アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

26 / 30
第19話です。

シャンバラ第二同期を終えた萌亜とリオナは、GTG地球支部――秋田県八幡平ドラゴンアイでの茶会を経て、次なる防衛拠点へ向かうことになります。

その名は、黄金郷エルドラド。

地球神話防衛網のひとつであり、太陽炉系統を司る拠点。

精神領域を扱ったシャンバラとは異なり、エルドラドが扱うのは物質、肉体、出力核、エネルギー変換。

つまり、萌亜を「地球に存在する身体」として固定するために必要な場所です。

しかし、エルドラドはただの金ぴか遺跡ではありません。

黄金。
太陽。
欲望。
豊穣。
代価。

人が「欲しい」と願うものを燃料にして、太陽炉を回す防衛拠点です。

今回の話は、エルドラドそのものに到着する前の道のり。

GTGから渡された茶葉の缶。
楠関連財団が出資した廃金山とメガソーラー計画地。
道中に現れる、黄金の標識。

そして、リオナと萌亜の前に提示される「欲しいもの」。

黄金郷への道は、すでに険しい試練の一部です。



エルドラドまでの道のり

 

 ドラゴンアイから帰ってきた翌日。

 

 姫咲リオナは、自室の机に小さな茶葉の缶を置いていた。

 GTG地球支部で、最上級顧問エックスから渡されたものだ。

 

 見た目は普通の茶葉缶。

 黒地に金色の茶葉紋。

 側面には、小さくこう刻まれている。

 

『疲れたら、お茶を飲んで休む場所』

 

 普通の茶葉缶なら、そこまで怖くない。

 

 だが、この缶は違う。

 危険時に開封すれば、茶葉の香りを媒介にGTGへ接続できる。

 

 緊急通信媒体。

 防衛補助具。

 

 そして、たぶんお茶としても飲める。

 

 リオナは、缶を見ながら呟いた。

 

「緊急連絡が茶葉って、改めて意味分かんない……」

 

 ベッドの上で、安藤萌亜が足をぱたぱたさせている。

 

「でもいい匂いだったよね!」

「また勝手に開けようとしないで」

「まだ開けてないもん」

「開けそうな顔してる」

 

「だって気になるじゃん? GTG正式茶葉、ナウい」

「ナウいは古い」

 

「師匠直伝!」

「叔父さんめ……」

 

 リオナは額を押さえた。

 

 シャンバラ。

 ドラゴンアイ。

 GTG。

 エックス。

 エクスキューショナー。

 守衛モー子。

 

 情報量が多すぎる。

 

 しかも次は、黄金郷エルドラド。

 名前だけなら観光地かゲームのダンジョンだ。

 

 しかし実際は、地球神話防衛網の重要拠点。

 萌亜の物質側固定に関わる、太陽炉系統。

 

 精神領域を扱ったシャンバラとは違い、今度は身体そのもの、出力核、エネルギー変換が対象になる。

 

 つまり。

 

「萌亜の身体に関わるんだよね……」

 

 リオナが呟くと、萌亜は少しだけ表情を変えた。

 

「うん」

 

 いつもの軽い声ではなかった。

 

「シャンバラの時は、心とか夢とか記憶とか、そういうところだった」

「うん」

 

「でも、今度はもっと物理?」

「エックスさんは、物質側って言ってた」

 

「萌亜の身体、まだ外宇宙っぽいところがあるってこと?」

「たぶん」

 

 リオナは、萌亜を見る。

 

 普通のギャルJKに見える。

 

 笑う。

 甘いものが好き。

 死語を連発する。

 配信にも興味津々。

 

 でも、彼女の正体はアンゴルモア。

 

 文明選定個体。

 恐怖の大王。

 地球に歩いてきた終末。

 

 シャンバラで「地球側隣接守護存在」として登録されたとしても、その身体と力の根幹はまだ外宇宙由来だ。

 

 選定機関がそこを狙う。

 そう言われて、怖くないわけがない。

 

