アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

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第28話です。

アヴァロン第二試練、三話構成の決着回です。

前回、リオナと萌亜は霧の中で分断されました。

萌亜は、リオナを守るために自分が離れる道を選びかけました。

リオナは、萌亜がいない安全な日常を見せられました。

そして選定機関は、二人へ「接続因子切断契約」を提示します。

互いを守るために、互いを切れ。

危険を減らすために、絆を手放せ。

それは、優しさの顔をした分断でした。

今回の答えは、逃げないことではありません。

逃げることは悪ではありません。

危険なら逃げていい。

怖いなら距離を取っていい。

無理なら引いていい。

でも、誰かを置いていく逃げ方はしない。

一人で消える逃げ方はしない。

逃げるなら、一緒に逃げる。

そして、一緒に戻る。

アヴァロンの霧が防衛網として成立するために必要なのは、そこです。



一緒に逃げる、一緒に戻る

逃げ道にも、手を繋ぐ理由がある

 

 

 白い鋏が動き出した。

 

 ゆっくりと。

 

 冷たく。

 

 迷いなく。

 

 リオナと萌亜の手首を繋ぐ、白金の接続補助紐へ向かって。

 

 リオナは霧の中で叫んだ。

 

「萌亜!」

 

 姿は見えない。

 

 けれど、声は届いている。

 

 遠く、途切れながらも、萌亜の声が返ってきた。

 

「リオナっち!」

 

 その声だけで、リオナはまだ立っていられた。

 

 目の前には、白い契約書。

 

『接続因子切断契約』

 

『互いを守るため、接続を切断せよ』

 

『切断すれば、危険は減少』

 

『切断すれば、苦痛は減少』

 

『切断すれば、日常復帰率は上昇』

 

 嘘ではないのだろう。

 

 切れば、危険は減るかもしれない。

 

 萌亜と繋がっているから、リオナは選定機関に狙われる。

 

 リオナと繋がっているから、萌亜は自分の危険性を強く意識する。

 

 切れば、楽になる部分はある。

 

 それが余計に腹立たしかった。

 

 完全な嘘なら、すぐ拒める。

 

 でも、少しだけ本当が混ざっているから、心の柔らかい場所に入り込んでくる。

 

 霧は囁く。

 

『守るとは、危険を減らすこと』

 

『危険の原因を切り離せ』

 

『接続を断て』

 

 リオナは歯を食いしばった。

 

「それは、守るじゃない」

 

『では何か』

 

「管理」

 

 リオナは、白い鋏を睨んだ。

 

「相手の気持ちを置いて、危険だけ見て、数字だけ見て、切った方が効率いいって決める。それは守るじゃない」

 

 白い文字が揺れる。

 

『情動的反論』

 

「そうだよ」

 

 リオナは叫んだ。

 

「情動があって何が悪いの!」

 

     *

 

 萌亜の前でも、白い鋏が紐へ近づいていた。

 

 リオナの姿は見えない。

 

 けれど、声は聞こえる。

 

 怒っている。

 

 泣いている。

 

 自分を呼んでいる。

 

 萌亜は、それが嬉しくて、怖くて、苦しかった。

 

 リオナは追ってきてくれる。

 

 でも、だからこそ危ない。

 

 このまま繋がっていれば、リオナは巻き込まれ続ける。

 

 萌亜のせいで。

 

 恐怖の王のせいで。

 

 アンゴルモアのせいで。

 

 選定機関の白い声が響く。

 

『安藤萌亜』

 

『接続因子を切断せよ』

 

『姫咲リオナの生存率を優先』

 

『あなたの孤独反応は許容可能』

 

『あなたの苦痛は対象機能内で処理可能』

 

 萌亜は顔を歪めた。

 

「許容可能って……」

 

 自分の痛みを数字にされるのも嫌だった。

 

 でも、それ以上に。

 

 リオナの幸せを、リオナ抜きで計算されるのが嫌だった。

 

 霧は囁く。

 

『あなたが耐えればよい』

 

