アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜 作:池ポチャ
前回、地球侵略を宣言しに来た外宇宙の美形男子ゼルヴァードは、萌亜とリオナに服装・演説・名前をダメ出しされ、最終的にクレープを食べて観光客のようになりました。
しかし、彼の出現は偶然ではありません。
萌亜を殺すための槍。
外宇宙の選定機関。
そして、かつてアンゴルモアの到来を予言したノストラダムス。
今回は、物語の始まりにも関わる「ノストラダムスの置き土産」が登場します。
なぜ、ノストラダムスはアンゴルモアを予言できたのか。
そして、その予言には本当に続きがあったのか。
終末ギャルの過去と、人類が滅びなかった理由に少しだけ触れる回です。
安藤萌亜は、歴史の授業が苦手だった。
理由は簡単である。
だいたい現地で見ていたからだ。
「萌亜、寝るな」
「寝てないし。まぶたが地球重力に負けてるだけだし」
「寝てるじゃん」
放課後のカフェ。
姫咲リオナは、テーブルの向こうで突っ伏しかけている萌亜を軽く睨んだ。
今日のリオナは、萌亜の勉強を見ていた。
理由は、学校の小テストである。
萌亜は戸籍上、女子高生として生活している。
つまり、学校に通っている。
そして学校に通っている以上、テストがある。
たとえその正体が、外宇宙の文明選定個体アンゴルモアであっても。
「なんで終末存在が世界史の小テストで赤点取りそうなの」
「だって人間、年号多すぎ」
「文明滅ぼすより簡単でしょ」
「文明はプチッで終わるけど、年号は覚えないといけないじゃん」
「勉強はプチッと終わらせないで」
リオナはノートを開いた。
「じゃあ、問題。ノストラダムスは何で有名?」
萌亜はぴくりと反応した。
「時代先取りジジイ」
「テストで書いたら絶対バツ」
「でも合ってるじゃん」
「もっと普通に。予言者」
「予言者ねえ」
萌亜は頬杖をつき、窓の外を見た。
夕方の東京。
行き交う人々。
スマホを見ながら歩く学生。
カフェの前で写真を撮る観光客。
ビルのガラスに反射する夕陽。
当たり前の風景。
でも、かつては存在しなかったかもしれない風景。
もし、あの時。
ノストラダムスがいなければ。
地球は、平成を迎えることも、令和を迎えることもなかった。
タピオカも。
プリクラも。
クレープも。
リオナも。
全部、存在しなかった。
「萌亜?」
リオナの声で、萌亜は我に返った。
「何?」
「急に静かになったから」
「ううん。ちょっと昔のこと思い出してた」
「ノストラダムスの?」
「うん」
萌亜はストローでアイスミルクティーをかき混ぜる。
「変な人だったよ」
「会ったことあるの?」
「あるよ」
「さらっと歴史上の人物と面識あるとか言わないで」
「だって会ったもん」
「どんな人だった?」
萌亜は少し考えた。
そして、真面目な顔で答える。
「目がヤバかった、血走ってた」
「言い方」
「いや、ほんとに。人間の目なんだけど、人間が見るはずのないところを見てた」
「未来?」
「未来もだけど、もっと外側」
「外側?」
「宇宙の外。時間の外。アカシックレコード。人間の言葉だと……たぶん、まだわかんない明日のこと」
リオナは黙った。
萌亜の声には、いつもの軽さが少なかった。
その時だった。
リオナのスマホが震えた。
画面には、もう見慣れた表示。
『宮内庁・胃痛担当』
「御門さんから」
「また仕事?てか胃痛担当ってw」
「たぶん、ってあんたも大概でしょ」
リオナが電話に出る。
「はい、リオナです」
『姫咲リオナ。安藤萌亜は近くにいるか』
「います。小テスト対策中です」
『……何の?』
「世界史です」
『世界を滅ぼせる存在が、世界史で苦戦しているのか』