 萌亜は、少しだけ笑った。

 

「リオナっち、顔こわい」

「そりゃ怖いよ」

 

「萌亜は大丈夫だよ」

「その“大丈夫”が一番信用ならない」

 

「チョベリグだよ?」

「チョベリグで済む話じゃない」

 

 リオナは深く息を吐いた。

 

 その時、茶葉の缶がかすかに鳴った。

 

 かちり。

 

「え」

 

 缶の蓋が、ほんの少しだけ光る。

 金色の茶葉紋が浮かび上がった。

 

 部屋の空気に、淡い香りが広がる。

 ほうじ茶に似ている。

 

 けれど、どこか太陽の匂いが混じっている。

 温かくて、少し焦げたような、黄金色の香り。

 

 缶の上に、小さな文字が浮かんだ。

 

『GTG地球支部より連絡』

『エルドラド接続点、予備観測完了』

『移動準備を推奨』

 

 萌亜が跳ね起きる。

 

「来た!」

「来ちゃった……」

 

 さらに文字が続く。

 

『案内役は現地支援員を配置』

『超対課との連携を推奨』

『楠タクヤ氏より伝言』

 

 リオナは嫌な予感がした。

 

 茶葉缶から、タクヤの声が流れた。

 

『リオナちゃん、萌亜ちゃん、おはよう☀️(*^^*)

エルドラドまでの道のりはちょっと長いけど、焦らず行こうネ☕

金ぴかのものに目移りしすぎないようにネ( ꙭ)ジッ✨

欲しいものが見えても、すぐ飛びつかないのがコツだヨ|ूᐕ)

あと、現地のお菓子もおいしいから楽しんでネ( 'ч' )』

 

 リオナは無言で茶葉缶を見つめた。

 

「叔父さん、緊急通信でもおじさん構文なんだ……」

 

 萌亜は楽しそうだった。

 

「師匠、安定してる!」

「安定しないでほしいところが安定してる」

 

 茶葉缶の文字が、最後に一文を表示した。

 

『エルドラドは、欲しいものを見せます』

 

 リオナの表情が引き締まる。

 萌亜も黙った。

 

 欲しいもの。

 

 それは、シャンバラとも、ルルイエとも違う怖さを持っていた。

 

     *

 

 超対課の会議室は、今日も胃に悪い空気だった。

 御門征十郎は、茶葉缶の報告を聞き、数秒ほど天井を見た。

 

「……茶葉缶に文字の投影機能と通信音声が?」

「はい」

 

 リオナが答える。

 

「GTG正式連絡媒体です」

「常識の外から常識みたいな顔で新アイテムが出てくるな……」

 

 黒瀬カナメは冷静に資料を並べる。

 

「GTGから共有されたエルドラド接続点候補地は、日本国内の山間部。旧金山跡地、および隣接するメガソーラー建設予定地」

 

 ゼルヴァードが腕を組む。

 

「黄金と太陽。象徴が一致している」

 

 御門が資料を読む。

 

「廃金山は戦後に閉山。近年、再開発計画が持ち上がり、周辺に大規模太陽光発電施設の建設計画。事業者には、楠関連財団が出資……」

 

 そこで御門の手が止まった。

 

「楠関連財団」

 

 全員の視線がリオナへ向く。

 リオナは顔をそらした。

 

「私に聞かないでください」

 

 萌亜が手を上げる。

 

「師匠、また準備してた?」

 

 カナメが淡々と言う。

 

「その可能性が高い」

 

 リオナは頭を抱えた。

 

「叔父さん、なんで廃金山とメガソーラーに出資してるの……」

 

 ゼルヴァードが言う。

 

「エルドラド接続点を保護するためだろう。放置すれば、別の企業や選定機関の偽装組織に土地を押さえられる」

 

 御門は胃薬を取り出した。

 

「つまり、楠タクヤ氏は以前からエルドラドの発露を予測し、地球側の土地権利を確保していた可能性がある」

「叔父さん、なんなの……」

「君の叔父だ」

「一番困る答えです」

 