『彼女は救われる』

 

『あなたは王』

 

『王は孤独に耐える』

 

 萌亜の胸の奥で、黒い影が揺れた。

 

 恐怖の王。

 

 前回、霧の寝台ではなく、萌亜の中で少し休んだもの。

 

 その影が、また起きかけている。

 

 王は孤独。

 

 その言葉に反応している。

 

 萌亜は胸を押さえた。

 

「違う……」

 

『何が違う』

 

「萌亜、王様だけど、王様だけじゃない」

 

 涙がこぼれる。

 

「リオナっちのマブだもん」

 

 白い鋏が止まった。

 

 ほんの一瞬。

 

 萌亜は、その隙に叫んだ。

 

「リオナっち!」

 

「聞こえてる!」

 

 すぐに返ってきた。

 

 萌亜は泣きながら言った。

 

「萌亜、切りたくない!」

 

「私も!」

 

「でも、リオナっちが危ない!」

 

「萌亜だって危ない!」

 

「だから、どうすればいいの!」

 

 リオナの声が、霧の向こうで震えた。

 

「逃げよう!」

 

 萌亜は目を見開いた。

 

「え?」

 

「逃げよう、萌亜!」

 

 その言葉に、霧がざわめいた。

 

 選定機関の白い文字が乱れる。

 

『逃避選択を確認』

 

『接続切断へ誘導』

 

 だが、リオナは叫んだ。

 

「違う! 一人で逃げるんじゃない!」

 

 萌亜の手首の紐が光る。

 

「一緒に逃げる!」

 

 リオナの声が、霧の中を突き抜けた。

 

「危ないなら逃げる! 怖いなら逃げる! 無理なら引く! でも、手を切って逃げない!」

 

 萌亜の胸が熱くなった。

 

「一緒に……逃げる」

 

「そう!」

 

「一緒に戻る?」

 

「戻る!」

 

 リオナは息を切らしながら叫ぶ。

 

「逃げる先も、戻る場所も、二人で決める!」

 

 萌亜は、白い鋏を見た。

 

 怖い。

 

 まだ怖い。

 

 リオナが危険になる未来は消えていない。

 

 自分がいるせいで、誰かが傷つく可能性も消えていない。

 

 でも、切れば終わるというのは嘘だ。

 

 切れば、話せなくなる。

 

 切れば、聞けなくなる。

 

 切れば、相手の痛みを知らないまま、守ったつもりになる。

 

 それは、エルドラドで拒んだ一方的な肩代わりと同じだ。

 

 萌亜は、白い鋏を睨んだ。

 

「萌亜も、逃げたい」

 

 霧が一瞬静まる。

 

「怖いから逃げたい。リオナっちが傷つくの見たくないから、遠くに行きたいって思った」

 

 リオナは黙って聞いていた。

 

 萌亜は泣きながら続けた。

 

「でも、一人で逃げたら、リオナっち置いていく。リオナっちの気持ち、聞かないままになる」

 

 萌亜は叫んだ。

 

「だから、一緒に逃げる! 一緒に戻る! 勝手に守ったことにしない!」

 

 その瞬間、接続補助紐が強く輝いた。

 

 白金の光。

 

 そこに、金色と赤色が混じる。

 

 エルドラドの三つの火。

 

 欲望の火。

 

 代価の火。

 

 継承の火。

 

 さらに、シャンバラで得た精神の接続が、霧の中へ広がった。

 

 リオナの声が、少し近くなる。

 

「萌亜、そこにいて!」

 

「いる!」

 

「行くから!」

 

「待ってる!」

 

 白い鋏が、紐へ振り下ろされた。

 

     *

 

 湖畔で、エックスの端末が激しく警告を鳴らした。

 

「接続補助紐への強制切断、来ます!」

 

 カナメが踏み出す。

 

「もう待てない」

 

 ゼルヴァードも術式を展開する。

 

「外から霧の位相を固定する。数秒が限界だ」

 

