アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜 作:池ポチャ
今回は、シャンバラ試練の第三段階――未来輪です。
担当は、毒舌理論派のチャクラ。
未来輪では、萌亜たちに「あり得る破滅の未来」が提示されます。
萌亜が選定機関に再調整される未来。
リオナがルルイエに取り込まれる未来。
シャンバラが白い切除と黒い海に挟まれて崩壊する未来。
そのどれもが最悪です。
ですが、今回一番おかしな反応を起こすのは、最後に投映されるひとりの男の背中です。
リオナは困惑します。
萌亜は喜びます。
ゼルヴァードは戦慄します。
カナメは、世界の裏側で影響力が強すぎる男とリオナの関係に驚きます。
そして、選定機関は硬直します。
未来輪、だいたい叔父でバグります。
シャンバラの空が、青く変わった。
赤い現在輪の光が遠ざかり、広場を満たしていた熱が静かに冷めていく。
代わりに広がったのは、澄みすぎた青。
高い空。
冷たい光。
そして、無数の枝分かれする線だった。
白い石畳の上に、光の線が伸びていく。
一本。
二本。
十本。
百本。
数え切れないほどの線が、リオナたちの足元から未来へ向かって分岐していた。
それは道ではない。
可能性だった。
未来輪。
まだ起きていない出来事。
けれど、起きるかもしれない結末。
青い衣の女性――チャクラが、静かに前へ出た。
シャンバラ中枢防衛人格カーラチャクラの四相のひとつ。
未来輪担当。
理論派。
毒舌。
たぶん相手の心を折る確率を平然と数字で出してくるタイプ。
「未来輪の試練を開始します」
チャクラは、眼鏡のような光を押し上げる。
「本試験では、現在の選択から派生する破綻可能性を提示します。被験者は、それらを認識した上で、なお接続を維持する意志があるかを確認されます」
姫咲リオナは、少し顔を引きつらせた。
「要するに、嫌な未来を見せられるってことですよね」
「はい」
即答だった。
「もう少しオブラートに包んでください」
「無駄です。未来はオブラートでは改善されません」
「毒舌三女……」
「三女ではありません」
チャクラは淡々と訂正した。
隣では、安藤萌亜がリオナの手を握っている。
「リオナっち、大丈夫?」
「正直あんまり」
「萌亜も」
「でも見るしかないんだよね」
「うん」
赤い装束のラチャが、腕を組んで笑った。
「気合い入れてけ! 未来なんざ、見たあとで殴り変えりゃいい!」
白と金の衣のカーラがため息をつく。
「未来を殴るという表現は不正確です」
黒紫の薄衣をまとったリンが、枕を抱きながらふわふわと言った。
「でも、夢の未来は、たまにぺちんってできますぅ……」
「できるんだ……」
リオナは思わず呟く。
チャクラは、そんな三人を無視して手をかざした。
「第一未来、投映」
青い空が割れた。
そこに映ったのは、白い部屋だった。
壁も床も天井も、すべてが白い。
音がない。
温度がない。
感情がない。
その中央に、萌亜が立っていた。
だが、今の萌亜ではない。
表情がない。
瞳の紫は薄く、髪も肌も、どこか色が抜けている。
制服は着ている。
けれど、そこにギャルらしさはなかった。
スマホもない。
アクセもない。
リオナの隣で笑う萌亜ではなかった。
『文明選定個体、再調整完了』
白い声が響く。
『情動偏向、除去』
『地上定着因子、切断』
『恐怖の王、機能回復』
投映された萌亜が、ゆっくり顔を上げる。
その口が開く。
「対象文明、選定を再開します」
リオナの手に力が入った。
今いる萌亜も、ぎゅっと握り返す。
「……やだ」
萌亜が小さく呟いた。
リオナは即座に言った。
「絶対にさせない」
チャクラが淡々と告げる。
「第一破綻未来。安藤萌亜、選定機関による再調整。発生条件は、地上定着核の同期失敗、接続因子の喪失、または本人による感情遮断です」
「感情遮断?」
リオナが聞く。