 萌亜は、うんうんと頷く。

 

「師匠、用意周到でバッチグー!」

「萌亜はすぐ叔父さん側につかない」

「だって師匠だもん」

 

 御門は咳払いした。

 

「今回の移動には、超対課から黒瀬を同行させる」

 

 カナメが頷く。

 

「了解」

 

「ゼルヴァードも解析役として同行」

 

 ゼルヴァードは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「黄金郷など、ろくなものではない」

「経験が?」

「外宇宙にも似た領域がある。欲望を燃料にする炉、信仰を蓄積する都市、価値を物質化する市場。どれも最終的には破綻する」

 

 リオナは真剣に聞いた。

 

「エルドラドも危険?」

「危険だ。ただし、地球神話防衛網の一部なら単なる欲望装置ではないはずだ」

 

「どういう意味?」

「欲望を否定するのではなく、燃やし方を問う場所だろう」

 

 萌亜が首を傾げる。

 

「欲望って燃えるの?」

 

 ゼルヴァードは答える。

 

「人間は、欲しいもののために動く。守りたいもの、得たいもの、失いたくないもの。その熱が文明を動かす。エルドラドは、その熱を太陽炉へ変換する拠点だ」

 

 御門が重々しく言う。

 

「つまり、道中から精神干渉がある可能性が高い」

 

 カナメはリオナを見る。

 

「姫咲、安藤。何か見えてもすぐに信じるな」

「はい」

「特に“都合の良すぎるもの”は疑え」

 

 リオナは頷く。

 その横で萌亜が真剣な顔をした。

 

「クレープ食べ放題とか?」

「それも疑え」

「チョベリバ……」

 

 ゼルヴァードは小さくため息をついた。

 

「だが、そういう分かりやすい欲望の方がまだ安全だ。本当に危険なのは、善意の顔をした欲望だ」

 

 リオナの胸が、少し冷たくなった。

 

 萌亜を守りたい。

 萌亜を普通の女の子にしたい。

 萌亜が二度と選定機関に狙われないようにしたい。

 

 それは善意だ。

 でも、それは欲望でもある。

 

 リオナは、GTGでエックスに言われた言葉を思い出す。

 

『エルドラドは、欲しいものを問う場所です』

 

 その時、会議室の照明が一瞬だけ金色に揺れた。

 

 全員が顔を上げる。

 茶葉缶が、リオナの鞄の中で小さく鳴っていた。

 

『予兆確認』

『黄金反応、微弱』

『道のりはすでに始まっています』

 

 御門は胃薬を噛み砕きそうな顔をした。

 

「まだ出発していないんだが」

 

 ゼルヴァードが低く言う。

 

「エルドラドまでの道そのものが、試練だということだ」

 

     *

 

 出発は翌朝になった。

 

 表向きは、地方の再開発予定地における異常環境調査。

 実態は、地球神話防衛網エルドラド接続点への接近。

 

 メンバーは、安藤萌亜、姫咲リオナ、黒瀬カナメ、ゼルヴァード。

 

 御門は本部から遠隔監視。

 GTGは茶葉缶を通じて支援。

 楠タクヤ本人は同行しない。

 

 ただし、朝一番にリオナのスマホへメッセージが来た。

 

『リオナちゃん、おはよう☀️( *°∀°* )

今日は大事な道のりだネ( -ω-)゛

金色に光るものが全部悪いわけじゃないけど、全部良いわけでもないヨ✨

萌亜ちゃんと手を離さないようにネ٩( ᐛ )( ᐖ )۶

おじさんも見守ってるヨ〜☕』

 

 リオナは、しばらく画面を見つめた。

 

 いつも通りのおじさん構文。

 だが、最後の一文だけは、妙にまっすぐだった。

 

「手を離さないように、か」

 

 萌亜が覗き込む。

 

「師匠、いいこと言うじゃん」

「絵文字がなければね」

 

「絵文字も味だよ」

「味が濃すぎる」

 

