俺は薄れ行く意識の中、懸命に記憶を辿っていた。だが体はその心に反し、次第に俺自身から意識を奪っていく。体中の血液が、外に漏れ出して行っているのだろう。
そういえば親父から、俺の生みの母親を紹介して貰えなかったな。俺はてっきり母親は死んだものだと思っていたのだが、どうやら親父とは生き別れになっていたらしい。親父と最後に飲みに行ったとき、今度紹介してやると言われていたんだが、残念ながら親父は虐殺されてしまった。戦場カメラマンである以上覚悟の上だったのかもしれないが、助けに行けなかったことが悔やまれて仕方が無い。上に行ったら真っ先に謝罪しに行こう。
もう痛みも感じなくなった。暗い…………そして寒い、ただただ寒い。瞼も重くなってきた。まるで睡魔に吸い込まれてしまうかのようだ。
死ぬ寸前というものは、案外気持ちの良いものなのだろうか。くそっ、もうあまたがまわらない。
…………潮時だ。親父…………………今行くからな。
「――――――――待ちなさい、
俺が重い瞼を完全に閉じてしまおうと思った時、突然女の声が聞こえた気がした。
「――――気のせいではありません、峯野 威。だから目は開けておきなさい。
俺は閉じかけた目を少し開けた。女の声は脳に直接呼びかけているかのように鮮明に、しかしぼやけて聞こえる。
「峯野 威。貴方は私の世界に必要な人間です。……………私の世界では、貴方しか成し遂げられない、役目があります。だから……………私の世界を救ってください。峯野 威」
「いや……………悪いが………………俺は、もう」
俺は消え入りそうな掠れた声を、ゆっくりと出した。
「いいえ、治療すればまだ間に合います。だから早く決断してください」
「……………あんたは………………何を」
声が声にならない。もう、これ以上は……………無理だ。
「仕方がありませんね、威………………良くお聞きなさい。私に付いて来れば、貴方の母に
――――――母?
「どういう………………ことだ?」
「言葉の通りよ。さあ、どうするの?」
………………母、か。会いたいか会いたくないかと聞かれれば、会いたい。親父も、会わせたかったみたいだしな。悪くない条件だと、俺は思う。
だが俺がその世界に行って、何の役に立つというんだ。大体その世界とは一体何なんだ。天国か、地獄か、黄泉の国か。分からない。だが、どうせこのままでも俺は死んでしまう。だったら
「……………分かった。どこにでも……………連れて…………行ってくれ」
「ありがとう、威。じゃあ行くわよ」
女がそう言ったかと思うと、突然目の前の空間が
女はおかしな傘を広げ、おかしな帽子をかぶり、髪は金髪、服は和服なのか洋服なのか良く分からない。
だがどこか妖艶な彼女は、姿勢を低くすると俺の血濡れた右腕を艶やかな左手で、優しくつかんだ。すると俺の体はまるで宙に浮いたかのように、女に強く手を引かれることもなく、赤い世界に吸い込まれていく。
俺はぼやけた視界の端に、敵が現れたのを確認出来た。敵は俺に銃口を向ける。しかしその敵が発砲した時、俺の体は完全に赤い世界に吸い込まれ、意識はそこで完全に途絶えてしまった。
「――――――――お帰りなさい……………威」
そんな女の声と共に……………。
*第壱章*
「死の直前」 了