やめ、僕 プラント√   作:星乃 望夢

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PHASE-04 バーニングPT戦場の絆オンライン

 

 バーニングPT。

 

「パーソナル・トルーパー」と名付けられた、実在しない人型機動兵器たちを操るこのアーケードゲームは、表向きは単なる新作対戦型ロボットアクションゲームとして、プラント全土のゲームセンターへと投入された。

 

 ゲーム開始時、全プレイヤーに初期実装として配布される機体は『ゲシュペンスト』シリーズを筆頭とする以下の5機種である。これらは単なる性能違いではなく、戦場における「役割」と「戦術」を明確に分類するための、極めて意図的なラインナップであった。

 

 ゲシュペンスト・タイプR

汎用性と生存率を極限まで高め、特に機動性を重視した標準機。左腕に固定装備された3本のプラズマカッターによる近接戦闘、手持ちの主兵装であるニュートロンビームによる中距離射撃をこなす。背部のコンテナには、オールレンジ攻撃が可能な自律誘導兵器『スラッシュリッパー』か、広範囲制圧用の『スプリットミサイル』を任意で選択して出撃できる。あらゆる局面に対応可能な、いわば万能の遊撃手である。

 

 ゲシュペンスト・タイプS

タイプRの基本骨格を流用しつつ、圧倒的な装甲厚と、胸部に内蔵された一撃必殺の固定火器『ブラスターキャノン』を主眼に置いた格闘戦特化型機体。高出力の固定火器を駆動させるためにジェネレーターが極端に強化されており、その有り余るパワー故に機体の挙動は非常にピーキー。プラズマカッター等の基本装備はタイプRと共通だが、「重装甲で耐え抜き、懐に潜り込んで力任せに殴り倒し、ゼロ距離でブラスターキャノンを放つ」という、戦線の突破力に特化している。

 

 シュッツバルト

ゲシュペンストのフレームをベースに、砲戦・後方支援に特化した重武装型PT。両肩のツインビームキャノンと両腕の3連装マシンキャノンにより、息もつかせぬ弾幕を張ることができる。その圧倒的な面制圧力の代償として歩行速度は極端に遅く、単機での近接格闘戦に持ち込まれると脆い。味方機との連携を前提とした定点火力支援機である。

 

 ビルトラプター

空戦能力と、高機動戦闘機への可変機構を備えた急襲型PT。航空機としての特性を活かし、超高空からのホーミングミサイルばら撒きや投下爆弾による爆撃を得意とする。人型形態ではハイパービームライフルによる強力な射撃と、プラズマカッターを用いた一撃離脱の近接格闘戦を行う。戦場の三次元的な制空権を握るための要となる機体だ。

 

 リオン

『テスラ・ドライブ』と呼ばれる推進機関を搭載し、ビルトラプターを凌駕する常識外れの高速飛行能力を有する。両肩のマシンキャノン、左腕のレールガン、右腕のミサイルポッドと中・長距離用の武装は一通り揃っているものの、決定的な弱点として「装甲が紙のように薄く、近接戦闘用の武装を一切持たない」。一発の被弾が命取りとなる、極限の回避と射撃精度を要求される玄人向けの空戦機動兵器。

 

 機動力で敵を翻弄しながら遊撃するか。

 

 重装甲に物を言わせて敵陣をこじ開け、ブラスターキャノンで焼き払うか。

 

 後方にどっしりと構え、弾幕で味方を支援するか。

 

 可変機構を駆使して空から戦場を蹂躙するか。

 

 それとも、被弾即撃墜の紙装甲と引き換えに、神速の機動戦で敵を圧倒するか。

 

 初期機体だけでも、プレイヤーにはこれほどまでに多彩で、操作感も戦術もまったく異なる戦い方が提示されていた。

 

 そして、この『バーニングPT』の真の恐ろしさは、単なる機体バリエーションの豊富さではなく、そのプレイモードの「規模」にあった。

 

 最小単位は、純粋な操縦技術を競う1対1のデュエル。店内対戦のローカル通信であれば最大6対6の小隊戦。

 

 だが、メインコンテンツとして用意されていたのは、量子通信ネットワークを介し、プラント全土の店舗間をリアルタイムで接続して行われる『51対51の大規模戦』である。

 

 この「51人」という一見すると中途半端な数字には、戦場の真理を突いた明確な意図があった。

 

