アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

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第6話です。

前回、ノストラダムスの予言書により、外宇宙選定機関への対抗策が示されました。

その行き先は、アトランティス。

深海に座す都市。

そこには、アンゴルモアこと安藤萌亜を地上へつなぎ止める鍵があるという。

今回は、萌亜・リオナ・ゼルヴァード、そして超常現象対策課が、深海都市アトランティスへ向かう準備を始めます。

終末ギャル、ついに深海へ。

たぶん水圧よりも、萌亜の言動の方が危険です。



アトランティス、深海は大体バグってる

御門から連絡があり、一同は再び集まっていた。

ノストラダムスの追記が現れたのだ。

行き先は深海。

 

安藤萌亜は、深海を舐めていた。

 

「水着で行けばよくない?」

「よくない」

 

 即答したのは姫咲リオナだった。

 

 場所は、宮内庁地下の超常現象対策課本部。

 会議室の大型モニターには、青黒い海の断面図と、深海地形の立体モデルが映し出されている。

 

 東京湾ではない。

 太平洋のどこか。

 

 正確な座標は、画面上では伏せられていた。

 

 そのさらに下。

 光の届かない深海に、奇妙な空白地帯がある。

 

 地図上では、ただの海底。

 

 だが、超対課の観測では、そこに巨大な都市構造が存在している可能性が高いらしい。

 

 アトランティス。

 

 ノストラダムスが予言書の最後に記した、深海に座す都市。

 

 そこに、萌亜を地上へつなぎ止める鍵がある。

 そんな重大な話をしている最中に、当の萌亜は真顔で水着と言い出した。

 

「だって海じゃん」

「深海だよ」

「海じゃん」

「水深何千メートルの海」

「つまり、すごく海」

「雑にまとめるな」

 

 リオナは頭を抱えた。

 

 隣では、ゼルヴァード・ル=オルグレイが腕を組んで座っている。

 前回、地球侵略に来てクレープに敗北した外宇宙の美形男子である。

 現在は超対課の監視下にあり、ついでに地球の甘味に少しずつ敗北しつつある。

 今日は白いシャツに黒いパンツ、上から超対課支給の黒いジャケットを羽織っていた。

 本人は不満そうだが、かなり似合っている。

 

「実に愚かだな」

 

 ゼルヴァードが鼻で笑う。

 

「深海など、通常の肉体では圧壊する。水着で行けばよいという発想は、文明以前の問題だ」

「ゼルくん、潜水服着るの?」

「当然だ。我は合理的判断をする」

「でも前、クレープ屋でチョコバナナ追加してたじゃん」

「それは合理的栄養補給だ!」

「生クリーム増量してたよね」

「黙れ」

 

 リオナがぼそっと言う。

 

「ゼルくん、もうだいぶ地球に馴染んでるよね」

「馴染んでいない!」

 

 会議室の前方で、御門征十郎が咳払いした。

 宮内庁式外局・超常現象対策課の課長。

 この数日で胃痛の原因が三倍ほど増えた男である。

 

「話を戻す」

「はーい」

 

 萌亜は椅子の上で足をぷらぷらさせた。

 

「今回の目的は、アトランティスと思われる深海都市の調査だ。ノストラダムスの予言書には、そこに安藤萌亜を地上へつなぎ止める鍵があると記されていた」

「鍵って何?」

 

 リオナが尋ねる。

 

「不明だ」

「ですよね」

「ただし、アトランティスに関する当課の記録には、いくつか気になる点がある」

 

 御門がリモコンを操作する。

 画面が切り替わった。

 

 古い石板の写真。

 海底から引き揚げられたらしい青銅製の円盤。

 そして、発光する巨大な都市の想像図。

 

「アトランティスは、単なる古代文明ではない。記録によれば、彼らは外宇宙の干渉を受けながらも、それに抵抗した文明だった可能性がある」

 

 ゼルヴァードの表情がわずかに変わる。

 

