アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

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外伝第5.5話です。

今回は、本編エルドラド編の裏側で起きていた幕間回です。

リオナと萌亜が黄金郷エルドラドへ向かっている頃。

GTG地球支部では、楠タクヤたちも茶葉缶を通じて二人を見守っていました。

しかし、その最中に一本の電話が入ります。

相手は、楠エリ。

タクヤの姉であり、未来の姫咲リオナの母。

外伝5話で、弟が夜中に家を出ていることを心配して後をつけ、宇宙交流茶会を目撃した少女です。

あれから時は流れ、エリは母になりました。

ですが、弟を心配する姉であることは変わっていません。

最近、顔を見せに来ないタクヤ。

リオナが大変なことに巻き込まれている気配。

そして、昔から変わらず何でも一人で抱えがちな弟。

エリは電話越しに、いつものようにタクヤを叱ります。

そして、なぜかその電話にエックスたちGTG古参メンバーも参加してしまいます。

宇宙規模の組織になっても。

選定機関へのカウンターになっても。

タクヤにとって、姉は今でも強い存在です。



エリとの電話

姉は、今でも強い

 

 

 

 黄金郷エルドラド。

 

 旧黄金沢金山跡地へ、姫咲リオナと安藤萌亜が向かっている頃。

 

 秋田県八幡平ドラゴンアイの奥。

 

 GTG地球支部、星茶室では、静かな緊張が続いていた。

 

 畳。

 

 障子。

 

 茶葉の香り。

 

 炉の上で湯が静かに沸いている。

 

 しかし、そこにいる者たちは、誰も完全には落ち着いていなかった。

 

 中央には、楠タクヤ。

 

 黒髪の穏やかな男。

 

 傍らには、GTG最上級顧問エックス。

 

 周囲には、ケル、ポム、グラウ、ギギ、三つ目の法務統括官。

 

 入口には、名誉終身守衛モー子。

 

 さらに、少し離れた席にエクスキューショナーが座っていた。

 

 全員の視線は、茶室中央に浮かぶ金色の水鏡へ向けられている。

 

 そこには、リオナたちが乗る車両の外部反応が映っていた。

 

 直接映像ではない。

 

 茶葉缶を通じた、あくまで安全圏からの支援観測。

 

 リオナと萌亜。

 

 黒瀬カナメ。

 

 ゼルヴァード。

 

 彼女たちは今、エルドラドへ向かっている。

 

 タクヤは湯呑みを手にしたまま、静かに目を細めていた。

 

「そろそろ、外縁に入るね」

 

 エックスが頷く。

 

「はい。黄金反応が増加しています」

 

 ケルが端末を見る。

 

「選定機関の遠隔観測も確認しています」

 

 ポムが心配そうに言う。

 

「リオナさんと萌亜さん、大丈夫でしょうか」

 

 グラウが硬い声で答える。

 

「エルドラドは、精神負荷よりも選択負荷が高い。支援は必要だ」

 

 ギギが電子音を鳴らす。

 

『茶葉缶、通信安定。必要時、GTG休息回路を接続可能』

 

 エクスキューショナーは静かに告げる。

 

「選定機関本流、干渉予兆あり」

 

 エックスが彼女を見る。

 

「あなたは、どちらへ報告していますか」

 

「判断保留」

 

「便利に使っていますね」

 

「有用語彙です」

 

 茶室の空気が少しだけ張り詰める。

 

 タクヤは苦笑した。

 

「二人とも、今日はリオナちゃんたちの支援が優先だよ」

 

「承知しています」

 

「判断保留しつつ承知」

 

「それ、承知なのかな」

 

 タクヤが苦笑した、その時だった。

 

 畳の上に置かれていたスマートフォンが震えた。

 

 ぶぶぶ、と普通の着信音。

 

 宇宙規模の観測水鏡。

 

 選定機関の干渉予兆。

 

 GTG最上級会議級の緊張。

 

 そのど真ん中で、あまりにも日常的な音だった。

 

 タクヤはスマホの画面を見た。

 

 表示された名前は。

 

『姉さん』

 

 タクヤの表情が、ほんの少し変わった。

 

