花鳥玲愛は、甘さを認めない   作:エーアイ

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第5話 相沢湊は、花鳥玲愛の好みを知らない

 つまらなくなりましたね。

 

 その言葉は、最初の「店に出せるものではありません」よりも、別の場所に刺さった。

 

 店に出せない。

 

 それは、分かる。

 

 悔しいが、分かる。

 

 自分のタルトは、キュリオの商品としては不安定だった。

 

 香りが強い。

 

 酸味に頼っている。

 

 皿単体で完結しすぎている。

 

 客席の時間まで見えていない。

 

 だから、直した。

 

 香りを抑えた。

 

 酸味も引いた。

 

 皿の余白も整えた。

 

 ホールが持ちやすい位置も考えた。

 

 紅茶とぶつからないようにした。

 

 キュリオに合わせた。

 

 そのはずだった。

 

 なのに、花鳥玲愛は言った。

 

 前より整っています。

 

 ですが、つまらなくなりましたね。

 

 相沢湊は、厨房の作業台の前で、焼き上がった生地を見つめていた。

 

 朝の仕込みは終わっている。

 

 定番商品の準備も済んでいる。

 

 開店前の厨房には、少しだけ余白があった。

 

 湊はその余白を使って、昨日のタルトの配合を書き直していた。

 

 香りを足せば、また強すぎる。

 

 香りを引けば、つまらない。

 

 酸味を立てれば、説明しすぎる。

 

 酸味を引けば、輪郭がぼやける。

 

 皿の外側を見る。

 

 それは分かる。

 

 客席に届くまでが仕事。

 

 それも、少しだけ分かってきた。

 

 だが。

 

 では、自分は何を残せばいいのか。

 

 そこが分からない。

 

 作業台の隅には、昨日から続くメモが開かれていた。

 

 店に嫌われないための皿では足りない。

 

 あなたが作る理由がない。

 

 最初の方が、香りは残った。

 

 その三行を、湊は何度も見返した。

 

 花鳥玲愛は厳しい。

 

 だが、適当に言っているわけではない。

 

 あの人は、店に不要なものを置きたくない。

 

 それだけなのだと思っていた。

 

 けれど昨日、彼女は違うことを言った。

 

 店に合わせただけの皿を、つまらないと言った。

 

 なら、花鳥玲愛が認める甘さとは、何なのか。

 

 キュリオにふさわしい菓子とは、何なのか。

 

 それを、聞きたいと思った。

 

 聞くべきかは、迷った。

 

 花鳥に聞くと、たぶん怒られる。

 

 それはもう、かなり高い確率で分かっている。

 

 だが、自分だけで考えても、同じ場所を回っている気がした。

 

「相沢くん」

 

 三枝誠司に呼ばれ、湊は顔を上げた。

 

「はい」

 

「今日の焼き菓子、ホールに確認してきてくれる? 新しい皿に変わったから、運びやすさを見てもらいたい」

 

「分かりました」

 

「森崎さんにまず見てもらって。その後、花鳥さんにも確認を取って」

 

「はい」

 

 三枝は、湊のノートにちらりと視線を落とした。

 

「昨日のこと、まだ考えてる?」

 

「はい」

 

「考えるのはいいけど、焼きすぎるなよ」

 

「焼きすぎる、ですか」

 

「菓子も考えも、火を入れすぎると硬くなる」

 

 湊は少しだけ苦笑した。

 

「気をつけます」

 

「まあ、気をつけても焦げる時は焦げるけどね」

 

「三枝さん」

 

「焦げたら削ればいい。持っていきな」

 

「はい」

 

 湊は皿を持った。

 

 焼き菓子を三つ。

 

 小さな皿に、余白を残して置く。

 

 以前なら、もっと綺麗に見える配置を優先していた。

 

 今は、持つ場所を先に考える。

 

 皿の端に指がかかるか。

 

 運ぶ時、菓子が滑らないか。

 

 テーブルに置いた時、客が最初にどこを見るか。

 

 少しずつだが、考える順番が変わってきている。

 

