アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

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第2話です。

前回、渋谷で外宇宙の脅威を軽く潰した元・終末存在こと安藤萌亜。
今回は、そんな萌亜がついにSNSデビューします。

ただし中身は、地球を滅ぼせる規模の存在。
自撮りひとつ、投稿ひとつ、何気ない一言だけで、宗教団体も政府機関も外宇宙存在もまとめて反応してしまいます。

そして、それをどうにか“普通のギャル投稿”に見せようと頑張るのが、カリスマギャル・姫咲リオナ。

終末存在をプロデュースするギャル。
よく考えなくても、とんでもない仕事です。

今回も、ゆるくて物騒な令和ギャル×超常コメディをお楽しみください。



カリスマギャル、終末存在をプロデュースする

 世界を救った翌日、安藤萌亜は怒られていた。

 

「萌亜。アンタ、あれはダメ」

 

「えー? あれってどれ?」

 

「昨日のやつ」

 

「タピオカ二杯飲んだこと?」

 

「違う」

 

「クレープにいちご追加したこと?」

 

「違う」

 

「地球に近づいてた外宇宙構造体をプチッとしたこと?」

 

「それ」

 

 放課後の渋谷。

 

 駅前のカフェ二階席で、姫咲リオナはテーブルに両肘をつき、真剣な顔で萌亜を見つめていた。

 

 リオナの前にはアイスカフェラテ。

 

 萌亜の前には、謎にクリームが山盛りの限定いちごパフェ。

 

 萌亜はスプーンをくわえながら、きょとんとした顔をした。

 

「でも、ちゃんと潰したじゃん。マジ即対応。チョベリグ案件」

 

「対応はよかった。問題はそのあと」

 

「そのあと?」

 

「アンタ、空に向かってピースしてたでしょ」

 

「した」

 

「しかも『宇宙の悪いやつ、成敗なう』って言ってたでしょ」

 

「言った」

 

「なうって言うな」

 

「そこ?」

 

 リオナは深く息を吐いた。

 

 昨日、萌亜は渋谷上空に接近していた外宇宙由来の認識災害を、文字通り指先で潰した。

 

 そのこと自体は、たぶん人類史に残る偉業である。

 

 だが、問題はその後だった。

 

 萌亜は何も考えず、リオナの配信カメラに向かって満面の笑みでピースしたのだ。

 

 幸い、宇宙的現象そのものはカメラに映らなかった。

 

 だが、配信のコメント欄は荒れた。

 

『今、空バグらなかった?』

 

『この金髪の子、何者?』

 

『一瞬だけ画面に変なノイズ入った』

 

『チョベリグって言った?』

 

『平成から来た?』

 

『いや、可愛い』

 

『リオナの友達?』

 

『終末系ギャル?』

 

 そして、妙な方向でバズった。

 

 リオナはスマホを取り出し、画面を萌亜に見せた。

 

「昨日の切り抜き、もう二百万再生いってる」

 

「にひゃくまん」

 

 萌亜の目が輝いた。

 

「それってアレ? 萌亜、ナウなヤングにバカウケ?」

 

「言葉は全部古いけど、まあ、そう」

 

「やば! 萌亜、人気者じゃん! チョベリグ!」

 

「だから、そこをちゃんと管理しないと危ないって話」

 

「管理?」

 

「SNS」

 

 リオナは人差し指でスマホ画面を叩いた。

 

「萌亜、アカウント作ろ」

 

「アカウント」

 

「そう。ちゃんと公式っぽく運用するの。変な噂が広がる前に、こっちからキャラ付けする」

 

「キャラ付け?」

 

「アンタは古いギャル語を使う謎の美少女。たまにすごいこと言うけど、基本はおもしろ枠。そういう方向で認知させる」

 

「なるほど。萌亜、理解した」

 

「ほんとに?」

 

「つまり、人類を情報的に支配するんだね?」

 

「違う」

 

 リオナは即答した。

 

「支配じゃなくて発信」

 

「発信」

 

「そう。自分の言葉で、自分を見せるの」

 

「ふーん」

 

 萌亜はパフェを一口食べた。

 

 甘い。

 