 エックスが即座に反応する。

 

「楠エリ」

 

 ケルが背筋を伸ばす。

 

「会頭の姉君」

 

 ポムが震える。

 

「家庭側見守り協力者」

 

 グラウが真剣な顔になる。

 

「茶会家庭規則導入者」

 

 ギギが電子音を鳴らす。

 

『高優先対応推奨』

 

 三つ目の法務統括官が書類を出す。

 

『姉権限関連記録、参照準備』

 

 エクスキューショナーが首を傾げる。

 

「姉とは、強制権限個体ですか」

 

 エックスは静かに答えた。

 

「違います。ただし、タクヤに対して非常に強い影響力を持ちます」

 

「危険個体?」

 

「保護因子です」

 

 スマホは鳴り続けている。

 

 タクヤは少し困ったように笑った。

 

「出るね」

 

 全員がなぜか姿勢を正した。

 

 モー子も、もー、と小さく鳴いた。

 

 タクヤは通話ボタンを押す。

 

「もしもし、姉さん」

 

『もしもし、タクヤ?』

 

 電話越しの声。

 

 楠エリ。

 

 今は姫咲エリでもある、リオナの母。

 

 かつて、夜中に弟を尾行して裏山の茶会を見つけた中学生の少女は、今では落ち着いた大人の女性になっている。

 

 けれど、その声の芯にあるものは、昔と変わっていなかった。

 

 心配。

 

 叱責。

 

 そして、弟への遠慮のない距離感。

 

『今、大丈夫?』

 

「うん。大丈夫だよ」

 

 エックス、ケル、ポム、グラウ、ギギ、法務統括官、エクスキューショナーの視線が一斉にタクヤへ向く。

 

 明らかに大丈夫ではない状況である。

 

 タクヤは、少しだけ目をそらした。

 

 電話の向こうで、エリがため息をついた。

 

『その“大丈夫”は信用できないのよね』

 

「昔から?」

 

『昔から』

 

「そっかあ」

 

『そっかあ、じゃないの』

 

 タクヤは苦笑した。

 

 その瞬間、エックスが小声で呟く。

 

「姉権限、発動中」

 

 エリの声が止まった。

 

『……今、誰かいる?』

 

 タクヤは一瞬だけ黙った。

 

「うん。少し」

 

『少し?』

 

「エックスと、ケルたちと、モー子と」

 

『モー子もいるの?』

 

「うん」

 

 電話の向こうで、深い沈黙。

 

 そして、エリは言った。

 

『また変な場所にいるのね』

 

「茶室だよ」

 

『普通の茶室には、エックスさんとケルさんたちとモー子は揃わないの』

 

「そうだね」

 

『分かってるならよろしい』

 

 ケルが小声で言う。

 

「楠エリ殿、変わりませんね」

 

 ポムが感動する。

 

「お声に家庭規則の温度があります」

 

 グラウが頷く。

 

「会頭の行動制限因子として健在」

 

 エリの声が鋭くなる。

 

『聞こえてますよ』

 

 全員が固まった。

 

 タクヤは苦笑する。

 

「姉さん、スピーカーにしてないんだけど」

 

『昔からあんたの周りは声が大きいの』

 

 ギギが電子音を小さくした。

 

 法務統括官は慌てて書類を閉じる。

 

 エクスキューショナーは真顔で言う。

 

「楠エリ、聴覚性能が高い」

 

 エックスが首を振る。

 

「違います。姉です」

 

「姉とは、聴覚拡張個体ですか」

 

「場合によります」

 

 タクヤはますます苦笑した。

 

     *

 

 エリは少し声を柔らかくした。

 

『元気にしてる?』

 

「うん。元気だよ」

 

『ちゃんと寝てる?』

 

「まあ、それなりに」

 

『それなり禁止』

 

「昔も言われたね」

 

『今も言うわよ』

 

 タクヤは湯呑みを見た。

 

「姉さんは?」

 

『私は元気。リオナのことで、最近ちょっと心配が増えてるけど』

 

 茶室の空気が静かになる。

 

 タクヤの目も、少し真剣になった。

 

「リオナちゃんは、強いよ」

 

