アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜 作:池ポチャ
前回、楠タクヤ少年は、選定機関に関わる少女――選定個体候補エックスを保護しました。
本人は、引き抜いたつもりなどありません。
ただ、麦茶を出し、おにぎりを半分あげ、「分かるまで休もう」と言っただけです。
しかし選定機関から見れば、それは明確な異常事態でした。
選定個体候補が自己判断を始め、帰還を保留し、地球人の少年のもとで休息を希望した。
つまり、立派な引き抜き疑惑です。
そして今回は、その流れがさらに大きくなります。
外宇宙観測員。
選定機関から逃げた候補個体。
未来から来た研究者。
星間企業を辞めたい技術者。
なぜか地球の牛。
さまざまな存在が、タクヤのもとに「少し休ませてほしい」と集まり始めます。
そこで発足するのが、宇宙交流茶会。
暫定会頭、楠タクヤ。
守衛、モー子。
少年はまだ、自分が何を作り始めたのか分かっていません。
でも、宇宙はもう少しずつ変わり始めています。
楠タクヤの机の引き出しは、もう普通の引き出しではなくなっていた。
鉛筆。
消しゴム。
定規。
ノート。
駄菓子の包み紙。
そして、外宇宙通信端末。
さらに、選定個体候補エックスから預かった白い記録片。
小学生の机の引き出しに入っていていいものではない。
しかしタクヤは、そこに普通に算数のプリントも入れていた。
宇宙規模の避難信号と、割り算の宿題が同じ場所にある。
宇宙は広い。
机の引き出しは意外と深い。
タクヤはその日も、学校から帰ると宿題を広げた。
「えーっと、時速四キロの太郎くんが……」
鉛筆を持ったまま、少し考える。
「太郎くん、毎回歩かされてるなあ」
文章題の人物の環境まで心配する少年だった。
その時、引き出しが光った。
青白い光。
前よりも強い。
タクヤは、そっと引き出しを開ける。
端末の画面には、複数の通知が並んでいた。
『一時避難希望』
『茶会はまだ開いていますか』
『追跡を受けています』
『判断保留を希望』
『休職相談』
『地球茶の提供可否』
『牛倫理協定について確認したい』
タクヤは瞬きをした。
「……増えてる」
前回までは、ほとんどケルたちからの連絡だけだった。
だが今は違う。
送信者が複数いる。
外宇宙観測局。
選定機関関連施設。
星間企業採掘部門。
未来管理局予測課。
名称不明の漂流艦。
そして、なぜか『牛倫理協定準備委員会』。
タクヤは、しばらく考えた。
それから端末へ向かって言った。
「お茶は出せるけど、僕の部屋だと狭いかも」
端末が光る。
すぐに返信が来た。
『場所を用意します』
「場所?」
『前回の裏山、地球時間二十一時。小規模会合を提案』
タクヤは時計を見た。
夜九時。
母に怒られる時間である。
「門限が……」
別の返信。
『地球時間誤差補正により、帰宅時刻の調整可能』
「前に数年ズレるって言ってなかった?」
『今回は努力します』
「努力かあ」
タクヤは少し悩んだ。
夜に出歩くのはよくない。
母も心配する。
でも、困っている人たちがいる。
宇宙人かもしれないし、未来人かもしれないし、選定個体候補かもしれない。
とてもややこしい。
けれど、困っていることだけは同じだった。
タクヤは立ち上がった。
「……お茶、足りるかな」
その心配だった。
*
夜の裏山。
タクヤは大きな水筒を二本、紙コップの束、母が作ったおにぎり、駄菓子屋で買ったビスケットをリュックに入れて背負い歩いていた。
荷物が多い。
小学生の夜の外出としてはかなり怪しい。
しかも向かう先は、宇宙人との会合である。
途中、牧場の前を通ると、牛のモー子が柵の向こうからこちらを見ていた。
