アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

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第3話です。

前回、SNSデビューした安藤萌亜は、自撮り一枚で宗教団体・外宇宙存在・政府機関をまとめて動かしてしまいました。

その結果、カリスマギャルの姫咲リオナは、宮内庁直轄の秘密組織「超常現象対策課」から、萌亜のSNS監修係として正式に認定されることに。

今回は、そんな二人がついに超常現象対策課の本部へ向かいます。

場所は、宮内庁の地下深く。

そこには、神話級の危険物、宇宙由来の遺物、都市伝説の実物、そして萌亜が「懐かし〜」と言い出すようなヤバいものが大量に保管されていました。

終末ギャル、ついに国家機密とご対面です。



宮内庁の地下には、だいたいヤバいものがある

姫咲リオナは、その日、生まれて初めて宮内庁に入った。

 

 普通の女子高生が、普通に生きていればまず縁のない場所である。

 

 皇居の周辺は、都心とは思えないほど空気が違っていた。

 

 広い空。

 

 静かな堀。

 

 整えられた木々。

 

 渋谷のスクランブル交差点や原宿の竹下通りとは、まるで別世界だった。

 

 隣を歩く安藤萌亜は、そんな空気を一切気にしていない。

 

「うわー、ここ映えるね。リオナっち、写真撮っていい?」

 

「ダメに決まってるでしょ」

 

「なんで?」

 

「場所が場所だから」

 

「えー。じゃあ、心の写メに残しとく」

 

「写メって言うな」

 

 萌亜は金髪をゆるく巻き、制服風のジャケットに短めのスカート、足元はルーズソックス風のアレンジをしていた。

 

 本人いわく「令和ギャルの正装」らしい。

 

 正直、何かがずれている。

 

 リオナは黒いジャケットに白のインナー、落ち着いたスカートという、普段より少し大人しめの格好をしていた。

 

 理由は簡単。

 

 今日の行き先が、国家機密だからである。

 

 宮内庁式外局・超常現象対策課。

 

 通称、超対課。

 

 宇宙、異界、神話、怪異、未確認生命体、認識災害。

 

 そういった、普通の行政では処理できない事件を担当する秘密組織。

 

 そして今、リオナはその本部へ招かれている。

 

 理由は、安藤萌亜のせいだ。

 

「ねえ、リオナっち」

 

「何?」

 

「宮内庁って、プリ機ある?」

 

「あるわけない」

 

「じゃあ、タピオカは?」

 

「ない」

 

「クレープは?」

 

「ない」

 

「え、何しに行くの?」

 

「国家機密の話」

 

「テンション上がんないなー」

 

「上げなくていい」

 

 リオナはスマホを握りしめた。

 

 前回のSNS騒動以降、彼女の立場は大きく変わった。

 

 表向きには、人気インフルエンサー。

 

 裏向きには、終末存在アンゴルモアこと安藤萌亜のSNS監修係。

 

 もっと言えば、人類がアンゴルモアの情報災害を受け止められるように翻訳する役目。

 

 冷静に考えなくても、荷が重すぎる。

 

「帰りたい……」

 

「リオナっち?」

 

「何でもない」

 

 宮内庁の建物内に入ると、二人は黒いスーツ姿の職員に案内された。

 

 廊下は静かだった。

 

 白い壁。

 

 磨かれた床。

 

 規則正しく並ぶ扉。

 

 すべてが普通の官公庁に見える。

 

 しかしリオナには分かる。

 

 ここは、普通ではない。

 

 空気の奥に、何かがある。

 

 喉の奥がぴりぴりするような、肌の上を見えない虫が歩くような、そんな感覚。

 

 萌亜は鼻歌を歌っていた。

 

「萌亜、何か感じないの?」

 

「感じるよ」

 

「やっぱり?」

 

「この建物、地下にけっこうヤバいのあるね」

 

「軽く言わないで」

 

「だいじょぶだいじょぶ。まだ地球割れるレベルじゃないし」

 