 湊はホールの入口へ向かった。

 

 花鳥玲愛は、窓際のテーブルを確認していた。

 

 椅子の角度を直し、カップの向きを揃え、予約席の配置を見ている。

 

 その動きは、相変わらず無駄がない。

 

 客がいない時間でも、彼女の所作は崩れない。

 

 湊は一瞬だけ立ち止まった。

 

 あの人の基準は、どこから来ているのだろう。

 

 店としての正しさ。

 

 客席を見る目。

 

 紅茶の温度。

 

 皿の位置。

 

 それは分かる。

 

 だが、花鳥玲愛自身は、どんな甘さを好きだと思うのだろう。

 

 考えてから、湊は首を振った。

 

 好き、ではない。

 

 今聞きたいのは、仕事の話だ。

 

 自分の菓子を店に置くための話。

 

 余計な意味はない。

 

 まずは、森崎乃々香に声をかけた。

 

「森崎さん」

 

「あ、相沢さん。新しい皿ですか?」

 

「はい。三枝さんから、運びやすさを確認してもらうように言われました」

 

「見ます」

 

 森崎は皿を受け取った。

 

 持ち上げる。

 

 少し歩く。

 

 テーブルに置く動きを試す。

 

「前より持ちやすいです」

 

「よかったです」

 

「ただ、右側が少し空きすぎているかも。お客様の前に置いた時、焼き菓子が端に寄って見えそうです」

 

「持ちやすさを優先したんですが」

 

「たぶん、花鳥さんも同じことを言うと思います」

 

 森崎は少し笑った。

 

「持ちやすいだけだと、置いた時に寂しいです」

 

 その言葉は、分かりやすかった。

 

 ホールで実際に皿を運ぶ人の言葉だった。

 

「ありがとうございます。位置を直します」

 

「はい」

 

 湊は皿の位置を少し直した。

 

 その時、玲愛がこちらに気づいた。

 

「相沢さん」

 

「はい」

 

「三枝さんからの確認ですか」

 

「はい。新しい皿で、焼き菓子の運びやすさを見ていただきたいと」

 

「分かりました」

 

 花鳥は皿を受け取った。

 

 持ち上げる。

 

 少し傾ける。

 

 歩く時の角度を確認する。

 

 皿の余白を見る。

 

「前よりは良いです」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてはいません」

 

「はい」

 

「ただし、右側の余白が少し広すぎます。客席で置いた時に、菓子が端に寄って見えます」

 

 森崎と同じ指摘だった。

 

 湊は少しだけ背筋を伸ばした。

 

「森崎さんにも、同じことを言われました」

 

「そうですか」

 

 花鳥は、森崎の方を一度見た。

 

「森崎さん」

 

「はい」

 

「今の確認は良いです。持った時と置いた時の両方を見てください」

 

「はい」

 

 森崎は少し嬉しそうに頷いた。

 

 花鳥はすぐに湊へ視線を戻した。

 

「持ちやすさは必要です。ですが、客の前に置かれた瞬間に、皿は客のものになります」

 

「あ……はい」

 

「ホールが運びやすく、客が見た時にも不自然ではない位置を探してください」

 

「分かりました」

 

 湊は皿の位置を直した。

 

 花鳥はそれを見ていた。

 

 無駄のない視線だった。

 

 菓子そのもの。

 

 皿。

 

 運ぶ手。

 

 置いた時の見え方。

 

 彼女は全部をまとめて見ている。

 

 湊は、思わず聞いていた。

 

「花鳥さんなら、どんな菓子を客に出したいですか」

 

 花鳥の視線が、皿から湊へ移った。

 

 その動きは静かだった。

 

 だが、ほんの少しだけ、空気が変わった。

 

「質問の意図は?」

 

「昨日のタルトのことを考えていました」

 

「まだ考えていたのですか」

 

「はい」

 

「それは結構です」

 

 結構。

 

 その言葉だけで、少しだけ救われる。

 

 だが、湊はそこに甘えてはいけないと思った。

 

「店に合わせるだけだと、つまらなくなると言われました」

 