 50人のパイロットに加え、残る1席は戦場を俯瞰し部隊を導く『代理指揮官』の席なのだ。

 

 指揮官枠に入ったプレイヤーは、機体を操縦する代わりに、戦場全体のホログラムマップを睨みながら、自軍の50人に対してチャットやボイスで直接指示を出すことができる。

 

 さらに『方面支援砲撃の要請』や、敵のレーダーを一定時間無効化する『広域ジャミングの散布』、戦線の維持に必要な補給物資の投下といった、戦術級のアクションを特権として実行可能。

 

 もちろん、指揮官を置かずに「50機+1機」の純粋な総力戦を挑むことも自由であり、指揮官枠が空いていれば、再出撃の画面から誰でも、いつでもその席に座り、戦局の立て直しを図ることができる。

 

 勝敗を分けるルールは、極めてシンプルかつ合理的だ。

 

 戦場には互いの軍に3箇所の「基地」が存在し、プレイヤーは任意の基地を選んで出撃する。

 

 勝敗は画面上部の『戦力ゲージ』で決まる。

 

 敵のPTを撃破すれば戦力ゲージは減少し、敵の基地拠点の耐久値をゼロにすれば、戦力ゲージを致命的に大きく削り取ることができる。

 

 また、基地を完全に破壊しきれずとも、与えたダメージ分はきっちりと戦果としてゲージに計上される。

 

 このルールが、プレイヤーたちに「単なる撃ち合い」ではない、高度な軍事的駆け引きを強要する。

 

 敵の目を欺き、手薄な防衛ラインをすり抜けて基地を単騎で急襲するいわゆる「ネズミ凸」。

 

 それを警戒し、防衛のために機動性の高いビルトラプターやリオンを後方に配置する。指揮官の合図で前線のシュッツバルトが弾幕を張り、その隙にタイプSの一団が一点突破の突撃をかける時間指定の部隊一斉攻撃。

 

 弾薬が尽きたり、自機の耐久値が危険域に達した場合は、最前線から離脱して自軍の基地へ帰還すれば、時間経過で補給と修復が行われる。

 

 無駄な撃墜による戦力ゲージの消耗を防ぐため、「生きて後方へ下がる」という撤退の判断力も、優秀なパイロットの条件として求められる。

 

 戦局を俯瞰するマクロの視点。

 

 機体を極限まで操るミクロの技術。

 

 兵站への意識。

 

 そして、見知らぬ他者と連携し、同じ勝利の目標へと向かう組織的行動。

 

 それはまさに、現実の戦争の状況を完璧にシミュレートし、大衆向けのエンターテイメントとして極限まで洗練させた『軍事教練プログラム』そのものであった。

 

 表向きは熱狂的なロボットアクションゲーム。

 

 だがその裏では、プラント中の人間が知らず知らずのうちにTC-OSへの膨大なモーションデータを提供しながら、実戦投入可能な「兵士」としての戦術眼と操縦技術を身体の芯まで叩き込まれていく。

 

 パトリック・ザラが「国民総教育訓練シミュレーター」と評したあの少年たちの遊びは、プラント全土を熱狂の渦に巻き込みながら、着実に、そして静かに、国家の防衛力を次元の違うレベルへと押し上げていくのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 統合設計局からの唐突な上申書を目にしたパトリック・ザラは、鼻でふっと短い笑いを漏らした。

 

 『バーニングPT』に実装された、多種多様で魅力的な機体群。あれらの実機開発に向け、ぜひともあのヤマト家の少年たちに正式な設計図面を引かせてほしいという、設計局からの泣き言のような依頼書だったからだ。

 

「……愚か者どもが。根本的な勘違いをしている」

 

 パトリックには痛いほど理解できていた。あの少年たちが、あれほどまでに多彩で突飛な人型機動兵器をゲーム内に『設定』できたのは、現実の厳密な図面を引く必要がなかったからこそなのだと。

 

 これまで軍に提出されてきた『フレック・グレイズ』やそのオプション群、『ロト』、『ドラッツェ』、そして『ミーティア』に『ガンナー』、『リフター』。

 

 あれらは純然たる『現実の兵器』として実戦投入することを前提としているからこそ、徹底したモジュール化による生産コストの削減、戦場の残骸の再利用、そしてMSをコアとして性能を後付けで拡張するという、制約の中で設計されていた。

 

