花鳥玲愛は、甘さを認めない   作:エーアイ

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第14話 花鳥玲愛は、説明文を直しているだけ

 案内文は、客席に出る前の皿である。

 

 花鳥玲愛は、そう考えていた。

 

 菓子そのものではない。

 

 紅茶でもない。

 

 皿でもない。

 

 だが、客がそれを選ぶ前に、最初に触れる言葉だ。

 

 言葉が強すぎれば、菓子より前に出る。

 

 言葉が弱すぎれば、客に届かない。

 

 作り手の意図をそのまま並べても、客席では重くなる。

 

 かといって、ただ柔らかくすればいいわけでもない。

 

 キュリオの商品として出すなら、案内文も店の一部だ。

 

 だから確認する。

 

 当然の仕事だった。

 

 決して、相沢湊の菓子を必要以上に見ているわけではない。

 

 まして、彼の言葉を直すことに何か別の意味があるわけでもない。

 

 玲愛は、そう整理してから、手元の紙を見た。

 

 湊が書いた案内文。

 

 そこには、少し丁寧すぎる字でこう書かれていた。

 

 紅茶と合わせて香りの変化を楽しむ焼き菓子です。

 

 悪くはない。

 

 間違ってはいない。

 

 紅茶と合わせる。

 

 香りの変化を楽しむ。

 

 焼き菓子。

 

 どれも事実だ。

 

 ただ、事実を並べすぎている。

 

 作り手が、自分の意図を説明している文だった。

 

 客がそれを読んだ時、少しだけ身構える。

 

 楽しむ、という言葉が先に立ちすぎている。

 

 香りの変化、という表現も、菓子を分析させる方向へ寄せている。

 

 湊らしい。

 

 真面目で、逃げていない。

 

 だが、少し作り手側に寄りすぎている。

 

「……固いわね」

 

 誰に聞かせるでもなく、玲愛は呟いた。

 

 ホールの片隅。

 

 開店前の客席は、まだ静かだった。

 

 森崎乃々香が窓際の席を整えている。

 

 厨房からは、三枝誠司の指示と、湊の短い返事が聞こえる。

 

 有坂直人はカウンター近くで、今日の予約表を確認していた。

 

 いつもの朝。

 

 いつもの店。

 

 その中に、湊の焼き菓子は少しずつ置き場所を作り始めている。

 

 だからこそ、言葉も整えなければならない。

 

「花鳥さん」

 

 森崎が近づいてきた。

 

「相沢さんの案内文ですか?」

 

「ええ」

 

「真面目ですね」

 

「真面目です」

 

「でも、お客様に見せるには、少し説明っぽいかもしれません」

 

 森崎の言葉に、玲愛は小さく頷いた。

 

「その通りです」

 

「やっぱり」

 

「森崎さんなら、どう説明しますか」

 

「えっ、私ですか?」

 

「実際に客席で案内するのは、あなたたちです」

 

「あ、はい」

 

 森崎は少し考えた。

 

「紅茶と一緒に、少し休みたい時に……とかでしょうか」

 

 玲愛は、紙に視線を戻した。

 

 悪くない。

 

 森崎の言葉は素直だ。

 

 客席に近い。

 

 ただ、少し口語に寄りすぎる。

 

 案内カードに載せるなら、もう一段だけ整える必要がある。

 

「参考にします」

 

「はい」

 

「窓際の席、椅子の角度が少し外側です」

 

「あ、すみません」

 

「謝罪ではなく、修正してください」

 

「はい」

 

 森崎はすぐに戻った。

 

 玲愛は紙を見つめる。

 

 紅茶と合わせて香りの変化を楽しむ焼き菓子です。

 

 違う。

 

 湊の菓子は、楽しませようとして前に出るものではない。

 

 香りの変化を見せつけるものでもない。

 

 紅茶の横に置かれた時、客が少しだけ息をつく。

 

 一人で本を読んでいる客。

 

 会話の途中で紅茶に手を伸ばす客。

 

 仕事帰りに、少しだけ甘いものを足したい客。

 

 そういう時間に、強く割り込まない。

 

