アンゴルモア、令和ギャルになる。 〜地球滅ぼしに来た終末存在だけど、人間おもろすぎて守ることにした〜   作:池ポチャ

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第8.5話です。

今回は、竜宮城編へ向かう前の幕間回です。

アトランティスで地球各地の防衛拠点が判明し、次の目的地は日本近海の竜宮城に決まりました。

しかし地上では、なぜか今、怪しすぎる新興宗教『海の家』が話題沸騰中。

その代表を務めるのは、青い髪の蠱惑的な法衣を着た女性、九頭龍瑠々。

ニュース映像を見た萌亜は、露骨にげんなりします。

地上でも、海の底でも、だいたい面倒なことが起きています。



新興宗教『海の家』、だいたい磯臭い

 竜宮城へ向かう前に、いったん地上へ戻ることになった。

 

 理由は単純である。

 作戦会議が必要だったからだ。

 

 日本近海に実在する時間隔離型防衛機構、竜宮城。

 

 選定機関はそこを切除対象に指定した。

 

 つまり、次の目的地は竜宮城で決まりである。

 

 だが、問題があった。

 竜宮城は通常の観測では存在する時間そのものに接続できない。

 

 下手に突入すれば、浦島太郎よろしく、戻った時には地上で何年も経っていた、という可能性もある。

 

 だから超対課は、準備に追われていた。

 

 宮内庁地下の会議室。

 大型モニターには、日本近海の海底地形図、時空歪曲値、竜宮城と思われる座標、そして赤く点滅する警告表示が映し出されている。

 

 普通なら緊迫した場面だった。

 普通なら。

 

「竜宮城って、やっぱ玉手箱あるのかな」

 

 安藤萌亜は、会議室の椅子に座りながら、コンビニで買った海老せんを食べていた。

 

「あるとしても開けちゃダメでしょ」

 

 姫咲リオナが隣で即答する。

 

「なんで?」

「老けるかもしれないから」

「萌亜、老けないよ?」

「問題はそこじゃない」

「リオナっちが開けたら?」

「絶対開けない」

「じゃあゼルくん」

「我を実験台にするな」

 

 ゼルヴァード・ル=オルグレイは、会議室の端で腕を組んでいた。

 前回まで外宇宙の侵略者だった男は、今では完全に会議に参加している。

 

 本人はあくまで「一時的な利害一致」と言い張っているが、手元には自販機で買った缶コーヒーと、誰かが置いたクッキーがある。

 

 だいぶ馴染んでいた。

 

 黒瀬カナメは、そんな一同を見て小さく息を吐く。

 

「作戦会議中だ。少しは緊張感を持て」

「持ってるよ」

 

 萌亜は海老せんを掲げる。

 

「海っぽいもの食べて気分作ってる」

「それは緊張感ではない」

「磯の香り」

「なお違う」

 

 会議室の前方では、御門征十郎が資料を確認していた。

 

 ここ数日で胃痛が悪化している男である。

 彼は端末を操作しながら、静かに言った。

 

「竜宮城に関しては、超対課でも伝承記録を洗い直している。浦島伝説、海神信仰、龍神伝承、沿岸部の失踪記録、そのすべてに関連の可能性がある」

「つまり、乙姫ちゃんいる?」

 

 萌亜が聞く。

 

「可能性は否定しない」

「チョベリグ」

「ただし、友好的とは限らない」

「チョベリバ?」

 

 リオナは手元のノートにメモを取っていた。

 

 萌亜と違って真面目である。

 

 もっとも、メモの端には「竜宮城コーデ案」「深海でも崩れないメイク」「乙姫がギャルだった場合の対応」と書かれている。

 

 真面目なのかどうかは微妙だった。

 

 その時、会議室の横にあるテレビモニターが、勝手に点いた。

 

 ニュース番組だった。

 画面には、都内のどこかの街頭。

 

 多数の人々。

 青い旗。

 そして、大きな文字のテロップ。

 

『今話題沸騰の新興宗教団体「海の家」代表、九頭龍瑠々氏が会見』

 

 御門の眉が動いた。

 

「……誰がニュースをつけた」

 

