アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

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第16.5話です。

今回は、未来輪の試練で突然現れた楠タクヤについての幕間回です。

姫咲リオナの叔父。
萌亜にとっては、おじさん構文と死語の師匠。

ゼルヴァードが戦慄し、黒瀬カナメが危険人物として認識し、選定機関が処理停止した男。

今回はその楠タクヤを、選定機関側の上位存在が観察します。

上位選定個体。

仮称『エクスキューショナー』。

本来なら、文明選定個体や危険存在を処理する側の存在です。

しかし、その観察対象は――。

全宇宙接触禁止個体『楠タクヤ』。

全宇宙茶会戦争の元凶。
選定機関の選定個体引き抜き疑惑。
キャトルミューティレーション後の、過去・現在・未来人材保護。

外宇宙交流。
超科学機関設立。

どう見てもただの姪バカではありません。

けれど本人は、今日もリオナちゃんに香ばしいLINEを送っています。



上位選定個体、だいたい観察して処理落ちする

 

 記録開始。

 

 観察対象。

 全宇宙接触禁止個体。

 

 地球名、楠タクヤ。

 

 分類。

 不能。

 

 再分類。

 不能。

 

 再々分類。

 不能。

 

 備考。

 おじさん構文密度、測定不能。

 

     *

 

 選定機関には、階層がある。

 

 文明を測るもの。

 可能性を記録するもの。

 危険分岐を切除するもの。

 情動偏向を修正するもの。

 

 そして、選定個体ですら処理できない事象を監視する、上位選定個体。

 

 仮称。

『エクスキューショナー』

 

 それは、白い空間に立っていた。

 

 人に似た姿。

 だが、人ではない。

 

 白銀の髪。

 整いすぎた顔。

 感情の薄い唇。

 

 そして、虹彩に浮かぶバツマーク。

 瞳の中心に刻まれた、交差する否定記号。

 

 それは、選定機関が「切除」を形にしたような存在だった。

 

 通常の選定機関干渉体とは違う。

 

 白い仮面を被っていない。

 最初から、明確に人の形を取っている。

 

 それだけで、この個体が通常処理系よりも上位にあることは明らかだった。

 

 エクスキューショナーは、巨大な記録面を見つめていた。

 

 そこに表示されているのは、地球。

 

 日本。

 東京。

 

 そして、地下××××階。

 存在しないはずの場所。

 

 そこに、ひとりの男がいる。

 

 楠タクヤ。

 姫咲リオナの叔父。

 

 表向きには、ただの中年男性。

 

 趣味は姪への過剰な応援。

 リオナの配信には高額スパチャ。

 おじさん構文の常習犯。

 安藤萌亜からは、なぜか師匠認定されている。

 

 観察記録だけなら、危険性は低い。

 だが、選定機関は彼をこう呼ぶ。

 

『全宇宙接触禁止個体』

 

 理由は単純ではない。

 単純ではないから、接触禁止なのである。

 

 エクスキューショナーは、記録を開いた。

 

『楠タクヤ関連異常事例一覧』

 

 第一項目。

 全宇宙茶会戦争の元凶。

 

 第二項目。

 選定機関の選定個体引き抜き疑惑。

 

 第三項目。

 キャトルミューティレーション後の人材保護活動。

 

 第四項目。

 過去・現在・未来にまたがる人材確保。

 

 第五項目。

 外宇宙交流の非公式開始。

 

 第六項目。

 超科学機関設立関与。

 

 第七項目。

 おじさん構文による高密度情動ノイズ。

 

 エクスキューショナーは、しばらく沈黙した。

 

「第七項目は、なぜ同列に記録されている」

 

 補助記録体が答える。

 

『影響値が無視できないためです』

「おじさん構文が?」

『はい』

「なぜ」

『受信個体に対し、困惑、羞恥、怒り、脱力、親愛、既読無視欲求、返信義務感、金銭的圧力、親族的安心感を同時発生させます』

「複雑すぎる」

『そのため、選定機関の情動分類式が乱れます』

 

 エクスキューショナーは、無表情のまま記録を閉じた。

 

 そして、次の記録を開く。

 

     *

 

 それは、数十年前の記録だった。

 

 地球の片田舎。

 

 夜。

 空に浮かぶ、外宇宙観測艇。

 

 地上では、牛が一頭、不可解な光に包まれている。

 

