歓迎会の店を選ぶ。
それは、思っていたよりも厄介な作業だった。
花鳥玲愛は、キュリオのホールカウンターで手帳を開いていた。
閉店前の空き時間。
客席は落ち着いている。
森崎乃々香は、窓際のテーブルを整えている。
有坂直人は、奥で帳票を確認している。
三枝誠司は厨房で仕込みの確認をしている。
相沢湊は、焼き菓子の提供記録をまとめている。
もちろん、キュリオで働いているのは、この場にいる人間だけではない。
時間帯によって顔を合わせるスタッフも違う。
ホールにも厨房にも、シフトの都合で今ここにいない者がいる。
今回の歓迎会は、店全体を一度に動かす大きな会ではない。
湊の菓子に直接関わってきた者たちと、当日勤務後に無理なく参加できる者たちで行う、小さな歓迎の席。
有坂はそう言った。
だからといって、簡単になるわけではない。
小さな会には、小さな会なりの調整がある。
人数が少ないからこそ、席の距離も、会話の流れも、主役への視線も、曖昧にできない。
それぞれが、それぞれの仕事をしている。
だから玲愛も、自分の仕事をしているだけだった。
歓迎会の幹事。
店の行事。
業務上必要な調整。
私用ではない。
特別扱いでもない。
玲愛は、候補店の一覧を手帳に写した。
駅からの距離。
予算。
席数。
騒がしさ。
料理の内容。
匂いの残りやすさ。
翌日の営業への影響。
参加予定者の帰宅経路。
当日参加者が一人二人増えた場合の席調整。
主役の過ごしやすさ。
最後の項目を書いたところで、玲愛はほんの少しだけペンを止めた。
主役の過ごしやすさ。
必要な項目である。
歓迎会なのだから、主役が過度に疲れる店を選ぶわけにはいかない。
相沢湊が翌日、厨房で半拍遅れるようでは意味がない。
体調管理も、店の品質管理である。
だから必要だ。
それ以上ではない。
「花鳥さん」
森崎が声をかけてきた。
「何ですか」
「歓迎会のお店、もう候補出しているんですか?」
「候補を比較している段階です」
「さすがです」
「感心するほどのことではありません。幹事として当然です」
玲愛は候補店の一つに線を引いた。
「騒がしすぎる店は不可です」
「あ、やっぱりですか」
「当然です。主役の挨拶が聞こえない店で歓迎会を行う意味がありません」
「確かに」
「それに、翌日の営業に影響する匂いの強い料理も避けるべきです」
「匂いですか?」
「厨房スタッフもホールスタッフも、翌日店に立ちます。香りの残り方は軽視できません」
「そこまで見るんですね」
「見ます」
玲愛は即答した。
「店の行事ですから」
森崎は、少しだけ笑った。
「花鳥さんが幹事なら、すごくちゃんとした歓迎会になりそうです」
「ちゃんとしなければ困ります」
「はい」
「森崎さん」
「はい」
「予算感も確認します」
「え、私のですか?」
「森崎さんを含め、若いスタッフが気を遣う予算は避けます。参加する時点で負担を感じる会は、歓迎会として不適切です」
「ありがとうございます」
「礼を言う場面ではありません」
「でも、助かります」
森崎は素直に言った。
玲愛は、それ以上返さず、候補表へ視線を戻した。
森崎を含む若いスタッフが参加しやすい予算。
これは必要項目である。
無理をして参加する会など、歓迎会ではない。
店の行事として不適切だ。
そう。
全部、仕事の判断である。
次に、三枝のことを考える。
料理にこだわりすぎる店は避けた方がよい。
三枝は穏やかだが、厨房長である。
料理が悪すぎれば気づく。
良すぎても分析を始める。
主役の歓迎会で、厨房長が料理の構成に意識を持っていかれるのは、少し困る。
ほどよく良い店。
料理が雑ではなく、しかし主役より前に出すぎない店。
これも必要な判断だった。
有坂店長についても考える。
有坂が場を回しやすい席が必要だ。
店長として乾杯の言葉を言うだろう。
だが、あの人は前に出すぎない。
場の中央を取りすぎず、全体を見られる位置が向いている。
