アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

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第20話です。

前回、リオナたちはエルドラドへ向かう道中で、それぞれの「欲しいもの」を見せられました。

萌亜には、分かりやすい甘い誘惑。

リオナには、萌亜を完全な人間にできるという誘惑。

カナメには、迷いのない強さ。

ゼルヴァードには、敗北をなかったことにして、再び征服者へ戻る道。

エルドラドは、悪意だけを見せる場所ではありません。

むしろ、善意の形をした欲望こそを試してきます。

誰かを守りたい。

苦しみを消したい。

危険を取り除きたい。

普通にしてあげたい。

それらは大切な願いです。

けれど、その願いの代価を本人以外に払わせるなら、それは黄金の呪いになります。

今回は、ついに黄金郷エルドラドの内部へ入ります。

太陽炉。

黄金の番人。

欲望の代価。

そして、萌亜の物質側固定。

リオナたちは、金色に輝く地下の太陽へ向かいます。



黄金郷エルドラド

欲望は、誰のために燃やすのか

 

 旧黄金沢金山跡地。

 

 錆びた鉄扉の奥に、金色の光が満ちていた。

 

 山の中にある古い坑道のはずだった。

 

 だが、一歩踏み込んだ瞬間、リオナは理解した。

 

 ここは、もう普通の鉱山ではない。

 

 岩肌には金の脈が走っている。

 

 古い木製の支柱には、太陽の紋章が刻まれている。

 

 足元のレールは、錆びた鉄ではなく、溶けた黄金を固めたような鈍い輝きを放っていた。

 

 奥から熱い風が吹く。

 

 火山の熱ではない。

 

 太陽に似た熱。

 

 燃えているのに、なぜか神聖で。

 

 眩しいのに、どこか重い。

 

 安藤萌亜は、リオナの手を握ったまま呟いた。

 

「金ぴか……」

 

「思ったより本当に金ぴかだね」

 

「でも、なんか目が疲れる」

 

「分かる」

 

 黒瀬カナメは前方を警戒しながら進む。

 

 ゼルヴァードは端末をかざし、周囲の反応を解析していた。

 

「空間が折り畳まれている。坑道の長さと内部容積が一致しない」

 

「つまり?」

 

 リオナが聞く。

 

「外から見れば山の中。中から見れば都市ひとつ分はある」

 

「都市……」

 

 萌亜が目を丸くした。

 

「エルドラドって、ほんとに黄金郷なんだ」

 

 その言葉に反応するように、坑道の奥で鐘の音が響いた。

 

 低く、深く、金属的な音。

 

 ごぉん。

 

 ごぉん。

 

 ごぉん。

 

 音が鳴るたび、岩肌の黄金が脈打つ。

 

 茶葉缶がリオナの鞄の中で淡く光った。

 

 エックスの声が響く。

 

『エルドラド前庭内部への進入を確認』

 

「エックスさん、聞こえますか」

 

『はい。ただし、内部に進むほど通信は不安定になります』

 

 続いて、タクヤの声。

 

『無理しないでネ☕熱かったら休憩だヨ』

 

 リオナは小さく息を吐いた。

 

「叔父さん、こういう時だけ普通に安心感あるのズルい」

 

 萌亜は笑った。

 

「師匠はお茶会のプロだからね!」

 

 ゼルヴァードが低く言う。

 

「油断するな。エルドラドはここからが本領だ」

 

 その直後だった。

 

 坑道の壁に、金色の文字が浮かび上がった。

 

『欲望を持つ者よ』

 

『代価を知る者よ』

 

『黄金は願いを映す』

 

『太陽は願いを燃やす』

 

『汝の欲するものを示せ』

 

 リオナの胸が、またざわつく。

 

 前回の道中で見せられた、萌亜完全人間化プラン。

 

 あれはまだ外縁だった。

 

 なら、この中ではもっと深く問われる。

 

 自分が何を欲しがっているのか。

 

 何のために萌亜の手を握っているのか。

 

 何を守りたいのか。

 

 そして、そのために何を犠牲にしようとしてしまうのか。

 

 萌亜が、リオナの手を少し強く握った。

 

