神に、妖怪に触れることが出来る? 何を馬鹿げたことを。そんなことを認めてしまっては、世間、世界の
「まあ良いでしょう。貴方はまだ疲れている。無理に理解しようとせずとも、いずれ分かる時がくることでしょう。今はただ休みなさい」
「分かりました」
八意先生は諭すよう、優しい目をしてそう言った。俺はそれに頷き返す。
「それよりお腹が空いているでしょう? 暖かい食事が欲しくありませんか?」
「確かに…………腹が、空いているみたいです」
「そうでしょう。貴方は、点滴でしか栄養を取っていなかったのですから、当然のことです。今からこの子に食事を作らせますので、少々お待ちください」
「すみません、ありがとうございます」
今まで気づかなかった。そういえば、俺は3日間何も食べていなかったのだ。小さくなり過ぎた胃が、早く溶かす物をよこせと、痛みと欲求で訴えて来ている。
「では…………。行くわよ、うどんげ」
「はい、師匠。では峯野さん、失礼します」
そう言うと、二人は部屋の外まで歩みを進めた。やがて、部屋の外に出た鈴仙が、振り返り障子を閉める。障子の端同士がぶつかり合い、端正で綺麗な音を響かせた。二人の足音が、部屋から遠ざかっていく。
部屋には、やがて静謐が訪れた。この大きな部屋に居るのは俺だけで、外からは僅かな風と木の葉の音が聞こえてくる。
俺は自分の右腕に視線を向けた。閉じられた手をゆっくりと開き、やがて閉じる。痛みはない。だが、寝起きのような脱力感を感じた。
「生きて、いるのか?」
確証はない。だが己の生気は感じられる。生存の可能性は否定できない。だがなぜ生きているのだろうか。俺は確かにあの時、致命傷を負ったはずだ。生存しているなど、普通はありえない。生きているとすれば、俺を助けた奴が居るはずだ。
――――誰だ。誰が我が身を救ったというのだ。
敵か。いや、あそこまで非道な連中が、俺を救うなどありえない。では友軍か。俺ごときの為に、友軍がリスクを負って助けに来たというのか。いや、これもありえない。コントラクター同士、互いの命が最優先であることは掟である。軍隊のように、時には命を捨てて救出しに向かうなど普通はしない。これはコントラクターのみならず、傭兵の掟である。慈悲はあるが、無駄なリスクは負わない。悲しいが、崇高な目的ではなく、金の為に働く傭兵の姿である。
しかし、ならば一体誰が、誰が我が身を救ったというのか。もしかするならば、俺は神に救われたというのだろうか。馬鹿な。神は神であって、人とは直接干渉出来ない筈だ。不思議な力を使って人を救うことはあっても、常識を捻じ曲げてまで人を救うことは出来ない。例えば死を負わせるための弾丸を、捻じ曲げてまで人を救うことはできない。出来るとすれば、せいぜい偶然に偶然を重ね、敵の射線を逸らすか、撃たれる側が射線に立たないようにさせるかぐらいだろう。弾丸が世界の法則に従って直進し、人の頭を粉砕する事実を、覆すことは出来ない。それは、神が作った世界の法則をも、覆すことになってしまうからだ。
では一体誰が。誰が瀕死の俺を救ったと言うのだ。
そんな考えが、いつまでも俺の頭で堂々巡りを繰り返していた。それはまるで、科学では説明できない事柄を、適当な理由をこじつけて、つぎつぎに否定しているようであった。