テーブルが長すぎる店は避ける。
個室ならよいが、完全に閉じすぎると森崎が緊張するかもしれない。
半個室。
声は通るが、周囲が騒がしすぎない場所。
当日参加できるスタッフが増えても、席を一つ二つ調整できること。
玲愛は候補店の二つ目に丸を付けかけて、止めた。
料理はよい。
席も悪くない。
だが、駅から少し遠い。
歓迎会の後、湊が翌日の仕込みを考えながら帰るには、少し負担がある。
玲愛は、そこまで考えてから眉を寄せた。
なぜ今、相沢湊の帰り道を最初に考えたのか。
主役だからである。
幹事として当然だ。
それだけだ。
「花鳥さん」
今度は厨房側から湊が声をかけてきた。
玲愛は手帳を閉じずに顔を上げた。
「何ですか」
「苦手なものの件ですが、まとめました」
「見せてください」
「はい」
湊が一枚のメモを差し出した。
食べられないものは特にありません。
ただ、匂いが強い料理が続くと、翌朝の香りの判断が少し鈍る可能性があります。
翌日に仕込みが多い場合は、遅い時間は避けたいです。
湊らしい書き方だった。
自分の好みより、翌日の作業への影響を先に書いている。
それは良い。
良いが。
「相沢さん」
「はい」
「これは苦手なものの回答ではなく、作業影響の報告です」
「すみません」
「謝罪ではなく、質問に答えてください」
「はい」
「食べられないものは」
「特にありません」
「苦手な味は」
「極端に辛いものは、翌日に残る気がします」
「なぜ最初からそう書かないのですか」
「仕事に関係ないかと思って」
「歓迎会の店選びには関係します」
「はい」
「主役が食べにくいものを出す店を選ぶのは、幹事として不適切です」
湊は、少しだけ目を瞬かせた。
「主役、ですか」
「歓迎会なのですから当然です」
「……はい」
「何ですか」
「いえ。ちゃんと歓迎会なんだなと思って」
玲愛は、一瞬だけ言葉を止めた。
ちゃんと歓迎会。
それは当たり前だ。
有坂が決めた。
三枝が賛成した。
森崎も楽しみにしている。
参加できるスタッフにも、確認を回すことになる。
玲愛は幹事を任された。
なら、ちゃんとする。
それだけの話だ。
「適当に行うつもりはありません」
「はい」
「店の行事です」
「分かっています」
「本当に?」
「はい」
湊は真面目に頷いた。
それで会話は終わるはずだった。
だが、湊は少しだけ迷ってから続けた。
「ありがとうございます。俺の苦手なものまで確認してくださって」
「相沢さんの好みを確認する必要があります」
玲愛は即座に返した。
「主役が食べられないものを選ぶのは、幹事として不適切です」
「はい」
「それ以上の意味はありません」
「分かっています」
「本当に?」
「はい」
湊はまた真面目に頷いた。
玲愛は、なぜか少しだけ不満になった。
分かっているなら、それでいい。
それなのに、なぜ引っかかるのか。
考える必要はない。
玲愛はメモを手帳に挟んだ。
「候補店が絞れたら、確認します」
「分かりました」
「ただし、主役に決定権はありません」
「ないんですか」
「幹事が調整します」
「はい」
「あなたは、参加してください」
「分かりました」
湊は頭を下げ、厨房へ戻っていった。
その背中を見送る必要はない。
玲愛は、すぐに候補店の比較へ戻った。
戻った。
戻ったはずだった。
だが、手帳に挟んだ湊のメモが、少しだけ気になった。
極端に辛いものは避ける。
匂いが強い料理も避ける。
翌日に仕込みが多い日は避ける。
遅い時間も避ける。
店選びの条件は、かなり絞られてきた。
玲愛は、候補店を三つに減らした。
一つ目。
駅近で予算も手頃。
だが、店内が騒がしい。
不可。
二つ目。
料理は良い。
席も悪くない。
人数が増えた場合の席調整も可能。
だが、少し高い。
森崎や若いスタッフが気を遣う可能性がある。
保留。
三つ目。
駅から近い。
半個室がある。
料理は派手ではないが、匂いが残りにくい。
辛すぎるものも少ない。