「地球割れるレベルが基準なのやめて」

 

 案内役の職員が、ほんの少し肩を震わせた。

 

 聞こえていたらしい。

 

 やがて二人は、関係者以外立入禁止と書かれた扉の前に着いた。

 

 職員がカードキーをかざす。

 

 電子音。

 

 扉の向こうには、エレベーターがあった。

 

 ただし、普通のエレベーターではない。

 

 床には奇妙な紋様。

 

 壁には金属板。

 

 天井には、注連縄のようなものと、機械的なセンサーが同時に取り付けられている。

 

「何これ」

 

 リオナが思わず呟く。

 

 萌亜は楽しそうに目を輝かせた。

 

「おー。霊的封鎖と量子固定と古神道系の結界を混ぜてる。雑だけどがんばってるじゃん」

 

「雑なの?」

 

「うん。でも人間にしてはチョベリグ」

 

 職員の顔が引きつった。

 

「……お乗りください」

 

 二人が乗り込むと、エレベーターは静かに動き出した。

 

 下へ。

 

 さらに下へ。

 

 表示階数は出ない。

 

 代わりに、壁のモニターに意味不明な文字列が流れていく。

 

 リオナはそれを見て、軽い吐き気を覚えた。

 

「うっ……何この文字……」

 

「あ、見ない方がいいよ」

 

「早く言って」

 

「それ、地下の深度を人間の脳でも理解できるように無理やり変換したやつだから。見すぎると夢で知らない海に沈む」

 

「怖すぎる」

 

 萌亜はリオナの目元を片手で覆った。

 

 その瞬間、吐き気が消えた。

 

 視界が暗くなり、代わりに萌亜の体温だけが近くなる。

 

「はい、見ちゃダメ」

 

「……ありがと」

 

「どいたま」

 

「どいたまも古い」

 

「えー」

 

 数十秒後、エレベーターが止まった。

 

 扉が開く。

 

 そこに広がっていたのは、リオナの想像を完全に超えた空間だった。

 

 巨大な地下施設。

 

 白く明るい照明。

 

 研究所のような通路。

 

 ガラス張りの隔離室。

 

 無数のモニター。

 

 職員たちが慌ただしく歩き回り、ところどころに武装した警備員が立っている。

 

 だが、もっと異様なのは、保管されているものだった。

 

 ガラスケースの中で脈打つ黒い石。

 

 水槽の中に浮かぶ、目玉のついた植物。

 

 宙に浮いたまま回転する古い鏡。

 

 誰も触れていないのに、ページが勝手にめくれる本。

 

 小さな鳥居の内側で、赤い霧のようなものが笑っている。

 

「……何ここ」

 

 リオナの声が震えた。

 

「ようこそ」

 

 低い声が響く。

 

 通路の奥から、スーツ姿の男が歩いてきた。

 

 宮内庁式外局・超常現象対策課、課長。

 

 御門征十郎。

 

 前回、電話越しに何度も胃を痛めていた人物である。

 

「宮内庁式外局・超常現象対策課、本部施設へ」

 

 御門は二人の前で立ち止まった。

 

「安藤萌亜。そして姫咲リオナ。来てくれて感謝する」

 

「どもー。安藤萌亜でーす。終末ギャルやってまーす」

 

「そういう自己紹介は外でしないでくれ」

 

「チョベリバ?」

 

「非常にチョベリバだ」

 

「御門のおじさん、使いこなしてるじゃん」

 

「使いたくて使っているわけではない」

 

 リオナは小さく頭を下げた。

 

「姫咲リオナです。えっと……今日はよろしくお願いします」

 

「こちらこそ。君にはすでに迷惑をかけている」

 

「本当にそうですね」

 

「率直だな」

 

「すみません」

 

「いや、正しい」

 

 御門は歩き出した。

 

 二人も後に続く。

 

「まず、この施設の説明をする。ここは、国内外で発生した超常現象、外宇宙由来の物品、神話的危険物、未確認生命体などを収容・研究・処理するための施設だ」

 