「言いました」

 

「でも、合わせないと、店には出せない」

 

「はい」

 

「だから、花鳥さんが出したいと思う菓子を知りたいと思いました」

 

 花鳥は、すぐに答えた。

 

「キュリオにふさわしいものです」

 

 予想していた答えだった。

 

 それは正しい。

 

 正しいが、それだけでは掴めない。

 

「それは分かります」

 

 湊は言った。

 

「でも、もう少し聞きたいです」

 

「何をですか」

 

「花鳥さん自身は、どんな甘さを認めますか」

 

 その瞬間、花鳥玲愛の表情が動いた。

 

 ほんの少し。

 

 普通なら見逃す程度。

 

 だが、湊には分かった。

 

 彼女が、一瞬だけ答えに詰まった。

 

 森崎が近くで息をのむ気配がした。

 

 今の質問は、踏み込みすぎただろうか。

 

 けれど湊は、恋愛の話をしているつもりではなかった。

 

 甘いものが好きかどうかを聞いたつもりでもない。

 

 自分の菓子を、どういう方向へ持っていけばいいのか。

 

 そのために聞いた。

 

 花鳥は、静かに皿を作業台に置いた。

 

「私の好みは関係ありません」

 

 声は低くない。

 

 怒鳴ってもいない。

 

 だが、明らかに線を引く声だった。

 

「関係ない、ですか」

 

「はい」

 

「でも、花鳥さんはこの店を一番見ています」

 

「それは職務です」

 

「花鳥さんが客席で何を良いと思うかは、店の基準と関係していると思います」

 

「店の基準は、私個人の好みではありません」

 

「それは分かります」

 

「分かっているなら、聞く必要はありません」

 

 そこで止めるべきだった。

 

 後から考えれば、湊にも分かる。

 

 花鳥は、もう十分に拒否していた。

 

 だが、その時の湊は、まだ止まれなかった。

 

 なぜなら、昨日の言葉が残っていたからだ。

 

 あなたが作る理由がない。

 

 最初の方が、香りは残った。

 

 彼女は、自分に何かを残せと言った。

 

 なら、何を残せばいいのか。

 

 それを知りたかった。

 

「でも」

 

 湊は言った。

 

「花鳥さんがこの店を一番見ているなら、花鳥さんの好きも、店の一部じゃないんですか」

 

 言った瞬間、失敗したと思った。

 

 花鳥の顔から、温度が引いた。

 

 怒り、というより。

 

 閉じた。

 

 それまで皿を見ていた人が、急に扉を閉めるように。

 

「相沢さん」

 

「はい」

 

「仕事と私情を混同しないでください」

 

 湊は、息を止めた。

 

「私は、そういうつもりでは」

 

「では、どういうつもりですか」

 

 花鳥の声は、まだ静かだった。

 

 だからこそ、痛かった。

 

「あなたは今、私個人の好みを、店の基準に混ぜようとしました」

 

「違います。俺は、菓子を作るために」

 

「同じです」

 

 花鳥は、湊の言葉を切った。

 

「客に出す菓子を作るために、誰か一人の好みを理由にしてはいけません」

 

「……はい」

 

「まして、私を理由にする必要はありません」

 

 その言葉に、湊は返せなかった。

 

 自分は、花鳥のために作ろうとしたわけではない。

 

 少なくとも、そのつもりはなかった。

 

 でも、そう聞こえたのなら。

 

 そう見えたのなら。

 

 自分の聞き方が間違っていたのだ。

 

「すみません」

 

 湊は頭を下げた。

 

「踏み込みすぎました」

 

「謝罪は受け取ります」

 

 花鳥は、すぐに言った。

 

 ただし、許された気はしなかった。

 

「ですが、次から質問の境界を考えてください」

 

「はい」

 

「私は、あなたの菓子を評価します。キュリオの商品として必要かどうかを見ます」

 

「はい」

 

「それ以上を、勝手に求めないでください」

 

 それ以上。

 

 湊は、その言葉を胸の中で繰り返した。

 

 自分は、何を求めていたのだろう。

 

