花鳥玲愛は、甘さを認めない   作:エーアイ

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第6話 花鳥玲愛は、甘さを私物化しない

 花鳥玲愛は、甘さを嫌っているわけではない。

 

 紅茶に添える砂糖。

 

 焼き菓子の余韻。

 

 タルトに残る果物の酸味。

 

 それらが必要なものだということは、理解している。

 

 甘さは悪ではない。

 

 甘さは、客席の時間を柔らかくする。

 

 疲れている人の肩を少しだけ落とす。

 

 会話の間に、静かな余白を作る。

 

 だからキュリオに甘さは必要だ。

 

 ただし。

 

 甘さを、誰か一人のものにしてはいけない。

 

 玲愛は、そう思っていた。

 

 朝のホールは、いつも通り整っている。

 

 テーブル。

 

 椅子。

 

 カップ。

 

 予約席。

 

 昨日と同じように、今日も店は始まる。

 

 けれど、玲愛の中には、昨日の会話がまだ残っていた。

 

 花鳥さん自身は、どんな甘さを認めますか。

 

 相沢湊の声。

 

 まっすぐだった。

 

 悪意はなかった。

 

 駆け引きもなかった。

 

 だからこそ、余計に厄介だった。

 

 彼は菓子を作るために聞いた。

 

 それは分かっている。

 

 仕事として、評価基準を知ろうとした。

 

 それも分かっている。

 

 だが、あの質問は、玲愛の内側に触れた。

 

 キュリオの基準ではなく。

 

 チーフウェイトレスとしての答えでもなく。

 

 花鳥玲愛個人の好み。

 

 どんな甘さを認めるのか。

 

 その問いに、玲愛は答えたくなかった。

 

 答えられなかった、ではない。

 

 答えたくなかった。

 

 昔から、理由なく人の心に残るものが苦手だった。

 

 歌声。

 

 笑顔。

 

 ふとした仕草。

 

 努力して整えたものではないのに、誰かの胸に自然と届いてしまうもの。

 

 それを持っている人がいた。

 

 本人に悪気はない。

 

 むしろ、悪気がないから困る。

 

 誰かの視線を集めようとしているわけではない。

 

 奪おうとしているわけでもない。

 

 ただ、そこにいる。

 

 それだけで、人の心に残る。

 

 玲愛は、そういうものが苦手だった。

 

 羨ましいと言えば、簡単すぎる。

 

 妬ましいと言えば、醜すぎる。

 

 でも、そのどちらでもあった。

 

 だから玲愛は、整えた。

 

 姿勢を正した。

 

 言葉を選んだ。

 

 仕事を覚えた。

 

 誰かの心に自然と残れないなら、残る必要のあるものを作ればいい。

 

 客席の時間を乱さず、必要な時に必要な場所に立つ。

 

 笑顔も、声も、所作も、すべて仕事にする。

 

 仕事にすれば、私情ではなくなる。

 

 私情ではなくなれば、誰かを羨む必要もない。

 

 そうやって、ここに立ってきた。

 

「花鳥さん」

 

 厨房側から声がした。

 

 相沢湊だった。

 

 玲愛は視線だけを向けた。

 

「何ですか」

 

「営業後に、少しだけ見ていただきたいものがあります」

 

 まただ。

 

 玲愛は、すぐにそう思った。

 

 彼は、また何かを作った。

 

 昨日の会話の後で。

 

 距離を置くべきだと思っていた。

 

 必要な指示はする。

 

 評価もする。

 

 だが、それ以上には踏み込ませない。

 

 そう決めたはずだった。

 

「内容によります」

 

「タルトではありません。焼き菓子に近いものです」

 

「新作ですか」

 

「試作です」

 

「今の段階で、あなたが新作を出す許可は出していません」

 

「客に出すものではありません」

 

 湊は、少しだけ言葉を選ぶようにした。

 

「花鳥さんに、見ていただきたいんです」

 

 玲愛は黙った。

 