「外宇宙に抵抗した人類文明だと?」

「ああ」

「ありえん。地球文明がそこまで到達していたなら、選定機関が見逃すはずがない」

「だから滅びたのかもしれない」

 

 御門の言葉に、会議室が静かになった。

 

 リオナは画面を見つめた。

 

 海の底に沈んだ都市。

 古代に栄え、外宇宙に抵抗し、そして滅びたかもしれない文明。

 それが今、萌亜を守る鍵を残している。

 物語みたいだ。

 いや、今の自分の生活そのものが、もうだいぶ物語みたいなのだが。

 

「萌亜は何か知ってる?」

 

 リオナが聞く。

 

 萌亜は首を傾げた。

 

「アトランティス?」

「うん」

「名前は聞いたことあるけど、ちゃんと見たことはないかも」

「珍しい。萌亜が知らないことあるんだ」

「あるよ。萌亜、地球の全部を見てたわけじゃないし」

 

 萌亜は少しだけ目を細める。

 

「昔は、興味なかったから」

 

 その声に、わずかな寂しさが混じった。

 リオナは何も言わず、萌亜の横顔を見た。

 御門は続ける。

 

「今回、我々は深海調査艇を使用する」

 

 画面に、丸みを帯びた黒い潜水艇の画像が表示された。

 ただし、普通の潜水艇ではない。

 外装には結界紋のようなものが刻まれ、側面には機械式のアーム、上部には小さな鳥居のような装置が取り付けられている。

 

 リオナは眉をひそめた。

 

「何ですか、これ」

「超対課所有の深海調査艇、天津甕星改(あまつみかぼし)だ」

「名前が強すぎる」

「対深海怪異、対認識圧、対外宇宙波形を想定した特別仕様だ」

「鳥居みたいなの付いてますけど」

「霊的安定装置だ」

「深海に鳥居……」

「意外と効く」

「そうなんだ……」

 

 萌亜は目を輝かせた。

 

「これ、プリクラ機能ある?」

「ない」

「なんで?」

「深海調査艇だからだ」

「つまんない」

「つまらなくて結構」

 

 ゼルヴァードが画面を見て鼻を鳴らす。

 

「外装強度が足りん。これでは深海圧と外宇宙干渉が重なった場合、三分で潰れる」

 

 超対課の技術職員たちがざわついた。

 御門が問う。

 

「改善案はあるか」

「ある。だが、我が協力する理由はない」

 

 ゼルヴァードは偉そうに言った。

 リオナがスマホを取り出す。

 

「じゃあ、今日のクレープはなしで」

「待て」

「理由ないんでしょ?」

「……」

「協力したら、帰りに新作のブリュレクレープ」

 

 ゼルヴァードは目を逸らした。

 

「人間の甘味などに興味はない」

「じゃあいらない?」

「必要最低限の栄養確認として、検分する価値はある」

「はい協力決定」

「我はまだ承諾していない!」

「顔が承諾してた」

 

 萌亜が楽しそうに笑う。

 

「ゼルくん、チョベリグ〜」

「その言葉を我に向けるな!」

 

 御門は真顔で部下に指示を出した。

 

「ゼルヴァードの技術助言を受け入れろ。報酬はブリュレクレープで処理する」

「了解しました」

「処理するな!」

 

 こうして、地球侵略者は人類の深海調査計画に技術協力することになった。

 

 報酬は、クレープである。

 

     *

 

 出発は翌朝だった。

 場所は、神奈川県沖の超対課管理施設。

 表向きには海洋研究所。

 実際には、深海怪異・海底遺物・外宇宙沈降物を扱う極秘拠点である。

 

 リオナは、目の前に広がる海を見て息を吐いた。

 

 朝の海は静かだった。

 太陽の光が波に反射し、きらきらと輝いている。

 

 その下に、アトランティスが眠っているかもしれない。

 

 そう思うと、胸が少しだけ高鳴った。

 隣では、萌亜が超対課支給の潜水用ジャケットを着せられている。

 黒と白を基調にした、かなり近未来的なデザイン。

 