首の銀色の鈴が、ぼんやり光っている。
「モー子、こんばんは」
「もー」
「今日は来ちゃダメだよ。危ないかもしれないし」
「もー」
モー子は、まったく納得していない顔をしていた。
タクヤは苦笑する。
「本当に来ちゃダメだからね」
そう言って裏山へ向かった。
もちろん、モー子はあとで来る。
牛は人間の言葉を完全には理解しない。
しかし、空気は読む。
そして今夜の空気は、明らかに自分の出番だと読んでいた。
*
裏山の開けた場所に着くと、そこはすでに普通の山ではなくなっていた。
星空の下に、薄い透明な膜が張られている。
外から見るとただの草地。
しかし中に入ると、空間が少し広くなっていた。
テーブルのような岩。
椅子のような切り株。
地面に敷かれた光るシート。
湯気を立てる謎の装置。
そして、数名の参加者。
細長い観測員ケル。
丸い観測員ポム。
少し健康そうになったグラウ。
白い髪の少女、エックス。
エックスは前回と同じ白い服を着ていたが、今回は膝の上に小さな布包みを置いていた。
中身は、前回タクヤが渡したハンカチだった。
彼女はタクヤを見ると、ほんの少しだけ目を動かした。
「タクヤ」
「こんばんは、エックス」
「こんばんは」
言葉が返ってきた。
前より、少しだけ自然だった。
タクヤは嬉しくなる。
「麦茶、持ってきたよ」
「麦茶」
「あと、おにぎり」
エックスの瞳のバツ印が、微かに揺れた。
「おにぎりは、悪くない」
「うん。今日は昆布と鮭」
「昆布」
「海藻だよ」
「海藻」
エックスは真剣に頷いた。
その横でケルが緊張した面持ちで言う。
『タクヤ。本日の会合は、前回より参加者が多いです』
「うん。通知がいっぱい来てた」
『全員を受け入れる必要はありません』
「でも、来ちゃったんでしょ?」
『はい』
「じゃあ、とりあえずお茶かな」
ケルは、何とも言えない顔をした。
『それが危険なのです』
「お茶が?」
『はい』
「お茶は悪くないよ」
その言葉に、ポムが小声で言う。
『名言として記録されそうです』
グラウが重々しく頷いた。
『すでに外宇宙観測局の一部で引用されています』
「えっ」
『“お茶は悪くない”運動が起きています』
「運動?」
『休憩権利要求運動です』
「それは、いいこと……なのかな」
『上層部はよく思っていません』
「上層部もお茶を飲めばいいのに」
三体の観測員が同時に震えた。
『また危険思想が出ました』
タクヤは納得できない顔をした。
*
最初に現れた新しい参加者は、金属の身体を持つ小さな技術者だった。
背丈はタクヤの半分ほど。
全身が銀色の金属でできていて、目だけが青く光っている。
彼は、がしゃがしゃと音を立てながら歩いてきた。
『星間企業採掘部門、第三整備班所属、個体名ギギ』
「こんばんは」
『退職希望』
「急だね」
『契約期間、地球換算で三百年』
「長い」
『残り百九十八年』
「長い!」
『辞めたい』
「それは辞めたくなるね」
ギギは、青い目を暗くした。
『しかし、違約金が惑星三個分』
「惑星で払うの?」
『はい』
「困ったね」
タクヤは紙コップに温かい飲み物を注いだ。
ギギ用にケルたちが用意した、機械生命体向けの潤滑茶だった。
「とりあえず、飲める?」
『摂取可能』
「じゃあ、座ろう」
『退職は可能か』
「僕は分からないけど、詳しい人に相談した方がいいと思う」
『詳しい人』
「契約に詳しい人とか」
すると、空間の端から声がした。
『契約書なら見られます』
現れたのは、三つ目の事務官だった。
長いローブを着て、腕が四本ある。
それぞれの手に書類を持っている。
『未来管理局予測課、元契約監査担当です』
「こんばんは」
『こんばんは。こちらの茶会では、相談だけしてもよろしいのでしょうか』
