アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

56 / 56

ルルイエへ向かう者たちがいる。

地上へ残る者たちがいる。

どちらが本隊で、どちらが留守番というわけではありません。

萌亜たちが夢の深海へ降りている間にも、地上ではルルイエの夢を「神の覚醒」と受け取った者たちが動き始めています。

眠る神を起こしたい者。

その力を得たい者。

終末の後に自分だけが選ばれると信じる者。

そして、彼らが信仰する存在にもっとも近い瑠々本人は、そのどれにもいい顔をしません。

今回は二つの場所で同時に始まる戦い。

深海の門へ向かう四人と。

銃声の響く地上に残った者たち。

海の底へ続く道は、静かに開くとは限らないようです。



眠りの縁で、銃声がした

 

 目を閉じる前に、安藤萌亜は最後の確認をした。

 

「ヨルボ」

 

 枕元。

 

「いる」

 

 黒紫色のウツボぬいぐるみ。

 

「リオナっち」

 

「いる」

 

 隣の簡易寝台。

 

「エクスキューショナーさん」

 

『接続待機中』

 

 白い投影体。

 

「瑠々ちゃん」

 

「いるわよ」

 

「怒ってる?」

 

「もう少し静かにできないの?」

 

「確認です」

 

「私だけ確認の仕方がおかしいでしょう」

 

 萌亜は満足そうに頷いた。

 

「全員いる」

 

 国立国会図書館地下管理区域。

 

 普段は会議室として使われている一室が、今日は簡易的な夢接続室へ変えられていた。

 

 中央には四つの寝台。

 

 床にはシャンバラ由来の白い花弁。

 

 その外側を、ムーの潮境網から引き込んだ青い線が囲んでいる。

 

 さらに一番外には、九頭龍瑠々が描いた黒い環。

 

 どこにも文字はない。

 

 ただ見ていると、波打っているように感じる。

 

 御門征十郎が寝台の脇に立っていた。

 

「確認する」

 

 いつも通りの硬い声。

 

「今回の接続先はルルイエ夢域最外周だ。物理的な深海都市には入らない」

 

「はい」

 

「予定接続時間は三十分」

 

「短くない?」

 

「昨日、世界の四割が他人の夢を見た」

 

「説得力ある」

 

「内部で瑠々から離れるな。何かに呼ばれても反応するな。知っている声がしても、本人だと確認できるまで追うな」

 

 リオナが眉を寄せる。

 

「知ってる声?」

 

 瑠々が答えた。

 

「夢は、人間が近づきやすい形を使うことがある」

 

「家族とか?」

 

「友達とか」

 

 瑠々は萌亜を見る。

 

「あなたならリオナの声」

 

「最悪」

 

 萌亜が即答する。

 

「絶対引っかかる」

 

「自覚があるなら対策しなさい」

 

「本物リオナっち確認用の合言葉決めよ」

 

 リオナが少し考える。

 

「じゃあ、萌亜が世界史の小テストで最後に取った点数」

 

「敵より言いたくない」

 

「本人確認には最適」

 

「瑠々ちゃん、別案」

 

「知らないわよ」

 

 御門が額を押さえた。

 

「今決めろ。時間を使うな」

 

 萌亜は唸る。

 

「じゃあ……『ノストラダムス』って言ったら?」

 

「『時代先取りジジイ』」

 

 リオナが答える。

 

「それで」

 

「決まり」

 

 エクスキューショナーが静かに記録する。

 

『本人確認用符牒。ノストラダムス。応答、時代先取りジジイ』

 

 御門が目を閉じた。

 

「正式記録に残すな」

 

『すでに記録済』

 

「消せ」

 

『判断保留』

 

「覚えるのが早いな、君は」

 

 少し離れたところで、タクヤが茶葉袋を四つ並べていた。

 

「戻る場所の香りは準備したよ」

 

 萌亜が手を伸ばす。

 

「師匠」

 

「何?」

 

「師匠はほんとに残るんですね」

 

「瑠々ちゃんに来るなって言われたからね」

 

「ちゃん付けしないで」

 

 瑠々が即座に返した。

 

「本人以外禁止」

 

「萌亜ちゃんはいいの?」

 

「……もう訂正するのが面倒」

 

「許可された」

 

 萌亜が得意げに言う。

 

 瑠々は無視した。

 

 タクヤは少し笑い、それから真面目な表情になる。

 

「地上は任せて」

 

 その一言で、空気が変わった。

 

 萌亜はタクヤを見る。

 

 ルルイエへ行かない。

 

 だから安全。

 

 そんな意味ではない。

 

 昨日から、世界各地で異常な動きが始まっている。

 

 夢の共有。

 

 沿岸部への人の移動。

 

 特定の宗教団体や秘密結社による集会。

 

 大量の武器と薬品の移送。

 

 港湾監視網への不正アクセス。

 

 表面だけ見れば別々の事件。

 

 だが。

 

 すべての中心に、同じ図形があった。

 

 円環。

 

 海。

 

 五つの星。

 

 そして。

 

 眠る巨大な何かを描いた紋章。

 

 御門が言った。

 

「地上側も同時に動く」

 

 リオナが尋ねる。

 

「何かあった?」

 

「複数ある」

 

 御門は端末を見せた。

 

 日本。

 

 台湾。

 

 フィリピン。

 

 北米西岸。

 

 南米。

 

 欧州沿岸。

 

 地図上に赤い点が浮かんでいる。

 

「昨夜から、カルト系組織の集結を確認している。国内では三か所」

 

「三か所も?」

 

「ああ」

 

「警察だけじゃ無理?」

 

「銃器だけなら任せる」

 

 御門は短く答えた。

 