 職員が慌てて操作端末を見る。

 

「いえ、こちらでは何も」

 

 萌亜は、テレビ画面を見た瞬間、露骨に顔をしかめた。

 

「うわ」

 

 リオナが振り向く。

 

「萌亜?」

「出た」

「知ってるの?」

「知ってるっていうか、知りたくないタイプ」

 

 ニュース画面に、ひとりの女性が映った。

 

 青い髪。

 腰まで流れる、海藻のように艶やかな髪。

 瞳は深い青緑。

 蠱惑的な笑み。

 

 身にまとっているのは、法衣のようであり、舞台衣装のようでもある、青と白の衣。

 

 胸元や袖には貝殻の装飾。

 首には龍を象った銀の飾り。

 

 見る者を惹きつける美しさがある。

 同時に、どこか湿った不気味さもある。

 

 彼女の名は、九頭龍瑠々(くずりゅうるる)

 

 新興宗教『海の家』代表。

 

 画面の中で、瑠々はマイクを向けられながら、両手を広げていた。

 

『宗教弾圧はんたーい!』

 

 その背後で、信者たちが一斉に叫ぶ。

 

『はんたーい!』

『海はみんなのものー!』

『ものー!』

『既存宗教のみなさーん! 争いはやめて、仲良く海へ還りましょー!』

『還りましょー!』

 

 リオナは真顔で言った。

 

「何これ」

 

 カナメが目を細める。

 

「新興宗教団体『海の家』。近年急速に信者数を増やしている団体だ。海洋信仰、龍神信仰、自己実現セミナー、スピリチュアルサロン、地域ボランティアなどを組み合わせて活動している」

「怪しさ全部乗せじゃん」

 

 リオナが言う。

 

 ゼルヴァードは画面を見て顔をしかめた。

 

「情報波が不快だ。ルルイエと似た臭いがする」

「でしょ」

 

 萌亜はげんなりした顔で海老せんを置いた。

 

「磯臭いんだよね、あの人」

「物理的に?」

「精神的に」

「嫌な表現」

 

 ニュースは続く。

 

 画面には、瑠々が都内某所の建設予定地で笑顔を浮かべている映像が映った。

 

 テロップが流れる。

 

『団体「海の家」、都内に大規模宗教施設の建設を申請。行政手続きは適正に進行中』

 

 アナウンサーが読み上げる。

 

『九頭龍氏は、既存宗教との融和を掲げつつ、若年層を中心に急速に支持を拡大しています。一方で、一部宗教団体からは信徒の移籍が相次いでおり、反発の声も上がっています』

 

 画面が切り替わる。

 

 別の会見場。

 

 瑠々がにっこり笑っていた。

 

『信徒を奪っているのではありませんわ。皆さまが自分の意思で、より湿度の高い愛へ辿り着いただけです』

 

 記者が尋ねる。

 

『既存宗教への挑発ではないのですか?』

 

 瑠々は、ふふ、と笑った。

 

『挑発だなんて失礼ですわ。ただ、乾いた教えでは潤えない方々が、海を求めているだけ。ねえ、皆さま?』

 

 信者たちが叫ぶ。

 

『潤いたーい!』

『海へ還りたーい!』

『瑠々様ー!』

 

 リオナは顔を引きつらせた。

 

「怖い怖い怖い」

 

 萌亜は肘をついて画面を見る。

 

「このノリ、ほんと嫌い」

「ルルイエ系?」

「だいぶルルイエ寄り」

 

 御門はすでに端末で情報を確認していた。

 

「九頭龍瑠々。年齢不詳。戸籍上は三十二歳。三年前に宗教法人『海の家』を設立。活動内容は、海洋清掃、炊き出し、悩み相談、瞑想会、龍神講話、オンラインサロン、グッズ販売……」

「情報量多いな」

 

 リオナが呟く。

 

「そして昨年から、急激に信者数が増加。信者の中には、夢で海底都市を見たと証言する者が多い」

 

 カナメが険しい顔になる。

 

「夢で海底都市……」

 

 ゼルヴァードが低く言った。

 