「もちろん」
『契約相談のみで、入会義務などは』
「ないです」
『寄付義務は』
「ないです」
『思想登録は』
「ないです」
三つ目の事務官は、明らかにほっとした顔をした。
『では、参加します』
その後も参加者は増えた。
水の中でしか呼吸できないクラゲ型記録者。
背中に小さな翼を持つ星間郵便配達員。
全身が炎のように揺らぐが、実は寒がりの恒星観測員。
選定機関の下位記録補助体。
未来から逃げてきた睡眠研究者。
全員に共通していることがあった。
疲れていた。
追われていた。
何かを決めきれずにいた。
そして、少しだけ休みたかった。
タクヤは、全員にお茶を出した。
飲めない種族には、摂取できるものをケルたちが用意した。
水分が毒の種族には温かい光。
金属生命体には潤滑茶。
炎型には低温プラズマ湯気。
クラゲ型には馴染み深い海水。
地球人のタクヤには麦茶。
エックスには、麦茶とおにぎり。
裏山の空き地に、奇妙な茶会ができあがっていく。
*
しばらくして、問題が起きた。
参加者が増えすぎたのである。
『避難希望です』
『退職相談です』
『一晩だけ隠れたい』
『自分の未来を見たくありません』
『選定機関の記録に戻りたくない』
『お茶の種類を確認したい』
『牛倫理協定について詳しく』
端末が鳴り続ける。
ケルは青ざめた。
『このままでは制御不能です』
ポムも震える。
『組織化が必要です』
グラウが真剣に頷く。
『名簿、受付、守衛、相談窓口、記録管理、食料管理、時間補正係が必要です』
「なんだか学校の係みたいだね」
タクヤはのんびり言った。
しかし参加者たちは真剣だった。
三つ目の事務官が書類を広げる。
『正式名称を決めるべきです』
ギギが手を上げる。
『退職互助会』
ケルが首を振る。
『範囲が狭い』
ポムが提案する。
『外宇宙休憩連盟』
グラウが考え込む。
『地球茶会保護協定準備組織』
クラゲ型記録者が泡を出す。
『湯気と休息の会』
エックスが静かに言った。
「判断保留所」
全員が少し黙った。
悪くない。
だが、少し重い。
タクヤは首を傾げる。
「宇宙の人と、地球でお茶を飲む会だよね」
『はい』
「じゃあ、宇宙交流茶会?」
全員が止まった。
シンプルだった。
あまりにもシンプルだった。
だが、意味は通る。
宇宙と地球。
交流。
茶会。
休息も、相談も、避難も、全部ひとまずそこに入る。
三つ目の事務官が即座に記録した。
『正式名称候補、宇宙交流茶会』
ケルが頷く。
『分かりやすい』
ポムが涙ぐむ。
『茶会という言葉に安心感があります』
グラウが深く頷いた。
『交流という言葉が、選定や管理より柔らかい』
エックスが、小さく言った。
「悪くない」
それで決まった。
宇宙交流茶会。
のちに外宇宙側で、非公式保護ネットワーク、地球茶会連合、楠派人材避難圏、あるいは全宇宙茶会戦争遠因組織などと呼ばれることになる集まりである。
だがこの時点では、ただの裏山のお茶会だった。
*
次に問題になったのは、代表者だった。
三つ目の事務官が書類を掲げる。
『組織には暫定責任者が必要です』
「責任者?」
タクヤがきょとんとする。
『はい。地球側窓口、会合主催者、保護判断者、茶会運営責任者です』
「大人の人じゃなくていいの?」
『この場にいる地球側代表は、あなたです』
「僕、子どもだけど」
『年齢規定はありません』
「お母さんに聞かないと」
『聞ける内容ですか』
タクヤは少し考えた。
母に「宇宙人と選定機関から逃げてきた人たちの茶会の代表になっていい?」と聞く。
たぶん叱られる。
もしくは頭の病院へ連れていかれる。
「聞きにくいね」
『はい』
ケルが申し訳なさそうに言う。
『もちろん、無理にとは言いません』