「リオナっち」

 

「何?」

 

「手、熱くない?」

 

「え?」

 

 リオナは自分の手を見た。

 

 萌亜と繋いだ手の周りに、薄い金色の粒子がまとわりついている。

 

 まるで、二人の間にある何かを測ろうとしているようだった。

 

 カナメが即座に言う。

 

「離すな」

 

「はい」

 

 ゼルヴァードも頷く。

 

「接続因子であるリオナと、定着対象である萌亜の接触をエルドラドが観測している。離せば分断される可能性がある」

 

「分断……」

 

 萌亜が眉を寄せる。

 

「やだ」

 

「私も嫌」

 

 リオナは、もう一度しっかり萌亜の手を握った。

 

 金色の粒子が、少しだけ静まる。

 

     *

 

 坑道を進むと、急に視界が開けた。

 

 そこは、地下都市だった。

 

 岩山の内部に、巨大な黄金の街が広がっている。

 

 階段状の建造物。

 

 太陽を模した円形広場。

 

 金色の水路。

 

 古代神殿のような柱。

 

 そして都市の中心には、巨大な炉があった。

 

 太陽炉。

 

 地底に浮かぶ、もうひとつの太陽。

 

 球体の光が、黄金の輪に囲まれている。

 

 ゆっくり回転する輪には、古代文字、神話記号、貨幣の紋様、稲穂、炎、太陽、鳥、蛇、そして人の手の形が刻まれていた。

 

 萌亜は息を呑む。

 

「すご……」

 

 リオナも言葉を失った。

 

 美しい。

 

 圧倒的に美しい。

 

 だが、同時に怖い。

 

 この美しさは、誰かの願いを燃やしている。

 

 そんな気がした。

 

 広場の中央に、黄金の人影が立っていた。

 

 男にも女にも見える。

 

 老人にも子どもにも見える。

 

 全身が金でできた彫像のようでありながら、瞳だけは燃える太陽のように赤い。

 

 背中には、翼ではなく、秤が浮いている。

 

 右の皿には黄金。

 

 左の皿には小さな炎。

 

 その存在が口を開いた。

 

『ようこそ、欲望を持つ者たち』

 

 声は、都市全体から響いた。

 

『我は黄金の番人』

 

『エルドラド太陽炉の秤』

 

『願いを測り、代価を問う者』

 

 ゼルヴァードが小さく呟く。

 

「番人か」

 

 カナメが前に出る。

 

「敵か」

 

 黄金の番人は、ゆっくり首を振った。

 

『敵ではない』

 

『味方でもない』

 

『我は炉の番人』

 

『燃料を選別する』

 

 リオナは眉を寄せる。

 

「燃料って、欲望のことですか」

 

『そうだ』

 

 番人の赤い瞳が、リオナを見る。

 

『人は欲する』

 

『生きたい』

 

『守りたい』

 

『得たい』

 

『失いたくない』

 

『変えたい』

 

『戻したい』

 

『それらは火だ』

 

『火は文明を進める』

 

『火は世界を焼く』

 

 萌亜が、一歩前に出ようとした。

 

 リオナが手を握ったまま止める。

 

 番人の視線が萌亜へ移る。

 

『外宇宙由来文明選定個体』

 

『アンゴルモア』

 

『シャンバラ第二同期完了』

 

『精神領域、地球側へ接続済』

 

『物質核、未安定』

 

『太陽炉同期対象』

 

 萌亜は、唇を結んだ。

 

「萌亜を地球に固定するんだよね」

 

『そうだ』

 

「それで、萌亜は普通の人間になるの?」

 

『否』

 

 即答だった。

 

 リオナの手に力が入る。

 

 番人は続ける。

 

『エルドラドは偽りの変換を行わない』

 

『外宇宙由来の核を消すことはできる』

 

『だが、それは安藤萌亜を別の存在へ作り替えることになる』

 

『それは定着ではない』

 

『改造だ』

 

 リオナは息を止めた。

 

 前回の誘惑。

 

 完全人間化プラン。

 

 やはり、あれは危険だった。

 

 萌亜は静かに聞いた。

 

