テニミュ観てたら思いつきました
朝の冷え込みは日に日に厳しさを増していた。吐く息は白く、運動場γに並ぶ鉄骨やコンテナも冬の空気をまとって冷たく光っている。
そんな工業地帯へ、A組とB組の生徒たちが続々と集まり始めていた。
今日行われるのは合同戦闘訓練。生徒たちはそれぞれ冬仕様へ改良されたヒーローコスチュームへ身を包み、試合開始を待っていた。
爆豪は発汗量を落とさないよう保温性を高めたインナーを着込み、八百万の背中には防寒性を兼ねたマントが揺れ、葉隠は冬用コートを羽織ったことで以前よりも存在感が増していた(訓練が始まったら脱ぐらしい)。みんなそれぞれ細かな改良が施されている。
周囲を見渡していると、一人だけほとんど見た目の変わらない男が目に入った。
飯田だ。全身を覆う白い装甲は相変わらずで、細かな改良こそ入っているものの見た目は夏とほとんど変わっていない。
「飯田、そのコスチュームで夏耐え抜いたのすごいよなぁ」
思わず苦笑する砂藤に飯田は何を今さらと言わんばかりに胸を張った。オシャレは我慢とはよく言うもので、俺も夏はなかなか暑かったが飯田の精神力は群を抜いているだろう。
そんな和やかな空気を切り裂くように、大げさな聞き慣れた声が響いた。
「浮かれてるねぇ、A組!波は今僕らに来てるんだよ。今日こそシロクロ付けようかぁ!」
先頭の物間は、いつものように芝居がかった笑みを浮かべながら両腕を広げた。その後ろにはB組の面々が続いていた。
「文化祭では少し目立ったようだけど、今日の主役は違う。戦闘になれば君たちとB組の差を嫌でも思い知ることになる。衣替ぇ!キミとの決着もさぁ!」
「寒いのに元気だな」
互いに睨み合い、一気に空気が張り詰める。A組もB組も自然と前へ出て、まるで試合が今にも始まりそうな雰囲気になっていた。その様子を見た拳藤は呆れたように額へ手を当てる。
「静かに」
その時、眠たげな声が工業地帯へ響き渡る。
一瞬で私語が止まる。歩いてきた相澤先生の隣にはブラドキング先生も立っている。
「今回特別参加者がいます!」
ブラドキング先生の発言に何人かが「おぉ!」と反応した。
「ヒーロー科転入志望の、普通科C組心操人使くんだ」
一人の男子生徒が前へ出る。紫色の髪に雄英高校のジャージ。口元には機械的なマスクを装着し、首から肩まで捕縛布を巻いている。
「心操人使です。みんな俺を知らないと思うけどヒーロー目指してます。でも俺はもう何十歩も出遅れてる。悪いけど必死です。俺は立派なヒーローになって、俺の個性を人のために使いたい。この場のみんなが超えるべき壁です。馴れ合うつもりはありません。よろしくお願いします」
飾り気のない自己紹介だった。それでもその一言一言には強い覚悟が込められていて、さっきまで物間と火花を散らしていた空気とは違う緊張感が運動場γを包んでいく。
拍手が次々と広がっていく。緑谷や麗日、拳藤も笑顔で手を叩き、鉄哲も「気合入ってんな!」と豪快に笑った。常闇は静かに「気が引き締まる」小さくと呟いた。物間だけは「いいね、彼」と他のみんなとは違う笑みを浮かべていた。
相澤先生が心操を見る。
「彼は放課後を利用して俺が訓練をつけていたんだ。そして今回は心操へのテストの意味も含んでいる。また、公平を期すため心操の個性については全員へ事前共有することにした。個性は『洗脳』。問い掛けなどへ返事をした相手を洗脳し、一時的に行動を支配できる。ただし、一定の衝撃で解ける」
