あと白鳥亭とか白鳥の間とかその辺りの設定は本作の捏造です。
浴室でイチャイチャ? ナンノハナシカナー(棒
その日、モンバーバラでも屈指の高級宿である『白鳥亭』は久しぶりの上客に恵まれていた。この場合の上客とは、金払いの良い客という意味ではなく、余計な面倒事を起こさない客という意味である。
「支配人、いいんですか。たった四人の客のために『白鳥の間』を使わせて」
宿の名を冠した特別室は、その昔エンドールの王子とその妃が新婚旅行でモンバーバラに訪れた時に宿泊したというのが自慢で、アネイルの温泉とまでは言わないが専用の浴室まで備え付けてあり、厨房から沸かした湯を運ばせて大きな浴槽で手足を伸ばしてゆったりと湯船に浸かることも出来る。当然、宿代も安くない。
モンバーバラの宿は一人一泊3ゴールドが相場だ。これは世界中から観光客が訪れるモンバーバラでは宿の数もそれだけ多く、競争原理が働いて宿代も安く抑えられているせいもある。だが、『白鳥亭』は一人一泊30ゴールド。相場の10倍である。もちろん使用人や護衛も同じ。金がない客はそもそも泊まらないし、泊まれもしない。そこで文句を言う客は、最初から別の宿に行くだけである。
「構わん。空室のままにしているよりは誰かに泊まってもらった方がいいし、……何より、この前に来た大臣なぞに使わせるより、ずっとマシだ」
「ああ……はい、アレは酷かったですからね」
視察と称してキングレオ城から来た大臣は、その護衛としてくっついてきた兵隊どもも含めて最悪の客だった。
些細なことで言いがかりのような文句をつけ、耳障りな金切り声で怒鳴り散らし、その取り巻きも大臣の威を借りて威張り腐った連中ばかりだった。宿の人間は心底うんざりして、とにかく早く帰って欲しいと滞在中はそれだけを願っていた。
「すまない、ちょっといいだろうか」
「はい、どうかなさいましたかな?」
その点、カウンターに近づいてきた青年は、彼が『お嬢様』と呼ぶ主賓ともども行儀も良く、無理な注文など何一つしない。それどころか立派な浴槽を置いた浴室を見て大はしゃぎで、無邪気に案内のお礼まで言われた支配人としては非常に心安らぐ客だった。
「お嬢様が友人を部屋に呼びたいと仰っている。こんな居心地の良い素晴らしい部屋を独り占めするのは勿体ないと」
「それはそれは、お褒めいただき光栄です」
面倒事さえ起こさないのであれば、宿としては客が増えてくれることには文句などない。
「なので、茶の用意を頼む。お嬢様と同じ年頃のご令嬢が好みそうな茶請けの菓子も適当に」
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」
「先に今夜の分の宿代も含めて、300ゴールドほど預けておく。お嬢様の友人も一緒に泊まるかもしれないが、足りない分は明日また支払う」
カウンターの上に置かれた革袋の中身を確かめ、支配人は恭しく一礼した。
「ご利用ありがとうございます。他にも御用がございましたら、いつなりともお気軽にお申し付けください」
「ああ、この宿の対応は実に素晴らしかったと、ハバリアに戻ったら旦那様にもご報告しておく」
そう言って護衛の一人を連れて出て行った青年が暫くして戻ってくると、確かにお嬢様と似たような年恰好の少女と、その取り巻きの少年と老人が一緒だった。出て行った時は一人だったはずの護衛の数が4人に増えていたことも、先方の護衛と合流したと考えれば別におかしなことではなかった。
「部屋は空いていますか」
「もちろんでございます」
「自分たちと護衛の分も含め、6人で180ゴールド。先にお支払いしておきます」
緑色の神官服を着た少年は、丁寧な口ぶりできっちり前払いの代金を払ってくれた。そんな当たり前のことですら思わず感激したくなるほど、先だっての大臣たちが酷すぎただけかもしれないが。
「ありがとうございます。食事はお声がけをいただければ、ご希望の時間に部屋までお届けいたします」
「わかりました。その時はお願いします」
そう言って『白鳥の間』に上がっていく客の背を見送った支配人は、ああいう客がもっと増えて欲しいものだと心から願った。
「お疲れ様、クリフト」
尤も、そんな宿の人間の感想など知る由もない客たちは部屋の中で互いに真剣な顔を見合わせていた。
