アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜 作:池ポチャ
前回、リオナと萌亜は黄金郷エルドラドの第一承認を得ました。
一つ目の火――欲望の火。
萌亜は、地球にいたいという願いを認めました。
リオナは、萌亜を守りたいという願いを認めました。
そして二人は、その願いを誰かに押しつけず、自分たちで向き合うことを選びました。
しかし、エルドラドの太陽炉同期には、まだ二つの火が必要です。
二つ目は、代価の火。
何かを得る時、何かを使う時、何かを守る時。
その代価を誰が払うのか。
自分で払うのか。
誰かに押しつけるのか。
それとも、払ったことにしないまま、見えない誰かへ負債を流すのか。
今回は、赤の扉の試練です。
代価は罰ではありません。
責任の所在です。
黄金郷エルドラドは、リオナと萌亜にそれを問いかけます。
その願いの支払い先を、誰にするのか
黄金郷エルドラド第一承認から、三日が経った。
安藤萌亜は、以前より少しだけ重くなっていた。
体重の話ではない。
もちろん、本人は最初にそこを気にした。
「リオナっち、萌亜太った?」
「そこじゃないと思う」
「でも、なんか身体が重い」
「エックスさんは、物質側固定が進んだ影響って言ってた」
「じゃあ太ったわけじゃない?」
「違う」
「チョベリグ」
姫咲リオナは、安心した顔の萌亜を見て、小さく笑った。
だが、笑ってばかりもいられない。
萌亜の身体は、確かに変わっていた。
前よりも地面にしっかり立っている。
階段を降りる時、足音が少しだけはっきりしている。
風が吹いた時、髪や制服の揺れが、以前より自然に見える。
それは、人間らしくなったというより、世界の中に重さを持ち始めたという感じだった。
萌亜自身も、それを感じているらしい。
「なんかね、前は地球の上にふわっと乗ってた感じだったんだけど」
「うん」
「今は、足の裏から“ここにいるよー”って言われてる感じ」
「地面から?」
「地面から」
「地面、喋るんだ」
「喋んないけど、ノリで」
萌亜らしい言い方だった。
けれど、リオナはその言葉が少し嬉しかった。
萌亜が、地球にいることを感じている。
ただ守る対象ではなく、ただ危険な存在でもなく、ちゃんと自分の身体でこの世界に立っている。
それは、第20話で得た大きな成果だった。
だが、エルドラドはまだ終わっていない。
欲望の火。
代価の火。
継承の火。
残る二つのうち、次は赤の扉。
代価の火。
リオナの机の上では、GTGから渡された茶葉缶が淡く光っていた。
缶の表面に、金色ではなく赤銅色の文字が浮かぶ。
『エルドラド第二試練、接続可能』
『赤の扉、開門準備完了』
『注意事項』
『代価の肩代わり契約に注意』
『無償を名乗る提案に注意』
『支払い先不明の力に注意』
リオナは眉をひそめた。
「支払い先不明の力……」
茶葉缶から、エックスの声が響く。
『エルドラドの第二試練では、力そのものよりも、代価の流れが問われます』
「代価の流れ?」
『はい。誰が支払うのか。誰に押しつけるのか。誰が払ったことにされるのか』
萌亜が首を傾げる。
「お会計みたい」
エックスは少し沈黙した。
『かなり近いです』
「近いんだ」
『タクヤなら“割り勘”と表現すると思います』
その瞬間、茶葉缶から別の声が混ざった。
楠タクヤだった。
『リオナちゃん、萌亜ちゃん、おはよう☕
代価って聞くと怖いけど、ようするに“誰がお会計するか”って話でもあるヨ。
誰かに勝手に払わせちゃダメだし、全部自分で払って倒れてもダメだからネ
困った時は、ちゃんと相談してネ』