ブラドキング先生が腕を組む。
「つまり不用意に返事をすれば洗脳される危険があるということだ! 両チームとも十分注意しろ!それでも引っかかったなら実力不足だ!」
「・・・は?」
「洗脳?」
「そんな個性ありなのかよ・・・」
「返事をしただけで、か」
相澤先生が全員の顔を一通り見渡し「じゃ、始めましょうかね」と空気を引き締め、ブラドキング先生が前へ出た。
「戦闘訓練だ!A組とB組から双方四人組を作り、一チームずつ戦ってもらう!自陣の牢『激カワ据置プリズン』に相手を四人投獄したチームの勝利だ!」
「心操は今回二戦参加させる。A組チーム、B組チームそれぞれに一回ずつ。つまり五試合中二試合は5対4の訓練となる」
説明が進むにつれて、生徒たちの表情も戦闘訓練へ向けて切り替わっていく。俺も周囲を見渡しながら、自分たちがどんな組み合わせになるのかを考えていた。
ところがB組の一角から、妙に沈んだ声が聞こえてくる。
「・・・衣替とは嫌だ」
「俺も嫌だ」
「できれば戦いたくねえ」
「魔法少女怖い・・・」
男子たちが揃って俺を見る。
「なんで?俺はA組では弱い方なんだけど」
「強い弱いじゃねえ!」
「心が折れるんだよ!」
「そうそう!」
「変な格好にされる恐怖があるんだよ!」
「そんなに嫌?」
「嫌だよ!」
「いやぁわかるぜB組」
「懐かしい光景だなぁ」
「ふっ、まだその境地か・・・」
「俺らはそこそこもう慣れたぜ・・・」
「よくそんな奴と今まで一緒に訓練出来てたな・・・」
A組から援護の声が聞こえる。たぶん。
「ゴホン。静かに!」
ブラドキング先生が咳払いをすると、ようやく全員が前を向いた。
くじによるチーム分けの結果、俺は第一試合か。そして最初の組み合わせが表示された瞬間、B組の一角から声が上がった。
第一試合
A組『蛙吹、上鳴、口田、衣替、心操』
B組『塩崎、宍田、円場、鱗』
「うわぁぁぁ!!」
円場だった。隣にいた鱗も固まっている。
「アイヤー・・・終わった・・・」
二人の視線がゆっくりこちらへ向く。
「なんで俺たちなんだよ・・・」
拳藤が二人の肩を叩く。
「ほ、ほら、まだ始まってもないって」
「始まる前から心が折れそうなんだよ!」
円場が叫んでる横では、物間が困惑した表情をしていた。
「え?ここは僕と衣替が対戦する流れじゃないのかい?」
「まぁ展開も思いつかないし仕方ないことだろう」
「展開・・・???」
俺はそんな彼らを見て苦笑しながら、ふと心操へ視線を向けた。
さっきからずっと雄英のジャージ姿のままだ。少し考えてから、俺は心操へ声を掛けた。
「心操」
「何だ?」
パチン
一瞬で雄英のジャージが別の服へ変わる。
黒を基調とした細身のジャケットに、動きやすい黒いパンツ。肩から背中にかけては余計な装飾を加えず、全体をすっきりとまとめている。暗い色合いの中へ僅かに灰色を差し込むことで単調さを避け、腰から垂れる布だけが動くたびに揺れる。機械的なマスクと首元の捕縛布はそのまま残したため、全体としてはどこかアングラヒーローを思わせる雰囲気になっていた。
心操が自分の姿を見下ろす。
「・・・何だ?これ」