「つまり、ヤバいもの倉庫?」

 

 萌亜が言う。

 

「雑に言えばそうだ」

 

「宮内庁の地下には、だいたいヤバいものがあるんだね」

 

「全部ではないが、かなりある」

 

「正直に言わないでほしかったです」

 

 リオナは青ざめた。

 

 御門は無表情のまま続ける。

 

「君たちにここを見せる理由は二つある。ひとつは、安藤萌亜の存在がすでに国家機密の領域にあるため。もうひとつは、姫咲リオナ、君の協力が今後不可欠だからだ」

 

「私、ただのインフルエンサーなんですけど」

 

「昨日の件で分かった。君は安藤萌亜の発言を、人類が受け止められる形に変換できる」

 

「それ、褒められてます?」

 

「最大級に」

 

「全然嬉しくないです」

 

 萌亜は隣でにこにこしている。

 

「リオナっち、すごいじゃん。人類代表翻訳者」

 

「肩書きが重い」

 

 通路の横にある隔離室の前で、御門が足を止めた。

 

 中には、古びた木箱が置かれている。

 

 木箱の周囲には、何重もの札と鎖。

 

 床には複雑な結界。

 

 天井からは監視装置が向けられている。

 

「これは何ですか?」

 

 リオナが尋ねる。

 

「平安期に封印されたとされる呪具だ。開封した者の最も大切な記憶を喰う」

 

「うわ……」

 

 萌亜はガラス越しに木箱を覗き込んだ。

 

「あー、これね」

 

 御門の眉が動いた。

 

「知っているのか?」

 

「昔、どっかの陰陽師が頑張って作ってたやつ。懐かし〜」

 

「懐かしがるな」

 

「でもこれ、もう中身ほぼ寝てるよ。たぶん百年くらい起きない」

 

「……それは確かか?」

 

「うん。箱の中の子、寝相悪いだけ」

 

「子?」

 

「記憶食べる虫みたいなやつ」

 

 リオナは一歩下がった。

 

「虫って言わないで。想像したくない」

 

「可愛いよ? 口が八つあるだけ」

 

「可愛くない」

 

 御門は近くの職員に視線を送った。

 

「収容ランクの再評価を。百年間休眠見込みだそうだ」

 

「はっ」

 

 職員が慌ててメモを取る。

 

 リオナはその様子を見て、今さらながら思う。

 

 萌亜は本当に規格外なのだ。

 

 この施設で何重にも封印され、専門家たちが慎重に扱っているものを、彼女は「懐かしい」と言う。

 

 それどころか、中身の状態まで一目で見抜く。

 

 人間ではない。

 

 分かっていたはずなのに、こうして国家機密の中心でそれを見せつけられると、改めて背筋が寒くなる。

 

「リオナっち?」

 

 萌亜が顔を覗き込んでくる。

 

「大丈夫?」

 

「……うん。大丈夫」

 

「怖い?」

 

 萌亜の声は、少しだけ静かだった。

 

 リオナは一瞬、迷った。

 

 怖くない、と言えば嘘になる。

 

 でも。

 

「怖いけど、萌亜がいるから平気」

 

 そう答えると、萌亜は目を丸くした。

 

 それから、少し照れたように笑う。

 

「そっか」

 

「うん」

 

「じゃあ、萌亜が守るね」

 

「そういうの、さらっと言うな」

 

「ダメ?」

 

「ダメじゃないけど、心臓に悪い」

 

「人間の心臓、繊細だね」

 

「アンタの言動が強すぎるの」

 

 御門は二人のやり取りを黙って見ていた。

 

 その目には、わずかな安堵の色がある。

 

 安藤萌亜。

 

 アンゴルモア。

 

 人類を滅ぼせる存在。

 

 その制御方法は、兵器でも、封印でも、交渉術でもない。

 

 友達。

 

 あまりにも不確かで、あまりにも人間的なもの。

 

 だからこそ、御門は姫咲リオナをここに呼んだ。

 