リオナは茶葉缶を見つめた。
「叔父さん、急に分かりやすいこと言う……」
萌亜は真剣な顔で頷いた。
「割り勘、大事」
エックスの声が続く。
『その理解で構いません。ただし、赤の扉はそれを非常に悪質な形で試してきます』
「悪質?」
『はい。自己犠牲を美談に見せたり、他者への押しつけを効率化に見せたり、支払い先不明の負債を無償に見せたりします』
リオナの胸が少し冷えた。
前回、彼女は「逃げないこと」を代価として選んだ。
自分の命を差し出すのではなく、これからも萌亜と向き合い続けるという、地味で長い代価。
それをエルドラドは受理した。
だが、今回はさらに深く問われる。
もし萌亜の力を使うなら。
もし誰かを守るなら。
もし選定機関に対抗するなら。
その支払い先はどこになるのか。
「……行くしかないよね」
リオナが呟くと、萌亜は頷いた。
「うん。赤の扉、行こう」
「怖くない?」
「怖いよ」
萌亜は、少しだけ笑った。
「でも、萌亜の力のことだから。リオナっちだけに見てもらうわけにはいかない」
リオナは、萌亜の手を見た。
前回、金色の火に照らされた手。
今は普通の女の子の手に見える。
その手を、リオナは握った。
「一緒に行こう」
「うん」
*
旧黄金沢金山跡地。
再び訪れた山中は、前回よりも静かだった。
メガソーラー予定地の黒いパネルは、夕方でもないのにうっすら赤く光っている。
まるで、地面の下に燃える炉の熱を映しているようだった。
今回の同行者は、前回と同じく黒瀬カナメとゼルヴァード。
御門征十郎は本部から遠隔監視。
GTGは茶葉缶経由で支援。
タクヤ本人は、やはり同行しない。
ただ、リオナのスマホには朝からメッセージが届いていた。
『リオナちゃん、萌亜ちゃん、今日も気をつけてネ☕
赤い火はあったかいけど、近づきすぎると火傷するからネ
自分を燃やしすぎないこと、誰かを勝手に燃やさないこと、大事だヨ
帰ったらお茶にしようネ 』
リオナは小さく息を吐く。
「ほんと、たまにいいこと言うんだよなあ……」
カナメが横から言う。
「普段は?」
「絵文字が多いです」
「それは知っている」
ゼルヴァードは坑道入口を見ていた。
「今日は前回より熱が強い。赤の扉が開いているのだろう」
萌亜は自分の胸元に手を当てる。
「中、ちょっと熱い」
「大丈夫?」
「うん。前より怖くない」
「無理しないで」
「分かってる」
旧坑道の鉄扉は、リオナたちが近づくと勝手に開いた。
内側から、黄金ではなく赤銅色の光が漏れる。
熱い風。
焦げた金属の匂い。
そして、ほうじ茶にも似た茶葉の香り。
茶葉缶が淡く光った。
『赤の扉、接続確認』
『代価の火、試練開始』
リオナは萌亜の手を握った。
「行こう」
「うん」
二人は、再び黄金郷へ足を踏み入れた。
*
前回見た黄金都市は、少し姿を変えていた。
金色の水路には、赤い炎が流れている。
太陽炉の輪は、ゆっくりと回転しながら、まるで心臓のように脈打っていた。
そして、三つの扉のうち、金の扉は閉じていた。
代わりに、赤の扉が開いている。
扉の向こうは、都市ではなかった。
市場だった。
どこまでも続く赤銅色の市場。
天井のない広場に、無数の店が並んでいる。
金貨。
宝石。
契約書。
武器。
薬。
思い出。
寿命。
笑顔。
才能。
誰かの涙。
見えてはいけないものまで、商品棚に並んでいた。
リオナは、思わず息を呑む。
「何、ここ……」
ゼルヴァードが低く言う。
「代価の市場か」
カナメは周囲を警戒する。
「嫌な場所だな」
萌亜は、棚のひとつを見て固まった。
そこには、小さな瓶が並んでいた。
