アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜 作:池ポチャ
前回、ノストラダムスの予言書により、外宇宙選定機関への対抗策が示されました。
その行き先は、アトランティス。
深海に座す都市。
そこには、アンゴルモアこと安藤萌亜を地上へつなぎ止める鍵があるという。
今回は、萌亜・リオナ・ゼルヴァード、そして超常現象対策課が、深海都市アトランティスへ向かう準備を始めます。
終末ギャル、ついに深海へ。
たぶん水圧よりも、萌亜の言動の方が危険です。
御門から連絡があり、一同は再び集まっていた。
ノストラダムスの追記が現れたのだ。
行き先は深海。
安藤萌亜は、深海を舐めていた。
「水着で行けばよくない?」
「よくない」
即答したのは姫咲リオナだった。
場所は、宮内庁地下の超常現象対策課本部。
会議室の大型モニターには、青黒い海の断面図と、深海地形の立体モデルが映し出されている。
東京湾ではない。
太平洋のどこか。
正確な座標は、画面上では伏せられていた。
そのさらに下。
光の届かない深海に、奇妙な空白地帯がある。
地図上では、ただの海底。
だが、超対課の観測では、そこに巨大な都市構造が存在している可能性が高いらしい。
アトランティス。
ノストラダムスが予言書の最後に記した、深海に座す都市。
そこに、萌亜を地上へつなぎ止める鍵がある。
そんな重大な話をしている最中に、当の萌亜は真顔で水着と言い出した。
「だって海じゃん」
「深海だよ」
「海じゃん」
「水深何千メートルの海」
「つまり、すごく海」
「雑にまとめるな」
リオナは頭を抱えた。
隣では、ゼルヴァード・ル=オルグレイが腕を組んで座っている。
前回、地球侵略に来てクレープに敗北した外宇宙の美形男子である。
現在は超対課の監視下にあり、ついでに地球の甘味に少しずつ敗北しつつある。
今日は白いシャツに黒いパンツ、上から超対課支給の黒いジャケットを羽織っていた。
本人は不満そうだが、かなり似合っている。
「実に愚かだな」
ゼルヴァードが鼻で笑う。
「深海など、通常の肉体では圧壊する。水着で行けばよいという発想は、文明以前の問題だ」
「ゼルくん、潜水服着るの?」
「当然だ。我は合理的判断をする」
「でも前、クレープ屋でチョコバナナ追加してたじゃん」
「それは合理的栄養補給だ!」
「生クリーム増量してたよね」
「黙れ」
リオナがぼそっと言う。
「ゼルくん、もうだいぶ地球に馴染んでるよね」
「馴染んでいない!」
会議室の前方で、御門征十郎が咳払いした。
宮内庁式外局・超常現象対策課の課長。
この数日で胃痛の原因が三倍ほど増えた男である。
「話を戻す」
「はーい」
萌亜は椅子の上で足をぷらぷらさせた。
「今回の目的は、アトランティスと思われる深海都市の調査だ。ノストラダムスの予言書には、そこに安藤萌亜を地上へつなぎ止める鍵があると記されていた」
「鍵って何?」
リオナが尋ねる。
「不明だ」
「ですよね」
「ただし、アトランティスに関する当課の記録には、いくつか気になる点がある」
御門がリモコンを操作する。
画面が切り替わった。
古い石板の写真。
海底から引き揚げられたらしい青銅製の円盤。
そして、発光する巨大な都市の想像図。
「アトランティスは、単なる古代文明ではない。記録によれば、彼らは外宇宙の干渉を受けながらも、それに抵抗した文明だった可能性がある」
ゼルヴァードの表情がわずかに変わる。
「外宇宙に抵抗した人類文明だと?」
「ああ」
「ありえん。地球文明がそこまで到達していたなら、選定機関が見逃すはずがない」
「だから滅びたのかもしれない」
御門の言葉に、会議室が静かになった。
リオナは画面を見つめた。
海の底に沈んだ都市。
古代に栄え、外宇宙に抵抗し、そして滅びたかもしれない文明。
それが今、萌亜を守る鍵を残している。
物語みたいだ。