ポムも続ける。
『ですが、タクヤがいなければ、この茶会は成立しません』
グラウが頭を下げる。
『我々はあなたに依存しすぎていることも理解しています』
エックスがタクヤを見上げる。
「タクヤ」
「何?」
「あなたがいないと、ここは怖い場所になるかもしれません」
タクヤは黙った。
それは、少しだけ分かった。
外宇宙の技術者。
未来の研究者。
選定機関から逃げた候補個体。
星間企業の契約者。
いろいろな人が集まっている。
力の差もある。
立場の差もある。
追う側と追われる側が混ざるかもしれない。
だから、誰かが「ここでは休む」と決めなければならない。
それが自分でいいのか、タクヤには分からなかった。
でも。
「僕、難しいことは分からないよ」
『はい』
「宇宙の法律も知らないし、選定機関のことも、星間企業のことも、未来のことも分からない」
『はい』
「でも、ここでお茶を飲む人を、急に連れて行ったり、怒鳴ったり、無理やり決めさせたりするのは、よくないと思う」
参加者たちは、静かに聞いていた。
「だから、ちゃんとした代表が見つかるまでなら」
三つ目の事務官が、すぐに書類へ文字を走らせる。
『暫定』
「暫定なら」
『暫定会頭』
「会頭?」
『茶会の頭です』
「校長先生みたい」
『近いです』
「近いんだ」
タクヤは少し困った顔で笑った。
「じゃあ、暫定で」
その瞬間、参加者たちが一斉に拍手した。
手のない種族は光った。
水槽の中のクラゲは泡を出した。
金属生命体ギギは胸を鳴らした。
ポムは泣いた。
ケルは記録した。
グラウは深く頭を下げた。
エックスは、静かに言った。
「暫定会頭、楠タクヤ」
その言葉は、外宇宙の複数記録網に残った。
後に選定機関は、これを重大分岐点として記録する。
『宇宙交流茶会、発足』
『地球側暫定会頭、楠タクヤ』
『危険度、上方修正』
だがタクヤ本人は、拍手に照れていた。
「なんか、恥ずかしいね」
*
そして最後の問題が起きた。
守衛である。
『外部からの強制連行を防ぐ必要があります』
三つ目の事務官が言った。
『特に選定機関回収官、星間企業追跡部門、未来管理局再収容班、外宇宙観測局上層部が来る可能性があります』
「物騒だね」
『物騒です』
ギギが手を上げる。
『私が守衛を』
『あなたは退職相談中です』
『では不可』
炎型の恒星観測員が揺れる。
『私が入口を燃やす』
『山火事になります』
『では不可』
クラゲ型記録者が泡を出す。
『水で満たせば侵入を防げます』
『地球人が溺れます』
『では不可』
ケルたちは考え込む。
その時だった。
草地の向こうから、重い足音が聞こえた。
もー。
全員が振り返る。
そこに、モー子がいた。
黒白模様の牛。
首には銀色の鈴。
月明かりの下で、やけに堂々としている。
タクヤは目を丸くした。
「モー子!? 来ちゃダメって言ったのに」
「もー」
モー子は気にせず、茶会の入口に立った。
そして、草を食べ始めた。
静かだった。
だが、場馴れしている存在感があった。
前回、選定機関の回収官を止めた牛である。
牛倫理協定の暫定発効を引き起こした牛である。
外宇宙観測局牛観測班から、すでに保護対象認定されている牛である。
ケルが震える声で言った。
『適任では』
ポムが頷く。
『選定機関回収官への実績があります』
グラウも真剣だった。
『牛倫理協定により、外宇宙勢力の直接干渉が制限されます』
三つ目の事務官が書類に書き込む。
『守衛、地球牛個体モー子』
「待って」
タクヤが慌てる。
「モー子、牛だよ?」
『はい』
「守衛できるの?」
モー子は、もー、と鳴いた。
その銀色の鈴が光る。
端末が一斉に反応した。
『牛倫理協定、茶会入口保護条項を暫定追加』