 移動手段は、超対課の特殊車両だった。

 

 外見は普通のワゴン車。

 中身は結界車両。

 

 座席下には護符と電子制御装置。

 天井には外宇宙干渉検知器。

 後部座席にはメタリックな茶葉缶ホルダーまで増設されている。

 

 リオナはそれを見て、思わず言った。

 

「茶葉缶ホルダー……」

 

 カナメが運転席から答える。

 

「GTGから設計図が送られてきた」

「対応早すぎません?」

 

「御門課長が胃痛を押して承認した」

「御門さん……」

 

 ゼルヴァードは助手席で端末を操作していた。

 

「出発地点からすでに微弱な黄金反応がある。おそらくエルドラドは、物理的な距離だけでなく、欲望の濃度で近づく」

「欲望の濃度?」

 

 萌亜が聞く。

 

「強く欲するほど、近づく。だが、同時に呑まれやすくなる」

「じゃあ欲しがらなければいい?」

「それも違う。欲望を完全に消せば、エルドラドは門を開かない」

 

 リオナは眉を寄せる。

 

「めんどくさい場所ですね」

「黄金郷とはそういうものだ」

 

 車は山道へ入っていく。

 

 街が遠ざかり、コンビニも減り、やがて道の両側には深い木々が続くようになった。

 

 秋の山。

 赤く色づき始めた葉。

 冷たい空気。

 

 時折、谷の底に古い集落跡が見える。

 

 萌亜は窓の外を見ていた。

 

「なんか、懐かしい感じ」

「来たことあるの?」

「ないよ。でも、地球っぽい」

「ざっくりしてる」

 

「シャンバラの後だからかな。こういう山とか、空気とか、前よりちゃんと分かる」

 

 リオナは、その横顔を見る。

 萌亜が地球を感じている。

 

 それは嬉しい。

 でも、同時に怖い。

 

 近づくほど、失う時が怖くなる。

 

 その瞬間、道路脇に金色の看板が見えた。

 

『この先、願いが叶います』

 

 リオナは目を見開いた。

 

「今の見た?」

 

 カナメが即座に減速する。

 

「看板?」

「はい。金色の」

 

 ゼルヴァードが端末を見る。

 

「地図上には存在しない」

 

 萌亜も窓の外を見た。

 

「もう消えてる」

 

 道路脇には、ただ古びた案内板があるだけだった。

 

『旧金山跡 この先十五キロ』

 

 文字は錆びている。

 金色ではない。

 

 リオナは、胸の中がざわつくのを感じた。

 

「願いが叶います、って……」

 

 カナメが低く言う。

 

「全員、警戒」

 

 ゼルヴァードが続ける。

 

「エルドラドの外縁に入った」

 

     *

 

 最初に変化が起きたのは、萌亜だった。

 

 車内の空気が、ほんのり甘くなる。

 

 リオナが気づく。

 

「……甘い匂い?」

 

 萌亜が目を輝かせた。

 

「クレープ!」

「え?」

 

 次の瞬間、道路の先に移動販売車が見えた。

 金色の車体。

 

 看板には、こう書かれている。

 

『宇宙一チョベリグクレープ』

『全種類無料』

『安藤萌亜様限定』

 

 リオナは無言になった。

 萌亜は窓に張り付いた。

 

「全種類無料!?」

 

 カナメが即座に車を止めずに通過する。

 

「罠だ」

「でも全種類無料!」

 

「罠だ」

「安藤萌亜様限定だよ!?」

「なおさら罠だ」

 

 萌亜はしょんぼりした。

 

「チョベリバ……」

 

 ゼルヴァードは淡々と言う。

 

「浅い欲望だ。まだ危険度は低い」

「浅いって言われた!」

 

 リオナは少しだけ笑った。

 だが、次に現れたものは笑えなかった。

 

 道の先。

 

 カーブを曲がった瞬間、リオナのスマホが鳴った。

 

 画面には、ありえない通知が表示されていた。

 