 人類側の俗称では、キャトルミューティレーション。

 

 外宇宙側から見れば、低文明惑星生体調査。

 

 よくある観測行為。

 よくある無断調査。

 よくある低文明惑星軽視。

 

 そのはずだった。

 

 だが、その夜、観測艇は一人の少年を誤って巻き込んだ。

 

 少年の名は、楠タクヤ。

 

 当時、まだ中学生の子供だった。

 

 観測艇は彼を一時的に収容し、記憶処理を行った上で返却する予定だった。

 

 よくある処理。

 よくある事故対応。

 

 そのはずだった。

 

 しかし。

 

 タクヤは記憶処理を受けたあと、観測艇の乗組員にこう言った。

 

『お兄さんたち、大変そうだね』

 

 その一言から、すべてが狂った。

 記録によれば、タクヤは外宇宙観測員たちに茶を出した。

 

 船内に茶など存在しなかった。

 しかし、出した。

 

 次に、彼は観測員たちの労働環境に疑問を呈した。

 

『休み、ちゃんとある?』

 

 外宇宙観測員たちは、なかった。

 次に、彼は彼らの上位組織への不満を聞いた。

 

 外宇宙観測員たちは、語った。

 任務過多。

 資源不足。

 上層部の無茶な選定計画。

 未払い概念残業。

 文明観測件数のノルマ。

 選定機関からの圧力。

 

 タクヤは、それを聞いて頷いた。

 

『じゃあ、まず休もうか』

 

 その後、観測艇は予定航路を逸脱した。

 乗組員たちは地球に残った。

 

 さらに、彼らを追ってきた別の外宇宙管理局員も、なぜか地球に残った。

 その管理局員を追ってきた監査官も、なぜか地球の温泉に沈んだ。

 

 監査官を連れ戻そうとした軍事勢力は、地球の喫茶店でタクヤと会談した。

 会談後、彼らは本国へ戻り、労働改革と対地球交流案を提出した。

 

 これに反発した外宇宙強硬派が軍を動かした。

 それに対抗して、地球滞在派外宇宙人材が独自ネットワークを構築した。

 

 そこへ複数星間国家が介入した。

 選定機関も監視を強化した。

 

 結果。

 

 小規模な観測事故は、外宇宙全域を巻き込む政治的混乱へ発展した。

 

 後に一部記録では、こう呼ばれる。

 

『全宇宙茶会戦争』

 

 公式には存在しない戦争。

 非公式には、宇宙の各所で同時多発的に起きた外交、軍事、経済、概念戦争。

 

 その遠因。

 

 楠タクヤが、キャトルミューティレーション後に外宇宙人へ茶を出したこと。

 

 エクスキューショナーは、その記録を見つめていた。

 

「因果が不合理」

 

 補助記録体が答える。

 

『同意します』

「なぜ茶で戦争が起きる」

『茶そのものではなく、茶会に伴う心理的解放と非公式関係構築が原因と推測されます』

「つまり?」

『楠タクヤと話した外宇宙人材が、既存体制に疑問を持ち、離反、保護、交流、組織設立へ進みました』

「選定機関の選定個体も含まれるのか」

『疑惑あり』

 

 エクスキューショナーの瞳のバツマークが淡く光る。

 

「該当記録を開示」

 

 次の映像が映る。

 

     *

 

 白い施設。

 選定機関の訓練領域。

 

 そこには、複数の選定個体候補がいた。

 

 文明を測るために作られ、感情を制限され、合理性を優先するよう調整された存在たち。

 

 彼らは、いつか文明選定に投入される予定だった。

 

 だが、記録には異常があった。

 

 ある日、そのうちの数名が消えた。

 

 脱走ではない。

 破壊でもない。

 切除でもない。

 彼らは、保護された。

 

 保護者欄には、地球側の名が記録されている。

 

『楠タクヤ』

 

 理由。

 

『本人たちが疲れていたため』

 

 エクスキューショナーは、無言だった。

 補助記録体が続ける。

 

『当時、楠タクヤは選定機関関係施設へ直接侵入した記録がありません』

「では、どうやって引き抜いた」

『不明』

「通信か」

『不明』

「買収か」

『不明』

「精神干渉か」

『検出なし』

「ならば、何をした」

『茶会を開いた可能性』

 

 エクスキューショナーは、初めてわずかに眉を動かした。

 

