月想曲(MELTY BLOOD(無印))   作:橘つかさ

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第1話

 

 ふと耳にした吸血鬼の再来。

 街でささやかれる様々な噂。

 どれも主体性に欠け、矛盾だらけ。

 でも、わかることもある。

 噂の元はあの事件だということ。

 事件は解決したはずだった。

 ……大きな代償を払って。

 

「ふう……」

 

 居ても立っても居られなくて、気づけば俺は毎晩屋敷を抜け出していた。

 都古ちゃんからもらった身代わり人形をベッドにセットして。

 毎晩屋敷を抜け出すのは、少々キツいことだったりする。

 秋葉、琥珀さん、翡翠に感づかれないように普段の生活も気をつける必要がある。

 うたた寝なんかしたら疑われかねないから。

 でも、細心の注意を払っている甲斐もあって、気づかれている様子はない。

 もしかすると俺には演劇の才能があるのかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は夜の帳が支配する静まり返った街を徘徊する。

 噂の主を探すために。

 月の光は毎晩変わらず平等に、地上を照らし続ける。

 俺にはその光が冷たく、寂しく、そして痛かった。

 チリチリと偏頭痛にも似た痛み。

 痛みの原因が何か分かってる。

 俺の罪だ。

 

「どうしたのですか志貴」

「――ッ! シオン、いつの間に」

 

 思い出した過去を悔やんでいる間にシオン――今噂になっている吸血鬼を追っている錬金術師――が目の前に立っていた。

 彼女は吸血鬼化を治療する方法を研究している。

 吸血鬼化の治療が出来れば、あんな事に──

 

「志貴、すでに定刻より十三秒過ぎています。志貴がわたしに気づいた様子がなかったので、こちらからアクションを起こしてみました」

「ご、ごめん。今回の吸血鬼について考え込んでたみたいだ」

「本当ですか?」

 

 シオンの意味ありげな表情。

 俺の返答に対して指摘をされているような気がした。

 まるでついさっきまで考えていた事が見透かされているようだった。

 

「そのさ、今回の吸血鬼って、どんなヤツなの?」

 

 俺は誤魔化すように話を切り出す。

 シオンはため息をついて、呆れたような顔で俺を見てくる。

 何となく分かる。

 きっと『私の話を理解できるのですか?』とか思ってる。

 

「聞くからには理解してください」

 

 ほら、やっぱり。

 ぞうは言ってもシオンの言い回しが固すぎるんだよなぁ。

 それにわざと難しく説明しているように思えてくるし。

 そもそもシオンは知識を喋るだけだから理解しにくいんだよ。

 例えるなら、授業で先生が黒板に淡々とチョークを走らせ、それを黙々と写していくだけで理解しろって言われている感じだ。

 

「いいですか志貴! わたしの説明が悪いのではなく、あなたの知識の貯蔵、理解する意欲が問題なのです! わたしに非があるのではありません!」

「……」

 

 突然、シオンが声を張り上げた。

 いきなり過ぎたので、俺はただただ呆気に取られてしまう。

 俺は呆然とシオンを見つめる。

 何故、いつもはクールなのに、この手の話題だと彼女は熱くなるんだろう。

 

「わかりましたか! ……コホン」

 

 こちらの様子に気づいたのか、シオンは誤魔化すように咳払い。

 そして、キリッと表情を引き締める。

 だだし、高揚して赤らんだ頬は戻せていない。

 

「いいですか、志貴。ここ三咲町に噂されている吸血鬼ですが――」

 

 シオンが今回の吸血鬼について、堅苦しい言葉を使って説明してくれた。

 欠伸でもすれば激昂されること間違いなしなので、必死に耐えた。

 

「――。分かりましたか、志貴」

「えーっと、つまりタタリは固有の実体がなく、噂によって姿が変わるってことでいい?」

 

 自分なりに精一杯、頭を使ってシオンの説明をまとめてみた。

 シオンはやや不満げな顔をしている。

 

「……まぁ、志貴にこれ以上を望んでも時間の無駄でしょう」

 

 なんか腹たつな。

 他に言いようがないのかな。

 エリートだからといって偉そうに。

 

「エリートで悪かったですね。それよりもそう思う前に自分を磨く努力をするべきです」

 

 ……何でわかるのかな。

 

「志貴が正直すぎるからです」

 

 断言されてしまった。

 そんなに顔にでるのかな、俺って。

 

「とにかくタタリは最も浸透した噂を纏います。また結界のようなものをこの街に展開しています。噂がささやかれているのもそのためです」

 

 一旦、シオンが言葉を切る。

 