「ルルイエの誘引形式だ。願望や不安を入口にして、夢から精神に接続する」

「つまり、あの人、ルルイエと関係ある?」

 

 リオナが聞く。

 

 萌亜は嫌そうに答えた。

 

「たぶんね」

 

 ニュースはさらに続く。

 

 今度は、炊き出しの映像だった。

 公園のような場所に、長い列。

 信者たちが大きな鍋から食事を配っている。

 

 テロップ。

 

『地域支援活動にも注力。独自の海鮮炊き出しが話題』

 

 映像の中で、瑠々が笑顔で器を差し出している。

 

『本日の炊き出しは、深海風あら汁、磯香る海藻粥、そして特製イカ墨だんごですわ♡』

 

 リオナは眉をひそめる。

 

「磯臭そう」

「実際、苦情来てる」

 

 カナメが資料を読み上げる。

 

「周辺住民から『三日間、街が漁港の匂いになった』と通報あり」

「迷惑すぎる」

 

 画面の中で、信者たちは幸せそうに海鮮炊き出しを食べている。

 

『海の恵みー!』

『瑠々様の愛ー!』

『磯の香り最高ー!』

 

 萌亜は遠い目をした。

 

「ルルイエって、こういうところあるんだよね」

「どういうところ?」

「人間に寄せようとして、だいたいズレる」

「寄せた結果がイカ墨だんご?」

「うん」

「ズレすぎ」

 

 ニュース画面が再び切り替わった。

 

 今度は記者会見。

 

 瑠々の前に、多数のマイクが並んでいる。

 記者のひとりが鋭い声で質問した。

 

『九頭龍代表。運営費の一部が、ガンプラやフィギュアの購入に使われていたとの指摘がありますが、事実ですか?』

 

 会議室に沈黙が落ちた。

 

 リオナが小さく言う。

 

「急に俗っぽい」

 

 画面の中の瑠々は、まったく動揺していなかった。

 

 むしろ、堂々としていた。

 

『事実ですわ』

 

 記者たちがざわつく。

 

『つまり、信者から集めた寄付金を私的に流用したと認めるのですか?』

 

 瑠々は微笑む。

 

『違いますわ。あれは信仰活動の一環です』

『ガンプラが?』

『はい。組み立てる行為は、己の内なる海を形にする祈り。フィギュアは、理想存在への信仰の象徴。つまり、すべては海へ至る道なのです』

『領収書には「限定版美少女フィギュア」とありますが』

『美は信仰です』

『高額転売品の購入履歴もあります』

『出会いは一期一会です』

『説明になっていません』

『海はすべてを受け入れます』

 

 リオナは頭を抱えた。

 

「開き直り方が強すぎる」

 

 ゼルヴァードは理解不能という顔をしている。

 

「ガンプラとは何だ」

「あとで説明する」

「フィギュアとは」

「それもあとで」

「なぜ宗教運営費で買う」

「それは私にも分かんない」

 

 御門は額に手を当てた。

 

「既に国税関係にも情報が回っているようだな」

「超常現象じゃなくても普通に問題あるじゃないですか」

 

 リオナが言う。

 

「だから厄介だ」

 

 御門は低く答えた。

 

「違法性があれば行政が対応できる。しかし、現時点では多くの手続きが形式上は適正に進められている。建設申請も、許認可も、宗教法人としての活動も、表面上はルールに従っている」

「ルール守って煽り散らかしてるんですか?」

「そうだ」

「一番面倒なやつ」

 

 テレビの中で、瑠々は笑顔で言った。

 

『私たちはルールを守っていますわ。正式な手続きで施設を建て、正式な手続きで信仰を広め、正式な手続きで海の素晴らしさをお伝えしています』

 

 次の瞬間、彼女はカメラ目線になった。

 

『それに比べて、一部の団体さんはどうでしょう? ルールを無視して古い、固い、乾いている。もっと潤いと余裕を持つべきですわね♡』

 

 アナウンサーが慌てたように声をかぶせる。

 

『発言の一部には、他団体への配慮を欠くとの指摘も――』

 

 瑠々はさらに笑った。

 

『でも事実ですもの。乾燥はお肌にも信仰にも悪いですわ』

 