 次に案内されたのは、さらに大きな収容区画だった。

 

 分厚いガラスの向こうに、巨大な石碑が立っている。

 

 表面には、人間の文字ではないものが刻まれていた。

 

 リオナは一目見ただけで、頭の奥が軋むような感覚を覚えた。

 

「見ない方がいい」

 

 御門が言った。

 

「これは、南太平洋上で回収された外宇宙由来の石碑だ。刻まれている文字は、読み取った者の人生観を不可逆的に変質させる」

 

「人生観を?」

 

「具体的には、自分が海藻であると確信する」

 

「嫌すぎる」

 

 萌亜は石碑を見て、首を傾げた。

 

「これ、ただの落書きだよ」

 

「落書き?」

 

「うん。外宇宙の子供が書いたやつ」

 

「子供の落書きで人間の人生観が壊れるのか」

 

「人間、感受性豊かだもんね」

 

「そういう問題ではない」

 

 リオナは、ガラス越しの石碑から目を逸らした。

 

「ちなみに何て書いてあるの?」

 

 萌亜はにこっと笑った。

 

「『うちの星の海藻さいきょー』」

 

「人生観壊されてそれは最悪」

 

 さらに奥へ進む。

 

 次の部屋には、台座の上に古い鏡が置かれていた。

 

 鏡面は黒く、何も映していない。

 

 ただ、その前に立つと、こちらを見返す視線のようなものを感じる。

 

「これは?」

 

「通称、黄泉返しの鏡。覗いた者の死後の姿を映す」

 

「絶対見たくない」

 

 リオナは即座に言った。

 

 萌亜は無邪気に近づく。

 

「萌亜、見ていい?」

 

「やめろ」

 

 御門が低い声で止めた。

 

「なぜ?」

 

「以前、君の本質情報に近いものを記録しようとした観測機器が三台爆発した」

 

「三台だけ?」

 

「施設職員が二週間悪夢を見た」

 

「じゃあ、やめとく」

 

「助かる」

 

 しかし、鏡は勝手に反応した。

 

 黒い鏡面に、何かが浮かぶ。

 

 リオナは思わず見てしまった。

 

 そこには、萌亜が映っていた。

 

 ただし、今の萌亜ではない。

 

 金髪ギャルの姿ではなく、星々を背負った巨大な影。

 

 無数の眼。

 

 無数の輪。

 

 形を持たない黒い翼。

 

 それでいて、中心には少女のような輪郭がある。

 

 見た瞬間、リオナの脳が理解を拒んだ。

 

 息が止まる。

 

 膝が崩れそうになる。

 

「リオナっち」

 

 萌亜の声。

 

 次の瞬間、視界が金色に染まった。

 

 萌亜がリオナの前に立ち、鏡との間を遮っていた。

 

 鏡面がひび割れる。

 

 ぱきん、と乾いた音。

 

 御門の表情が険しくなる。

 

「封鎖しろ」

 

 職員たちが慌ただしく動く。

 

 萌亜は鏡を見つめ、少しだけ困ったように笑った。

 

「ごめんね。見ちゃダメなやつだった」

 

 リオナは震える息を吐いた。

 

「……今のが、萌亜?」

 

「うーん。だいぶ昔の萌亜。あと、だいぶ外向きの顔」

 

「外向きであれなの?」

 

「うん。内側はもっとぐちゃぐちゃ」

 

「説明しなくていい」

 

 リオナは胸元を押さえた。

 

 心臓がうるさい。

 

 怖かった。

 

 正直、今までで一番怖かった。

 

 それでも、目の前の萌亜はいつもの萌亜だった。

 

 金髪で、古いギャル語を使って、タピオカが好きで、時々宇宙を潰す。

 

 怖い存在。

 

 でも、友達。

 

 その両方なのだ。

 

「リオナっち、ごめん」

 

 萌亜が小さく言った。

 

「怖がらせた」

 

 リオナは萌亜を見る。

 

 不安そうな顔をしていた。

 