『地球牛個体モー子、茶会守衛として認証』
『外宇宙勢力による強制突破時、倫理審査発生』
『モー子個体への危害、重大協定違反』
全員が沈黙した。
タクヤも沈黙した。
モー子は草を食べていた。
宇宙交流茶会の守衛が決まった瞬間だった。
エックスが小さく言う。
「守衛モー子」
ポムが感動していた。
『安心感があります』
ギギも頷く。
『物理的にも大きい』
クラゲ型記録者が泡を出す。
『入口に牛がいる茶会、記録価値が高い』
タクヤは頭を抱えた。
「モー子、牧場に帰らなくて大丈夫かな」
モー子は、もー、と鳴いた。
たぶん大丈夫ではない。
だが、今夜は守衛である。
*
こうして、第一回宇宙交流茶会が始まった。
議題は多かった。
一、茶会の目的。
二、参加条件。
三、強制連行の禁止。
四、判断保留の尊重。
五、地球時間に迷惑をかけない。
六、山を汚さない。
七、モー子に勝手に触らない。
八、おにぎりの具の希望調査。
タクヤは七番を強調した。
「モー子は勝手に触ると嫌がるから」
『重要規定として記録します』
三つ目の事務官が真剣に書く。
ケルが一番目を読み上げる。
『茶会の目的。外宇宙、地球、時間軸、選定系統、その他出自を問わず、疲労、混乱、追跡、判断不能状態にある個体へ、一時的な休息と対話の場を提供する』
「難しい」
タクヤが言う。
エックスが訳した。
「疲れたら、お茶を飲んで休む場所」
「それでいいと思う」
三つ目の事務官は、その下に地球語訳として書いた。
『疲れたら、お茶を飲んで休む場所』
それが宇宙交流茶会の第一条になった。
二番目。
『参加条件』
ポムが言う。
『危険存在を完全に拒否すると、保護対象も弾かれる可能性があります』
グラウが補足する。
『しかし、追跡者や強制連行者を入れるわけにはいきません』
タクヤは考えた。
「ここに来る人は、誰かを連れて帰るためじゃなくて、自分で休みに来た人ならいいんじゃないかな」
ケルが記録する。
『自発的休息希望者のみ参加可能』
エックスが言う。
「判断保留者も含む」
「うん」
三番目。
『強制連行の禁止』
これはすぐ決まった。
茶会にいる間、誰かを無理やり連れて帰ってはいけない。
命令、契約、選定、未来確定、職務規定、いずれも茶会内では一時保留。
ケルが震えながら言った。
『これは各勢力から激しく反発されます』
タクヤは困った顔をした。
「でも、お茶飲んでる途中で連れて行かれるのは嫌だよね」
エックスが頷く。
「嫌です」
「じゃあ、禁止」
決まった。
宇宙規模の命令体系を揺るがす規定が、小学生の「嫌だよね」で決まった。
四番目。
『判断保留の尊重』
エックスが、自分から前に出た。
「決められないことを、失敗としないでください」
静かな声だった。
「帰るか、逃げるか、働くか、休むか、誰かを切るか、守るか。すぐに決められない時があります」
参加者たちは黙って聞いていた。
「私は、それを異常だと言われました」
エックスは、手元のハンカチを握った。
「でも、タクヤは、分かるまで休もうと言いました」
タクヤは少し照れた。
「うん」
「だから、茶会では、判断保留を許可してください」
三つ目の事務官が記録した。
『判断保留は、異常ではなく休息状態として扱う』
エックスは、少しだけ息を吐いた。
「悪くない」
その一言で、規定は承認された。
五番目。
『地球時間に迷惑をかけない』
これはタクヤが強く主張した。
「僕、門限があるから」
『重要ですか』
「重要」
『地球家庭規則』
「お母さんに心配かけるのはよくない」
外宇宙の参加者たちは、なぜか深く頷いた。
『家庭規則は尊重すべき』
『保護者への説明不能案件は避けるべき』
『母は強い』
