旅人と英雄 作:かぼちゃ
「
城壁に守られたモンドの街。階段を上ること何度か、騎士団本部を訪ねたベル達は、ぞんざいに追い返された。
「そこをなんとか……大事な話なんです」
「しつこいぞお嬢さん。旅人には礼節を持って接したいとは思っているが、それとこれとは話が別だ。急な賓客が来ていていつ面談が終わるかはわからん。終わったとしても別の用事が控えている。旅人の相手をしている暇はないんだ」
建物の前に立っていた若い騎士は仏頂顔で、中にすら入れてくれず、やむなく退散。
これが『ヒルチャール』の野営地なら【ファイアボルト】で扉を破壊し、堂々と乗り込んでいたところだが人間相手にそれはまずい。そういう発想が出てくる自体まずいと、ベルは思わず真顔になってしまった。
こちらで生活するようになってから二年
「急な賓客ってなんだろ……」
「心当たりはないんですか?」
「うん。この時期に騎士団を訪ねてくる人……わからないな。
美味しいお店があるから、と
空はあっという間に暗くなり、大きな月が顔を出した。街の様子は少し慌ただしいだろうか。浮かない顔をしている住人が多いように見える。旅人とみられる姿の人間は見当たらない。
「風魔龍が暴れてるせいで通商ルートがダメになってたりするから、今のモンドは旅人も寄り付かないんだよね。あっちこっちで暴風被害が出てるはずだから」
「それにしちゃ、あんまり気にならなかったですけどね……ここに来るまでの間。大荒れな日はなかったですよね?」
「そうなんだよね。それは気になってた」
正門の近くまで戻ってきたベルは、軽く顎を上げて夜空を見た。綺麗な星空である。龍の嵐に悩まされている地域とは思えない、静かな夜だ。
「夜ご飯はここで食べよう」
蛍はゆっくりと右側に顔を向けた。
木造の建物の横に屋台が併設されており、テラス席で数人の若者が食事をしていた。空席が目立っているからすぐに注文できるだろう。
レストラン『鹿狩り』。
濃厚な肉の香りが漂っているが、アッサリとした料理にも定評がある名店だ。
「あれ、そういえばパイモンさんは……」
「消えてるね。いいよこのままで。森の中でリンゴいっぱい食べてたから、おなかいっぱいになっちゃったんじゃないの?」
パイモンは姿を消している。
彼女は常に蛍の周りを飛び回っているわけではない。何もない時はどこかに潜んでいて、出てくる時はポンっと音を立てて登場する。何も無いところから出現するのだ。どう考えてもおかしな現象だが、ベルは何も言わなかった。
「すぐ満席になるってことはないだろうし、先に冒険者協会に行こうか。キャサリンさんに会いに行こう」
レストランから少し直進すると、小さな建物の下で女性が立っているのが見えた。小綺麗な顔をした妙齢の女性で、緑と白の制服を来ている。
各地に設けられている冒険者協会だ。受付嬢はキャサリン。協会からの依頼を受けると報酬が貰えて、ホットなニュースを聞かせてもらえたりもする。
「さっきは素通りしちゃいましたけど……そうですね。挨拶しておきましょう。それになにか聞けるかもしれないですし」
「うん。風魔龍の被害について聞いてみよう。それと賓客についても少し気になるから、探りを入れてみようかな」
パイモンは姿を消したままだ。
こういう時は話に入ってきそうなものだが、うんともすんとも反応がない。蛍は違和感を感じながらも呼び出すことはしなかった。
今回の旅では相談事はベルにすると決めている。
パイモンは絶対に様子がおかしい時があるし、あれを見ると蛍は気持ちが悪くなる。積極的に交流することで友人への好感度を下げたくはなかった。長すぎるループのせいで今のようになってはしまったが、一応まだ、友人だとは思っているのである。
「──こんにちは、こんばんわ。旅の途中で立ち寄ったんで挨拶にきました」
「星と深淵を目指せ! ようこそ冒険者協会へ! もしや新人冒険者としての登録ですか?」
キャサリンに挨拶をすると、返ってくるのはお決まりのフレーズ。
星と深淵を目指せ。
耳にタコができるほど何度も聞いた、冒険者協会のスローガンである。
「はい。登録します。ベルもいいよね」
「あ、はい。どうぞ……」
「ありがとうございます! 新たな新人冒険者の誕生に感謝を! これから頑張ってください、
あれ、名乗ってないのに名前を呼ばれた。
いや、自己紹介したんだっけ? 蛍はぼーっとキャサリンの顔を見つめて、三秒ほど。
まあいっかと流した。