「また茶会か」

『はい』

 

 記録の中で、選定個体候補の一人が泣いていた。

 

 顔はぼかされている。

 だが、その隣にタクヤらしき男がいた。

 

 彼は、湯気の立つカップを差し出している。

 

『無理して宇宙を測らなくてもいいんじゃないかな』

 

 そんな声が記録に残っていた。

 

『君が疲れたなら、休む場所くらい作るよ』

 

 その後、選定個体候補は選定機関の管轄から消えた。

 

 別の時間記録では、彼らは地球のどこかで研究者、技術者、医師、喫茶店員、地方公務員、動画編集者などになっている。

 

 過去に消えた個体。

 現在保護されている個体。

 未来から避難してきた個体。

 

 時系列が合わない人材まで、タクヤの周辺に点在していた。

 

 キャトルミューティレーション後。

 

 楠タクヤは、過去・現在・未来の人材保護を始めた。

 

 その人材の中には、外宇宙の亡命者もいた。

 選定機関の元候補もいた。

 未来で破滅するはずだった研究者もいた。

 存在しないはずの文明の生き残りもいた。

 

 彼らは、いつの間にか地球にいた。

 

 保護され。

 働き。

 学び。

 茶を飲み。

 

 やがて、組織を作った。

 

 超科学機関。

 外宇宙交流窓口。

 非公式技術保護財団。

 概念災害互助会。

 

 名前は時代によって変わる。

 だが、その中心には、いつも楠タクヤの痕跡があった。

 

 本人は、表舞台に出ない。

 肩書きを持たない。

 代表でもない。

 理事でもない。

 

 しかし、誰かが困った時、なぜか彼の紹介状が届く。

 

 誰かが追われている時、なぜか避難場所が用意される。

 

 誰かが選定機関から逃げた時、なぜかお茶とクッキーが出る。

 

 エクスキューショナーは記録を閉じた。

 

「危険性評価」

 

 補助記録体が答える。

 

『極大』

「戦闘能力」

『低』

「異能出力」

『微弱』

「外宇宙因子」

『未検出』

「神格因子」

『未検出』

 

「では、なぜ危険性が極大になる」

『接触した高危険人材の離反率が異常です』

「離反?」

『選定機関、外宇宙軍、星間企業、超常教団、未来管理局などに所属する人材が、楠タクヤとの接触後、高確率で既存組織を離脱、休職、転職、独立、保護申請、喫茶店勤務へ移行しています』

「喫茶店勤務が多い」

『はい』

「なぜ」

『不明』

 

 エクスキューショナーは、沈黙した。

 

 その瞳に刻まれたバツマークが、わずかに明滅する。

 

「接触禁止指定は妥当」

『妥当です』

「理由は」

『対象は、敵対せず、攻撃せず、説得せず、ただ茶会を開き、相手の疲労を肯定することで、組織機能を内部から軟化させます』

「危険な攻撃だ」

『攻撃ではありません』

「では何だ」

『おそらく、労いです』

 

 エクスキューショナーは、理解不能という顔をした。

 

     *

 

 地下××××階。

 

 存在しないはずの茶室。

 楠タクヤは、今日も紅茶を飲んでいた。

 

 目の前には、空間投映されたシャンバラの映像。

 

 リオナと萌亜が、未来輪の試練を越え、無時輪へ向かおうとしている。

 

 その横では、瞳にバツマークの虹彩を持つ美女が静かに立っていた。

 

 白銀の髪。

 整いすぎた顔。

 上位選定個体。

 

 仮称『エクスキューショナー』。

 

 だが今の彼女は、タクヤのカップに二杯目の紅茶を注いでいる。

 

「ありがとう」

 

 タクヤは柔らかく笑った。

 

「君も座れば?」

「不要です」

「疲れない?」

「疲労機能は制限されています」

「それ、疲れてるって気づかないだけじゃない?」

「否定」

「そっか」

 

 タクヤはクッキーを一枚取る。

 

「でも、甘いものは食べられる?」

「摂取機能はあります」

「じゃあ食べよう」

「任務中です」

「任務中でも、クッキーくらいは食べられるよ」

「選定機関規定では――」

「ここ、選定機関の施設じゃないし」

 

 エクスキューショナーは沈黙した。

 

 地下××××階。

 

 この場所は、選定機関の施設ではない。

 地球の施設でもない

 未来の施設でも、過去の施設でもない。

 