「問題は、連中が夢域へ接続していることだ」

 

 瑠々の目が冷たくなった。

 

「愚か者」

 

 萌亜が瑠々を見る。

 

「知ってる団体?」

 

「名前だけ変えて何百年も似たようなのが出てくる」

 

「何百年?」

 

「神は長く眠ってるの」

 

「瑠々ちゃんいくつ――」

 

「聞くな」

 

「はい」

 

 瑠々は腕を組んだ。

 

「彼らは、自分たちが“選ばれた信徒”だと思っている」

 

「違うの?」

 

 萌亜の問いに。

 

 瑠々は鼻で笑った。

 

「誰が選んだの」

 

 その言葉に。

 

 エクスキューショナーがわずかに反応する。

 

『選定根拠なし』

 

「でしょう?」

 

「そこ意気投合するんだ」

 

 リオナが小さく笑った。

 

 瑠々は続ける。

 

「祈るのは勝手」

 

「海に向かって歌うのも」

 

「神話を読むのも」

 

「別に止めない」

 

 そこで声が冷たくなる。

 

「でも、人を殺して目覚めの供物にする」

 

「街を燃やして星を揃えようとする」

 

「海底ケーブルを切って“地上の声を沈黙させる”」

 

「そういう連中は別」

 

 御門が頷く。

 

「だから地上側で抑える」

 

 カナメが壁際から言った。

 

「国内は私たちも出る」

 

 ゼルヴァードも腕を組む。

 

「外宇宙由来の現象が絡むなら、人間の治安組織だけへ押しつける理由はない」

 

 エックスは端末を操作している。

 

「GTG各支部も現地当局へ協力を開始しています」

 

 そして。

 

 通信画面の向こう。

 

 ナギがいた。

 

 姫咲家。

 

 隣にはエリ。

 

「ナギちゃんも?」

 

 萌亜が驚く。

 

「戦うわけじゃないよ」

 

 ナギが答える。

 

 机の上には青い紙舟が何艘も並んでいた。

 

「カイお兄ちゃんと海底郵便局にお願いしてる」

 

「何を?」

 

「沿岸部に変な手紙が流れてないか探してもらう」

 

 エックスが補足する。

 

「渡り潮を悪用した儀式通信の検知です」

 

 萌亜は目を丸くした。

 

「ナギちゃん、もう地上組のオペレーター」

 

「おぺ……?」

 

「働いてる人」

 

「勉強しながら?」

 

「それはチョベリバ」

 

「だから意味教えて」

 

 エリが後ろから言う。

 

『任務が終わってからね』

 

 御門が時間を見る。

 

「話は終わりだ」

 

 四人へ視線を向ける。

 

「行ってこい」

 

 萌亜は寝台へ横になる。

 

「行ってきます」

 

 リオナも。

 

「行ってきます」

 

 瑠々は目を閉じる。

 

「さっさと済ませるわよ」

 

 エクスキューショナー。

 

『接続開始』

 

 最後に。

 

 御門の声。

 

「帰ってこい」

 

 白い花弁が浮いた。

 

     *

 

 落ちる感覚はなかった。

 

 目を開けると。

 

 萌亜は海の底に立っていた。

 

「……息できる」

 

「夢だから」

 

 瑠々の声。

 

 隣を見る。

 

 リオナ。

 

 エクスキューショナー。

 

 瑠々。

 

 全員いる。

 

 足元は黒い砂。

 

 水はない。

 

 なのに、頭上には海面が見える。

 

 遥か上。

 

 そこを巨大な影が泳いでいる。

 

 魚ではない。

 

 身体が長すぎる。

 

 鰭に見えたものが、見ているうちに翼へ変わる。

 

 翼だと思えば。

 

 次には、ただの暗闇へ戻る。

 

 萌亜はすぐ目を逸らした。

 

「見ない」

 

 瑠々が少しだけ頷く。

 

「昨日より学習してる」

 

「褒められた」

 

「事実確認」

 

「御門さんみたいになってる」

 

「嫌」

 

 即答。

 

 リオナが周囲を見る。

 

「ここがルルイエ?」

 

「まだ違う」

 

 瑠々が前を指す。

 

「夢域の外海」

 

 遠く。

 

 海底の暗闇に。

 

 石の柱が立っている。

 

 何本も。

 

 規則性はない。

 

 あるようにも見える。

 

 柱と柱の間には。

 

 黒い霧。

 

 その奥。

 

 巨大な都市の輪郭だけが見える。

 

 瑠々が歩き始めた。

 

「私の足跡から外れないで」

 

「足跡?」

 

 萌亜が下を見る。

 

 瑠々が踏んだ場所だけ。

 

 黒い砂に青緑色の光が残っている。

 

「そこ以外踏んだら?」

 

「別の夢へ落ちる可能性がある」

 

「どんな?」

 

「知りたくないでしょう」

 

「はい」

 

 一行は進む。

 

 音がない。

 

 自分たちの足音だけ。

 

 それすら、少し遅れて聞こえる。

 

 萌亜が一歩踏む。

 

 ざく。

 

 二秒後。

 

 ざく。

 

「……やだ」

 

「音を追わないで」

 

 瑠々が言う。

 

「遅れてるだけ?」

 

「違う」

 

「じゃあ?」

 

「あなたの足音とは限らない」

 

 萌亜がリオナの腕へしがみつく。

 

「やだ!」

 

「急に怖がり方が普通」

 

「普通に怖い!」

 

 胸の奥でヨルも震えている。

 

『後ろ』

 

「見ない」

 

『いる』

 

「見ない」

 

『大きい』

 

「言わなくていい!」

 