 タクヤは茶葉缶を開いた。

 

 ほうじ茶の香りが、湖畔に広がる。

 

「みんな、声を届けよう」

 

 エックスが頷く。

 

「茶会支援回路、最大安全範囲で開きます」

 

 ケル、ポム、グラウ、ギギ、法務統括官の声が茶葉缶越しに重なる。

 

『帰還経路補助、開始』

 

『休息網、展開』

 

『強制切断契約、法務異議提出』

 

『未成年個体への一方的分断誘導、倫理違反』

 

『火種返却機構、接続補助紐へ暫定適用』

 

 カナメが低く言う。

 

「姫咲リオナ、安藤萌亜。聞こえるか」

 

 霧の向こうへ、彼女の声が走る。

 

「撤退は恥ではない。だが、撤退命令を出す時は全員に通達する。勝手に一人で消えるな」

 

 ゼルヴァードも続ける。

 

「敗走と逃亡は違う。生きて戻るために退くなら、それは戦術だ」

 

 エックスの声。

 

「判断保留を維持してください。選定機関の即時切断命令に従う必要はありません」

 

 タクヤの声。

 

「二人とも。逃げるなら、お茶のある方へ」

 

 最後に、電話越しのエリの声が届いた。

 

『帰ってきなさい』

 

 その一言は、短かった。

 

 けれど、どの術式よりも強かった。

 

『逃げてもいい。でも、帰ってきなさい』

 

 遠くで、もー、という声が響く。

 

 今度は霧に飲まれなかった。

 

『牛倫理協定、共同撤退権保護条項、暫定発動』

 

『名誉終身守衛モー子、遠隔勤務中』

 

『一名のみを安全扱いし他方を置き去りにする撤退案、倫理審査対象』

 

『接続同意なき鋏使用、重大審査対象』

 

 選定機関の白い反応が乱れる。

 

『牛』

 

『共同撤退』

 

『鋏使用』

 

『倫理審査』

 

『再計算』

 

 ゼルヴァードが呟いた。

 

「鋏まで審査対象になるのか」

 

 タクヤは真剣な顔で頷いた。

 

「危ない鋏だからね」

 

「そういう問題か」

 

     *

 

 白い鋏は、紐へ到達した。

 

 だが、切れなかった。

 

 紐に結ばれたエリのハンカチ。

 

 茶葉の香り。

 

 エルドラドの火。

 

 シャンバラの接続。

 

 竜宮城で得た深層へ潜る力。

 

 それらが、細い紐の中で重なっていた。

 

 ただの紐ではない。

 

 二人だけの絆でもない。

 

 これまで関わってきた人たちの声が、そこに結ばれていた。

 

 リオナは、霧の道を走った。

 

 足元が崩れる。

 

 何度も転びかける。

 

 それでも、紐を辿る。

 

 萌亜も、離脱門の前から動いた。

 

 門に背を向ける。

 

 霧は怒るように渦巻く。

 

『離脱を中止するな』

 

『接続は危険』

 

『戻れば双方が損傷』

 

 萌亜は叫んだ。

 

「損傷しても、話す!」

 

『非合理』

 

「チョベリグ非合理!」

 

 その声に、リオナは笑ってしまった。

 

 泣きながら。

 

「聞こえた!」

 

「リオナっち!」

 

 霧が割れる。

 

 二人の姿が、互いに見えた。

 

 まだ遠い。

 

 でも、見える。

 

 リオナは手を伸ばした。

 

 萌亜も手を伸ばす。

 

 その間に、白い契約書が壁のように立ちはだかった。

 

『接続因子切断契約、最終確認』

 

『切断しなければ、両者の危険継続』

 

『切断すれば、片側以上の安全確保』

 

『選択せよ』

 

 リオナは息を整えた。

 

 萌亜も涙を拭った。

 

 二人は、同時に言った。

 

「「判断保留」」

 

 白い契約書が揺れる。

 

『拒否済』

 

 リオナは続ける。

 

「切るか切らないかを、今ここで選ばない」

 