ケルたちは、前回タクヤが「お母さんに怒られる」と言っていたのを覚えていた。
宇宙交流茶会は、地球時間補正を行い、タクヤの門限を守ることになった。
後にこの規定は、地球側潜伏活動における重要原則になる。
『家族に心配をかけない範囲で宇宙と交流すること』
かなり難しい原則である。
*
会議が進むうち、参加者たちは少しずつ打ち解けていった。
ギギは三つ目の事務官に契約書を見せている。
『この違約金条項、無効化できますか』
『惑星三個分は過大請求ですね』
『やはり』
クラゲ型記録者は、エックスに好みの味付き海水を勧めている。
『水分濃度が違います』
「私は麦茶でいいです」
『麦茶、記録価値あり』
ポムはおにぎりの具を分類していた。
『昆布、鮭、梅、たまご』
グラウは休暇申請書のテンプレートを配っている。
『まずは一日休むところから始めましょう』
ケルは入口のモー子を見て、妙に安心していた。
『守衛がいると落ち着きます』
モー子は草を食べている。
守衛らしいことは何もしていない。
だが、いるだけで選定機関が入りにくい。
それは守衛として非常に強い。
タクヤは、紙コップを配りながらその光景を見ていた。
不思議だった。
宇宙人。
未来人。
機械生命体。
選定個体候補。
牛。
みんな違うのに、同じ場所でお茶を飲んでいる。
そして、さっきより少しだけ顔が楽になっている。
タクヤは小さく笑った。
「よかった」
エックスが隣に来る。
「何がですか」
「みんな、少し休めてる気がして」
「休めることは、よいことですか」
「うん」
「任務が止まっても?」
「止まった方がいい任務もあると思う」
「切除が遅れても?」
「切らなくていいものも、あると思う」
エックスは黙った。
それから言う。
「私は、まだ分かりません」
「うん」
「でも、分からないままここにいてもいい」
「いいよ」
「暫定会頭が許可しますか」
タクヤは少し照れながら答えた。
「許可します」
エックスは、ほんの少しだけ笑った。
本当に少し。
けれど、確かに表情が動いた。
「悪くない」
*
だが、穏やかな時間は長く続かなかった。
夜空に白い線が走った。
空間の外側。
透明な膜の向こう。
幾何学的な白い光。
選定機関の回収官ではない。
もっと遠くからの観測。
監視。
ケルが顔を強張らせる。
『選定機関の観測線です』
ポムが震える。
『茶会の発足が検知された可能性があります』
グラウが参加者を下がらせる。
『全員、刺激しないでください』
エックスは、空を見上げた。
白い光が、茶会の空間を測ろうとしている。
『未登録会合』
『選定対象関連個体の集合を確認』
『選定個体候補エックス、所在推定』
『楠タクヤ、影響拡大』
『分類』
『分類』
『分類』
白い文字が空に浮かぶ。
タクヤは眉をひそめた。
「また来た」
三つ目の事務官が震える手で書類を抱える。
『会頭、対応を』
「僕?」
『はい』
「どうしよう」
タクヤは空を見た。
白い光は、まだ攻撃していない。
ただ測っている。
でも、それだけで参加者たちは怯えている。
また連れて行かれるかもしれない。
また再調整されるかもしれない。
また職場に戻されるかもしれない。
また未来を切らされるかもしれない。
タクヤは紙コップを持ったまま、一歩前へ出た。
「すみません」
白い文字が止まる。
『楠タクヤ』
「ここは、今お茶会中です」
『未登録会合』
「はい。今日できました」
『目的』
「疲れた人が、お茶を飲んで休む場所です」
『選定機関管理対象を含む』
「管理されてる人も、疲れたら休んだ方がいいと思います」
『危険思想』
「そうかな」
『対象会合、監視継続』
「見ててもいいですけど」
タクヤは、少しだけ真剣な顔になった。
「無理やり連れて行くのは、やめてください」
