破典聖杯戦争 ~黒髭エドワード・ティーチがオタ落ちした日~   作:若槻 風亜

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【Fate】最終章 友よ、さらば【破典聖杯戦争】⑥

 全ての音が消え去り静まり返る港。遠くで船の汽笛が聞こえた。

 

 ややあって、正気を取り戻したアウロラは怒りのままに歩きだす。向かう先はシャーロット――ではなく、その脇に横たわる健人の死体。

 

「ああああ冗談じゃないわよこのゴミムシ共! 揃いも揃ってっ、私を不快にさせて!!」

 

 何の躊躇もなく、何の罪悪感もなく、アウロラは健人の死体を蹴り上げた。

 

「なっ、何を……っ! やめなさいアウロラ・ハイブリッジ! 亡くなった人になんてことを」

 

「うるさいっ! セイバー!」

 

 鋭く呼ばれ、セイバーが無表情のままアウロラとシャーロットの間に立ち、シャーロットに剣先を向ける。くだらないことをしている、とその顔に書いてあるのに、セイバーは彼女の命に応じた。

 

 応じざるを得ないのだと、シャーロットは知っている。彼女は令呪を一画使い、彼に絶対服従を命じている。だからアウロラは、何の恐れもなくサーヴァントをモノ扱い出来ているのだ。

 

「邪魔するならあんたも腕を奪って殺すわ。わたくしはね、今心の底から腹が立っているのよ。たかが一般人が、芸術性の欠片もない低俗なものに縋って無駄に時間を使っている屑が、よりにもよってこの誇り高きハイブリッジ家の娘であるわたくしの邪魔をした。やっと、やっとお爺様に認めていただけたのに。あの男とは違うんだって、証明出来るのに――! こんなの、死んでも、許されることじゃないのよ!」

 

 何度も何度も、アウロラは健人の顔を、体を、蹴り続ける。狂気に見え隠れする幼い感情。シャーロットには、アウロラのそれに心当たりがあった。

 

 シャーロットは元々オーストリアにあるアトラス院の支部に所属していたが、見識を広めるため、現在はロンドン支部に所属している。時計塔がぐっと間近になるロンドンでは、所属が違っても様々な話が入ってきた。裏取りがされたものからただのゴシップまで、その内容は多岐に渡る。

 

 そして入ってきた話題の中のひとつが、ハイブリッジ家の醜聞。

 

 ハイブリッジ家の現在の当主はアウロラの祖父であり、次代はアウロラの母と目されている。醜聞の主は、その婿として入ってきたアウロラの父だ。

 

 魔術回路だけは非常に優秀だったという彼は、アウロラがまだ幼い頃事故に遭いかけた一般人を助けるために呆気なく命を落としたのだという。

 

 それだけでも魔術師としては醜聞なのだが、死後彼の部屋から大量の漫画本が見つかったことが更にそれに拍車をかけた。俗物にかまけて研鑽を怠った愚か者。ハイブリッジ家当主は婿をそのように断じ、部屋にあった全ての物を焼き払ったのだという。

 

 その後アウロラの母とアウロラがしばらくの間苦労をした、という話も聞いた。今アウロラが怒りに溺れているのも、そのことが原因のひとつなのかもしれない。

 

 予想はついたが、それは遺体を傷つけていい理由にはならない。シャーロットはどうにか止められないかと手を伸ばしかける。だが、冷たい目をしたセイバーが動いた先から剣先の位置を変えてきた。それ以上動けば斬る、と、言葉なく伝わってくる。

 

 狂気の現象を、止めたくても止められない。メスメルはせめてとばかりにシャーロットの前に立ち両手で耳をふさぎ、その凶行から目を背けさせた。

 

 しばらくして、アウロラは大きく息切れしながら動きを止める。足元の健人はひどくボロボロになっており、顔は最早見る影もないほど歪んでしまっていた。

 

 耳をふさぐのをやめたメスメルは、それでも「見ない方がいい」とシャーロットに忠告する。反射のように逆らおうとしたシャーロットだが、その言葉が従うべきものだと理解し、メスメルのコートを強く握って目を逸らした。

 

「――セイバー、何をぼうっとしているの?」

 

 息が整った頃、アウロラが静かに呟く。

 

「……何がだ」

 

 冷めたままの声でセイバーが言葉の意味を問うと、アウロラは健人を蹴り続け汚れた足を指差した。

 

「虫の血で主人の足が汚れたのよ。さっさと拭きなさいな」

 

 見下す笑顔と感情の無い目がぶつかり、しばしの無言が流れる。

 

 ややあって、セイバーは歩き出し、その前に跪くと、袖で靴についた血を拭おうとした。しかしそれをアウロラは止める。何だ、セイバーが目を向ければ、アウロラは邪悪な笑みで指を差した。――セイバーが身に着ける、威風堂々たる赤きマントを。

 

「それで拭きなさい。今のあなたは王じゃなくて、わたくしのサーヴァントなのだから」

 

 無礼で、不遜。普段灰色のセイバーの双眸は、一度燃え滾るような殺意を宿して赤く染まる。しかし、次の瞬間には一切の感情を落としたように表情をなくした。

 

 物言わずその前に膝をついたセイバーは、マントでアウロラの足について健人の血を拭う。少しして拭けるだけの血を拭き終わり、セイバーが立ち上がった。見下ろしてくる主とも思わぬ冷たい瞳を、アウロラはこともなげに見返す。

 

