アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜 作:池ポチャ
外伝第4話です。
前回、楠タクヤ少年は、裏山で宇宙交流茶会を発足させました。
暫定会頭、楠タクヤ。
守衛、モー子。
疲れた外宇宙人、選定機関から逃げてきた候補個体、星間企業を辞めたい技術者、未来から来た研究者。
そして、入口に立つ牛。
その小さな茶会は、選定機関から見れば危険な未登録会合でした。
しかし、疲れた者たちにとっては、初めて「分からなくても休んでいい」と言われる場所でもありました。
今回は、その茶会がさらに広がります。
季節は夏。
タクヤにとっては、小学生最後の夏休みです。
本来なら、自由研究、ラジオ体操、虫取り、花火、宿題に追われる普通の夏休み。
しかし、宇宙交流茶会の暫定会頭になってしまったタクヤには、普通ではない予定が入ります。
外宇宙側の休憩所候補地の視察。
星間企業が放棄した貨物ステーション。
漂流文明の子どもたち。
そして、所有権を盾に回収へ来る星間企業の部隊。
タクヤはまた、難しい理屈ではなく、素朴な感覚で立ち向かいます。
お茶が飲める場所。
おにぎりを食べられる場所。
無理やり連れて行かれない場所。
その小さな理念が、宇宙の端で初めて形になります。
夏休みが始まった。
楠タクヤは、朝から机に向かっていた。
目の前には、真新しい夏休みの友。
横には、自由研究用のノート。
鉛筆は削ってある。
消しゴムもある。
麦茶もある。
完璧な布陣だった。
「今年こそ、宿題を八月三十一日に残さない」
タクヤは真剣だった。
去年は大変だった。
八月三十一日の夜、読書感想文と工作と絵日記が同時に残っていた。
母は怒り、父は笑い、姉は呆れ顔、タクヤは半泣きで朝顔の観察日記を捏造しかけた。
あれはよくない。
だから今年は、早めに終わらせる。
小学生最後の夏休み。
悔いなく遊ぶためにも、宿題は先に片付ける。
タクヤは鉛筆を握った。
「えーっと、自由研究は……」
その時だった。
机の引き出しが光った。
青白い光。
タクヤは固まった。
引き出しの中には、外宇宙通信端末が入っている。
つまり。
「……宇宙だ」
タクヤは、そっと引き出しを開けた。
端末の画面に文字が浮かぶ。
『宇宙交流茶会、緊急ではないが重要連絡』
タクヤは少しだけ安心した。
「緊急じゃないんだ」
画面が続けて光る。
『外宇宙側休憩所候補地の視察を依頼したい』
タクヤは首を傾げた。
「休憩所候補地?」
端末から、細長い外宇宙人ケルの声が聞こえた。
『はい、タクヤ。おはようございます』
「おはよう、ケル」
『夏休み中とのことですが、お時間はありますか』
「宿題を早く終わらせたいから、あんまりないかも」
『なるほど』
少し沈黙。
そして丸い外宇宙人ポムの声。
『しかし、今回の視察は宇宙交流茶会にとって大切です』
グラウの真面目な声も続く。
『裏山の茶会だけでは、参加希望者を受け入れきれなくなっています』
「増えてるの?」
『増えています』
『かなり』
『非常に』
三人が順番に言った。
タクヤは困った顔をした。
たしかに、第1回宇宙交流茶会の時点で、かなり人が増えていた。
選定機関から逃げてきた者。
星間企業を辞めたい者。
未来から避難してきた者。
お茶の種類を知りたい者。
牛倫理協定について聞きたい者。
裏山だけでは、たしかに狭い。
「それで、外宇宙に休憩所を作るの?」
『はい』
ケルが答える。
『地球へ直接来られない個体もいます。地球環境では身体が保たない者、選定機関の監視が厳しい者、時間軸が不安定な者。そうした者たちのため、外宇宙側に小規模休憩所を設置する計画があります』
「すごいね」
『ただし、問題があります』
「何?」
『我々だけで作ると、どうしても施設管理所になります』
