アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

41 / 55

第27話です。

アヴァロン第二試練、三話構成の第二幕です。

前回、リオナと萌亜は霧によって分断されました。

リオナには、萌亜と出会わなかった普通の未来。

萌亜には、自分がリオナから離れれば、リオナが安全になる未来。

どちらも一見優しい逃げ道でした。

しかし、その本質は「置き去り」です。

今回は、置いていく側ではなく、置いていかれた側の痛みが中心になります。

萌亜がいなくなった後のリオナ。

リオナを守ったつもりで消えた萌亜。

そして、外側から二人を支えようとするタクヤ、エックス、エリ、カナメ、ゼルヴァード、モー子たち。

二人だけでは届かない場所へ、これまで築いてきた絆の声が届くのか。

アヴァロンの霧は、さらに深く、さらに残酷に問いかけます。

「相手のために離れることは、本当に優しさなのか」と。



置いていかれた側の声

 

勝手に守られた人の痛み

 

 

 萌亜の声が消えた。

 

 霧の中で、リオナは立ち尽くしていた。

 

 手首に結ばれた白金の紐は、まだある。

 

 エリのハンカチの切れ端も、そこに結ばれている。

 

 けれど、その先にあったはずの重みが薄い。

 

 萌亜が遠い。

 

 ただ遠いのではない。

 

 自分から離れていく。

 

 それが、リオナには分かってしまった。

 

「萌亜!」

 

 叫ぶ。

 

 返事はない。

 

 霧が、優しく囁く。

 

『彼女はあなたを守るために離れた』

 

『あなたは守られた』

 

『だから、追わなくていい』

 

 リオナは歯を食いしばった。

 

「守られた?」

 

 喉が痛い。

 

 足が震える。

 

 それでも、リオナは霧を睨んだ。

 

「勝手にいなくなられて、守られたって思えるわけないでしょ」

 

 霧は答えない。

 

 代わりに、景色が変わった。

 

 白い霧が流れ、リオナの周囲に街が現れる。

 

 東京。

 

 学校。

 

 駅前。

 

 配信スタジオ。

 

 母の家。

 

 それらが、少しずつ時間を進めていく。

 

 萌亜がいなくなった後の未来。

 

 リオナは、その中に立たされた。

 

     *

 

 最初の未来では、リオナは笑っていた。

 

 学校で友人たちと話し、配信の案件をこなし、母の家でクレープを食べている。

 

 表面だけなら、普通だった。

 

 だが、リオナ自身には分かる。

 

 笑顔が薄い。

 

 目が、どこかを探している。

 

 誰かが死語を言うたび、少しだけ反応する。

 

 クレープ屋の前で足を止める。

 

 ピンク色の可愛い小物を見ると、なぜか胸を押さえる。

 

 けれど、周囲の誰も気づかない。

 

 誰も、安藤萌亜を覚えていないから。

 

 霧の文字が浮かぶ。

 

『安藤萌亜離脱後』

 

『姫咲リオナ、危険接続から解放』

 

『選定機関接触頻度、低下』

 

『日常復帰率、上昇』

 

 リオナは、未来の自分を見つめた。

 

 未来の自分は、ちゃんと生活している。

 

 学校へ行く。

 

 仕事をする。

 

 母と話す。

 

 叔父に連絡する。

 

 でも、夜になると、部屋の中で一人、スマホの画面を見つめていた。

 

 何もないトーク履歴。

 

 存在しない名前を探している。

 

 自分でも、誰を探しているのか分かっていない。

 

 それでも、胸に穴が空いたような顔で、ずっと画面を見ている。

 

「……これのどこが、安全なの」

 

 リオナは呟いた。

 

 霧の声が答える。

 

『身体的安全は確保されている』

 

『選定機関干渉は減少』

 

『致命的危険は回避』

 

「心は?」

 

『情動損傷は時間経過で鈍化』

 

「鈍化って何」

 

『忘却に近い』

 

 リオナの拳が震えた。

 

「それを、助かったって言うな」

 

 未来のリオナが、眠れない夜に呟いた。

 

『誰かを、待ってた気がする』

 

 その声は小さかった。

 

『でも、誰だったっけ』

 

 リオナは胸を押さえた。

 

 痛い。

 