 その言い方が、よくなかった。

 

 客に出すためではない。

 

 キュリオの商品として見るためでもない。

 

 花鳥玲愛に見せたい。

 

 その言葉が、昨日の問いとつながった。

 

 花鳥さん自身は、どんな甘さを認めますか。

 

 私の好みは関係ありません。

 

 そう言ったはずだ。

 

 それでも彼は、そこへ近づこうとしている。

 

「相沢さん」

 

「はい」

 

「昨日、私は言いましたね。私の好みは関係ないと」

 

「はい」

 

「理解していますか」

 

「理解しようとしています」

 

「答えになっていません」

 

「すみません」

 

 湊は頭を下げた。

 

 その姿勢に反抗はない。

 

 だが、引いてはいない。

 

 それも分かった。

 

 厨房の奥で、三枝誠司が作業台の上を確認している。

 

 こちらの会話は聞こえているはずだった。

 

 だが、口を挟まない。

 

 必要があれば入る。

 

 必要がなければ見ている。

 

 三枝はそういう人だった。

 

「営業後、三分だけです」

 

 玲愛は言った。

 

 言ってから、自分が許可していることに気づいた。

 

 拒絶すべきだったかもしれない。

 

 けれど、見ずに切るのは違う。

 

 彼が何を間違えたのか。

 

 何を考えたのか。

 

 それを見なければ、正しく拒絶できない。

 

「ありがとうございます」

 

「礼を言う段階ではありません」

 

「はい」

 

「期待しないでください」

 

「はい」

 

「本当に?」

 

「……少しだけ、しています」

 

「しないでください」

 

「はい」

 

 いつものやり取りに近い。

 

 けれど、いつもより少しだけ距離がある。

 

 湊もそれに気づいているのだろう。

 

 それ以上は言わなかった。

 

 営業中、湊はよく動いた。

 

 皿の位置を確認し、ホールスタッフに運びやすさを聞き、紅茶との香りのぶつかりも見ていた。

 

「森崎さん。この皿、置いた時に寂しく見えませんか」

 

「寂しくはないです。でも、説明する時は少し言葉が必要かもしれません」

 

「言葉、ですか」

 

「はい。見た目が静かなので、何と合わせる菓子なのか分かると、お客様に勧めやすいです」

 

「ありがとうございます。書いておきます」

 

 森崎乃々香の意見を、湊はノートに書き込んでいた。

 

 その姿勢は悪くない。

 

 悪くないから、余計に困る。

 

 仕事を覚えようとしている。

 

 客席を見ようとしている。

 

 こちらの指摘を、逃げずに受け止めている。

 

 だからこそ、彼が踏み込んでくることを、単なる未熟として切り捨てにくい。

 

 未熟なのに、記憶に残る。

 

 それは、整えられたものより厄介だった。

 

 整ったものは評価しやすい。

 

 足りない部分も、直すべき部分も見える。

 

 けれど、未完成なのに残るものは、扱いに困る。

 

 直せば消える。

 

 放置すれば乱れる。

 

 認めれば、危うい。

 

 玲愛は、客席を回りながら、厨房の音を聞いていた。

 

 湊の音は、以前より落ち着いている。

 

 迷っているが、投げてはいない。

 

 彼は考えている。

 

 誰かに答えを渡してもらうのではなく、自分の手で何かを掴もうとしている。

 

 それは評価できる。

 

 評価できるが、甘やかす理由にはならない。

 

 昼過ぎ、有坂直人がホールに顔を出した。

 

 いつものように柔らかい表情で客席を見渡し、厨房の方へ視線を向ける。

 

「相沢くん、今日は静かだね」

 

「静かすぎる皿を作る時もあります」

 

 玲愛は予約表に目を落としたまま言った。

 

 有坂は少し笑った。

 

「花鳥さんの評価は厳しいなあ」

 

「評価前です」

 

「じゃあ、気にしてるんだ」

 

 玲愛は顔を上げた。

 

「店長」

 