「じゃあ、何をするの?」

 

『外宇宙由来の熱を、地球側で燃やせる形へ変える』

 

『太陽炉は、異物を消す炉ではない』

 

『異なる火を、同じ世界で燃え続けられるよう調整する炉だ』

 

 ゼルヴァードが目を細める。

 

「存在の翻訳か」

 

『近い』

 

 番人は頷いた。

 

『精神はシャンバラで接続された』

 

『次は、肉体と出力核に地球側の代価概念を刻む』

 

 カナメが問う。

 

「代価概念とは」

 

『力を使えば、何かを失う』

 

『何かを得れば、何かを支払う』

 

『ただし、その代価を無関係な者へ押しつけてはならない』

 

 リオナは小さく呟いた。

 

「欲望の燃やし方……」

 

『そうだ、人の娘』

 

 番人はリオナを見る。

 

『お前は、彼女を守りたい』

 

「はい」

 

『だが、守りたいという欲望は、時に相手の選択を奪う』

 

「……はい」

 

『お前は、彼女を変えないと誓えるか』

 

 リオナは萌亜を見た。

 

 萌亜もリオナを見る。

 

 完全に人間にしたい。

 

 危険を消したい。

 

 選定機関の標的から外したい。

 

 その気持ちはある。

 

 たぶん、消えない。

 

 でも。

 

「誓う、とは言えません」

 

 カナメが一瞬リオナを見る。

 

 萌亜も少し驚いた顔をした。

 

 リオナは、まっすぐ番人を見る。

 

「私は、萌亜を変えたいって思ってしまうかもしれない。危険が全部なくなればいいって、また思うかもしれない」

 

 金色の広場が静まる。

 

「でも、そのたびに止まります。萌亜に聞きます。私一人で決めません」

 

 番人の秤が、ゆっくり揺れた。

 

『誓いではなく、確認を選ぶか』

 

「はい」

 

「リオナっち……」

 

 萌亜が小さく呼ぶ。

 

 リオナは萌亜の手を握り返した。

 

「だって、絶対間違えないなんて言えない。でも、間違えそうになったら、萌亜の手を握って聞く。それならできる」

 

 萌亜は、少しだけ泣きそうな顔で笑った。

 

「それ、チョベリグ」

 

「今そこ?」

 

「大事なところだから」

 

 番人の秤の片方に、小さな炎が灯った。

 

『人の娘の欲望、確認』

 

『所有ではなく、対話を選択』

 

『燃料として適合』

 

 リオナの胸元に、金色の小さな印が浮かび、すぐに消えた。

 

 熱い。

 

 けれど痛くはなかった。

 

     *

 

 次に、番人は萌亜を見た。

 

『安藤萌亜』

 

「はい」

 

『お前は、何を欲する』

 

 萌亜は、いつものように即答しなかった。

 

 クレープ。

 

 楽しい学校生活。

 

 リオナと一緒にいること。

 

 地球にいたいこと。

 

 いろいろ浮かんだのだろう。

 

 けれど、萌亜はゆっくり言った。

 

「萌亜は、地球にいたい」

 

 金色の都市が、静かに光る。

 

「リオナっちと一緒に、普通に遊びたい。学校行きたい。クレープ食べたい。死語で怒られたい。配信もしたい。海にも行きたい。温泉も行きたい」

 

 リオナは黙って聞いた。

 

「でも、萌亜はアンゴルモアでもある」

 

 その言葉に、太陽炉が低く唸った。

 

「それをなかったことにしたら、たぶん萌亜じゃなくなる」

 

 番人の瞳が赤く燃える。

 

『恐怖の王であることを受け入れるか』

 

「恐怖の王って呼び方は、チョベリバだけど」

 

 萌亜は苦笑した。

 

「でも、萌亜の中にある力は、消えない。消して誰かに押しつけるのも違う。リオナっちに全部持ってもらうのも違う」

 

 萌亜は、自分の胸に手を当てた。

 

「だから、萌亜はこの力を、地球で使える形にしたい」

 

『何のために』

 

「守るため」

 

『何を』

 