『知ってる。でも、強いから心配しなくていいって話じゃないでしょ』

 

「うん」

 

『あの子、昔から平気な顔して抱えるところがあるの。誰に似たんだか』

 

 タクヤは何も言わなかった。

 

 エリは、すぐに続けた。

 

『あなたにも似てるのよ』

 

「僕?」

 

『そう。困ってる人がいたら、にこにこしながら危ない方へ行くところ』

 

 エックスが静かに頷いた。

 

「事実です」

 

 ケルも頷く。

 

「完全に一致します」

 

 ポムが涙ぐむ。

 

「だから我々は救われました」

 

 グラウが真剣に言う。

 

「しかし危険です」

 

 エリが電話越しに言った。

 

『ほら、みんな分かってるじゃない』

 

 タクヤは困ったように笑った。

 

「味方がいないね」

 

『味方だから言ってるの』

 

 その言葉に、茶室が少し静かになった。

 

 エックスは、かつて中学生のエリから聞いた言葉を思い出していた。

 

『心配する役』

 

 家族。

 

 姉。

 

 心配して、怒って、前に出る関係。

 

 今のエリの声にも、同じものがあった。

 

 タクヤは、穏やかに言う。

 

「分かってるよ。姉さん」

 

『ほんとに?』

 

「うん」

 

『じゃあ、最近どうして顔を見せに来ないの』

 

 タクヤが固まった。

 

 茶室の全員が固まった。

 

 エックスがゆっくりタクヤを見る。

 

 ケルも見る。

 

 ポムも見る。

 

 グラウは書類を開く。

 

 ギギは電子音を鳴らす。

 

『家族訪問頻度不足』

 

 三つ目の法務統括官が記録する。

 

『茶会家庭規則違反の可能性』

 

 タクヤは小さく咳払いした。

 

「いや、最近少し忙しくて」

 

『忙しいのは知ってるわよ。リオナのことも、萌亜ちゃんのことも、GTGのことも、全部じゃないけど分かってる』

 

「うん」

 

『でもね、忙しいからって実家に顔を出さなくていい理由にはならないの』

 

 タクヤは苦笑した。

 

「そうだね」

 

『お母さんも心配してるわよ』

 

「母さんも?」

 

『当たり前でしょ。あんた、昔からふらっといなくなるんだから』

 

「昔の話じゃない?」

 

『今も似たようなものです』

 

 きっぱり言われた。

 

 エックスが小声で言う。

 

「姉権限、強い」

 

 エクスキューショナーが観察するように呟く。

 

「楠タクヤ、明確に劣勢」

 

 ケルが頷く。

 

「姉君相手では昔からです」

 

 ポムが懐かしそうに言う。

 

「外伝5話時点から、タクヤはお姉さんに弱いです」

 

 タクヤは皆を見た。

 

「みんな、静かにね」

 

 エリの声。

 

『聞こえてます』

 

「はい」

 

     *

 

 エリは、少しだけ声を落とした。

 

『リオナ、今エルドラドに向かってるのよね』

 

 茶室の空気が再び引き締まる。

 

 タクヤは嘘をつかなかった。

 

「うん」

 

『危ない場所?』

 

「危なくないとは言えない」

 

『そう』

 

 電話の向こうで、エリが息を吐く音がした。

 

『あの子には、私から細かく聞けないこともある。言えないことがあるのも分かってる。でも、母親として心配はする』

 

「うん」

 

『リオナ、泣いてない?』

 

 タクヤは、水鏡を見る。

 

 そこに映るのは反応だけだ。

 

 直接の姿ではない。

 

 でも、リオナがこれから見るものは、きっと優しくない。

 

 エルドラドは欲望を問う。

 

 代価を問う。

 

 未来への継承を問う。

 

 母親の声が、静かに揺れる。

 

『あの子、平気なふりするから』

 

「知ってる」

 

『あなたも知ってるなら、ちゃんと支えてあげて』

 

「そのためにいるよ」

 

『それと、タクヤ』

 

「うん」

 

『あなたも無理しない』

 

 タクヤは一瞬だけ目を伏せた。

 

「うん」

 