「はい」
『人類は複雑だな』
「本当に」
御門征十郎は、いつもの低い声で続けた。
『至急、二人に来てもらいたい場所がある』
「また宮内庁ですか?」
『いや。今回は国立国会図書館だ』
「図書館?」
『未整理の寄贈資料の中から、ノストラダムスに関係する可能性のある文書が見つかった』
リオナは萌亜を見た。
萌亜の表情が変わる。
「ノストラダムス?」
『そうだ。しかも、その文書には安藤萌亜――いや、アンゴルモアに関する記述がある可能性が高い』
萌亜は、ストローから口を離した。
「へえ」
その声は軽い。
でも、目は笑っていなかった。
「時代先取りジジイ、まだ何か残してたんだ。まぁあのジジイだし」
*
国立国会図書館。
リオナは、今日何度目か分からない場違い感を覚えていた。
昨日は渋谷。
一昨日は宮内庁地下。
今日は国会図書館。
カリスマギャルの行動範囲としては、かなりバグっている。
「私、最近行く場所おかしくない?」
「映えスポット巡り?」
「どこが?」
「宮内庁地下とか」
「あれを映え扱いするな、投稿できんわ」
萌亜はいつもの調子だったが、リオナには分かる。少しだけ、空気が違う。
ノストラダムス。
その名前が出てから、萌亜はどこか静かだった。
図書館の奥。
一般利用者が入れない管理区域。
そこに、御門征十郎と数名の超対課職員が待っていた。
さらに、見覚えのある銀髪の青年もいる。
ゼルヴァード・ル=オルグレイ。
前回、地球侵略に来てクレープに敗北した外宇宙の美形男子である。
今は黒コートではなく、リオナが選んだシンプルな白シャツと黒パンツを着ていた。
妙に似合っている。
「ゼルくんじゃん」
「その名で呼ぶな、アンゴルモア」
「じゃあゼルゼル」
「やめろ!」
リオナはゼルヴァードの服装を見て頷いた。
「うん、やっぱその方がいい。前よりだいぶ見やすい」
「我は見やすさのために存在しているわけではない」
「でも前よりバズるよ」
「だからバズとは何だ!」
御門が咳払いした。
「話を進める」
空気が少しだけ引き締まる。
御門は白い手袋をつけたまま、机の上に置かれた古い箱を示した。
木製の箱。
表面には、フランス語らしき文字と、いくつかの記号。
そして、奇妙な星の印。
リオナが見ても、それが普通の古文書ではないことくらいは分かった。
「これは、国内の旧家から寄贈された未整理資料のひとつだ。長年、出所不明の西洋古文書として保管されていた」
「それがノストラダムスのものなんですか?」
「確定ではない。だが、筆跡、紙質、インクの成分、記述内容から、十六世紀フランスのものと見てほぼ間違いない」
「で、何が書いてあるの?」
萌亜が尋ねる。
御門は箱を開いた。
中には、一冊の薄い本が入っていた。
かなり古い。
表紙は擦り切れ、紙は黄ばんでいる。
しかし、不思議と崩れてはいない。
まるで、長い時間を眠っていたにもかかわらず、誰かに読まれる瞬間を待っていたかのようだった。
「表題はない。だが、冒頭にこう記されている」
御門は翻訳済みの資料を読み上げる。
「『恐怖の大王について記した後、私はもうひとつの未来を見た』」
その場の空気が変わった。
リオナは、思わず萌亜を見る。
萌亜は無表情だった。
御門は続ける。
「『それは、降ってくる王ではなく、地上を歩く少女であった』」
萌亜の指が、ぴくりと動いた。
「『彼女は金の髪を持ち、奇妙な言葉で笑う。滅びを携えながら、甘き菓子を好み、人の娘と手を取り、星の外から来る刃に背を向けぬ』」
「……金の髪」
リオナが呟く。
「奇妙な言葉って、チョベリグのこと?」
「たぶん」
萌亜は少し不満そうに言った。
「失礼じゃん。奇妙じゃなくてナウいのに」
