まった。

 

 萌亜が小さく呟く。

 

「リオナっち、バッチグー」

 

 リオナは続けた。

 

「私は、演出そのものが悪いとは言っていません。ただ、先日の件で『集団心理』を理由にするなら、今日のこの会場演出がまた集団心理を誘導する可能性も認識しているはずです」

 

 会場が静かになる。

 

「その上で、この演出を続ける理由は何ですか?」

 

 瑠々はリオナを見つめた。

 

 青緑の瞳。

 海の底のような色。

 

 数秒の沈黙。

 そして、彼女は柔らかく笑った。

 

「姫咲さん」

「はい」

「あなたは、とても誠実な方ですわね」

「質問に答えてください」

「答えていますわ」

 

 瑠々は演台に手を置いた。

 

「私たちは、海を怖いものとしてではなく、安心できるものとして届けたい。そのために、音や光を使っています。ですが、それが不安を与えるというご指摘は真摯に受け止めます」

 

 瑠々は会場スタッフへ視線を送った。

 

「波音を止めてください」

 

 すぐに、波の音が消えた。

 青い照明も、少し白く戻る。

 

 記者席に、少しだけざわめきが起きた。

 

 瑠々は頭を下げた。

 

「ご指摘、ありがとうございます」

 

 リオナは内心で舌打ちした。

 

 受けた。

 そして、譲った。

 

 この場では、瑠々が柔軟に対応したように見える。

 

 リオナの質問は有効だった。

 だが同時に、瑠々の印象も悪くなりきらない。

 

 瑠々は問題を認めずに、演出だけを下げた。

 

 争点をずらされた。

 

「やっぱり面倒」

 

 リオナは小さく言った。

 瑠々は、そんなリオナを見ながら微笑む。

 まるで、続きを楽しみにしているように。

 

 説明会は、その後も続いた。

 

 宗教施設建設について。

 既存宗教との関係について。

 信者の移籍について。

 炊き出しの衛生管理について。

 SNS広告について。

 運営費について。

 

 瑠々は、すべてに答えた。

 答えたように見えた。

 

 けれど、肝心な部分は海の霧のように曖昧なままだった。

 

 ルルイエとの関係。

 竜宮城を知っていた理由。

 炊き出しの湯気に混じっていた情報汚染。

 信者たちが見る海底都市の夢。

 

 そのあたりには、一切触れない。

 

 質問が近づけば、現実的な言葉でかわす。

 

 心理学。

 集団心理。

 宗教的比喩。

 演出。

 SNSの過熱。

 アンチによる便乗。

 

 そして最後には、必ずこう言う。

 

「海は、すべてを包みます」

 

 説明会が終わる頃には、会場の空気は妙に穏やかになっていた。

 

 炎上は収まらない。

 だが、決定的な追及にも至らない。

 

 瑠々は謝った。

 資料も出した。

 演出も一部止めた。

 説明会も約束した。

 

 だから、これ以上攻めるには、もっと明確な証拠が必要になる。

 

 リオナは、それが分かってしまった。

 

 瑠々は、勝っていない。

 でも、負けてもいない。

 

 問題を、海に溶かした。

 

     *

 

 説明会の終了後。

 ホテルの外には、報道陣と参加者が入り混じっていた。

 

 信者たちは静かに帰っていく。

 一部は記者の質問に答えている。

 

「瑠々様は誠実に説明されました」

「催眠なんてあるわけないです」

「海の家は居場所なんです」

「批判する人たちは、一度ちゃんと話を聞いてほしい」

 

 リオナはその声を聞きながら、深く息を吐いた。

 

「やられた」

 

 萌亜が隣に立つ。

 

「リオナっち、負けた?」

「負けてない。でも、勝ててない」

「なるほど」

「なあなあにされた」

「海だけに?」

「そういうこと言いたくないけど、そう」

 

 カナメが端末を見ながら言う。

 

「説明会後の反応は割れている。批判継続、一定の納得、信者側の擁護、陰謀論化。世論は一枚岩ではない」

「瑠々さんの狙い通りですね」

 