 自分の声なのに、聞いていられなかった。

 

 萌亜が自分のために離れた。

 

 そして自分は、誰かを失ったことすら分からないまま、空いた穴だけを抱えて生きている。

 

 これが、守られた未来。

 

 これが、萌亜が選ぼうとしている逃げ道の先。

 

「萌亜……見てよ」

 

 リオナは震える声で言った。

 

「これ、私、幸せそうに見える?」

 

     *

 

 萌亜は、門の前で足を止めていた。

 

 白い離脱門。

 

 その向こうへ行けば、リオナとの接続は薄くなる。

 

 霧は言った。

 

 そうすれば、リオナは安全になる。

 

 そうすれば、リオナは普通に戻れる。

 

 そうすれば、リオナは泣かなくて済む。

 

 萌亜は、それを信じようとしていた。

 

 でも、足が動かない。

 

 手首の紐が震えている。

 

 リオナの声は届かない。

 

 届かないのに、呼ばれている気がする。

 

「リオナっち……」

 

『戻れば、彼女は危険に巻き込まれる』

 

 霧が囁く。

 

『進めば、彼女は守られる』

 

 萌亜は涙を拭った。

 

「でも、リオナっちは……本当にそれでいいのかな」

 

『彼女は忘れる』

 

「忘れるのが、いいことなの?」

 

『痛みは減る』

 

「でも、萌亜も消える」

 

『あなたは危険因子』

 

『消えることで彼女を守れる』

 

 その言葉に、萌亜の胸が痛んだ。

 

 恐怖の王。

 

 文明選定個体。

 

 アンゴルモア。

 

 外宇宙由来の危険な力。

 

 自分がいるだけで、リオナは危険に近づく。

 

 それは事実だ。

 

 だから、離れる方が正しい気がしてしまう。

 

 だが、その時。

 

 門の向こうに、別の未来が映った。

 

 リオナがいる。

 

 さっき窓越しに見た、穏やかそうなリオナではない。

 

 夜の部屋で、スマホを握っているリオナ。

 

 何かを探している。

 

 何度も、何度も、存在しない連絡先を開こうとしている。

 

 泣いてはいない。

 

 でも、笑ってもいない。

 

 ただ、空っぽだった。

 

 萌亜は息を呑んだ。

 

「なに、これ……」

 

 霧の声が少し乱れる。

 

『不要情報』

 

『見なくてよい』

 

「見せて」

 

『不要』

 

「見せて!」

 

 萌亜の中の白金の火が揺れた。

 

 エルドラドで得た継承の火。

 

 未来へ選択肢を残す火。

 

 それが、霧の映像をこじ開ける。

 

 萌亜は見た。

 

 自分がいなくなった後のリオナ。

 

 普通に生きている。

 

 でも、何かを失ったまま。

 

 母に心配されても、「大丈夫」と笑う。

 

 叔父にお茶へ誘われても、なぜか涙をこらえる。

 

 クレープを見て、食べる前に少しだけ手が止まる。

 

 夜、寝る前に、誰もいない布団の隣を見ている。

 

 そこに誰かがいたはずだと、思い出せないまま感じている。

 

 萌亜の目から涙がこぼれた。

 

「リオナっち……笑ってない」

 

『安全ではある』

 

「笑ってない!」

 

 萌亜は叫んだ。

 

 霧が揺れる。

 

『情動損傷は許容範囲』

 

「リオナっちを数字にしないで!」

 

 その言葉は、カナメの言葉と重なった。

 

『守る対象を数字にしない』

 

 黒瀬カナメの声が、霧の奥から一瞬だけ届いた気がした。

 

 萌亜は顔を上げる。

 

「カナメさん……?」

 

 声はすぐに消える。

 

 でも、確かに届いた。

 

 続いて、別の声。

 

『自分が消えれば相手が幸福になる、などという考えはたいてい傲慢だ』

 

 ゼルヴァードの声。

 

 萌亜は震えた。

 

「ゼル……」

 

 霧がそれを遮ろうとする。

 

『外部干渉』

 

『遮断』

 

 白い線が走る。

 

 選定機関の白。

 

 アヴァロンの霧に混じった冷たい白。

 

 それが、萌亜の周囲を囲んでいく。

 

『安藤萌亜』

 

『離脱を継続せよ』

 