「ナウくないから奇妙なんだと思う」
御門はさらにページをめくる。
「ここからが問題だ」
「まだあるの?」
「ああ」
御門の声が低くなる。
「『恐怖の王は、恐怖であるがゆえに世界を滅ぼさぬ。人は彼女を恐れ、彼女は人を面白がる。やがて彼女は、滅びの名を捨て、萌ゆる名を得る』」
リオナの背筋が震えた。
萌ゆる名。
安藤萌亜。
偶然にしては、あまりにも近い。
萌亜は小さく笑った。
「そこまで見えてたんだ。やるじゃん」
御門は彼女を見る。
「君は知っていたのか?」
「ううん。知らない」
「では、なぜ笑う」
「ほんとに時代先取りジジイだったんだなって。私が観測した時もオタ芸してたし」
「……オタ芸してたのか」
その言葉には、どこか懐かしさが混じっていた。
ゼルヴァードは腕を組み、古文書を睨んでいる。
「ありえん」
「何が?」
リオナが聞く。
「人間が、アンゴルモアの未来を観測できるはずがない」
「でも実際に書いてある」
「だから異常なのだ」
ゼルヴァードの声は真剣だった。
「文明選定個体の未来は、通常の時間軸に属さない。特にアンゴルモア級の存在は、観測するだけで人間の精神が崩壊するか自壊する」
「じゃあ、ノストラダムスはどうやって?」
「知らぬ。だから異常だと言っている」
萌亜は古文書に近づいた。
御門が止める。
「触れるな。まだ解析中だ」
「触らないよ。見るだけ」
「君の“見るだけ”は信用しきれない」
「ひど」
萌亜は古文書を覗き込んだ。
その瞬間。
部屋の空気が、ほんの少し歪んだ。
リオナの耳に、遠い鐘の音のようなものが聞こえる。
古文書のページが、風もないのにめくれた。
一枚。
また一枚。
そして、あるページで止まる。
そこには、他のページとは違う文字が書かれていた。
フランス語ではない。
ラテン語でもない。
日本語でもない。
だが、リオナには分かった。
これは、人間が書いてはいけない文字だ。
御門の顔色が変わる。
「解析班、記録を」
「はい!」
ゼルヴァードは、目を見開いた。
「これは……外宇宙標準警告文」
「読めるの?」
リオナが聞く。
ゼルヴァードは頷く。
「読める。だが、なぜ人間の古文書にこの文字がある」
萌亜は、静かにそのページを見ていた。
「何て書いてあるの?」
リオナが尋ねる。
ゼルヴァードは、ためらうように口を開いた。
「『文明選定個体アンゴルモアが対象文明に情動的偏向を示した場合、処分機構を起動せよ』」
部屋が静まり返った。
処分機構。
その言葉は、前回見た槍とつながる。
萌亜を殺すための武器。
萌亜が地球に肩入れした場合に動き出す、外宇宙側の仕組み。
リオナは拳を握った。
「じゃあ、この本は……萌亜を処分するための警告?」
「違う」
萌亜が言った。
「これは、ノストラダムスが書いた文字じゃない」
「え?」
「上書きされてる」
萌亜は古文書を指差した。
「元々のページに、外側から文字が焼き付けられてる。たぶん、萌亜がこの本を見ることを見越して」
「誰が?」
「萌亜の元上司」
御門の目が鋭くなる。
「外宇宙の選定機関か」
「うん」
リオナはぞっとした。
十六世紀の古文書。
ノストラダムスの予言。
それに、現代になって外宇宙側から警告が上書きされている。
時間も場所も関係ない。
相手は、そういう次元で干渉してくる。
「萌亜、大丈夫?」
リオナが尋ねる。
萌亜は振り返った。
そして、いつものように笑った。
「大丈夫。ちょっとウザいだけ」
「本当に?」
「うん。元上司からの圧力って、どこも同じなんだね」
「その感想でいいの?」
「よくない」
ゼルヴァードが低く言った。
「アンゴルモア。これは軽く見るべきではない」
「ゼルくん、真面目じゃん」
「我は常に真面目だ!」