 けれど、何もなかったことにはならない。

 

 控えめで、静かで、それでも少しだけ残る。

 

 その加減が、湊の菓子には必要だった。

 

 玲愛はペンを取った。

 

 いくつか言葉を書く。

 

 紅茶とともに、静かな甘さを。

 

 違う。

 

 静かな、という言葉が少し作為的だ。

 

 紅茶の時間に寄り添う焼き菓子。

 

 悪くない。

 

 だが、寄り添う、は少し甘すぎる。

 

 紅茶と一緒に、少しだけ休みたい時に。

 

 森崎の言葉に近い。

 

 分かりやすいが、少し口語が残る。

 

 玲愛は、もう一度湊の焼き菓子を思い出した。

 

 皿の上に置かれた、小さな菓子。

 

 強すぎない香り。

 

 甘さは引く。

 

 紅茶を飲むと、少しだけ輪郭が戻る。

 

 客席で食べれば、会話を邪魔しない。

 

 家で食べれば、少しだけ近い。

 

 そこまで思い出して、玲愛は手を止めた。

 

 家で食べた時のことは、案内文には関係ない。

 

 ないはずだ。

 

 これは客席用の言葉である。

 

 玲愛自身の夜の時間に残った印象を、混ぜてはいけない。

 

 そう思ったのに、ペンは動いた。

 

 紅茶のそばに、少しだけ甘さがほしい時に。

 

 書いた後、玲愛はしばらくその文字を見た。

 

 悪くない。

 

 紅茶が主役でもない。

 

 菓子が主役でもない。

 

 甘さを押しつけてもいない。

 

 少しだけほしい時。

 

 それなら、客が選べる。

 

 疲れている時。

 

 会話の合間。

 

 一人で休みたい時。

 

 大きな皿ではなく、小さな甘さが必要な時。

 

 湊の菓子は、そこに置ける。

 

 玲愛は、案内文をもう一度読み直した。

 

 紅茶のそばに、少しだけ甘さがほしい時に。

 

 悪くない。

 

 悪くないが、少しだけ近い。

 

 湊の菓子を分かりすぎている気がした。

 

 いや、違う。

 

 商品を理解するのは仕事だ。

 

 客席に出すものを理解せずに、案内文は作れない。

 

 だから、これは仕事である。

 

 そう整理したところで、厨房側から湊が顔を出した。

 

「花鳥さん」

 

「何ですか」

 

「案内文、確認していただけましたか」

 

「今、確認しています」

 

「あ、すみません」

 

「謝罪は不要です。ちょうど修正案を出すところでした」

 

 湊は、少し緊張した顔で近づいてきた。

 

 玲愛は、まず湊の案内文を指した。

 

「この文は、事実としては間違っていません」

 

「はい」

 

「ただし、作り手側の説明です」

 

「作り手側」

 

「紅茶と合わせて香りの変化を楽しむ、というのは、あなたが客にしてほしいことです」

 

 湊は少しだけ目を伏せた。

 

「はい」

 

「ですが、客は分析するために菓子を選ぶわけではありません」

 

「はい」

 

「香りの変化、という言葉も少し硬いです。楽しむ、という言葉も、こちらから楽しみ方を指定しているように見えます」

 

「……なるほど」

 

 湊はノートを出そうとした。

 

「今は書かなくて結構です。まず聞いてください」

 

「あ、はい」

 

 玲愛は、修正した紙を湊へ向けた。

 

「こう直します」

 

 湊は、その文を見た。

 

 紅茶のそばに、少しだけ甘さがほしい時に。

 

 湊の表情が、分かりやすく止まった。

 

 それから、ゆっくり顔を上げる。

 

「花鳥さん、その表現……」

 

「客に伝わる言葉へ直しただけです」

 

 玲愛は、すぐに言った。

 

 少し早かった。

 

 早すぎたかもしれない。

 

 湊は、紙と玲愛を交互に見た。

 

 茶化す様子はなかった。

 

 驚いている。

 

 そして、たぶん、少し嬉しそうだった。

 