 楠タクヤが「お茶会にちょうどいいね」と言ったために、いつの間にか存在することになった空間。

 

 記録上の所有者は不明。

 管理者も不明。

 

 ただし、冷暖房は効いている。

 

 茶器もある。

 なぜかクッキーも尽きない。

 

 エクスキューショナーは、皿の上のクッキーを見た。

 

「これは何ですか」

「バタークッキー」

「危険物ですか」

「おいしいよ」

「危険性評価、不能」

「食べれば分かるよ」

 

 彼女は、しばらくクッキーを見ていた。

 

 そして、一枚取った。

 

 口に運ぶ。

 

 噛む。

 沈黙。

 

「どう?」

 

 タクヤが聞く。

 

「甘い」

「うん」

「脆い」

「うん」

「崩れる」

「そこがいいよね」

「……理解不能」

 

 そう言いながら、エクスキューショナーはもう一枚取った。

 

 タクヤはにこにこと笑う。

 

「気に入った?」

「判断保留」

「そっか」

 

 空間投映の中で、リオナが頭を抱えている。

 

 どうやら、先ほどのLINEを確認したらしい。

 タクヤは少し肩を落とした。

 

「怒ってるかなあ」

「高確率で怒っています」

「だよねえ」

「送信文面に問題があります」

「愛情表現なんだけどなぁ」

「絵文字密度が高すぎます」

「かわいいでしょ?」

「受信者の負荷が高いと推定」

「今度から少し減らそうかな」

「推奨します」

 

 エクスキューショナーは淡々と言った。

 タクヤは、スマホを置いてシャンバラの映像を見つめる。

 

「でも、リオナちゃんは強くなったね」

「姫咲リオナは、接続因子として予測以上の安定性を示しています」

「うん。いい子だからね」

「それは演算根拠になりません」

「なるよ」

「なりません」

「でも、なるんだよ」

 

 タクヤは笑った。

 その笑みは、ただの姪バカのものだった。

 

 しかし、その奥にある目は、深かった。

 

 宇宙の戦争を見た目。

 逃げてきた人材を迎えた目。

 選定機関の候補個体に茶を出した目。

 過去、現在、未来に点在する孤独な者たちを、ひとつずつ拾い上げてきた目。

 

「選定機関はさ」

 

 タクヤは静かに言った。

 

「いつも測るよね」

「それが機能です」

「うん。でも、測れないものもあるよ」

「測定不能要素は危険です」

「危険だね」

 

 タクヤは否定しなかった。

 

「でも、危険だからって全部切ると、宇宙はつまらなくなる」

「つまらない、という評価軸は不要です」

「君はそう言うと思った」

 

 タクヤは紅茶を飲む。

 

「でもね。つまらない宇宙は、たぶん長持ちしないよ」

 

 エクスキューショナーは答えなかった。

 代わりに、シャンバラの映像を見る。

 

 安藤萌亜。

 文明選定個体。

 終末存在。

 本来なら、選定機関側の管理対象。

 

 姫咲リオナ。

 接続因子。

 人の娘。

 情動偏向の中心。

 

 九頭龍瑠々。

 クトゥルフ直系使徒。

 黒い海の拡張者。

 

 シャンバラ。

 地球神話防衛網。

 

 すべて、危険。

 すべて、複雑。

 すべて、切除候補になり得る。

 

 だが、タクヤはそれを見て、楽しそうに微笑んでいる。

 

「あなたは、なぜ彼女たちを切除しないのですか」

 

 エクスキューショナーが問う。

 タクヤは少し驚いた顔をした。

 

「切除できる立場じゃないよ」

「あなたには、複数の選定個体引き抜き疑惑があります」

「保護だよ」

「選定機関から見れば、引き抜きです」

「本人が休みたいって言ったから」

「休息は、選定機能の停止を招きます」

「じゃあ、たまには止まった方がいいね」

 

 エクスキューショナーの瞳のバツマークが、わずかに揺れた。

 

「停止は、機能不全です」

「そうかな」

 

 タクヤはクッキーを差し出す。

 

「止まってる時にしか、見えないものもあるよ」

 

 エクスキューショナーは、そのクッキーを見た。

 

 そして、受け取った。

 