最近、短期記憶的なやつが怪しい。前回以前の旅と記憶が混同したりするから、こういうことは慣れっこだ。一瞬、キャサリンは覚えてるのかと思ったりもしたが、そんなことはありえないし。だって今まで一度もなかったから。期待するだけ無駄だ。
「星と深淵を目指せ……ですか。なんだかカッコイイですね! どういう意味なんですか?」
「ベル、いい質問ですね。星と深淵を目指せ。それは私、キャサリンからの精一杯のエールです。頑張ってくださいね、ベル! 星と深淵を目指せ!」
「は、はあ……わかりました? 期待に応えられるよう頑張ります……」
ベルは話を流しすぎな気もするが、彼からすればこの世界はツッコミどころだらけだろう。いちいち細かいことを気にしていたら精神がおかしくなる。だから、これでいいんだろう。きっと。
「キャサリンさん」
「はい。なんですか、蛍」
「今、風魔龍ってどうなってますか? 暴れてるって噂を聞いたんですけど」
「ああ……その話ですか。数日前からぴたりと暴風が止んで、天候は見ての通り回復しています」
「大人しくなったってこと?」
「詳しい情報はわかりませんが、騎士団はバタバタしているようですね。なんでも、風魔龍についての話でファデュイの
蛍は平坦な表情を僅かに崩した。大きな金の瞳が動揺の色を灯し、ぴくりと眉が動く。
「蛍さん、ファデュイってたしか……」
「うん。悪の組織っぽい人たち。色んな国で暗躍してて良い印象はないね」
ファデュイ。氷の国『スネージナヤ』の外交使節団、および軍事組織の名前だ。表向きは外交官だが、裏ではかなり強引なこともやっている巨大勢力。
その中でも最高幹部と言われる十一人の人物が『ファトゥス』と呼ばれる執行官で、この時期のモンドには来ていなかったはずだが……どういうことだろうか。
「ベルも何度か戦ったって言ってたでしょ。ハンマー持った紫色の人とか。あれもファデュイの兵隊だよ」
「道の途中でたむろしてて……いきなり襲いかかって来ますよね。なんなんですかあの人たち」
「頭がおかしくなって放浪してる人達もいるみたいだけど、詳しいことはわからないな」
ベルが言っているのはファデュイの強化兵、もとい改造人間達だ。戦争兵器である。襲ってくる奴らの目的は不明。蛍としては殺られる前に殺るだけだ。
「キャサリンさん。執行官は誰が来てるかわかりますか?」
「はい。ファトゥス第八位の淑女です」
「やっぱり……」
モンドで活動していた最初の頃、何度か名前を聞いた事があった。そのあとの旅で出会うことがあったのか、なかったのか。そこは忘れてしまったが、人格に難のある人物だったという記憶はある。
この時期にモンドにいなかったのは確実。蛍の記憶が全てデタラメでなければ。
「……わかりました。それじゃ、ベル。ご飯食べに行こっか。話の続きは食べながらにしよ」
「わかりました。うーん……巨大組織の幹部かぁ。どんな人なんだろ」
今回は筋書きが明らかに違う。
最初の段階で既に。とても嫌な感じだ。
▼
レストランに戻って注文を済ませた僕達は、料理が出来上がるのを待っていた。
蛍さんは先程から口数が少ない。無表情で思考している姿は可愛らしい人形みたいだ。そういえば、出会った日から一週間くらいは、ずっとこんな感じだった。にこりともしなくて少し怖かったけど、思いのほかなれるのが早くて良かった。トントン拍子に一緒に旅をしようって話になって、わからないものだよね。
「君達、少しいいかい?」
僕も黙って考え事をしていると、後ろから肩を叩かれた。耳朶に触れたのは男性の声。
振り向くと、そこには黒い人物が立っていた。
「っ!?」
ガタッ、と。
椅子を飛ばして立ち上がる。驚愕で心臓が跳ねて、体が勝手に動いた。
そこにいたのは
ブカブカの黒いポンチョで身を包んだ、青白い顔の男神様。向かい合っただけでそれとわかる神威を、彼は隠すことなく放っていた。
「ハハ、嫌でも感じちゃったかな? それとも懐かしかった? オラリオの香りが。まあ、俺にそんなものが残ってるとは思えないけど」
適当なことを言って笑う、この神様は僕がいた世界の御方だ。面識はないけど、気配を感じた時点で予想できてしまった。本能的に。
そして、今の台詞で確信に変わった。
この御方はオラリオがある世界の神様。でも、誰だ? テイワットに繋がる道ができた時、近くにいた神様の中にこの御方はいなかった。だとしたらどうやってここに来たんだ?