『リオナを守ろうとして、萌亜ちゃんを守ろうとして、エックスさんたちを守ろうとして、気づいたら自分のことを後回しにする。昔からそう』

 

 エックスが、静かにタクヤを見る。

 

 ケルたちも黙った。

 

 エリの声は、優しいのに逃げ場がなかった。

 

『あんたは、宇宙の会頭とか、GTGの中心とか、外宇宙の何とかとか言われてるんでしょうけど』

 

「うん」

 

『私から見れば、今でも弟なの』

 

 タクヤは、苦笑した。

 

 少し困ったような。

 

 少し照れたような。

 

 少しだけ、安心したような顔だった。

 

「うん。そうだね」

 

『だから、ちゃんと顔を見せに来なさい』

 

「はい」

 

『今度の日曜』

 

「今度の日曜?」

 

『お昼。来られる?』

 

 タクヤは予定を確認しようとした。

 

 その瞬間、グラウが即座に端末を操作する。

 

「会頭の日曜午後予定、調整可能」

 

 ケルが頷く。

 

「外宇宙交流局会議は延期できます」

 

 ポムが言う。

 

「休息環境整備会議もずらします」

 

 ギギが電子音を鳴らす。

 

『超科学開発局、緊急案件以外停止可能』

 

 法務統括官が書類を確認する。

 

『家族訪問は高優先事項として登録できます』

 

 エックスが静かに言う。

 

「タクヤ。行くべきです」

 

 エクスキューショナーも言った。

 

「姉権限要求、拒否非推奨」

 

 タクヤは笑った。

 

「分かった。行くよ、姉さん」

 

『よろしい』

 

 エリの声が少し明るくなった。

 

『リオナが帰ってきた後、都合が合えば一緒に来なさい。萌亜ちゃんも、甘いもの好きなんでしょう?』

 

「うん。大好きだよ」

 

『じゃあ、クレープでも用意しようかしら』

 

 茶室の全員が反応した。

 

 ポムが感動している。

 

「家庭側甘味支援」

 

 ギギが記録する。

 

『クレープ供給予定』

 

 エクスキューショナーが静かに言う。

 

「クレープ、安藤萌亜の安定因子」

 

 エックスが頷く。

 

「適切です」

 

 タクヤは苦笑した。

 

「みんな、本当に聞いてるね」

 

『聞こえてるんでしょ?』

 

 エリが電話の向こうで言った。

 

『エックスさんたちも、よかったら一度いらっしゃい。全員は無理でしょうけど』

 

 茶室が完全に止まった。

 

 ケルが震える。

 

「我々が、楠家へ」

 

 ポムが泣きそうになる。

 

「家庭訪問……」

 

 グラウが真面目に言う。

 

「事前申請が必要です」

 

 ギギが電子音を鳴らす。

 

『玄関寸法確認が必要』

 

 法務統括官が書類を出す。

 

『地球家庭訪問時の礼儀規定を作成します』

 

 エックスは、少しだけ目を見開いていた。

 

「私も、ですか」

 

 エリは電話越しに言った。

 

『あなたも。昔、タクヤに麦茶とおにぎりをもらった子でしょう?』

 

 エックスは黙った。

 

 その表情が、ほんの少しだけ揺れる。

 

「覚えているのですか」

 

『覚えてるわよ。白い髪の、不器用で、麦茶を大事そうに飲んでた子』

 

 エックスは、目を伏せた。

 

「……はい」

 

『今度は、私がお茶を出す番ね』

 

 茶室に静かな空気が広がった。

 

 エックスは、小さく答えた。

 

「ありがとうございます」

 

 タクヤは、そんなエックスを見て柔らかく笑った。

 

     *

 

 その時、水鏡が強く揺れた。

 

 エルドラド外縁。

 

 リオナたちの進路上に、黄金反応が急増する。

 

 エックスの表情が即座に戻る。

 

「欲望誘導、開始」

 

 ケルが端末を見る。

 

「リオナさんの端末に干渉反応」

 

 ポムが声を震わせる。

 

「萌亜さんにも甘味誘導反応」

 

 グラウが言う。

 

「試練が始まった」

 