「似合う服だ」
俺が答えると、緑谷が目を輝かせた。
「相澤先生みたいだ!」
「あぁ、それを狙った」
心操は自分の袖を軽く引っ張りながら、黒を基調とした服装をじっと見ている。捕縛布とマスクが組み合わさったことで、さっきまでの雄英ジャージ姿とは比べものにならないほどヒーローらしく見えた。
「ただし普通の服だから、みんなのコスチュームみたいに高耐久じゃない。そこは気を付けてくれ」
「だったら何で変えたんだ?」
「気分だ」
「気分?」
「その方が上がるだろ?」
心操はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「・・・まあ、確かに」
その返事に俺は満足して頷いた。戦うための装備じゃなくても、ヒーローとして戦う人間が自分らしい姿で立っている方が気持ちは乗る。少なくとも雄英のジャージ姿で戦うよりは、今の方が心操本人も少しだけ気合が入っているように見えた。
試合開始までのわずかな時間を使い、俺たちは工業地帯の一角で作戦を詰めていた。
心操は自分の口元に装着された機械的なマスクへ手を添えた。
「これは俺のもうひとつの声帯ペルソナコード。こいつを使えば、俺の声を他人の声に変えられる。相手の知っている人物の声で話しかけて反応を引き出すこともできる」
「なるほどなぁ。やっぱ強くね?」
上鳴が感心したように頷く。俺も心操のマスクを眺めながら、なるほどと思った。声を自在に変えられるなら、相手が油断するような声を作って洗脳へ繋げることができる。姿を隠している状態なら、なおさら効果は高い。
「全員魔法少女姿で突撃すれば虚を突けるか?」
「「「「却下」」」」
まぁそうだろうと思っていたさ。
気を取り直して、壁にくっついていた蛙水がこちらへ顔を向けた。コスチュームの保護色を使っているせいで、壁に張り付いた彼女の身体は全体的に灰色へ変化している。遠目から見れば工業地帯の壁に溶け込んでしまいそうだった。
「着替えさせたところ悪いのだけれど、心操ちゃんと上鳴ちゃんでコスチュームを交換してウィッグを被せれば相手を騙せないかしら?」
その提案に、俺は心操と上鳴を見比べた。声を変えられる心操が上鳴の格好をしていれば、遠目からなら本人と見間違える可能性は十分ある。
「確かに。相手からしたら近づきたくないのは上鳴の方だしな」
「いやまあ、そうだけど!なんか傷つく!」
「俺が上鳴の声を使えば、かなり誤魔化せると思う」
「じゃあ決まりだな」
俺は指を鳴らした。
上鳴のコスチュームが心操へ移り、代わりに心操の黒い服が上鳴へ移る。さらに髪色を合わせたウィッグを被せれば、遠目から見た姿はかなりそれらしくなった。捕縛布は上鳴にあるが、ペルソナコードだけ心操に残してある。
「どうだ?」
心操が自分の姿を確認する。
「完璧。これならいける」
そんなところで、遠くからブラドキング先生の声が響いた。
『第一試合スタート!』
全員の表情が変わる。口田の元にどこからともなく数羽の鳩が飛んできた。口田は鳩たちの様子を確認して小さく頷く。
「感謝します。左方向から塩崎さん、一人だって。ツルで広範囲を探りながらこっちに向かってる」
「なら先に見つけるぞ」
全員小走りで前進する。他にもいくつか作戦を出し合っていた、そんな時だった。
ズドンッ!