「志貴は特別です。志貴が強く認識してしまうとタタリがその認識にひかれる可能性があります。噂の元は前回の事件です。志貴はその事件に深く関わっています。また吸血鬼にも噂でなく、はっきりとした認識を持っている。つまり志貴は影響力が大きいということです」

 

 その言葉に胸がざわめく。

 前回の事件。

 街に現れる不可解な死体。

 真っ赤な血。

 非日常の連続。

 そして――

 

「シオン!」

 

 突然、シオンの体が傾く。

 顔面蒼白だ。

 ぐったりと力なく、呼吸も荒い。

 

「!」

 

 姿がダブる。

 あの時もここで彼女を抱きかかえた。

 クラスの人気者だった彼女。

 護れなかった彼女。

 

 彼女を──

 ここで──

 自分が──

 

 殺した。

 

「ッ!」

 

 頭が痛い。

 

 光景が、あのときの感触、血のにおい──

 声が、息づかい、笑顔──

 

 ──────────そして、涙。

 

 ハッキリ思い出さないように、蓋をしていた記憶。

 その全てが溢れ出し、鮮明に蘇ってくる。

 坂道を転がるボールの様に、動き出してしまえば止めることは出来なかった。

 動き出してしまえば止まることなく廻り続ける。

 

 暑い一夏の儚い噂。

 実体のない噂。

 噂を纏って一夜のみ姿を顕す吸血鬼。

 そして、纏う姿は俺が殺した──

 

「――! 志貴、だ……め……影響が……ありすぎ……る……」

 

 シオンの声が聞こえる。

 その声はどこか遠くから響いているようだった。

 頭でシオンの言葉を認識できない。

 全身から伝わってくる。

 空間がざわめいているのが分かる。

 それでも静かに照らし続ける月の下で、俺は動くことも思考を止めることも出来なかった。

 背後から近づく気配が産まれた。

 

 この気配は──

 

 何度もシオンの説明が脳裏で繰り返される。

 

「遠野くん」

 

 汗が噴き出す。

 動悸が早まるのが分かる。

 ありえない。

 

 ──否定できない。

 

 背中に冷たい汗が流れる感触。

 俺はぎこちない動きで、背後を肩越しに確認する。

 

「こんばんは。また、会えたね」

 

 微笑む少女の姿。

 同じ学園の制服にツインテールの髪型。

 あの時と同じ姿。

 

「なっ! 弓……塚」

 

 あの事件のため、この世に存在することができなくなった少女。

 自分が護ることが出来なかった少女。

 彼女がゆっくりと近づいてくる。

 体が動かない。

 思考がこの出来事に追いついていない。

 

「今度はちゃんと仲間にしてあげるよ」

 

 少女の唇が俺の首筋に──

 

 ――パン!

 

 乾いた音が静寂に轟く。

 地面に穴が穿たれる。

 先ほどまでそこにいたはずの少女は、やや離れた場所で恨めしそうな目をして立っていた。

 闇の中、紅い瞳を爛々と輝かせながら。

 彼女の頬には紅い筋。

 

「志貴に近づくな……ワラキアの夜」

 

 ゆらりとシオンが立ち上がった。

 うつろな思考に響く炸裂音。

 瞳には次々に地面が爆ぜるのが映る。

 

「あなたはわたしと遠野くんの仲を邪魔するの?」

 

 ころころと愉快そうに笑う少女。

 シオンは応じず無言で空になった弾倉を投げ捨てる。

 新しい弾倉を素早く装填する。

 その音がやけに大きく響く。

 シオンは滑らかな動作で少女に拳銃の銃口を向ける。

 彼女の腕は微動すらしない。

 まるで精密機械のようだ。

 

「猿芝居は止めなさい、ズェピア」

 

 シオンが不快そうに眉を寄せる。

 そして、表情の鋭さが増す。

 

「エルナムの娘はノリが悪いね」

 

 シオンの頬がわずかに引きつる。

 

「せっかく遠野くんが願ったんだから」

 

 わざと拗ねたような仕草を交えて喋る少女。

 

「黙りなさい!」

 

 ――炸裂音

 

 シオンの拳銃から硝煙が上がる。

 弾丸はその威力の全てを持って少女に襲い掛かるはずだった。

 

 ――甲高い金属音

 

 弾丸は外灯にあたり、跳弾した。

 確かに少女はその外灯の前に立っていたはずなのに。

 人ではありえない反射速度。

 人外の能力。

 これが夜の支配者たる吸血鬼の力。

 炸裂音が続く。

 そのたびに闇を影が走る。

 それを追うように地面に穴が穿たれていく。

 少女の表情はボールでも避けているような軽い足取りだった。

 

「もうおしまい?」

 

 少女の無邪気な笑顔。

 

「ちっ」

 