席の配置も調整できる。
当日参加できるスタッフが一人二人増えても、席を詰めすぎずに済む。
有坂が場を回しやすい。
三枝が料理に口を出しすぎるほど尖っていない。
森崎を含む若いスタッフも参加しやすい予算。
湊が主役として過度にいじられずに済む。
玲愛は、三つ目に小さく丸を付けた。
業務上、妥当な判断だった。
その日の閉店後、玲愛は有坂に候補表を見せた。
「早いね」
有坂は紙を受け取って笑った。
「比較しただけです」
「この三つ目が第一候補?」
「はい。理由は記載の通りです」
有坂は表を見る。
「駅近、半個室、予算、翌日への影響、席配置……うん、よく見てる」
「幹事として必要な範囲です」
「当日参加できるスタッフが増えた場合の席調整も入ってるね」
「参加対象が関係者中心であっても、当日の勤務状況で参加可能な方が出る可能性はあります」
「そうだね」
「予約時点で完全に五名固定にすると、後で調整しづらくなります」
「うん。助かるよ」
「助かる、というほどのことではありません」
有坂は少しだけ笑った。
「主役の過ごしやすさ、という項目もあるね」
「歓迎会ですので」
「そうだね」
有坂はそれ以上、深く突っ込まなかった。
だが、少しだけ笑っている。
玲愛は目を細めた。
「何か」
「いや、いいと思うよ。かなり」
「でしたら、この店で仮押さえします」
「お願い」
三枝も横から候補表を覗いた。
「料理も悪くなさそうだね。これなら俺も余計なこと言わずに済みそう」
「余計なことを言わない前提で参加してください」
「努力するよ」
「実行してください」
「はいはい」
森崎は候補店の名前を聞いて、素直に喜んだ。
「あ、ここなら帰りやすいです。嬉しいです」
「帰宅経路は重要です」
「ありがとうございます」
「礼は不要です」
「でも、助かります」
またその言い方だった。
助かります。
湊も言う。
森崎も言う。
有坂も言う。
こちらは業務として当然のことをしているだけなのに。
玲愛は、候補表を手帳に戻した。
「では、明日予約状況を確認します」
「花鳥さん」
有坂が言った。
「無理しすぎないでね」
「無理ではありません」
「うん。そう言うと思った」
「店長」
「ありがとう。助かってるよ」
玲愛は、返答に一瞬だけ困った。
有坂は、こういう言い方をする。
店長として、柔らかく逃げ道を塞ぐ。
「……必要な業務です」
「うん。必要な業務」
有坂は頷いた。
それで話は終わった。
終わったはずだった。
けれど、自宅に戻ってからも、玲愛の頭の中には候補店の比較表が残っていた。
靴を揃える。
手を洗う。
髪をほどく。
鞄を置く。
仕事の顔を落とす。
そこまでは、いつも通りだった。
だが、テーブルに手帳を置いた瞬間、また考えてしまう。
歓迎会の店。
第一候補。
半個室。
駅から近い。
匂いが残りにくい料理。
辛すぎるものが少ない。
森崎や若いスタッフが気を遣わない予算。
三枝が分析しすぎない料理。
有坂が場を回しやすい席。
参加者が一人二人増えても調整できる席。
湊が過度にいじられない導線。
「……どうして、こんなに条件が多いのよ」
玲愛は、小さく呟いた。
職場なら絶対に言わない声だった。
条件が多いのは当然だ。
幹事なのだから。
店の行事なのだから。
歓迎会なのだから。
参加者が無理なく過ごせるように整える必要がある。
それだけだ。
それだけなのに、手帳を開く手が少し重い。
玲愛は椅子に座った。
手帳を開く。
候補店のページを見る。
三つ目の候補に丸が付いている。
自分で付けた丸だ。
理由も書いてある。
業務上、妥当。
問題ない。
問題ないはずなのに。
「……相沢さん、こういう店で本当に落ち着けるのかしら」
言ってから、玲愛は自分で眉を寄せた。
「違う。主役の過ごしやすさの確認よ」
すぐに訂正する。
だが、声に出した時点で、もう少しだけ負けている気がした。
玲愛は候補店の料理内容をもう一度見る。
極端に辛いものはない。