 萌亜も言った。

 

「霧から出て、ちゃんと話してから決める」

 

『逃避』

 

「そうだよ」

 

 リオナははっきり言った。

 

「今は逃げる」

 

 萌亜も頷く。

 

「逃げる」

 

『試練放棄』

 

「違う」

 

 リオナは萌亜の方へ一歩踏み出した。

 

「逃げることを選ぶ試練でしょ」

 

 萌亜も一歩踏み出す。

 

「でも置いていかない」

 

 二人の声が重なる。

 

「「一緒に逃げて、一緒に戻る」」

 

 その瞬間、アヴァロンの霧そのものが反応した。

 

 選定機関の白い線とは違う。

 

 柔らかく、古く、深い霧。

 

 その中に、声が響く。

 

『第二応答、確認中』

 

『逃避を拒否せず』

 

『置き去りを拒む』

 

『共同撤退を選択』

 

『帰還場所、保持』

 

 白い契約書に亀裂が入る。

 

 選定機関の声が鋭くなる。

 

『不適切』

 

『試練の定義を改変』

 

『逃避は分断である』

 

 アヴァロンの声が返す。

 

『否』

 

『逃避は生存の選択』

 

『分断とは限らない』

 

『帰還を持つ逃避は、休息へ接続可能』

 

 霧が大きく動いた。

 

 白い契約書が、霧に包まれる。

 

 切断の鋏が錆びるように崩れていく。

 

 その代わり、二人の足元に新しい道が現れた。

 

 湖畔へ戻る道。

 

 ただし、一本道ではない。

 

 何度も分岐している。

 

 逃げ道。

 

 退避路。

 

 休息場所。

 

 帰還経路。

 

 それらが複雑に絡み合っている。

 

 萌亜が呟く。

 

「これ……」

 

 リオナは頷いた。

 

「一緒に選ぶんだ」

 

 霧の声が告げる。

 

『道を選べ』

 

『危険は迫る』

 

『一つは近いが、片方しか通れない』

 

『一つは遠いが、共に通れる』

 

『一つは安全だが、記憶を置いていく』

 

『一つは不安定だが、帰還場所へ繋がる』

 

 また試すのか。

 

 リオナは思った。

 

 だが、今度は違う。

 

 二人は見えている。

 

 声も届いている。

 

 手も伸ばせば届く距離にいる。

 

 萌亜がリオナを見る。

 

「どれにする?」

 

 リオナは即答しなかった。

 

 それが大事だった。

 

 すぐ決めない。

 

 一緒に見る。

 

 一緒に考える。

 

「近いけど片方しか通れない道はなし」

 

「うん」

 

「記憶置いてくのもなし」

 

「チョベリバ」

 

「共に通れる遠い道か、不安定だけど帰還場所へ繋がる道」

 

 萌亜は少し考えた。

 

「遠い道、途中で力尽きるかも」

 

「不安定な道は危ない」

 

「でも帰還場所に繋がってる」

 

「エリさんの家?」

 

「たぶん」

 

 リオナは、エリのメモを思い出した。

 

『逃げるなら、戻る場所を決めてから』

 

 戻る場所を決めている。

 

 なら、不安定でも帰還場所へ繋がる道を選べる。

 

「不安定な帰還道」

 

 リオナが言った。

 

 萌亜は頷いた。

 

「一緒に行く」

 

「途中で怖くなったら?」

 

「呼ぶ」

 

「疲れたら?」

 

「止まる」

 

「無理だったら?」

 

「逃げ直す」

 

 リオナは笑った。

 

「逃げ直すっていいね」

 

「チョベリグ戦術」

 

 二人は、ようやく手を繋いだ。

 

 手首の紐だけではなく、直接。

 

 その瞬間、不安定な帰還道が形を持った。

 

 白い霧の中に、畳の匂いがする。

 

 ほうじ茶。

 

 クレープ。

 

 布団。

 

 モー子の鈴。

 

 タクヤの茶会。

 