 終末存在が。

 

 人類を滅ぼせるアンゴルモアが。

 

 友達に怖がられたことを、気にしている。

 

 リオナは、息を整えてから言った。

 

「怖かった」

 

「うん」

 

「でも、萌亜が隠してくれたから大丈夫」

 

「……うん」

 

「あと、今度からヤバそうな鏡の前で油断しないで」

 

「はい」

 

「返事が素直」

 

「リオナっち怒ると怖いし」

 

「鏡より?」

 

「うん」

 

「それはそれでどうなの」

 

 萌亜が少し笑った。

 

 リオナも笑う。

 

 御門はそのやり取りを見て、静かに言った。

 

「やはり、君を呼んで正解だった」

 

「何がですか?」

 

「姫咲リオナ。君は安藤萌亜を恐れながら、それでも友人でいられる」

 

「……それ、普通ですか?」

 

「普通ではない。だが、必要だ」

 

 御門は通路の奥へ歩き出す。

 

「最後に、君たちに見せたいものがある」

 

 案内されたのは、施設の最深部だった。

 

 これまでの区画とは違い、そこには職員の姿がほとんどない。

 

 照明も暗く、通路の壁にはいくつもの封印札と機械式ロックが重ねられている。

 

 扉の前には、武装した職員が四人。

 

 さらに、巨大な円形の装置が床に埋め込まれていた。

 

「ここは?」

 

 リオナが小声で尋ねる。

 

「特別封印庫だ」

 

 御門が答える。

 

「当課が保管する中でも、特に危険度の高いものを収容している」

 

「見せて大丈夫なんですか?」

 

「本来ならば駄目だ」

 

「じゃあ何で」

 

「安藤萌亜に確認してもらう必要がある」

 

 萌亜は首を傾げた。

 

「萌亜に?」

 

「ああ」

 

 御門は職員に合図を出した。

 

 重い扉が開く。

 

 内部は、広い円形の部屋だった。

 

 中央に、一本の槍が浮かんでいる。

 

 古びた槍。

 

 黒い柄。

 

 刃は白く、月の骨のように冷たい光を放っている。

 

 槍の周囲には、いくつもの鎖。

 

 しかし鎖は物理的なものではない。

 

 光でできた鎖。

 

 文字でできた鎖。

 

 祈りでできた鎖。

 

 いくつもの封印が、槍を縛っている。

 

 リオナはそれを見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 

 これは、見てはいけないものだ。

 

 本能がそう告げている。

 

「これは、二年前に北海道沖で回収された。記録上は隕石落下と処理されている」

 

 御門が説明する。

 

「だが実際には、宇宙から落下した槍だ。解析班はこれを、外宇宙由来の対神格兵装と推定している」

 

「対神格……」

 

「神を殺すための武器、ということだ」

 

 リオナは言葉を失った。

 

 萌亜は、じっと槍を見つめていた。

 

 いつもの軽さがない。

 

 タピオカだのプリだのと言っていた少女が、まるで別人のように沈黙している。

 

「萌亜?」

 

 リオナが声をかける。

 

 萌亜は小さく呟いた。

 

「……これ、まだ残ってたんだ」

 

 御門の目が鋭くなる。

 

「知っているのか」

 

「うん」

 

「何だ、これは」

 

 萌亜は槍を見つめたまま答えた。

 

「昔、萌亜を殺すために作られたやつ」

 

 部屋の空気が凍った。

 

 職員たちが息を呑む。

 

 リオナも声が出ない。

 

 萌亜を殺すための武器。

 

 つまり。

 

 アンゴルモアを殺すためのもの。

 

「誰が作ったんだ」

 

 御門が問う。

 

「外宇宙の選定機関。萌亜みたいな文明選定個体が、担当惑星に肩入れしすぎた時に処分するための保険」

 

「肩入れ……」

 

「うん。今の萌亜みたいにね」

 

 萌亜は笑った。

 

 でも、その笑顔は少しだけ寂しそうだった。

 