 圧倒的な物量を誇るプラント理事国を相手に、プラントの乏しい資源状況でいかにして互角以上に渡り合い、生存率を高めるか。

 

 その極限のシビアな条件を突き詰めた最適解こそが、これまで彼らが提示してきた泥臭い兵器たちなのだ。

 

 逆に言えば、ゲームという純粋な娯楽の世界だからこそ、少年たちは資源の縛りや現在の技術的限界から完全に解放された。

 

「もしもコストの制約がなく、技術的な縛りがなければ、こんな機体アイデアだってある」──あの子たちは、あの仮想空間の中で無邪気にそう語っているに過ぎない。

 

 例えば、あの『リオン』という機体に設定されている『テスラ・ドライブ』。

 

 重力制御と機体の慣性質量を個別に変動させるという、まったく新機軸の架空の推進機関である。

 

 もしこんな魔法のようなシステムが現実に開発できたなら、モビルスーツの空気抵抗や装甲の重さなど一切関係なく、どんな形の機体であっても自在に空を飛べるという、まさに画期的な夢のシステムだ。

 

 それを単なる空想の産物だと切り捨て、彼らの想像力にただ感嘆し、あまつさえ「これを現実の図面にしてくれ」と丸投げしようとする統合設計局の大人たち。パトリックは、自軍の技術者たちのあまりの情けなさに呆れ果てていた。

 

 パトリックは手元の端末を乱暴に操作し、設計局の幹部たちへ向けて直通の通信回線を開いた。

 

『──委員長、少年たちからの図面の件は……』

 

「却下だ。貴様ら、一から十まで十三歳の子供の頭脳におんぶに抱っこで、技術者としての恥を知らんのか」

 

 通信越しに響くパトリックの氷のように冷たく、厳烈な一喝に、設計局の幹部たちは息を呑んだ。

 

「彼らが提示した仮想の技術にただすがる暇があるなら、そのアイデアを現実の物理法則に落とし込む努力をしろ。子供の想像力に負けず、貴様らは大人として、専門家としての意地を見せろ。プラントの未来を拓く画期的な図面のひとつでも、自分たちのその頭で引いてこい」

 

 そう言い捨てて通信を切る。

 

 あの子たちはすでに、プラントが生き残るための十分すぎるほどの防壁と戦術択を用意してくれた。

 

 ここから先、ゲームに散りばめられた「夢の技術」を現実に変えていくのは、大人の果たすべき責任であり矜持である。

 

 パトリック・ザラは、ディスプレイの中で躍動する仮想の機体たちを頼もしく見つめながら、プラントの大人たちを容赦なく叩き上げ、戦争という現実の泥沼を乗り越えるための強固な決意を新たにするのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ピピッ、と。静かな自室に、鋭い電子音が鳴り響いた。

 

 何事かと思ってキラが手元の端末へ視線を落とした瞬間、パシュッという短い排気音と共に、端末のスロットから物理プロテクト用のストレージ基板が強制的にイジェクトされた。

 

「……端末に、侵入されかけた?」

 

 驚きを隠せないまま、キラは即座に新しい予備の基板をセットし、自身の管理する極秘のプライベートネットワークへとアクセスした。

 

コンソールには警告を告げる無数のウィンドウが展開されており、彼が幾重にも施したはずの強固なファイアウォールに対して、現在進行形で外部からの侵入攻撃が試みられていることを示していた。

 

 攻撃の矛先は、システムの最深部を守る自動迎撃プロテクトだ。

 

 キラの仕込んだ迎撃プログラムが自動で防壁を再構築し続けているが、相手は余程優秀なハッカーなのだろう。

 

 プロテクトの解析と突破が、背筋が凍るような驚異的な速度で進められている。

 

 キラは目にも留まらぬ速さでキーボードを叩き、システムの応答時間を物理的に十分の一に切り替えて処理遅延を引き起こし、強制的に時間を稼ぐ。そのわずかな隙を突き、別経路を経由して侵入元のネットワークの逆探知を開始した。

 

「プラント内からのアクセス……?」

 

 念には念を入れ、プロテクトのアルゴリズムをより複雑なものへと即座に更新しながら、逆探知プログラムの走るモニターを睨む。

 

 驚くべきことに、その高度なサイバー攻撃を仕掛けてきているのは、統合設計局や軍の専用回線からではなく、プラント内のごく一般的な『民間回線』からであった。

 

