アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

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世界各地で始まった、クトゥルフ系カルト教団の武装蜂起。

横浜では地上側とルルイエ側の連携によって、人質を救出し、強制的な「起床要求」を退けることができました。

しかし、各地の蜂起は偶発的なものではありません。

同じ命令。

同じ儀式形式。

そして、ムーが残した渡り潮の中を歩く白い仮面の人物。

今回は、その人物を追います。

手紙を届けるための道を、命令を運ぶ道へ変えたのは誰なのか。

一方、地上では次の儀式拠点が動き始めます。

海の底と地上。

どちらか一方を止めても、もう片方が残れば終わらない。

ならば、両方から挟むしかありません。



宛先のない男

 

 十分の休憩は、七分で終わった。

 

「御門さん」

 

「何だ」

 

「十分って言った」

 

「状況が変わった」

 

「三分返して」

 

「後で寝ろ」

 

「時間の借金が国家規模」

 

「安藤」

 

「はい」

 

 萌亜は紙コップの残りを一気に飲んだ。

 

 ほうじ茶。

 

 温かい。

 

 けれど、さっきまでルルイエの夢域にいた身体は、まだ少し重い。

 

 隣ではリオナが肩を回している。

 

「ほんとに行ける?」

 

 萌亜が聞く。

 

「萌亜よりは」

 

「比較対象ひどくない?」

 

「事実確認」

 

「御門さん化してる」

 

 御門征十郎は二人の会話を無視し、中央モニターを切り替えた。

 

 画面には、青い潮路。

 

 その中を歩く、白い仮面の人物。

 

 ナギとカイが渡り潮から捉えた映像だ。

 

「現在、この人物は渡り潮の中層を移動している」

 

 御門が言う。

 

「目的地は不明。ただし、各地のカルト拠点へ共通指令を送っている可能性が高い」

 

 エックスが補足する。

 

「通信形式は通常の手紙ではありません。渡り潮の配送規則へ、強制命令を混ぜています」

 

「つまり」

 

 萌亜が指を立てる。

 

「郵便システムを乗っ取ってる」

 

「その理解でいい」

 

「サイバー犯罪みたい」

 

「古代文明の記憶通信網を利用している時点で、通常の法令分類からはみ出している」

 

「御門さん困るやつ」

 

「毎回そうだ」

 

 少し離れた場所。

 

 ナギが通信画面に映っている。

 

 今日は姫咲家ではない。

 

 GTG地上支援室。

 

 机の上には、青い紙舟が何十艘も並んでいる。

 

 その隣にエリ。

 

 さらにモー子。

 

「もー」

 

 萌亜が目を丸くする。

 

「ナギちゃん、出勤してる」

 

「出勤じゃない」

 

 ナギがむっとする。

 

「手伝ってるだけ」

 

「勉強は?」

 

「休憩中」

 

 エリが後ろから答えた。

 

『休憩が終わったら算数』

 

「世界規模のカルト蜂起でも算数から逃げられない」

 

「未来、厳しい」

 

「めっちゃ分かる」

 

「二人とも妙なところで連帯しない」

 

 リオナが突っ込む。

 

 御門が話を戻す。

 

「カイは」

 

 ナギが青い紙舟へ触れた。

 

 水面のような映像が開く。

 

 海底郵便局。

 

 カイが流れてくる紙舟を一艘ずつ調べている。

 

『いるよ』

 

「仮面の人物との距離は」

 

『近づけない』

 

 カイの表情は真剣だった。

 

『あいつ、宛先がない』

 

 萌亜が首を傾げる。

 

「人なのに?」

 

『渡り潮の中にいるものは、だいたいどこから来て、どこへ行くかが分かる』

 

 カイは青い水路を指す。

 

『手紙なら送り主と受取人』

 

『記憶なら保持者と返却先』

 

『僕たち記憶体にも、帰る場所がある』

 

「でも仮面の人には?」

 

『ない』

 

 リオナの表情が変わる。

 

「渡り潮のルールから外れてる」

 

 エックスが頷く。

 

「そのため、通常の返送処理が働きません」

 

 萌亜が嫌そうに言う。

 

「迷惑メールなのに送信元なし」

 

「非常に近いです」

 

 瑠々は壁際に立っていた。

 

 先ほどから、ほとんど喋っていない。

 

 目を閉じ、夢域側へ意識を残している。

 

 彼女の周囲には、黒い水滴が浮いていた。

 

 地上とルルイエ。

 

 二つを同時に監視している。

 

 萌亜が小声で聞く。

 

「瑠々ちゃん大丈夫?」

 

 瑠々は目を開けない。

 

「聞こえてる」

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないけど、やる」

 