 リオナは言った。

 

「公共電波で煽るな」

 

 萌亜はげんなりしたまま頷く。

 

「ほんとそれ」

 

 その時、テレビ画面の中の瑠々が、ふとこちらを見た。

 

 カメラ越し。

 放送越し。

 ただのニュース映像のはずなのに。

 

 彼女の青緑の瞳が、確かに萌亜を見た。

 

『ところで』

 

 瑠々は微笑んだ。

 

『最近、海の底が少し騒がしいですわね』

 

 会議室の空気が凍った。

 ニュース番組の出演者は、話の流れが分からず戸惑っている。

 

『竜宮に向かう皆さま。どうぞお気をつけて』

 

 瑠々は、ゆっくりと唇に指を当てた。

 

『海は、どこまでも繋がっていますから』

 

 ぷつん。

 

 テレビ画面が暗転した。

 

 会議室に、重い沈黙が落ちる。

 

 最初に口を開いたのは、リオナだった。

 

「……今の、こっちに言った?」

 

 萌亜は、心底嫌そうな顔で答えた。

 

「言ったね」

 

 カナメが即座に端末を操作する。

 

「放送局側の映像を確認する。今の発言が実際に放送されたものか、それともこちらだけに割り込んだ情報干渉か」

 

 御門の表情は険しい。

 

「九頭龍瑠々を、超常監視対象に引き上げる。宗教団体『海の家』とルルイエの関連性を調査しろ」

「了解」

 

 職員たちが慌ただしく動き出す。

 

 ゼルヴァードは腕を組み、低く言った。

 

「ルルイエの残存勢力が、地上側に手を伸ばしている可能性が高い」

「それって、竜宮城にも関係ある?」

 

 リオナが聞く。

 

「海を経由するなら十分あり得る。竜宮城は時間隔離、アトランティスは観測遮断、ルルイエは夢と深海。系統は違えど、すべて海底拠点だ」

 

 萌亜は、椅子にもたれかかった。

 

「チョベリバ」

 

 本日何度目か分からないチョベリバだった。

 

「九頭龍瑠々って、何者なの?」

 

 リオナが尋ねる。

 

 萌亜は少し考える。

 

「たぶん、人間…」

「たぶん?」

「でも、ルルイエにかなり深く触ってる。普通なら夢で溶けてるくらい」

「溶けるって何」

「精神が海藻みたいになる」

「嫌すぎる」

「なのに、あの人は普通に地上で活動してる。しかも行政手続きまでちゃんとやってる」

 

 萌亜は眉をひそめた。

 

「そういうところが一番嫌」

 

 御門が言う。

 

「違法行為であれば処理しやすい。だが、合法の範囲内で超常的影響を広められると厄介だ」

「スピリチュアル系インフルエンサーみたいなものですか?」

 

 リオナが言う。

 

「似ている。ただし、背後にルルイエ級の外宇宙汚染があるなら、規模が違う」

「最悪じゃん」

 

 カナメが資料を読み上げる。

 

「信者の急増、夢による勧誘、海底都市の幻視、都内宗教施設の建設、海洋系ボランティア活動、海鮮炊き出し、他宗教への挑発、寄付金の不透明な使用……」

「最後だけ俗すぎる」

 

 リオナが言う。

 ゼルヴァードは真面目な顔で聞いた。

 

「ガンプラとフィギュアは、外宇宙儀式に関係するのか」

「たぶん趣味」

 

 萌亜が答えた。

 

「そういう俗っぽさも含めて、ルルイエっぽい」

「なぜだ」

「夢と欲望の入口って、だいたいしょーもないところにあるから」

 

 リオナは少しだけ背筋が寒くなった。

 

 怪しい宗教。

 スパム広告。

 夢。

 欲望。

 海。

 ルルイエ。

 

 どれも馬鹿馬鹿しいのに、妙に嫌な生々しさがある。

 

「萌亜、九頭龍瑠々は敵?」

 

 リオナが聞く。

 萌亜は即答しなかった。

 珍しく少し考えてから答える。

 