『恐怖心』
『後悔』
『孤独』
『終末出力制御用』
リオナは萌亜の視線を遮る。
「見なくていい」
「うん……」
その時、市場の中央に炎が灯った。
炎の中から、前回の黄金の番人が現れる。
ただし今回は、全身が赤銅色を帯びていた。
背中の秤には、黄金ではなく赤い火が乗っている。
『再び来たか』
番人の声が響く。
『欲望の火を灯した者たちよ』
『次は代価の火』
『問おう』
『その願いの支払い先を、誰にする』
リオナは番人を見上げた。
「支払い先……」
『力は無から生まれない』
『守るにも、変えるにも、留めるにも、燃料がいる』
『その燃料を、己から出すか』
『相手から奪うか』
『見えない誰かへ流すか』
『あるいは、支払いの存在そのものを忘れるか』
市場に並ぶ商品たちが、一斉に揺れた。
『代価を知らぬ願いは、呪いとなる』
『代価を押しつける守護は、支配となる』
『代価を隠す救済は、搾取となる』
萌亜が小さく呟いた。
「なんか、怖いけど……分かる気もする」
番人の瞳が萌亜へ向く。
『アンゴルモア』
『お前の力は大きい』
『大きい力ほど、代価の流れを歪めやすい』
萌亜の胸元に、金色の紋様が浮かぶ。
その周囲に赤い線が走った。
萌亜は少し顔をしかめる。
「熱っ……」
「萌亜!」
リオナが支えようとする。
だが、番人が言った。
『まだ触れるな』
リオナは動きを止める。
『代価の火は、本人にも問う』
『すべてを接続因子が肩代わりすれば、それもまた歪みとなる』
リオナは唇を噛んだ。
助けたい。
すぐに支えたい。
でも、それが全部リオナの役目になれば、萌亜自身が自分の力と向き合えなくなる。
萌亜は、リオナを見た。
「大丈夫。まだいける」
「本当に?」
「うん。嘘なら言う」
「絶対だよ」
「絶対」
萌亜は、赤い紋様を押さえながら前に出た。
「萌亜に何を見せるの?」
番人は答えた。
『お前の力の請求書だ』
*
市場の空が割れた。
そこに、映像が浮かぶ。
都市。
学校。
商店街。
クレープ屋。
リオナの家。
超対課。
日本。
地球。
その上に、巨大な白い線が降り注いでいる。
選定機関の攻撃。
萌亜はそれを見て、息を呑んだ。
『仮想未来』
『選定機関による地球側接続因子切断作戦』
『発生確率、上昇傾向』
白い線が、街を切ろうとしている。
人々は気づいていない。
もしあれが現実なら、たくさんの人が消える。
リオナも、カナメも、ゼルも、超対課も。
萌亜の瞳が紫に揺れた。
「止めなきゃ」
番人が告げる。
『止められる』
赤い市場に、ひとつの巨大な炉が現れる。
『アンゴルモア本来出力を解放すれば、この攻撃を一瞬で焼き払える』
萌亜は息を呑む。
『代価は、周辺生命体の熱量、記憶、寿命、可能性』
リオナの背筋が凍る。
「周りの人から奪うってこと?」
『本来出力は、そのように設計されている』
萌亜が震えた。
「やだ」
『ならば攻撃は残る』
白い線が街に近づく。
萌亜の顔が歪む。
リオナは思わず前に出そうになる。
だが、萌亜が手で止めた。
「待って」
「萌亜」
「自分で見る」
萌亜は、映像を見つめた。
白い線。
街。
クレープ屋。
リオナ。
守りたいもの。
力を出せば守れる。
でも、そのために守りたい人たちから熱を奪う。
記憶を奪う。
寿命を奪う。
そんなものは守るとは言わない。
萌亜は、歯を食いしばった。
「違う」
『何が違う』
「萌亜の力の請求書を、勝手にみんなへ送らない」
赤い市場が揺れた。
萌亜の胸元の紋様が強く光る。
「萌亜が使う力なら、まず萌亜が払う」
『お前一人では足りない』
「だったら、一人で全部燃やさない」