建物の向こう側から巨大な影が飛び出してきた。
「ガオンレイジ!」
全身が二回りほど大きくなった宍田が、獣のような勢いで突っ込んでくる。
「うわっ!」
「ケロッ!」
狙いは俺と蛙水か!俺は反射的に指を鳴らした。
俺と蛙水の身体が一瞬で全身を覆う防護服へ包まれる。
俺らは宍田によってまともに吹き飛ばされ、そのまま壁へ叩きつけられた。分厚いクッションが衝撃を吸収し、痛みはかなり軽減された。
だが、まずい。もう攻めて来たのか……俺が立ち上がろうとした、その時だった。
「オイオイ、早くないか!?」
聞こえてきたのは上鳴の声。しかし声のした方向にいたのは、上鳴の姿をした心操だった。
「ガハハ!鼻が利くんですぞ!!ん?なぜこちらから上鳴氏の声が・・・」
巨体が一気に心操へ向く。が……
「・・・・」
宍田の動きが止まった。その場で棒立ちになっている。
「よし!」
洗脳が成功し心操が小さく拳を握る。
しかし、宍田の背中にはまだ二人のB組生徒が乗っていた。円場が口元に手を添える。
「エアプリズン!」
空気が凝固し、口田の周囲を透明な箱が覆った。
口田が閉じ込められてしまった。さらに宍田の背中には鱗も乗っていた。
「喰らえ上鳴!」
鱗の両腕から無数のウロコが弾丸のように放たれる。まずい、上鳴の格好をしていたが故に心操が狙われてしまった。心操は咄嗟に物陰へ飛び込んだが、完全には避けきれなかった。
「っ・・・!」
肩と脚へ数発のウロコが当たってしまった。その直後、円場が宍田の様子へ目を向けた。
「・・・ん?」
宍田が全く動かない。
「まさか、洗脳!?上鳴の声だったけど、もしかして声を変えて・・・」
更に円場が心操(上鳴)の方へ顔を向け注視すると、さすがに気付いた。
「やっべ」
「あれ!?」
少し離れた場所にいるもう一人の人物。黒い服を着ている上鳴。そして、こちらへ逃げ込んだ人物は上鳴のコスチュームを着ている。円場の顔が引きつった。
「オイ鱗!心操と上鳴、入れ替わってるぞ!」
「アイヤー!遠目からじゃわからなかったな!」
鱗が目を丸くする。作戦そのものは見破られた。だが、まだ終わってはいない。
「宍田を戻すぞ!」
円場が叫び、宍田へ拳を振り上げる。
それはまずいな。壁際から俺は立ち上がる。さっきの突撃で受けた衝撃はまだ残っているが、動ける程度には回復していた。
「じゃあ、かねてのご要望通りに」
パチン
円場と鱗の身体が同時に光へ包まれた。
「え?」
「は?」
次の瞬間、二人の姿が魔法少女に変わった。フリルのついた衣装に大きなリボンときらびやかな装飾。
「「・・・・・」」
数秒遅れて、二人が同時に叫ぶ。
「やられたぁぁぁぁぁあ!!!!」
「衣替ェェェェェェェ!!!!」
特に悲惨だったのは鱗だったらしい。
「待て待て待て!籠手は!?俺の籠手どこ行った!?これじゃウロコの発射が安定しねぇよ!?」
円場も魔法少女姿の自分を見下ろして完全に混乱している。
「俺はヒーローになる訓練をしてるんだぞ! 魔法少女になる訓練なんかしてねぇ!」
遠くで、心操が思わず吹き出した。
「・・・悪い。今のはちょっと面白い」
「笑うなぁぁぁぁぁ!!!!!」
さて。作戦が完全に見破られた以上、これ以上変装を続ける意味はない。俺は軽く指を鳴らし、二人をそれぞれ本来の姿に戻す。
着替えに慣れている上鳴は、すでに敵へ向かって走り出していた。
「隙あり!」
両手を広げ電気を放とうとした瞬間、円場が咄嗟に顔を向けた。
「させるか!」
空気が凝固し、上鳴の目の前に透明な壁が現れる。上鳴は勢いを殺しきれず、その壁へぶつかりそうになったところで急停止した。
「うおっ、危ねぇ!」
円場がそのまま反撃へ移ろうとしたところで、別の場所から声が飛んでくる。
「エアプリズン打てよ!」
聞こえてきたのは鱗の声だった。
「そんな精神状態じゃねぇんだよぉ!」
その瞬間、円場の身体から力が抜けた。本人が何が起きたのか理解するより早く、洗脳が完成する。心操は静かに息を吐いた。
「よし」
「円場!?」
鱗が目を見開く。ここで円場まで持っていかれればまずい。焦った鱗は兎にも角にも宍田の解放が先だ、と巨体を思い切り殴りつけた。
「宍田!」
ドンッ!