「昔は、こんなの使われることないって思ってた。だって萌亜、星なんてただの観測対象だと思ってたし。人間も文明も、面白くなかったら消せばいいって思ってたから」

 

 リオナは何も言えなかった。

 

 萌亜は続ける。

 

「でも今は、ちょっと違う」

 

 彼女は振り返り、リオナを見る。

 

「地球、けっこう好き」

 

 リオナの胸が、少しだけ痛くなった。

 

 嬉しいような。

 

 怖いような。

 

 切ないような。

 

 そんな言葉だった。

 

 御門は静かに問う。

 

「この槍は、君に効くのか」

 

「効くよ」

 

「殺せるのか」

 

「当たればね」

 

 その場にいた全員の顔色が変わった。

 

 リオナは思わず叫ぶ。

 

「そんなもの、ここに置いといて大丈夫なの!?」

 

「だから封印している」

 

 御門が答える。

 

「だが最近、この槍が反応し始めた」

 

「反応?」

 

「ああ。安藤萌亜がSNSを始めた直後からだ」

 

 萌亜は気まずそうに目を逸らした。

 

「萌亜のせい?」

 

「おそらく」

 

「ごめん」

 

「君が謝ると逆に不安になる」

 

 御門は槍を見つめる。

 

「問題は、槍が何に反応しているかだ。我々は、安藤萌亜本人の情報拡散に反応したと考えていた。だが、君の話を聞く限り、別の可能性がある」

 

「別の?」

 

 リオナが尋ねる。

 

 御門は重い声で言った。

 

「この槍を作った存在が、再び君を観測し始めた可能性だ」

 

 沈黙。

 

 部屋の空気が、さらに冷たくなる。

 

 萌亜は槍を見上げた。

 

 その瞳の奥で、星のような光が揺れる。

 

「そっか」

 

 声は軽い。

 

 でも、リオナには分かった。

 

 萌亜は、少しだけ警戒している。

 

「来るの?」

 

 リオナが尋ねる。

 

「たぶん」

 

「強い?」

 

「うーん。萌亜よりは弱いけど、人類から見たら全部終わりくらい」

 

「基準が毎回おかしい」

 

「大丈夫」

 

 萌亜はいつものように笑った。

 

「来たら、プチッとするから」

 

 その言葉は頼もしい。

 

 でも、今回はいつもと違って聞こえた。

 

 なぜなら、目の前には萌亜を殺せる槍がある。

 

 萌亜も絶対ではない。

 

 そう分かってしまったから。

 

 リオナは拳を握った。

 

「萌亜」

 

「ん?」

 

「無理しないで」

 

 萌亜はきょとんとした。

 

 それから、少し困った顔をする。

 

「無理って、どこから?」

 

「そこから説明必要?」

 

「うん。萌亜、わりと基準バグってるから」

 

「自覚あるんだ」

 

「最近リオナっちに教わった」

 

 リオナはため息をついた。

 

「とにかく、一人で全部どうにかしようとしないで。何かあるなら言って」

 

「リオナっちに?」

 

「そう」

 

「でも、リオナっちは人間だよ?」

 

「だから?」

 

「壊れやすい」

 

「そうだよ」

 

「弱い」

 

「そうだよ」

 

「巻き込んだら危ない」

 

「もう巻き込まれてる」

 

 萌亜は黙った。

 

 リオナはまっすぐに萌亜を見る。

 

「私、アンタのプロデューサーなんでしょ?」

 

「うん」

 

「公式マブダチなんでしょ?」

 

「うん」

 

「なら、勝手に一人で終末とかやんないで」

 

 萌亜の瞳が揺れた。

 

 それから、ゆっくり笑う。

 

「分かった」

 

「ほんと?」

 

「うん。萌亜、リオナっちに相談する」

 

「よし」

 

「地球割れそうになったら」

 

「もっと早く」

 

「じゃあ、日本沈みそうになったら」

 

「もっと早く」

 

「渋谷壊れそうになったら?」

 