 電話の向こうで、エリが静かになる。

 

『リオナ?』

 

 タクヤは、穏やかだが真剣な声で言った。

 

「大丈夫。今、見守ってる」

 

『私にも、何かできる?』

 

 その言葉に、タクヤは一瞬考えた。

 

 エリは戦えない。

 

 エルドラドには行けない。

 

 選定機関の白い線を直接止めることもできない。

 

 でも。

 

「姉さん、リオナちゃんに声を残してくれる?」

 

『声?』

 

「うん。今すぐ届かなくてもいい。茶葉缶に、家族の声として記録する。必要な時、リオナちゃんの支えになるかもしれない」

 

 エリは、少し黙った。

 

 それから、静かに言った。

 

『分かった』

 

 茶室の中央に、茶葉缶の記録回路が展開される。

 

 エックスが操作する。

 

「家族音声記録、開始します」

 

 エリの声が、少し震えながら、それでもまっすぐ響いた。

 

『リオナ』

 

 星茶室の空気が、温かくなる。

 

『あなたがどこで何を見ているのか、私は全部は分かりません。たぶん、あなたは私に言えないこともたくさん抱えているんだと思います』

 

 タクヤは、静かに目を伏せた。

 

『でも、これだけは覚えていて。怖いと思っていい。迷っていい。泣いていい。全部一人で決めなくていい』

 

 エックスが、小さく息を呑む。

 

『あなたは強い子だけど、強いからって一人で立たなくていいの。誰かの手を握っていい。萌亜ちゃんの手を握っていい。タクヤにも怒っていい』

 

 タクヤは苦笑した。

 

「そこ、僕なんだ」

 

 エリは続ける。

 

『それから、帰ってきたら顔を見せなさい。話せることだけでいいから、話して。甘いもの用意して待ってるから』

 

 少し間。

 

 エリの声が、さらに柔らかくなる。

 

『あなたは、私の大事な娘です。どんなに遠くへ行っても、それは変わりません』

 

 記録が完了した。

 

 茶室は、しばらく静かだった。

 

 ポムは泣いていた。

 

 グラウも目元を押さえていた。

 

 ギギは記録ランプを静かに点滅させていた。

 

 エクスキューショナーは、目を細める。

 

「家族音声、情動安定因子として有効」

 

 エックスは頷いた。

 

「はい。非常に」

 

 タクヤはスマホへ言った。

 

「ありがとう、姉さん」

 

『礼を言うのは、帰ってきてからでいいわ』

 

「うん」

 

『それとタクヤ』

 

「何?」

 

『苦笑で誤魔化さない』

 

 タクヤは本当に苦笑した。

 

「見えてるみたいだね」

 

『見えてるわよ。姉だから』

 

 エックスが小声で言う。

 

「姉、やはり強い」

 

     *

 

 通話の終わり際、エリは少しだけ声を軽くした。

 

『モー子は元気?』

 

 入口で、モー子が鳴いた。

 

「もー」

 

 タクヤは笑う。

 

「元気だよ」

 

『相変わらず守衛なのね』

 

「名誉終身守衛だよ」

 

『牛なのに肩書きが増えすぎじゃない?』

 

「そうだね」

 

『モー子にもよろしく言っておいて』

 

「聞こえてるよ」

 

「もー」

 

 エリは少し笑った。

 

『じゃあ、私は切るわ。リオナのこと、お願いね』

 

「うん。任せて」

 

『任せるけど、無理はしない』

 

「うん」

 

『日曜、来ること』

 

「行くよ」

 

『よろしい』

 

 通話が切れた。

 

 スマホの画面が暗くなる。

 

 タクヤはそれを見つめて、ふっと息を吐いた。

 

 エックスが静かに言う。

 

「タクヤ」

 

「うん」

 

「顔を見せに行くべきです」

 

「分かってるよ」

 

 ケルも頷く。

 

「会頭の家族訪問は、GTG運営上も重要です」

 

 ポムが言う。

 

「お姉さん、変わっていませんね」

 

 グラウが真面目に続ける。

 

「家庭規則は、今も有効です」

 

 ギギが電子音を鳴らす。

 