 リオナが萌亜の手を握る。

 

「ノストラダムス」

 

 萌亜が即座に返した。

 

「時代先取りジジイ」

 

「よし」

 

「確認早くない?」

 

「今の萌亜が本物か一瞬不安になった」

 

「ひど」

 

 瑠々が振り返らずに言う。

 

「喋ってて」

 

「え?」

 

「黙ると、別の声が入りやすい」

 

 萌亜は一瞬考え。

 

「じゃあ、最近ナギちゃんが――」

 

「日常会話でいいけど、長くなりそうなのはやめて」

 

「注文多い」

 

 リオナが笑った。

 

「じゃあ今日の夕飯」

 

「それ」

 

「エリさん、カレーって言ってた」

 

「チョベリグ」

 

 黒い海底。

 

 理解できない影。

 

 遅れて響く足音。

 

 その中で。

 

 女子高生二人が夕飯の話をしている。

 

 エクスキューショナーが静かに問いかけた。

 

『これには意味があるのですか』

 

「ある」

 

 瑠々が答えた。

 

「自分がどこから来たか忘れないため」

 

 リオナが少し意外そうに瑠々を見る。

 

「瑠々もやるの?」

 

「何を」

 

「怖い時に日常のこと考える」

 

 瑠々はしばらく黙った。

 

「……昔は」

 

「何考えてた?」

 

「朝ごはん」

 

 萌亜が目を輝かせた。

 

「瑠々ちゃんもじゃん!」

 

「うるさい」

 

     *

 

 同じ頃。

 

 神奈川県。

 

 横浜港に近い倉庫街。

 

 午前十一時十四分。

 

 最初の銃声が響いた。

 

 乾いた三連射。

 

 警察車両のフロントガラスにひびが入る。

 

「伏せろ!」

 

 現場指揮官の声。

 

 武装した男たちが倉庫の二階窓から発砲している。

 

 黒い外套。

 

 首から海色の紋章。

 

 建物の壁には、巨大な円環が描かれていた。

 

 中央。

 

 五つの星。

 

 その周囲を囲む、触手のような線。

 

 御門は少し離れた指揮車両の中でモニターを見ていた。

 

「人数は」

 

 カナメが答える。

 

「確認できるだけで三十一。民間人を六名拘束している」

 

「武装」

 

「自動小銃。拳銃。爆発物」

 

「普通じゃないな」

 

「密輸ルートがある」

 

 別画面。

 

 倉庫内部。

 

 そこでは、武器より厄介なものが準備されている。

 

 床を覆う海水。

 

 中央に置かれた黒い石。

 

 周囲に十人ほどの信徒。

 

 全員が同じ言葉を唱えている。

 

 意味は翻訳できない。

 

 ただ。

 

 聞く者に、海へ入りたいという衝動を与える。

 

 御門は音声を切った。

 

「儀式は」

 

 エックスが答える。

 

「ルルイエ夢域への強制接続を試みています」

 

「成功するか」

 

「通常なら低確率です」

 

 エックスが別画面を見る。

 

「しかし現在、夢域自体が地上へ近づいている」

 

「要するに、扉が半開き」

 

「近い表現です」

 

 御門は舌打ちこそしなかったが。

 

 顔がさらに険しくなる。

 

「カナメ」

 

「行く」

 

「人質優先。必要なら射撃を許可する」

 

「了解」

 

 ゼルヴァードが指揮車両の扉を開く。

 

「私は?」

 

「倉庫外周。怪異が出たら処理しろ」

 

「人間には?」

 

「撃たれるまで手を出すな」

 

「承知した」

 

 タクヤは後方の簡易指揮卓にいる。

 

 御門が振り返る。

 

「あなたは出るな」

 

「分かってるよ」

 

「本当に分かっている顔に見えない」

 

「僕は後方支援」

 

 タクヤは穏やかに答える。

 

 その足元。

 

 モー子。

 

「もー」

 

「牛も後方だ」

 

『もー』

 

「抗議するな」

 

 ナギから通信が入った。

 

『御門』

 

「どうした」

 

『青い手紙見つけた』

 

「どこだ」

 

『倉庫の中』

 

 御門が目を細める。

 

「内容は」

 

『まだ開けてない』

 

「正しい」

 

『でも、カイお兄ちゃんが変だって』

 

 ナギは続ける。

 

『普通の渡り潮じゃない』

 

『誰かが、手紙の宛先を無理やりルルイエに変えてる』

 

 エックスが即座に解析へ回す。

 

「儀式媒体です」

 

 御門が理解する。

 

「連中は祈っているんじゃない」

 

「はい」

 

「大量の私信を束ねて、呼び声に偽装している」

 

 タクヤの表情から笑みが消えた。

 

「ムーの子どもたちの手紙を真似してるんだ」

 

 御門が低く言う。

 

「最悪だな」

 

 選定機関が恐れた、あの最初の通信。

 

『聞こえたら、聞こえたとだけ返してください』

 

 それを模倣し。

 

 何千、何万の偽の声を束ねて。

 

 眠るものへ。

 

『起きろ』

 

 と送ろうとしている。

 

「エックス」

 

「はい」

 

「渡り潮側から切れるか」

 

「地上だけでは難しいです」

 

「なぜ」

 

「送信先がすでに夢域へ入っています」

 

 御門は一瞬黙る。

 

 そして。

 

「安藤たちへ繋げ」

 

     *

 

 ルルイエ夢域。

 

 萌亜たちは、最初の石門へ到着していた。

 

 巨大だった。

 

 高さが分からない。

 

 見上げると。

 

 途中から視界の外へ曲がっている。

 

 門の両側には。

 

 何かが立っている。

 