「それでも遅い」

 

「難しい」

 

 リオナは頭を抱えた。

 

 御門はその様子を見て、口元をわずかに緩めた。

 

「姫咲リオナ。やはり君は必要だ」

 

「だから全然嬉しくないです」

 

「報酬は増額する」

 

「ありがとうございます」

 

 即答だった。

 

 その時だった。

 

 部屋の中央に浮かぶ槍が、かすかに震えた。

 

 ちりん、と鈴のような音がする。

 

 空間に小さな亀裂が走る。

 

 リオナには見えた。

 

 槍の刃に、一瞬だけ文字が浮かんだ。

 

 読めない。

 

 読めないはずなのに、意味だけが頭に流れ込んでくる。

 

『観測再開』

 

 次の瞬間、萌亜が指を鳴らした。

 

 ぱちん。

 

 亀裂は消えた。

 

 文字も消えた。

 

 しかし、部屋にいた全員が理解した。

 

 何かが始まった。

 

 どこか遠い宇宙の外側で、安藤萌亜を見ている存在がいる。

 

 かつてアンゴルモアを生み出し、選定者として地球へ送り込んだものたち。

 

 そして、彼女が人間に肩入れした場合、処分するための槍を用意したものたち。

 

 萌亜は、明るく笑った。

 

「やば。元上司に見つかったかも」

 

「元上司って言い方で済む相手なの?」

 

「済まないかも」

 

「笑わないで!」

 

 御門はすぐに職員へ指示を飛ばした。

 

「特別警戒態勢に移行。槍の反応を継続監視。関連する外宇宙波形をすべて記録しろ」

 

「了解!」

 

「姫咲リオナ、安藤萌亜。今日の案内はここまでだ」

 

「え、もう終わり?」

 

 萌亜が残念そうに言う。

 

「萌亜、もっと見たかった。あの笑う赤い霧とか」

 

「あれは見るものではない」

 

「可愛かったのに」

 

「三人ほど精神治療中だ」

 

「チョベリバじゃん」

 

「非常に」

 

 リオナは、もう一度槍を見た。

 

 封印された、萌亜を殺すための武器。

 

 自分の友達を殺せるもの。

 

 そう思うと、背中が冷たくなった。

 

 でも同時に、少しだけ腹が立った。

 

 誰が作ったのか知らない。

 

 どれだけ偉い宇宙の存在なのかも知らない。

 

 でも。

 

 今の萌亜は、タピオカを飲んで、プリクラに喜んで、パフェの写真を投稿する女の子だ。

 

 リオナの友達だ。

 

 勝手に殺すだの処分するだの、許せるわけがない。

 

「リオナっち?」

 

 萌亜が不思議そうに見る。

 

「何でもない」

 

「怒ってる?」

 

「ちょっとね」

 

「誰に?」

 

 リオナは槍を睨んだ。

 

「アンタの元上司に」

 

 萌亜は目を丸くした。

 

 そして、嬉しそうに笑う。

 

「リオナっち、やっぱマブい」

 

「古い」

 

「でも、ありがと」

 

「……うん」

 

 その後、二人は御門に連れられて地上へ戻った。

 

 帰りのエレベーターでは、リオナは深度表示を見ないようにした。

 

 萌亜は隣でずっと、今日見た危険物の感想を話していた。

 

「あの記憶食べる虫、昔より丸くなってた」

 

「聞きたくない」

 

「海藻石碑、字ヘタだったね」

 

「知らない」

 

「黄泉返しの鏡、割れちゃったかな」

 

「アンタのせいでしょ」

 

「ちょっとだけだよ」

 

「ちょっとで鏡割るな」

 

 地上に戻ると、夕方の空が広がっていた。

 

 皇居周辺の静かな空気。

 

 遠くに見えるビル群。

 

 この下に、あんなものが大量に眠っている。

 

 今までの自分なら、そんなこと想像もしなかった。

 

 世界は、思っていたよりずっと広く、ずっと危なく、ずっと変だった。

 