『日曜予定、確保完了』

 

 法務統括官が書類をまとめる。

 

『家族訪問に関する業務優先度調整、完了』

 

 エクスキューショナーは、タクヤを観察していた。

 

「楠タクヤ」

 

「何?」

 

「あなたは、姉に対して反論効率が著しく低下します」

 

 タクヤは笑った。

 

「そうだね」

 

「理由は」

 

「姉だからかな」

 

「姉とは、選定機関の上位権限より強いのですか」

 

 タクヤは少し考えた。

 

 それから、困ったように笑った。

 

「僕にとっては、そうかもね」

 

 エックスは、静かに頷いた。

 

「悪くありません」

 

     *

 

 水鏡では、リオナたちがエルドラド外縁へ入っていた。

 

 黄金の標識。

 

 欲望の誘導。

 

 萌亜の甘い誘惑。

 

 そして、リオナへ提示される「萌亜完全人間化プラン」。

 

 タクヤは、先ほどエリが残した音声記録を見た。

 

 今すぐ使うべきか。

 

 まだ早いか。

 

 リオナは強い。

 

 だが、強いからといって、支えが不要なわけではない。

 

 タクヤは静かに言った。

 

「エックス」

 

「はい」

 

「リオナちゃんが本当に崩れそうになったら、姉さんの声を届けて」

 

「承知しました」

 

「でも、リオナちゃん自身の選択は邪魔しないで」

 

「はい」

 

 エックスは、水鏡を見る。

 

「家族の声は、命令ではなく、選択肢として残します」

 

 タクヤは微笑んだ。

 

「うん。それで」

 

 その言葉は、後のエルドラド第三試練にも繋がっていく。

 

 命令としてではなく。

 

 呪いとしてではなく。

 

 選択肢として残す。

 

 家族の声も。

 

 茶会の記録も。

 

 未来への火種も。

 

 タクヤは、湯呑みに残ったお茶を飲んだ。

 

 少し冷めていた。

 

 それでも、悪くなかった。

 

     *

 

 その日の夜。

 

 エリは自宅のリビングで、しばらくスマホを見つめていた。

 

 通話履歴。

 

 楠タクヤ。

 

 弟。

 

 昔から変わらない、困った弟。

 

 牛を追いかけて宇宙に行き。

 

 宇宙人にお茶を出し。

 

 選定機関から逃げた少女を休ませ。

 

 星の休憩所を作り。

 

 今ではGTGなんて大きなものの中心にいる。

 

 それでも、エリにとっては弟だった。

 

 エリは、小さくため息をついた。

 

「ほんと、顔くらい見せなさいよ」

 

 その声は少し怒っていて。

 

 少し寂しくて。

 

 とても優しかった。

 

 リビングの写真立てには、幼い頃のタクヤとエリが写っている。

 

 その隣には、リオナの写真。

 

 笑っている娘。

 

 そして、その娘はいま、自分の知らない場所で、大切な友達の手を握っている。

 

 エリは写真に向かって呟いた。

 

「リオナ。ちゃんと帰ってきなさいよ」

 

 返事はない。

 

 けれど、どこか遠く。

 

 茶葉の香りの向こうで、その声はきっと少しだけ届いていた。

 

     *

 

 GTG地球支部、星茶室。

 

 タクヤは、再び水鏡へ視線を戻した。

 

 エルドラドへの道は始まっている。

 

 リオナも、萌亜も、これから厳しい試練を受ける。

 

 選定機関も黙ってはいない。

 

 だが、今のタクヤの表情は、少しだけ柔らかかった。

 

 姉から叱られたからだ。

 

 顔を見せに来いと言われたからだ。

 

 無理をするなと言われたからだ。

 

 宇宙規模の危機の中で、そんな家庭的な言葉が残ること。

 

 それこそが、タクヤにとっての地球だった。

 

 エックスが隣で言う。

 

「タクヤ」

 

「何?」

 

「日曜、楠家へ行く時、私は同行してもよいのでしょうか」

 

「姉さんが呼んでたからね」

 

「手土産が必要ですか」

 

「たぶん」

 

「何が適切ですか」

 