『接続因子の情動損傷は許容可能』

 

『接続因子の生存率を優先』

 

 萌亜は唇を噛んだ。

 

 その言い方が、ひどく冷たかった。

 

 リオナを守ると言いながら、リオナの心を見ていない。

 

 安全率。

 

 生存率。

 

 許容範囲。

 

 リオナは、数字ではない。

 

 リオナは、リオナだ。

 

 萌亜の手が、紐に戻る。

 

 しかし、霧は囁く。

 

『戻れば、彼女は命を落とす可能性が上がる』

 

 萌亜の手が止まる。

 

 それでも、怖い。

 

 リオナが死ぬかもしれない。

 

 その可能性だけで、萌亜の心は折れそうになる。

 

『進め』

 

『これ以上、彼女を危険に巻き込むな』

 

 離脱門が開いた。

 

 向こう側から、冷たい光が漏れる。

 

     *

 

 湖畔。

 

 タクヤたちは、霧の外で二人の反応を追っていた。

 

 エックスの端末には、リオナと萌亜の接続値が不安定に揺れている。

 

 接続補助紐は切れていない。

 

 だが、意味的な接続が薄れている。

 

 リオナは呼んでいる。

 

 萌亜は聞いている。

 

 なのに、返事を返せない。

 

 霧と選定機関が、その間に「相手のため」という壁を作っている。

 

 エックスは低く言った。

 

「置き去り記憶が深く入っています」

 

 カナメが拳を握る。

 

「強制介入は?」

 

「危険です。今この霧に入れば、介入者もそれぞれの逃避候補を見せられます」

 

 ゼルヴァードが舌打ちする。

 

「実にいやらしい。敵を殺すのではなく、味方同士に手を離させる」

 

 タクヤは、静かに茶葉缶を取り出した。

 

「二人だけで破れないなら、外から声を届けよう」

 

「届きますか」

 

 エックスが問う。

 

「たぶん、届きにくい」

 

「ならば」

 

「でも、届かなくても呼ぶ」

 

 タクヤは、エリが言った言葉を思い出していた。

 

 呼ぶとは、相手を縛ることではない。

 

 ここにいると知らせること。

 

「まず、姉さんに連絡する」

 

 カナメが驚く。

 

「姫咲エリに?」

 

「うん。これは、家族の声が必要な局面だと思う」

 

 ゼルヴァードは一瞬黙り、それから頷いた。

 

「合理的ではないが、これまで合理的でないものほど効いてきた」

 

「ゼルヴァード、それ褒めてる?」

 

「半分はな」

 

 タクヤはスマホを取り出し、エリへ電話をかけた。

 

 数コールもせず、繋がった。

 

『タクヤ?』

 

「姉さん」

 

『リオナたちは?』

 

「霧の中。第二試練に入った」

 

 電話の向こうで、エリの息が止まる気配がした。

 

『危ないのね』

 

「うん」

 

『何が必要?』

 

 即答だった。

 

 タクヤは少しだけ目を細める。

 

 昔から、姉は強い。

 

「リオナちゃんと萌亜ちゃんに、声を届けたい。今、二人は“相手のために離れる”誘惑を受けてる」

 

 エリは沈黙した。

 

 そして、低い声で言った。

 

『勝手に守ったことにするやつね』

 

「うん」

 

『嫌いだわ』

 

「僕も」

 

 エックスが茶葉缶の記録回路を開く。

 

「家族音声および茶会支援音声を、霧中接続へ流します。ただし、命令ではなく目印として」

 

 タクヤは頷いた。

 

「姉さん、お願い」

 

 エリの声が、静かに強くなった。

 

『リオナ』

 

 茶葉缶が光る。

 

 ほうじ茶の香りが霧の中へ流れていく。

 

『萌亜ちゃん』

 

 その声は、母の声であり、帰る場所の声だった。

 

『相手を守りたいなら、相手に聞きなさい』

 

     *

 

 リオナは、霧の道で足を止めていた。

 

 萌亜の気配が、遠い。

 

 離脱門。

 

 その言葉だけが頭の中で響いている。

 

 追えば、壊れる。

 

 戻れば、生きられる。

 

 萌亜の選択を尊重せよ。

 

 霧の声が、何度も囁く。

 