「でも、俺が作りたかったものに近いです」

 

 玲愛は、ペンを持つ指に少しだけ力を入れた。

 

「作り手の意図を、客席用に翻訳しただけです」

 

「翻訳」

 

「ええ」

 

「俺の言葉より、ずっと分かりやすいです」

 

「当然です。あなたの文は作り手の説明でしたから」

 

「はい」

 

「客席に出すなら、客が選べる言葉にする必要があります」

 

「はい」

 

「あなたがどう作ったかではなく、客がどういう時に選べるかを示すべきです」

 

「分かりました」

 

 湊は、もう一度案内文を見た。

 

 紅茶のそばに、少しだけ甘さがほしい時に。

 

 その目が、真剣だった。

 

 自分の菓子を見ている目。

 

 けれど、玲愛の言葉も同時に見ている目。

 

 それが、少しだけ落ち着かない。

 

「花鳥さん」

 

「何ですか」

 

「この言葉、使わせてください」

 

「案内文として修正したのですから、使うためのものです」

 

「はい」

 

「礼は不要です」

 

「まだ言っていません」

 

「言いそうな顔をしていました」

 

「……ありがとうございます」

 

「不要だと言いました」

 

「でも、言います」

 

 湊は頭を下げた。

 

 玲愛は視線を紙へ戻した。

 

「言葉だけで商品が良くなるわけではありません」

 

「はい」

 

「この案内文に皿が負けるなら、修正が必要です」

 

「皿が負ける」

 

「言葉が客に期待を持たせすぎると、菓子が小さく見えます」

 

「はい」

 

「逆に、菓子の方が強すぎると、案内文が嘘になります」

 

「はい」

 

「紅茶のそばに、少しだけ甘さがほしい時に。そう書くなら、皿はその範囲に収まる必要があります」

 

「……はい」

 

 湊は、ゆっくり頷いた。

 

 ただ嬉しがるだけではない。

 

 言葉が皿への要求になることを理解している。

 

 そこは評価できる。

 

 評価できるだけだ。

 

「次の試作では、この案内文に合わせて確認してください」

 

「分かりました」

 

「ただし、言葉に合わせすぎて、あなたの香りを消さないこと」

 

 言ってから、玲愛は少しだけ黙った。

 

 また踏み込んだ。

 

 湊も、それに気づいたようだった。

 

「花鳥さん」

 

「何ですか」

 

「それも、客席用の翻訳ですか」

 

「当然です」

 

「俺の香りを消さないことも?」

 

「あなたの菓子として出す以上、必要です」

 

「はい」

 

「勘違いしないでください」

 

「しません」

 

「本当に?」

 

「少しだけ、します」

 

「しないでください」

 

「はい」

 

 いつものやり取りだった。

 

 だが、今日は少しだけ危なかった。

 

 玲愛は、湊の香りを消さないこと、と言った。

 

 初日に残った香り。

 

 消しすぎてつまらなくなった香り。

 

 自分を理由にしようとして拒絶した香り。

 

 客席に戻って、ようやく置き場所を見つけた香り。

 

 その全部を思い出して、出た言葉だった。

 

 だが、それを説明する必要はない。

 

 これは仕事である。

 

「森崎さんにも確認します」

 

 玲愛は言った。

 

「実際に客へ案内する時、不自然でないかを見る必要があります」

 

「はい」

 

「有坂店長にも、案内カードとしての最終確認を取ります」

 

「分かりました」

 

「三枝さんには、案内文に合わせた提供温度と焼き上がりを共有してください」

 

「はい」

 

「あなたは、次の皿を用意してください」

 

「はい」

 

 湊は、紙を受け取った。

 

 その時、少しだけ大切そうに持った気がした。

 

 気のせいかもしれない。

 

 紙一枚だ。

 

 案内文の修正案。

 

 仕事の資料。

 

 大切に持つほどのものではない。

 

 だが、湊はそれをノートに挟んだ。

 

 きちんと、折れないように。

 

 玲愛はそれを見てしまった。

 

 見ただけだ。

 

「相沢さん」

 

「はい」

 