「大切なものを守るために、自分の感情を切れば安全だと判断する未来です」
萌亜の肩が震えた。
リオナは、手を離さない。
「萌亜」
「うん」
「切らないで」
「……うん」
リオナは真正面から未来の映像を見た。
怖い。
でも、目を逸らしてはいけない。
あれは、あり得る未来だ。
だからこそ、選ばない。
チャクラは次に手を振った。
「第二未来、投映」
白い部屋が消えた。
次に現れたのは、黒い海だった。
深い海。
青緑の光。
無数の泡。
その中心に、リオナが沈んでいる。
目を閉じ、長い髪が水の中で揺れている。
胸元には、貝殻のような飾り。
指先には、青い糸。
その糸の先には、無数の夢を見る人々が繋がっていた。
そして、遠くから九頭龍瑠々の声がする。
『人の娘さま。あなたは本当に、よい線を引きますわ』
『だからこそ、その線ごと海へ沈めれば、どれほど美しいことでしょう』
リオナの背筋が凍った。
映像の中の自分は、穏やかに眠っている。
苦しんではいない。
むしろ、安らいでいるように見える。
それが余計に怖かった。
「これ、私……?」
萌亜の瞳が紫に光る。
「チョベリバ」
声が震えていた。
「リオナっちが海にいるの、チョベリバ」
チャクラは告げる。
「第二破綻未来。姫咲リオナ、ルルイエ由来夢質への適応。九頭龍瑠々との交渉継続、精神領域接触の増加、他者を救おうとする傾向が媒介となり、海の側へ取り込まれる可能性」
「私が、瑠々さん側に?」
「正確には、取り込まれるというより、線を引くために海へ入りすぎて戻れなくなる未来です」
リオナは言葉に詰まった。
分かってしまうのが嫌だった。
瑠々を止めたい。
でも、瑠々を完全な悪として切り捨てられない。
あの人が誰かを救っていることを、知ってしまった。
だから、近づく。
話を聞く。
線を引こうとする。
その結果、自分が海に沈む。
「リオナっち」
萌亜が呼ぶ。
リオナはすぐに答えた。
「沈まない」
「ほんと?」
「沈みそうになったら、引っ張って」
「絶対引っ張る」
「痛くても?」
「マンモス引っ張る」
「そこは頼もしい」
チャクラは表情を変えずに次を告げた。
「第三未来、投映」
黒い海が砕けた。
次に映ったのは、シャンバラそのものだった。
金色の山が、白い亀裂に切り裂かれている。
祈りの旗は破れ、夢の寺院は崩れ、無数の人々の眠りが白い粒子となって消えていく。
その反対側からは、黒い海が流れ込んでいる。
白に削られ、黒に沈む。
その中間で、シャンバラは悲鳴のように軋んでいた。
カーラが目を伏せる。
ラチャが拳を握る。
リンが枕を抱きしめる。
チャクラだけが、冷静に告げる。
「第三破綻未来。シャンバラ防衛拠点崩壊。選定機関による切除と、ルルイエ夢質の侵食が同時進行した場合に発生します」
ゼルヴァード・ル=オルグレイが低く言った。
「これが起これば、地球人の夢はどうなる」
「集合的な夢の防御機能が低下します。人々は救いを求める力を弱め、同時に孤独や不安に対して脆弱になります」
「選定機関にも、ルルイエにも都合がいいわけか」
「その通りです」
黒瀬カナメが険しい表情で言う。
「最悪だな」
リオナは、金色の山が崩れていく映像を見た。
ここもまた、誰かの祈りでできている。
ただの夢ではない。
現実で苦しむ人たちが、それでも明日を信じるための見えない土台。
それを、白も黒も壊そうとしている。
「止めないと」
リオナが言う。
萌亜も頷いた。
「うん」
チャクラは、三つの未来を消した。
青い広場に、静寂が戻る。
リオナは少し息を吐いた。
これで終わり。
そう思いたかった。
だが、チャクラは動かなかった。
青い目が、さらに奥を見るように細くなる。
「第四未来」
カーラがわずかに眉を動かした。
「チャクラ」
ラチャも表情を変える。
「おい、それ出すのか?」
リンが枕から顔を半分だけ出した。
「それ、夢がびっくりしますぅ……」