 タクヤが即座に湯呑みを差し出した。

 

「飲む?」

 

「今は無理」

 

「置いておくね」

 

「……ありがと」

 

 萌亜とリオナが同時にタクヤを見る。

 

「今、ありがとうって」

 

「言ったわよ。何」

 

「レア」

 

「行ってきなさい」

 

     *

 

 今回、渡り潮へ入るのは萌亜とリオナだけだった。

 

 エクスキューショナーは地上に残る。

 

 理由は明確。

 

 カルトの共通指令形式に、選定機関式の符号が一部混じっていたからだ。

 

『意図的流用か、偶然の一致かを確認します』

 

 エクスキューショナーはそう告げた。

 

 エックスと二人。

 

 地上から通信構造を洗う。

 

 そして瑠々はルルイエ夢域側。

 

 深きものたちへ儀式通信遮断を指示し続ける。

 

 御門。

 

 カナメ。

 

 ゼルヴァード。

 

 タクヤ。

 

 GTG各支部。

 

 全員が地上側。

 

 誰も余っていない。

 

 御門が萌亜とリオナへ向き直る。

 

「目的は仮面の人物の追跡だ」

 

「捕まえる?」

 

「可能なら」

 

「無理なら?」

 

「正体、通信経路、目的のどれか一つでも持ち帰れ」

 

「了解」

 

「深追いはするな」

 

 萌亜が頷く。

 

「帰り道優先」

 

「そうだ」

 

 リオナも。

 

「本人確認は?」

 

 萌亜が言う。

 

「ノストラダムス」

 

「時代先取りジジイ」

 

「よし」

 

 御門は何も言わなかった。

 

 もう諦めたらしい。

 

 ナギが画面越しに手を挙げる。

 

「萌亜」

 

「ん?」

 

「これ持ってって」

 

 青い紙舟が一艘。

 

 渡り潮から、現実側へ。

 

 萌亜の手元へ現れる。

 

 表には。

 

『カイ』

 

 中を開く。

 

『郵便局員は、道に迷ったら最初の分岐まで戻る』

 

 萌亜が読む。

 

「また帰り道」

 

『だいじ』

 

 ナギが言う。

 

「カイお兄ちゃん、そこだけずっと言う」

 

「職業病だね」

 

「郵便局員だから」

 

 萌亜は紙舟を制服のポケットへ入れた。

 

「ありがと」

 

「うん」

 

 御門が時計を見る。

 

「始めろ」

 

 ムー第三封印。

 

 渡り潮。

 

 床に。

 

 薄い水面が広がった。

 

 紙舟が一艘。

 

 二艘。

 

 流れ始める。

 

 萌亜とリオナは手を繋いだ。

 

「行ってきます」

 

「行ってくる」

 

 二人の身体が青い水面へ沈む。

 

     *

 

 今度の渡り潮は。

 

 静かではなかった。

 

「うわっ!」

 

 萌亜の足元を、大きな紙舟が横切る。

 

 その後ろ。

 

 無数の手紙。

 

 瓶。

 

 貝殻。

 

 青い光球。

 

 全部が高速で流れている。

 

 水はない。

 

 けれど。

 

 猛烈な潮流の中に立っているような圧力がある。

 

 リオナが萌亜の腕を掴む。

 

「離れないで!」

 

「うん!」

 

 周囲には。

 

 数え切れない分岐。

 

 世界各地へ伸びる細い潮路。

 

 日本。

 

 北米。

 

 南米。

 

 欧州。

 

 東南アジア。

 

 島嶼部。

 

 それぞれの道に、赤黒い線が混じっている。

 

「全部カルト?」

 

 萌亜が叫ぶ。

 

 耳元。

 

 カイの声。

 

『全部じゃない!』

 

 遠隔通信。

 

『普通の祈りも混ざってる!』

 

「普通って?」

 

『誰かが元気になりますようにとか!』

 

『海が荒れませんようにとか!』

 

『亡くなった人が安らかでありますようにとか!』

 

 萌亜は赤黒い線を見る。

 

 それと普通の青い紙舟。

 

 混ざっている。

 

「区別むず!」

 

『だから勝手に全部切っちゃダメ!』

 

「了解!」

 

 第三封印が教えたこと。

 

 受信者に都合が悪いからといって。

 

 全部の声を遮断してはいけない。

 

 祈る自由もある。

 

 送らない自由も。

 

 受け取らない自由も。

 

 問題なのは。

 

 他人の意思を束ね。

 

 神意と偽り。

 

 強制すること。

 

 リオナが一つの赤黒い経路を指差した。

 

「これ!」

 

 普通の紙舟の間に。

 

 白い仮面の紋章。

 