「案内文は、皿を縛るものではありません」

 

「はい」

 

「皿を客席へ運ぶためのものです」

 

「分かりました」

 

「なら、折りたたんでしまっても問題ありません」

 

 湊は、一瞬だけ自分のノートを見た。

 

 そして、少しだけ笑いそうになった。

 

 だが、笑わなかった。

 

「なくしたくないので」

 

 玲愛は言葉を止めた。

 

「……そうですか」

 

「はい」

 

「なくしても、こちらに控えはあります」

 

「分かっています」

 

「なら結構です」

 

 玲愛は席を立った。

 

 これ以上、この紙について話す必要はない。

 

 案内文の確認は終わった。

 

 修正方針も伝えた。

 

 次の作業も決めた。

 

 つまり、この場は終わりである。

 

 ホールへ戻ると、森崎が近づいてきた。

 

「花鳥さん、案内文、決まりましたか?」

 

「仮案です」

 

「見てもいいですか?」

 

「ええ」

 

 玲愛は控えの紙を渡した。

 

 森崎は声に出さず、目で読んだ。

 

 紅茶のそばに、少しだけ甘さがほしい時に。

 

 森崎の表情が、少し明るくなった。

 

「あ、これ、分かりやすいです」

 

「そうですか」

 

「はい。お客様に言いやすいです。甘いものを食べたいですか、って聞くより、紅茶のそばに少しだけ、って言える方が柔らかいです」

 

「なら、候補として残します」

 

「相沢さん、喜びそうですね」

 

「案内文は喜ぶためのものではありません」

 

「はい」

 

「客に伝えるためのものです」

 

「はい」

 

 森崎は頷いた。

 

 だが、少しだけ楽しそうだった。

 

「何ですか」

 

「いえ。花鳥さん、相沢さんの菓子のこと、すごく分かっているんだなと思って」

 

 玲愛は、紙を戻す手を止めた。

 

「商品理解です」

 

「はい」

 

「客席に出す以上、理解せずに案内することはできません」

 

「はい。そうですね」

 

 森崎はそれ以上踏み込まなかった。

 

 その引き際は、悪くない。

 

 ただ、顔にはまだ少しだけ何か残っていた。

 

 玲愛は、窓際の席へ視線を向けた。

 

「森崎さん」

 

「はい」

 

「午後の一名予約席、メニューカードの位置を確認してください」

 

「はい」

 

 森崎が動く。

 

 玲愛は、手元の控えを見る。

 

 紅茶のそばに、少しだけ甘さがほしい時に。

 

 自分で書いた言葉だ。

 

 だが、湊の菓子がなければ出てこなかった言葉でもある。

 

 それは、認める。

 

 商品理解として。

 

 客席用の翻訳として。

 

 決して、それ以上の意味ではない。

 

 昼の営業中、その案内文は試しにホール内で使われた。

 

 まだ正式なカードではない。

 

 森崎が常連客に説明する。

 

「紅茶のそばに、少しだけ甘さがほしい時に合う焼き菓子です」

 

 客は少し笑って、注文した。

 

 悪くない反応だった。

 

 湊の皿が出る。

 

 紅茶の横に置かれる。

 

 客が一口食べる。

 

 会話を止めすぎない。

 

 紅茶に手が伸びる。

 

 玲愛はそれを見た。

 

 言葉と皿が、大きくずれていない。

 

 それは良いことだった。

 

 有坂も、少し離れた場所でその様子を見ていた。

 

「花鳥さん」

 

 営業の合間、有坂が声をかけてきた。

 

「案内文、いいね」

 

「仮案です」

 

「うん。仮案としていい」

 

「最終決定ではありません」

 

「分かってるよ」

 

 有坂は笑った。

 

「でも、相沢くんの菓子らしい言葉だと思う」

 

「客に伝わるよう直しただけです」

 

「そういうことにしておく」

 

「店長」

 

「余計だったね」

 

 有坂はそれ以上言わず、カウンター側へ戻った。

 

 玲愛は小さく息を吐いた。

 

 なぜ皆、同じような反応をするのか。

 