「ぐおっ!」
衝撃で宍田の頭が揺れる。
「・・・はっ!私は一体何を・・・」
その間に、先ほど吹き飛ばされていた蛙水も立ち上がって戻ってきていた。身体についた埃を払いながら状況を確認すると、洗脳されている円場へ視線を向ける。
「今ね」
蛙水の舌が伸びた。円場の身体へ舌が巻き付き、そのまま一気に引き寄せられる。そのまま円場を舌で抱えるようにして走り出し、自陣に用意された牢へ向かっていく。
「まず一人よ」
その様子を見た宍田が追いかけようとする。
「円場氏!」
「行かせねえよぉ!」
「見えていますぞ!」
上鳴がポインターを連射するも全て避けられる。
いや、一発だけ尻の部分に着弾したな。
そして宍田はすぐに判断を切り替えた。追いかけても間に合わない。ならば、こちらも確実に一人を捕らえる。しかし背中の鱗は焦っていた。
「蛙水速ぇ!間に合わねえ!」
「・・・あちらを追うより、こちらですな」
宍田が振り返るとそこには空気凝固によって作られた透明な箱に閉じ込められた口田がいた。
「!」
口田が気付いた時には、もう遅かった。
「失礼!」
巨大な手が空気の箱へ叩き込まれる。バリン!と凝固した空気が粉々に砕け散り、自由になった口田を宍田が片手で掴み上げた。
「まずは一人、確保させてもらいますぞ!」
「んん!んー!!」
口田が逃れようともがくが、二回りほど巨大化した宍田の握力から抜け出すのは難しい。
宍田はそのまま踵を返し自陣へ向かって走り始め、その背中が建物の向こうへ消えていく。
しばらくして、姿は完全に見えなくなった。だが、工業地帯の向こうから声だけが響いてくる。
「・・・ん?鱗氏も魔法少女に!?」
「見るなぁぁぁぁぁ!」
どうやら向こうでは、まだ混乱が続いているらしい。
円場を連れて自陣へ戻った蛙水と合流した俺たちは、建物の陰へ身を隠して一度作戦を立て直すことにした。ちなみに防護服はもう脱いでいる。
「ごめんなさいね心操ちゃん。逆に遠距離攻撃で狙われてしまったわ」
「気にしないでくれ。避けきれなかった俺が弱かったんだよ」
「ストイックなのね」
とりあえず今は索敵が問題だ。口田が捕らえられたことで、こちらの索敵能力は大きく落ちている。対してB組には宍田がいる。強化された嗅覚を持つあいつなら、俺たちの位置をかなり正確に探り当ててくるだろう。上鳴と心操の入れ替えにも気付いてたようだし正確性もある。
「口田を奪われたのは痛いな。こっちは向こうの位置を探せないのに、宍田にはこっちの位置を探られる」
上鳴がそう言うと、蛙水も頷いた。
「鼻が利くのは厄介ね。隠れていても匂いを追われたら、奇襲も難しくなるわ」
「宍田があんな巨体になるのも予想外だった。似合う服はいくつかあるが、拘束や行動の阻害となると無理だな。パワーもあるし」
「上鳴ちゃんの電撃か、心操ちゃんの洗脳くらいしか打つ手がないわね」
心操も周囲を警戒しながら口を開く。
「しかも塩崎もいる。体育祭で見たが、あいつのツルまで飛んできたら隠れている場所を維持するのも難しいな」
その言葉が終わるのとほぼ同時だった。
ズババババァッ!と建物の向こうから何本ものツルが一斉に伸びてきた。壁や鉄骨の隙間を縫うようにして迫ってきたそれを、俺たちは慌てて散開して避ける。
「来た!」
蛙水が身を低くしてツルをかわす。俺も塩崎本人を探すが位置が分からない。これでは俺は何も出来ない。
次々と伸びてくるツルを避けながら、俺は周囲を見回した。建物の陰、鉄骨の裏、道路の向こう側まで視線を走らせるが、塩崎本人の姿はどこにも見えない。
