ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
第1章は、相沢湊という新人パティシエが、キュリオという店の時間を知り、花鳥玲愛に自分の菓子を認められるまでの物語でした。
今回やりたかったのは、単純に「新人パティシエがカトレアに認められる話」ではなく、「菓子を作る側」と「客席を守る側」が、互いの仕事を見ていく話です。
相沢湊は、菓子を作る技術も、香りを残す感性も持っています。
ただし、最初の彼は、まだ皿の上しか見えていませんでした。
自分の菓子がどう見えるか。
どう評価されるか。
どう記憶に残るか。
そこに意識が向いていた。
一方で、花鳥玲愛は、皿の上だけを見ません。
客席に置かれた時、紅茶と合うか。
会話を邪魔しないか。
一人で来た客の沈黙に置けるか。
ホールスタッフが無理なく運べるか。
店の時間を壊さないか。
そういう、皿の外側まで見ています。
この物語の軸は、湊がその「皿の外側」を知っていくことでした。
そのため、序盤では玲愛にかなり厳しく切られます。
「店に出せるものではありません」
「あなたは、まだ皿の上だけを見ています」
「前より整っています。ですが、つまらなくなりましたね」
「私を理由に菓子を作らないでください」
どれも厳しい言葉ですが、玲愛にとってはすべて仕事の言葉です。
甘やかさない。
けれど、見捨てもしない。
この距離感が、カトレアらしさだと思っています。
そして、湊側もただ怒られるだけでは終わりません。
彼は、否定されながらも、自分が本当は誰のために菓子を作りたかったのかを思い出します。
評価されるためではない。
花鳥玲愛一人に認められるためでもない。
食べた人の時間を、少しだけ軽くするため。
そこに戻ったことで、ようやく彼の菓子はキュリオの客席に置けるものになりました。
最後の話で玲愛が見ていたのは、味そのものではなく客席です。
客が一口食べた後、会話を止めすぎない。
紅茶に自然に手が伸びる。
一人客が少しだけ表情を緩める。
皿がきれいに戻る。
店の空気を壊していない。
それでいて、少しだけ記憶に残る。
その全部を見たうえで、玲愛はようやく言います。
「キュリオの商品として、合格です」
ここがこの物語の仕事面でのゴールでした。
ただ、この物語のもう一つの狙いは、カトレアのツンデレ成分をしっかり堪能することでもあります。
なので、仕事として認めた後に、玲愛個人として「もう一つ、いただけますか」と言わせました。
もちろん本人は「確認です」「商品としての再確認です」と言い張ります。
でも、それが本当に仕事だけなら、わざわざ営業後にもう一つ求める必要はないわけです。
このあたりが、この時点での玲愛の最大限のデレだと思います。
好きとは言わない。
特別扱いとも認めない。
でも、食べたい。
確認したい。
明日もまた見たい。
その行動の方に、彼女の感情が少しだけ漏れている。
エピローグでは、その関係を日常に戻しました。
湊の菓子は、キュリオの時間の中に置かれ始めました。
そして玲愛は、それを「特別扱いではありません」と言い張りながら、確認用の菓子を持ち帰ります。
第1章は「菓子を認める」話でした。
花鳥玲愛は、新人パティシエの菓子を認めた。
けれど、相沢湊本人を特別扱いしているわけではない。
少なくとも、本人はそういうことにしています。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。