 その時。

 

 別の声が聞こえた。

 

『リオナ』

 

 リオナは息を呑む。

 

「お母さん……?」

 

『相手を守りたいなら、相手に聞きなさい』

 

 霧がざわめく。

 

『家族音声干渉』

 

『遮断』

 

 しかし、声は完全には消えない。

 

『あなたが萌亜ちゃんに置いていかれていいかどうか、それはあなたが答えていいことよ』

 

 リオナの目から涙が落ちた。

 

『勝手に安全にされて、勝手に忘れさせられて、それで幸せかどうか。ちゃんと言いなさい』

 

 リオナは、胸を押さえた。

 

 言っていい。

 

 自分は嫌だと言っていい。

 

 萌亜が自分のために離れようとしていても。

 

 その優しさを否定するのが怖くても。

 

 それでも、嫌だと言っていい。

 

「……嫌だ」

 

 リオナは呟いた。

 

 霧が揺れる。

 

「萌亜に勝手にいなくなられるのは、嫌だ!」

 

 道が光る。

 

 リオナの手首の紐が、再び強く輝いた。

 

 そこへ、タクヤの声が重なる。

 

『リオナちゃん。怒っていいよ』

 

「叔父さん……」

 

『置いていかれる側にも、拒否権はある』

 

 その言葉が、リオナの背中を押した。

 

 リオナは走り出す。

 

 今度は迷わなかった。

 

     *

 

 萌亜は、離脱門の前で震えていた。

 

 進めば、リオナは安全になる。

 

 戻れば、リオナは危険に巻き込まれる。

 

 どちらかを選べと、霧が迫る。

 

 その時、声が届いた。

 

『萌亜ちゃん』

 

 萌亜は顔を上げる。

 

「エリさん……?」

 

『勝手にいなくならないで』

 

 たったそれだけで、萌亜の膝が崩れそうになった。

 

『あなたは、うちに来ていい子って言ったでしょう』

 

 萌亜の目から涙が溢れる。

 

『来ていい子が、勝手にいなくなったら心配するわ』

 

「でも、萌亜がいたら……」

 

『危ないことがあるのは分かってる』

 

 エリの声は、優しかった。

 

 けれど、逃げ場がなかった。

 

『でも、心配するかどうかは、こっちが決めること』

 

 萌亜の胸が震える。

 

『リオナの幸せを、リオナに聞かずに決めないで。私の心配を、私に聞かずに終わったことにしないで』

 

「エリさん……」

 

『帰ってきなさい。叱るなら、帰ってきてから叱るから』

 

 萌亜は泣きながら笑ってしまった。

 

「叱られるんだ……」

 

 そこへ、エックスの声が届く。

 

『安藤萌亜』

 

「エックスさん」

 

『判断保留を推奨します』

 

 萌亜は涙を拭った。

 

「今?」

 

『はい。今です。離れるか戻るか、すぐに決める必要はありません』

 

『選定機関は即時選択を迫ります。茶会は判断保留を認めます』

 

 続いて、カナメの声。

 

『安藤萌亜。姫咲リオナを生存率で計算するな』

 

 萌亜の肩が震える。

 

『守る対象を数字にした時点で、見落とすものが出る』

 

 ゼルヴァードの声も届く。

 

『自分が消えれば全て丸く収まるという発想は、聞こえは美しいが傲慢だ』

 

「ゼル、言い方……」

 

『事実だ』

 

 そして、タクヤの声。

 

『萌亜ちゃん』

 

「師匠……」

 

『リオナちゃんのために離れたいなら、まずリオナちゃんに聞こう』

 

 萌亜は、手首の紐を見る。

 

 リオナの声は、まだ直接は聞こえない。

 

 でも、紐は震えている。

 

 呼んでいる。

 

 待っている。

 

 怒っているかもしれない。

 

 泣いているかもしれない。

 

 それでも、呼んでいる。

 

 萌亜は、離脱門を見た。

 

 白い光が誘っている。

 

 静かで、安全そうで、誰もいない道。

 

 萌亜は、小さく言った。

 

「判断保留」

 

 霧が止まった。

 

『何』

 

 萌亜は、今度ははっきり言った。

 

「萌亜、判断保留する」

 

 離脱門の光が揺らぐ。

 