 五つの星。

 

 その先。

 

 青い潮路を。

 

 一人の人物が歩いている。

 

 白い仮面。

 

 黒い外套。

 

 五つ星の杖。

 

「いた!」

 

 二人が走る。

 

 渡り潮の上を。

 

 紙舟を避け。

 

 分岐を越える。

 

 仮面の人物は振り返らない。

 

 急いでもいない。

 

 まるで追われていることを最初から知っている。

 

「待って!」

 

 萌亜が叫ぶ。

 

 人物が止まった。

 

 ゆっくり振り返る。

 

 仮面には目の穴がない。

 

 口の位置だけ。

 

 細い裂け目。

 

「安藤萌亜」

 

 男の声だった。

 

 低い。

 

 年齢は分からない。

 

「姫咲リオナ」

 

 リオナの表情が険しくなる。

 

「知ってるんだ」

 

「当然」

 

「誰?」

 

 男は答えない。

 

 代わりに。

 

「恐怖の王」

 

 萌亜の胸の奥でヨルが動く。

 

『嫌』

 

「大丈夫」

 

 萌亜は胸へ手を置く。

 

 男は続ける。

 

「接続因子」

 

「上位選定個体」

 

「唯一の使徒」

 

「全宇宙接触禁止個体」

 

 一人ずつ。

 

 彼らの呼び名を口にする。

 

「ずいぶん揃えた」

 

 リオナが言う。

 

「質問に答えて」

 

「あなたは誰?」

 

 白い仮面がわずかに傾く。

 

「呼び名など不要だ」

 

 萌亜が即座に言う。

 

「いや困る」

 

 男が止まる。

 

「会話で毎回“白い仮面の人”って言うの長い」

 

 リオナが小声で。

 

「そこ?」

 

「大事」

 

 男はほんの一瞬。

 

 反応に困ったように見えた。

 

「……告潮者」

 

「こくちょうしゃ?」

 

「潮を告げる者」

 

 萌亜が頷く。

 

「じゃあ告潮者さん」

 

「さん付けする必要ある?」

 

 リオナが聞く。

 

「初対面だし」

 

 告潮者の声が少し低くなる。

 

「軽薄だな」

 

「よく言われる」

 

「萌亜、そこ認めるんだ」

 

     *

 

 告潮者は杖を持ち上げた。

 

 周囲の潮路が一斉に止まる。

 

 紙舟まで空中で静止した。

 

 萌亜の笑みが消える。

 

「何したの」

 

「本来の流れを一時停止した」

 

「できるの?」

 

「ムーの技術は優れている」

 

「盗んだ?」

 

「継承した」

 

 リオナが冷たく問う。

 

「誰から」

 

「海へ沈んだ者たちから」

 

「ナギちゃんは、あなたに渡してない」

 

「一個体の意思が文明全体を代表すると思うか」

 

 萌亜の胸に嫌なものが走る。

 

 ムー第四門。

 

 選定機関が言ったことと似ている。

 

 個人利益より文明保存。

 

 一人の意思より文明全体。

 

 告潮者は続ける。

 

「ムーは弱かった」

 

 萌亜の目が細くなる。

 

「恐れ」

 

「閉じ」

 

「沈んだ」

 

「そして未来の子どもに、文明を終わらせる権利を与えた」

 

「それが?」

 

「愚かな選択だ」

 

 リオナの声が低くなる。

 

「ナギちゃんの決断を見てたんだ」

 

「見ていた」

 

「誰の許可で」

 

「歴史に許可は不要だ」

 

「めっちゃ選定機関っぽい」

 

 萌亜が言った。

 

 告潮者が少し止まる。

 

「私をあれと同列にするな」

 

「でも似てる」

 

「違う」

 

「何が?」

 

「選定機関は文明を選別する」

 

 告潮者は杖の先を暗い海へ向ける。

 

「私は選別を終わらせる」

 

 遠く。

 

 世界中へ伸びた赤黒い潮路が脈打つ。

 

「すべての文明を、一つの夢へ戻す」

 

 リオナの表情が変わる。

 

「一つ?」

 

「国も」

 

「宗教も」

 

「人種も」

 

「個人も」

 

「境界も」

 

「すべて、深い海の夢へ」

 

 萌亜は顔をしかめた。

 

「それ、みんな同じにするってこと?」

 

「争いはなくなる」

 

「自分も?」

 

「個は必要ない」

 

 ヨルが胸の奥で。

 

 はっきりと言った。

 

『嫌』

 

 萌亜も同じだった。

 

「萌亜も嫌」

 

「なぜ」

 

「プリンの好みもなくなる?」

 

 リオナが萌亜を見る。

 

「そこから?」

 