 人間の作る甘味は、いつも不思議だ。

 

 生命活動に必要な栄養摂取というだけなら、こんな形にする意味はない。

 

 色をつけ、形を整え、写真を撮りたくなるように飾る。

 

 食べればなくなるものに、手間をかける。

 

 実に無駄。

 

 そして、面白い。

 

「いいよ。やる」

 

「よし」

 

 リオナは満足げに頷いた。

 

「じゃあまず、名前」

 

「安藤萌亜」

 

「アカウント名ね。普通すぎるから、ちょっとキャッチーにする」

 

「じゃあ、終末の大王アンゴルモア」

 

「重い」

 

「文明選定個体アンゴルモア」

 

「怖い」

 

「恒星系終末執行存在・萌亜ちゃん」

 

「混ぜるな」

 

 リオナは少し考え、スマホに文字を打ち込んだ。

 

「これでどう?」

 

 画面には、こう表示されていた。

 

『もあち☆終末ギャル』

 

 萌亜は目を丸くした。

 

「……すごい」

 

「でしょ?」

 

「リオナっち、天才じゃん。マジ神。いや、神より上。神、けっこうミスるし」

 

「神を雑に下げるな」

 

 こうして、安藤萌亜のSNSアカウントが誕生した。

 

 プロフィール文はリオナが整えた。

 

『令和を満喫中のギャル。タピオカとクレープとプリが好き。たまに宇宙のこと言います。チョベリグ。』

 

「完璧」

 

「萌亜の本質がだいぶ薄められてる」

 

「薄めないと人類が飲めないの」

 

「なるほど。原液だと死ぬもんね」

 

「言い方」

 

 リオナはカメラを起動した。

 

「じゃ、初投稿いくよ。まずは自撮り。普通に可愛く」

 

「普通に可愛く」

 

 萌亜はピースした。

 

 金髪が窓から差す夕陽を受けて、きらきらと光る。

 

 少し古いギャル風のポーズ。

 

 けれど、不思議と目を引く。

 

 まるで、画面の向こう側にいるはずの存在が、こちらを見ているような圧。

 

 リオナは一瞬、息を呑んだ。

 

 だがすぐにプロの顔に戻る。

 

「はい、撮るよ。三、二、一」

 

 シャッター音。

 

 写真を確認したリオナは、固まった。

 

「……萌亜」

 

「なになに? 盛れてる?」

 

「盛れてる。盛れてるんだけど」

 

 画面の中の萌亜は、確かに可愛かった。

 

 問題は背景だった。

 

 カフェの窓の外、本来なら渋谷の街が映るはずの場所に、無数の星雲と黒い太陽と、滅びた文明の残響のようなものが映り込んでいた。

 

 ついでに、写真の端に「見る者の寿命を三秒だけ宇宙に返却する目」が浮かんでいる。

 

「背景が終わってる」

 

「え、渋谷じゃん」

 

「渋谷に黒い太陽はない」

 

「たまにあるよ?」

 

「ない」

 

 リオナはすぐに加工アプリを開いた。

 

 背景ぼかし。

 

 美肌補正。

 

 明るさ調整。

 

 不穏な目をスタンプで隠す。

 

 黒い太陽にはハートを貼る。

 

 滅亡した文明の残響には、ピンクのキラキラエフェクトを乗せる。

 

「よし、これならギリいける」

 

「リオナっち、すご。宇宙的真理がめっちゃ可愛くなった」

 

「そんな加工したの初めてだけどね」

 

 初投稿の文面は、萌亜が考えることになった。

 

「えーっと……」

 

 萌亜は真剣な顔でスマホを打つ。

 

 リオナは横から覗き込んだ。

 

『今日からSNS始めたよん。人類のみんな、いつか星の外に出る時は隣人への礼儀と文明汚染のリスクを忘れずにね。あとタピオカうま。チョベリグ。』

 

「待って」

 

「え?」

 

「急に文明レベルの説教を入れない」

 

「でも大事だよ?」

 

「大事かもしれないけど初投稿で言うことじゃない」

 

「じゃあ、どうするの?」

 

「もっと軽く。初めまして、よろしく、くらい」

 

「なるほど」

 

 萌亜は修正した。

 

『初めまして。安藤萌亜だよ。地球のみんな、よろしくね。まだ滅ぼさないから安心して。チョベリグ。』

 

「悪化した」

 

「えー」

 

「まだ滅ぼさないって何」

 

「安心情報」

 

「不安情報だよ」

 

 結局、投稿文はリオナがほぼ全部直した。

 

『初めまして、もあちです☆

令和ギャル勉強中!