ポムが悲しげに言う。
『休憩所ではなく、避難者収容施設のようになってしまうのです』
グラウが続けた。
『規則、受付、管理票、滞在時間、身元確認、危険度分類。必要ではありますが、それだけでは休めません』
タクヤは少し考えた。
「お茶がないとね」
『はい』
「あと、座れる場所」
『はい』
「怖い人が来ないこと」
『はい』
「おにぎり」
『重要です』
「守衛」
『非常に重要です』
タクヤは頷いた。
「じゃあ、見に行った方がいいかも」
端末の向こうで、三人が明らかにほっとした。
『ありがとうございます』
『ありがとうございます』
『休暇申請理由にもなります』
「グラウ、それ好きだね」
『大事です』
タクヤは時計を見た。
「でも、夜には帰してね。宿題があるから」
『もちろんです』
「あと、モー子は置いていった方がいいよね。宇宙船に牛は大変だし」
その瞬間、端末が一瞬沈黙した。
ケルが慎重に言う。
『その件ですが』
「え?」
『守衛モー子にも、同行要請が来ています』
「誰から?」
『牛倫理協定準備委員会、および宇宙交流茶会参加者一同からです』
タクヤは頭を抱えた。
「モー子、人気だなあ……」
*
その夜。
裏山の茶会場には、奇妙な一団が集まっていた。
ケル。
ポム。
グラウ。
白い髪の少女、エックス。
金属生命体ギギ。
そして、守衛モー子。
モー子は、月明かりの下で堂々と草を食べていた。
首の銀色の鈴が、ちりんと鳴る。
タクヤはモー子の前に立った。
「モー子、本当に宇宙行くの?」
「もー」
「怖くない?」
「もー」
「宇宙船、狭いかもよ?」
「もー」
「……行く気なんだね」
モー子は、当然のように鼻を鳴らした。
ケルが説明する。
『今回の小型艇には、モー子専用重力安定区画を用意しました』
ポムが誇らしげに言う。
『干し草もあります』
グラウが真面目に言う。
『守衛の労働環境は重要です』
「牛の労働環境まで考えてる」
『当然です』
ギギが金属音を鳴らした。
『牛用固定台、揺れ防止柵、反重力牧草保持器も搭載』
「すごい」
エックスは、タクヤの隣で空を見上げていた。
白い髪が夜風に揺れる。
彼女は前よりも少し自然に立っている。
まだ無表情に近い。
しかし、初めて会った時のような壊れそうな硬さは薄れていた。
「タクヤ」
「何?」
「宇宙へ行くのは、怖いですか」
タクヤは少し考えた。
「ちょっと怖い」
「怖いのに行くのですか」
「うん。困ってる人がいるなら、見に行った方がいいかなって」
「私は、少し怖いです」
「そっか」
エックスは、手元の白い布を握った。
かつてタクヤが渡したハンカチだ。
「でも、悪くない気もします」
タクヤは笑った。
「じゃあ、一緒に行こう」
「はい」
小型艇が、裏山の空に降りてきた。
青白い光。
静かなエンジン音。
モー子が、もー、と鳴く。
こうして、小学生最後の夏休み最初の大冒険が始まった。
行き先は、宇宙。
目的は、休憩所の視察。
同行者には、牛。
やはり普通ではない。
*
宇宙船の中から見た地球は、青かった。
前にも見た。
だが、何度見ても不思議だった。
丸い。
光っている。
雲があって、海があって、夜の場所には小さな灯りがある。
タクヤは窓に顔を近づけた。
「地球って、遠くから見るときれいだね」
ケルが頷く。
『はい。外宇宙から見ても、かなり目立つ星です』
「水が多いから?」
『それもあります』
ポムが補足する。
『生命反応、感情波形、神話防衛網、茶会反応、牛倫理干渉。複数の珍しい特徴があります』
「最後の二つ、地球の特徴なの?」
『最近追加されました』
タクヤは少し困った顔をした。
グラウが真剣に言う。
『特に茶会反応は広がりつつあります』
「それ、大丈夫?」
『選定機関から見ると大丈夫ではありません』
「そっかあ」