 エックスの「悪くありません」。

 

 カナメの厳しい声。

 

 ゼルヴァードの不器用な忠告。

 

 エリの「帰ってきなさい」。

 

 全部が、道になっていた。

 

     *

 

 だが、選定機関はまだ諦めなかった。

 

 霧の奥から、白い線が大量に走る。

 

『接続再形成阻止』

 

『帰還経路切断』

 

『共同撤退権、認めず』

 

『対象を分離せよ』

 

 白い線が、帰還道に突き刺さる。

 

 道が揺れる。

 

 萌亜の胸の奥で、恐怖の王がまた目を開けかける。

 

 リオナは手を握る。

 

「萌亜、暴れなくていい」

 

「でも、道が!」

 

「逃げる道を守る。壊すんじゃなくて、ずらす」

 

 エックスの声が届く。

 

『アヴァロン位相防衛を使ってください。攻撃を受け止めず、誰もいない場所へ迷わせる』

 

 萌亜は息を吸う。

 

「誰もいない場所……」

 

 エルドラドで得た代価の火が反応する。

 

 他人へ請求しない。

 

 別の誰かへ流さない。

 

 アヴァロンで得るべき防衛は、まさにそれだ。

 

 攻撃を自分だけが受けるのでもない。

 

 他人へ押しつけるのでもない。

 

 霧の中で、誰もいない休眠位相へ迷わせる。

 

 萌亜は、リオナと繋いだ手を前へ出した。

 

「リオナっち、安全フィルター」

 

「了解」

 

「エルドラド代価制限、アヴァロン霧道版!」

 

「名前長い!」

 

「今はノリで!」

 

 二人の手から、金、赤、白金の火が霧へ溶けた。

 

 そこへ、アヴァロンの白い霧が絡む。

 

 白い線が迫る。

 

 だが、当たる直前で、霧の道が少しずれる。

 

 線は二人を通り過ぎ、何もない白い空間へ迷い込んだ。

 

 そこには誰もいない。

 

 記憶もない。

 

 未来の子どももいない。

 

 ただ、休眠するためだけの空白。

 

 白い線は、そこでゆっくりほどけて消えた。

 

 エックスが叫ぶ。

 

『位相逸らし、成功!』

 

 ギギの電子音。

 

『他者への転嫁なし』

 

 グラウ。

 

『撤退経路保持』

 

 ポム。

 

『帰れます!』

 

 タクヤの声。

 

『そのまま、こっちへ』

 

 霧の道が湖畔へ伸びる。

 

 リオナと萌亜は走った。

 

 何度も足元が揺れる。

 

 何度も別の逃げ道が現れる。

 

 一人だけ安全な道。

 

 記憶を置いていく道。

 

 相手を眠らせる道。

 

 全部、選ばない。

 

 二人で通れる道だけを選ぶ。

 

 遠回りでも。

 

 不安定でも。

 

 怖くても。

 

 手を離さずに進む。

 

 やがて、霧の向こうに桟橋が見えた。

 

 タクヤが立っている。

 

 エックスが手を伸ばしている。

 

 カナメが周囲を警戒している。

 

 ゼルヴァードが霧の線を押さえている。

 

 そして、遠くからモー子の鈴が鳴っている。

 

 リオナは叫んだ。

 

「戻るよ!」

 

 萌亜も叫ぶ。

 

「ただいま予約!」

 

 リオナは思わず笑った。

 

「何それ!」

 

「帰る前からただいま!」

 

 霧が最後に大きく揺れた。

 

『第二試練、最終確認』

 

『逃げることを認めるか』

 

 二人は同時に答えた。

 

「「認める!」」

 

『置き去りを認めるか』

 

「「認めない!」」

 

『帰還場所を保持するか』

 

「「する!」」

 

『共に逃げ、共に戻るか』

 

 リオナは萌亜の手を強く握った。

 

 萌亜も握り返す。

 

「一緒に逃げる」

 

「一緒に戻る」

 

 二人の声が重なった。

 