 評価基準。

 

 店の基準。

 

 客席の基準。

 

 それだけのつもりだった。

 

 けれど、花鳥の言葉は、もっと深いところに刺さった。

 

 勝手に求めないでください。

 

 彼女は、そう言った。

 

「……分かりました」

 

 湊は言った。

 

 全部分かったわけではない。

 

 だが、今ここで半分くらいですとは言えなかった。

 

 言っていい場面ではなかった。

 

「皿は、三枝さんに戻してください」

 

「はい」

 

「位置は、先ほど伝えた通りで」

 

「分かりました」

 

 花鳥はそれ以上何も言わず、ホールの奥へ戻っていった。

 

 背筋は伸びていた。

 

 歩く速度も変わらない。

 

 だが、湊は分かった。

 

 距離が、少し開いた。

 

 物理的な距離ではない。

 

 昨日まで、仕事の厳しさとして向けられていたものとは違う。

 

 境界線を引かれた。

 

 森崎が、皿を持つ湊の横にそっと立った。

 

「あの、相沢さん」

 

「はい」

 

「今のは、花鳥さん、怒ってるというより……たぶん、線を引いたんだと思います」

 

「線」

 

「すみません。私が言うことじゃないですね」

 

「いえ。ありがとうございます」

 

 森崎は少し困ったように笑った。

 

「花鳥さん、店のことになるとすごく厳しいです。でも、自分のことになると、もっと厳しい気がします」

 

 湊は、その言葉をすぐには飲み込めなかった。

 

 自分のことになると、もっと厳しい。

 

 たしかに、そう見えた。

 

「……覚えておきます」

 

「はい」

 

 湊は、皿を持って厨房へ戻った。

 

 三枝に皿の位置を伝える。

 

 作業に戻る。

 

 手は動いた。

 

 だが、頭の中では、さっきの会話が繰り返されていた。

 

 花鳥さん自身は、どんな甘さを認めますか。

 

 私の好みは関係ありません。

 

 花鳥さんの好きも、店の一部じゃないんですか。

 

 仕事と私情を混同しないでください。

 

 自分は何を間違えたのか。

 

 聞き方か。

 

 タイミングか。

 

 それとも、聞こうとしたこと自体か。

 

「焦げた?」

 

 三枝が横から声をかけた。

 

 湊は顔を上げる。

 

「え?」

 

「考え。さっき言っただろ。考えも焼きすぎると硬くなるって」

 

「……焦げたかもしれません」

 

「なら、少し冷ませ」

 

 三枝は作業台の上の皿を確認しながら言った。

 

「花鳥さんに何か聞いた?」

 

「聞き方を間違えました」

 

「そっか」

 

「花鳥さん自身が、どんな甘さを認めるのかを聞きました」

 

 三枝は少しだけ手を止めた。

 

「ああ。それは怒られるかもね」

 

「怒られました」

 

「正確には、怒ったというより、線を引かれたんじゃない?」

 

「森崎さんにも同じようなことを言われました」

 

「じゃあ、たぶんそうだ」

 

 三枝は軽く頷いた。

 

「相沢くん、花鳥さんの見方を知りたいのは分かる。でも、花鳥さん個人を近道にしちゃ駄目だよ」

 

「近道」

 

「キュリオに合う菓子を作るために、花鳥さんの好みを答えにする。それは近道に見えるけど、たぶん違う」

 

「はい」

 

「君が見るべきなのは、まず客席。花鳥さんが見ている客席。本人そのものじゃない」

 

 湊は、ゆっくり頷いた。

 

「……はい」

 

「まあ、知りたくなるのは分かるけどね」

 

「三枝さん」

 

「仕事の話だよ」

 

 三枝は笑った。

 

 その笑いは軽いが、茶化してはいなかった。

 

「まずは手を動かそう。考えるのは、焦がさない程度に」

 

「はい」

 

 午後の営業が始まると、湊は余計なことを考える暇をなくした。

 

 注文が入る。

 

 皿を出す。

 

 ホールとタイミングを合わせる。

 