「大事」

 

 告潮者の声に苛立ちが混じる。

 

「個人の嗜好など、争いの種に過ぎない」

 

「でも」

 

 萌亜は。

 

 ムーを思い出す。

 

 パンを焼く人。

 

 玩具を拾ってもらった子。

 

 歌詞を忘れた少女。

 

 変な卵焼き。

 

 カイへの手紙。

 

 朝焼け。

 

「そういうのなくしたら」

 

「文明残ってなくない?」

 

 告潮者が黙る。

 

 リオナが続ける。

 

「平和にするんじゃなくて」

 

「みんなを消して、争う人がいなくなるだけでしょ」

 

「同じことだ」

 

「違う」

 

 リオナは即答した。

 

「全然違う」

 

     *

 

 地上。

 

 鹿児島県。

 

 離島の旧観測施設。

 

 第二の国内拠点が動いた。

 

 海沿い。

 

 廃止された気象観測所。

 

 そこへ。

 

 約四十名の武装信徒が立て籠もっている。

 

 施設内部には。

 

 古い海底地震観測装置。

 

 衛星通信設備。

 

 そして地下。

 

 洞窟へ続く縦坑。

 

 御門は現地指揮所の映像を見ていた。

 

 今回は自分が横浜から移動している時間はない。

 

 現場指揮は。

 

GTG九州支部。

 

 県警。

 

 海保。

 

 そして、ゼルヴァード。

 

『こちらゼルヴァード』

 

「状況は」

 

『武装集団は施設内へ籠城』

 

『人質なし』

 

「なら無理をするな」

 

『了解』

 

 別回線。

 

 カナメ。

 

 彼女は横浜に残り、確保した主犯格の聴取と証拠保全を担当している。

 

『横浜の連中、同じ名前を出した』

 

「誰だ」

 

『告潮者』

 

 御門の目が細くなる。

 

「立場は」

 

『教祖ではないらしい』

 

「では何だ」

 

『“目覚めを正しく告げる者”』

 

「本人の名前は」

 

『誰も知らない』

 

 エックスが横から言う。

 

「個人情報を意図的に消しています」

 

「渡り潮でも宛先がない」

 

「一致します」

 

 エクスキューショナーの白い幾何学紋が開く。

 

『追加情報』

 

「言え」

 

『告潮者が使用している命令符号の一部を特定』

 

 画面に白い線。

 

 選定機関式。

 

 ただし古い。

 

『これは現行の選定機関規格ではない』

 

「ムー時代か」

 

『さらに古い』

 

 御門が眉を寄せる。

 

「どの程度」

 

『起源不明』

 

「選定機関自身より前?」

 

『可能性を否定できない』

 

 タクヤが静かにモニターを見る。

 

「選定機関が誰かに教わった形式を、告潮者も知ってる?」

 

 エックス。

 

「その可能性があります」

 

 御門は考える。

 

 選定機関は誰に選ばれた。

 

 ムーで投げかけられた問い。

 

 権限の起源。

 

 前提。

 

 そのさらに奥。

 

「面倒なものが出てきたな」

 

 タクヤが少し笑う。

 

「いつもだね」

 

「笑うな」

 

     *

 

 鹿児島。

 

 旧観測施設。

 

 ゼルヴァードは。

 

 人間用防弾盾の後ろに立つ必要がなかった。

 

 弾丸が飛んでくる。

 

 空中で紫白色の膜へ当たり。

 

 地面へ落ちる。

 

「撃つな!」

 

 現場指揮官が警告する。

 

「武器を捨てろ!」

 

 だが信徒の一人が叫ぶ。

 

「偽りの空を捨てろ!」

 

「深海へ帰れ!」

 

「星は揃う!」

 

 銃撃。

 

 ゼルヴァードは眉を寄せる。

 

「会話が成立しないな」

 

 GTG職員が隣で言う。

 

「御門さんからは可能な限り生かして確保と」

 

「承知している」

 

 ゼルヴァードが手を上げた。

 

 巨大な攻撃ではない。

 

 薄い重力場。

 

 建物内部。

 

 武装した者たちの銃だけが。

 

 床へ吸いつけられる。

 

「なっ!」

 

「銃が!」

 

 信徒が引っ張る。

 

 動かない。

 

 ゼルヴァードが淡々と言う。

 

「武器を手放せ」

 

 男が拳銃を放棄し。

 

 ナイフを抜く。

 

 そのナイフも。

 

 床へ。

 

「……」

 

「次は靴を固定する」

 

 男が止まった。

 

「それは困るだろう」

 

 横からGTG職員が呟く。

 

「なんか説得が地味」

 

「有効なら良い」

 