 そして、その変な世界の真ん中に、安藤萌亜がいる。

 

「ねえ、リオナっち」

 

「何?」

 

「今日、がんばったからクレープ食べたい」

 

「がんばったのは主に私の精神だけどね」

 

「じゃあ、リオナっちも食べよ。萌亜おごる」

 

「アンタ、お金あるの?」

 

「御門のおじさんにもらった交通費」

 

「それでクレープ買うな」

 

 ちょうどその時、リオナのスマホが震えた。

 

 通知。

 

 萌亜のSNSアカウントへのコメントだった。

 

『もあち、今日は何してたの?』

 

 リオナが画面を見せる。

 

「どう返す?」

 

 萌亜は少し考え、にっこり笑った。

 

「宮内庁の地下でヤバいもの見てた」

 

「却下」

 

「えー」

 

「普通に」

 

「じゃあ……」

 

 萌亜はスマホを受け取り、文字を打つ。

 

『今日は社会科見学っぽいことしてきた☆

ちょっと大人になった気分。

このあとクレープ食べる。チョベリグ!』

 

 リオナは画面を確認した。

 

「まあ、これならいいか」

 

「投稿していい?」

 

「いいよ」

 

 投稿ボタンが押される。

 

 コメント欄はすぐに流れ始めた。

 

『社会科見学かわいい』

 

『クレープいいな』

 

『チョベリグ!』

 

『もあちの制服コーデ見たい』

 

『リオナちゃんと一緒?』

 

 平和なコメント。

 

 普通の日常。

 

 その裏で、外宇宙の処分機構が動き出したかもしれないなんて、誰も知らない。

 

 萌亜はスマホを見て、嬉しそうに笑う。

 

「人間、やっぱおもろ」

 

 リオナは、その横顔を見た。

 

 怖い。

 

 危ない。

 

 分からないことだらけ。

 

 それでも、隣にいるこの少女を、一人にはしたくないと思った。

 

「行こ、萌亜」

 

「どこに?」

 

「クレープ」

 

「チョベリグ!」

 

「それ、そろそろ本当に流行りそうで怖い」

 

 二人は夕暮れの東京を歩き出した。

 

 地下には、神話級の危険物。

 

 空の外には、萌亜を観測する何者か。

 

 そして地上には、クレープを食べに行く二人のギャル。

 

 世界は今日も、何事もなかったように回っている。

 

 ただし、その裏側はだいたいヤバい。

 




第3話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、宮内庁直轄の秘密組織「超常現象対策課」の本部紹介回でした。

渋谷やSNSといった日常側から一転して、宮内庁地下の超常施設、神話級危険物、外宇宙由来の遺物など、この作品の裏側にある“ヤバい世界”を少し見せる回になっています。

ただし、安藤萌亜がいるので、どれだけ危険なものが出てきても本人はだいたい「懐かし〜」で済ませます。

記憶を食べる呪具。

人生観を海藻に変える石碑。

死後の姿を映す鏡。

そして、萌亜を殺すために作られた外宇宙の槍。

今回はギャグ多めの施設見学回でありつつ、最後に少しだけ不穏な要素も入れました。

萌亜は最強存在ですが、完全に無敵というわけではありません。

彼女を生み出した側、あるいは彼女を処分するための仕組みが存在している。

そして、萌亜が地球や人間に肩入れし始めたことで、その存在が再び動き出そうとしています。

一方で、リオナにとっても今回は大きな回でした。

萌亜の本質の一部を見て、怖いと思う。

それでも友達でいる。

この関係性が、今後の物語の中心になっていきます。

地球を守るのは萌亜ですが、萌亜を人間側につなぎ止めているのはリオナなのかもしれません。

次回は、外宇宙から来た美形侵略者が登場する予定です。

人類支配を宣言するつもりで来たのに、萌亜に服装と話の長さをダメ出しされる、かなりかわいそうな敵になると思います。

それではまた次回。

チョベリグ。
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