船の後方では、モー子が専用区画で草を食べていた。
宇宙にいる牛。
しかも、かなり落ち着いている。
ギギが誇らしげに言う。
『重力安定、正常』
「モー子、すごいね」
「もー」
エックスは、窓の外の地球をじっと見ていた。
「タクヤ」
「何?」
「私は、地球を見ても、まだ完全には分かりません」
「何が?」
「なぜ、この星を守りたいと思うのか」
タクヤは少し黙った。
難しい質問だった。
国とか、文明とか、未来とか、そういう大きな言葉はまだよく分からない。
でも。
「地球には、僕の家があるからかな」
「家」
「学校もあるし、モー子の牧場もあるし、駄菓子屋もあるし、お母さんもいるし」
「小さい理由です」
「うん」
「星を守る理由としては、小さい」
「でも、小さいのがいっぱいあると、大きくなるんじゃないかな」
エックスは、その言葉をしばらく考えた。
「小さいものが、いっぱい」
「うん」
「悪くない考えです」
タクヤは笑った。
「ありがとう」
エックスは、もう一度地球を見た。
その瞳のバツ印が、ほんの少しだけ揺れた。
*
目的地は、外宇宙航路の端にある古い貨物中継ステーションだった。
星間企業がかつて使っていたが、採算が合わなくなり放棄した施設。
正式名称は長すぎたので、ギギが短く説明した。
『廃棄貨物ステーション七七二号』
「名前がかわいくないね」
『企業管理名です』
「休憩所にするなら、名前変えた方がいいかも」
『重要提案として記録』
ステーションは、外から見ると半壊した円盤のようだった。
外壁の一部は剥がれ、古いコンテナが周囲に浮かんでいる。
赤い警告灯が点滅しているが、ほとんど壊れている。
だが、その中心部だけは明かりが灯っていた。
そこが、休憩所候補地だった。
船がドッキングすると、空気の抜ける音がした。
タクヤたちは中へ入る。
ステーションの内部は、まだ整備途中だった。
配線はむき出し。
壁はところどころ焦げている。
床には修理中のパネル。
天井からは、種族ごとの空気調整装置がぶら下がっている。
けれど、中央ホールだけは違った。
そこには、テーブルがあった。
椅子があった。
水槽型の個室があった。
光を浴びるための台があった。
金属生命体用の充電壁があった。
重力調整床があった。
そして、地球式の畳スペースがあった。
タクヤは目を丸くする。
「畳がある」
ギギが胸を張る。
『地球茶会基準を参考にしました』
「すごいね」
『湯沸かし装置もあります』
ポムが嬉しそうに言う。
『種族別飲料対応です』
グラウが受付台を示した。
『休暇申請書も置けます』
「そこも大事なんだ」
『大事です』
エックスは、畳スペースを見つめていた。
「ここは、休めそうです」
「本当?」
「はい。まだ少し怖いですが」
「怖くても休める場所って、いいかも」
「はい」
その時、ホールの奥から小さな声がした。
「……地球の人?」
タクヤが振り向く。
そこには、子どもたちがいた。
人間ではない。
耳の長い子。
肌が青い子。
透明な羽を持つ子。
影のような輪郭の子。
小さな金属の身体を持つ子。
種族はばらばら。
年齢もばらばら。
だが、全員に共通していることがあった。
怯えていた。
そして、疲れていた。
ケルが小声で説明する。
『漂流文明の子どもたちです』
「漂流文明?」
『故郷の星や船団を失い、正式な所属を持たない子どもたちです。選定機関や星間企業に分類されれば、保護ではなく再配置や契約対象にされる恐れがあります』
タクヤは、子どもたちを見る。
彼らは、こちらを警戒していた。
特にエックスを見ると、少し身を縮める。
選定機関の気配が分かるのかもしれない。
エックスもそれに気づいて、表情を硬くした。
タクヤは、ゆっくり前に出た。
「こんにちは」
子どもたちは黙っている。
「僕はタクヤ」