 萌亜は、リオナの手を握った。

 

「リオナっちと、リオナっちが好きな世界」

 

 リオナの目が揺れた。

 

「萌亜……」

 

「あと、クレープ屋さん」

 

「急に範囲が具体的」

 

「大事!」

 

 番人は無表情のまま、しかしどこか深く頷いた。

 

『大きすぎる願いは、時に空虚になる』

 

『小さな具体は、火を安定させる』

 

 ゼルヴァードが小さく言う。

 

「クレープが神話炉に認められたぞ」

 

 カナメが真顔で返す。

 

「この旅ではよくある」

 

 萌亜の足元に、金色の円が広がった。

 

『安藤萌亜の欲望、確認』

 

『消滅ではなく、変換を希望』

 

『逃避ではなく、定着を希望』

 

『燃料として適合』

 

 太陽炉から、細い金色の火が伸びる。

 

 それは萌亜の胸元へ近づき、触れようとした。

 

 その瞬間。

 

 空間が白く裂けた。

 

     *

 

『定着処理を中止せよ』

 

 白い文字。

 

 幾何学的な線。

 

 選定機関の観測ではない。

 

 干渉だった。

 

 太陽炉の上空に、白い仮面の影が複数浮かぶ。

 

 回収官。

 

 いや、以前よりも高位の処理端末。

 

 ゼルヴァードが舌打ちする。

 

「やはり来たか」

 

 カナメが即座に戦闘態勢に入る。

 

「リオナ、安藤を下げろ」

 

 リオナは萌亜の手を離さない。

 

 茶葉缶が激しく光った。

 

 エックスの声が響く。

 

『選定機関干渉を確認。GTG防壁、展開準備』

 

 タクヤの声も重なる。

 

『焦らないで。お茶の香り、吸って』

 

 缶から、ふわりと茶葉の香りが広がった。

 

 ほうじ茶に似た、温かい香り。

 

 金色の熱に呑まれそうだった空気が、少しだけ落ち着く。

 

 白い仮面たちが告げる。

 

『文明選定個体アンゴルモア』

 

『外宇宙由来核の地球側変換は、選定機関規定に違反』

 

『対象個体の再調整を優先』

 

『接続因子の影響を排除』

 

 萌亜の瞳が紫に揺れる。

 

 リオナが前に出る。

 

「排除って、私のこと?」

 

『接続因子、姫咲リオナ』

 

『対象個体の選定機能を歪曲』

 

『切除候補』

 

 カナメが低く言う。

 

「言わせておけば」

 

 だが、番人が片手を上げた。

 

『ここはエルドラド』

 

『太陽炉の前である』

 

『欲望を持たぬ命令は、炉に届かない』

 

 白い仮面たちは、番人を見る。

 

『地球防衛網管理人格』

 

『選定機関の上位判断に従え』

 

『対象は外宇宙由来』

 

『地球側への定着は不適切』

 

 番人の秤が燃える。

 

『不適切かどうかは、炉が測る』

 

『お前たちの白い分類ではない』

 

 白い線が番人へ伸びる。

 

 しかし、金色の炎がそれを弾いた。

 

 都市全体が鳴動する。

 

 太陽炉が唸り、黄金の水路に光が走る。

 

 だが、選定機関の干渉は強かった。

 

 白い線は何本にも増え、萌亜の胸元へ伸びる。

 

『外宇宙核、固定前に分離』

 

『接続因子、遮断』

 

『地球側定着、無効化』

 

 リオナは萌亜の手を強く握った。

 

「させない!」

 

 その瞬間、金色の声が響く。

 

『ならば、人の娘』

 

『代価を示せ』

 

「代価?」

 

『守るために何を差し出す』

 

 リオナの背筋が凍る。

 

 来た。

 

 エルドラドの本質。

 

 願いには代価が必要。

 

 守りたいなら、何を払うのか。

 

 白い線が迫る。

 

 金色の炎が揺れる。

 

 萌亜がリオナを見る。

 

「リオナっち、ダメ」

 

 リオナは分かっていた。

 

 ここで自分の命を差し出すと言えば、それはたぶん一番分かりやすい。

 