 人型。

 

 魚のような頭部。

 

 濡れた皮膚。

 

 背中の鰭。

 

 鋭い爪。

 

 数十。

 

 数百。

 

 深きもの。

 

 萌亜は息を呑んだ。

 

 全員が。

 

 瑠々の前へ跪いた。

 

『使徒』

 

 低い声が重なる。

 

『帰還を歓迎する』

 

 瑠々は足を止める。

 

「歓迎はいらない」

 

『門を開くか』

 

「まだ」

 

『地上より呼ぶ声が増えている』

 

「分かってる」

 

 深きものの一体が顔を上げる。

 

『命じよ』

 

『呼ぶ者を海へ沈める』

 

 瑠々の顔が一瞬で冷えた。

 

「やめなさい」

 

『しかし』

 

「私の命令」

 

 それだけで。

 

 何百もの深きものが頭を下げる。

 

『仰せのままに』

 

 萌亜が小声でリオナへ言う。

 

「瑠々ちゃん、ガチで偉い」

 

「知ってたけど、見るとすごい」

 

「聞こえてる」

 

 瑠々が振り返る。

 

 その時。

 

 エクスキューショナーの周囲に白い通信紋が浮いた。

 

『地上側より緊急通信』

 

 御門の声。

 

『安藤、姫咲。聞こえるか』

 

「聞こえます」

 

『国内カルト拠点で武装蜂起が発生した』

 

 萌亜の顔から笑みが消える。

 

「地上は?」

 

『対応中だ』

 

 背後。

 

 銃声。

 

 明らかに近い。

 

「御門さん!?」

 

『こちらは問題ない』

 

「銃声してる!」

 

『問題の定義を今広げるな』

 

 リオナが眉を寄せる。

 

「何をすればいい?」

 

『カルトが渡り潮を悪用して、ルルイエへ偽の通信を送っている』

 

 瑠々の目が細くなる。

 

「……何を送ってるの」

 

『大量の私信を束ねた起床要求だ』

 

 瑠々の周囲から。

 

 音が消えた。

 

 萌亜が一歩下がる。

 

「瑠々ちゃん?」

 

「それ」

 

 声が。

 

 低い。

 

「私の神に?」

 

『そうだ』

 

「勝手に?」

 

『そうだ』

 

 瑠々の黒髪が、海もないのに揺れた。

 

 深きものたちが一斉に頭を伏せる。

 

「……殺さない」

 

 瑠々が自分へ言い聞かせるように呟く。

 

「殺さない」

 

 萌亜が小声で言う。

 

「二回言った」

 

 リオナが肘で止める。

 

 瑠々は深く息を吸った。

 

「送信路を探す」

 

『できるか』

 

「誰に聞いてるの」

 

 御門が一瞬黙る。

 

『頼む』

 

「最初からそう言いなさい」

 

 瑠々は石門へ向き直る。

 

 手を伸ばす。

 

 黒い海が空中に広がった。

 

 そこに。

 

 無数の細い線。

 

 地上から伸びる祈り。

 

 夢。

 

 恐怖。

 

 狂信。

 

 その中に。

 

 一本だけ。

 

 異様に太い青い縄のような経路がある。

 

「見つけた」

 

 萌亜にも見える。

 

「これ?」

 

「触らないで」

 

「はい」

 

「渡り潮を真似てるけど、雑」

 

 瑠々は眉を寄せる。

 

「送信者と受信者の同意を全部無視してる」

 

 リオナが言う。

 

「第三封印の逆」

 

「そう」

 

 瑠々が指先で線へ触れる。

 

 その瞬間。

 

 声が流れ込んだ。

 

『目覚めよ』

 

『我らを選び給え』

 

『旧き支配者よ』

 

『地上を浄化せよ』

 

『異教徒を沈めよ』

 

『我らだけを残せ』

 

 萌亜は顔をしかめる。

 

「神様にお願いする内容じゃなくない?」

 

「だから嫌いなのよ」

 

 瑠々が吐き捨てる。

 

「自分の願望を神の言葉にするな」

 

 深きものたちがざわめく。

 

『使徒』

 

『これは神意ではない』

 

「当たり前」

 

『地上の信徒は神意を騙る』

 

「知ってる」

 

 瑠々は萌亜とリオナを見る。

 

「切るわよ」

 

「どうやって?」

 

「渡り潮を逆に使う」

 

 リオナが理解する。

 

「返送?」

 

「そう」

 

 萌亜の目が光る。

 

「迷惑メールを送り主に戻す」

 

「言い方は最悪だけど正解」

 

 瑠々は黒い線を押さえる。

 

「萌亜。ムー第三封印」

 

「うん!」

 

「リオナ。受信拒否の条件を固定して」

 

「任せて」

 

「エクスキューショナー」

 

『指示を』

 

「選定機関式の識別を使って、この経路に混ざってる強制命令だけ抜き出して」

 

『実行』

 

 四人の力が重なる。

 

 渡り潮。

 

 受信者が開封を選ぶ。

 

 拒否された通信は戻る。

 

 返答を強制しない。

 

 瑠々が。

 

 受信者側の意思を告げた。

 

「拒否」

 

 海全体が震えた。

 

     *

 

 横浜港。

 

 倉庫中央。

 

 儀式を続けていた男が、目を見開いた。

 

「来るぞ!」

 

 周囲の信徒が歓喜する。

 

「応えられた!」

 

「神が!」

 

「ついに!」

 

 床の海水が黒く染まる。

 

 円環が光る。

 

 男は両手を広げた。

 

「我らを選び――」

 

 次の瞬間。

 

 全員の頭の中へ。

 

 一言。

 

『拒否』

 