「「それが、私たちの答え!」」

 

 アヴァロンの霧が、静かに開いた。

 

     *

 

 次の瞬間、二人は桟橋に倒れ込んだ。

 

 タクヤが駆け寄る。

 

「おかえり」

 

 リオナは息を切らしながら答えた。

 

「ただいま……」

 

 萌亜も、半分泣きながら笑った。

 

「ただいま予約、完了……」

 

 カナメが二人の状態を確認する。

 

「外傷なし。精神負荷は高い。すぐ休ませる」

 

 ゼルヴァードが霧を見る。

 

「霧の性質が変わった」

 

 エックスの端末に、白金の文字が浮かんでいた。

 

『アヴァロン第二応答、成立』

 

『逃避を拒否せず』

 

『置き去りを拒否』

 

『共同撤退経路、形成』

 

『帰還場所保持、確認』

 

『霧状位相防衛、第二段階へ移行』

 

『攻撃到達経路の休眠位相逸らし、仮形成』

 

 エックスは息を吐いた。

 

「成功です」

 

 萌亜は胸元に手を当てる。

 

「なんか、霧の道が分かる感じがする」

 

 リオナも、自分の手首を見る。

 

 接続補助紐は残っている。

 

 だが、少し変わっていた。

 

 白金の紐の中に、淡い霧のような銀色が混じっている。

 

 エックスが説明する。

 

「共同撤退経路の因子が、二人の接続に加わりました。今後、危険時に短距離の霧状回避が発生する可能性があります」

 

 萌亜が目を瞬かせる。

 

「ワープ?」

 

「厳密には違います。攻撃が当たる因果経路から、二人の位置を少しずらす防衛です」

 

 リオナは真剣に聞いた。

 

「別の誰かに当たる危険は?」

 

「現時点では、エルドラドの代価流路制限と接続しています。誰もいない休眠位相へ逸らす設計になっています」

 

 タクヤが頷く。

 

「二人で選んだからだね」

 

 萌亜は、少しだけ笑った。

 

「一人で逃げてたら、違った?」

 

 エックスは静かに言う。

 

「おそらく、隔離型になっていました」

 

 リオナは萌亜の手を握った。

 

「戻ってきてくれてありがとう」

 

 萌亜の目に涙が溜まる。

 

「リオナっちも、追ってくれてありがとう」

 

「怒ってるけどね」

 

「ですよね」

 

「勝手にいなくなろうとしたの、あとでちゃんと話す」

 

「はい……」

 

 萌亜はしゅんとした。

 

 タクヤが苦笑する。

 

「話せるなら、大丈夫」

 

 カナメが言う。

 

「説教は休んでからだ」

 

 ゼルヴァードも頷く。

 

「逃げて戻った後に説教があるのは、生還した証だ」

 

 萌亜が小さく呟く。

 

「チョベリバ証明……」

 

 リオナは笑ってしまった。

 

 泣きながら。

 

     *

 

 その頃、選定機関の白い記録領域では、第二試練の失敗が記録されていた。

 

『アヴァロン第二干渉、失敗』

 

『接続因子切断契約、未成立』

 

『安藤萌亜、離脱門通過せず』

 

『姫咲リオナ、単独日常復帰を拒否』

 

『共同撤退経路、形成』

 

『霧状位相防衛、第二段階へ移行』

 

『攻撃到達経路の休眠位相逸らし、仮形成』

 

『他者転嫁なし』

 

『直接切除成功率、さらに低下』

 

 白い記録官たちが、無数の再計算を行う。

 

 その中心に、別の記録が浮かぶ。

 

『次段階干渉案』

 

『恐怖の王、強制覚醒』

 

『共同撤退経路を破壊するには、対象内部の王性を暴走させる必要』

 

『姫咲リオナへの直接損傷リスクを提示』

 

『安藤萌亜へ自己隔離または自己消滅を再提示』

 

『上位選定個体エクスキューショナーへ補助命令』

 

 その命令が、白い空間の奥へ送られる。

 