萌亜はリオナを見た。
「リオナっち」
「うん」
「萌亜、全部出さない。安全フィルター、手伝って」
リオナの胸が熱くなる。
頼られた。
でも、丸投げではない。
萌亜が自分で決めたうえで、リオナに助けを求めた。
「もちろん」
リオナは萌亜の手を握った。
金色と赤色の光が、二人の手の間で混ざる。
「もあち☆安全フィルター、エルドラド代価制限版」
萌亜が少しだけ笑った。
「名前、リオナっちっぽい」
「今は文句言わない」
「チョベリグ!」
二人の前に、半透明のフィルターが広がる。
萌亜の紫の出力が、金色の防衛変換回路を通り、赤い線で制限される。
それは巨大な破壊光ではない。
細く、温かい火。
街を焼かず、白い線だけを溶かす防衛の火。
代価は、萌亜の疲労。
リオナの集中。
そして、GTG茶葉缶が供給する休息回路。
茶葉缶が光る。
エックスの声が響く。
『代価流路、確認』
『周辺生命体への不正請求なし』
『萌亜本人の同意あり』
『リオナ接続補助あり』
『GTG休息回路、微量支援』
タクヤの声も混じる。
『無理しすぎないでネ。火は弱火でもちゃんと料理できるヨ』
リオナは思わず笑いそうになった。
「叔父さん、例えが家庭的すぎる」
萌亜は、前を向いた。
「いくよ」
紫金の火が、白い線を包む。
焼き尽くすのではない。
ほどく。
切除の線を、温かい光で溶かしていく。
仮想未来の街は、燃えなかった。
誰の寿命も、記憶も、熱も奪われなかった。
ただ、萌亜が大きく息を吐き、リオナの額に汗が浮かぶ。
白い線が消えた。
番人の秤が、赤く輝く。
『代価流路、正常』
『力の請求先を本人と同意接続へ限定』
『他者への無断転嫁を拒否』
『アンゴルモア、代価の火、第一適合』
萌亜はふらついた。
今度は、リオナが支えた。
「今は支えていいよね?」
番人は答えた。
『今はよい』
萌亜はリオナにもたれた。
「マンモス疲れた……」
「頑張った」
「クレープ二個分は頑張った」
「帰ったらね」
「約束」
*
次に市場が反応したのは、カナメだった。
彼女の前に、黒い武器が並ぶ。
刃。
銃。
拘束具。
強化外骨格。
それらには、赤い札がついていた。
『迷いを消す刃』
『痛覚を切る鎧』
『守護対象を犠牲にしないための冷徹化処理』
『代価:感情』
カナメの表情は変わらない。
だが、リオナは彼女の指先が一瞬だけ動いたのを見た。
番人が告げる。
『黒瀬カナメ』
『守るために迷いを捨てるか』
カナメは淡々と言う。
「前回も似た問いを受けた」
『今回は代価を明示する』
『迷いを消せば、判断は速くなる』
『感情を払えば、任務成功率は上がる』
『お前はより強い刃になる』
カナメは、並んだ武器を見た。
彼女は戦う人だ。
誰かを守るため、前に立つ人だ。
迷いが命取りになることを知っている。
感情が判断を鈍らせることも知っている。
だが、カナメは静かに首を振った。
「不要だ」
『なぜ』
「感情を払って得る強さは、誰を守るかを見失う」
『任務目標は保持可能』
「目標だけでは足りない」
カナメは、リオナと萌亜を一瞬見た。
「私は、守る対象を数字にしない。そのための迷いなら持つ」
赤い市場の武器が、音を立てて崩れた。
番人の秤が揺れる。
『感情の支払いを拒否』
『迷いを責任の一部として保持』
『黒瀬カナメ、適合』
萌亜が小さく拍手した。
「カナメさん、やっぱかっこいい」
カナメはそっぽを向く。
「集中しろ」
「照れてる?」
「集中しろ」
*
ゼルヴァードには、玉座が現れた。
銀色の艦隊。
外宇宙の旗。
かつての部下たち。
敗北する前の彼。
そして、赤い契約書。