『安藤萌亜 完全人間化プラン』

『選定機関干渉、永久遮断』

『副作用なし』

『姫咲リオナ様、承認しますか?』

 

 リオナの指が止まった。

 

 心臓が、嫌な音を立てる。

 

「……何、これ」

 

 萌亜が覗き込もうとする。

 

「リオナっち?」

 

 リオナはスマホを伏せた。

 

「見ないで」

 

 声が硬くなった。

 自分でも分かった。

 

 カナメがバックミラー越しに見る。

 

「姫咲?」

 

 スマホ画面は、なおも金色に輝いている。

 

『承認すれば、安藤萌亜は完全に地球人類として固定されます』

『文明選定個体としての危険性は消失します』

 

『友人を守れます』

『世界も守れます』

 

『承認しますか?』

 

 リオナの喉が乾いた。

 

 欲しい。

 そう思ってしまった。

 

 萌亜が普通の女の子になる。

 

 選定機関に狙われない。

 世界を滅ぼす危険も消える。

 

 何もかも上手くいく。

 

 もし本当に副作用がないなら。

 もし本当に萌亜が苦しまないなら。

 もし本当に。

 

「リオナっち」

 

 萌亜の声がした。

 リオナは顔を上げる。

 

 萌亜は、笑っていなかった。

 心配そうに見ていた。

 

「何見えてるの?」

 

 リオナは唇を噛む。

 

 言いたくない。

 でも、隠したらダメだ。

 

 シャンバラで決めた。

 

 萌亜を兵器にしない。

 守られるだけにもさせない。

 

 勝手に決めない。

 

「……萌亜を、完全に人間にできるって」

 

 萌亜の目が揺れた。

 

「萌亜を?」

「うん」

「リオナっちが承認したら?」

「そう出てる」

 

 車内が静かになる。

 

 リオナはスマホを握りしめた。

 

「嘘だと思う。罠だと思う。でも……一瞬、欲しいって思った」

 

 その言葉を言うのは、怖かった。

 自分の中にある欲望を認めることだから。

 

 萌亜を守りたい。

 でもそれは、萌亜を変えたいという欲望にもなる。

 

 萌亜は少し黙った。

 それから、リオナの手に自分の手を重ねた。

 

「言ってくれてありがと」

「萌亜……」

「萌亜も、ちょっと気になる」

「え?」

 

「完全に人間になったら、リオナっちと同じになれるのかなって」

 

 リオナは息を呑んだ。

 萌亜は、苦笑した。

 

「でも、勝手に決められるのはヤダ」

「うん」

 

「萌亜が何になるかは、萌亜も一緒に決めたい」

「うん」

 

 リオナは、スマホ画面を見た。

 

 金色の承認ボタン。

 押せば願いが叶うように見える。

 

 だが、これはリオナだけが押していいものではない。

 

「承認しない」

 

 リオナははっきり言った。

 

 スマホ画面にノイズが走る。

 

『なぜ』

「萌亜のことを、私一人で決めない」

 

『友人を守れる』

「守るって言葉で、勝手に変えない」

 

『世界を守れる』

「世界のためって言葉で、萌亜を材料にしない」

 

 金色の画面が、ぱきりとひび割れた。

 

『欲望拒否を確認』

『ただし、欲望そのものは存在』

『記録』

 

 スマホは元の画面に戻った。

 

 リオナは、大きく息を吐く。

 萌亜がぎゅっと手を握った。

 

「リオナっち、チョベリグ」

「……ありがと」

 

 ゼルヴァードが静かに言う。

 

「今のが、エルドラドの道だ」

 

 カナメも頷く。

 

「到着前から削ってくるな」

 

 その時、茶葉缶が淡く光った。

 

 エックスの声が流れる。

 

『姫咲リオナ。今の判断、悪くありません』

 

 リオナは、少しだけ笑った。

 

「見てたんですか」

『茶葉缶経由で一部観測しています。無断ではありません。支援範囲です』

 

「そこ気にするんですね」

『茶会規定です』

 