 萌亜を守るために、自分を燃やす。

 

 物語としては綺麗だ。

 

 でも、それは萌亜を置いていくことになる。

 

 それは、また萌亜に代価を払わせることになる。

 

 リオナは、震える息を吐いた。

 

「私の命は差し出さない」

 

 金色の都市が揺れる。

 

 白い仮面たちも一瞬止まった。

 

 リオナは続ける。

 

「私が死んだら、萌亜が傷つく。だから、それは代価じゃない。押しつけです」

 

 番人の赤い瞳が、深く燃えた。

 

『では、何を払う』

 

 リオナは、萌亜の手を握ったまま言った。

 

「逃げないこと」

 

『逃げないこと』

 

「萌亜が怖い力を持ってることから逃げない。私が萌亜を変えたいって思う弱さから逃げない。選定機関に狙われる現実から逃げない」

 

 リオナの声が震える。

 

 でも、折れない。

 

「私は、これからも怖いと思う。迷う。間違えそうになる。でも、そのたびに萌亜と話す。隠さない。勝手に決めない。隣にいる」

 

 萌亜の目に涙が浮かんだ。

 

「リオナっち……」

 

「これを代価にする」

 

 金色の秤が、大きく揺れた。

 

 右の皿に黄金。

 

 左の皿に、小さな炎。

 

 リオナの胸元から、目には見えない何かが炎へ流れた。

 

 それは命ではない。

 

 力でもない。

 

 決意。

 

 約束。

 

 逃げないという、重くて地味な代価。

 

 番人が告げる。

 

『代価、受理』

 

『自己犠牲ではなく、継続負担を選択』

 

『人の娘、適合』

 

 その瞬間、リオナと萌亜の繋いだ手が金色に輝いた。

 

 白い線が弾かれる。

 

 萌亜の瞳が、紫から金色を帯びた光へ変わる。

 

 萌亜が前を向いた。

 

「萌亜も払う」

 

 リオナが驚く。

 

「萌亜?」

 

「リオナっちだけじゃダメ」

 

 萌亜は、自分の胸元に手を当てた。

 

「萌亜は、力を怖がらないことを払う」

 

『力を怖がらない』

 

「うん。萌亜の中にある終末の力を、なかったことにしない。怖いけど、ちゃんと見る。リオナっちにだけ見張ってもらわない」

 

 太陽炉が強く輝く。

 

「萌亜は、萌亜の力の責任を、萌亜も持つ」

 

 番人の秤に、もうひとつ炎が灯った。

 

『代価、受理』

 

『逃避ではなく、自覚を選択』

 

『アンゴルモア、適合』

 

 金色の火が、今度こそ萌亜の胸元へ触れた。

 

 白い仮面たちが叫ぶ。

 

『中止』

 

『定着処理、中止』

 

『処分機構、部分起動』

 

 白い線が一斉に降り注ぐ。

 

 カナメが黒い刃でそれを弾く。

 

 ゼルヴァードが外宇宙文字の防御式を展開する。

 

「長くは持たん!」

 

 茶葉缶が開いた。

 

 リオナが開けたわけではない。

 

 内側から、ふわりと蓋が浮き上がった。

 

 茶葉の香りが、太陽炉の熱に混ざる。

 

 その香りの中から、声が響く。

 

「茶会規定、緊急接続」

 

 エックスの声。

 

 次の瞬間、金色の広場に白い布のような光が広がった。

 

 選定機関の白ではない。

 

 GTGの白。

 

 判断保留を許された白。

 

 その中に、エックスの姿が半透明に浮かぶ。

 

「選定機関。ここは茶会支援圏内です」

 

『エックス』

 

『帰還拒否個体』

 

「はい。現在はGTG最上級顧問です」

 

 エックスの背後に、ケル、ポム、グラウ、ギギ、法務統括官の影が並ぶ。

 

 さらに、もー、という鳴き声。

 

 黄金の広場の端に、牛の紋章が現れる。

 

『牛倫理協定、茶葉接続経由、暫定支援発動』

 

『名誉終身守衛モー子、遠隔勤務中』

 