 タクヤは少し考えた。

 

「お茶菓子かな」

 

 ポムが即座に反応する。

 

「GTG最高品質茶菓子を用意します」

 

 グラウが言う。

 

「訪問時間は長すぎないよう調整しましょう」

 

 ギギが電子音を鳴らす。

 

『玄関通過可能な人数制限を計算』

 

 ケルが真剣に頷く。

 

「家庭訪問計画を立てます」

 

 タクヤは苦笑した。

 

「普通に行くだけだよ」

 

 エックスは首を振った。

 

「普通が最も難しい場合もあります」

 

 タクヤは少しだけ笑った。

 

「それもそうだね」

 

 入口で、モー子がもー、と鳴いた。

 

 まるで、日曜の訪問に自分も行く気でいるようだった。

 

 タクヤは慌てて言う。

 

「モー子はさすがに牧場で待っててね」

 

「もー」

 

 納得していない声だった。

 

 エックスが記録する。

 

「守衛モー子、家庭訪問同行を希望」

 

「記録しなくていいよ」

 

 茶室に、少しだけ笑いが戻った。

 

 水鏡の向こうでは、金色の試練が始まっている。

 

 それでも、星茶室にはお茶の香りがあった。

 

 姉からの電話があった。

 

 家族に顔を見せろという、宇宙規模の会議よりも強い予定が入った。

 

 楠タクヤは苦笑する。

 

 昔と同じように。

 

 姉に叱られた弟の顔で。

 

「日曜、ちゃんと行かないとね」

 

 エックスが静かに言った。

 

「はい。行くべきです」

 

 ケルたちも深く頷いた。

 

 こうして、エルドラドの裏側で、GTG最重要予定がひとつ追加された。

 

『楠タクヤ、姉の家へ顔を見せに行く』

 

 宇宙規模の組織の予定表にしては、ずいぶん家庭的な項目だった。

 

 けれど、タクヤの物語には、それくらいがちょうどよかった。

 





第5.5話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、本編エルドラド編の裏側で起きていた電話回でした。

リオナと萌亜がエルドラドへ向かっている頃、GTG地球支部で見守っていたタクヤのもとへ、姉である楠エリから電話がかかってきます。

エリは、外伝5話で初登場したタクヤの姉です。

当時は中学生で、夜中に家を出る弟を心配して後をつけ、宇宙交流茶会を目撃しました。

それから時が流れ、彼女はリオナの母になりました。

ですが、弟を心配する姉であることは変わっていません。

今回のポイントは、エリがタクヤに「最近顔を見せに来ない」と苦言を呈するところです。

タクヤは外宇宙では全宇宙接触禁止個体であり、GTGの中心人物であり、選定機関からすれば分類不能の危険因子です。

ですが、エリから見れば、今でも弟です。

無理をしていないか。

ちゃんと寝ているか。

実家に顔を見せるのか。

そういう当たり前の心配をする相手です。

この「宇宙規模の存在を、家族として普通に叱る」という構図が、タクヤにとっての地球側の大切な接続になっています。

また、今回はエックスたちGTG古参メンバーも電話に参加しました。

エックスにとってエリは、かつて「家族」や「姉」という概念を教えてくれた人物でもあります。

そのエリから「今度は私がお茶を出す番」と言われるのは、エックスにとってかなり大きな出来事です。

そして、エリはリオナへ向けて家族の声を残しました。

怖いと思っていい。

泣いていい。

一人で決めなくていい。

帰ってきたら顔を見せなさい。

これは後のエルドラド試練、とくに継承の火にも繋がる要素です。

命令ではなく、選択肢として残る家族の声。

タクヤの茶会やGTGの支援とも重なる考え方になっています。

エルドラド編は、欲望、代価、継承という重いテーマが続きます。

その裏側に、こうした家族の電話や、顔を見せに来いという日常的な言葉があることで、物語の地球側の温度を保てます。

宇宙規模の危機の中でも、姉は弟を叱ります。

母は娘を心配します。

そしてタクヤは、やっぱり苦笑します。

それではまた次回。

エルドラドの裏側でも、姉からの電話は悪くない。
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