白い光が揺れた。
『要求拒否』
「じゃあ、モー子」
タクヤが呼ぶ。
入口で草を食べていたモー子が、顔を上げた。
「もー」
銀色の鈴が光る。
空間に、重々しい通知が響いた。
『牛倫理協定、茶会入口保護条項発動』
『守衛モー子、勤務中』
『地球牛個体の監視権を侵害する恐れあり』
『選定機関観測線、倫理審査対象』
白い光が、明らかに戸惑った。
『牛』
『守衛』
『倫理審査』
『再計算』
ケルが小さく呟く。
『効いています』
ポムが感動していた。
『守衛モー子、強い』
グラウが涙ぐむ。
『牛に守られている……』
モー子は、もー、と鳴いた。
そしてまた草を食べた。
白い観測線はしばらく揺れていたが、やがて薄れていった。
『監視継続』
『直接介入、保留』
『楠タクヤ危険度、上方修正』
『守衛牛個体、要注意』
白い光が消える。
茶会に、静寂が戻った。
数秒後。
参加者たちが、一斉に拍手した。
モー子へ。
守衛モー子へ。
タクヤはモー子に近づき、そっと首を撫でた。
「ありがとう、モー子」
「もー」
「あとで牧場に戻ろうね」
「もー」
分かっているのかいないのか、モー子は堂々としていた。
*
第一回宇宙交流茶会は、地球時間で二時間ほど続いた。
時間補正により、外から見れば十分少々だった。
それでもタクヤにとっては、かなり長い夜だった。
最後に、三つ目の事務官が発足宣言を読み上げた。
『宇宙交流茶会、発足宣言』
『本会は、地球および外宇宙、過去、現在、未来、選定系統、非選定系統、その他未分類領域に属する疲労個体、混乱個体、判断保留個体へ、一時的休息と対話の場を提供する』
『本会において、強制連行、強制再調整、強制契約履行、未来確定、無断記録提出を禁ずる』
『本会の基本方針は以下の通り』
『疲れたら、お茶を飲んで休む場所』
『地球側暫定会頭、楠タクヤ』
『守衛、地球牛個体モー子』
『以上』
拍手。
光。
泡。
金属音。
牛の鳴き声。
さまざまな音が、裏山に混ざった。
タクヤは、何とも言えない顔で笑っていた。
「なんか、大ごとになっちゃったね」
ケルが真剣に答える。
『なりました』
ポムが頷く。
『かなり』
グラウも言う。
『しかし、必要な大ごとです』
エックスは、おにぎりを小さくかじって言った。
「悪くない大ごと」
タクヤは少し笑った。
「それなら、よかった」
*
帰り道。
タクヤはモー子と一緒に牧場まで歩いた。
空は相変わらず星だらけだった。
宇宙は広い。
そして、思ったより疲れている人が多い。
タクヤは、そんなことを考えていた。
「モー子」
「もー」
「守衛、できる?」
「もー」
「無理しなくていいよ」
「もー」
モー子は、月明かりの中で堂々と歩く。
銀色の鈴が、ちりんと鳴った。
その音は、不思議と遠くまで届いた。
外宇宙のどこかで。
逃げ場所を探している誰かが。
その音を聞いたような気がした。
*
同じ頃。
選定機関の記録領域では、緊急会議が開かれていた。
『未登録会合、確認』
『名称、宇宙交流茶会』
『地球側暫定会頭、楠タクヤ』
『守衛、牛』
『再分類を要求』
『牛とは何か』
『倫理協定との競合を確認』
『選定個体候補エックス、判断保留状態継続』
『外宇宙観測員複数、茶会に協力』
『星間企業離脱希望者、参加』
『未来管理局元監査担当、参加』
『危険度、上方修正』
『接触禁止指定、検討段階へ移行』
記録官のひとつが問う。
『楠タクヤは、何を目的としている』
答えは出なかった。
侵略ではない。
支配ではない。
反逆でもない。
宗教でもない。
兵器開発でもない。
ただ、茶会を開いている。
それが最も理解しにくかった。
そして最も危険だった。
*
翌朝。
タクヤは普通に学校へ行った。