 香りを抑える。

 

 温度を見る。

 

 運びやすさを確認する。

 

 手順としては、昨日よりは少しだけましだった。

 

 だが、花鳥は必要なこと以外、湊に声をかけなかった。

 

 指摘はある。

 

 修正もある。

 

 仕事としての会話はある。

 

 けれど、昨日までのように、ほんの少しだけ余白のある言葉はなかった。

 

 それは当然だ。

 

 自分が境界を踏み越えた。

 

 だから、彼女は距離を戻した。

 

 湊は、その距離を受け入れるしかなかった。

 

 閉店後。

 

 厨房の片付けを終えた後、湊は一人でノートを開いた。

 

 今日の失敗を書く。

 

 皿の位置。

 

 焼き菓子の配置。

 

 ホールへの共有。

 

 そして、最後に、書くかどうか迷ってから一行を加えた。

 

 花鳥さんの好みを、店の基準と同じものとして扱ってはいけない。

 

 書いてから、湊はペンを止めた。

 

 同じものではない。

 

 それは分かる。

 

 だが、完全に別のものなのだろうか。

 

 あの人は、この店を見ている。

 

 この店を整えている。

 

 客席の時間を守っている。

 

 それは仕事だ。

 

 でも、ただ命令されたからやっているようには見えない。

 

 あの人の中にある何かが、この店の形になっている。

 

 そう感じる。

 

 感じるが、今は聞いてはいけない。

 

 少なくとも、今の自分には。

 

「相沢さん」

 

 声がした。

 

 湊は顔を上げた。

 

 厨房の入口に花鳥が立っていた。

 

「はい」

 

「明日の焼き菓子の提供タイミングについて、三枝さんから共有がありました」

 

「分かりました。確認します」

 

「それと」

 

 花鳥は、一拍置いた。

 

 湊は、少し身構えた。

 

「今日の質問についてですが」

 

「……はい」

 

「あなたが菓子を作るために聞いたことは、理解しています」

 

 湊は、返事が遅れた。

 

「はい」

 

「ですが、聞き方が悪いです」

 

「すみません」

 

「私を理由にしないでください」

 

「はい」

 

「私の好みを探る前に、客席を見てください」

 

「はい」

 

「それでも必要だと思うなら」

 

 花鳥は、少しだけ視線を逸らした。

 

「質問の仕方を考え直しなさい」

 

 湊は、思わず顔を上げた。

 

 完全に閉じられたわけではない。

 

 そう思った。

 

 いや。

 

 そう思いたかった。

 

「……分かりました」

 

「本当に?」

 

 いつもの確認だった。

 

 だが、今日はいつものように返せなかった。

 

 半分くらいです。

 

 そう言えば、少しだけ空気が戻る気もした。

 

 けれど、今は違う。

 

「分かるように、考えます」

 

 湊は言った。

 

 花鳥は、しばらく湊を見ていた。

 

 それから、小さく頷いた。

 

「では、明日」

 

「はい。明日、よろしくお願いします」

 

 花鳥は踵を返した。

 

 その背中を見ながら、湊は思った。

 

 自分は、花鳥玲愛の評価基準を知りたいと思っていた。

 

 店に出せるかどうか。

 

 キュリオにふさわしいかどうか。

 

 そのために、彼女の言葉を追っていた。

 

 けれど今日、少しだけ違うものを見た。

 

 花鳥玲愛は、自分の好みを持っていない人ではない。

 

 持っていないふりをしている人でもない。

 

 たぶん、持っている。

 

 ただ、それを仕事に混ぜないように、ずっと線を引いている。

 

 その線の向こうに、何があるのか。

 

 湊はまだ知らない。

 

 知りたいと思った。

 

 菓子を作るために。

 

 そう自分に言い聞かせた。

 

 けれど、その言い訳が少しだけ弱くなっていることにも、湊は気づいていた。

 

 相沢湊は、花鳥玲愛の好みを知らない。

 

 そして今日、自分が知ろうとしたものが、ただの評価基準ではなかったことを、少しだけ知ってしまった。

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