「まさか……ね」

 

 モニターの光に照らされたキラの脳裏に、前世の記憶に基づく『ある一つの可能性』がチラついた。

 

 優秀で目立つ姉の陰に隠れがちだが、情報処理においては天才的な才能を秘めている妹。

 

 平時から軍の最高機密ネットワークにハッキングを仕掛けて覗き見ることを「趣味」としている、危ない橋を平気で渡る一人の少女の存在を、キラは一方的にではあるが知っていた。

 

 年代的に考えれば、今の彼女はまだせいぜい九歳か、十歳そこらの幼い子供のはずだ。

 

 未来のザフト軍・情報オペレーターの幼き日の『規格外の才能』を画面越しにまざまざと見せつけられ、キラはただただ、呆れと感嘆の入り混じった溜息をこぼすしかなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 仄暗い自室の中、幾つものモニターが放つ青白い光だけが、まだ幼さの残る少女の横顔を照らし出していた。

 

 メイリン・ホーク。

 

 ルナマリアという、明るく社交的で何をやらせても優秀な姉を持ち、物心ついた頃から周囲に比較されてきた彼女は、いつしか「姉には絶対に出来ないこと」を探し求めるようになっていた。そして行き着いたのが、無数の情報が奔流する『電子の海』へと深く潜ることだった。

 

 最初は、ただの好奇心と腕試しに過ぎなかった。市庁のサーバーにアクセスしてパズルのように暗号を解いたり、立ち入り禁止のデータベースをこっそり覗き見たりする程度の軽いもの。

 

 しかし、彼女の底知れぬ情報処理能力は留まることを知らず、ここ最近はザフト軍の厳重な軍用サーバーにまで、足跡一つ残さずに潜り込めるようになっていた。

 

 そんなある日、彼女のアンテナにある奇妙な情報が引っかかった。

 

 現在、プラント全土を熱狂の渦に巻き込んでいるアーケードゲーム『バーニングPT』。

 

 その企画・開発のコアにアクセス権を持つ二人の少年、アスラン・ザラとキラ・ヤマトである。

 

 ただのゲーム開発者ではない。

 

 軍の深層データベースにおいて、彼らは国防委員会直轄の『最高機密』および『最優先護衛対象』としてトップナンバーに指名されていたのだ。

 

(国防委員長のザラ委員長の息子、アスランって人はまだわかる。でも……)

 

 メイリンはキーボードの上で指を滑らせながら、モニターに映るもう一人の少年のデータを睨みつけた。

 

(ただの一般家庭の、ごく普通の男の子、『キラ・ヤマト』が、どうしてそんな国家の最重要人物みたいな立場にいるの?)

 

 純粋な疑問だった。プラントの裏側で何が起きているのか。

 

 この「キラ・ヤマト」という少年は一体何者なのか。

 

 その隠された真実を知りたくて、メイリンはいつものように市庁のサーバーを幾重にも経由し、IPを偽装しながら対象のプライベートネットワークへとアクセスを試みた。

 

 しかし、そこで彼女を待っていたのは、これまで彼女が容易く突破してきたザフト軍の正規サーバーの壁など比べ物にならない、異常なまでのセキュリティだった。

 

「……なにこれ」

 

 メイリンの目が、驚きに大きく見開かれた。

 

 統合設計局や情報部のシステムとは根本的にアルゴリズムが違う。

 

 彼女がクラッキングのコードを流し込む端から、その防壁はまるで意思を持った生き物のように自らを瞬時に組み替え、複雑怪奇な暗号の迷路を作り出して侵入を阻んでくるのだ。

 

 それは間違いなく、規格外の天才の手によって構築された『専用の要塞』であった。

 

 普通ならば、これほどの異常な防壁に触れた時点で「やばい」と察して即座に撤退すべきだ。相手が本気で逆探知(トレース)を仕掛けてくれば、自分の居場所などあっという間に特定されてしまう。

 

 だが、電子の海において誰よりも優れた頭脳を持つと自負していたメイリンにとって、この未知の分厚い壁は、恐怖よりも先に彼女の『ハッカーとしての本能』を強烈に刺激してしまった。

 

「ふふっ……面白そう」

 

 誰の目にも触れず、たった一人で世界中の鍵を開けてきた天才少女の口元に、好戦的な笑みが浮かぶ。

 