「クレープ食べてた時も?」
「忘れろ!」
ゼルヴァードは古文書を見る。
「処分機構が起動すれば、槍だけでは済まない。上位観測者が来る可能性もある」
「上位観測者?」
リオナが聞く。
「我より遥か上位の存在だ。惑星どころか、文明の可能性ごと切除する」
「可能性ごと……?」
「つまり、地球が滅びる未来も、生き残る未来も、すべてまとめて消すということだ」
リオナは息を呑んだ。
萌亜は黙っている。
御門が静かに問う。
「安藤萌亜。君は、それに対抗できるのか」
「できるよ」
即答だった。
しかし、続く言葉はいつもと少し違った。
「たぶんね」
リオナは、その「たぶん」を聞き逃さなかった。
萌亜が絶対と言わなかった。
それだけで、相手の危険度が分かる。
その時、古文書のページが再びめくれた。
今度は、ゆっくりと。
最後のページで止まる。
そこには、ノストラダムスのものと思われる人間の文字が書かれていた。
御門は翻訳資料を確認しながら読む。
「『それでも、私は見た』」
部屋の全員が、御門の声に耳を傾ける。
「『恐怖の王が笑う未来を』」
萌亜の瞳がわずかに揺れた。
「『彼女は人の娘に名を呼ばれ、滅びではなく明日を選ぶ』」
リオナは、胸がぎゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。
人の娘。
それは、もしかして。
「『空の外より刃が来る時、王は初めて恐怖を知る。己の終わりではなく、守りたいものを失う恐怖を』」
萌亜の表情が消えた。
御門の声だけが、静かに続く。
「『その時、人の娘は王の手を取る。星を救うのは王の力にあらず。王を地上につなぎ止める、小さな手である』」
リオナは何も言えなかった。
萌亜も黙っている。
ゼルヴァードも、御門も、職員たちも。
誰も言葉を挟めなかった。
御門は最後の一文を読む。
「『アンゴルモアは降ってこない。彼女は、歩いてくる。人の隣を』」
沈黙。
長い沈黙だった。
最初に破ったのは、萌亜だった。
「……あのジジイ」
その声は震えていなかった。
でも、いつもの軽さではなかった。
「ほんと、どこまで見てんの」
リオナは萌亜の横顔を見た。
そこには、怒りも悲しみもない。
ただ、困ったような笑みがあった。
「萌亜」
「ん?」
「大丈夫?」
「大丈夫」
萌亜は答えた。
そして、少しだけ考えてから言い直す。
「たぶん、ちょっと変な感じ」
「変な感じ?」
「うん。なんか……見られてたんだなって」
「誰に?」
「ノストラダムスに。ずっと昔から…ガチファンかよ」
萌亜は古文書に視線を戻した。
「萌亜が地球を滅ぼすかもしれないことも。滅ぼさないかもしれないことも。リオナっちと会うことも。こうやって迷うことも」
「迷ってるの?」
リオナが聞く。
萌亜は少し沈黙した。
そして、小さく笑った。
「うん」
その答えに、リオナは驚いた。
萌亜は、いつも迷わない。
外宇宙の敵が来ればプチッと潰す。
異常が起これば、軽いノリで解決する。
タピオカかクレープかで迷うことはあっても、自分のあり方に迷う姿など見たことがなかった。
「昔の萌亜なら、こういう警告が来たら、地球から離れてたと思う」
「離れる?」
「うん。面倒だから。地球が危なくなるなら、観測対象を捨てればいい。そういう考え方だった」
「……今は?」
萌亜はリオナを見た。
「今は、離れたくない」
その言葉は、まっすぐだった。
リオナの胸に、静かに落ちた。
「だって、まだクレープ全種類食べてないし」
「そこ?」
「プリの新機種も試してないし」
「うん」
「リオナっちと行くって約束した服屋もあるし」
「……うん」
「ゼルくんにチョベリグ言わせてないし」
「それは別にいい」