リオナは嫌な予感しかしなかった。
「何ですか、その反応」
チャクラは淡々と言った。
「厳密には、破綻未来ではありません」
「じゃあ何ですか?」
「不明要素です」
「不明要素?」
「イレギュラーです」
チャクラは手を上げた。
「第四未来、投映」
空に、ノイズが走った。
白でもない。
黒でもない。
青でもない。
金でもない。
映像が乱れる。
シャンバラの時輪がきしむ。
選定機関の白い亀裂も、ルルイエの黒い海も、一瞬だけ動きを止めた。
投映されたのは、男の背中だった。
スーツ姿。
どこにでもいそうで、どこにもいない。
中年男性。
背中だけなのに、妙な存在感があった。
強そうではない。
怪物でもない。
神でもない。
外宇宙存在でもない。
ただの人間に見える。
けれど、何かがおかしい。
男の周囲には、無数の線が走っていた。
政治。
経済。
芸能。
ネット文化。
都市伝説。
地下組織。
宗教法人。
異能者。
外宇宙。
選定機関。
それらの線が、本人の背中に直接繋がっているわけではない。
だが、なぜか彼の周囲を避けて流れている。
あるいは、彼の一言で流れが変わったような痕跡がある。
リオナは、固まった。
「……え?」
萌亜がぱっと顔を輝かせた。
「あっ!」
ゼルヴァードの顔から血の気が引いた。
「馬鹿な」
カナメは端末を見た。
次の瞬間、目を見開いた。
「この男……」
投映された男の背中。
リオナは、見覚えがありすぎた。
いや、見覚えしかなかった。
休日に妙なスタンプを大量に送ってくる背中。
リオナの配信に高額スパチャを投げる背中。
親戚の集まりで、やたら自分を甘やかしてくる背中。
おじさん構文の化身。
姫咲リオナの叔父。
「……タクヤ叔父さん?」
リオナの声は、完全に困惑していた。
萌亜は嬉しそうに言った。
「師匠!」
リオナが振り向く。
「萌亜、今なんて?」
「師匠!」
「なんで?」
「萌亜に地球のナウい言葉を教えてくれた人!」
「最悪の師匠認定やめて!」
ゼルヴァードは一歩後ずさった。
「この男が、なぜここに映る」
リオナは目を丸くする。
「ゼルくん、知ってるの?」
「直接会ったことはない。だが、外宇宙側の情報網で何度か影を見た」
「影?」
「地球侵攻計画の複数箇所に、なぜかこの男の趣味嗜好、消費行動、人脈、発言が間接的に影響していた」
「何それ」
「分からん。だから恐ろしい」
ゼルヴァードの声は本気で震えていた。
「侵略計画において、直接の敵よりも、よく分からない形で前提を狂わせる人間が最も厄介だ」
カナメは端末に高速で情報を表示していた。
「楠タクヤ。姫咲リオナの叔父。表向きは一般人。だが、過去二十年の各種未解決案件、企業買収、芸能界の炎上鎮火、地下ネットワーク、匿名寄付、政治家の進退、謎の文化流行……複数の裏側で痕跡がある」
リオナは顔を引きつらせた。
「え、叔父さん何してるの?」
カナメは、心底驚いた顔でリオナを見た。
「君の叔父なのか」
「はい。うちの叔父です。おじさん構文がすごい、姪バカの」
「姪バカで済ませるには、世界中の裏で影響力が強すぎる」
「ええ……?」
萌亜はにこにこしている。
「師匠すごいね!」
「萌亜は嬉しそうにしないで」
「だって師匠だし」
「だからその師匠認定やめて」
その時だった。
空に浮かんでいた選定機関の白い亀裂が、完全に止まった。
白い文字が現れる。
『不明要素、確認』
『対象:楠タクヤ』
『分類照合中』
『分類照合中』
『分類照合中』
文字が止まる。
次に、ノイズが走った。
『分類不能』
『影響範囲、矛盾』
『人類個体として登録』
『外宇宙因子、未検出』
『神格因子、未検出』
『異能因子、微弱』
『社会的影響値、異常』
『偶然補正値、異常』
『おじさん構文密度、測定不能』
リオナが叫ぶ。
「最後何を測ってるの!?」
選定機関の白い文字がさらに乱れる。
『再計算』
『再計算』
『再計算』
『再計算』
『……』