『離脱を継続せよ』

 

「しない」

 

『戻るのか』

 

「それもまだ決めない」

 

『非効率』

 

「チョベリグ非効率!」

 

 萌亜は泣きながら笑った。

 

「萌亜、リオナっちに聞くまで決めない!」

 

 その瞬間、白金の紐が強く光った。

 

     *

 

 霧の中で、リオナはその光を見た。

 

 細い紐の先。

 

 ずっと遠かった萌亜の気配が、少しだけ戻った。

 

「萌亜!」

 

 今度は、返事があった。

 

 かすかで、震えていて、霧に途切れながらも。

 

「リオナっち……!」

 

 リオナは涙をこぼした。

 

「聞こえた!」

 

「聞こえた……!」

 

 まだ見えない。

 

 まだ遠い。

 

 でも、声は戻った。

 

 リオナは叫ぶ。

 

「勝手にいなくならないで!」

 

 萌亜の声が返る。

 

「ごめん!」

 

「謝るのは後!」

 

「うん!」

 

「私は、萌亜がいない安全なんて嫌だ!」

 

 霧が激しく揺れる。

 

 その言葉は、萌亜へ届いた。

 

 萌亜は、離脱門の前で泣きながら立っている。

 

「でも、リオナっちが危ないのも嫌だ!」

 

「それも分かってる!」

 

「じゃあ、どうすればいいの!」

 

「一緒に考える!」

 

 リオナは走りながら叫んだ。

 

「そのために手を繋いでるんでしょ!」

 

 萌亜の胸が大きく震えた。

 

 霧は怒ったように濃くなる。

 

『接続再形成を確認』

 

『第二試練、失敗回避』

 

『選定機関干渉強化』

 

 離脱門の白い光が、急に冷たく変わった。

 

 アヴァロンの霧ではない。

 

 選定機関の白。

 

 門の上に、巨大な白い契約書が浮かび上がる。

 

『接続因子切断契約』

 

『対象:姫咲リオナ』

 

『目的:安藤萌亜の危険性隔離』

 

『効果:姫咲リオナの記憶、情動接続、神話防衛網補助権限を切断』

 

『副次効果:姫咲リオナの生存率上昇』

 

『安藤萌亜の同意により執行可能』

 

 萌亜の顔から血の気が引いた。

 

「なに、これ……」

 

 リオナの前にも同じ契約書が現れた。

 

『接続因子切断契約』

 

『対象:安藤萌亜』

 

『目的:姫咲リオナの危険接続解消』

 

『効果:安藤萌亜との記憶、情動接続、同期因子を切断』

 

『副次効果:姫咲リオナの日常復帰率上昇』

 

『姫咲リオナの同意により執行可能』

 

 リオナは、息を呑んだ。

 

 白い鋏が、契約書の下に現れる。

 

 霧の声ではない。

 

 選定機関の冷たい声が響く。

 

『互いを守るため、接続を切断せよ』

 

『接続は危険』

 

『絆は弱点』

 

『分断は保護』

 

 萌亜は、白い鋏を見た。

 

 リオナも見た。

 

 手首の紐が、二人の間で震えている。

 

 切れば、安全になると霧は言う。

 

 切れば、相手を危険から遠ざけられると選定機関は言う。

 

 切れば、もう置いていく痛みも、置いていかれる痛みも、記録外にできると。

 

 その瞬間、湖畔でモー子が鳴いた。

 

「もー」

 

 しかし、霧はその声を遮断した。

 

『牛倫理協定、到達困難』

 

『外部支援遮断』

 

 エックスが息を呑む。

 

「まずい。接続因子切断が始まります」

 

 タクヤが、珍しく表情を険しくした。

 

「二人に、選ばせようとしてる」

 

 カナメが低く言う。

 

「最低の選択肢だ」

 

 ゼルヴァードが答える。

 

「ああ。相手を守るという顔をした処刑台だ」

 

     *

 

 霧の中。

 

 リオナと萌亜は、互いの姿をまだ見られない。

 

 声だけが届いている。

 

 目の前には白い契約書。

 

 手元には白い鋏。

 

 手首には細い紐。

 

 選定機関の声が響く。

 

『切断せよ』

 

『相手を守るなら』

 

『切断せよ』

 

 萌亜の声が震える。

 