 男の顔が止まった。

 

「……は?」

 

 黒い水面から。

 

 送った祈りが全部。

 

 逆流した。

 

 叫び。

 

 願望。

 

 殺意。

 

 選民思想。

 

 自分たちが神の声だと思い込んでいたもの。

 

 それが。

 

 自分たち自身の声として返ってくる。

 

『我らだけを残せ』

 

『異教徒を沈めよ』

 

『我らを選べ』

 

『我らを選べ』

 

『我らを選べ』

 

「やめろ!」

 

 男が耳を塞ぐ。

 

 だが。

 

 頭の内側から聞こえる。

 

『我らを選べ』

 

「これは神の言葉だ!」

 

『お前の声だ』

 

 瑠々の声が。

 

 夢域越しに。

 

 倉庫全体へ響いた。

 

 信徒たちが凍りつく。

 

「誰だ」

 

『誰だと?』

 

 黒い水面から。

 

 少女の影が立ち上がる。

 

 九頭龍瑠々。

 

 完全な現身ではない。

 

 夢の投影。

 

 それでも。

 

 倉庫の空気が変わる。

 

 信徒の一人が震えた。

 

「使徒……?」

 

 別の男が叫ぶ。

 

「偽物だ!」

 

「我々こそ深き神に選ばれた――」

 

 瑠々は興味を失ったように言った。

 

『選ばれてないわ』

 

「何を!」

 

『少なくとも、あの方はあなたたちを選んでいない』

 

「嘘だ!」

 

『では聞くけれど』

 

 瑠々の目が細くなる。

 

『いつ、誰が、あなたを選んだの?』

 

 男は答えられない。

 

『夢を見た?』

 

『海の声を聞いた?』

 

『古い本を読んだ?』

 

『教祖に言われた?』

 

『それで?』

 

 瑠々の声に怒鳴り声はない。

 

 だからこそ、冷たい。

 

『それを“神に選ばれた”と呼んだのは誰?』

 

 倉庫が静まり返る。

 

 その瞬間。

 

 側面シャッターが爆発的に開いた。

 

 カナメが先頭。

 

「突入!」

 

 警察特殊部隊が雪崩れ込む。

 

「武器を捨てろ!」

 

「伏せろ!」

 

 一部の信徒が反射的に銃を向ける。

 

 だが。

 

 その銃身へ。

 

 横から細い光が走った。

 

 金属だけが熱で歪む。

 

「なっ――」

 

 倉庫外からゼルヴァードの声。

 

「警告は一度だ」

 

 別の男が発砲。

 

 弾丸が。

 

 カナメへ届く直前。

 

 空中で止まった。

 

 タクヤが遠隔接続した茶会防護膜。

 

 御門がモニターを見ながら言う。

 

「タクヤ」

 

『何?』

 

「後方支援の定義が広い」

 

『人を守っただけだよ』

 

「……続けろ」

 

『了解』

 

 モー子が外周で逃走者の前へ立つ。

 

「どけ!」

 

『もー』

 

 男が走路を変える。

 

 反対側。

 

 警察官。

 

「止まれ!」

 

「何で牛が包囲にいるんだ!」

 

『もー』

 

 御門は通信を聞きながら額を押さえた。

 

「そこは俺も説明できない」

 

     *

 

 ルルイエ夢域。

 

 送信路が切れた。

 

 太い青い縄が。

 

 ほどける。

 

 一つずつ。

 

 元の私信へ。

 

 誰かが海へ送った願い。

 

 恐怖。

 

 寂しさ。

 

 怒り。

 

 本来。

 

 他人の起床命令へ使われるはずではなかった声。

 

 渡り潮が。

 

 それぞれを元の持ち主へ返していく。

 

 萌亜は息を吐いた。

 

「切れた」

 

 リオナも。

 

「地上は?」

 

 御門の声。

 

『横浜は制圧中だ』

 

「人質は?」

 

『全員確保』

 

 萌亜の肩から力が抜ける。

 

「よかった……」

 

『ただし』

 

 御門が続ける。

 

『国内二か所、海外十九か所で同時に儀式反応が上がった』

 

 全員が黙る。

 

「十九?」

 

『確認できているだけだ』

 

 瑠々の顔が険しくなる。

 

「連動してる」

 

『分かるか』

 

「横浜が起点じゃない」

 

 瑠々は黒い海面を見る。

 

 世界各地。

 

 細い線。

 

 無数。

 

 一本切ったことで。

 

 逆に。

 

 他の経路がはっきり見えるようになっていた。

 

「誰かが一斉に起動させてる」

 

 エクスキューショナーが解析する。

 

『同一命令形式を確認』

 

「教団の上がいる?」

 

 リオナが問う。

 

「たぶん」

 

 瑠々は答える。

 

「世界中のカルトをまとめてる奴」

 

 萌亜が嫌そうに言う。

 

「超迷惑グループチャット」

 

「今のところ一番正確なのが腹立つ」

 

 その時。

 

 石門の向こうから。

 

 低い声がした。

 

『るる』

 

 瑠々が固まった。

 

 萌亜が瞬きをする。

 

「今……」

 

 瑠々は振り返らない。

 

「聞くな」

 

『るる』

 

 もう一度。

 

 今度は。

 

 少し近い。

 

 石門の奥。

 

 眠る夢。

 

 深きものたちが一斉に伏せる。

 

『御方』

 

『夢が浅い』

 

 瑠々の指が震えた。

 

「寝てて」

 

『地上』

 

「大丈夫」

 

『騒がしい』

 

「私が片づける」

 

 萌亜は。

 

 その会話を聞いて。

 

 少しだけ認識を改めた。

 