タピオカとプリと友達が好き。

よろしくね〜! チョベリグ!』

 

「これで投稿」

 

 リオナがボタンを押した。

 

 安藤萌亜の初投稿が、世界に放たれた。

 

 最初の一分は静かだった。

 

 二分後、リオナのフォロワーが流れてきた。

 

 三分後、昨日の切り抜きを見た人間たちが反応した。

 

 五分後、コメント欄が動き始めた。

 

『リオナちゃんの友達だ!』

 

『もあち可愛い』

 

『チョベリグ草』

 

『平成ギャル?』

 

『背景の加工すごくない?』

 

『なんか見てたら頭の奥がザワザワする』

 

『この子、目力やば』

 

『終末ギャル爆誕』

 

 リオナは頷いた。

 

「いい感じ。初速ある」

 

「しょそく」

 

「最初の伸び」

 

「人類、萌亜を受け入れ始めてる?」

 

「そこまで大げさじゃないけど、まあ、好感触」

 

 萌亜は嬉しそうに笑った。

 

 その笑顔は、どこからどう見ても普通の女子高生だった。

 

 少しだけ古いギャル語を使う、可愛い女の子。

 

 少なくとも、人類の大半にはそう見えた。

 

 だが。

 

 その投稿は、人類以外にも届いていた。

 

     *

 

 東京都千代田区。

 

 宮内庁の地下深く。

 

 存在しないことになっている一室で、警報が鳴り響いた。

 

「課長!」

 

 白鳥まひるが、資料を抱えて駆け込んでくる。

 

 宮内庁式外局・超常現象対策課。

 

 通称、超対課。

 

 その執務室では、複数のモニターに赤い警告表示が走っていた。

 

 御門征十郎は、いつもの無表情で画面を見つめている。

 

「状況は」

 

「安藤萌亜がSNSアカウントを開設しました!」

 

「……何?」

 

「初投稿です! 現在、一般人の間で拡散中!」

 

 御門は眉間を押さえた。

 

「なぜ誰も止めなかった」

 

「止められる人間がいると思いますか?」

 

「いないな」

 

 即答だった。

 

 まひるはモニターを操作する。

 

「問題は、投稿に含まれていた画像です。表面上は加工済みの自撮りですが、当課の解析では背景に外宇宙由来の情報層が残留しています」

 

「認識汚染は?」

 

「一般人への影響は軽微です。せいぜい、夢に知らない星が出る程度かと」

 

「十分問題だ」

 

「さらに、投稿から三十秒後、世界各地で複数の反応を確認しました」

 

 画面に地図が表示される。

 

 日本。

 

 南米。

 

 東欧。

 

 太平洋上。

 

 そして、地球衛星軌道外。

 

「宗教団体、異能結社、未確認宇宙存在、休眠中の神話級怪異が反応しています」

 

 御門は沈黙した。

 

 やがて、重い声で言う。

 

「……たかが自撮り一枚でか」

 

「はい」

 

「災害だな」

 

「はい」

 

 その時、別の職員が叫んだ。

 

「課長! 謎の宗教団体『終末再臨の会』が動きました!」

 

「またあの連中か」

 

「都内に信者を集め始めています! 安藤萌亜を“真なる恐怖の大王”として迎えるつもりです!」

 

 さらに別の職員。

 

「衛星軌道上に微弱な時空歪曲! 外宇宙からの観測視線です!」

 

 また別の職員。

 

「内閣情報調査室から問い合わせです! 『宮内庁は何を飼っているんだ』と!」

 

 御門は静かに目を閉じた。

 

 そして、深く息を吐いた。

 

「安藤萌亜に連絡を」

 