そして。
白い仮面たちが、ぴたりと硬直した。
まるでシャットダウンしたように。
選定機関の干渉体が、一斉に動かなくなった。
カナメが呆然と呟く。
「選定機関が……止まった?」
ゼルヴァードは戦慄していた。
「あり得ない。選定機関が、人間一人の存在照合で処理停止するなど」
チャクラが、いつになく無言だった。
リオナは恐る恐る聞く。
「チャクラさん?」
「演算中です」
「あなたも?」
「はい」
「まさか、カーラチャクラもバグってます?」
「バグではありません。未知の複雑要素による処理遅延です」
「それをバグって言うんじゃないかな……」
ラチャは腹を抱えて笑い出した。
「はっはっはっは! 何だあの男! 未来輪と選定機関を同時に詰まらせやがった!」
リンは、ぽやぽやと呟く。
「おじさん構文は、夢の隙間に刺さりますぅ……」
カーラは眉間を押さえた。
「人類の可能性とは、時に理解し難いものです」
萌亜は得意げに胸を張った。
「それが師匠」
リオナは頭を抱えた。
「やだ……未来輪の試練で叔父さんが出てくるの、本当にやだ……」
投映された男の背中は、まだそこにあった。
こちらを振り返らない。
ただ、どこか楽しげに肩を揺らしているように見える。
その背中を見て、リオナは困惑し、萌亜は喜び、ゼルヴァードは戦慄し、カナメは世界の裏側で影響力が強すぎる男とリオナの関係に驚いていた。
そして選定機関は、まだ硬直している。
チャクラは、しばらくしてようやく口を開いた。
「第四未来。不明要素。楠タクヤの介入可能性」
「介入って、叔父さんが?」
「はい」
「何に?」
「不明です」
「不明なんだ」
「はい。ただし、彼の存在が複数の破綻未来の発生確率を低下させ、同時に予測不能な分岐を増大させています」
リオナは、ますます困惑する。
「叔父さん、何者なの……?」
萌亜は即答した。
「師匠」
「それは答えじゃない」
ゼルヴァードは低く言った。
「リオナ。あの男には近づきすぎるな」
「叔父に?」
「そうだ」
「いや、親戚なんだけど」
「親戚だからこそだ」
「どういうこと?」
「分からん」
「分からないのに怖がらせないで」
カナメも真顔で言った。
「姫咲。帰還後、君の叔父について詳しく聞かせてもらう」
「ええ……本当にただの姪バカですよ?」
「ただの姪バカは選定機関を停止させない」
「それはそう」
投映された背中が、ふっと揺れた。
まるで、こちらの会話が聞こえているように。
その瞬間、リオナのスマホが震えた。
「え?」
夢の中のはずなのに。
シャンバラの未来輪の中のはずなのに。
リオナのスマホに、LINE通知が届いた。
送信者は、もちろん。
『タクヤ叔父さん』
リオナは、嫌な予感しかしない顔で画面を開いた。
そこには、こう書かれていた。
『リオナちゃんとお茶会がしたいナ(*´³`*) ♡オジサンがいっぱいお金あげるから(*^^*)一緒にティータイムしよ♡ 萌亜ちゃんとも会いたいナ(´。>ω(•ω•。`)ぎゅ♡』
沈黙。
シャンバラの広場に、あまりにも重い沈黙が落ちた。
リオナはゆっくりスマホを閉じた。
「帰ったら説教する」
萌亜は目を輝かせた。
「師匠から招待!」
「喜ばない」
ゼルヴァードは本気で青ざめている。
「なぜ夢領域内の端末に現実側から通信が届く」
カナメも険しい顔で端末を確認する。
「通信経路、不明。超対課の監視網を通っていない。シャンバラの夢層を直接迂回している……いや、違う。これは」
「これは?」
カナメは言葉を失った。
「ただのLINE通知として届いている」
リオナは頭を抱えた。
「一番怖い言い方やめてください」
チャクラが、静かに告げる。
「未来輪、第三承認」
リオナは顔を上げた。
「え、今ので?」
「はい」
「何を承認したんですか?」
「未来には、恐怖だけでなく、予測不能な人間関係も存在すること。その不確定要素を切除せず、困惑しながらも関係として保持する意思を確認しました」