「地球の子?」
「うん」
「何しに来たの?」
「ここが休める場所か見に来た」
「休める場所?」
「うん。お茶飲んだり、おにぎり食べたり、無理やり連れて行かれなかったりする場所」
子どもたちは顔を見合わせた。
「無理やり連れて行かれない?」
「うん」
「本当に?」
「たぶん。守衛もいるし」
「守衛?」
その時、背後から重い足音がした。
モー子がホールへ入ってきた。
黒白模様の牛。
首に銀色の鈴。
宇宙ステーションの中央ホールに、牛。
子どもたちの目が一斉に輝いた。
「牛!」
「本物?」
「大きい!」
「守衛?」
「守衛牛?」
「倫理牛?」
タクヤは首を傾げた。
「倫理牛?」
ケルが小声で言う。
『牛倫理協定の影響で、外宇宙の一部では地球牛が倫理的防壁存在として誤解されています』
「誤解なのかな」
『半分は事実です』
モー子は、もー、と鳴いた。
子どもたちは、少しだけ笑った。
それだけで、ホールの空気が変わった。
タクヤは持ってきた包みを開いた。
「おにぎり、食べる?」
子どもたちはさらに顔を見合わせる。
「食べていいの?」
「うん。食べられる種族か確認してからだけど」
ポムがすぐに安全確認を始めた。
食べられる子には小さく分けたおにぎり。
食べられない子には、種族別栄養食。
飲める子には麦茶。
飲めない子には光や味付き水。
休憩所候補地で、初めての小さなお茶会が始まった。
*
タクヤは、子どもたちに折り紙を教えた。
持ってきていた自由研究用の色紙だった。
鶴。
舟。
手裏剣。
子どもたちは不器用に折った。
指の数が違う子もいる。
関節が逆に曲がる子もいる。
金属の指で紙を破ってしまう子もいる。
でも、みんな笑った。
「変な形になった!」
「足が多い!」
「鶴ってこれで合ってる?」
「たぶん違うけど、面白いね」
タクヤは笑った。
「失敗でも、面白ければいいと思う」
エックスは、その言葉を聞いていた。
「失敗でも、面白ければいい」
「うん。折り紙は、別に任務じゃないし」
「任務ではない」
「だから、変になってもいいんじゃないかな」
エックスは、自分でも一枚折ってみた。
白い紙。
細い指。
丁寧に折る。
しかし、途中で少しずれた。
彼女は固まった。
「失敗」
「大丈夫だよ」
「形が規定と異なります」
「でも、なんか鳥っぽい」
「鳥っぽい」
「うん」
タクヤは、その少し歪んだ折り紙を見て言った。
「悪くないよ」
エックスは、はっとしたように彼を見た。
「悪くない」
「うん」
エックスは、自分の折った紙をしばらく見つめた。
それから、小さく言った。
「では、これは残します」
「うん」
その折り紙は、後にGTG初期記録において『第一号判断保留折鶴』として保存されることになる。
本人たちは知らない。
*
穏やかな時間は、突然終わった。
ステーション全体に警報が鳴った。
赤い光がホールを照らす。
ギギが即座に端末を操作する。
『接近反応。星間企業回収部隊』
ケルの顔が強張る。
『早すぎる』
グラウが低く言う。
『廃棄施設のはずでは』
ギギの目が青く点滅する。
『所有権を再主張している可能性』
外部通信が強制的に開いた。
機械的な声が響く。
『こちら、星間企業第七資産回収部』
『廃棄貨物ステーション七七二号の不正占拠を確認』
『無登録技術者ギギの契約違反を確認』
『未登録漂流個体群を確認』
『施設および個体の提出を要求』
子どもたちが震えた。
ギギが前に出る。
『私が出れば、回収は止まる可能性』
「ギギは辞めたいんでしょ?」
タクヤが言った。
ギギの青い目が揺れる。
『はい』
「じゃあ、勝手に連れて行かれるのはだめだよ」
『しかし』
「子どもたちも、提出物じゃないよ」
タクヤは通信席へ歩いた。
ケルが慌てる。
『タクヤ、危険です』
「でも、話してみる」