 萌亜が缶を覗き込む。

 

「エックスさん、クレープ無料のやつは?」

『罠です』

「チョベリバ」

 

『ただし、後で安全なクレープを用意します』

「チョベリグ!」

 

 リオナは思わず笑った。

 

 少しだけ、車内の空気が軽くなった。

 

     *

 

 道はさらに山奥へ入っていった。

 

 舗装は古くなり、ガードレールには錆が目立つ。

 かつて鉱山で栄えた地域なのだろう。

 

 廃屋。

 閉じた商店。

 朽ちたバス停。

 古い看板。

 

 その中に、時折、金色のものが混ざる。

 

『あなたの価値を証明します』

『失ったものを取り戻します』

『正しい選択を与えます』

『代価はわずかです』

 

 カナメは一切止まらない。

 ゼルヴァードは、表示されるたびに解析する。

 

「欲望誘導。承認、交換、証明、回収。言葉が商取引に寄っている」

「黄金郷だから?」

 

 リオナが聞く。

 

「黄金は価値の象徴だ。価値があるもの、価値がないもの。交換できるもの、できないもの。それを測る」

 

 萌亜は窓の外を見ながら言った。

 

「選定機関にちょっと似てる?」

「似ているが、違う」

 

 ゼルヴァードは答える。

 

「選定機関は不要な可能性を切る。エルドラドは欲しい可能性を燃やす。どちらも、人を測る」

 

 リオナは、手元の茶葉缶を見た。

 

「じゃあ、茶会は?」

 

 ゼルヴァードは少し黙った。

 

「測る前に座らせる」

 

 カナメが短く言う。

 

「それが厄介で、救いでもある」

 

 その言葉に、リオナは頷いた。

 すると、今度はカナメの前に金色の表示が出た。

 

 フロントガラスに文字が浮かぶ。

 

『黒瀬カナメ』

『あなたに必要な力を与えます』

『守れなかった者を、次は守れます』

『迷いを消します』

 

 カナメの手が、一瞬だけハンドルを強く握った。

 リオナは息を呑む。

 

「カナメさん」

 

 カナメは前を見たまま言った。

 

「問題ない」

 

 だが、声が硬い。

 

 金色の文字は続く。

 

『任務に迷いは不要』

『感情を排除すれば、成功率は上がります』

『あなたは刃であればいい』

 

 カナメの目が細くなる。

 

 彼女は、静かに言った。

 

「却下」

『なぜ』

「迷いがない刃は、振るう者を選べない」

『効率低下』

「それでいい」

 

 金色の文字が歪む。

 

 カナメは淡々と続けた。

 

「私は任務を遂行する。だが、何を守るかを考えることは捨てない」

 

 フロントガラスの文字が砕けた。

 

 萌亜が小さく拍手する。

 

「カナメさん、かっこいい」

「前を向いて座っていろ」

「はい」

 

 リオナは、カナメの横顔を見た。

 

 いつも冷静な彼女にも、見せられる欲望がある。

 

 強くなりたい。

 迷いたくない。

 守りたい。

 

 それをエルドラドは見逃さない。

 

     *

 

 次に揺らいだのは、ゼルヴァードだった。

 

 山道の途中、空が一瞬だけ外宇宙の色に変わった。

 

 車窓の向こうに、銀色の艦隊が見える。

 

 ゼルヴァードがかつて率いていた侵略船団。

 失敗した計画。

 地球に敗れ、今は超対課監視下で協力者としている彼の過去。

 

 金色の文字が浮かぶ。

 

『ゼルヴァード・ル=オルグレイ』

『あなたの侵略計画を再起動できます』

『敗北をなかったことにできます』

『あなたは再び、征服者になれます』

 

 ゼルヴァードは黙っていた。

 萌亜がちらりと見る。

 

「ゼル?」

「見るな」

「見えてるもん」

「なら黙っていろ」

 

 ゼルヴァードの手が、膝の上で固まっていた。

 リオナは、その横顔を見る。

 