匂いも強すぎない。
食後に軽い飲み物も選べる。
甘いものは、簡単なデザート程度。
湊が仕事の目で見すぎるほど本格的な菓子ではない。
それは良い。
歓迎会でまで菓子を分析されては困る。
主役には、少しは主役として座っていてもらわなければならない。
「……少しは楽しみなさいよ」
玲愛は、誰もいない部屋で呟いた。
すぐに、顔が熱くなる。
「違う。楽しむのも歓迎会の目的の一部でしょう」
訂正する。
これも仕事の理由だ。
歓迎会は、参加者が無理なく過ごせて初めて意味がある。
主役が気疲れして翌日崩れるようでは、本末転倒だ。
だから、楽しめる方がいい。
楽しませたいわけではない。
いや、歓迎会なのだから、楽しめなければ困る。
では、楽しませたいという表現も完全には間違っていない。
そこまで考えて、玲愛は額に手を当てた。
「……何を考えているのよ、私は」
自宅の静けさが、やけに大きい。
キュリオなら、仕事の音がある。
カップの音。
椅子を引く音。
厨房の音。
森崎の声。
三枝の確認。
有坂の柔らかい指示。
湊の作業音。
ほかのスタッフが行き来する足音。
そういうものに紛れて、考えすぎずに済む。
だが、家ではそうはいかない。
手帳と、自分の声だけが残る。
玲愛は、候補店のページに戻った。
席配置の欄を見る。
有坂は上座側。
三枝は料理が見える側。
森崎は話しやすい位置。
当日参加できるスタッフが増えた場合、端席を一つ空けられる配置。
湊は、中央すぎない位置。
主役なのに中央すぎない。
その矛盾に、玲愛は少しだけ悩んだ。
主役だから中央に置く。
それが普通だ。
だが、湊はたぶん、中央に置かれると気を遣いすぎる。
礼を言いすぎる。
笑いすぎる。
翌日、厨房の音が重くなる。
なら、中央から少し外した方がいい。
でも、外しすぎると歓迎会らしくない。
見えている。
けれど、囲まれすぎない。
話を振られても逃げられる。
料理を取りやすい。
森崎からも話しかけやすい。
三枝がフォローできる。
有坂が場を戻せる。
参加者が少し増えても、主役が埋もれない。
玲愛は、席の簡単な図を描いた。
湊の位置を決める。
それから、自分の位置を考えた。
幹事だから、出入りしやすい場所。
注文を確認しやすい場所。
参加者の様子を見られる場所。
当然、端である。
湊の近くにする必要はない。
ないはずだった。
だが、湊が主役として気を遣いすぎた時、誰が話を切るのか。
森崎では少し弱い。
三枝は厨房側から助けるだろうが、細かい空気の調整は難しい。
有坂はできる。
だが、店長が毎回助けると、湊が恐縮する。
なら、自分が見える位置にいる方がよい。
幹事として。
玲愛は、自分の席を湊の斜め向かいに置いた。
すぐにペンを止めた。
「……近くない?」
素の声が出た。
慌てて言い直す。
「違うわ。参加者全体を見るにはこの位置が妥当なのよ」
参加者全体を見る。
湊も見える。
森崎も見える。
三枝も見える。
有坂も見える。
追加で参加するスタッフがいても、流れを見られる。
出入りもできる。
注文も確認できる。
だからこの位置。
湊の斜め向かいだからではない。
ない。
「……本当に?」
自分で言ってしまった。
玲愛は、手帳を閉じかけた。
しかし、閉じる前にもう一度席図を見る。
湊の位置。
自分の位置。
有坂の位置。
三枝の位置。
森崎の位置。
予備席。
悪くない。
業務上、かなり妥当だ。
玲愛はペンで小さく印を付けた。
仮。
まだ仮だ。
最終決定ではない。
そう書くことで、少しだけ落ち着いた。
次に、湊の好みについて考える。
相沢さんの好みを確認する必要があります。
職場で自分が言った言葉を思い出す。
主役が食べられないものを選ぶのは、幹事として不適切です。
それは正しい。
正しい。
だが、食べられないものだけで十分だろうか。
歓迎会なら、主役が少しでも食べやすいものがある方がいい。
極端に辛くない。
匂いが強すぎない。