「はい!」

 

「それと姫咲リオナにもだ」

 

「一般人ですが」

 

「もはや一般人では済まない。彼女は、アンゴルモアの情報発信を制御できる唯一の人材だ」

 

 御門はモニターに映る萌亜の投稿を見た。

 

 ハートのスタンプで隠された黒い太陽。

 

 キラキラ加工された滅亡文明。

 

 そして、満面の笑みでピースする終末存在。

 

「……人類は、どこで道を間違えたのだろうな」

 

 まひるは小さく答えた。

 

「たぶん、ノストラダムスあたりです」

 

     *

 

 一方その頃、渋谷のカフェでは。

 

「リオナっち! 見て見て! フォロワー増えてる!」

 

「ほんとだ。早いね。もう三万人」

 

「さんまん。三万の人類が萌亜を見てる」

 

「言い方がラスボス」

 

 萌亜はスマホを眺めながら、にこにこしていた。

 

「コメント来てる。えーっと、『もあちちゃん推します』。推すって何?」

 

「応援するってこと」

 

「ほう。人類が萌亜を信仰し始めた?」

 

「違う。応援」

 

「信仰と応援って何が違うの?」

 

「重さ」

 

「なるほど」

 

 萌亜は次のコメントを読む。

 

「『背景の加工どうやったんですか?』だって」

 

「あー、それは答えなくていい」

 

「なんで?」

 

「説明できないでしょ」

 

「できるよ。まず観測者の精神を三層に分けて、表層意識を銀河回転に同期させて――」

 

「答えなくていい」

 

 その時、萌亜のスマホが震えた。

 

 画面にはまたしても表示される。

 

『宮内庁・めんどい人』

 

「あ、御門のおじさん」

 

「出て。嫌な予感する」

 

 萌亜が通話に出る。

 

「もしもしー。今、萌亜バズり中なんだけど」

 

『即刻、その投稿を削除しろ』

 

「やだ」

 

 即答だった。

 

 御門の声が一段低くなる。

 

『安藤萌亜。君の投稿によって、複数の超常勢力が活性化している』

 

「えー? でも自撮りだよ?」

 

『君の自撮りは、通常の兵器で言えば戦略級だ』

 

「盛れてるってこと?」

 

『違う』

 

 リオナがスマホを奪う。

 

「御門さん、リオナです。投稿は消さない方がいいです」

 

『理由は』

 

「今消したら逆に怪しまれます。スクショも出回ってるし、削除すると陰謀論が加速します」

 

『ではどうする』

 

「次の投稿で上書きします」

 

『上書き?』

 

「普通のギャルっぽい投稿を連続で出して、ヤバさを薄めます。人間のSNSは流れが早いので、別の話題に持っていけます」

 

 数秒の沈黙。

 

『……姫咲リオナ』

 

「はい」

 

『君を、本件の民間協力者として認定する』

 

「え、何それ怖い」

 

『安藤萌亜の情報災害を制御してくれ』

 

「言い方は最悪ですけど、やります」

 

 通話が切れた。

 

 リオナはスマホを萌亜に返す。

 

「作戦変更。今から普通の投稿を増やす」

 

「普通の投稿」

 

「そう。食べ物、服、プリ、日常。宇宙禁止」

 

「宇宙禁止」

 

「文明選定も禁止」

 

「厳しい」

 

「滅亡も禁止」

 

「話題がなくなる」

 

「あるでしょ、タピオカとか」

 

 萌亜はしばらく考えた。

 

 そして真剣に頷いた。

 

「わかった。萌亜、普通のギャルになる」

 

「よし」

 

「地球を守るために」

 

「規模は大きいけど、まあ合ってる」

 

 そこから、リオナによる怒涛のプロデュースが始まった。

 

 二投稿目。

 

『いちごパフェ食べた! 甘くてチョベリグ☆』

 

 三投稿目。

 

『リオナっちにネイル見てもらった! キラキラでアゲぽよ!』

 

 四投稿目。

 

『プリ撮りたい気分〜! 誰かおすすめの機種ある?』

 

 コメント欄は一気に平和になっていった。

 