「分かった。余計だったね」

 

 有坂は軽く手を上げて、奥へ戻っていった。

 

 玲愛は小さく息を吐く。

 

 気にしているわけではない。

 

 厨房から出るものは、客席に影響する。

 

 だから確認している。

 

 それだけだ。

 

 閉店後。

 

 客席から人の気配が消えた。

 

 スタッフが片付けを進める。

 

 森崎が最後のカップを下げ、玲愛に確認を求めた。

 

「花鳥さん、窓際の二名席、明日の予約用に戻しておきますか」

 

「ええ。椅子は少し内側へ。明日は年配のお客様です」

 

「はい」

 

 森崎が動く。

 

 それを見届けてから、玲愛は予約表を閉じ、厨房へ向かった。

 

 作業台の上に、小さな皿が置かれていた。

 

 焼き菓子。

 

 タルトよりも小さい。

 

 丸く、薄く焼かれた生地の上に、淡い色のクリームが少しだけ添えられている。

 

 果物はない。

 

 ソースもない。

 

 粉糖も控えめ。

 

 見た目は、以前よりずっと静かだった。

 

 だが、香りがあった。

 

 強くはない。

 

 紅茶にぶつかるほどではない。

 

 けれど、確かにこちらへ届く。

 

 蜂蜜。

 

 焦がしバター。

 

 ほんの少しだけ柑橘。

 

 そして、どこかで嗅いだことのある紅茶の香り。

 

 玲愛は、眉を動かさなかった。

 

 三枝が少し離れた場所に立っていた。

 

 有坂は奥にはいない。

 

 森崎はホール側の片付けをしながら、こちらを気にしている。

 

「説明を」

 

「はい」

 

 湊は姿勢を正した。

 

「前のタルトは、店に合わせようとして香りを消しすぎました。だから、今回は最初の香りだけを残して、後は紅茶に渡す形にしました」

 

「紅茶に渡す」

 

「はい。皿だけで終わらせないように」

 

「それは理解できます」

 

 玲愛は皿を見た。

 

「ですが、この紅茶の香りは?」

 

 湊は少しだけ躊躇した。

 

 そこで玲愛は、もう答えを察した。

 

「花鳥さんが、普段よく合わせている香りを参考にしました」

 

 やはり。

 

 玲愛は、静かに息を吸った。

 

「つまり、私を参考にしたのですね」

 

「……はい」

 

「なぜですか」

 

「花鳥さんなら、どんな甘さを認めるのかを考えました」

 

「昨日、私は何と言いましたか」

 

「私の好みは関係ない、と」

 

「覚えているのですね」

 

「はい」

 

「その上で、これを作ったのですか」

 

 湊は、まっすぐ頷いた。

 

「はい」

 

 悪びれていない。

 

 隠してもいない。

 

 彼にとっては、誠実な答えなのだろう。

 

 だから、余計に危うい。

 

「相沢さん」

 

「はい」

 

「食べる前に一つ確認します」

 

 玲愛は、皿を見たまま言った。

 

「これは、客のための菓子ですか」

 

 湊はすぐには答えなかった。

 

 その沈黙だけで、十分だった。

 

「……花鳥さんに認めてもらうための菓子です」

 

 正直だった。

 

 正直すぎた。

 

 玲愛は、少しだけ目を伏せた。

 

 やはり。

 

 湊は善意で踏み込んでいる。

 

 敬意で作っている。

 

 自分の言葉を聞き、考え、何かを返そうとしている。

 

 だからこそ、ここで止めなければならない。

 

 玲愛はフォークを取った。

 

 一口だけ切る。

 

 崩れ方は悪くない。

 

 口に運ぶ。

 

 香りは、確かに良かった。

 

 最初の未完成な強さとは違う。

 

 前回の安全すぎる退屈さとも違う。

 

 かなり考えられている。

 

 甘さは控えめ。

 

 柑橘の使い方も前より説明的ではない。

 