 正直、似合っていた。

 

「リオナっち、これどう?」

「似合ってる。普通にかっこいい」

「マジ? 深海ギャルじゃん」

「深海ギャルって何」

「海底でもアゲぽよなギャル」

「定義が雑」

 

 ゼルヴァードも同じ装備を着ていた。

 

 こちらもやたら似合っている。

 本人は不満そうだが。

 

「なぜ我が人間の装備を」

「似合ってるよ、ゼルくん」

「褒めるな」

「褒められるの苦手?」

「違う!」

 

 御門も現地に来ていた。

 

 今回はさすがに同行しないが、指揮は地上から取るらしい。

 

「今回の搭乗者は、安藤萌亜、姫咲リオナ、ゼルヴァード、黒瀬カナメの四名だ」

 

 リオナは聞き慣れない名前に振り返った。

 そこに立っていたのは、黒髪を短く切った女性だった。

 

 年齢は二十代半ばくらい。

 引き締まった体つきに、鋭い目。

 黒い戦闘服の上から、対怪異用の装備を身につけている。

 

 超対課の戦闘担当、黒瀬カナメ。

 第3話で名前だけ出ていた人物である。

 

「黒瀬カナメだ。今回、現場護衛として同行する」

「姫咲リオナです。よろしくお願いします」

「安藤萌亜でーす。チョベリグ」

「……噂は聞いている」

 

 カナメは萌亜をじっと見た。

 その目には警戒がある。

 敵意に近い警戒。

 萌亜はきょとんとしている。

 

「なに?」

「いや。何でもない」

 

 カナメは視線を逸らした。

 リオナには分かった。

 この人は、萌亜を信用していない。

 無理もない。

 萌亜は人類を守っているが、同時に人類を滅ぼせる存在でもある。

 怖がる方が、普通なのかもしれない。

 

 リオナは少しだけ複雑な気持ちになった。

 御門が説明を続ける。

 

「黒瀬は当課でも最高クラスの対怪異戦闘員だ。深海都市内部で何が起きるか分からない以上、必要な人員だ」

「よろしく、黒瀬っち」

「その呼び方はやめろ」

「じゃあカナメっち」

「さらにやめろ」

「カナメちゃん?」

「……黒瀬でいい」

「リオナっちと同じパターンだ」

「私はもう諦めた」

 

 ゼルヴァードが鼻で笑う。

 

「人類の戦闘員など、外宇宙の脅威を前に何の役に立つ」

 

 カナメの目が鋭くなる。

 

「少なくとも、クレープに負けた侵略者よりは役に立つ」

 

 ゼルヴァードが固まった。

 

「誰から聞いた」

「全員知っている」

「御門!」

 

 ゼルヴァードが振り返る。

 御門は無表情で答えた。

 

「情報共有は重要だ」

「それは共有する必要があったのか!」

「士気向上に役立った」

「屈辱だ!」

 

 萌亜は笑いながら手を叩いた。

 

「ゼルくん、もう超対課の人気者じゃん」

「嬉しくない!」

 

 緊張感があるのかないのか分からないまま、四人は深海調査艇へ向かった。

 

 天津甕星改(あまつみかぼしかい)。

 近くで見ると、さらに異様だった。

 丸い船体。

 強化ガラスの前面窓。

 側面の機械アーム。

 外装に刻まれた霊的封印紋。

 そして上部に鎮座する小型鳥居。

 

 リオナは言った。

 

「やっぱり鳥居が気になる」

 

 カナメが真面目に答える。

 

「慣れろ。あれがあると海の怪異が寄りにくい」

「深海って怪異いるんですか?」

「いる」

「聞かなきゃよかった」

 

 萌亜は楽しそうに船体を撫でた。

 

「この子、名前長いね。テンミカちゃんでいい?」

「やめろ」

 

 御門が即答した。

 

「では、出発する。通信は常時開いておく。異常があれば即座に報告しろ」

「はーい」

「了解」

「承知した」

「ふん」

 