蛙水が舌を伸ばしてツルを弾きながら口を開く。
「このままじゃ一方的に攻撃されるわ」
「塩崎には俺の帯電が通じねえしよぉ!どうするよ!?」
「上鳴が相性最悪な以上、これは賭けになるが今塩崎を落とせるのは心操だけだ」
俺が心操を見る。心操もすぐに意図を理解したようだった。
「声を聞かせるためには、こっちから罠に突っ込むしかないな。単独行動していてくれていることを祈ろう」
その頃
塩崎は建物の奥から伸ばしたツルを操りながら、一人慎重に敵を追い詰めていた。
視界の届かない場所までツルを伸ばし、逃げ道を塞いでいく。一本、また一本とツルを絡ませ、敵の一人を捕らえた。
「捕らえました」
塩崎が力を込める。絡みついたツルが相手の身体を引き寄せていく。
「これで一人」
だが、ツルの隙間から見えた服装に、塩崎は目を見開いた。そこにいたのは円場のコスチュームを着た人物だった。
「塩崎、俺だよ!円場!!!」
聞き慣れた声と見慣れたコスチュームに、塩崎は警戒を解いた。
「まあ、円場さんでしたか。無事だったのですね」
「そうだよ。俺だ」
円場の姿をした人物が、静かに塩崎を見つめる。
塩崎の瞳から光が消えた。
洗脳完了
円場のコスチュームを着ていたのは心操だった。
心操は小さく息を吐くと、ツルに捕らえられたままの姿勢で口元を僅かに緩めた。
残るB組は宍田と鱗の二人。こちらも円場と塩崎を確保しているとはいえ、まだ油断はできない。特に宍田の嗅覚をどうにかしない限り、こちらが隠れていても一方的に位置を知られてしまう。
「上鳴ちゃん、ポインターの現在地を確認してみて」
蛙水に言われ、上鳴が自分の装備を確認する。
「えーっと・・・あ、あった。一個だけ遠くにある!?なんで!?」
「宍田ちゃんのズボン。さっき撃ったのが一個だけくっついてたわ」
よし、これで少なくとも宍田の位置をこちらから把握できる。
「それならこっちから動けるな」
心操が塩崎を見る。
「塩崎はどうする?」
「牢に入れるより妨害してもらった方がいいかもな」
俺がそう言うと、心操も頷いた。
「ツルを宍田たちのいる方向へ伸ばし続けてくれ。狙いはつけなくていい。とにかく大量に伸ばして、あいつらの動きを邪魔してほしい」
洗脳された塩崎は素直に頷き、すぐさま周囲へツルを伸ばし始めた。工場の壁や鉄骨の隙間を縫うようにして大量のツルが伸びていく。
その間に蛙水が自分の袖を少し捲ると、粘液が出ていた。
「宍田ちゃんの鼻をどうにかしないといけないわ。これでどうにか誤魔化せないかしら」
蛙水の粘液は強い毒性を持つものではない。それでも少しピリッとする程度の刺激があり、匂いを誤魔化すには使えるらしい。
「これをみんなにつけるわ」
「全員?」
「全員。塩崎ちゃんにもつけましょうか」
蛙水が粘液を手に取るが、俺は反射的に一歩下がった。
「・・・俺、服が痛みそうだから遠慮したいんだが」
「今は服より試合でしょう?」
「分かってるけど、なんか溶けそう」
「衣替、そこを気にするのか・・・」
心操が呆れたように言う。
「するよ」
結局、俺も粘液を塗られることになった。そうして準備を整え、さて攻めようかと意気込んだところで遠くから地響きが聞こえてくる。
ドン、ドン、と重量級の足音が近づいてきた。
「え、戻ってきた!?」
上鳴が身構える。建物の向こうから姿を現したのは宍田だった。その背中には、未だに魔法少女姿の鱗が乗っている。どうやら先ほどの間に口田を牢へ収容してきたらしい。
「お待たせしましたぞ!」
「いや待ってねぇよ!」