 彼は元侵略者だ。

 だが今は、クレープを食べ、文句を言いながらも協力している。

 

 その過去をやり直せると言われたら。

 敗北を消せると言われたら。

 

 どう思うのか。

 

 ゼルヴァードは、やがて鼻で笑った。

 

「くだらない」

『敗北を拒否しないのですか』

「拒否したところで、今のクレープの味は消えない」

 

 萌亜が目を輝かせた。

 

「ゼル、クレープ好き認めた!」

「黙れ」

 

 金色の文字が揺れる。

 

『征服者としての価値を失っています』

「そうかもしれないな」

『再取得可能』

「不要だ」

『なぜ』

 

 ゼルヴァードは窓の外を見た。

 

「侵略者に戻れば、私はまた彼女たちの敵になる」

 

 リオナと萌亜が彼を見る。

 

「それは面倒だ」

 

 萌亜が笑った。

 

「面倒だから戻らないの?」

「そうだ」

「ゼルらしい」

 

 金色の艦隊が砕けて消えた。

 

 ゼルヴァードは不機嫌そうに腕を組む。

 

「笑うな」

 

 リオナは少しだけ微笑んだ。

 

「笑ってません」

「笑っている」

「ちょっとだけ」

 

 車内に、ほんの少し温度が戻った。

 

     *

 

 やがて、山道の先に巨大な光が見えた。

 

 太陽光パネルの群れ。

 山の斜面を覆う、黒く光る板。

 

 その向こうに、古い鉱山施設が見える。

 

 錆びた鉄骨。

 閉ざされた坑道。

 崩れかけた事務所。

 

 そして、その背後の山肌から、金色の光が漏れていた。

 

 カナメが車を止める。

 

「到着だ」

 

 道路脇の看板には、こう書かれていた。

 

『旧黄金沢金山跡地』

『関係者以外立入禁止』

 

 その下に、金色の文字が重なって浮かぶ。

 

『欲しいものを持つ者のみ、この先へ』

 

 萌亜は小さく呟いた。

 

「金ぴかだ……」

 

 リオナは車を降りる。

 

 足元の土が、微かに温かい。

 風が乾いている。

 

 山の中なのに、太陽に近い場所にいるような感覚があった。

 

 茶葉缶が光る。

 エックスの声。

 

『外縁到達を確認』

「ここがエルドラドですか?」

 

 リオナが聞く。

 

『まだ入口ではありません。前庭です』

「前庭……」

『本当の門は、旧坑道の奥にあります。ただし、そこへ入る前に一つ確認があります』

 

 茶葉缶から、別の声が混じった。

 タクヤの声だった。

 

『リオナちゃん、萌亜ちゃん。ここから先は、欲しいものを拒絶して進む場所じゃない』

 

 リオナは缶を見つめる。

 

『欲しいって気持ちは、悪いものじゃない。誰かを守りたいのも、楽しく生きたいのも、おいしいもの食べたいのも、全部大事な火だ』

 

 萌亜が静かに聞いている。

 

『でも、その火で誰かを焼いちゃいけない。自分を燃やし尽くしてもいけない。エルドラドは、それを見てる』

 

 リオナは、ゆっくり息を吸った。

 

「欲望を捨てるんじゃなくて、燃やし方を間違えない」

 

 ゼルヴァードが頷く。

 

「そういうことだ」

 

 カナメが周囲を確認する。

 

「選定機関反応は?」

 

 ゼルヴァードが端末を見る。

 

「遠い。だが見ている」

 

 萌亜が空を見上げた。

 青空の向こうに、白い視線がある気がした。

 

 選定機関。

 今は直接来ない。

 

 だが、エルドラドの太陽炉を巡って、必ず仕掛けてくる。

 

 リオナは萌亜の手を握った。

 

「行こう」

「うん」

 

 萌亜が頷く。

 

「でもリオナっち」

「何?」

 

「萌亜、欲しいものあるよ」

「何?」

 

「エルドラド終わったら、クレープ」

 