「つまり、叔父さんを見捨てなかったから?」
「端的には、そうです」
「嫌な承認理由……」
カーラが静かに頷く。
「未来とは、完全に制御できるものではありません」
ラチャが笑う。
「よく分かんねえ奴がいるから、未来は面白いんだよ!」
リンがぽやぽや言う。
「おじさんの夢、強いですぅ……」
リオナは疲れ切った声で言った。
「本当にやだ……」
だが、未来輪の青い光は、確かにリオナと萌亜の手を包んでいた。
怖い未来を見た。
萌亜が再調整される未来。
リオナが海に沈む未来。
シャンバラが崩壊する未来。
そして、よく分からない叔父が全部の計算を狂わせる未来。
どれも、目を逸らしたいものだった。
それでも、リオナは手を離さなかった。
萌亜も、手を離さなかった。
未来は怖い。
でも、未来はまだ決まっていない。
白い選定機関にも、黒い海にも、完全に計算できないものがある。
たとえば、死語を連発する終末ギャル。
たとえば、その手を握る人の娘。
たとえば、おじさん構文で選定機関を硬直させる謎の叔父。
リオナは深く息を吐いた。
「もう、何でもありじゃん」
萌亜が笑う。
「地球、おもろいでしょ?」
「おもろすぎて疲れる」
「チョベリグ?」
「チョベリバ寄りのチョベリグ」
「新しい」
空に浮かぶ時輪が、青から黒紫へ変わり始める。
無時輪。
リンの試練が近づいている。
だが、その前に。
投映された男の背中が、最後に少しだけ振り返りかけた。
顔は見えない。
けれど、口元だけが笑った気がした。
*
どこかの地下。
地下××××階。
そこは、存在しないはずの空間だった。
白い壁。
黒い床。
金色の天井。
現代建築のようで、神殿のようで、宇宙船のようでもある。
中央には、丸いテーブル。
その上には、湯気の立つ紅茶。
上質な茶器。
なぜか皿いっぱいのクッキー。
そして、空間投映されたシャンバラの映像。
そこには、リオナと萌亜の姿が映っていた。
その映像を見ながら、一人の男が穏やかに微笑んでいる。
楠タクヤ。
姫咲リオナの叔父。
おじさん構文の使者。
萌亜が勝手に師匠と呼ぶ男。
彼は、実に楽しそうにリオナたちを見守っていた。
「リオナちゃん、頑張ってるねえ」
その隣に、ひとりの美女が立っていた。
明確に人の形を取っている。
長い白髪。
整いすぎた顔。
人形のような肌。
そして、瞳。
その虹彩には、はっきりとバツマークが刻まれていた。
選定機関の干渉体に似ている。
だが、白い仮面ではない。
感情のない機械にも見えるし、妙に従順な秘書にも見える。
彼女は、静かにタクヤのカップへお茶を注いだ。
「おかわりです」
「ありがとう」
タクヤはにこにこと礼を言う。
バツマークの瞳の美女は、淡々と告げる。
「シャンバラ未来輪にて、あなたの投映が確認されました」
「そうみたいだねえ」
「選定機関本流の処理が一時停止しています」
「それは困ったねえ」
タクヤは、まったく困っていない顔で紅茶を飲んだ。
「でも、リオナちゃんが無事ならよかった」
「あなたの通信は、通常の夢領域通信経路を使用していません」
「LINEだよ?」
「LINEではありません」
「LINEだよ」
「……再定義不能」
美女の瞳のバツマークが、一瞬だけ光った。
タクヤはスマホを操作する。
空間投映されたリオナの姿を見て、目尻を下げる。
「リオナちゃん、相変わらずかわいいなあ。萌亜ちゃんも元気そうだ」
「送信内容を確認しますか」
「うん。もう送った」
「内容に問題があります」
「えっ、そう?」
「おじさん構文密度が高すぎます」
「愛だよ」
「分類不能」
タクヤは、のんびりと笑う。
空間投映の向こうで、リオナが頭を抱えている。
それを見て、彼は少しだけ嬉しそうにした。
「今度、本当にお茶会したいなあ」
バツマークの瞳の美女は、静かにタクヤを見る。
「彼女たちは、あなたの存在に疑問を持ち始めました」