 白い仮面たちにノイズが走る。

 

『牛』

 

『遠隔勤務』

 

『再計算』

 

 リオナは思わず叫んだ。

 

「モー子、遠隔でも強い!」

 

 萌亜が涙目で笑う。

 

「チョベリグ牛!」

 

 エックスは静かに手を上げた。

 

「選定機関の分類は、ここでは絶対ではありません」

 

 太陽炉の番人も告げる。

 

『黄金の炉は、代価を受理した』

 

『選定機関の中止命令は、炉の秤に届かない』

 

 白い仮面たちが後退する。

 

『定着処理、進行』

 

『対象個体、地球側物質同期開始』

 

『接続因子、強化』

 

『GTG干渉、拡大』

 

『撤退』

 

 白い線が砕け、空間から消えていった。

 

 静寂。

 

 太陽炉だけが、低く燃えている。

 

     *

 

 萌亜の身体が、金色の光に包まれていた。

 

 熱いはずなのに、彼女は苦しんでいない。

 

 リオナの手にも同じ光が流れている。

 

 番人が両手を広げる。

 

『太陽炉、第一変換開始』

 

『外宇宙由来出力核、地球側代価概念に接続』

 

『無制限終末出力、制限』

 

『防衛変換回路、仮形成』

 

『接続因子、姫咲リオナ』

 

『本人意思、安藤萌亜』

 

『両者確認済』

 

 萌亜の髪が、ふわりと浮かぶ。

 

 一瞬、彼女の背後に巨大な影が見えた。

 

 恐怖の王。

 

 終末の輪郭。

 

 星を消す力。

 

 だが、その影は金色の炎に包まれ、形を変えていく。

 

 剣ではなく。

 

 爆発でもなく。

 

 太陽のような円環。

 

 誰かを焼き尽くすためではなく、暗闇を照らすための火。

 

 リオナは、その光を見つめた。

 

「萌亜……」

 

 萌亜は、目を閉じていた。

 

 そして、小さく言った。

 

「熱い」

 

「痛い?」

 

「ううん」

 

 萌亜は目を開ける。

 

 瞳の奥に、金色の光が一瞬だけ灯った。

 

「生きてるって感じ」

 

 リオナの胸が詰まる。

 

 番人が告げる。

 

『第一変換、完了』

 

『完全同期には至らず』

 

『ただし、物質側固定は進行』

 

『アンゴルモアの出力は、地球側防衛変換に一部対応』

 

『エルドラド第一承認』

 

 金色の広場に、静かな光が降った。

 

 カナメが警戒を解く。

 

 ゼルヴァードは深く息を吐いた。

 

「初回でここまで進めば十分だ」

 

 リオナは萌亜を見る。

 

「大丈夫?」

 

 萌亜は少しふらついた。

 

 リオナが支える。

 

「おっと」

 

「大丈夫じゃないじゃん」

 

「ちょっとだけ、マンモス疲れた」

 

「座る?」

 

「うん」

 

 その時、番人が手をかざすと、黄金の広場に小さな茶席が現れた。

 

 畳。

 

 低い机。

 

 湯呑み。

 

 そして、なぜかクレープ皿。

 

 萌亜の目が輝いた。

 

「クレープ!」

 

 番人は厳かに言った。

 

『適度な甘味欲求は、安定因子として認められる』

 

 リオナは思わず笑った。

 

「エックスさんと同じこと言ってる」

 

 茶葉缶からエックスの声がした。

 

『エルドラド番人と見解が一致しました』

 

 タクヤの声も続く。

 

『よかったネ〜☕ 休憩しよう』

 

 カナメが小さく息を吐いた。

 

「戦闘直後に茶席が出るのは、もう慣れてきた」

 

 ゼルヴァードは不満げに言いながら、ちゃっかり席に座る。

 

「クレープはあるのか」

 

 萌亜が即座に指さす。

 

「ゼル、やっぱ好きじゃん!」

 

「黙れ」

 

 リオナは笑いながら、萌亜を茶席へ座らせた。

 

 黄金の都市。

 

 太陽炉。

 

 選定機関の干渉。

 