「リオナっち……」

 

 リオナも震えていた。

 

「萌亜」

 

「萌亜、切りたくない」

 

「私も」

 

「でも、切らなかったら、リオナっちが危ないって」

 

「うん」

 

「リオナっちも、切らなかったら萌亜が危ないって言われてる?」

 

「言われてる」

 

「どうする?」

 

 リオナは、白い鋏を見た。

 

 切れば、終わる。

 

 この怖さから逃げられる。

 

 でも、それは二人で決めることではない。

 

 選定機関が差し出した、優しい顔の分断だ。

 

 リオナは、唇を噛んだ。

 

「すぐ決めない」

 

 萌亜が息を呑む。

 

「判断保留?」

 

「うん」

 

 リオナは鋏を握らなかった。

 

「判断保留」

 

 萌亜も、涙を流しながら頷いた。

 

「判断保留」

 

 しかし、契約書は燃えなかった。

 

 白い鋏も消えなかった。

 

 選定機関の声が冷たく響く。

 

『判断保留、拒否』

 

『第二試練継続』

 

『接続因子切断圧力、増加』

 

 紐が、きしんだ。

 

 白い線が、二人の手首へ絡みつく。

 

 リオナは叫ぶ。

 

「萌亜!」

 

 萌亜も叫ぶ。

 

「リオナっち!」

 

 二人の声は届いている。

 

 けれど、姿はまだ見えない。

 

 そして、白い鋏が勝手に動き出した。

 

 紐へ向かって。

 

 ゆっくりと。

 

 冷たく。

 

 逃避と置き去りの試練は、最も残酷な形へ進んでいた。

 

 切らなければ危険。

 

 切れば安全。

 

 そんな嘘を、どう越えるのか。

 

 その答えは、まだ霧の中にあった。

 





第27話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、アヴァロン第二試練の中盤でした。

前回、萌亜はリオナを守るため、自分から霧の奥へ進もうとしました。

今回は、その選択の先に何があるのかが描かれました。

リオナが見たのは、萌亜がいない日常。

表面上は安全で、普通で、危険の少ない世界です。

けれど、その世界のリオナは、誰かを失ったことすら分からないまま、穴だけを抱えて生きていました。

つまり、身体が安全でも、心が無傷とは限らない。

萌亜が「リオナのため」と思って選びかけた道は、リオナ本人に確認されていない一方的な保護でした。

一方、萌亜もまた、自分が離れた後のリオナを見ました。

リオナは安全そうに見えました。

けれど、本当には笑っていませんでした。

そこで、カナメの「守る対象を数字にしない」という言葉や、ゼルヴァードの「自分が消えれば相手が幸福になるという発想は傲慢」という言葉が効いてきます。

これは、周囲との絆が試練に届き始めた場面です。

今回は、エリの声も大きな支えになりました。

「相手を守りたいなら、相手に聞きなさい」

「勝手にいなくならないで」

「心配するかどうかは、こっちが決める」

この言葉は、萌亜にとって非常に大きいです。

萌亜はリオナの友達であるだけでなく、エリの家に来ていい子でもあります。

だから、勝手に消えればリオナだけでなく、エリも心配します。

萌亜はもう、一人でいなくなっていい存在ではありません。

そして、エックスの「判断保留」も重要でした。

すぐに戻るか、すぐに離れるか。

その二択を迫るのが選定機関です。

対して茶会は、すぐに決めなくていいと言います。

この保留の時間こそが、選定機関にとっては最大のノイズになります。

終盤では、選定機関がさらに悪質な選択肢を出してきました。

接続因子切断契約。

リオナには萌亜との接続を切れば日常に戻れると囁き、萌亜にはリオナとの接続を切ればリオナが安全になると囁く。

互いを守るために、互いを切れ。

これが、第二試練の最も残酷な形です。

二人はひとまず「判断保留」を選びました。

しかし、選定機関はそれを拒み、切断圧力を強めています。

次回、第28話で第二試練は決着します。

テーマは、

逃げることを否定しない。

でも、置いていかない。

一緒に逃げて、一緒に戻る。

ここへどう辿り着くかが、次の話の中心になります。

それではまた次回。

置いていかれる側の声を聞かずに守ることは、やっぱり悪くないとは言えない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。