いや、今の自分の生活そのものが、もうだいぶ物語みたいなのだが。
「萌亜は何か知ってる?」
リオナが聞く。
萌亜は首を傾げた。
「アトランティス?」
「うん」
「名前は聞いたことあるけど、ちゃんと見たことはないかも」
「珍しい。萌亜が知らないことあるんだ」
「あるよ。萌亜、地球の全部を見てたわけじゃないし」
萌亜は少しだけ目を細める。
「昔は、興味なかったから」
その声に、わずかな寂しさが混じった。
リオナは何も言わず、萌亜の横顔を見た。
御門は続ける。
「今回、我々は深海調査艇を使用する」
画面に、丸みを帯びた黒い潜水艇の画像が表示された。
ただし、普通の潜水艇ではない。
外装には結界紋のようなものが刻まれ、側面には機械式のアーム、上部には小さな鳥居のような装置が取り付けられている。
リオナは眉をひそめた。
「何ですか、これ」
「超対課所有の深海調査艇、天津甕星改(あまつみかぼし)だ」
「名前が強すぎる」
「対深海怪異、対認識圧、対外宇宙波形を想定した特別仕様だ」
「鳥居みたいなの付いてますけど」
「霊的安定装置だ」
「深海に鳥居……」
「意外と効く」
「そうなんだ……」
萌亜は目を輝かせた。
「これ、プリクラ機能ある?」
「ない」
「なんで?」
「深海調査艇だからだ」
「つまんない」
「つまらなくて結構」
ゼルヴァードが画面を見て鼻を鳴らす。
「外装強度が足りん。これでは深海圧と外宇宙干渉が重なった場合、三分で潰れる」
超対課の技術職員たちがざわついた。
御門が問う。
「改善案はあるか」
「ある。だが、我が協力する理由はない」
ゼルヴァードは偉そうに言った。
リオナがスマホを取り出す。
「じゃあ、今日のクレープはなしで」
「待て」
「理由ないんでしょ?」
「……」
「協力したら、帰りに新作のブリュレクレープ」
ゼルヴァードは目を逸らした。
「人間の甘味などに興味はない」
「じゃあいらない?」
「必要最低限の栄養確認として、検分する価値はある」
「はい協力決定」
「我はまだ承諾していない!」
「顔が承諾してた」
萌亜が楽しそうに笑う。
「ゼルくん、チョベリグ〜」
「その言葉を我に向けるな!」
御門は真顔で部下に指示を出した。
「ゼルヴァードの技術助言を受け入れろ。報酬はブリュレクレープで処理する」
「了解しました」
「処理するな!」
こうして、地球侵略者は人類の深海調査計画に技術協力することになった。
報酬は、クレープである。
*
出発は翌朝だった。
場所は、神奈川県沖の超対課管理施設。
表向きには海洋研究所。
実際には、深海怪異・海底遺物・外宇宙沈降物を扱う極秘拠点である。
リオナは、目の前に広がる海を見て息を吐いた。
朝の海は静かだった。
太陽の光が波に反射し、きらきらと輝いている。
その下に、アトランティスが眠っているかもしれない。
そう思うと、胸が少しだけ高鳴った。
隣では、萌亜が超対課支給の潜水用ジャケットを着せられている。
黒と白を基調にした、かなり近未来的なデザイン。
正直、似合っていた。
「リオナっち、これどう?」
「似合ってる。普通にかっこいい」
「マジ? 深海ギャルじゃん」
「深海ギャルって何」
「海底でもアゲぽよなギャル」
「定義が雑」
ゼルヴァードも同じ装備を着ていた。
こちらもやたら似合っている。
本人は不満そうだが。
「なぜ我が人間の装備を」
「似合ってるよ、ゼルくん」
「褒めるな」
「褒められるの苦手?」
「違う!」
御門も現地に来ていた。
今回はさすがに同行しないが、指揮は地上から取るらしい。
「今回の搭乗者は、安藤萌亜、姫咲リオナ、ゼルヴァード、黒瀬カナメの四名だ」
リオナは聞き慣れない名前に振り返った。
そこに立っていたのは、黒髪を短く切った女性だった。
年齢は二十代半ばくらい。
引き締まった体つきに、鋭い目。
黒い戦闘服の上から、対怪異用の装備を身につけている。
超対課の戦闘担当、黒瀬カナメ。
第3話で名前だけ出ていた人物である。