 リオナは言った。

 

「白黒つけさせない。議論を割る。割れたら、その間に信者を固める」

 

 ゼルヴァードが不快そうに言う。

 

「戦場を霧で覆うようなものか」

「そう。しかも、その霧がいい匂いのアロマっぽい顔してる」

「理解しがたいが、不愉快だ」

 

 萌亜はホテルの入口を見ていた。

 

 そこに、九頭龍瑠々が現れる。

 報道陣に囲まれながら、瑠々は丁寧に一礼している。

 

 その姿は、どう見ても落ち着いた宗教団体の代表だった。

 

 怪異でも、侵略者でもない。

 社会の中で言葉を使い、手続きを使い、印象を使う人物。

 

 だからこそ、厄介だ。

 

 瑠々はふと顔を上げ、萌亜たちを見た。

 遠くから、にこりと笑う。

 

 口元だけが、静かに動いた。

 

『また、海で』

 

 音は聞こえなかった。

 だが、意味は届いた。

 

 萌亜はげんなりした顔をした。

 

「行きたくない」

「言われる前から拒否してる」

 

 リオナが小さく笑う。

 

 瑠々は車に乗り込み、去っていった。

 

 その後ろ姿を見送りながら、リオナはスマホを開いた。

 

 SNSでは、すでに説明会の切り抜きが流れ始めている。

 

『催眠なんてフィクションですわ』

『瑠々様、正論』

『リオナちゃんの質問鋭かった』

『海の家ちょっと見直した』

『でも怪しい』

『波音止めたのは誠実では?』

『逆に怖い』

『宗教弾圧はんたーい』

 

 リオナは頭を抱えた。

 

「うわ、割れてる」

 

 萌亜がスマホを覗き込む。

 

「バズってる?」

「バズってる。最悪の形で」

「チョベリバ」

「本当にチョベリバ」

 

 通信機が鳴る。

 御門征十郎からだった。

 

『説明会、確認した』

 

 カナメが答える。

 

「はい。九頭龍瑠々は、決定的な失言を避けました」

『こちらでも分析中だ。法務、広報、宗教法人関連の部署にも確認を取っている。だが、正面から動くにはまだ証拠が足りない』

 

 リオナが言う。

 

「精神干渉はありました。でも、証明しにくいです」

『分かっている』

 

 御門の声には、深い胃痛があった。

 

『九頭龍瑠々は、現実的な言葉で超常を隠すタイプだ。今後、厄介な相手になる』

「すでに厄介です」

『だろうな』

 

 萌亜が通信に顔を近づける。

 

「御門のおじさん」

『何だ』

「瑠々、プチッとしちゃダメ?」

『ダメだ』

「やっぱり?」

『社会的に完全にアウトだ』

「めんご」

『軽い』

 

 御門はため息をつく。

 

『ただし、監視は強化する。海の家の施設建設、信者の夢の証言、ルルイエ広告の発信源、すべて追う』

「了解」

『姫咲リオナ』

「はい」

『君の質問は有効だった。瑠々に一部演出を下げさせたのは大きい』

「でも、なあなあにされました」

『それでもだ。今後も、彼女の言葉を記録し続けてくれ』

 

 リオナは小さく頷く。

 

「分かりました」

 

 通信が切れる。

 

 ホテル前の人混みは、まだざわめいている。

 

 報道陣。

 信者。

 批判者。

 見物人。

 配信者。

 

 誰もが、それぞれの言葉で海の家を語っていた。

 

 その中心に、瑠々はいない。

 

 もう去っている。

 

 それなのに、彼女の言葉だけが残っている。

 

 催眠なんてフィクションですわ。

 海はすべてを包みます。

 

 リオナは、その二つの言葉の間にある歪みを感じていた。

 

 現実的な言葉で、非現実を隠す。

 怪しいものを、普通の言葉で包む。

 

 それが九頭龍瑠々のやり方なのだ。

 

「萌亜」

「何?」

「あの人、強いね」

「うん」

「殴る以外で戦わなきゃいけない」

「リオナっちの出番?」

「たぶんね」

 