 四人が乗り込むと、調査艇のハッチが閉まった。

 

 内部は意外と広い。

 前方に操縦席。

 中央にモニターと機材。

 後方に簡易座席。

 深海用の照明が淡く光り、船内には低い機械音が響いていた。

 

 リオナは座席に座り、ベルトを締める。

 少し緊張している。

 いや、かなり緊張している。

 

 深海。

 アトランティス。

 外宇宙への対抗策。

 

 全部、普通の女子高生には重すぎる。

 その横で、萌亜は窓に顔を近づけている。

 

「リオナっち、海だよ海!」

「まだ沈んでないよ」

「でも海!」

「遠足か」

 

 カナメが操縦席につく。

 どうやら彼女が操縦も担当するらしい。

 

 ゼルヴァードは機材を確認しながら、ぶつぶつ文句を言っている。

 

「人類の装置は粗い。ここを外宇宙波形に合わせて調整しろ。違う、そこではない。なぜその配線で動いている。気持ち悪い」

 

 技術職員との通信越しに、すでに揉めていた。

 

 リオナは小声で言う。

 

「ゼルくん、意外と仕事できるんだ」

「我を何だと思っている」

「クレープ男子」

「違う!」

 

 カナメが静かに言った。

 

「潜航開始」

 

 調査艇がゆっくりと海へ沈んでいく。

 窓の外で、青い光が揺れる。

 水面が遠ざかる。

 太陽の光が、波に砕ける。

 

 リオナは思わず息を呑んだ。

 

 綺麗だった。

 普通の旅行なら、きっと感動だけで済んだだろう。

 

 しかし、今回の目的地は深海都市アトランティスである。

 

 綺麗だけでは終わらない。

 調査艇はさらに沈む。

 青が濃くなる。

 光が弱くなる。

 魚の群れが窓の外を通り過ぎる。

 やがて、周囲は深い藍色に包まれた。

 

「わあ」

 

 萌亜が感嘆の声を上げる。

 

「地球の下って、こんな感じなんだ」

「萌亜、深海は初めて?」

「ちゃんと見るのは初めてかも。昔は上から見てただけだし」

「どう?」

「チョベリグ」

「やっぱり言うんだ」

 

 水深千メートル。

 二千メートル。

 三千メートル。

 

 光はほとんど届かなくなった。

 窓の外は黒い。

 調査艇のライトだけが、海中を切り開いている。

 

 カナメの声が響く。

 

「水圧安定。外部温度低下。霊的干渉値、基準内」

 

 ゼルヴァードが機材を見る。

 

「外宇宙波形が混じり始めている。アトランティスに近づいている証拠だ」

「見えるの?」

 

 リオナが尋ねる。

 

「人間には見えぬ。空間の質が変わっている」

「空間の質」

「簡単に言えば、この海域だけ宇宙のルールが少し薄い」

「全然簡単じゃない」

 

 萌亜は窓の外をじっと見ていた。

 

「何かいるね」

 

 カナメの手が止まる。

 

「何か?」

「うん。大きいの」

 

 その直後、調査艇が揺れた。

 

 ぐらり。

 

 リオナは座席にしがみつく。

 

「何!?」

 

 外の闇の中で、何かが動いた。

 

 巨大な影。

 長い胴体。

 無数のヒレ。

 

 そして、顔のあるはずの位置に、街灯のような光がいくつも灯っている。

 

 魚ではない。

 怪異。

 深海に住む、何か。

 

 カナメが低く言う。

 

「深海怪異、接近」

「鳥居効いてないじゃん!」

「通常の海怪には効く。これは外宇宙に汚染されている」

「例外多くない!?」

 

 巨大な影が調査艇の周囲を回る。

 窓の外に、光る目のようなものが並んだ。

 

 リオナの背筋が凍る。

 

 その視線を浴びているだけで、自分の内側を覗かれているようだった。

 

 ゼルヴァードが舌打ちする。

 

「外宇宙寄生型の深海生物か。低位だが、人間の船なら砕ける」

「迎撃する」

 