「ベル、それ誰……? 死神みたいな人だけど、知り合い?」
「し、失礼ですよ……この御方は神様です。僕の故郷に住んでるはずの……あの、失礼ですけどお名前を教えては貰えませんか? 僕、あなたのことは知らなくて」
男神様はヘラヘラと笑いながら、「いいよいいよ」と席についた。お店に背を向ける形で、僕と蛍さんの間に座る。
「ベルの故郷の……神様? えっ、探してるのは女神様だよね?」
「はい、そうで」
「ああ、
神様は僕の言葉を遮った。
ニコニコしながら手を伸ばしてきて、僕の右手を両手で包む。「ありがとうねぇ」と感謝の言葉を述べられて、僕は上手く言葉を返せなかった。
「ベル、大活躍だったの? それ、どんな冒険?」
「えーっと、かくかくしかじかで……」
事情を知らない蛍さんには、かいつまんで説明をする。迷宮都市の地下で人知れず掘り勧められていた人造の迷宮。そこに巣食っていた悪の残党達は邪神が行った儀式の生贄になり、人造迷宮は緑肉に覆われた魔境と化した。
話はそれで終わりではなくて、内部では古代の術式発動に向けての準備が進んでいた。僕たち冒険者は都市を守るために戦い、紙一重の勝利を収めたんだ。
僕が参戦したのは途中から。
後出しで出てきた『最後の敵』に対処できる人がいなくて、いきなり突撃させられた。倒せてなかったらオラリオが吹き飛んでたから、間に合って本当に良かったよ。
「へぇ。やっぱり英雄なんだね。英雄になりたいって言ってたけど、それはもう英雄だよ」
「いやぁ、僕なんてまだまだで……」
蛍さんはまじまじと僕を見た。金色の瞳にじっと見つめられると、なんだかソワソワしてしまう。ストレートに褒められると照れてしまうのだ。
「うんうん。大活躍だったよねぇ。ほんとうにありがとうねぇ。俺たち
その神様は「ひひっ」、といやらしい笑みを漏らした。僕は硬直した。今、なんて言った?
「あっ、いいねぇその顔。心から信じられないっていう困惑の表情。そりゃあびっくりするよねぇ。俺の正体はオラリオからすれば邪神で、まして送還されたはずなのに君の前にいるんだから」
──俺はタナトス、死神さ。
神様は名乗った。僕は抜刀した。
反射的にテーブルを飛び越え、蛍さんとタナトス様の間に割って入る。
「きゃっ、なに! ベル、いきなりどうしたの?」
「この神様、危険
人造迷宮を舞台にした決戦の後、ヘルメス様から詳しい話を聞いた。闇派閥の残党を率いていた邪神、死神タナトス。彼は僕が参戦する前に
それまでの所業は筆舌に尽くし難い。
構成員を自爆特攻させて冒険者を何人も殺し、時には幼い子供を人間爆弾にしたこともあったらしい。役目を果たせば死んだお母さんに会える……なんて酷い嘘をついて。
「送還されたはずなのに、どうして下界に……今度は何をしようとしているんですか!」
「おいおい、ここは下界じゃないよ? たしかにオラリオがある世界には二度と降りられないけど、別世界なら話は別だ。ここ、テイワットに俺がいることは問題ない。ルールには抵触してないよ?」
そんな屁理屈みたいな……とにかくこの御方と仲良くお話なんてできるわけない。
でも、放置するわけにもいかない。テイワットでも何かしようとしているなら、オラリオの冒険者として絶対に対処しなきゃいけないからだ。
この御方を野放しにして何かあったら、別の世界に迷惑をかけることになる。個人的にそれは嫌だ。僕には関係ないと開き直るのは無理である。
「……」
「まぁまぁ、座りなよベル・クラネル。俺は戦争しに来たわけじゃないんだよ。嘘じゃない。お礼が言いたかったのも本当だ。それに、神として君の疑問に答えてあげられるかもしれない。どうだい? 話をするだけならタダなんだし、追い払うのは待ってくれないかな?」
タナトス様は依然としてヘラヘラと笑っていた。
僕はもう、何が何だか……。仲良くしたいとは絶対に思えないけど、追い払って問題を起こされるのは困る。かといって剣で切り裂くわけにもいかず、僕はへなへなと椅子に腰を下ろした。
予想外の嬉しくない出会い。頭を抱える僕を、蛍さんが心配そうな顔で見ていた。