 玲愛はただ、案内文を直しただけだ。

 

 湊の菓子を、客席へ出すための言葉に整えただけ。

 

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

 閉店後。

 

 湊は、案内文をノートに貼るのではなく、別紙に丁寧に書き写していた。

 

 玲愛は、厨房の入口でそれを見てしまった。

 

「相沢さん」

 

「はい」

 

「何をしているのですか」

 

「案内文を書き写しています」

 

「なぜですか」

 

「次の試作で、見ながら作りたいので」

 

「書き写す必要はありません。控えはあります」

 

「はい。でも、自分で書いた方が覚えるので」

 

 玲愛は少しだけ黙った。

 

 湊は、丁寧に文字を書いている。

 

 紅茶のそばに、少しだけ甘さがほしい時に。

 

 玲愛が書いた言葉を、湊が自分の字で写している。

 

 それだけだ。

 

 それだけのはずなのに、なぜか妙に落ち着かない。

 

「文字に引っ張られすぎないことです」

 

 玲愛は言った。

 

「はい」

 

「皿は言葉の説明ではありません」

 

「はい」

 

「ですが、言葉と皿が離れすぎてもいけません」

 

「分かっています」

 

「本当に?」

 

「半分くらいです」

 

「では、残り半分は次の試作で確認します」

 

「はい」

 

 湊は手を止めて、玲愛を見た。

 

「花鳥さん」

 

「何ですか」

 

「この言葉を、皿に戻してみます」

 

 玲愛は、少しだけ目を細めた。

 

「戻す?」

 

「はい。花鳥さんが客席用に翻訳してくれたなら、それをもう一度、菓子に戻してみたいです」

 

 言葉を皿に戻す。

 

 それは、少し危うい言い方だった。

 

 だが、悪くない。

 

 少なくとも、ただ玲愛に合わせるという意味ではない。

 

 客席へ出すための言葉を、もう一度作り手の手元へ戻す。

 

 その循環は、商品として必要だった。

 

 玲愛は頷いた。

 

「構いません。ただし、私の言葉として扱わないこと」

 

「はい」

 

「客席に必要な言葉です」

 

「分かっています」

 

「本当に?」

 

 湊は、少しだけ考えた。

 

「分かるように、作ります」

 

 玲愛は、そこで返す言葉を一瞬失った。

 

 ずるい返事だと思った。

 

 分かっています、ではない。

 

 分かりません、でもない。

 

 作ることで分かろうとしている。

 

 それは、湊らしい答えだった。

 

「では、明日確認します」

 

「お願いします」

 

「必要があれば、です」

 

「はい」

 

「勘違いしないでください」

 

「少しだけ、します」

 

「しないでください」

 

「努力します」

 

「実行してください」

 

「はい」

 

 湊は頷いた。

 

 玲愛は厨房を離れた。

 

 ホールには、閉店後の静けさがある。

 

 今日も店は終わった。

 

 だが、明日の皿には、今日の言葉が乗る。

 

 紅茶のそばに、少しだけ甘さがほしい時に。

 

 その言葉を、湊は皿に戻すと言った。

 

 玲愛は、それを待っているわけではない。

 

 ただ、確認する必要がある。

 

 言葉と皿が、客席でずれていないか。

 

 湊の香りが、消えすぎていないか。

 

 甘さが、前に出すぎていないか。

 

 紅茶のそばに置けるものになっているか。

 

 それを確認するだけだ。

 

 説明文を直しただけ。

 

 客に伝わる言葉へ整えただけ。

 

 作り手の意図を、客席用に翻訳しただけ。

 

 それ以上の意味はない。

 

 そう言い聞かせながら、玲愛は案内文の控えを手帳に挟んだ。

 

 持ち帰る必要はない。

 

 明日も店で確認できる。

 

 だが、手帳に挟んでおけば、朝すぐに確認できる。

 

 それだけだ。

 

 玲愛は手帳を閉じた。

 

 紙一枚分だけ、手帳がわずかに厚くなった気がした。

 

 気のせいだ。

 

 そういうことにした。

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