 リオナは、思わず笑った。

 

「それはいい欲望」

「チョベリグ欲望!」

 

 茶葉缶からエックスの声がした。

 

『適度な甘味欲求は安定因子として認められます』

「認められた!」

 

 タクヤの声も続く。

 

『じゃあ帰ったらお茶会だネ☕』

 

 リオナは苦笑した。

 

「叔父さん、絶対見てるじゃん」

 

 金色の光が、坑道の奥で強くなる。

 古い鉄扉が、軋む音を立てて開いた。

 

 そこに、文字が浮かぶ。

 

『欲望を持つ者よ』

『代価を知る者よ』

『太陽の炉へ進め』

 

 熱い風が吹き抜ける。

 金色の粒子が舞う。

 

 萌亜の髪が、ふわりと揺れる。

 リオナの手の中で、茶葉缶が温かくなった。

 

 シャンバラは、夢と心の奥へ続く場所だった。

 

 エルドラドは、もっと眩しい。

 

 もっと熱い。

 もっと現実に近い。

 

 欲しいものを問い、代価を見せ、黄金の光で人の輪郭を照らす場所。

 

 リオナは、萌亜の手を離さないまま一歩踏み出した。

 

 坑道の奥から、低い声が響く。

 

『ようこそ』

『黄金郷エルドラド前庭へ』

 

 道のりは終わった。

 

 けれど、試練はここから始まる。

 

 白い選定機関。

 黒い海。

 金色の欲望。

 

 そして、茶葉の香り。

 

 安藤萌亜を地球へ定着させる旅は、ついに太陽の炉へ向かう。

 





第19話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、エルドラド本体に入る前の「道のり」を描きました。

シャンバラでは、萌亜の精神領域、夢、記憶、認識がテーマでした。

それに対して、エルドラドは物質側の防衛拠点です。

肉体。
出力核。
エネルギー。

そして、欲望。

黄金郷エルドラドは、人が「欲しい」と願う力を焚べて太陽炉へ変換する場所です。

そのため、到着する前の道中から、リオナたちはそれぞれの欲望を見せられました。

萌亜には、分かりやすくクレープ。
リオナには、「萌亜を完全な人間にできる」という誘惑。
カナメには、迷いを消した強さ。
ゼルヴァードには、敗北をなかったことにして侵略者へ戻る道。

それぞれの欲望は、悪意だけではありません。

むしろ、リオナの誘惑は善意の形をしています。

萌亜を守りたい。
危険を消したい。
普通の女の子にしてあげたい。

それは大切な願いです。

ですが、それをリオナ一人の承認で決めてしまえば、萌亜本人の選択を奪うことになります。

今回リオナは、その誘惑を拒みました。

欲望そのものを否定したのではなく、「萌亜のことを自分一人で決めない」と線を引いたのです。

これは、シャンバラでの選択の続きでもあります。

萌亜を兵器として使わない。
守られるだけにもさせない。
そして、勝手に別のものへ変えない。

リオナの役割が、エルドラド編でも重要になることを示す回でした。

また、GTGから渡された茶葉の缶も本格的に使われ始めました。

緊急通信であり、防衛補助であり、茶葉でもある。
かなり変なアイテムですが、このシリーズらしい支援道具です。

エックスやタクヤが遠隔で見守っていることで、リオナたちは完全に孤立せずに進めます。

一方で、選定機関も遠くから観測しています。

今回は直接介入していませんが、萌亜の物質側固定が進めば、必ず動いてくるでしょう。

最後に、リオナたちは旧金山跡地とメガソーラー計画地に到着しました。

黄金と太陽。
廃坑と再開発。
欲望とエネルギー。

その重なる場所が、エルドラドへの前庭です。

次回はいよいよ、黄金郷エルドラド本体へ踏み込む話になります。

太陽炉。
黄金の番人。
欲望の代価。

そして、萌亜の身体を地球へ固定するための試練。

それではまた次回。

エルドラドまでの道のりでも、茶葉の香りは悪くない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。