 しかし地下から低い音。

 

 ごぉぉぉぉ……。

 

 潮の匂い。

 

 施設全体に水滴が浮く。

 

 ゼルヴァードの表情が変わる。

 

「儀式は止まっていない」

 

 地下。

 

 縦坑。

 

 誰かが別働で続けている。

 

 通信。

 

『御門』

 

「聞こえている」

 

『地下へ行く』

 

「単独は避けろ」

 

『なら誰を寄越す』

 

 一拍。

 

 タクヤが言う。

 

「モー子」

 

 御門が振り返る。

 

「なぜ」

 

「地下洞窟、狭いなら小型化支援装具つけられるよ」

 

「牛を投入する前に人員を考えろ」

 

 エックスが真顔で補足する。

 

「モー子は異常夢波への耐性が高いです」

 

 御門が止まる。

 

「……本当か」

 

「過去の計測上」

 

 タクヤ。

 

「牛だからかな」

 

「科学的説明を諦めるな」

 

     *

 

 渡り潮。

 

 告潮者と萌亜たちの間。

 

 止まっていた手紙が少しずつ震え始める。

 

 萌亜が周囲を見る。

 

「これ、ずっと止められるの?」

 

「必要な間だけ」

 

 告潮者。

 

「なら今止めてる間、普通の手紙も届かない」

 

「些末だ」

 

 萌亜の表情が変わった。

 

「些末じゃない」

 

「世界が変わる時に、個人間の私信など意味を持たない」

 

「ある」

 

「ない」

 

「ある!」

 

 萌亜の声が渡り潮へ響く。

 

「ナギちゃんがカイに送る手紙も」

 

「今日のご飯も」

 

「朝焼けも」

 

「学校めんどいって話も」

 

「それ全部、意味ある!」

 

 告潮者が杖を振る。

 

 赤黒い線が萌亜へ伸びる。

 

「ならば」

 

「その小さなもののために、争いの続く世界を守るのか」

 

 リオナが萌亜の前へ出る。

 

「守る」

 

 即答。

 

「争いがあるからって、人を一つに潰していい理由にならない」

 

 赤黒い線が迫る。

 

 アヴァロンの霧。

 

 経路がずれる。

 

 だが。

 

 告潮者の線は普通の攻撃ではない。

 

 渡り潮の配送規則そのものを使っている。

 

『受取人:安藤萌亜』

 

 萌亜の前に赤黒い封筒が現れる。

 

「何これ」

 

 リオナが叫ぶ。

 

「開けないで!」

 

 萌亜は触れない。

 

 封筒の表面。

 

『内容』

 

『あなたが恐怖しなくて済む世界』

 

 ヨルが震える。

 

『嫌』

 

「うん」

 

 告潮者の声。

 

「恐怖の王よ」

 

「恐怖を失いたくはないか」

 

『嫌』

 

「怖いのに?」

 

『嫌』

 

「なぜ」

 

 萌亜は胸へ手を当てた。

 

「ヨルは」

 

「怖いだけじゃないから」

 

「怖いって言う」

 

「帰りたいって言う」

 

「見たくないって言う」

 

「萌亜が無茶すると怒る」

 

『怒る』

 

「ほら」

 

 リオナが少し笑う。

 

「今そこ?」

 

「大事」

 

 萌亜は赤黒い封筒へ向かって言う。

 

「受け取りません」

 

 ムー第三封印。

 

 渡り潮。

 

『開封拒否』

 

 封筒が告潮者へ戻る。

 

 男が初めて一歩下がった。

 

「……拒否権」

 

「そう」

 

 リオナが言う。

 

「便利でしょ」

 

 告潮者が杖を握り直す。

 

「ムーは、弱さを制度にした」

 

「違う」

 

 萌亜。

 

「嫌って言えるようにした」

 

「それが強いんだよ」

 

 青い潮が再び動き始める。

 

 止められていた手紙。

 

 一艘。

 

 また一艘。

 

 流れ出す。

 

「何をした」

 

 告潮者の声が鋭くなる。

 

 萌亜はポケットからカイの紙舟を取り出す。

 

『道に迷ったら最初の分岐まで戻る』

 

「私たち」

 

「追いかけるだけじゃなかった」

 

 リオナが手を握る。

 

「最初の分岐へ、帰り道を繋いでた」

 

 告潮者の背後。

 

 青い門。

 

 海底郵便局。

 

 カイ。

 

 ナギ。

 

 そして。

 

 何万もの受領者。

 

 共憶環。

 

 渡り潮を支える人々。

 

 カイが叫ぶ。

 

『今!』

 

 青い流れが。

 

 一斉に告潮者の周囲へ戻る。

 

『送り主不明通信』

 