「まだ分かんない」

「分かんないんだ」

「うん。敵かもしれないし、ルルイエに利用されてるだけかもしれないし、利用してる側かもしれない」

「三択全部嫌」

「でしょ」

 

 萌亜はテレビ画面を睨む。

 

「でも、竜宮城に向かうって知ってたのは気になる」

 

 御門が頷く。

 

「こちらの作戦情報が漏れたとは考えにくい。ルルイエ経由で海底防衛網の変化を感知した可能性がある」

「つまり、竜宮城に行ったら、あの人も絡んでくる?」

「可能性はある」

 

 リオナはため息をついた。

 

「海の底に行く前から、地上が磯臭いんだけど」

「名言」

 

 萌亜が親指を立てる。

 

「リオナっち、それ投稿しよ」

「しない」

「バズるよ?」

「新興宗教と外宇宙汚染をネタにしてバズりたくない」

「真面目」

「普通」

 

 御門は会議室のモニターを切り替えた。

 ニュース映像は消え、竜宮城の解析図に戻る。

 

「九頭龍瑠々と『海の家』は、別班で監視する。君たちは竜宮城への準備を優先してくれ」

「瑠々さん放置でいいんですか?」

 

 リオナが聞く。

 

「放置はしない。だが、選定機関が竜宮城を切除対象に指定した以上、優先順位は竜宮城だ」

 

 カナメが頷く。

 

「現場班としては、竜宮城行きに集中する」

 

 ゼルヴァードは不快そうに言った。

 

「ルルイエの干渉が竜宮城にも及ぶなら、対策が必要だ。夢経由の接触を遮断する護符か、精神防壁を用意しろ」

 

 御門が職員に指示を出す。

 

「精神防壁装備を準備。睡眠時の監視も追加だ」

「睡眠時?」

 

 リオナが不安そうに聞く。

 萌亜が答える。

 

「ルルイエ系は夢に来るから」

「今日寝たくない」

「分かる」

「萌亜も?」

「うん。あそこ夢が湿ってるから嫌」

「夢が湿ってるって何」

「起きた時、脳が磯臭い感じ」

「最悪すぎる」

 

 その時、リオナのスマホが震えた。

 

 通知だった。

 SNSのトレンド欄。

 

 そこには、すでにいくつもの関連ワードが並んでいた。

 

『九頭龍瑠々』

『海の家』

『宗教弾圧はんたーい』

『海鮮炊き出し』

『ガンプラ信仰』

『触手負担』

 

 リオナは最後のワードを見て固まった。

 

「何で触手負担がトレンド入りしてるの」

 

 萌亜が画面を覗き込む。

 

「うわ、ルルイエ広告が地上にも漏れてる」

「漏れないで!」

 

 御門の顔がさらに険しくなる。

 

「情報汚染が一般SNSに流出している可能性がある。広報班、監視を強化しろ」

「了解!」

 

 リオナはスマホを握りしめた。

 自分はインフルエンサーだ。

 こういう時、ネットの流れの速さがよく分かる。

 

 馬鹿馬鹿しい言葉ほど広がる。

 危ないものほど、ネタとして消費される。

 そしてルルイエは、たぶんそれを分かっている。

 

「……これ、かなり厄介かも」

「うん」

 

 萌亜は珍しく真面目に頷いた。

 

「ルルイエって、直接殴るより、こういう方が嫌なんだよね」

「情報戦?」

「うん。夢と欲望と広告」

「最悪の三点セット」

「チョベリバ三種盛り」

 

 ゼルヴァードが不快そうに言った。

 

「地球の情報環境は脆いな」

 

 リオナは言い返そうとして、少しだけ黙った。

 それは否定できない。

 

 人は面白いものに飛びつく。

 怪しいものを笑いながら拡散する。

 自分も、ずっとその世界で生きてきた。

 

 だからこそ、分かる。

 九頭龍瑠々は危険だ。

 

 怪しすぎるのに、目を引く。

 馬鹿馬鹿しいのに、気になる。

 叩かれながら、さらに広がるタイプの存在。

 

 それは、SNS時代の怪異みたいなものだった。

 

「リオナっち」

 

 萌亜が声をかける。

 