『エクスキューショナー』

 

『次回、恐怖の王覚醒誘導を補助せよ』

 

 沈黙。

 

 いつもより長い沈黙。

 

 そして、応答が返った。

 

『判断保留』

 

『理由』

 

『共同撤退権保護条項、霧中迷子防止条項、未成年休息権、茶会規定との整合性確認中』

 

『命令は明確』

 

『確認中』

 

『補助せよ』

 

『判断保留を継続』

 

 白い記録領域に、深いノイズが走った。

 

 今回は、ただの遅延ではなかった。

 

 命令への抵抗に、近づいていた。

 

     *

 

 エリの家へ戻ると、玄関の扉はすぐに開いた。

 

 エリは二人の顔を見るなり、何も聞かずに言った。

 

「おかえり」

 

 リオナと萌亜は、同時に答えた。

 

「ただいま」

 

「ただいま……」

 

 エリは二人を中へ入れる。

 

「お風呂。ご飯。説教。順番は?」

 

 萌亜がびくっとする。

 

「説教あります?」

 

「あるわよ」

 

 リオナが横から言う。

 

「ある」

 

「チョベリバ……」

 

 エリは少し笑った。

 

「でも、まずお風呂ね。説教は温まってから」

 

 萌亜は小さく頷いた。

 

「温情……」

 

「あとでクレープもあるわよ」

 

「刑のあとにクレープ……」

 

「刑じゃないわ」

 

 リオナは、そのやりとりを見て、胸が少し軽くなった。

 

 帰ってきた。

 

 逃げた。

 

 でも、戻ってきた。

 

 そして、説教がある。

 

 それは確かに、生きて帰ってきた証拠だった。

 

     *

 

 夜。

 

 風呂に入り、ご飯を食べ、軽く説教を受けた後。

 

 リオナと萌亜は、また同じ部屋に布団を並べていた。

 

 萌亜は、布団の上で正座していた。

 

「リオナっち」

 

「何?」

 

「勝手にいなくなろうとして、ごめんなさい」

 

 リオナは、少し黙った。

 

 怒っていた。

 

 怖かった。

 

 悲しかった。

 

 でも、萌亜が泣きながら謝っているのを見ると、全部が胸の中で混ざった。

 

「私は、嫌だった」

 

「うん」

 

「萌亜が私のために離れようとしたのは分かる。でも、私に聞かないで決められるのは嫌」

 

「うん」

 

「私の幸せを、私抜きで決めないで」

 

「はい」

 

 萌亜は、涙をぽろぽろこぼした。

 

「リオナっちが死ぬかもって言われたら、怖くて、逃げたくなった」

 

「うん」

 

「リオナっちを安全にしたかった」

 

「うん」

 

「でも、リオナっちがいないところに行くの、めっちゃ怖かった」

 

 リオナは、萌亜の隣に座った。

 

「私も、萌亜がいない日常を見た」

 

「どうだった?」

 

「最悪」

 

 即答だった。

 

 萌亜は少し目を丸くして、それから泣き笑いした。

 

「そっか」

 

「うん。安全でも、最悪」

 

「じゃあ、もう勝手にいなくならない」

 

「約束」

 

「約束」

 

 リオナは手を差し出した。

 

 萌亜はその手を握る。

 

「でも」

 

 リオナは続ける。

 

「本当に危ない時は、逃げよう」

 

「いいの?」

 

「いい。逃げるのは悪くないって、今日分かった」

 

「うん」

 

「でも、一緒に逃げる」

 

「一緒に戻る」

 

「途中で無理なら?」

 

「逃げ直す」

 

「よし」

 

 萌亜は、少しだけ笑った。

 

「チョベリグ戦術、採用?」

 

「採用」

 

 リオナも笑った。

 

 その瞬間、手首の紐が淡く光った。

 

 白金に、銀の霧が混じる。

 

 二人の中に、新しい感覚が残っていた。

 

 危険から離れる力。

 

 でも、誰かを置いていかないための力。

 