 代価の試練。

 

 すべてが重く、怖かった。

 

 それでも今、目の前にはお茶がある。

 

 クレープがある。

 

 萌亜がいる。

 

 リオナは、そのことに少しだけ救われた。

 

     *

 

 休憩のあと、番人は静かに告げた。

 

『エルドラド第一承認は完了した』

 

『だが、太陽炉の完全同期には三つの火が必要』

 

 リオナは顔を上げる。

 

「三つの火?」

 

『一つ目は、欲望の火』

 

『己が何を欲するかを知る火』

 

『これは灯った』

 

 萌亜は自分の胸元に手を当てる。

 

 そこには、うっすらと金色の紋様が浮かび、すぐに消えた。

 

『二つ目は、代価の火』

 

『何を支払い、何を支払わせないかを知る火』

 

 リオナが息を呑む。

 

『三つ目は、継承の火』

 

『その力を、誰の未来へ繋ぐのかを選ぶ火』

 

 ゼルヴァードが眉を寄せる。

 

「次の試練か」

 

『そうだ』

 

 番人の視線が、都市のさらに奥へ向く。

 

 太陽炉の背後に、三つの扉が浮かび上がっていた。

 

 金。

 

 赤。

 

 白金。

 

 そのうち、金の扉だけが少し開いている。

 

『欲望の火は開いた』

 

『次に進むなら、赤の扉へ』

 

 カナメが問う。

 

「今すぐか?」

 

『否』

 

『燃えすぎた火は暴走する』

 

『休息せよ』

 

 茶葉缶が、嬉しそうに光ったように見えた。

 

 タクヤの声がする。

 

『ほら、番人さんも休めって言ってるヨ☕』

 

 リオナは苦笑する。

 

「叔父さん、嬉しそう」

 

 エックスの声が続く。

 

『本日は撤退を推奨します。萌亜の物質核が不安定です』

 

 萌亜は少し不満そうだった。

 

「もうちょっと行けるよ?」

 

 リオナ、カナメ、ゼルヴァード、エックスの声が同時に言った。

 

「休む」

 

『休んでください』

 

「休め」

 

「休息しろ」

 

 萌亜は頬を膨らませた。

 

「みんな厳しい」

 

 リオナは笑った。

 

「大事だからだよ」

 

 番人は、萌亜とリオナを見た。

 

『安藤萌亜』

 

『姫咲リオナ』

 

『お前たちの火は、まだ小さい』

 

『だが、確かに燃えている』

 

 金色の都市が、少しだけ柔らかく輝いた。

 

『次に来る時まで、その火を他者へ預けるな』

 

『自分だけで抱え込むな』

 

『共に持て』

 

 リオナは頷いた。

 

「はい」

 

 萌亜も頷く。

 

「うん」

 

 番人は最後に、静かに言った。

 

『黄金は、欲望を映す』

 

『太陽は、欲望を燃やす』

 

『だが、茶は火を落ち着かせる』

 

 リオナは目を瞬かせた。

 

「番人さんまで茶会寄りになってません?」

 

 番人は無表情で答えた。

 

『適切な休息は、炉の暴走を防ぐ』

 

 茶葉缶の向こうで、タクヤが嬉しそうに笑った気配がした。

 

     *

 

 旧金山の外へ出ると、夕方になっていた。

 

 空は赤く染まり、太陽が山の向こうへ沈みかけている。

 

 メガソーラーの黒いパネルが、夕陽を反射して金色に光っていた。

 

 リオナは、外の冷たい空気を吸った。

 

 地下の熱が、まだ身体に残っている。

 

 萌亜は隣で、自分の手を開いたり閉じたりしていた。

 

「どう?」

 

 リオナが聞く。

 

「ちょっと重い」

 

「重い?」

 

「うん。でも、前よりここにいる感じがする」

 

 萌亜は足元の土を見た。

 

「地面に、ちゃんと立ってる感じ」

 

 リオナは胸が熱くなった。

 

「そっか」

 

「うん」

 

 萌亜は笑った。

 

「リオナっちのおかげ」

 

「萌亜も選んだからだよ」

 