「現在の情勢は報せた通りだ。はっきり言って、予想していたよりも状況は悪い。城への不満は爆発寸前だが、下手に焚き付けるとモンバーバラの街そのものを焼くことに繋がりかねん。風向きがどっちに吹くかわからない以上、関わりは最低限に留めるべきだと思う」
「バルザックがそう言うなら、ボクたちが無理に手出しをする理由は特にないけど……」
他国人であるアリーナは曖昧な表情で頷いた後、マーニャとミネアの方に視線を投げる。
「マーニャたちはそれでいいの? 劇場の踊り子だけじゃなくて、昔の知り合いも避難させた方がいいんじゃない?」
「正直それも考えなかったわけじゃないけど、……無理よ」
小さく肩を竦めたマーニャは、胸の痛みを堪える表情を隠そうとするように長い紫の髪を手で掻き上げた。
「私が出入りしてた野外劇場はもう潰れてたし、そこで踊ってた知り合いもほとんど城に行ったきり。私たちの隣に住んでたお婆さんも重税で医者にかかる金もなくなって、風邪を拗らせて、そのまま。それ以外の知り合いになると関わりも薄いし、何より数も多すぎて、下手に接触したら誰の口から私たちのことが漏れるかもわからない」
「……」
わざと淡々とした態度で答える姉の言葉に、ミネアも俯く。
「もっと早くに私がルーラを使えるようになっていればとも思ったけど、それはもういくら後悔したって始まらない。まさかあの最低最悪のクソ王子がここまでやるなんてね。私たちが甘かったのよ」
公的には代替わりした今になってもまだ、マーニャたちにとってのキングレオの王は幼き日にコーミズ村で優しくしてくれて、そして地下牢での最後の別れの時まで威厳ある命を下した先代の国王なのだった。
「話を戻すぞ。今のモンバーバラでサントハイムやソレッタへの移民を募るのは簡単だが、その話が広まって城にまで伝われば必ず警戒される。他国に策謀を仕掛けた連中は、同時に自国に同じことをやり返されることを何より恐れるものだからな。誰が話の出所かと調べようとするのは当然だ」
冷静に話を進めるバルザックに、大切な友達に痛ましげな目を向けていたアリーナも気を取り直して意識を切り替える。
「今は静観するってことでいいの?」
「街の治安をどうにかしたくても、これは個人の善意や、あるいは貧困層に対する慈善活動でどうにかなる問題じゃない。結局のところ、重税による生活苦と城からの圧制という構造的な問題が根本にある」
「そうなると、最悪の場合は王制の打倒まで踏み込む必要があるとバルザックは考えているんですか?」
何気ないソロの質問に、驚いたように目を見開くブライとクリフトが振り向く。他国の問題とはいえ、サントハイムの王家に仕える立場の二人としては聞き流せる話ではない。
そして、前世の記憶でキングレオに限らず
「――…どうだろうな。少なくとも、今の段階で俺はそこまで考えていない」
「? でも、結局王様を倒さなきゃ解決には繋がらないんじゃ?」
人間の国家や社会体制には無頓着なシンシアも小首を傾げる。
国家論としての王制の否定、王権の打倒、話がどんどん不穏な方向に転がっていくものの、逆に第一王女であるアリーナ自身にはそれほどの危機感がないのは本人の性格ゆえか。
「今のキングレオ王を倒したところで、じゃあ一体誰が王位を継ぐのか。あるいは王制を打倒したところで、その後どうするのかも問題だ。あとは勝手にしろと無責任に放り出すわけにもいかないだろうし、最後まで面倒を見る覚悟もなしに、そこまで踏み込むつもりもない」
ここで安直に市民革命だの何だのと言い出さなかったのは誰にとって幸いだったのか定かではないが、その答えにソロは小さく頷いた。
「わかりました。では、この問題は一旦保留ということで。次はどうするんですか?」
「コーミズ村を経由して、西の洞窟で魔法の鍵を探すことになるな。今まではオーリンに頼っていたが、先生と一緒にソレッタの件にかかりきりになると今までのように気軽に手を借りるわけにもいかなくなるし、今後『聖なる種火丸』で世界各地を回るにしても、魔法の鍵がなければ入れない場所もある。
また、魔法の鍵の入手が移民の街のイベントフラグともなっているから早めに入手しておきたい、とまでは口に出すことはしなかったが。