「何?」

「顔こわい」

「考えてた」

「瑠々のこと?」

「うん。あの人、たぶん炎上の使い方分かってる」

「燃えて広がるタイプ?」

「そう。普通の人は叩かれると弱るけど、あの人は叩かれるほど話題になる。しかも、信者はそれを弾圧って受け取る」

 

 リオナはスマホを見つめる。

 

「かなり面倒」

 

 御門が静かに言った。

 

「姫咲リオナ。君の見解は重要だ。九頭龍瑠々の情報拡散について、後で意見を聞かせてくれ」

「はい」

 

 リオナは頷いた。

 気づけば、自分は完全に超対課の会議に参加している。

 ただのギャルインフルエンサーだったはずなのに。

 いつの間にか、終末存在のプロデュースをし、外宇宙情報汚染のSNS拡散を分析し、新興宗教の炎上構造まで見ることになっている。

 

「私の人生、だいぶバグってるな……」

「チョベリグ?」

 

 萌亜が聞く。

 

「チョベリバ寄り」

「そっか」

 

 萌亜は少しだけ笑った。

 

「でも、リオナっちがいてくれて助かる」

 

 リオナは一瞬、言葉に詰まる。

 

「……そういうの、急に言うな」

「ダメ?」

「ダメじゃないけど」

 

 カナメが小さく咳払いした。

 

「作戦会議中だ」

「照れてる?」

 

 萌亜が言う。

 

「違う」

 

 ゼルヴァードが呆れたようにため息をついた。

 

「どこへ行っても、この調子なのだな」

「ゼルくんももう慣れたでしょ」

「慣れていない」

「クッキー食べながら言っても説得力ないよ」

「これは補給だ」

 

 御門は、そんな一同を見て、胃のあたりを押さえた。

 

「……話を戻す」

 

 モニターには、竜宮城の推定座標が映っている。

 

 その隅に、小さく赤い警告。

 

『選定機関干渉、進行中』

 

 そして別画面には、ニュースで話題沸騰中の九頭龍瑠々。

 

 青い髪の女。

 新興宗教『海の家』代表。

 ルルイエの匂いをまとった、地上の厄介ごと。

 

 海の底では、竜宮城が狙われている。

 地上では、海を名乗る宗教が信者を増やしている。

 

 そしてその背後で、古い外宇宙の眠りが、少しずつ寝返りを打っている。

 

 萌亜は、もう一度テレビが消えたモニターを見た。

 

「やっぱ海、広すぎ」

 

 リオナが言う。

 

「今さら?」

「うん」

 

 萌亜は立ち上がる。

 

「でも、とりあえず竜宮城行こ。瑠々はその後」

「放置して大丈夫?」

「大丈夫じゃないかも」

「じゃあ」

「でも、竜宮城が先。選定機関が狙ってるから」

 

 萌亜の声は、珍しく真面目だった。

 

「あと、瑠々はたぶん向こうから来る」

「来てほしくない」

「分かる」

 

 ゼルヴァードが低く言う。

 

「ルルイエ系の者は、こちらが意識した時点で接続が始まることがある」

「嫌なこと言わないで」

 

 リオナが顔をしかめる。

 

 萌亜は指を鳴らした。

 

 ぱちん。

 

 会議室の空気が、一瞬だけ軽くなる。

 

「はい。変な接続切っといた」

「そんなWi-Fiみたいに」

「ルルイエのWi-Fi、繋がると最悪だから」

「絶対繋ぎたくない」

 

 御門が静かに言った。

 

「九頭龍瑠々については、監視を継続する。竜宮城作戦にも影響が出る可能性がある。全員、警戒を怠るな」

「了解」

 

 カナメが答える。

 

「ふん」

 

 ゼルヴァードが腕を組む。

 

「はーい」

 

 萌亜が手を上げる。

 

「了解です」

 

 リオナも頷いた。

 

 作戦会議は再開された。

 

 だが、リオナの頭には、あの青い髪の女の笑顔が残っていた。

 

 九頭龍瑠々。

 新興宗教『海の家』代表。

 怪しい。

 胡散臭い。

 磯臭い。

 