「黒瀬カナメだ。今回、現場護衛として同行する」
「姫咲リオナです。よろしくお願いします」
「安藤萌亜でーす。チョベリグ」
「……噂は聞いている」
カナメは萌亜をじっと見た。
その目には警戒がある。
敵意に近い警戒。
萌亜はきょとんとしている。
「なに?」
「いや。何でもない」
カナメは視線を逸らした。
リオナには分かった。
この人は、萌亜を信用していない。
無理もない。
萌亜は人類を守っているが、同時に人類を滅ぼせる存在でもある。
怖がる方が、普通なのかもしれない。
リオナは少しだけ複雑な気持ちになった。
御門が説明を続ける。
「黒瀬は当課でも最高クラスの対怪異戦闘員だ。深海都市内部で何が起きるか分からない以上、必要な人員だ」
「よろしく、黒瀬っち」
「その呼び方はやめろ」
「じゃあカナメっち」
「さらにやめろ」
「カナメちゃん?」
「……黒瀬でいい」
「リオナっちと同じパターンだ」
「私はもう諦めた」
ゼルヴァードが鼻で笑う。
「人類の戦闘員など、外宇宙の脅威を前に何の役に立つ」
カナメの目が鋭くなる。
「少なくとも、クレープに負けた侵略者よりは役に立つ」
ゼルヴァードが固まった。
「誰から聞いた」
「全員知っている」
「御門!」
ゼルヴァードが振り返る。
御門は無表情で答えた。
「情報共有は重要だ」
「それは共有する必要があったのか!」
「士気向上に役立った」
「屈辱だ!」
萌亜は笑いながら手を叩いた。
「ゼルくん、もう超対課の人気者じゃん」
「嬉しくない!」
緊張感があるのかないのか分からないまま、四人は深海調査艇へ向かった。
天津甕星改(あまつみかぼしかい)。
近くで見ると、さらに異様だった。
丸い船体。
強化ガラスの前面窓。
側面の機械アーム。
外装に刻まれた霊的封印紋。
そして上部に鎮座する小型鳥居。
リオナは言った。
「やっぱり鳥居が気になる」
カナメが真面目に答える。
「慣れろ。あれがあると海の怪異が寄りにくい」
「深海って怪異いるんですか?」
「いる」
「聞かなきゃよかった」
萌亜は楽しそうに船体を撫でた。
「この子、名前長いね。テンミカちゃんでいい?」
「やめろ」
御門が即答した。
「では、出発する。通信は常時開いておく。異常があれば即座に報告しろ」
「はーい」
「了解」
「承知した」
「ふん」
四人が乗り込むと、調査艇のハッチが閉まった。
内部は意外と広い。
前方に操縦席。
中央にモニターと機材。
後方に簡易座席。
深海用の照明が淡く光り、船内には低い機械音が響いていた。
リオナは座席に座り、ベルトを締める。
少し緊張している。
いや、かなり緊張している。
深海。
アトランティス。
外宇宙への対抗策。
全部、普通の女子高生には重すぎる。
その横で、萌亜は窓に顔を近づけている。
「リオナっち、海だよ海!」
「まだ沈んでないよ」
「でも海!」
「遠足か」
カナメが操縦席につく。
どうやら彼女が操縦も担当するらしい。
ゼルヴァードは機材を確認しながら、ぶつぶつ文句を言っている。
「人類の装置は粗い。ここを外宇宙波形に合わせて調整しろ。違う、そこではない。なぜその配線で動いている。気持ち悪い」
技術職員との通信越しに、すでに揉めていた。
リオナは小声で言う。
「ゼルくん、意外と仕事できるんだ」
「我を何だと思っている」
「クレープ男子」
「違う!」
カナメが静かに言った。
「潜航開始」
調査艇がゆっくりと海へ沈んでいく。
窓の外で、青い光が揺れる。
水面が遠ざかる。
太陽の光が、波に砕ける。
リオナは思わず息を呑んだ。
綺麗だった。
普通の旅行なら、きっと感動だけで済んだだろう。
しかし、今回の目的地は深海都市アトランティスである。
綺麗だけでは終わらない。
調査艇はさらに沈む。
青が濃くなる。
光が弱くなる。
魚の群れが窓の外を通り過ぎる。
やがて、周囲は深い藍色に包まれた。
「わあ」
萌亜が感嘆の声を上げる。