『経路照会』

 

『返送先要求』

 

『返送先要求』

 

『返送先要求』

 

 告潮者の白い仮面に初めて亀裂が入った。

 

「なるほど」

 

 声は。

 

 まだ落ち着いている。

 

「子どもの郵便屋を使ったか」

 

『子どもじゃない!』

 

 カイが怒鳴る。

 

『郵便見習い!』

 

 萌亜が小声で。

 

「そこ?」

 

 リオナ。

 

「本人には大事なんでしょ」

 

 告潮者の輪郭が揺れる。

 

 渡り潮が彼の「帰る場所」を探し始める。

 

 宛先のない存在。

 

 でも、どこから来たかまで。

 

 本当にないのか。

 

『逆引き開始』

 

 ナギの声。

 

『見えた!』

 

「どこ!」

 

『地上じゃない!』

 

 萌亜の目が見開かれる。

 

『白い場所!』

 

 エックスの通信が割り込む。

 

『映像を共有してください!』

 

 渡り潮の奥。

 

 一瞬。

 

 告潮者の背後に白い空間が現れる。

 

 選定機関ではない。

 

 もっと古い。

 

白い石。

 

 円環。

 

 中央に空っぽの椅子。

 

 その背後に文字。

 

 誰にも読めない。

 

 エクスキューショナーの声が震える。

 

『……この形式』

 

「知ってる?」

 

『知らない』

 

 白い仮面の男が初めて焦った。

 

「見るな」

 

 杖を振る。

 

 渡り潮が裂ける。

 

 萌亜とリオナの足元が崩れる。

 

「萌亜!」

 

「リオナっち!」

 

 二人は互いの手を掴む。

 

 アヴァロンの霧。

 

 共同撤退経路。

 

 足元へ。

 

 帰り道を作る。

 

 告潮者の声が遠ざかる。

 

「今はまだ」

 

「そこを見る時ではない」

 

 萌亜が叫ぶ。

 

「待って!」

 

 白い仮面。

 

 亀裂。

 

 その奥。

 

 一瞬。

 

 人間の目が見えた。

 

 普通の疲れた男の目。

 

 そして消えた。

 

     *

 

 鹿児島。

 

 旧観測施設地下。

 

 ゼルヴァードは縦坑を降りた。

 

 同行。

 

 GTG職員二名。

 

 特殊部隊員四名。

 

 そして。

 

「もー」

 

「本当に来たのか」

 

 モー子。

 

 小型防護装具付き。

 

 身体そのものが小さくなったわけではない。

 

 ただ妙に器用に洞窟を歩いている。

 

 ゼルヴァードが小声で言う。

 

「地球の牛はすべてこうなのか」

 

 GTG職員。

 

「違います」

 

「安心した」

 

 洞窟の奥。

 

 青緑色の光。

 

 十人ほどの信徒。

 

 中央。

 

 黒い石盤。

 

 その上に人が一人。

 

 縛られている。

 

「人質あり」

 

 ゼルヴァードの声が低くなる。

 

 現場情報になかった。

 

 恐らく観測施設の元職員。

 

 信徒が叫ぶ。

 

「止まれ!」

 

「一歩でも近づけば、供物を海へ返す!」

 

 ゼルヴァードの目が冷える。

 

「供物」

 

「そうだ!」

 

「人ではないと言うのか」

 

「選ばれぬ者は、門を開く礎となる!」

 

 ゼルヴァードはほんの一瞬、目を閉じた。

 

 萌亜たちに言ったこと。

 

 自分が消えれば他人が幸福になるという発想は傲慢。

 

 それと同じ他人を勝手に代価へする。

 

 許容できない。

 

「モー子」

 

「もー」

 

「右へ行けるか」

 

「もー」

 

 牛が音もなく横の細い通路へ消えた。

 

 信徒が戸惑う。

 

「牛?」

 

「気にするな!」

 

 ゼルヴァードは話を続ける。

 

「その者を解放しろ」

 

「神意に逆らうか!」

 

「神意ではない」

 

「何だと!」

 

「私は先ほど本人の使徒と通信している」

 

 信徒の顔が固まる。

 

「偽りだ!」

 

「その反応も聞いた」

 

「黙れ!」

 

 注意がゼルヴァードへ集中する。

 

 その背後、人質の縄へ。

 

 ぬっ。

 

 牛の顔。

 

「……え?」

 

「もー」

 

 角に取りつけた小型切断装置が。

 

 縄を切る。

 

 人質が転がる。

 

 GTG隊員が即座に飛び込み。

 

 確保。

 

「人質救出!」

 

 信徒たちが振り返る。

 

「牛ぃ!?」

 