 カナメが操縦桿の横にあるスイッチを押す。

 

 調査艇の側面から、銀色の杭のようなものが射出された。

 

 それは水中で展開し、結界のような光を放つ。

 

 深海怪異が身をよじった。

 だが、退かない。

 

 むしろ怒ったように、巨大な口を開く。

 口の中に、さらに口。

 その奥に、星空のような闇。

 

 リオナは思わず目を逸らした。

 

「萌亜!」

「はーい」

 

 萌亜は席を立った。

 

 カナメが叫ぶ。

 

「何をする気だ! ハッチは開けられない!」

「開けないよ」

 

 萌亜は窓に手を当てた。

 その指先に、小さな光が宿る。

 

「深海で暴れるの、チョベリバだよ」

 

 ぱちん。

 指を鳴らす音が、なぜか船内に響いた。

 次の瞬間、窓の外の巨大な影がぴたりと止まる。

 

 そして。

 くるん、と裏返った。

 

「え?」

 

 リオナが間抜けな声を出す。

 深海怪異は、その巨体を逆さまにしたまま、ゆっくりと遠ざかっていく。

 まるで、眠った魚のように。

 

 カナメは呆然としていた。

 

「何をした」

「お腹いっぱいにした」

「どういう意味だ」

「この子、お腹すいてただけだから、外宇宙の寄生部分に“満腹”って概念を食べさせた」

「説明されても分からない」

 

 ゼルヴァードが苦々しく言う。

 

「相変わらず理不尽な力だ」

「褒めてる?」

「褒めていない」

 

 リオナは窓の外を見た。

 

 怪異はもう遠く、小さな影になっている。

 怖かった。

 けれど、少しだけ哀れでもあった。

 

 外宇宙に汚染された深海生物。

 もしかすると、アトランティスも同じように何かに侵されているのかもしれない。

 

「萌亜」

「ん?」

「アトランティス、大丈夫かな」

「分かんない」

 

 萌亜は素直に答えた。

 

「でも、行けば分かるよ」

 

 その言葉は、軽いようでいて、不思議と頼もしかった。

 

     *

 

 潜航開始から二時間。

 

 調査艇は、目的海域へ到達した。

 

 水深、六千メートル超。

 

 通常なら人間が簡単に踏み入れることのできない領域。

 

 だが、そこには確かに異常があった。

 

 闇の中に、光が見える。

 最初は、海底の熱水噴出孔かと思った。

 

 だが違う。

 

 光は規則正しく並んでいる。

 

 線。

 円。

 塔。

 道。

 

 それは、都市だった。

 深海の底に沈む、巨大な都市。

 

 アトランティス。

 

 リオナは言葉を失った。

 

 海底に広がる都市は、崩れていながらも美しかった。

 

 白い石の柱。

 半透明のドーム。

 海藻に覆われた階段。

 青く光る水路。

 

 そして中央には、巨大な円環状の建造物がそびえている。

 

 まるで、海の底に沈んだ神殿と未来都市を混ぜたような光景だった。

 

「……すごい」

 

 リオナの声が震える。

 

 萌亜も窓の外を見つめていた。

 

「チョベリグ」

 

 いつもの言葉。

 

 でも今回は、少しだけ違って聞こえた。

 

 ゼルヴァードは険しい顔をしている。

 

「ありえん」

 

「またそれ?」

 

 リオナが言う。

 

「この都市、外宇宙防壁を持っている」

「防壁?」

「選定機関の観測を遮断するための構造だ。地球文明が作れるはずがない」

 

 カナメが低く言う。

 

「では、誰が作った」

「分からぬ。だが、少なくともこの都市は、ただ沈んだだけではない」

 

 その時、調査艇の通信にノイズが走った。

 

『……こちら……御門……聞こえるか……』

「こちら黒瀬。都市を確認した」

『映像……受信している……だが、通信状態が不安定だ……深部に入る場合は……』

 

 通信が途切れる。

 船内に静寂が落ちた。

 カナメは舌打ちした。

 