 萌亜は少し心配そうにリオナを見る。

 

「無理しないでね」

「萌亜もね」

「萌亜は余裕のよっちゃん」

「それ言う時、だいたい余裕ない」

「バレた?」

「バレる」

 

 リオナは笑った。

 

 怖い。

 面倒。

 腹が立つ。

 でも、負ける気はなかった。

 

 九頭龍瑠々が言葉で海を広げるなら、リオナは言葉で陸を守る。

 

 切り抜きにされるなら、文脈を残す。

 曖昧にされるなら、問い続ける。

 なあなあの海に、線を引く。

 

「次は、もっと詰める」

 

 リオナが言う。

 萌亜は嬉しそうに笑った。

 

「リオナっち、マジでマブ」

「だから死語」

「マンモス頼りにしてる」

「それも死語」

「でも本当」

 

 リオナは少しだけ照れた。

 

「……ありがと」

 

 その時、スマホに通知が来た。

 

 送り主不明。

 本文は短い。

 

『次回は、もっと静かな海でお話ししましょう♡』

 

 リオナは無言で画面を萌亜に見せた。

 萌亜は、げんなりした顔で指を鳴らした。

 

 ぱちん。

 

 通知は消える。

 

「チョベリバ」

「うん」

 

 リオナは頷いた。

 

「でも、逃げない」

 

 萌亜はその横顔を見た。

 

 人の娘。

 公式マブダチ。

 プロデューサー。

 

 そして、今や地球側の情報戦担当。

 

 リオナは、確かにこの戦いの中心に立ち始めていた。

 

 ホテルの外の空は、よく晴れていた。

 

 乾いた東京の空。

 

 その下で、海の匂いはまだ薄く残っている。

 ルルイエは、深海から浮かび上がってくる。

 

 九頭龍瑠々は、それを現実の言葉で包みながら、地上へ広げている。

 

 だが、リオナは思った。

 

 包めるのは、海だけじゃない。

 

 言葉も、人も、記憶も、画面の向こうの誰かも。

 繋がりは、海に沈めるためだけのものではない。

 

 守るためにも使える。

 

「萌亜」

「何?」

「帰ったら、今日の記録まとめる」

「そのあとクレープ?」

「そのあとクレープ」

「マンモスうれP」

「台無し」

 

 萌亜が笑った。

 リオナも笑った。

 

 その笑い声は、説明会の湿った空気を少しだけ乾かした。

 




第11.5話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、九頭龍瑠々の説明会回でした。

前回の炊き出し騒動を受けて、『海の家』は報道向けの説明会を開きました。

ただし、瑠々は真正面から超常的なものを認めません。

「催眠なんてフィクションですわ」
「精神干渉なんて現実にあるはずがございません」

そういう現実的な言葉を使いながら、会場全体には青い照明、波の音、穏やかな声、信者たちの静かな祈りを重ね、問題の輪郭をぼかしていきます。

今回の瑠々は、まさに「説明しているようで何も説明していない」タイプです。

書類は出す。
謝罪もする。
演出も一部止める。

でも、ルルイエとの関係や精神汚染の本質には触れない。

だから責めにくい。
それが彼女の厄介なところです。

リオナは今回、かなり頑張りました。

瑠々の会場演出に切り込み、波音を止めさせるところまでは成功しています。

ですが、瑠々はそれすら「ご指摘ありがとうございます」と受け流し、誠実に対応したように見せます。

完全勝利でも完全敗北でもなく、問題をなあなあにされる。

リオナにとってはかなり嫌な相手です。

萌亜がプチッとできない敵。
リオナが言葉で戦わなければならない敵。

九頭龍瑠々は、今後もかなり面倒な存在として絡んできます。

次回は、この説明会を受けて、超対課側の対策と、海の家の施設建設問題がさらに進む予定です。

地上に広がる海の気配。
現実的な言葉で包まれた非現実。

そして、なあなあの海に線を引こうとするリオナ。

情報戦は、まだまだ続きます。

それではまた次回。

説明会でもチョベリバ。
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