 この壁の向こうに、一体どんな途方もない秘密が隠されているのか。

 

 自分が今、プラントの軍事バランスを根底から支配しつつある「本物のバケモノ」の尻尾を踏みつけようとしていることなど知る由もなく。

 

 メイリン・ホークは、純粋に目の前の難問を解くような無邪気な感覚で、キーボードを叩く速度を限界まで上げ、キラ・ヤマトの要塞へと真っ向からアタックを開始したのだった。

 

 最初にアタックを仕掛けた時の感触は、思いのほか軽かった。

 

 電撃的にシステムの深層、コア付近まで一気に潜り込めたのだ。「なんだ、大したことないじゃない」とメイリンの口角が上がった次の瞬間──バツンッ!という手応えと共に、見えない巨大な手に弾き飛ばされるようにセキュリティホールから閉め出された。

 

 そのまま、目の前のモニターに展開されていたファイアウォールが、まるで独自の意思を持って自己進化を繰り返すように、その場で次々と暗号アルゴリズムを複雑化させていく。

 

「……ふーん、やるじゃない」

 

 だが、それくらいなら軍用の高度な防衛プログラムでもよくあることだ。

 

 メイリンは特に不思議には思わず、むしろ手応えのある玩具を見つけた子供のように目を輝かせ、次なる暗号の解析コードを猛然と叩き込み始めた。

 

 しかしその途中で、先ほどの自動防衛とは明らかに異質の、強固で、隙がなく、それでいて暴力的なまでのセキュリティロックが上書きされる。

 

 まるで『お遊びはここまでだ』と、向こう側にいる「誰か」が直接手動で門を閉ざしたかのような、圧倒的なプレッシャー。

 

「ちょっと、なにこの構造……どうなって──」

 

 メイリンがこの得体の知れないセキュリティロックをどう突破してくれようかと頭を悩ませていた、まさにその時だった。

 

「メイリーン、アンタに電話〜」

 

 一階から、姉であるルナマリアののんきな声が響いてきた。

 

「今ムリ〜、手が離せないの〜」

 

 メイリンはモニターから一瞬たりとも目を離さず、暗号の羅列を睨みつけながら適当に言い返した。

 

 今、自分の思考を1ミリでも止めたら、この勝負に負ける気がしたからだ。

 

 パタパタと階段を上がってくる足音。そして、部屋のドアが開き、子機を持ったルナマリアがニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて顔を覗かせた。

 

「なんかパソコンの事で訊きたいことあるってさ。というか、いつの間にボーイフレンドなんて作ったのよアンタ」

 

 ルナマリアは面白そうにメイリンの脇腹を肘でグリグリと小突く。

 

 しかし。

 

 その言葉を聞いた瞬間、キーボードの上で軽快に踊っていたメイリンの指先が、空中でピタリと凍りついた。

 

(……パソコンの事?)

 

(ボーイフレンド……同年代の、男の子……?)

 

 自分が今、何をしているか。

 

 市庁のサーバーを踏み台にし、幾重にもIPを偽装し、絶対の匿名性を保ったまま、プラント最高機密の「誰かの要塞」を攻撃している真っ最中なのだ。

 

 それなのに、たった今、自宅の回線に、自分を名指しして電話がかかってきた。

 

 それはつまり。

 

 相手が自分の攻撃をいとも容易く防いだだけでなく、このほんの数十秒の間に、自分が仕込んだ数多のダミーとプロキシをすべて秒殺で逆探知し、ホーク家の物理的な住所と個人の連絡先を完全に特定した上で──『直接コンタクトを取ってきた』という、異常すぎる事実を示していた。

 

 サーッと、足元から急速に血の気が引いていく。

 

 ドクン、ドクンと、自分の心臓の音だけがやけにうるさく耳の奥で鳴り響いた。

 

「えっ……あ……」

 

 喉が干上がり、まともな声が出ない。

 

 姉の目にはただの「彼氏からの電話に照れて固まっている妹」にしか見えていないだろう。だが、メイリンの頭の中は純粋な恐怖で真っ白に塗りつぶされていた。

 

 先ほどまでの万能感と無邪気な好奇心は完全に消し飛び、自分が絶対に手を出してはいけない、電子の海の奥深くに潜む本物の『怪物(バケモノ)』の尾を踏み抜いてしまったことを、十歳の少女はその時ようやく思い知らされたのだった。

 

 

 

 

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