「通信障害」

 

 ゼルヴァードが機材を見る。

 

「都市の防壁が外部通信を遮断している。こちらからの通信はほぼ届かん」

「つまり?」

 

 リオナが尋ねる。

 

「ここから先、地上の支援は期待できない」

「最悪じゃん」

 

 萌亜は楽しそうに笑った。

 

「冒険っぽい」

「危機感持って」

「持ってるよ。ちょっと」

「ちょっとかあ」

 

 その時、都市中央の円環建造物が光った。

 

 青白い光。

 それが海中に広がり、調査艇を包み込む。

 警報が鳴る。

 

 カナメが叫ぶ。

 

「外部から牽引されています!」

「制御できるか」

 

 ゼルヴァードが機材を操作する。

 

「無理だ。都市側の誘導が優先されている」

「攻撃?」

 

 リオナが息を呑む。

 萌亜は光の先を見つめた。

 

「違う」

「分かるの?」

「うん」

 

 萌亜の瞳に、深海の青が映る。

 

「呼ばれてる」

 

 調査艇は、光に導かれるようにアトランティスへ近づいていく。

 外側の防壁を通過した瞬間、船体がふわりと軽くなった。

 

 水が消えた。

 いや、違う。

 都市の内側だけ、海水が存在していない。

 巨大な透明なドームの中に、空気がある。

 深海六千メートルの底に、空気のある都市が残っている。

 

 リオナは口を開けたまま固まった。

 

「もう何でもありじゃん……」

 

 調査艇は、都市の外縁にある発着場のような場所へゆっくりと降りた。

 着地。

 機械音が止まる。

 船内は静かになった。

 

 カナメが周囲を確認する。

 

「外気あり。酸素濃度、人間活動可能範囲。圧力安定。ただし、未知の粒子反応あり」

「外に出られるの?」

 

 リオナが聞く。

 

「装備着用のままなら可能だ」

 

 ゼルヴァードは窓の外を睨んでいる。

 

「この都市、まだ生きている」

「生きてる?」

「機能が停止していない。誰かが維持している」

 

 その言葉に、全員が黙った。

 

 誰かがいる。

 アトランティスに。

 深海に沈んだはずの都市に。

 

「行こ」

 

 萌亜が言った。

 

「萌亜」

 

 リオナが呼ぶ。

 

「大丈夫。手、つないでていいよ」

「それ、私が怖がってる前提?」

「違うの?」

「……ちょっと怖い」

「じゃあ、正解」

 

 萌亜は笑って、リオナに手を差し出した。

 リオナはその手を取る。

 カナメが先頭に立ち、武器を構える。

 ゼルヴァードは不満そうにしながらも、装備を確認している。

 

 ハッチが開いた。

 深海都市アトランティスの空気が、船内へ流れ込む。

 ひんやりとして、少し甘い香りがした。

 花のような。

 海のような。

 そして、どこか懐かしいような。

 

 四人は、調査艇の外へ足を踏み出した。

 

 そこは、白い石でできた広場だった。

 頭上には透明なドーム越しに、深海の闇と、無数の海中生物の光が見える。

 

 遠くには塔。

 崩れた神殿。

 青く光る水路。

 

 そして、街の中央から伸びる一本の道。

 その先に、巨大な円環建造物がある。

 

 萌亜は、その建造物を見た瞬間、足を止めた。

 

「萌亜?」

 

 リオナが声をかける。

 萌亜は、珍しく戸惑った顔をしていた。

 

「これ……」

「知ってるの?」

「分かんない。でも」

 

 彼女は自分の胸元を押さえた。

 

「なんか、呼ばれてる感じがする」

 

 その時。

 広場の中央に、光が集まった。

 水色の粒子。

 それが人の形を作っていく。

 

 少女だった。

 半透明の少女。

 長い髪。

 白い衣。

 額には青い宝石。

 瞳は、海底の光のように静かに輝いている。

 