 神と使徒。

 

 もっと壮大で。

 

 宗教的で。

 

 畏怖に満ちたものだと思っていた。

 

 でも。

 

 今の瑠々は。

 

「寝ててって言う人」

 

 そして。

 

 向こう側は。

 

「うるさくて起きそうな人」

 

 だった。

 

 萌亜が小声でリオナへ言う。

 

「寝かしつけ……」

 

 瑠々が振り返る。

 

「聞こえてる」

 

「すみません」

 

 だが。

 

 その直後。

 

 石門の隙間から。

 

 一本の触腕のような影が滑り出た。

 

 深きものたちが動く。

 

 瑠々も。

 

「止まって!」

 

 影は止まった。

 

 萌亜たちの数メートル手前。

 

 形が定まらない。

 

 触手。

 

 腕。

 

 影。

 

 あるいは。

 

 ただ夢が伸びてきただけ。

 

 ヨルが強く震える。

 

『怖い』

 

「うん」

 

 萌亜は後ろへ下がらない。

 

 でも。

 

 近づかない。

 

 名前もつけない。

 

「分かんなくていい」

 

『大きい』

 

「うん」

 

『怖い』

 

「うん」

 

『逃げる?』

 

 萌亜はリオナの手を握る。

 

「まだ」

 

 瑠々が影へ向かって言った。

 

「この子たちは客」

 

 影が揺れる。

 

『客』

 

「そう」

 

『食わぬ』

 

「絶対」

 

 萌亜の顔が引きつる。

 

「今、食う選択肢あった?」

 

「気にしない」

 

「気になる」

 

 リオナが小声で。

 

「でも、聞くなって言われた」

 

「チョベリバ……」

 

 影がゆっくり。

 

 石門の内側へ戻っていく。

 

 最後に。

 

 眠る声がした。

 

『るる』

 

「何」

 

『地上を静かに』

 

 瑠々は眉間を押さえた。

 

「分かってる」

 

『眠い』

 

「でしょうね」

 

『寝る』

 

「そうして」

 

 気配が遠ざかる。

 

 巨大な圧が。

 

 少しだけ薄れた。

 

 深きものたちが。

 

 安堵したように頭を下げる。

 

 萌亜は数秒。

 

 黙った。

 

 そして。

 

「瑠々ちゃん」

 

「何」

 

「神様、思ったより会話できる」

 

「今のは会話じゃない」

 

「会話だったよ」

 

「寝言」

 

「寝言で食わぬって言った」

 

「忘れなさい」

 

     *

 

 地上。

 

 横浜港。

 

 戦闘は十五分で収束した。

 

 死者なし。

 

 重傷者三名。

 

 うち二名はカルト側。

 

 一名は警察官。

 

 民間人六名は全員生存。

 

 儀式中枢も破壊せず確保。

 

 御門は現場報告を聞きながら歩く。

 

 カナメが戻ってきた。

 

「主犯格を確保した」

 

「話せるか」

 

「意識はある」

 

「尋問は後だ」

 

「分かってる」

 

 ゼルヴァードも倉庫から出てくる。

 

「人間側の武器はすべて無力化した」

 

「やりすぎてないだろうな」

 

「銃身を溶かしただけだ」

 

「十分派手だ」

 

「撃たれるよりは良い」

 

「否定はしない」

 

 タクヤが通信端末を見ている。

 

「海外が増えてる」

 

「数は」

 

「二十三」

 

 御門の足が止まる。

 

「増えたな」

 

「うん」

 

「GTG支部は」

 

「現地政府と連携中」

 

 エックスから通信。

 

『御門』

 

「何だ」

 

『各蜂起地点で同一の夢符号を確認しました』

 

「発信元は」

 

『一か所ではありません』

 

「なら」

 

『指令だけが共通しています』

 

 御門が眉を寄せる。

 

「内容」

 

 エックスは読み上げる。

 

『星が揃う前に、門を人の手で開け』

 

『使徒を否定せよ』

 

『地上の偽りの使徒を排除せよ』

 

 タクヤの顔から。

 

 完全に笑みが消えた。

 

「瑠々ちゃんを狙ってる」

 

「そうなるな」

 

『彼らは九頭龍瑠々を“神の眠りを妨げる裏切り者”と認定しています』

 

 御門が短く吐く。

 

「本人は寝かせようとしてるのにな」

 

『思想と事実が一致していません』

 

「珍しくもない」

 

 その時。

 

 ナギの声が通信へ割り込んだ。

 

『御門!』

 

「どうした」

 

『カイお兄ちゃんが、変なの見つけた』

 

「どこだ」

 

『手紙じゃない』

 

「なら何だ」

 

 ナギの声が少し震える。

 

『人』

 

 御門が止まる。

 

『渡り潮の中を、人が歩いてる』

 

 エックスが即座に回線を開く。

 

 映像。

 

 青い潮路。

 

 無数の紙舟。

 

 その中を。

 

 黒い外套を着た人物が歩いている。

 

 顔は見えない。

 

 手には。

 

 五つの星を刻んだ杖。

 

 カイの記憶体が遠くから見ている。

 

 人物は立ち止まり。

 

 こちらを向いた。

 

 顔の位置には。

 

 白い仮面。

 

 その口元だけに。

 

 青い文字。

 

『使徒は偽り』

 

『真に目覚めを告げる者は地上にいる』

 

 映像が途切れた。

 

 御門の声が一段低くなる。

 

「エックス」

 

「はい」

 

「こいつを追えるか」

 

『渡り潮内であれば、ナギとカイの協力が必要です』

 

 御門は即答した。

 

「本人たちに説明して、同意を取れ」

 