「そうだろうね」
「開示しますか」
「まだいいかな」
タクヤは紅茶のカップを置いた。
その目は、先ほどまでの姪バカなものとは少しだけ違っていた。
柔らかい。
でも、深い。
世界の裏側を知っている者の目だった。
「リオナちゃんは、ちゃんと自分で線を引こうとしてる。おじさんが出しゃばりすぎたら、成長の邪魔になっちゃうからね」
「しかし、選定機関本流の再起動が進行中です」
「うん」
「ルルイエ夢質の侵食も継続しています」
「うん」
「安藤萌亜の地上定着は、依然として不安定です」
「だから、リオナちゃんがいる」
タクヤは微笑む。
「それに、萌亜ちゃんもいる。あの子たちは大丈夫だよ」
「根拠は?」
「おじさんの勘」
「演算根拠として不適切です」
「でも当たるよ?」
「……否定困難」
美女は、わずかに沈黙した。
タクヤは、シャンバラの映像を見つめる。
「未来はね、計算できすぎるとつまらないんだよ」
「つまらない、という評価軸は不要です」
「必要だよ。人間には」
タクヤは、優しく言った。
「特に、あの子たちには」
バツマークの瞳の美女は、何も答えない。
ただ、静かにお茶を注ぐ。
タクヤはクッキーをひとつ取り、満足そうに頷いた。
「さて、もう少し見守ろうか」
空間投映の中で、シャンバラの時輪が黒紫に染まり始めている。
無時輪。
夢の隙間。
忘れられた時間。
次の試練が始まる。
タクヤは、スマホをもう一度見た。
リオナから既読はついていない。
それでも、嬉しそうだった。
「既読ついたら怒られるかな」
「高確率で怒られます」
「だよねえ」
彼は笑った。
地下××××階。
存在しないはずの茶室で。
選定機関らしき美女にお茶を注がれながら。
姪バカの男は、世界の未来を見守っていた。
第16話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、未来輪の試練でした。
担当は、未来輪のチャクラ。
毒舌理論派らしく、容赦なく嫌な未来を突きつけてきました。
萌亜が選定機関に再調整される未来。
リオナがルルイエの海に取り込まれる未来。
シャンバラが白い切除と黒い海の両方に崩される未来。
どれも、今後の展開で実際に起こり得る破滅可能性です。
過去を受け入れ、現在を選んだリオナと萌亜が、次に向き合うべきものは未来でした。
未来は怖い。
けれど、まだ決まってはいない。
その象徴として、最後に投映されたのが楠タクヤです。
リオナにとっては、ただの姪バカな叔父。
萌亜にとっては、なぜか死語とおじさん構文の師匠。
ゼルヴァードにとっては、外宇宙側の計画にまで間接的な影響を及ぼしていた謎の男。
カナメにとっては、世界中の裏側で影響力が強すぎる危険人物。
そして、選定機関にとっては分類不能の不明要素です。
選定機関が硬直したのは、タクヤが神や外宇宙存在だからではありません。
少なくとも現時点では、彼は人間です。
ただし、人間関係、偶然、金、情報、文化、姪への愛情、おじさん構文など、あらゆる要素が複雑に絡みすぎていて、選定機関の合理的分類に収まらない存在です。
人間の可能性は、時に合理性をバグらせる。
それを示す存在として、タクヤが未来輪に現れました。
そしてラストでは、どこかの地下××××階で、選定機関らしき美女にお茶を注がれながら、タクヤがリオナたちを見守っていることが示されました。
瞳にバツマークの虹彩を持つ美女。
彼女が何者なのか。
なぜタクヤのそばにいるのか。
タクヤはどこまで知っているのか。
そのあたりは、まだ秘密です。
次回は、無時輪。
リンが担当する、夢の隙間と忘れられた時間の試練になります。
未来の破滅可能性を見たリオナと萌亜が、今度は「忘れていたもの」「止まった時間」と向き合うことになります。
それではまた次回。
未来輪でもおじさん構文は分類不能。
それとおじさん構文の絵文字は反映されないので表現しずらい(愚痴)