「地球の下って、こんな感じなんだ」
「萌亜、深海は初めて?」
「ちゃんと見るのは初めてかも。昔は上から見てただけだし」
「どう?」
「チョベリグ」
「やっぱり言うんだ」
水深千メートル。
二千メートル。
三千メートル。
光はほとんど届かなくなった。
窓の外は黒い。
調査艇のライトだけが、海中を切り開いている。
カナメの声が響く。
「水圧安定。外部温度低下。霊的干渉値、基準内」
ゼルヴァードが機材を見る。
「外宇宙波形が混じり始めている。アトランティスに近づいている証拠だ」
「見えるの?」
リオナが尋ねる。
「人間には見えぬ。空間の質が変わっている」
「空間の質」
「簡単に言えば、この海域だけ宇宙のルールが少し薄い」
「全然簡単じゃない」
萌亜は窓の外をじっと見ていた。
「何かいるね」
カナメの手が止まる。
「何か?」
「うん。大きいの」
その直後、調査艇が揺れた。
ぐらり。
リオナは座席にしがみつく。
「何!?」
外の闇の中で、何かが動いた。
巨大な影。
長い胴体。
無数のヒレ。
そして、顔のあるはずの位置に、街灯のような光がいくつも灯っている。
魚ではない。
怪異。
深海に住む、何か。
カナメが低く言う。
「深海怪異、接近」
「鳥居効いてないじゃん!」
「通常の海怪には効く。これは外宇宙に汚染されている」
「例外多くない!?」
巨大な影が調査艇の周囲を回る。
窓の外に、光る目のようなものが並んだ。
リオナの背筋が凍る。
その視線を浴びているだけで、自分の内側を覗かれているようだった。
ゼルヴァードが舌打ちする。
「外宇宙寄生型の深海生物か。低位だが、人間の船なら砕ける」
「迎撃する」
カナメが操縦桿の横にあるスイッチを押す。
調査艇の側面から、銀色の杭のようなものが射出された。
それは水中で展開し、結界のような光を放つ。
深海怪異が身をよじった。
だが、退かない。
むしろ怒ったように、巨大な口を開く。
口の中に、さらに口。
その奥に、星空のような闇。
リオナは思わず目を逸らした。
「萌亜!」
「はーい」
萌亜は席を立った。
カナメが叫ぶ。
「何をする気だ! ハッチは開けられない!」
「開けないよ」
萌亜は窓に手を当てた。
その指先に、小さな光が宿る。
「深海で暴れるの、チョベリバだよ」
ぱちん。
指を鳴らす音が、なぜか船内に響いた。
次の瞬間、窓の外の巨大な影がぴたりと止まる。
そして。
くるん、と裏返った。
「え?」
リオナが間抜けな声を出す。
深海怪異は、その巨体を逆さまにしたまま、ゆっくりと遠ざかっていく。
まるで、眠った魚のように。
カナメは呆然としていた。
「何をした」
「お腹いっぱいにした」
「どういう意味だ」
「この子、お腹すいてただけだから、外宇宙の寄生部分に“満腹”って概念を食べさせた」
「説明されても分からない」
ゼルヴァードが苦々しく言う。
「相変わらず理不尽な力だ」
「褒めてる?」
「褒めていない」
リオナは窓の外を見た。
怪異はもう遠く、小さな影になっている。
怖かった。
けれど、少しだけ哀れでもあった。
外宇宙に汚染された深海生物。
もしかすると、アトランティスも同じように何かに侵されているのかもしれない。
「萌亜」
「ん?」
「アトランティス、大丈夫かな」
「分かんない」
萌亜は素直に答えた。
「でも、行けば分かるよ」
その言葉は、軽いようでいて、不思議と頼もしかった。
*
潜航開始から二時間。
調査艇は、目的海域へ到達した。
水深、六千メートル超。
通常なら人間が簡単に踏み入れることのできない領域。
だが、そこには確かに異常があった。
闇の中に、光が見える。
最初は、海底の熱水噴出孔かと思った。
だが違う。
光は規則正しく並んでいる。
線。
円。
塔。
道。
それは、都市だった。
深海の底に沈む、巨大な都市。
アトランティス。
リオナは言葉を失った。
海底に広がる都市は、崩れていながらも美しかった。
白い石の柱。