 ゼルヴァードが手を上げる。

 

「終了だ」

 

 重力場。

 

 全員の武器が洞窟の床へ沈んだ。

 

     *

 

 地下管理区域。

 

 萌亜とリオナが渡り潮から転がり出た。

 

「痛っ!」

 

「萌亜、手!」

 

「ある!」

 

「足!」

 

「二本!」

 

「ヨルボ!」

 

 萌亜が鞄を見る。

 

「いる!」

 

 御門が目の前へ来る。

 

「意識確認」

 

「安藤萌亜!」

 

「姫咲リオナ!」

 

「場所」

 

「国会図書館地下!」

 

「夕飯」

 

 二人同時。

 

「カレー!」

 

「正常」

 

 萌亜が床へ座りながら言う。

 

「この確認、定着してる」

 

「機能しているからな」

 

 エックスがすぐに映像を表示する。

 

「取得した記録を解析しています」

 

 御門が問う。

 

「仮面の人物は」

 

「逃げられた」

 

 リオナ。

 

「でも、帰る場所みたいなの見えた」

 

 エクスキューショナーが珍しく明確に困惑していた。

 

『あの白い空間は』

 

「選定機関じゃない?」

 

『似ている』

 

『しかし違う』

 

 御門が眉を寄せる。

 

「選定機関より古い形式と言っていたな」

 

『はい』

 

「では」

 

 タクヤが静かに言う。

 

「選定機関にも“前”があるのかもしれない」

 

 会議室が静かになる。

 

 ムーで問われた。

 

『お前たちは誰に選ばれた』

 

 選定機関は答えなかった。

 

 答えられなかった。

 

 あるいは、答えを消した。

 

 萌亜が床に座ったまま言う。

 

「告潮者さん」

 

 御門。

 

「名前を聞けたのか」

 

「呼び名だけ」

 

「何を言っていた」

 

「みんな一つの夢に戻せば争いがなくなるって」

 

 御門の顔が険しくなる。

 

「個人を消す気か」

 

「たぶん」

 

 リオナが続ける。

 

「しかも、ムーのナギちゃんの決定を愚かだって」

 

 通信画面の向こうでナギが眉を寄せた。

 

「その人嫌い」

 

 萌亜が頷く。

 

「萌亜も」

 

 ナギ。

 

「手紙送る」

 

 御門が即座に止める。

 

「やめろ」

 

「なんで」

 

「嫌いという私信を敵へ送るな」

 

「じゃあカイお兄ちゃんに書く」

 

「それなら止めない」

 

 タクヤが笑う。

 

 エリの声。

 

『算数が終わってからね』

 

 ナギの顔が絶望する。

 

「今それ?」

 

『今だから』

 

 萌亜が小さく拍手した。

 

「エリさん最強」

 

     *

 

 鹿児島の拠点も制圧された。

 

 人質一名救出。

 

 死者なし。

 

 武装信徒四十二名を確保。

 

 儀式媒体も押収。

 

 しかし。

 

 海外。

 

 赤い点は。

 

 まだ二十を超えている。

 

 GTG各支部。

 

 各国当局。

 

 現地の超常対応組織。

 

 それぞれが動いている。

 

 御門は世界地図を見た。

 

「国内残り一か所」

 

 カナメから通信。

 

『場所は』

 

「北海道東部」

 

『港か』

 

「違う」

 

 御門は画面を拡大する。

 

「山中だ」

 

 萌亜が首を傾げる。

 

「ルルイエなのに山?」

 

 エックスが答える。

 

「海へ繋がる経路は、水だけとは限りません」

 

 瑠々がゆっくり目を開けた。

 

 夢域監視を一度切ったらしい。

 

 顔色が悪い。

 

「その場所」

 

 御門。

 

「知っているのか」

 

「昔」

 

「地上のカルトが」

 

 瑠々は画面を睨む。

 

「神の夢を直接引っ張り上げようとして、失敗した場所」

 

 リオナの顔が曇る。

 

「何が起きたの?」

 

「村が一つ消えた」

 

 会議室が静かになった。

 

「正確には」

 

 瑠々が続ける。

 

「村の人たち全員が、同じ夢を見て」

 

「朝になっても」

 

「誰も起きなかった」

 

 萌亜の胸の奥。

 

 ヨルが震える。

 

『怖い』

 

「うん」

 

 御門が画面を閉じる。

 

「次はそこだ」

 

 瑠々が言った。

 

「私も行く」

 

「地上へ?」

 

「ええ」

 

「夢域は」

 

「深きものたちに任せる」

 

 御門は少し考え。

 

「分かった」

 

 萌亜が立ち上がろうとする。

 

「じゃあ萌亜たちも――」

 