 少女は四人を見た。

 そして、萌亜に向かって深く頭を下げる。

 

『ようこそ、恐怖の王』

 

 声は、直接心に響いた。

 

『我らは待っていました』

 

 リオナの手に力が入る。

 ゼルヴァードが警戒する。

 カナメが武器を構える。

 萌亜だけが、少女を見つめている。

 

『ノストラダムスの導きに従い、あなたがここへ来る日を』

「あなた、誰?」

 

 萌亜が尋ねる。

 少女は静かに答えた。

 

『私は、アトランティス中枢記録人格』

 

 光の少女は、胸に手を当てる。

 

『名を、ネレイア』

 

 そして、次の言葉を告げた。

 

『外宇宙選定機関に対抗するため、かつて滅びた都市の記憶を守る者です』

 

 深海都市アトランティス。

 そこは、ただ沈んだ古代都市ではなかった。

 外宇宙に抗い、敗れ、それでも未来へ対抗策を残した文明。

 

 そして今、その記憶が萌亜たちを迎えている。

 萌亜は、少しだけ笑った。

 

「時代先取りジジイ、本当にここまで読んでたんだ」

 

 ネレイアは静かに首を傾げた。

 

『ノストラダムスは、我らの最終協力者でした』

 

「え?」

 

 リオナが思わず声を上げる。

 

『彼は、人類の未来を守るため、己の精神を未来視に焼き尽くした者』

 

 ネレイアの瞳が、青く揺れる。

 

『そして、あなたの最初のファンです』

 

 萌亜は固まった。

 リオナは口元を押さえた。

 ゼルヴァードは理解できない顔をしている。

 カナメは真顔で呟いた。

 

「ファン……」

 

 沈黙。

 深海都市の広場に、妙な沈黙が落ちた。

 やがて、萌亜が小さく言った。

 

「やっぱガチファンじゃん、あのジジイ」

 

 リオナは耐えきれず吹き出した。

 その笑い声が、深海の古代都市に響く。

 外宇宙選定機関の脅威。

 アトランティスの謎。

 萌亜を地上へつなぎ止める鍵。

 すべてはまだ始まったばかりだ。

 

 だが、その第一声は、あまりにもこの一行らしかった。

 

「ねえ、ネレイア」

 

 萌亜が尋ねる。

 

「ここ、クレープある?」

 

 ネレイアはしばらく沈黙した。

 

『……食文化データベースを検索します。類似品1件該当』

「あるの!?」

 

 リオナが叫ぶ。

 

 深海都市アトランティス。

 だいたい、深海でバグっていた。

 




第6話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、いよいよアトランティス編の導入でした。

ノストラダムスの予言書に導かれ、萌亜たちは深海都市アトランティスへ向かうことになります。

宮内庁地下、渋谷、国会図書館と来て、今度は深海です。

カリスマギャルの行動範囲がどんどんおかしくなっています。

今回は、新キャラとして超対課の戦闘担当・黒瀬カナメも登場しました。

彼女はリオナとは違い、萌亜をまだ信用しきっていない立場の人物です。

萌亜が味方であることは理解していても、同時に人類を滅ぼせる存在であることも理解している。

そういう意味では、かなり普通の人類側の感覚に近いキャラです。

そして、アトランティス。

この作品では、ただの沈没都市ではなく、外宇宙選定機関に抵抗した古代文明として扱っています。

深海に都市が残っている理由。

ノストラダムスとの関係。

萌亜を地上へつなぎ止める鍵。

そのあたりが、次回以降の中心になります。

あと、ゼルヴァードは着実に地球に馴染んでいます。

本人は否定していますが、クレープで交渉できる時点でもうかなり危ないです。

次回は、アトランティス中枢記録人格ネレイアの案内で、都市内部を探索する話になる予定です。

深海都市の記憶。

外宇宙に敗れた文明の残骸。

そして、萌亜を殺す槍に対抗するための鍵。

たぶんシリアスになるはずです。

たぶん。

それではまた次回。

深海でもチョベリグ。
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