少し眠かった。
算数の小テストは六十五点だった。
前より下がった。
先生に「夜更かしした?」と聞かれたので、タクヤは正直に答えた。
「ちょっとお茶会があって」
「夜に?」
「はい」
「早く寝なさい」
「はい」
先生は、それ以上追及しなかった。
宇宙交流茶会の暫定会頭が、寝不足で算数の点を落としたことなど、誰も知らない。
放課後。
タクヤは机の引き出しを開けた。
端末が静かに光っている。
そこには、新しいメッセージが届いていた。
『宇宙交流茶会、次回開催希望』
『参加希望者、十二名』
『相談内容、退職、避難、未来拒否、茶の種類および栽培』
『守衛モー子への差し入れ希望』
タクヤは笑った。
「モー子、人気だなあ」
そして、返信した。
『次は土曜日なら大丈夫です』
『おにぎりは多めに持っていきます』
送信。
その一文が、また宇宙を少しだけズラした。
この日から、宇宙には奇妙な噂が流れ始めた。
地球のどこかに、追われた者が休める茶会がある。
そこでは、すぐに答えを出さなくてもいい。
お茶が出る。
おにぎりも出る。
入口には、牛がいる。
そして、その牛はなぜか選定機関を止める。
ほとんど冗談のような噂だった。
だが、疲れた者たちは、その冗談に救われた。
宇宙は広い。
けれど、休める場所は少ない。
だから、裏山の小さな茶会は、これから少しずつ大きくなっていく。
タクヤ本人の知らないところで。
宇宙の分類から、少しずつ外れながら。
外伝第3話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、ついに宇宙交流茶会が発足しました。
きっかけはとても小さなものでした。
キャトルミューティレーションに巻き込まれた少年が、疲れた宇宙人にお茶を出した。
選定個体候補の少女に麦茶とおにぎりを渡した。
そして「分かるまで休もう」と言った。
その積み重ねが、宇宙交流茶会という形になります。
宇宙交流茶会の基本方針は、非常に単純です。
疲れたら、お茶を飲んで休む場所。
それだけです。
ですが、選定機関や外宇宙の管理社会から見れば、これはとても危険な考え方です。
なぜなら、彼らは分類し、測定し、役割を決め、不要なら切除する世界で生きているからです。
その中で「判断保留でもいい」「帰りたくないなら少し休んでいい」「お茶を飲んでから考えよう」と言われることは、役割そのものを揺らす出来事になります。
今回、楠タクヤは暫定会頭になりました。
本人は子どもなので、難しい制度も宇宙法もよく分かっていません。
それでも彼は、茶会の中で誰かが無理やり連れて行かれることをよくないと感じています。
その感覚だけで、宇宙規模の避難所のルールが作られていきます。
そして守衛は、モー子です。
前回、牛倫理協定によって選定機関の回収官を止めたモー子が、今回は正式に茶会の守衛として認証されました。
入口に牛がいる避難所。
しかも、その牛に手を出すと倫理協定が発動する。
選定機関にとってはかなり面倒な防壁です。
今後、この宇宙交流茶会は、外宇宙人材保護、超科学機関設立、選定個体引き抜き疑惑、そして全宇宙戦争の遠因へと繋がっていきます。
ただし、タクヤ本人はまだあまり分かっていません。
彼にとっては、困っている人が来たからお茶を出した。
おにぎりが足りなかったから次は多めに持っていく。
それくらいの感覚です。
でも、この作品では、そういう小さな優しさが宇宙を変えていきます。
次回以降は、宇宙交流茶会にさらに厄介な参加者が現れたり、選定機関が本格的に警戒し始めたり、タクヤの小さな裏山茶会が少しずつ宇宙規模の問題になっていきます。
それではまた次回。
暫定会頭でも、守衛が牛でも、お茶会は悪くない。