『星間企業は話が通じにくいです』
「じゃあ、ゆっくり話す」
タクヤは通信に向かって言った。
「もしもし」
回収部隊の声が止まる。
『地球人類個体』
「はい。楠タクヤです」
『登録外』
「ここは今、休憩所の準備中です」
『所有権は当社に帰属』
「でも、放棄したって聞きました」
『再利用価値を確認したため、回収対象へ変更』
「勝手だと思います」
通信の向こうが沈黙した。
『地球人類個体による所有権判断は無効』
「難しいことは分からないけど」
タクヤはホールを見た。
怯える子どもたち。
震えるギギ。
エックス。
守衛モー子。
「ここで休んでる人たちを、いきなり連れて行かないでください」
『未登録個体は保護または契約対象』
「提出物じゃないです」
『規定に基づく処理』
「お茶を飲んでる途中です」
『関係なし』
「関係あると思います」
その時、外壁側のハッチが強制開放されようとした。
拘束用ドローンが侵入する。
銀色の機械が何体もホールへ飛び込んできた。
子どもたちが叫ぶ。
大人の戦闘員はいない。
ここにいるのは、疲れた者たちと、子どもたちと、小学生と牛。
しかし、エックスが前に出た。
「停止してください」
ドローンは止まらない。
『対象、選定機関関連個体』
『干渉権限なし』
エックスの瞳のバツ印が光る。
それは、かつて切除するために与えられた力。
分類し、不要を削り、未来を断つ力。
だが、今のエックスは、それを違う形で使った。
「問い返します」
白い光が広がる。
ドローンたちの命令系統へ、問いが流れ込む。
『この契約は正当ですか』
『この回収は必要ですか』
『休憩中の個体を連行する権限はありますか』
『子どもを提出物と呼ぶ根拠は何ですか』
『放棄した施設を、休憩所になった後で取り返す理由は何ですか』
ドローンが一斉に揺れた。
『照合中』
『契約条項確認』
『児童保護規定検索』
『休息中個体への強制執行、法務リスク』
『提出物、表現不適切』
ギギが驚いたように言う。
『命令が止まっている』
エックスの顔は青白い。
まだ力の使い方に慣れていない。
それでも、彼女は立っていた。
「切除ではなく、問い返し」
タクヤは言った。
「エックス、すごい」
「悪くないですか」
「すごく悪くない」
エックスは、ほんの少しだけ表情を緩めた。
その瞬間、モー子が鳴いた。
「もー」
銀色の鈴が強く光る。
ホールの入口に、牛の紋章が浮かび上がる。
『牛倫理協定、外宇宙休憩所候補地保護条項、暫定発動』
『守衛モー子、勤務中』
『休憩中個体への強制連行、倫理審査対象』
『漂流未成年個体の提出物扱い、重大審査対象』
回収部隊の通信にノイズが走った。
『牛』
『倫理審査』
『未成年個体』
『法務リスク増大』
グラウが書類を掲げる。
『労働倫理上も不適切です!』
三つ目の事務官はいないが、ギギが法務データを展開した。
『廃棄施設再占有に関する異議申し立て準備完了』
ポムが子どもたちを守るように立つ。
『ここは休息環境です!』
ケルも声を上げた。
『強制連行を拒否します!』
そして、子どもたちも折り紙を握って叫んだ。
「ここ、休む場所だよ!」
「ギギは直してくれた!」
「提出物じゃない!」
「牛もいる!」
最後の一言が、なぜか一番効いた。
回収部隊の通信は、しばらくノイズを吐いた。
『法務リスク上昇』
『選定機関関連個体の関与』
『牛倫理協定干渉』
『回収費用増大』
『一時撤退』
『所有権主張は保留』
ドローンたちが引いていく。
ハッチが閉じる。
警報が止まった。
ホールには、しばらく誰も喋らなかった。
やがて。
子どもたちが、わっと泣き出した。
ポムも泣いた。
グラウは深く息を吐いた。
ケルは腰が抜けたように座り込んだ。
ギギは何度も電子音を鳴らしていた。
エックスは、立ったまま少しふらついた。