『パフェ可愛い』

 

『ネイル見たい!』

 

『チョベリグ癖になる』

 

『もあち、リオナちゃんと仲良しで尊い』

 

『プリ機なら駅前の新しいやつおすすめ』

 

 リオナは満足げに頷く。

 

「よし。空気変わった」

 

「人類、単純?」

 

「それは言わない」

 

 だが、平和は長く続かなかった。

 

 萌亜の五投稿目。

 

『おすすめプリ機教えてくれた人ありがと☆ お礼に、今夜だけみんなの悪夢に出てくる外宇宙虫を食べとくね!』

 

「萌亜ああああああ!」

 

「え、だめ?」

 

「だめ!」

 

「でもこれ、けっこう親切じゃない?」

 

「親切かどうかじゃなくて、怖いの!」

 

 リオナが慌てて削除しようとした、その瞬間。

 

 画面に通知が殺到した。

 

『え、何これ怖い』

 

『外宇宙虫?』

 

『昨日から見てた悪夢、消えるの?』

 

『もあち様ありがとうございます』

 

『もあち様?』

 

『救世主?』

 

『終末再臨の会から来ました』

 

「変なの混じった!」

 

 リオナの顔が引きつる。

 

 同時に、カフェの外が騒がしくなった。

 

 窓の下。

 

 渋谷の歩道に、白いローブを着た集団が現れていた。

 

 人数は十数人。

 

 彼らは萌亜のいるカフェを見上げ、いっせいに両手を広げた。

 

「真なる大王よ!」

 

「我らを終末へ導きたまえ!」

 

「アンゴルモア様、再臨!」

 

 萌亜は窓の外を見下ろした。

 

「誰?」

 

「アンタのファン……じゃない、たぶんヤバい人たち」

 

「萌亜、まだデビュー初日なのに古参ファン?」

 

「絶対違う」

 

 白ローブの集団は、道行く人々にチラシを配り始めた。

 

『恐怖の大王はギャルとして再臨した』

 

『チョベリグは救済の言葉』

 

『アゲぽよとは魂の上昇である』

 

 リオナは頭を抱えた。

 

「解釈が早すぎる!」

 

「チョベリグって救済の言葉だったんだ」

 

「違うからね?」

 

 その時、空気が重くなった。

 

 カフェの照明がちらつく。

 

 ガラス窓に、外の景色ではないものが映った。

 

 星のない宇宙。

 

 そこに浮かぶ、巨大な影。

 

 昨日潰した外宇宙構造体とは別の何か。

 

 それが、萌亜の投稿を辿って地球を覗いていた。

 

『――見つけた』

 

 声ではない。

 

 文字でもない。

 

 だが、その場にいた全員の脳内に、意味だけが流れ込む。

 

『文明選定個体アンゴルモア。なぜ、その星を守る』

 

 リオナの身体が震えた。

 

 周囲の客たちは何も気づいていない。

 

 ただ、飲み物を飲み、会話し、スマホを見ている。

 

 異常を認識できているのは、リオナと萌亜だけだった。

 

 萌亜はゆっくりと立ち上がった。

 

 さっきまでの軽い表情が、少しだけ消える。

 

 瞳の奥に、星の終わりのような光が灯る。

 

「うるさいなぁ」

 

 その声は、静かだった。

 

 だが、リオナの背筋が凍る。

 

「今、友達とSNSやってんの」

 

『その星は、いずれ宇宙に害をなす』

 

「それ、昔の萌亜も言ってた」

 

『ならば、なぜ』

 

 萌亜は窓の外を見た。

 

 白ローブの集団が騒いでいる。

 

 通行人が迷惑そうに避けている。

 

 誰かが動画を撮っている。

 

 店員が困った顔をしている。

 

 リオナが、萌亜の袖を掴んでいる。

 

 どれも小さくて、騒がしくて、面倒で。

 

 でも、退屈ではない。

 

「人間、おもろいから」

 

 萌亜は指を鳴らした。

 

 ぱちん。

 

 ただそれだけで、窓に映っていた外宇宙の影が歪んだ。

 

『待――』

 

「待たない」

 