「じゃあ二人のおかげ」

 

「それならいい」

 

 カナメが車のドアを開ける。

 

「帰るぞ。御門課長が通信越しに胃を痛めている」

 

 ゼルヴァードは端末をしまう。

 

「選定機関は退いたが、次はより強く来る」

 

「分かってる」

 

 リオナは、茶葉缶を鞄にしまった。

 

 缶はほんのり温かかった。

 

 その温かさが、お守りのように感じた。

 

 車に乗る直前、リオナはもう一度、旧金山の入口を振り返った。

 

 錆びた鉄扉は、何事もなかったかのように閉じている。

 

 だが、その奥には黄金郷がある。

 

 太陽炉がある。

 

 欲望を測る番人がいる。

 

 そして、萌亜が地球へ定着するための火が、ひとつ灯った。

 

 リオナは、小さく呟いた。

 

「次は、赤の扉」

 

 萌亜が隣で笑う。

 

「次も一緒に行こうね」

 

「当たり前」

 

「チョベリグ」

 

「うん。チョベリグ」

 

 夕陽の中、二人は並んで車に乗った。

 

 黄金郷エルドラド。

 

 第一承認、完了。

 

 けれど、太陽炉の試練はまだ終わらない。

 

 欲望の火。

 

 代価の火。

 

 継承の火。

 

 萌亜を地球に定着させるためには、まだ二つの火を越えなければならない。

 

 白い選定機関は、次こそ本格的に動くだろう。

 

 黒い海も、遠くで眠りながら夢を揺らしている。

 

 そして、金色の太陽炉は、静かに次の来訪を待っている。

 

 世界は、また少し熱を帯び始めていた。

 




第20話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、ついに黄金郷エルドラドの内部へ踏み込みました。

エルドラドは、ただの黄金都市ではありません。

地球神話防衛網のひとつであり、太陽炉系統を司る拠点です。

シャンバラが精神領域、夢、記憶、認識を扱ったのに対して、エルドラドは物質側、肉体、出力核、エネルギー変換を扱います。

今回のテーマは、欲望と代価でした。

エルドラドは、欲望を否定する場所ではありません。

むしろ、欲望を火として認めます。

誰かを守りたい。

一緒にいたい。

普通に生きたい。

クレープを食べたい。

そういう願いは、すべて生きるための火です。

ただし、その火で誰かを焼いてはいけない。

自分を燃やし尽くしてもいけない。

そして、代価を無関係な誰かに押しつけてはいけない。

リオナは今回、萌亜を守るために自分の命を差し出すのではなく、「逃げないこと」を代価として選びました。

これは派手な自己犠牲ではありません。

むしろ、地味で長く続く負担です。

怖くても逃げない。

間違えそうになったら、萌亜に聞く。

自分一人で決めない。

隣にいる。

それを代価として差し出したからこそ、エルドラドはリオナを認めました。

萌亜もまた、自分の力を怖がらないことを代価として選びました。

アンゴルモアの力をなかったことにしない。

リオナに全部背負わせない。

自分の力の責任を、自分も持つ。

これによって、萌亜の外宇宙由来出力核は、地球側防衛変換へ一部接続されました。

つまり、完全な同期ではありませんが、エルドラド第一承認は完了です。

今回、選定機関も直接干渉してきました。

萌亜の地球側定着が進むほど、選定機関にとっては「分類不能」の事例が強まっていきます。

そのため、次回以降はさらに強い介入が予想されます。

一方で、GTGの茶葉缶も本格的に機能しました。

茶葉の香りを媒介に、エックスたちが支援し、さらにモー子の牛倫理協定まで遠隔発動しています。

黄金郷でも、茶会の力は健在です。

そしてエルドラドの試練は、三つの火で構成されています。

一つ目は、欲望の火。

今回、これは灯りました。

残るは、代価の火。

そして、継承の火。

萌亜が地球に定着するためには、まだ二つの試練を越える必要があります。

次回は、赤の扉。

より直接的に「何を支払い、何を支払わせないか」を問う試練になります。

それではまた次回。

黄金郷でも、茶葉の香りは悪くない。
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