タクヤが支える。
「大丈夫?」
「疲れました」
「座ろう」
「はい」
エックスは素直に座った。
タクヤは麦茶を差し出す。
「飲む?」
「はい」
エックスは麦茶を飲んだ。
それから、静かに言った。
「問い返しは、疲れます」
「うん」
「でも」
「でも?」
「悪くない」
タクヤは笑った。
「うん。悪くない」
*
その後、休憩所候補地の名称を決めることになった。
ギギが提案する。
『外宇宙第一中継休息施設』
「硬い」
ポムが言う。
『星間多種族休息環境試験場』
「長い」
グラウが言う。
『休暇申請対応型保護拠点』
「休暇から離れよう」
子どもたちが言う。
「牛のいる星のお休み場所!」
「おにぎりステーション!」
「折り紙の家!」
タクヤは少し考えた。
夏休み。
宇宙。
休む場所。
星の中継地。
「夏の星休み処、はどう?」
全員が静かになった。
エックスが繰り返す。
「夏の星休み処」
ケルが頷く。
『地球季節語が入っています』
ポムが涙ぐむ。
『やわらかいです』
グラウが記録する。
『休暇申請理由に使えます』
ギギが金属音を鳴らす。
『正式名として登録可能』
子どもたちは一斉に笑った。
「夏の星休み処!」
「牛もいる!」
「おにぎりも!」
「折り紙も!」
モー子が、もー、と鳴いた。
こうして、宇宙交流茶会の外宇宙第一支部は正式に名付けられた。
『夏の星休み処』
元は星間企業に放棄された貨物ステーション。
壁はまだ壊れている。
配線もむき出し。
防衛機構も不完全。
けれど、そこにはお茶があり、おにぎりがあり、折り紙があり、守衛モー子がいた。
タクヤにとって、それはもう立派な休める場所だった。
*
帰りの宇宙船。
タクヤは少し疲れていた。
モー子は専用区画で草を食べている。
エックスは、隣で自分の折った少し歪んだ折り紙を見ていた。
「タクヤ」
「何?」
「夏休みは、壮大ですね」
タクヤは笑った。
「普通はここまで壮大じゃないと思う」
「そうなのですか」
「うん。普通はラジオ体操とか、虫取りとか、宿題とか」
「宿題」
「そう。僕、まだほとんど終わってない」
「危険ですか」
「かなり」
エックスは真剣に頷いた。
「宿題対応を支援しますか」
「いや、自分でやるよ」
「なぜ」
「僕の宿題だから」
エックスは、その言葉を静かに受け取った。
「自分のものは、自分で」
「うん。でも、分からなかったら聞く」
「支援は可能」
「ありがとう」
エックスは、折り紙をそっと大事そうにしまった。
「夏の星休み処は、悪くない場所でした」
「うん」
「また行きたいです」
「じゃあ、また行こう」
「はい」
窓の向こうで、地球が近づいていた。
青い星。
小さいものがいっぱい集まって、大きくなっている場所。
タクヤは、それを見ながら思った。
自由研究。
何を書こう。
宇宙のことは書けない。
夏の星休み処のことも書けない。
漂流文明の子どもたちのことも、星間企業の回収部隊のことも、守衛モー子の宇宙勤務のことも書けない。
でも。
「いろいろな休み方について、なら書けるかな」
タクヤは小さく呟いた。
エックスが聞く。
「自由研究ですか」
「うん」
「題名」
「最初は『宇宙の休み方』って書きたいけど、たぶん危ないから」
「危険です」
「だよね。だから、『いろいろな休み方について』」
「悪くない」
「ありがとう」
*
翌朝。
タクヤは自分の机に向かっていた。
宇宙から帰ってきても、夏休みの宿題は減らない。
むしろ、寝不足のぶん大変である。
彼は自由研究ノートの表紙に、まずこう書いた。
『宇宙の休み方』
数秒見つめる。
消しゴムで消す。
そして書き直した。
『いろいろな休み方について』
内容は、普通の自由研究らしくまとめることにした。
疲れた時は、座る。
温かいものを飲む。
