今そこに無い危機を煽った者の末路

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グラックス兄弟

 

 拙いことになった。ティベリウスは本気で自分を民衆の守護者として自認し始めたように私の目から見える。

 君も知っての通り、中小農民の土地問題は現実には存在しない危機だ。それを誰よりも知っているのはティベリウスではないのか、そのはずなのに、彼はいまやこの危機の実在を信じ切っている。

 事の発端は、ヌマンティアでの敗戦だ。いや、ティベリウス自身はそれを敗戦とはけして認めないだろう。だが、やはりあれは敗北であったのだ。第二次ケルティベリア戦争、それを指揮する執政官ガイウス・ホスティリウス・マンキヌスを補佐する役目を与えられ、財務官である彼はヒスパニアに旅立った。胸には希望があふれていただろう、それもそのはずだ。第一次ケルティベリア戦争では彼の父であるティベリウス・センプロニウス・グラックス・マイヨルが大いに活躍し盛名を馳せたのだから、自分も父親の後を継いでその地に不朽の威名を打ち立てたいと彼が考えるのは当然の成り行きであると私も思う。

 だが、マンキヌスは有能な男ではなかった。平時には滞りなく任務を遂行できるが、戦争という鉄火場に耐えられぬ男だった。

 マンキヌスの指揮は精彩を欠き、数で劣るはずのヌマンティアの部族に押されっぱなしであった。

 己を頼むところすこぶる厚い独立独歩のローマ市民が将軍に従うのは、彼がその能力を有していると信じるためである。この将軍になら自分の命を預けられる、我々兵士を十全に扱ってくれる。そう信じているためである。だが、マンキヌスはその信頼を得ることができなかった。むしろ彼はたびたび兵士の期待を裏切った。一度は敵に大打撃を与えたのに、偽装交渉にまんまと引っかかり悪戯に時間を浪費した、その間に敵は体勢を立て直した。大勢が不利になると包囲された味方の部隊を見捨てて撤退した。念のため弁護するが、マンキヌスには経験が圧倒的に足りていなかった。だが、兵士たちがそれを考慮してくれるわけもない。彼らには今優れた将軍が必要なのだ。

 指揮官の能力不足と士気の低下は明らかだった。私はよくティベリウスに呼び出され現状をどう思うか聞かれた。私は率直に答えた。私たちは再びローマの地を踏むことはないかもしれません。事実、ローマ軍は戦えば負けるといった有様だった。

 ティベリウスは事態の打開について色々と考えていた。マンキヌスと同じくティベリウスも軍務経験は少ない、であるならば出来ることは限られる。そう、講和だ。


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