「不満げねぇセイバー? でも興奮するのは避けた方がいいわ。あなた、昔は脳に弾が詰まって、昂っただけで死んだのでしょう? また自滅して終わるだなんて恥さらしな終わり方はやめてちょうだいね。……あぁ、今はその頃より若い姿だから大丈夫なのかしら」

 

 クスクスと、麗しい顔に醜悪な笑みを浮かべるアウロラ。僅かにセイバーの眉根のしわが濃くなるが、怯えるどころかむしろ満足そうに笑みを深めてアウロラは長いスカートを翻した。

 

「さあ、行くわよセイバー。当てが外れたけど仕方ないわ。多少情けなくても許してあげる。最優のサーヴァントの実力、我が一族の栄光のために使い切りなさい」

 

「……私は、サーヴァントとしてやるべきことをやるだけだ」

 

 硬い声で返された言葉を鼻で笑ってから、アウロラは思い出したように首だけシャーロットを振り返る。

 

「また今度作戦会議でもしましょうねシャーロット。大丈夫よ、量産品が召喚出来た程度のサーヴァントが落ちたくらいじゃ、まだわたくし達は負けないわ」

 

 それじゃあね、とアウロラは来た時同様再び暗闇に消えていった。残されたシャーロットは健人の死体を直視出来ないまま、メスメルのコートを引っ張る。

 

「……キャスター、ミスター中原の遺体を、どうにかしてあげられないかしら……?」

 

「……残念だがシャーロット、それはやめておいた方がいい。君の気持ちはもちろん分かるとも。中原少年はとてもいい子だった。その人柄を考えれば、こんな終わり方であっていいはずがない。だが、今でさえ呪いに魔術、そして錬金術を受けた身だ。これ以上魔術的行使をしたら、痕跡が残りすぎてしまう」

 

 優しく、寄り添いながら、しかし明確に出された「否」。けれど錬金術師として培ってきた思考能力が、それを正しいと認めてしまった。

 

 それでも心が納得出来ずに何も言えずにいると、メスメルはシャーロットの両手を優しく掴み、そっと組み合わせる。

 

「錬金術師の君にとって、神に祈ることは理屈に合わないだろう。だが、これは心と感情の話だ、シャーロット。君の心を納得させるためにも、祈るといい。神でなくてもいい。太陽でも、星でも、あの海賊でも、彼の母君でも、そうだな、私でもいい。君の心のために、さあ、目をつぶって」

 

 促され、シャーロットは緩く組んでいただけの両手をしっかり組み合わせ、それを額に当てて深く目をつぶる。

 

 生まれてから初めて、シャーロットは祈りを捧げた。相手は特に考えられなかったけれど、救えなかった謝罪を、そして、どうか健人という存在が少しでも報われますようにと、心の底から、そう祈る。

 

「――ありがとう、キャスター。もう大丈夫よ」

 

 月の位置が変わる頃、シャーロットは顔を上げた。目の端が赤いが、それをわざわざ指摘するほどメスメルも無粋ではない。

 

「ああ、それでは心苦しいが……帰ろうか。遺体は明日の朝一にでも発見してもらえるようにそちらの道に意識改編の魔術を張っておこう」

 

 言下メスメルはシャーロットの肩を抱いて歩き出す。それが視界に健人の遺体を入れないための心遣いだと気付いたので、シャーロットも拒否せずに歩き出した。

 

「……この先私たち、本当にこの聖杯戦争をやっていけるのかしら」

 

 私たち、というのが自分たちのことではないと分かっているメスメルは、問われた意味を過たず受け止める。

 

「出来るとも。……と、言いたいところだが。さて、どうだろうか。アーチャー組とランサー組は問題なかろうが、やはりセイバー組だ。あそこは周りともだが、当人たち同士が全く上手くいっていない。私は先程、アルモニカを引き続けていただろう?」

 

 問われ、シャーロットは静かに頷いた。

 

 健人の死亡直後、ティーチがメスメルに頼んだのは「アルモニカであの女の警戒心をほんの少しだけ緩めろ」という内容だった。

 

 彼がその前に宣言した通り、彼には最早セイバーはおろかアウロラを殺す魔力すら残っていないのは分かっていたので、メスメルはそれに応じたのだ。バレたら「皆の気持ちを落ち着けたかったのだ」という言い訳がギリギリ通るくらいの魔力量と内容で。しかし

 

「あの時、セイバーは私がアルモニカを引いていたことに気付いていたよ。だが、それを咎めるでもなく、アウロラ嬢に注意を促すでもなく見て見ぬフリをした。……いつか致命的な場面でそういうことが起こらないかと、私はそれが心配だよ」

 

 重い溜息をつくメスメルに、シャーロットは「その通りね」と同意を示す。それを忠告したくても、きっとアウロラは耳を貸さない。彼女はシャーロットの家が自分の家より家格が高く歴史が古いのでそれなりの礼儀を払っているが、シャーロット自身のことは「自分の方が優秀」と信じ見下していた。

 

 それが目に見えて分かっているから、シャーロットもメスメルも今後のことを考えると気が重い。

 

 どうしたらいいのか分からないまま、聖杯戦争の夜は静かに拭けていく。

 

 

 




ここまでお読みいただきましてありがとうございます。

破典聖杯戦争としてではなく、健人とティーチの物語のエピローグとして、この後健人の父親視点のエピソードが1話入ります。良ければお読みくださいませm(_ _)m


また、破典聖杯戦争の設定をまとめたものがあるので、こちらもご興味ありましたらお読みいただけると嬉しいです。破典聖杯戦争がその後どうなったかが記載されています
https://syosetu.org/novel/416214/
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