『敗北の負債を、部下へ移譲可能』
『侵略失敗の責任を、下位指揮系統へ分散』
『あなたは再び、征服者として再起できる』
ゼルヴァードの顔が歪んだ。
「悪趣味な」
番人が問う。
『お前は、敗北の代価を誰に支払わせる』
ゼルヴァードは沈黙した。
リオナも萌亜も、何も言わなかった。
これは、彼自身の問いだ。
彼は元侵略者だった。
地球を侵略しようとした。
敗北した。
今は協力者としてここにいる。
その代価は、まだ終わっていない。
ゼルヴァードは、赤い契約書を見た。
それに署名すれば、彼は軽くなるのだろう。
失敗は部下のせい。
計画の穴は下位指揮官の責任。
自分は再び王になれる。
だが。
「不要だ」
『なぜ』
「敗北は私のものだ」
ゼルヴァードは、かつての艦隊を見た。
「部下に押しつけて軽くなる王など、王ではない」
萌亜が小声で言う。
「ゼル……」
「それに」
ゼルヴァードは、ほんの少しだけ嫌そうに顔をしかめた。
「今さら侵略者に戻れば、またクレープを食べる機会が減る」
リオナは思わず吹き出しそうになった。
萌亜は目を輝かせる。
「やっぱクレープ好きじゃん!」
「黙れ」
赤い契約書が燃えた。
番人の秤が揺れる。
『敗北の代価を自己に保持』
『責任転嫁を拒否』
『ゼルヴァード・ル=オルグレイ、適合』
ゼルヴァードは不機嫌そうに腕を組んだ。
「こんな試練、二度と受けたくない」
カナメが言う。
「同感だ」
*
最後に、リオナの前へ商品棚が現れた。
何も置かれていない。
空っぽの棚。
ただ、中央に一枚の赤い契約書があった。
『接続因子肩代わり契約』
『安藤萌亜に発生する代価を、姫咲リオナへ一括移譲』
『萌亜本人への負担を軽減』
『地球側定着成功率、上昇』
『契約しますか』
リオナの呼吸が止まった。
萌亜がすぐに叫ぶ。
「ダメ!」
リオナは契約書を見つめた。
これは、来ると思っていた。
萌亜を守りたいリオナにとって、一番強い誘惑。
萌亜が痛い思いをしなくて済む。
萌亜が苦しまなくて済む。
その代わり、自分が払う。
リオナだけが苦しめばいい。
一見、美しい。
一見、友達思い。
でも。
「……これは、萌亜を楽にするんじゃない」
リオナは小さく言った。
番人が問う。
『ならば何だ』
「萌亜から、払う権利を奪う契約」
萌亜の目が揺れる。
リオナは契約書を見たまま続けた。
「萌亜が自分の力に向き合うことを、私が奪う。萌亜を守ってるふりをして、私が全部決める。それは違う」
『苦しみを肩代わりしたいという願いは、悪か』
「悪じゃない」
リオナは即答した。
「私だって、萌亜が痛いなら代わりたい。でも、それを勝手に契約しちゃダメ」
萌亜が、リオナの隣に立った。
「リオナっち」
「萌亜」
「半分こならいい?」
リオナは驚いた。
「半分こ?」
「うん。全部リオナっちが持つのもダメ。全部萌亜が持つのもたぶん危ない。だから、話して決める。持てる分だけ半分こ」
赤い市場が静まった。
萌亜は契約書へ向かって言う。
「一括移譲はしない。でも、支え合うのはする」
リオナは、少しだけ泣きそうになった。
「……うん」
リオナは契約書を手に取った。
赤い炎が指先を焦がすように熱い。
だが、彼女は破った。
契約書が燃え上がる。
その炎は二つに分かれ、リオナと萌亜の手の中に、小さな赤い火として宿った。
番人の声が響く。
『接続因子肩代わり契約、拒否』
『一方的代価移譲を否定』
『相互確認型代価分担を選択』
『姫咲リオナ、代価の火、適合』
『安藤萌亜、代価の火、第二適合』
二人の手の中の火が、繋いだ手の間でひとつになる。
熱い。
でも、痛くない。
リオナは萌亜を見る。