 御門の手が頭を押さえた。

 

「寝ろ」

 

「え」

 

「二回潜った」

 

「でも」

 

「今度は地上組の番だ」

 

 萌亜が止まる。

 

 リオナも。

 

 瑠々がほんの少しだけ笑った。

 

「言ったでしょう」

 

「休める時に休めって」

 

 萌亜は悔しそうに。

 

「……はい」

 

 御門がタクヤを見る。

 

「二人を休ませろ」

 

「任せて」

 

「あと九頭龍」

 

「何」

 

「君も三十分休め」

 

「私は」

 

「手が震えている」

 

 瑠々が自分の右手を見る。

 

 止まる。

 

 萌亜。

 

「師匠の観察眼、御門さんにも継承されてる」

 

「安藤」

 

「寝ます」

 

 会議室の外。

 

 休憩室へ向かう廊下。

 

 萌亜はリオナと並んで歩く。

 

「地上組の番だって」

 

「うん」

 

「ちょっと変な感じ」

 

「何が?」

 

「自分が行かない戦い」

 

 リオナは少し考えた。

 

「でも、今までみんなそうだったんじゃない?」

 

 萌亜が顔を上げる。

 

 自分たちが。

竜宮城へ。

 

 シャンバラへ。

 

 エルドラドへ。

 

 アヴァロンへ。

 

 ムーへ。

 

 行っていた時。

 

 御門たちは帰る場所を守っていた。

 

 タクヤはお茶を淹れていた。

 

 エックスは解析していた。

 

 カナメは警備。

 

 ゼルヴァードは外敵。

 

 エリはご飯。

 

 ナギは今。

 

 渡り潮。

 

「そっか」

 

「うん」

 

「じゃあ寝よう」

 

「そうしよ」

 

「ノストラダムス」

 

「今やる?」

 

「本人確認」

 

「時代先取りジジイ」

 

「本物」

 

 二人は少し笑った。

 

     *

 

 北海道。

 

 山中。

 

 夜。

 

 廃村。

 

 誰も住んでいないはずの家々に。

 

 灯りが点いていた。

 

 一軒。

 

 また一軒。

 

 窓辺に。

 

 人影。

 

 でも動かない。

 

 道の中央。

 

 白い仮面をつけた男が。

 

 静かに立っている。

 

 告潮者。

 

 先ほど萌亜たちに追われたはずの存在。

 

 その仮面にはまだ亀裂が残っている。

 

 男は古い神社のような建物を見上げた。

 

 奥。

 

 地面へ続く石段。

 

 そこから海の音がする。

 

 山なのに潮の匂い。

 

 男は呟く。

 

「使徒は来る」

 

 背後。

 

 黒い外套の信徒たちが跪く。

 

「予定通りに」

 

「はい」

 

「神の最も近くにいる者を」

 

「神から切り離す」

 

 白い仮面の亀裂の奥で。

 

 人間の目が。

 

 静かに細くなった。

 

「九頭龍瑠々さえ消えれば」

 

「誰も」

 

「眠りを守れない」

 

 遠い地底から。

 

 ごぉぉぉ……。

 

 波の音。

 

 今度は。

 

 さっきより近かった。

 





第43話では、渡り潮を歩いていた白い仮面の人物と、萌亜たちが初めて直接接触しました。

名乗った呼び名は「告潮者」。

彼の目的は、単純なクトゥルフ崇拝とは少し違います。

国も文化も個人も境界もなくし、すべてを一つの夢へ戻す。

そうすれば争いそのものもなくなる。

平和を求めているようで、実際には「争う人間そのものを消してしまう」思想です。

そのため彼にとって、日常の手紙や個人的な好みは些末なものになります。

けれど、ムー編で萌亜たちが守ってきたのは、まさにそうした小さな違いでした。

パンを焼いたこと。

朝焼けを見たこと。

卵焼きの味。

学校へ行きたくないという愚痴。

文明は、そういうものを全部取り除いた後に残る抽象的な構造ではありません。

また、告潮者の背後には、選定機関に似ていながら別の「白い場所」が一瞬だけ現れました。

そこには空の椅子があり、使用されていた符号は選定機関の現行規格よりも古い。

選定機関そのものにも、まだ語られていない起源があるようです。

一方、地上では横浜に続いて鹿児島の拠点も制圧。

今回はゼルヴァードとモー子にも現場で働いてもらいました。

そして次に動くのは北海道。

海から遠い山中の廃村です。

そこはかつて、村人全員が同じ夢から帰ってこなかった場所。

告潮者が待っている相手は、萌亜ではありません。

九頭龍瑠々。

次の戦場では、地上に残る側が前へ出ます。
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