 シオンが腕を払う。

 闇の中、光が宙を走る。

 遅れて街路樹の枝が音を立てて地面に落ちた。

 

「まだまだだね。今度はこっちからいくね」

 

 弾かれたように少女の姿がシオンに迫る。

 まるでカタパルトから発射されたようだった。

 

「くっ!」

 

 シオンが引き金を引く。

 

「ふふふっ」

 

 少女の楽しそうな笑い声と炸裂音。

 同時にシオンの身体がくの字に曲がる。

 

「夜の加護を受けている割には弱いね。そんなことでは後継者にふさわしくないよ」

 

 一般人の肉眼では姿を捉えることが出来ない動き。

 空間に残像を描きながら少女が動く。

 シオンの身体が見る間もなくボロボロになっていく。

 

「ふふふっ、魔術師は久々だよ。魔術回路は少ないけど、蓄えは十分みたいね。安心してわたしの糧になってね」

 

 一方的ともいえる暴力を振るいながら、少女は何気ない日常会話のようにシオンに声をかける。

 教室で見かけた友達と話す弓塚の雰囲気と変わらない。

 

「もう終わりでいいよね、エルナムの娘」

 

 片膝をついたシオンに、少女が手を伸ばす。

 シオンにトドメをさすつもりだ。

 シオンを助けなければ……。

 どうやって?

 またあの少女を、弓づ──

 

 ──違うだろ。

 

 誰かが言った。

 

 ──アレは人じゃない。

 

 心臓が大きく跳ねる。

 頭が割れるように痛い。

 

 ──化け物は、壊してしまえ。

 

 やめろ!

 

 ──我慢する必要はないだろ。そのための力があるんだ。

 

 意識が何かに侵食されていく。

 自分であり、異なる意識に。

 

 ──壊してしまえ。

 

 化け物を。

 

 ──躊躇うな。

 

 ただ線をなぞるだけだ。

 ──さあ、いくぞ。

 

 ズボンに入れていた七夜と銘の入ったナイフを取り出す。

 月光を受けた刃が闇の中で銀色に浮かび上がる。

 

「予想外の姿になったと思ったけど、この身体の秘めた潜在的ポテンシャルの高さは素晴らしいよ。かつての自分を凌駕しているから」

 

 ギリギリとシオンの首を締め上げ、化け物が嬉しそうに笑う。

 頭が痛い。

 ドロリとした血が逆流しているようだった。

 眼球の奥が圧迫される。

 先生からもらった眼鏡をかけているはずなのに。

 

 ──見える。

 

 世界にはツギハギされたように無数の線がはしってる。

 この線をなぞるだけで全てを壊す──殺すことができる。

 脳が悲鳴を上げている。

 膨大な『死』の情報のためだ。

 それから引き起こされる苦痛よりも身体を支配するものがある。

 殺人欲求──無機有機を隔てることなく全てを殺すことが出来るから殺人願望というべきか。

 それは甘美な快楽だ。

 

 ──殺せ! 殺せ! 殺せ!

 

 ふらりと立ち上がる。

 身体が軽い。

 

 ──ころせ! ころせ! ころせ!

 

 自分の体が異質なモノに感じる。

 

 ──コロセ! コロセ! コロセ!

 

 今、自分の身体を動かしているのは、本当に自分なのか。

 血を這うように、重心を落として走る。

 

 この苦痛の原因は?

 この欲求の原因は?

 

 ──原因? 悩む必要などない。

 

 原因は、あの二人だ。

 排除するだけだ。

 あとは何も考える必要はない。

 体が、脈々と受け継がれた血が自分の成すべきことを知っている。

 

「それとも、わたしと一緒に遠野くんの血を啜る? まだなんでしょう。認めてしまえばどれだけ楽なものか」

 

 軽々とシオンを持ち上げる化け物の姿。

 華奢な見た目からは考えられないほどの怪力。 月の光に照らされたデタラメな構図。

 

「ふっ」

 

 呼気とともにナイフを走らせる。

 

「なっ!」

 

 慌てて飛びのく化け物。

 線をなぞり損なった。

 なかなか楽しませてくれそうだ。

 

「と、遠野くん、いったいどうしたの?」

 

 怯えとも驚きともつかない表情で俺に声をかけてくる。

 そんな顔したからといってこの俺が手加減すると思っているのか。

 

「わたしをもう一度殺すことができるの?」

 

 くだらない。

 そんな事は聞く以前の問題だ。

 どうして俺が化け物を殺すことができない?

 

「ふん。くだらないことを聞くな」

 

 一歩、足を進める。

 

「さぁ、はじめようか。結果は見えているが、せいぜい楽しませてくれ」

 

 楽しい。

 これほど心躍る夜は久々だ。

 

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