「あなたの発言は、選定機関の基本思想に反します」

「だろうね」

「接触禁止指定は妥当です」

「そうかもね」

「あなたは、全宇宙茶会戦争の元凶です」

「それはちょっと大げさじゃないかな。お茶してただけだし」

「記録上、遠因です」

「遠因なら、セーフで」

「セーフではありません」

 

 タクヤは笑った。

 

「厳しいなあ」

「事実です」

 

 エクスキューショナーは、クッキーを食べた。

 少しだけ、表情が緩んだように見えた。

 

 タクヤはそれを見逃さなかった。

 

「おいしい?」

「判断保留」

「二枚目なのに?」

「判断保留です」

「そっか」

 

 彼はそれ以上追及しなかった。

 その優しさが、彼女にとっては不可解だった。

 

 選定機関なら、曖昧さを許さない。

 判断保留を長く続ければ、再分類か切除対象になる。

 

 だが、楠タクヤは急かさない。

 結論を求めない。

 保留を保留のまま、茶を注ぐ。

 

 そのせいで、多くの個体が止まった。

 そして、止まったことで、自分が疲れていたと気づいた。

 

 その事例を、選定機関は危険と呼んだ。

 

 エクスキューショナーは、それを記録している。

 

 記録しながら、紅茶の温度を感じている。

 

 温かい。

 不合理なほどに。

 

     *

 

 観察記録は、続く。

 

 楠タクヤ。

 全宇宙接触禁止個体。

 

 危険性は、戦闘力ではない。

 支配力でもない。

 異能でもない。

 神格でもない。

 

 彼の危険性は、接触した者が自分の疲労と孤独に気づいてしまうこと。

 

 組織の命令より、自分の意思を思い出してしまうこと。

 

 そして、誰かを守るために、既存の分類から外れてしまうこと。

 

 選定機関にとって、それは極めて危険だった。

 

 なぜなら、選定とは分類であり、分類とは管理であり、管理とは予測である。

 

 楠タクヤは、予測を壊す。

 怒鳴らない。

 脅さない。

 命令しない。

 

 ただ、茶を出す。

 

 話を聞く。

 休んでもいいと言う。

 

 その結果、文明が変わる。

 

 組織が揺らぐ。

 茶会を巡って宇宙戦争が起きる。

 超科学機関が生まれる。

 選定個体が逃げる。

 

 そして、姪におじさん構文を送る。

 

 エクスキューショナーは、記録面に新しい項目を追加した。

 

『楠タクヤ観察記録・暫定結論』

 

 一、対象は人類個体である。

 二、対象に神格因子、外宇宙因子、高出力異能は確認されない。

 三、対象の社会的影響力は異常。

 四、対象との接触後、組織帰属個体の離脱率が上昇。

 五、対象は茶会を媒介に、過去・現在・未来の人材を保護している疑いがある。

 六、対象は外宇宙交流および超科学機関設立に関与。

 七、対象は全宇宙茶会戦争の遠因。

 八、対象は姫咲リオナを強く保護対象として認識。

 九、対象は安藤萌亜との接触を希望。

 十、対象のおじさん構文は危険。

 

 エクスキューショナーは、最後の項目を見つめた。

 

「十は必要か」

 

 補助記録体が答える。

 

『必要です』

「なぜ」

『先ほどのLINE送信により、シャンバラ未来輪、選定機関干渉体、ゼルヴァード・ル=オルグレイ、黒瀬カナメ、姫咲リオナ、安藤萌亜、カーラチャクラ四相に同時影響が出ました』

「影響範囲が広すぎる」

『はい』

「内容は、ただのお茶会の誘いだ」

『それが危険です』

 

 エクスキューショナーは、静かに目を閉じた。

 

 演算。

 再演算。

 再々演算。

 

 結果。

 

 分類不能。

 

 彼女は目を開ける。

 

 そこには、タクヤがいた。

 こちらを見て、にこりと笑っている。

 

「どうしたの?」

「観察中です」

「そっか。疲れたら休んでね」

「疲労機能は制限されています」

「でも、休んでね」

「……了解不能」

 

 タクヤは、彼女のカップにも紅茶を注いだ。

 エクスキューショナーは、それを拒まなかった。

 

     *

 

 シャンバラでは、無時輪の光が満ち始めている。

 

 リオナと萌亜は、次の試練へ進もうとしていた。

 

 タクヤは、その映像を見て微笑む。

 

「リオナちゃんは、大丈夫」

 