半透明のドーム。
海藻に覆われた階段。
青く光る水路。
そして中央には、巨大な円環状の建造物がそびえている。
まるで、海の底に沈んだ神殿と未来都市を混ぜたような光景だった。
「……すごい」
リオナの声が震える。
萌亜も窓の外を見つめていた。
「チョベリグ」
いつもの言葉。
でも今回は、少しだけ違って聞こえた。
ゼルヴァードは険しい顔をしている。
「ありえん」
「またそれ?」
リオナが言う。
「この都市、外宇宙防壁を持っている」
「防壁?」
「選定機関の観測を遮断するための構造だ。地球文明が作れるはずがない」
カナメが低く言う。
「では、誰が作った」
「分からぬ。だが、少なくともこの都市は、ただ沈んだだけではない」
その時、調査艇の通信にノイズが走った。
『……こちら……御門……聞こえるか……』
「こちら黒瀬。都市を確認した」
『映像……受信している……だが、通信状態が不安定だ……深部に入る場合は……』
通信が途切れる。
船内に静寂が落ちた。
カナメは舌打ちした。
「通信障害」
ゼルヴァードが機材を見る。
「都市の防壁が外部通信を遮断している。こちらからの通信はほぼ届かん」
「つまり?」
リオナが尋ねる。
「ここから先、地上の支援は期待できない」
「最悪じゃん」
萌亜は楽しそうに笑った。
「冒険っぽい」
「危機感持って」
「持ってるよ。ちょっと」
「ちょっとかあ」
その時、都市中央の円環建造物が光った。
青白い光。
それが海中に広がり、調査艇を包み込む。
警報が鳴る。
カナメが叫ぶ。
「外部から牽引されています!」
「制御できるか」
ゼルヴァードが機材を操作する。
「無理だ。都市側の誘導が優先されている」
「攻撃?」
リオナが息を呑む。
萌亜は光の先を見つめた。
「違う」
「分かるの?」
「うん」
萌亜の瞳に、深海の青が映る。
「呼ばれてる」
調査艇は、光に導かれるようにアトランティスへ近づいていく。
外側の防壁を通過した瞬間、船体がふわりと軽くなった。
水が消えた。
いや、違う。
都市の内側だけ、海水が存在していない。
巨大な透明なドームの中に、空気がある。
深海六千メートルの底に、空気のある都市が残っている。
リオナは口を開けたまま固まった。
「もう何でもありじゃん……」
調査艇は、都市の外縁にある発着場のような場所へゆっくりと降りた。
着地。
機械音が止まる。
船内は静かになった。
カナメが周囲を確認する。
「外気あり。酸素濃度、人間活動可能範囲。圧力安定。ただし、未知の粒子反応あり」
「外に出られるの?」
リオナが聞く。
「装備着用のままなら可能だ」
ゼルヴァードは窓の外を睨んでいる。
「この都市、まだ生きている」
「生きてる?」
「機能が停止していない。誰かが維持している」
その言葉に、全員が黙った。
誰かがいる。
アトランティスに。
深海に沈んだはずの都市に。
「行こ」
萌亜が言った。
「萌亜」
リオナが呼ぶ。
「大丈夫。手、つないでていいよ」
「それ、私が怖がってる前提?」
「違うの?」
「……ちょっと怖い」
「じゃあ、正解」
萌亜は笑って、リオナに手を差し出した。
リオナはその手を取る。
カナメが先頭に立ち、武器を構える。
ゼルヴァードは不満そうにしながらも、装備を確認している。
ハッチが開いた。
深海都市アトランティスの空気が、船内へ流れ込む。
ひんやりとして、少し甘い香りがした。
花のような。
海のような。
そして、どこか懐かしいような。
四人は、調査艇の外へ足を踏み出した。
そこは、白い石でできた広場だった。
頭上には透明なドーム越しに、深海の闇と、無数の海中生物の光が見える。
遠くには塔。
崩れた神殿。
青く光る水路。
そして、街の中央から伸びる一本の道。
その先に、巨大な円環建造物がある。
萌亜は、その建造物を見た瞬間、足を止めた。
「萌亜?」
リオナが声をかける。
萌亜は、珍しく戸惑った顔をしていた。
「これ……」