『了解』

 

 タクヤが御門を見る。

 

「地上の指揮だけじゃ済まなくなったね」

 

「ああ」

 

 御門は遠くの海を見る。

 

 ルルイエへ向かった者たち。

 

 地上に残った者たち。

 

 そして。

 

 その間。

 

 ムーが残した渡り潮の中に。

 

 第三の敵が歩き始めている。

 

「全員忙しくなるな」

 

 モー子が隣で鈴を鳴らした。

 

「もー」

 

 御門は牛を見る。

 

「君まで出ようとするな」

 

『もー』

 

「否定に聞こえないな」

 

     *

 

 三十分。

 

 夢域からの帰還時刻。

 

 瑠々が門へ背を向けた。

 

「今日はここまで」

 

 萌亜が石門を見る。

 

「入らないの?」

 

「予定通り」

 

「でも」

 

「入らない」

 

 瑠々は強く言った。

 

「地上が荒れてる時に、奥へ行かない」

 

 リオナが理解する。

 

「神様の夢がまた浅くなったら、カルトの儀式が通りやすくなる」

 

「そう」

 

「じゃあまず地上を落ち着かせる」

 

「夢側からもね」

 

 エクスキューショナーが言う。

 

『合理的』

 

 瑠々は深きものたちへ向き直った。

 

「命令」

 

 全員が頭を下げる。

 

『仰せのままに』

 

「地上から流れ込む儀式通信を遮断」

 

「ただし、通常の祈りは切らない」

 

『区別基準は』

 

「他人を殺せ」

 

「世界を沈めろ」

 

「自分たちだけを残せ」

 

「そういう要求を神意として押しつけるもの」

 

『理解した』

 

「それと」

 

 瑠々の目が鋭くなる。

 

「地上に出るな」

 

『なぜ』

 

「人間が混乱する」

 

『使徒が望むなら』

 

「望む」

 

『承知』

 

 萌亜が感心する。

 

「統率すご」

 

 瑠々は少しだけ顔をしかめた。

 

「これでも、言うことを聞く方よ」

 

「もっとやばいのいる?」

 

「いる」

 

「聞かない」

 

「賢明」

 

 帰還路。

 

 シャンバラの白い花弁が開く。

 

 その先に。

 

 茶葉の香り。

 

 エリのカレー。

 

 ナギ。

 

 御門の硬い声。

 

 地上。

 

 帰る場所。

 

 萌亜がリオナの手を握る。

 

「ノストラダムス」

 

「時代先取りジジイ」

 

「本物」

 

「そっちも」

 

 四人が帰還路へ入る。

 

 最後。

 

 萌亜は一度だけ石門を振り返った。

 

 瑠々に言われた通り。

 

 奥は見ない。

 

 ただ。

 

 門そのものだけ。

 

 その向こうから。

 

 とても小さな。

 

 眠そうな声。

 

『客』

 

 萌亜が止まる。

 

「……はい」

 

 瑠々が顔色を変える。

 

「返事しないでって言ったでしょう!」

 

「ごめん!」

 

 白い花弁が四人を包む。

 

     *

 

 目を開けた瞬間。

 

 萌亜は御門の顔を見た。

 

「近い」

 

「意識確認だ」

 

「びっくりした」

 

「名前」

 

「安藤萌亜」

 

「場所」

 

「国会図書館地下」

 

「今日の夕飯」

 

「エリさんのカレー」

 

「正常だな」

 

「そこ確認項目なの?」

 

「帰還基準として使える」

 

 隣。

 

 リオナも起きる。

 

 エクスキューショナーの投影体が安定する。

 

 瑠々は。

 

 寝台から起き上がった瞬間。

 

「最悪」

 

 と言った。

 

 御門が見る。

 

「何が」

 

「萌亜が返事した」

 

「何に」

 

「神の寝言」

 

 御門が萌亜を見る。

 

「安藤」

 

「反射で」

 

「君は」

 

 御門が何か言おうとしたところで。

 

 通信端末が一斉に鳴った。

 

 世界地図。

 

 赤い点。

 

 二十七。

 

 三十一。

 

 三十四。

 

 増えている。

 

 武装蜂起。

 

 儀式拠点。

 

 港湾占拠。

 

 通信施設襲撃。

 

 各国当局とGTG支部が対応を開始。

 

 会議室の空気が一変した。

 

 御門は即座に立ち上がる。

 

「休憩は十分後だ」

 

「十分?」

 

 萌亜が驚く。

 

「短い」

 

「地上が待ってくれない」

 

 御門は全員へ指示を飛ばす。

 

「九頭龍は夢域側の遮断を続けろ」

 

「分かってる」

 

「エクスキューショナーとエックスは共通指令源を解析」

 

『了解』

 

「姫咲、安藤」

 

「はい」

 

「体調確認後、渡り潮側へ入れるなら入れ」

 

 リオナが息を整える。

 

「仮面の人?」

 

「ああ」

 

「分かった」

 

 タクヤが紙コップを二人へ差し出した。

 

「まず飲んで」

 

 萌亜が受け取る。

 

「師匠、横浜どうだった?」

 

「大丈夫」

 

「怪我は?」

 

「僕はない」

 

「モー子は?」

 

「逃走者を一人、無傷で追い返した」

 

「強」

 

 御門が低く言う。

 

「追い返したというより、進路を塞いだだけだ」

 

「名誉終身守衛」

 

「そこは否定しない」

 

 萌亜はほうじ茶を一口飲む。

 

 温かい。

 

 さっきまで。

 

 理解できない海底の夢にいた。

 

 巨大な門。

 

 深きもの。

 

 神の寝言。

 

 でも。

 