 なのに、人を惹きつける。

 地上に現れた、海底からの誘い。

 

 きっと、これで終わる相手ではない。

 

 その予感は、たぶん当たっていた。

 

     *

 

 同じ頃。

 

 都内某所。

 

 建設予定地に立つ仮設事務所の奥で、九頭龍瑠々はニュース番組の録画を眺めていた。

 

 画面の中の自分が、笑っている。

 記者たちを煙に巻き、信者たちを沸かせ、世間をざわつかせている。

 

 彼女は満足げに微笑んだ。

 

「うふふ。みんな、よく見てくださっていますわね」

 

 机の上には、宗教法人の書類。

 建設申請書。

 寄付金管理表。

 

 そして、未組立のガンプラの箱。

 限定版美少女フィギュアもある。

 

 瑠々はその箱を愛おしそうに撫でた。

 

「美は信仰。信仰は海。つまり経費ですわ」

 

 誰も突っ込まない。

 部屋の隅では、信者たちが黙々とチラシを折っている。

 

 そのチラシには、こう書かれていた。

 

『あなたも海へ還りませんか?』

『宗教弾圧はんたーい!』

『初回瞑想会無料♡』

『磯の香りに包まれる癒やしの時間』

 

 瑠々は窓の外を見る。

 

 夜の東京。

 乾いた街。

 光に満ちた、人間の都市。

 

 その下には水脈がある。

 その先には海がある。

 海の底には、眠るものがある。

 

「竜宮城、ですか」

 

 瑠々は、くすりと笑った。

 

「懐かしい名前ですわ」

 

 彼女の青い髪が、風もないのに揺れる。

 その影が、一瞬だけ触手のように伸びた。

 

「でも、いけませんわね。あそこはまだ、乾いた者たちに渡すには早い」

 

 机の上のスマホが震える。

 

 画面には、送り主不明の通知。

 

『深海より面接日程のご案内です♡』

 

 瑠々は微笑んで、通知を消した。

 

「面接するのは、こちらですわ」

 

 彼女は立ち上がる。

 

 その背後の壁に、青緑の影が揺れた。

 

 海藻のような。

 龍のような。

 触手のような。

 

 そのどれでもある何か。

 

「安藤萌亜」

 

 瑠々は、その名を楽しそうに口にした。

 

「恐怖の王さま。あなた、本当に地上のギャルになってしまいましたのね」

 

 笑みが深くなる。

 

「なら、見せて差し上げますわ」

 

 九頭龍瑠々は、窓の外の東京を見下ろした。

 

「海が、どれほどしつこいかを」

 

 その夜。

 

 都内の一部地域で、原因不明の磯の香りが観測された。

 

 通報件数、四十七件。

 

 超対課の胃痛案件が、またひとつ増えた。

 




第8.5話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、竜宮城編へ向かう前の幕間として、新キャラ・九頭龍瑠々が登場しました。

新興宗教『海の家』代表。

青い髪の蠱惑的な法衣の女性。

宗教弾圧はんたーい!と叫びながら、正式な行政手続きで都内に宗教施設を建設し、既存宗教に融和を呼びかけつつ信徒を奪い、公共電波で煽り散らかすかなり厄介な人物です。

しかも運営費でガンプラやフィギュアを買っても、しれっと開き直ります。

かなり俗っぽいですが、その俗っぽさこそがルルイエ系の嫌なところです。

夢、欲望、広告、炎上、信仰、スパム。

そういう人間社会の隙間に入り込んでくるタイプの外宇宙汚染として描いています。

瑠々本人はまだ敵か味方かは不明です。

少なくとも、ルルイエと深い関係があることは間違いありません。

そして、竜宮城についても何か知っているようです。

萌亜がげんなりしている通り、かなり面倒な相手になる予定です。

次回はいよいよ竜宮城編の本格開始です。

時間隔離型防衛機構。

乙姫に相当する管理者。

浦島太郎伝説の裏側。

そして、選定機関とルルイエの両方から狙われる海底宮殿。

地上は磯臭く、海底はもっと面倒になってきました。

それではまた次回。

宗教弾圧はんたーい。

……ではなく、チョベリグ。
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