 影は消えた。

 

 最初からそこにいなかったかのように。

 

 同時に、カフェの照明が元に戻る。

 

 リオナは息を吐いた。

 

「……今の、何?」

 

「昔の同業者みたいなやつ」

 

「同業者」

 

「星を見て、滅ぼすか決めるタイプ」

 

「職業みたいに言わないで」

 

 萌亜は席に戻り、残っていたパフェを食べた。

 

「大丈夫。もう来ないよ」

 

「潰したの?」

 

「ううん。ブロックした」

 

「SNS感覚で宇宙存在を処理するな」

 

 その時、リオナのスマホに通知が来た。

 

 御門からだった。

 

『現在、渋谷に超対課の処理班を向かわせている。宗教団体には接触するな』

 

 リオナは窓の外を見た。

 

 白ローブの集団は、ますます盛り上がっていた。

 

「萌亜、あの人たちどうする?」

 

「んー」

 

 萌亜は少し考えた。

 

 そして、スマホを手に取る。

 

「投稿する」

 

「何を?」

 

「ちゃんと伝える」

 

 リオナは止めようとしたが、萌亜の表情を見て手を止めた。

 

 それは、いつものふざけた顔ではなかった。

 

 終末存在でも、ギャルでもない。

 

 何かを少しだけ理解しようとしている少女の顔だった。

 

 萌亜は文字を打った。

 

『もあちからお願い。

チョベリグは救済の言葉じゃないよ。

人に迷惑かけるのはチョベリバです。

終末とか再臨とかより、今日はパフェ食べて寝よ。

地球はまだまだ遊ぶとこあるから、勝手に終わらせないでね。』

 

 リオナは画面を見て、少し笑った。

 

「……いいじゃん」

 

「ほんと?」

 

「うん。萌亜っぽい」

 

「チョベリグ?」

 

「チョベリグ」

 

 投稿ボタンが押された。

 

 数秒後。

 

 コメントが流れ始める。

 

『もあち、まともなこと言ってる』

 

『人に迷惑かけるのはチョベリバ、名言』

 

『パフェ食べて寝よ、好き』

 

『終末再臨の会、怒られてて草』

 

『もあち様が迷惑かけるなって言ってるぞ』

 

『解散しろ白ローブ』

 

 窓の外の白ローブ集団は、スマホを見ながらざわつき始めた。

 

「大王が……迷惑をかけるなと……」

 

「これは試練では?」

 

「いや、パフェを食べて寝よと仰せだ」

 

「パフェ……」

 

「パフェこそ救済……?」

 

「違う!」

 

 リオナが思わず叫んだ。

 

 だが、少なくとも彼らはその場から移動し始めた。

 

 数分後、黒い車が何台か現れ、スーツ姿の超対課職員たちが手際よく白ローブ集団を誘導していった。

 

 表向きには、迷惑行為への注意。

 

 実際には、超常案件としての確保と記憶処理である。

 

 カフェの中は、いつものざわめきに戻った。

 

 リオナは椅子にもたれかかる。

 

「疲れた……」

 

「SNSって大変だね」

 

「主にアンタのせいだけどね」

 

「でも、ちょっと楽しい」

 

 萌亜はスマホを見つめる。

 

 画面の中には、無数のコメント。

 

 知らない人間たちの言葉。

 

 応援。

 

 ツッコミ。

 

 冗談。

 

 心配。

 

 好奇心。

 

 それは、かつて彼女が宇宙から見下ろしていた人類とは違って見えた。

 

 個体ごとの声。

 

 小さな感情。

 

 意味のない言葉。

 

 意味がないからこそ、面白いもの。

 

「リオナっち」

 

「何?」

 

「萌亜、もっと人間のこと知りたいかも」

 

 リオナは少しだけ驚いた顔をした。

 

 それから、柔らかく笑った。

 

「じゃあまず、炎上しない投稿の仕方から覚えよっか」

 

「炎上。火?」

 

「違う。いや、だいたい火だけど違う」

 

「萌亜、火なら消せるよ?」

 

「そういう問題じゃない」

 

 そこへ、御門から再び電話がかかってきた。

 