「知ってるの?」
「分かんない。でも」
彼女は自分の胸元を押さえた。
「なんか、呼ばれてる感じがする」
その時。
広場の中央に、光が集まった。
水色の粒子。
それが人の形を作っていく。
少女だった。
半透明の少女。
長い髪。
白い衣。
額には青い宝石。
瞳は、海底の光のように静かに輝いている。
少女は四人を見た。
そして、萌亜に向かって深く頭を下げる。
『ようこそ、恐怖の王』
声は、直接心に響いた。
『我らは待っていました』
リオナの手に力が入る。
ゼルヴァードが警戒する。
カナメが武器を構える。
萌亜だけが、少女を見つめている。
『ノストラダムスの導きに従い、あなたがここへ来る日を』
「あなた、誰?」
萌亜が尋ねる。
少女は静かに答えた。
『私は、アトランティス中枢記録人格』
光の少女は、胸に手を当てる。
『名を、ネレイア』
そして、次の言葉を告げた。
『外宇宙選定機関に対抗するため、かつて滅びた都市の記憶を守る者です』
深海都市アトランティス。
そこは、ただ沈んだ古代都市ではなかった。
外宇宙に抗い、敗れ、それでも未来へ対抗策を残した文明。
そして今、その記憶が萌亜たちを迎えている。
萌亜は、少しだけ笑った。
「時代先取りジジイ、本当にここまで読んでたんだ」
ネレイアは静かに首を傾げた。
『ノストラダムスは、我らの最終協力者でした』
「え?」
リオナが思わず声を上げる。
『彼は、人類の未来を守るため、己の精神を未来視に焼き尽くした者』
ネレイアの瞳が、青く揺れる。
『そして、あなたの最初のファンです』
萌亜は固まった。
リオナは口元を押さえた。
ゼルヴァードは理解できない顔をしている。
カナメは真顔で呟いた。
「ファン……」
沈黙。
深海都市の広場に、妙な沈黙が落ちた。
やがて、萌亜が小さく言った。
「やっぱガチファンじゃん、あのジジイ」
リオナは耐えきれず吹き出した。
その笑い声が、深海の古代都市に響く。
外宇宙選定機関の脅威。
アトランティスの謎。
萌亜を地上へつなぎ止める鍵。
すべてはまだ始まったばかりだ。
だが、その第一声は、あまりにもこの一行らしかった。
「ねえ、ネレイア」
萌亜が尋ねる。
「ここ、クレープある?」
ネレイアはしばらく沈黙した。
『……食文化データベースを検索します。類似品1件該当』
「あるの!?」
リオナが叫ぶ。
深海都市アトランティス。
だいたい、深海でバグっていた。
第6話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、いよいよアトランティス編の導入でした。
ノストラダムスの予言書に導かれ、萌亜たちは深海都市アトランティスへ向かうことになります。
宮内庁地下、渋谷、国会図書館と来て、今度は深海です。
カリスマギャルの行動範囲がどんどんおかしくなっています。
今回は、新キャラとして超対課の戦闘担当・黒瀬カナメも登場しました。
彼女はリオナとは違い、萌亜をまだ信用しきっていない立場の人物です。
萌亜が味方であることは理解していても、同時に人類を滅ぼせる存在であることも理解している。
そういう意味では、かなり普通の人類側の感覚に近いキャラです。
そして、アトランティス。
この作品では、ただの沈没都市ではなく、外宇宙選定機関に抵抗した古代文明として扱っています。
深海に都市が残っている理由。
ノストラダムスとの関係。
萌亜を地上へつなぎ止める鍵。
そのあたりが、次回以降の中心になります。
あと、ゼルヴァードは着実に地球に馴染んでいます。
本人は否定していますが、クレープで交渉できる時点でもうかなり危ないです。
次回は、アトランティス中枢記録人格ネレイアの案内で、都市内部を探索する話になる予定です。
深海都市の記憶。
外宇宙に敗れた文明の残骸。
そして、萌亜を殺す槍に対抗するための鍵。
たぶんシリアスになるはずです。
たぶん。
それではまた次回。
深海でもチョベリグ。