宍田の背中から降りた鱗が周囲を見回し、すぐに異変に気付いた。
「やっぱり・・・」
塩崎の姿を見つけた瞬間、鱗の顔が青ざめる。
「宍田!塩崎が洗脳されてる!」
だが宍田は返事をしなかった。洗脳を警戒して、最初から一切声を発していない。だが塩崎へ視線を向けると表情を変え、そのまま突進する。
蛙水の作戦は一応成功していたらしい。最初から塩崎に狙いを定めて不意打ちされていたら状況は絶望的だっただろう。
宍田は上鳴と蛙水で迎え撃った。鱗は頭を抱える。
「どうすればいいんだよ!声を出したら洗脳されるかもしれないし、宍田は何も喋らないし・・・」
鱗は完全に混乱していた。
「コミュニケーションが・・・取れない・・・」
心操の存在を警戒する気持ちが、さらに強くなっていく。仕方ない。
鱗は腕を構え、ウロコを飛ばして塩崎の洗脳を解こうとする。
「これで━━━」
パチン
塩崎の姿が光に包まれる。
次の瞬間、そこに立っていたのは純白のウェディングドレス姿だった。
「・・・」
鱗の動きが止まる。聖女のような生き方を貫く塩崎の純白のウエディングドレス姿は心に来るものがあったようだ。
「う、美しい・・・」
鱗が思わず呟いた。そして、ハッと我に返る。
「違う!そうじゃない!」
その隙に俺はというと、スマートフォンを取り出していた。
カシャ
カシャカシャ
「うーん・・・」
画面を確認しながら角度を変える。
カシャカシャカシャ
「やっぱりあっちの方が似合うかな」
「と、ととtととtとと、撮ってんじゃねぇーーーーーーー!!!!!」
叫ぶ鱗を無視して俺は指を鳴らした。
パチン
今度は鱗の魔法少女衣装が消え、代わりに鮮やかなチャイナ服へ変わった。
「・・・おい」
俺は少し離れて全体を確認した。そしてスマートフォンを構える。
カシャ
カシャカシャ
「うん。やっぱり髪型的にもこっちの方が似合うな」
「やめろおおおおおおおお!!!!」
鱗が両手で顔を覆い完全に戦意が消えてしまった。
その隙を逃さず、心操が捕縛布を伸ばした。
「捕まえた」
布が鱗の身体へ絡みつき、そのまま地面へ引き倒す。
「くそぉ・・・終わったら絶対イジられる・・・」
鱗は抵抗する気力すら残っていなかった。
上鳴が呆れた顔でこちらを見る。
「衣替、お前・・・敵を倒す方法がだんだん変な方向に進化してない?」
「似合う服を着せてそれをメモリーに残しただけだ」
「それが変なんだよ」
宍田が倒されたのは、こちらが鱗を相手にしている間だった。上鳴が宍田に付いたポインターを利用して遠距離から電撃を叩き込み、宍田の身体を痺れさせた。その隙を逃さず蛙水が舌を伸ばして宍田を拘束しそのまま勢いよく床へ叩きつけたことで、宍田も戦闘不能になったという。
全員を投獄し終えると俺たちはようやく肩の力を抜いた。最初から最後までかなり忙しい試合だった。こちらは攻められる一方だったな。
そんな中蛙水が心操へ声を掛けた。
「心操ちゃん、自己紹介では自分は何十歩も遅れてるって言ってたけど、遅れてるどころかとっても強力よ」
「・・・・・全然まだまだだ。おんぶにだっこじゃダメなんだ・・・俺自身の実力でプロにならなきゃ」
勝ったというのに悔しそうだった。その言葉を聞いていると、ブラドキング先生の声が再び響く。
『ぬぅ・・・第一試合、A組プラス心操チーム勝利ぃ!』
明らかに悔しそうなアナウンスだった。
試合を終えた俺たちが集められると、相澤先生がこちらを見渡す。
「それじゃあ反省点を述べろ」
真っ先に手を挙げたのは上鳴だった。
「俺完璧だったっしょ!? ポインターもちゃんと当ててたし、電撃で宍田を止めて決定打まで繋げたし!」