 リオナが出る。

 

『姫咲リオナ』

 

「はい」

 

『今回の件、君の判断で被害拡大は防がれた。感謝する』

 

「どうも……」

 

『だが、安藤萌亜のSNS運用は今後も重大な国家安全保障上の課題となる』

 

「嫌な言い方ですね」

 

『そこで、超対課として正式に依頼したい』

 

「何をですか?」

 

『安藤萌亜のSNS監修を』

 

 リオナは沈黙した。

 

 萌亜は横から顔を近づける。

 

「リオナっち、萌亜のプロデューサー?」

 

「……そういうことになるのかな」

 

『報酬は出す』

 

「やります」

 

 即答だった。

 

 萌亜がぱっと笑顔になる。

 

「やった! リオナっち、公式マブダチ兼プロデューサーじゃん!」

 

「マブダチは古い」

 

『姫咲リオナ。ひとつ頼みがある』

 

「何ですか?」

 

『頼むから、彼女に“ライブ配信”だけはさせるな』

 

 リオナは萌亜を見た。

 

 萌亜は目を輝かせていた。

 

「ライブ配信って何? 楽しそう!」

 

「絶対まだ早い」

 

「えー! 萌亜、生で人類と交流したい!」

 

「その言い方も怖い!」

 

 電話の向こうで、御門が重いため息をついた。

 

 そして、渋谷のカフェで終末存在はスマホを握りしめる。

 

 フォロワー数は、すでに十万人を超えていた。

 

 安藤萌亜。

 

 もあち☆終末ギャル。

 

 かつて地球を滅ぼそうとした存在は、令和のSNSに降臨した。

 

 その初日は、宗教団体を動かし、外宇宙存在を呼び寄せ、政府機関の胃を痛めた。

 

 それでも彼女は、満足そうに笑っている。

 

「次の投稿、何にしよっかなー」

 

 リオナは即座に答えた。

 

「食べ物」

 

「宇宙は?」

 

「禁止」

 

「文明は?」

 

「禁止」

 

「人類への警告は?」

 

「絶対禁止」

 

 萌亜は少しだけ不満そうに頬を膨らませた。

 

 そして、スマホを操作する。

 

『今日のパフェ、チョベリグだった☆』

 

 写真付きで投稿。

 

 今度の背景には、黒い太陽も滅亡文明も映っていない。

 

 ただ、クリームたっぷりのいちごパフェと、嬉しそうな萌亜の笑顔だけが映っていた。

 

 コメント欄が、平和に流れていく。

 

『かわいい』

 

『パフェ食べたい』

 

『チョベリグ流行らせたい』

 

『もあち好き』

 

 萌亜はそれを見て、小さく呟いた。

 

「人間って、やっぱおもろ」

 

 その言葉は、誰にも届かなかった。

 

 けれどリオナだけは、隣でちゃんと聞いていた。

 

「でしょ?」

 

 萌亜は笑った。

 

 終末の大王は、今日も少しだけ地球を好きになる。

 




第2話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、萌亜のSNSデビュー回でした。

普通の女子高生なら「初投稿、何にしようかな?」で済むところですが、萌亜の場合は自撮りの背景に宇宙的真理が映り込み、何気ない投稿で宗教団体が動き、外宇宙存在まで釣れてしまうという、非常に迷惑なアカウント開設になりました。

一方で、リオナの立ち位置もかなりはっきりした回だったと思います。

リオナはただのツッコミ役ではなく、萌亜を人間社会に馴染ませるための“翻訳者”であり、“プロデューサー”でもあります。

萌亜の言動は宇宙規模でズレていますが、リオナがそれを令和の感覚に直してくれることで、なんとか人類が受け止められる形になっています。

ある意味、地球を救っているのは萌亜ですが、萌亜を制御しているリオナもまた地球を救っているのかもしれません。

次回は、宮内庁直轄の秘密組織「超常現象対策課」の本部へ向かう予定です。

地上ではただのカリスマギャルと終末ギャル。
地下では、国家機密と宇宙災害。

そんな温度差を楽しんでいただけたら嬉しいです。

それではまた次回。

チョベリグ。
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