「あと、まだ人間のこと、全部分かってない」
萌亜は古文書を閉じた。
「だから、離れない」
その瞬間。
古文書から、黒い煙のようなものが立ち上った。
御門が叫ぶ。
「下がれ!」
職員たちが動くより早く、煙は空中で形を取った。
人型。
だが、人間ではない。
顔はなく、体の輪郭は常に揺らいでいる。
その胸の位置に、古い時計のような円環が浮かんでいた。
ゼルヴァードの顔色が変わる。
「観測端末……!」
人型の影が、萌亜を見た。
声が響く。
それは耳で聞く声ではなく、脳の奥に直接刻まれる命令だった。
『文明選定個体アンゴルモア。対象文明への情動的偏向を確認』
リオナは頭を押さえた。
痛い。
言葉が重い。
意味そのものが脳にのしかかってくる。
萌亜が一歩前に出る。
「リオナっち、耳ふさいで。耳じゃ意味ないけど、気分的に」
「それ意味あるの?」
「ちょっとある」
リオナは素直に耳をふさいだ。
影は続ける。
『帰還せよ。選定機関は、貴個体の再調整を要求する』
「再調整って何?」
リオナが小声で聞く。
ゼルヴァードが答えた。
「人格、記憶、判断基準の再構築だ」
「それって……」
「今の安藤萌亜は消える」
リオナの目が見開かれた。
萌亜は、影を見上げている。
表情は静かだった。
『帰還せよ。さもなくば、処分機構を本格起動する』
「やだ」
萌亜は即答した。
影が揺れる。
『拒否を確認』
「うん。拒否。チョベリバです」
『対象文明に価値はない』
「あるよ」
『一時的快楽。低次感情。矮小な個体間交流。すべて選定者には不要』
萌亜の瞳の奥に、冷たい光が灯った。
「不要かどうかは、萌亜が決める」
『貴個体の判断は汚染されている』
「汚染じゃないし」
萌亜は一歩、影に近づく。
「友達できただけだし」
影の胸の円環が回転する。
『処分予告。第三観測周期内に、対アンゴルモア兵装を起動する』
「ご自由に」
『対象文明ごと消去する』
その瞬間。
空気が変わった。
リオナにも分かった。
萌亜が、怒った。
いつもの軽い不機嫌ではない。
服がダサいと言う時の呆れでもない。
本当に。
静かに。
底の見えない怒り。
「今」
萌亜の声が、低く響く。
「地球消すって言った?」
影が答える。
『必要であれば』
「そっか」
萌亜は右手を伸ばした。
ただ、それだけだった。
しかし、影は一瞬で歪んだ。
胸の円環が砕ける。
輪郭がほどける。
『警告。観測端末の破壊は、選定機関への敵対行為とみなされ――』
「みなしていいよ」
萌亜は笑わなかった。
「萌亜の友達に手ぇ出すなら、こっちもムカ着火ファイヤーだし。敵でいい」
影が消えた。
何の音もなく。
古文書の上に、黒い灰のようなものが少しだけ落ちる。
部屋は静かになった。
しばらく、誰も動けなかった。
御門が最初に口を開く。
「……今ので、向こうに完全に敵対意思を示したことになるのか」
「うん」
萌亜はあっさり答えた。
「いいのか?」
「だって地球消すって言ったし」
「そうだな」
御門は深く息を吐いた。
「超対課は、外宇宙選定機関への対策を最優先案件とする」
「人類で対策できるの?」
萌亜が聞く。
「できるかどうかではない。やる」
その言葉に、リオナは少しだけ驚いた。
御門の声には、恐怖もある。
不安もある。
だが、それ以上に覚悟があった。
ゼルヴァードは苦々しい顔で言う。
「無謀だ。人類ごときが選定機関に対抗できるはずがない」
「じゃあ、ゼルくんも手伝って」
萌亜が言う。
「なぜ我が!」
「だって今、地球にいるじゃん」
「それは貴様が我の力を封じたからだ!」
「クレープ食べたじゃん」
「それは関係ない!」
リオナがにっこり笑った。
「でもゼルくん、地球消されたらクレープも消えるよ?」