蛙水が素直に頷く。
「私は心操ちゃんを前線に出しすぎたと思うわ。口田ちゃんが捕まってしまったし、一人も欠けることなく勝ちたかったわ・・・」
続いて口田が下を向く。
「僕は・・・もっと虫たちに細かく指示を出せるようにならないと・・・」
俺も自分の番になる。
「俺は宍田に対して無力すぎた。増強型を拘束する手段もそろそろ考えていかないと・・・」
そして最後に心操が口を開く。
「教わったことの一割も実践できなかった。・・・悔しいです」
相澤先生はしばらく心操を見ていたが、やがて静かに口を開いた。
「いきなりできたら苦労しない。その悔しさをバネに次へ挑め」
「はい」
心操は捕縛布を握りしめ、短く返事した。
一方その頃、B組ではブラドキング先生が盛大に怒っていた。
「宍田か塩崎を軸にして統率が取れていれば勝てていた内容だったぞ!!個々の能力は決して劣っていなかった!だからこそ連携の乱れが惜しいんだ!」
B組の面々が揃って縮こまる。
そして、その中でもひときわ目立っている二人へブラドキング先生の視線が向いた。
魔法少女姿の円場とチャイナ服姿の鱗だ。
「それから円場!!鱗!!服ぐらいで狼狽えるな!実戦だったら死んでいる可能性だってあるんだぞ!!」
「「はい・・・」」
二人とも渋々頷く中、そこへ物間が近付いてきた。
「仕方ないよ円場ちゃん、鱗ちゃん。今回の経験を次に活かせばいいんだからさ」
物間は二人の肩へ手を置く。
「ね?」
「・・・」
「・・・」
二人がゆっくり物間を見る。
「イジってるじゃねえか・・・」
「慰めてるように見せて完全に楽しんでるだろ、お前・・・」
「心外だなぁ。僕は本当に慰めて━━」
「その顔やめろ!」
「ニヤニヤすんな!」
二人の怒声が運動場に響く。
その様子を少し離れた場所から見ていた俺は、魔法少女姿の円場とチャイナ服姿の鱗を見ながら思った。
反省会が終わるまで服はそのままにしておこう。
せっかくだし。
特にA組強化ないので他の試合はスキップさせてください
試合中の観戦席側の反応
①円場と鱗が魔法少女になった時
芦戸「出た!衣替の十八番!!」
緑谷「すごい格好になっちゃった……」
八百万「衣装としての完成度は非常に高いのですが……」
爆豪「また布切れ野郎がくだらねぇことやってら」
拳藤「円場……鱗……(絶句)」
鉄哲「いや……ダメだ……笑っちゃいけねぇ……!」
物間「いやぁ、これは……B組を応援しなきゃいけないのに……w」
ブラド「戦闘訓練中だぞォォォ!!」
相澤「……戦術としては成立してるのが本当に腹立つな」
オ-ルマイト「わっはっは!あの二人はずいぶんと困惑しているようだ!」
ミッドナイト「……でもあの衣装、ちゃんと似合うように作ってるのよね。悔しいけどセンスはあるわ」
②鱗の撮影会
麗日「衣替くん……完全に楽しんでるね……」
耳郎「今回は特にひどいな」
瀬呂「戦闘中にスマホ出して写真撮る奴、初めて見たんだけど」
葉隠「アハハハ!ダメ、鱗くんの顔が面白すぎる!」
障子「完全に遊んでるな」
骨抜「鱗……うん……頑張れ……」
回原「俺、見ちゃいけねぇ気がしてきた……」
泡瀬「とんでもねぇ精神攻撃」
柳「衣替……こわ」
相澤「……あいつ、あとでスマホ没収した方がいいか?」
ミッドナイト「それは流石にやりすぎじゃない?」
ブラド「なぜだ……なぜ戦闘中に撮影会を始めている……!」
オ-ルマイト「わっはっはっは!実に雄英らしい自由な戦いだ!」
相澤「オールマイト、雄英らしさで片付けないでください」