甘いものやごはんを食べる。
静かな場所に行く。
誰かに話を聞いてもらう。
すぐに答えを出さなくてもいい。
無理やり連れて行かない。
子どもが笑っている場所は、大事にする。
守衛がいると安心する。
できれば牛。
タクヤは最後の一文を見て、少し悩んだ。
先生に変だと思われるかもしれない。
でも、大事なことなので残した。
その頃。
宇宙のどこかでは、奇妙な噂が広がっていた。
『地球の少年が、星の休憩所を作った』
『そこでは、お茶が出る』
『おにぎりも出る』
『子どもは提出物ではないと言われる』
『選定機関由来の少女が、問い返しを覚えた』
『星間企業が、牛で撤退した』
『守衛は牛』
『名前は、夏の星休み処』
選定機関は、楠タクヤの危険度をさらに上方修正した。
星間企業は、廃棄施設の回収計画を一時保留した。
外宇宙観測局の一部職員は、休暇申請書に「夏の星休み処視察希望」と書き始めた。
そして、漂流文明の子どもたちは、歪んだ折り紙の鶴を大事に飾った。
宇宙は広い。
でも、休める場所は少ない。
だから、小さな休憩所がひとつ増えただけで、誰かの明日が少し変わる。
楠タクヤ少年の宇宙旅行記。
第4話。
宇宙へ再び。
小学生最後の夏休みは、確かに壮大な冒険になった。
ただし、宿題はまだ残っている。
第4話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、小学生最後の夏休みに入ったタクヤが、再び宇宙へ向かう話でした。
本人としては、宿題を早めに終わらせたい普通の夏休みです。
しかし、宇宙交流茶会の暫定会頭になってしまったため、外宇宙側の休憩所候補地を視察することになります。
今回登場した「夏の星休み処」は、宇宙交流茶会にとって最初の外宇宙側支部です。
元は星間企業に放棄された貨物ステーション。
そこをギギたちが改修し、疲れた人や漂流文明の子どもたちが休める場所にしようとしていました。
まだ壁は壊れ、配線もむき出しで、完全な施設とは言えません。
でも、そこにはお茶があり、おにぎりがあり、折り紙があり、守衛モー子がいます。
その時点で、タクヤにとっては十分に「休める場所」でした。
今回は、星間企業の回収部隊も登場しました。
選定機関とは違いますが、彼らもまた、契約や所有権を理由に人を連れて行こうとする存在です。
それに対して、タクヤは難しい法律ではなく、「おかしい」と感じる素朴な感覚で立ち向かいました。
そしてエックスも、今回は大きく成長しています。
前回までは守られる側だった彼女が、今回は選定機関由来の力を「切除」ではなく「問い返し」に使いました。
この力の使い方は、未来のエックスが選定機関へのカウンター存在になるための第一歩です。
切るために作られた力を、止めるために使う。
分類するための問いを、相手へ返す。
エックスの進む方向が、ここで少し見えてきました。
そしてもちろん、守衛モー子も同行しています。
宇宙船に牛が乗る。
外宇宙支部に牛が立つ。
それだけで、だいぶ変な絵面ですが、茶会にとっては重要な防衛力です。
モー子がいるだけで、そこは「無理やり連れて行かれない場所」になります。
最後にタクヤは、自由研究の題材として「宇宙の休み方」を思いつきます。
さすがにそのまま書くと危険なので、「いろいろな休み方について」に直しました。
しかし中身は、後にGTGの理念に繋がるものです。
疲れたら座る。
温かいものを飲む。
すぐに答えを出さなくてもいい。
誰かを無理やり連れて行かない。
子どもが笑っている場所は大事にする。
そして、できれば守衛は牛。
小学生最後の夏休みは、まだ始まったばかりです。
タクヤの宇宙旅行記は、ここからさらに大きな冒険へ広がっていきます。
それではまた次回。
夏休みでも、宇宙でも、おにぎりは悪くない。