 ここには。

 

 お茶がある。

 

 御門の胃痛がある。

 

 タクヤがいる。

 

 リオナがいる。

 

 地上には。

 

 戦っている人たちがいる。

 

 萌亜は紙コップを置いた。

 

「行ける」

 

 リオナも頷く。

 

「私も」

 

 瑠々が二人を見る。

 

「休める時に休みなさい」

 

 萌亜が少し驚く。

 

「瑠々ちゃんが言う?」

 

「何よ」

 

「昨日タクヤさんに手震えてるって言われてた」

 

「……覚えてたの」

 

「共憶環」

 

「そこに使わないで」

 

 ほんの少し。

 

 空気が緩む。

 

 だが。

 

 世界地図の赤い点は消えていない。

 

 ルルイエの門にも。

 

 まだ入っていない。

 

 始まったばかりだった。

 

 海の底で。

 

 地上で。

 

 そして。

 

 その間を流れる潮の中で。

 

 三つの戦場が、静かに繋がり始めていた。

 





第42話では、ルルイエ夢域への最初の接触と同時に、地上でカルト教団の武装蜂起が始まりました。

ここからルルイエ編は、萌亜たちだけの探索ではなくなります。

夢域へ向かう側。

地上へ残る側。

そして、その二つを結ぶ渡り潮。

今回は、その三方向が初めて同時に動きました。

横浜で起きた事件では、カルト側がムーの手紙の仕組みを悪用しています。

本来の渡り潮は、送り手と受け手の意思を守るものです。

それを彼らは大量の私信を一つに束ね、「神を起こせ」という命令へ変えました。

それに対して行われたのは、攻撃ではなく「受信拒否」。

自分たちが神の声だと思っていたものを、そのまま自分たちへ返されています。

また、ルルイエ側では深きものたちが瑠々へ明確に従う姿も出ました。

地上のカルトがどれほど「自分たちは選ばれた信徒だ」と主張しても、神の配下にとって瑠々が唯一の使徒である事実は変わりません。

そして、その瑠々本人は神を起こすどころか、必死に寝かせています。

信仰する者ほど相手の都合を無視していいわけではない。

そのねじれは、これからカルト側との対立でさらに強くなっていきます。

一方、地上の蜂起は横浜だけでは終わりませんでした。

世界各地へ同じ指令が流れています。

さらに渡り潮の中には、白い仮面をつけた謎の人物まで現れました。

次に追うべき相手は、銃を持つ信徒だけではなさそうです。

ルルイエの門はまだ開いていません。

その前に、地上の騒ぎを誰が起こしているのか。

潮の中を歩く者が、まずこちらを待っています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

【TS】兄だった人は姉になりました。(作者:R884)(オリジナル現代/文芸)

私の兄だった人が、ある日突然姉になった。別にトルコに旅行に行ったわけでもないし、そんな素振りもなかったし本当にいきなりの事だった。▼姉になった兄は、お世辞抜きで美人さんで私の彼氏も親友も、ついでに兄の会社の上司もメロメロだ、おい彼氏よそれで良いのか?▼これはこの前代未聞の出来事に立ち向かう、私と兄だった者の物語である。▼兄だった人が姉になっていた。TS病なん…


総合評価:1118/評価:8.59/連載:85話/更新日時:2026年08月16日(日) 20:11 小説情報

異世界でチート美少女になればやり直せると思ってたけど燃え尽きた(作者:暁刀魚)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

どんな人生を送っていても、異世界でチート美少女になればやり直せると思っていた。▼でも実際にそうなった時、ミツキは自分の生き方を変えようとして挫折した。▼そして逃げるように冒険者となった時、気づいてしまったのである。▼力も容姿も手に入ってしまったから、これ以上を望む必要がない、と。▼今の彼女に残っているのは、いかにノンストレスに生きるかということだけ。▼これは…


総合評価:19016/評価:8.81/連載:46話/更新日時:2026年08月17日(月) 18:05 小説情報

TS上位存在(作者:甘朔八夏)(オリジナル現代/ノンジャンル)

「全部あなたのせいだ」▼「お前ら苦しみたいのか?俺みたいに」▼「消えろ!!あんたの事なんか認めない!!天使は悪じゃないといけないんだ!!!」▼「あなたに守られたからあなたを傷つけてしまったから、ぼくの人生はめちゃくちゃだ」▼「そんなにやさしく、『近づくな』って言わないでほしいな」▼「……私は1人じゃないといけないから(人間さんエッッッッロ…………)」


総合評価:3474/評価:8.72/短編:9話/更新日時:2026年07月03日(金) 14:51 小説情報

TS転生美少女が男友達ムーブして幼馴染の情緒を破壊する話(作者:寿司鮓)(オリジナル現代/恋愛)

男友達だと思ってた幼馴染が実は女の子で再開したら美少女になってたムーブを自然にしてたTS転生者ちゃんさぁ。


総合評価:2428/評価:8.45/連載:6話/更新日時:2026年03月13日(金) 07:16 小説情報

家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~(作者:水瓶シロン)(オリジナル現代/恋愛)

「ぎゅって、して……?」▼「構ってくれないと闇落ちしちゃうよ……?」▼ 高校入学を機に一人暮らしを始めた『御守望』は、青春を勉強とバイトに費やすような限界貧乏生活を送っていた。▼ 幼くして両親を失っている望が頼れる人は、田舎に住む祖父母くらいだが、なるべく負担は掛けたくない。▼ そのため、睡眠時間を犠牲にして死に物狂いで勉強することによって好成績を維持し、入…


総合評価:4899/評価:8.73/連載:89話/更新日時:2026年07月03日(金) 12:07 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>