「半分こって、いいね」
萌亜は笑った。
「クレープも半分こする?」
「それは一個ずつ買おう」
「チョベリグ判断!」
*
その瞬間、赤い市場の空が白く裂けた。
選定機関。
予想より早い。
白い仮面の処理端末が、複数現れる。
その背後には、巨大な白い契約書のような構造体が浮かんでいた。
ゼルヴァードが顔をしかめる。
「免責契約か」
エックスの声が茶葉缶から響く。
『注意してください。選定機関は代価概念を無効化する形で介入してきます』
白い文字が空間に浮かぶ。
『代価は不要』
『責任は不要』
『個体意思は不要』
『選定機関が判断を代行する』
『負債は記録外へ処理』
『苦痛は分類外へ破棄』
リオナは背筋が冷えた。
「記録外へ……?」
番人の声が低くなる。
『あれは代価を消すのではない』
『見えない場所へ捨てるものだ』
白い契約書から、無数の影が見えた。
切除された未来。
消された文明。
記録に残らなかった子どもたち。
なかったことにされた痛み。
選定機関は、代価を払わないのではない。
払った者を記録から消している。
萌亜の顔が青ざめる。
「これ……」
エックスの声が震える。
『私が切るはずだった未来と同じです』
白い処理端末が告げる。
『アンゴルモア』
『代価管理は不要』
『選定機関へ帰還せよ』
『判断負荷から解放する』
萌亜の瞳が揺れた。
判断しなくていい。
責任を持たなくていい。
全部、選定機関が決める。
それは、恐ろしく冷たい誘惑だった。
リオナは萌亜の手を握る。
「萌亜」
「うん」
「どうする?」
萌亜はリオナを見た。
その問いに、少しだけ笑った。
「聞いてくれた」
「そりゃ聞くよ」
「じゃあ答える」
萌亜は、白い処理端末へ向き直った。
「帰らない」
『判断負荷は苦痛』
「苦痛でも、萌亜のもの」
『責任は不要』
「必要。全部は無理でも、リオナっちと半分こする」
『非効率』
「チョベリグ非効率!」
リオナは前に出る。
「この子の代価を、勝手に記録外へ捨てるな」
カナメも刃を構える。
「責任を消したふりで誰かに押しつけるなら、それは敵だ」
ゼルヴァードが外宇宙式を展開する。
「敗北の負債すら受け取らん機関が、代価を語るな」
茶葉缶が開く。
エックスの姿が半透明に浮かぶ。
「選定機関」
彼女の瞳に、バツ印の名残が白く光る。
「あなたたちが記録外へ捨てたものを、私は忘れません」
その背後に、ケル、ポム、グラウ、ギギ、法務統括官の影が並ぶ。
さらに、もー、という声。
赤い市場の入口に、牛の紋章が浮かび上がる。
『牛倫理協定、代価押しつけ防止条項、暫定発動』
『名誉終身守衛モー子、遠隔勤務中』
『支払い先不明契約、倫理審査対象』
白い処理端末が乱れる。
『牛』
『代価』
『倫理審査』
『再計算』
リオナは思わず言った。
「モー子、また新条項増えてる!」
萌亜が拳を握る。
「チョベリグ牛!」
番人の秤が赤く燃え上がる。
『代価の火は、支払い先不明を認めない』
『選定機関の免責契約、炉への提出不可』
『焼却する』
赤い炎が市場全体から立ち上がった。
白い契約書が燃える。
その奥に隠されていた記録外の影たちが、一瞬だけ光を浴びる。
エックスが目を伏せる。
萌亜も、リオナも、黙って見ていた。
なかったことにされたもの。
支払いを押しつけられたもの。
それらは完全には救えない。
でも、見なかったことにはしない。
白い処理端末が後退する。
『代価試練、GTG干渉により失敗』
『アンゴルモア、責任概念獲得進行』
『接続因子、相互代価分担を選択』
『エルドラド同期、進行』
『撤退』
白い線が消えた。