 エクスキューショナーが問う。

 

「根拠は?」

「萌亜ちゃんがいる」

「それだけですか」

「それだけで、かなり強いよ」

「演算根拠としては不十分です」

「うん。でも、人間って不十分な根拠で進むことが多いから」

 

 タクヤは、少しだけ遠い目をした。

 

「僕もそうだったしね」

「キャトルミューティレーション後の行動を指していますか」

「それもあるかな」

「なぜ、外宇宙人材を保護したのですか」

「困ってたから」

「それだけですか」

「それだけだよ」

 

 エクスキューショナーは沈黙した。

 

 それだけ。

 その答えで、宇宙は変わった。

 

 困っていたから。

 疲れていたから。

 休ませたかったから。

 

 その程度の理由で、選定機関の候補個体が引き抜かれ、外宇宙交流が始まり、超科学機関が作られ、全宇宙茶会戦争が起きた。

 

 合理的には、あまりにも不釣り合い。

 だが、人間の歴史とは、時にそういうものなのかもしれない。

 

 ひとつの親切。

 ひとつの茶会。

 ひとつの既読無視されそうなLINE。

 

 それらが、選定不能な未来を作る。

 

 エクスキューショナーは、記録に最後の一文を追加した。

 

『対象・楠タクヤは、切除不能ではない』

 

 一拍置く。

 

『ただし、切除した場合に失われる人材、関係性、未発生未来、姪への情動影響、宇宙規模の暴動等副作用が計測不能』

 

 さらに一文。

 

『よって、現時点で接触禁止指定を維持。観察継続』

 

 タクヤは、それを見て笑った。

 

「観察、続けるの?」

「はい」

「じゃあ、お茶も続けようか」

「任務と茶会は別です」

「同時でもいいよ」

「……判断保留」

「そっか」

 

 タクヤは嬉しそうに笑った。

 

 地下××××階。

 

 存在しないはずの茶室。

 

 全宇宙接触禁止個体と、上位選定個体が向かい合う。

 

 片方は、姪におじさん構文を送る男。

 もう片方は、宇宙を切除するために作られた美女。

 

 その間にあるのは、紅茶とクッキー。

 

 あまりにも穏やかで。

 あまりにも危険な光景だった。

 

 そして、タクヤのスマホが震えた。

 

 リオナからの返信ではない。

 萌亜からだった。

 

『師匠! 今度お茶会するならクレープも食べたい! チョベリグ!』

 

 タクヤは、ぱっと顔を輝かせた。

 

「萌亜ちゃんから返信だ」

 

 エクスキューショナーは、無表情で言った。

 

「安藤萌亜との接触希望が成立しつつあります」

「うん。楽しみだね」

「危険です」

「クレープ会だよ?」

「危険です」

「そうかなあ」

「全宇宙接触禁止個体と文明選定個体の非公式茶会です」

「リオナちゃんも呼ぼう」

「さらに危険です」

「君も来る?」

 

 エクスキューショナーは沈黙した。

 

 長い沈黙だった。

 

「……判断保留」

 

 タクヤは、にこにこと笑った。

 

「そっか。じゃあ、席だけ用意しておくね」

 

 その瞬間。

 

 選定機関本流の遠いどこかで、またひとつ処理が止まった。




第16.5話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、楠タクヤの裏側を少しだけ見せる幕間回でした。