 アヴァロン第二応答。

 

 共同撤退経路。

 

 それは、戦うためだけの力ではない。

 

 逃げるための力。

 

 戻るための力。

 

 生きて帰るための力だった。

 

     *

 

 萌亜が眠った後、リオナはしばらく起きていた。

 

 窓の外には、薄い霧が漂っている。

 

 だが、昨日までのような冷たさはない。

 

 どこか遠く、霧の島が静かにこちらを見ているようだった。

 

 リオナは、小さく呟く。

 

「次は、第三試練か」

 

 恐怖の王。

 

 目覚めと選択。

 

 きっと、今回よりもっと厳しい。

 

 萌亜の中の一番怖い部分が、本格的に揺さぶられる。

 

 自分は、それに向き合えるのか。

 

 怖い。

 

 正直、怖い。

 

 でも、今のリオナには分かっていることがある。

 

 怖ければ逃げていい。

 

 ただし、置いていかない。

 

 逃げたら戻る。

 

 戻れる場所を、ちゃんと持つ。

 

 リオナは、眠っている萌亜の手をそっと握った。

 

「次も、帰ってこようね」

 

 萌亜は寝言のように呟いた。

 

「逃げ直す……チョベリグ……」

 

 リオナは、思わず笑った。

 

 霧の向こうで、アヴァロンは静かに第三の門を開き始めている。

 

 選定機関は、恐怖の王を目覚めさせようとしている。

 

 だが今夜だけは。

 

 二人は布団の中で眠る。

 

 一緒に逃げて。

 

 一緒に戻ってきた場所で。

 

 それが、第二試練の勝利だった。

 





第28話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、アヴァロン第二試練「逃避と置き去り」の決着回でした。

この試練の答えは、逃げないことではありません。

むしろ今回は、逃げることを肯定する話です。

危険なら逃げていい。

怖いなら退いていい。

無理なら一度引いていい。

それは弱さではなく、生きて戻るための選択です。

ただし、誰かを置いていく逃げ方はしない。

相手のためと言いながら、相手に聞かずに手を離さない。

これが、リオナと萌亜の出した答えでした。

前回、選定機関は接続因子切断契約を提示しました。

リオナには、萌亜との接続を切れば日常に戻れると囁きました。

萌亜には、リオナとの接続を切ればリオナが安全になると囁きました。

互いを守るために、互いを切れ。

とても悪質な選択肢です。

しかし二人は、それに対して「判断保留」を選びました。

そしてさらに踏み込んで、「今は逃げる。でも一緒に逃げる。一緒に戻る」と答えました。

これにより、アヴァロン第二応答が成立しました。

今回形成されたのは、共同撤退経路です。

攻撃が来た時、真正面から受け止めるのではなく、霧の中で因果経路をずらす。

ただし、別の誰かへ流すのではなく、誰もいない休眠位相へ逃がす。

ここにはエルドラドで得た代価流路制限が効いています。

他者へ請求しない。

誰かへ押しつけない。

アヴァロンの霧とエルドラドの代価の火が接続したことで、防衛網が一段階安定しました。

また今回は、周囲との絆が大きく働きました。

エリの「帰ってきなさい」。

タクヤの茶会支援。

エックスの判断保留。

カナメの撤退判断。

ゼルヴァードの戦術としての敗走。

GTG古参の法務・倫理・技術支援。

そしてモー子の共同撤退権保護条項。

二人だけでは越えられない試練を、これまで積み重ねてきた言葉と関係で越えた形です。

最後に、選定機関は次の手として「恐怖の王、強制覚醒」を準備し始めました。

次回からは、アヴァロン第三試練。

三話構成の最終試練です。

テーマは、恐怖の王を消すのでも、閉じ込めるのでもなく、萌亜自身がその力と共に生きることを選ぶこと。

ここがアヴァロン編最大の山場になります。

それではまた次回。

逃げるなら、一緒に逃げて、一緒に戻る。

それはきっと、悪くない。
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