赤い市場に、静かな炎だけが残った。
*
番人は、リオナと萌亜の前に立った。
『代価の火、承認』
赤い炎が、二人の胸元へ静かに灯る。
萌亜の金色の紋様に、赤い輪が重なった。
リオナの胸元にも、同じ小さな赤い印が浮かび、すぐに消える。
『安藤萌亜』
『外宇宙由来出力核、代価流路制限を獲得』
『無断外部請求を遮断』
『本人意思と接続因子の同意を優先』
『防衛変換回路、第二段階へ移行』
萌亜は、胸元に手を当てた。
「さっきより、熱いけど……落ち着いてる」
番人はリオナを見る。
『姫咲リオナ』
『接続因子としての代価肩代わり衝動を確認』
『一方的移譲を拒否』
『相互確認型分担を選択』
『適合』
リオナは小さく息を吐いた。
「まだ怖いです」
『恐怖は残る』
『それでよい』
「いいんですか」
『恐怖を消した接続は、相手を道具にする』
『恐怖を認める接続は、相手を人として見る』
リオナは、胸に手を当てた。
怖くてもいい。
大事だから怖い。
失いたくないから怖い。
でも、その怖さを理由に相手を勝手に変えない。
それが、代価の火だった。
番人の背後で、赤の扉が静かに閉じていく。
代わりに、白金の扉が淡く光り始めた。
『残るは、継承の火』
ゼルヴァードが眉を寄せる。
「次は何を問う」
『その力を、誰の未来へ繋ぐのか』
萌亜が呟く。
「未来……」
『欲望を知り、代価を知った火は、次に継承先を求める』
『己のためだけに燃やすのか』
『隣人のために燃やすのか』
『まだ見ぬ誰かのために残すのか』
番人の赤銅色の身体が、少しずつ黄金へ戻っていく。
『本日はここまでだ』
『代価の火は、消耗が大きい』
萌亜はすぐにしゃがみ込んだ。
「たしかにマンモス疲れた……」
リオナも膝に手をつく。
「私も……」
その瞬間、市場の中央に茶席が現れた。
前回と同じように畳が敷かれ、低い机が置かれ、湯呑みが並ぶ。
そして、皿にはクレープが二つ。
萌亜が顔を上げる。
「一個ずつ!」
番人は厳かに言った。
『半分こ不要と判断』
リオナは笑った。
「番人さん、分かってきましたね」
茶葉缶からタクヤの声。
『よかったネ〜☕ お会計はGTGにつけておくヨ』
エックスの声が即座に入る。
『タクヤ、それは不適切です。代価の試練直後に支払い先を曖昧にしないでください』
『あ、そうだネ。じゃあ僕が払うヨ 』
『領収書を提出してください』
『はーい』
リオナは脱力した。
「宇宙規模の試練の後に、領収書の話しないで……」
萌亜はクレープを手に取り、笑った。
「でも、こういうのが茶会っぽい」
「それはそう」
カナメは湯呑みを手に取る。
「休憩する。全員、座れ」
ゼルヴァードも当然のようにクレープ皿へ手を伸ばす。
萌亜が即座に指さした。
「ゼル、もう隠さなくていいよ!」
「私は栄養補給をしているだけだ」
「はいはい」
赤い市場の中。
代価を問う場所で。
リオナたちは、お茶を飲んだ。
クレープを食べた。
疲れた身体を休めた。
それは、試練の一部ではなく、試練を終えた者に必要な時間だった。
*
旧金山の外へ出ると、空はもう夕暮れだった。
前回よりも赤い夕陽。
山の稜線が燃えるように輝いている。
萌亜は、車に乗る前に自分の手を見た。
指先に、ほんの少し赤金の光が残っている。
「リオナっち」
「何?」
「萌亜、ちょっと分かった」
「何が?」
「力って、使えるかどうかだけじゃないんだね」
リオナは黙って聞いた。
「誰に払わせるか、考えないとダメなんだね」
「うん」
「萌亜、今までそこまで分かってなかったかも」
「私も」
リオナは、自分の手を見る。
そこにも、赤い火の名残があった。