未来輪で選定機関を硬直させた男。
姫咲リオナの叔父。
萌亜の師匠。
おじさん構文の使者。

その正体は、選定機関側から見ると「全宇宙接触禁止個体」です。

タクヤ本人は、神でも外宇宙存在でもありません。
少なくとも現時点では、基本的には人間です。

ですが、過去のキャトルミューティレーション事件をきっかけに外宇宙人材と接触し、そこから過去・現在・未来にまたがる人材保護を始めました。

疲れた外宇宙観測員。
選定機関の選定個体候補。
未来で破滅するはずだった研究者。
存在しないはずの文明の生き残り。

そうした人々を、タクヤはなぜか保護し、茶会を開き、休ませてしまいます。

その結果、外宇宙交流や超科学機関設立に繋がり、さらには非公式な全宇宙茶会戦争の遠因にもなりました。

今回登場した上位選定個体、仮称『エクスキューショナー』は、本来なら切除する側の存在です。

瞳にバツマークの虹彩を持つ、選定機関の上位存在。

しかし、彼女もまたタクヤの茶会空間にいて、紅茶を注ぎ、クッキーを食べ、少しずつ「判断保留」を覚え始めています。

選定機関にとって、タクヤの危険性は戦闘力ではありません。

相手を攻撃しない。
支配しない。
命令しない。

ただ、話を聞く。

茶を出す。
休んでいいと言う。

その結果、接触した者が自分の疲れや孤独に気づき、既存の組織から離れていく。

選定機関から見れば、それは極めて危険な現象です。
だからこそ、楠タクヤは全宇宙接触禁止個体とされています。

そしてラストでは、萌亜からタクヤへ返信が届きました。

全宇宙接触禁止個体。
文明選定個体アンゴルモア。
人の娘リオナ。
上位選定個体エクスキューショナー。

このメンバーでお茶会が開かれたら、たぶん宇宙がまた少しバグります。

次回はシャンバラ本編へ戻り、無時輪の試練へ進みます。

リンが担当する、忘れられた時間と夢の隙間。

未来輪で楠タクヤという不明要素を見たリオナたちは、今度は何を忘れていたのかと向き合うことになります。

それではまた次回。

全宇宙接触禁止でも、お茶会はチョベリグ。
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人の心を理解するがために、咄嗟に出る提案が原作より悪辣な黒服▼生徒を護りたい意志が強いが、製作できるのは怪物関連なマエストロ▼生徒を護るために崇高に至ろうとする、生徒第一なベアトリーチェ▼テクストが解釈ができず、原作兵器が作成できないゴルコンダ▼何事にもいち早く気付くが、そういうこった!!なデカルコマニー▼事態を把握しているが、ゴルコンダがいるため、表舞台に…


総合評価:5337/評価:8.61/連載:21話/更新日時:2026年06月22日(月) 17:31 小説情報

ソシャゲの序盤で死ぬヒロインにTS転生したけど、とりあえず主人公くんをいじりたい(作者:あまぐりムリーパー)(オリジナル現代/ノンジャンル)

 明上ユーリは転生者。ソーシャルゲームであるラスト・インヘリタンス――通称ランヘリの世界にTS転生してしまった。▼ ランヘリでの役割は、序盤で死ぬタイプのヒロイン。そんな立場になったんだからどうしよう……とかではなく。▼ そんなことよりも、主人公くんをいじり倒したい!!!▼※カクヨム、小説家になろうにも投稿始めました▼一章完結済み▼二章完結済み


総合評価:4731/評価:8.71/完結:59話/更新日時:2026年05月18日(月) 19:03 小説情報

家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~(作者:水瓶シロン)(オリジナル現代/恋愛)

「ぎゅって、して……?」▼「構ってくれないと闇落ちしちゃうよ……?」▼ 高校入学を機に一人暮らしを始めた『御守望』は、青春を勉強とバイトに費やすような限界貧乏生活を送っていた。▼ 幼くして両親を失っている望が頼れる人は、田舎に住む祖父母くらいだが、なるべく負担は掛けたくない。▼ そのため、睡眠時間を犠牲にして死に物狂いで勉強することによって好成績を維持し、入…


総合評価:4516/評価:8.71/連載:87話/更新日時:2026年06月21日(日) 19:04 小説情報

TSして触手産卵ゲーのマゾメス堕ちロリ女神になった(作者:ハリケーン)(オリジナルファンタジー/戦記)

TSして触手産卵ゲーでマゾメス堕ちするロリ女神になってしまった主人公の足掻きと、そんな世界で己の道を切り開く原作主人公のお話


総合評価:6982/評価:8.87/連載:24話/更新日時:2026年05月07日(木) 18:38 小説情報

鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。(作者:菊池 快晴)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

ダークウェブソウル通称【DWS】』▼最悪の鬱ゲーにして最高の泣きゲーと名高い、狂気のダークファンタジー。 ▼その世界に、モブ・雑用係のレイとして転生した俺は、ゲーム知識を駆使して最愛の年上ヒロイン」たちと家族のような絆を育んでいた。▼しかし、このゲームには回避不可能な「全滅イベント」が存在する。 ▼シナリオ通りなら、俺の師匠も、先生も、聖女も、みんな魔人に殺…


総合評価:6554/評価:8.78/連載:27話/更新日時:2026年03月07日(土) 10:02 小説情報


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