ゼルヴァードが固まった。
「……それは」
「次、チョコバナナも食べるんでしょ?」
「別に楽しみにしているわけではない」
「してる顔」
「していない!」
萌亜は笑った。
さっきまでの張り詰めた空気が、少しだけゆるむ。
でも、リオナには分かった。
状況は悪化した。
外宇宙の選定機関は、萌亜を再調整しようとしている。
拒めば、萌亜を処分し、地球ごと消すかもしれない。
それでも。
萌亜は離れないと言った。
地球を好きだと言った。
友達に手を出すなら敵でいいと言った。
リオナは、萌亜の隣に立つ。
「萌亜」
「ん?」
「一人でやらないでよ」
「うん」
「ちゃんと相談して」
「地球割れそうになったら?」
「もっと早く」
「東京消えそうになったら?」
「もっと早く」
「クレープ屋が臨時休業したら?」
「それはLINEして」
「基準分かってきた」
「絶対分かってない」
リオナはため息をついた。
でも、その口元は少しだけ笑っていた。
御門は古文書を見下ろす。
「この文書は、当課で厳重保管する。翻訳と解析を進める」
「うん」
萌亜は古文書に視線を落とした。
「ねえ、御門のおじさん」
「何だ」
「その本、あとでコピーちょうだい」
「なぜだ」
「読みたいから」
「危険だ」
「大丈夫。萌亜、本人だし」
「そういう問題ではない」
リオナが横から言う。
「私も欲しいです」
「姫咲リオナまで」
「萌亜のことが書いてあるなら、私も知っておきたいので」
御門はしばらく沈黙した。
そして、観念したように言う。
「安全処理を施した写しを用意する」
「ありがとうございます」
「ただし、SNSには絶対に載せるな」
萌亜が目を逸らした。
「載せないよ?」
「今の間は何だ」
「載せないってば」
「信用できん」
リオナは萌亜のスマホを取り上げた。
「今日は投稿禁止」
「えー! 国会図書館なうって言いたかったのに!」
「なうって言うな」
その後、二人は御門たちと別れ、図書館を出た。
外はすっかり夜になっていた。
東京の街に、無数の灯りがともっている。
ビルの窓。
車のライト。
店の看板。
スマホの画面。
小さな光が集まって、夜の街を作っている。
萌亜は空を見上げた。
その先に、星はほとんど見えない。
東京の夜は明るすぎる。
でも、そのさらに外側から、何かがこちらを見ている。
リオナには、それが分かる気がした。
「萌亜」
「ん?」
「怖い?」
萌亜は少し考えた。
そして、正直に答えた。
「ちょっと」
リオナは驚かなかった。
ただ、萌亜の手を取った。
萌亜の手は、普通の女の子の手と同じ温度だった。
「じゃあ、怖い時は言って」
「リオナっちに?」
「うん」
「リオナっち、人間なのに?」
「人間だから」
萌亜は、つないだ手を見た。
それから、小さく笑う。
「ノストラダムス、これも見てたのかな」
「かもね」
「時代先取りしすぎじゃん」
「ほんとにね」
二人は夜の東京を歩き出した。
その少し後ろを、ゼルヴァードが不満そうについてくる。
「なぜ我まで同行せねばならん」
「だってチョコバナナクレープ食べるんでしょ?」
「食べるとは言っていない」
「じゃあ帰る?」
「……道が分からん」
「迷子じゃん」
「違う!」
リオナが笑う。
萌亜も笑う。
その笑い声は、夜の街に溶けていった。
遠い宇宙の外側で、何かが動いている。
ノストラダムスの予言は、まだ終わっていない。
恐怖の大王は降ってこなかった。
彼女は今、人の隣を歩いている。
手をつないで。
少しだけ怖がりながら。
それでも、明日も地球で遊ぶために。
リオナが笑う。
萌亜も笑う。
その笑い声は、夜の街に溶けていった。
遠い宇宙の外側で、何かが動いている。