「守りたいって思うのも、ちゃんと気をつけないと、萌亜に押しつけちゃう」
萌亜は笑った。
「じゃあ、これからも半分こ会議しよう」
「何それ」
「大事なこと決める時、半分こできるか会議」
「名前はゆるいけど、いいかも」
「チョベリグ会議!」
「その名前は保留」
カナメが車のエンジンをかける。
「帰るぞ」
ゼルヴァードは空を見上げていた。
「選定機関は次でさらに強く来る」
「白金の扉ですね」
リオナが言う。
「継承の火」
萌亜は、夕陽の向こうを見た。
「誰の未来へ繋ぐのか、か」
その言葉は、重かった。
萌亜は地球にいたい。
リオナと一緒にいたい。
それだけでも十分大切だ。
でも、継承の火はそれだけでは終わらないのだろう。
萌亜の力を、どの未来へ繋ぐのか。
今ここにいる二人だけでなく、まだ会っていない誰か。
これから生まれる誰か。
守る対象を、どこまで広げるのか。
リオナは、茶葉缶を鞄にしまった。
缶は前より少し温かく、そしてほんの少しだけ赤い香りがした。
代価の火。
第二承認、完了。
残るは、継承の火。
白い選定機関。
黒い海。
金色の太陽炉。
そして、白金の扉。
萌亜を地球へ定着させる旅は、最後の火へ向かい始めていた。
第21話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、エルドラド第二試練「代価の火」の回でした。
前回の欲望の火では、リオナと萌亜がそれぞれの願いを認めました。
今回は、その願いを叶えるための代価を、誰に払わせるのかが問われました。
萌亜は、自分の力の請求書を他人へ勝手に送らないことを選びました。
本来のアンゴルモア出力なら、周囲の熱量、記憶、寿命、可能性を奪って大きな力を出せる。
ですが、それは守るための力ではありません。
萌亜はそれを拒み、リオナの安全フィルターと自分の同意によって、出力を制限する道を選びました。
リオナは、萌亜の代価を全部肩代わりする契約を拒みました。
友達の痛みを代わりに背負いたいという願いは、悪いものではありません。
でも、それを勝手に契約してしまえば、萌亜自身が自分の力と向き合う権利を奪ってしまいます。
だからリオナと萌亜は、一方的な肩代わりではなく、相互確認型の分担を選びました。
簡単に言うと、半分こです。
この「半分こ」が、今回のかなり重要な答えになります。
また、カナメとゼルヴァードにもそれぞれ代価の問いがありました。
カナメは、感情を支払って迷いのない刃になることを拒みました。
ゼルヴァードは、敗北の責任を部下へ押しつけることを拒みました。
二人とも、強さや再起を得るために、誰かへ代価を流す道を選ばなかったわけです。
そして、選定機関は「代価不要」「責任不要」「判断不要」という形で介入してきました。
一見すると優しい提案に見えますが、実際には代価を記録外へ捨てているだけです。
切除された未来、消された文明、なかったことにされた痛み。
そういったものが、支払い先不明の負債として積み重なっている。
エルドラドはそれを許しませんでした。
今回で、萌亜の外宇宙由来出力核には代価流路制限が加わりました。
これにより、無断で周囲から熱や記憶や可能性を奪うような出力は抑制され、本人意思と接続因子の同意が重要になります。
エルドラド第二承認、完了です。
残るは、継承の火。
その力を、誰の未来へ繋ぐのか。
萌亜が地球に残ることは、リオナと萌亜だけの問題ではなくなっていきます。
次回は、白金の扉。
エルドラド編の最終試練へ進みます。
それではまた次回。
代価の火でも、半分こなら悪くない。