胃に重すぎない。
甘さが最後に残りすぎない。
いや、そこまで考える必要はあるだろうか。
ある。
翌日の作業に影響する。
菓子を扱う人間が、翌朝に味や香りの判断を鈍らせるのはよくない。
だから必要だ。
玲愛は、候補店のメニューをもう一度見た。
軽い料理。
温かい料理。
少しだけ甘いもの。
食後に選べる飲み物。
湊なら、どれを選ぶだろう。
湊なら。
玲愛は、そこまで考えて手を止めた。
「……だから、どうして相沢さん基準で見ているのよ」
部屋の中で、また素の声が漏れた。
答えは決まっている。
主役だから。
歓迎会だから。
幹事だから。
店の行事だから。
玲愛はそう自分に言い聞かせた。
だが、今夜は少し効きが悪い。
相沢湊の歓迎会。
その言葉が、妙に残る。
湊はたぶん、歓迎会の場でも何度も礼を言う。
ありがとうございます。
助かります。
ちゃんと受け取れるようにします。
そんなふうに言う。
そして、こちらが「礼は一度で十分です」と言えば、真面目に頷く。
目に浮かぶ。
浮かんでしまう。
「……本当に、面倒な人」
玲愛は呟いた。
今度はすぐに訂正しなかった。
面倒だ。
礼を言いすぎる。
気を遣いすぎる。
こちらの言い訳を壊さない。
仕事の理由を仕事として受け取る。
その上で、まっすぐ助かったと言う。
だから、こちらが困る。
歓迎会の店一つ選ぶだけで、こんなに考えさせられる。
面倒だ。
でも。
ちゃんと歓迎されてほしい、と思ってしまった。
玲愛は、そこで完全に手を止めた。
言葉にしてはいけないものが、頭の中に出た。
ちゃんと歓迎されてほしい。
それは幹事としての判断だ。
そう説明できる。
だが、今の声は少し違った。
湊がキュリオの一員として、変に遠慮せず、無理に恐縮せず、ただ普通に受け取れるようにしたい。
それは、店のためでもある。
だが、湊のためでもあった。
玲愛は息を吐いた。
「……まあ、主役だもの」
それだけ言った。
それ以上は言わない。
認めすぎると、後で困る。
玲愛は手帳に最後のメモを書いた。
主役が過度に気を遣わず、自然に受け取れる場にすること。
書いてから、少し迷う。
この一文は、業務上のメモとして成立する。
成立するはずだ。
ただ、少しだけ個人的に見える。
玲愛は、表現を直した。
主役の負担を抑え、会の目的が成立する場にすること。
これならよい。
仕事の言葉になった。
玲愛は満足して、手帳を閉じた。
照明を少し落とす。
明日、候補店を仮押さえする。
湊には、苦手なものの追加確認をする。
森崎には予算感を確認する。
三枝には料理の内容について、余計な分析をしないことを事前に釘を刺す。
有坂には席配置を見てもらう。
参加予定者が増える場合は、席数を再確認する。
やることは多い。
だが、できる。
いつも通りだ。
店の時間を整えるように、歓迎会の時間も整える。
それだけだ。
ベッドに入る前、玲愛はもう一度だけ手帳を見た。
候補店の丸。
席図。
予備席。
主役の負担。
主役の過ごしやすさ。
その文字が、少しだけ目に残る。
「……特別扱いで選んだわけじゃないわ」
小さく呟く。
誰も聞いていない。
だから、訂正する必要もない。
騒がしすぎる店は不可。
翌日に匂いが残る料理も避ける。
森崎を含む若いスタッフが参加しやすい予算。
当日参加できるスタッフが増えても調整できる席。
三枝が料理に口を出しすぎない店。
有坂が場を回しやすい席。
湊が主役として過度にいじられない導線。
すべて、幹事として必要な判断だ。
その結果、相沢湊が少しでも落ち着いて歓迎されるなら。
それは、会の目的に合っている。
玲愛は手帳を閉じた。
「……ちゃんと、歓迎会にしてあげればいいだけよ」
今度の声は、少しだけ柔らかかった。
玲愛はそれに気づいたが、気づかなかったことにした。
花鳥玲愛は、歓迎会の店を特別扱いで選ばない。
ただ、主役がちゃんと歓迎されたことを受け取れる場所を、幹事として選ぶだけだった。