ノストラダムスの予言は、まだ終わっていない。
恐怖の大王は降ってこなかった。
彼女は今、人の隣を歩いている。
手をつないで。
少しだけ怖がりながら。
それでも、明日も地球で遊ぶために。
*
国立国会図書館。
誰もいなくなった管理区域で、古びた予言書がひとりでに開いた。
ぱらり。
ぱらり。
まるで、読まれるべき時を待っていたかのように、黄ばんだページが静かにめくられていく。
やがて、最後のさらに奥。
本来なら存在しないはずの白紙のページで、それは止まった。
そこに、文字が浮かび上がる。
御門たちには、まだ読めない言葉。
人間の言語ではない。
だが、萌亜やゼルヴァードが見れば、すぐに意味を理解できる言葉。
『推しに手を出すのは解釈違いなので、ここに対抗策を記す』
もしその場にリオナがいれば、こう言っただろう。
「ノストラダムス、思ったよりガチオタじゃん」
もしその場に萌亜がいれば、きっとこう言っただろう。
「時代先取りジジイ、限界オタクだったんだ」
だが、その場には誰もいない。
だから予言書だけが、静かに続きを示す。
『アトランティス』
『深海に座す都市を探したまえ』
『そこに、王を地上へつなぎ止める鍵がある』
最後に、もう一文。
まるで、遠い未来の誰かへ宛てた手紙のように。
『君の未来に幸あれ』
文字は、ゆっくりと紙に沈んでいった。
そして予言書は、何事もなかったかのように閉じる。
遠い宇宙の外側では、選定機関が動き始めている。
地球の深海では、失われた都市が眠っている。
そして、令和の東京では。
終末の大王が、友達と手をつないで歩いている。
世界はまだ、終わらない。
少なくとも、ノストラダムスとかいう時代先取りジジイは、そう信じていた。
## 後書き
第5話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、物語の始まりにも関わる「ノストラダムスの置き土産」回でした。
これまで、ノストラダムスはアンゴルモアの到来を予言した人物として語られてきましたが、今回でそれだけでは終わらない存在だったことが分かりました。
恐怖の大王を見た男。
未来を見た男。
そして、安藤萌亜という少女が人の隣を歩く未来まで見ていた男。
……のはずなのですが、最後の最後で「推しに手を出すのは解釈違い」とか言い出したので、ただの予言者ではなく、かなり厄介な限界オタク予言者だった可能性が出てきました。
萌亜にとって、ノストラダムスは地球を滅ぼさなかったきっかけの人物です。
人間という存在に興味を持たせた、最初の人間。
だからこそ、今回の予言書は萌亜にとっても少し特別なものになっています。
一方で、外宇宙の選定機関も本格的に動き始めました。
萌亜を再調整しようとする観測端末。
処分機構。
対アンゴルモア兵装。
そして、地球そのものを消去するという警告。
萌亜は最強の終末存在ですが、守りたいものができたことで、初めて「怖い」と口にしました。
自分が終わることではなく、リオナや地球を失うことが怖い。
その変化こそが、今回いちばん大事な部分だったと思います。
そして最後に、予言書は新たな行き先を示しました。
アトランティス。
深海に座す都市。
そこに、萌亜を地上へつなぎ止める鍵がある。
次回からは、いよいよアトランティス編に入っていきます。
深海都市、古代文明、外宇宙への対抗策。
かなりシリアスな要素が並んでいますが、たぶん萌亜たちはいつも通りです。
深海でもチョベリグと言います。
ゼルヴァードはたぶん潜水服に文句を言います。
リオナはたぶん全部ツッコミます。
それではまた次回。
ノストラダムスとかいう時代先取りジジイに導かれて、次は深海へ。
チョベリグ。