 紅茶を合わせれば、おそらく輪郭が出る。

 

 技術としては、前より進んでいる。

 

 だが。

 

 玲愛はフォークを置いた。

 

「これは、出せません」

 

 湊の顔が強張った。

 

「……理由を聞いてもいいですか」

 

「私を理由に菓子を作らないでください」

 

 言葉は、思ったより冷たく出た。

 

 それでも戻さなかった。

 

 戻してはいけない。

 

「あなたは今、客席を見ていません」

 

「見ていない……」

 

「私を見ています」

 

 湊は息を止めた。

 

「私は、あなたに私を見ろと言った覚えはありません」

 

「……はい」

 

「キュリオの商品を作るなら、客を見てください。店を見てください。皿が置かれる時間を見てください」

 

「はい」

 

「私の好みを探り、私に認められることを目的にした菓子は、客席に置けません」

 

 湊は黙っていた。

 

 皿を見ている。

 

 悔しそうだった。

 

 傷ついた顔でもあった。

 

 その顔を見て、玲愛の胸の奥が少し痛んだ。

 

 だが、ここで柔らかくするわけにはいかない。

 

 彼は間違えた。

 

 善意でも、敬意でも、間違えた。

 

 それを曖昧にしてはいけない。

 

「あなたは、誰のために菓子を作っているのですか」

 

 玲愛は言った。

 

 湊は答えられなかった。

 

「私に認められるためですか」

 

「……違う、と思っていました」

 

「思っていた、では足りません」

 

「はい」

 

「あなたの菓子を食べるのは、私だけではありません」

 

 言ってから、玲愛は気づいた。

 

 少しだけ言い直した自分に。

 

 私ではありません、と切り捨てることもできた。

 

 だが、今の自分は、そう言わなかった。

 

 自分も食べている。

 

 評価している。

 

 彼の菓子を口にして、香りを覚えて、つまらないと言い、最初の方が残ったと言った。

 

 その言葉が、彼をここへ向かわせた。

 

 なら、自分にも責任の一部はある。

 

 だが、それでも。

 

 彼が作る相手は、玲愛一人であってはいけない。

 

「……すみません」

 

 湊は頭を下げた。

 

「作り直します」

 

「今は作り直さなくて結構です」

 

「え?」

 

「一度、止まりなさい」

 

 湊は顔を上げた。

 

「何を作るかではなく、誰のために作るかを考えてください」

 

 湊は、何か言おうとして、やめた。

 

 その沈黙は、反発ではなかった。

 

 迷いだった。

 

 ようやく、迷うべき場所で迷い始めた。

 

 玲愛は皿から視線を外した。

 

「この菓子は、技術としては前より進んでいます」

 

 湊の肩が、わずかに動いた。

 

「ですが、評価はしません」

 

「……はい」

 

「私を理由にしているからです」

 

「はい」

 

「勘違いしないでください」

 

 いつもの言葉が、少し遅れて出た。

 

「あなたの努力を否定しているわけではありません」

 

「分かっています」

 

「本当に?」

 

 湊は少しだけ沈黙した。

 

 それから、首を横に振った。

 

「今は、半分も分かっていないと思います」

 

 玲愛は、そこで言葉を止めた。

 

 その返答は、少し意外だった。

 

 彼はいつも、半分くらいです、と言う。

 

 分かったふりをしないために。

 

 だが今は、その半分にも届いていないと言った。

 

 自分がどこで迷っているのか、それすら掴めていない。

 

 そう認めた。

 

 それは、悪くなかった。

 

 悪くなかったが、褒める場面ではない。

 

「では、分かるまで考えてください」

 

「はい」

 

 湊は、皿を下げた。

 

 その動きは静かだった。

 

 最初のような期待はない。

 

 前回のような悔しさだけでもない。

 

 もっと深く、足元が抜けたような顔をしていた。

 

 自分は誰のために菓子を作っているのか。

 

 その問いを抱えた顔だった。

 

 三枝が、皿を下げた湊に小さく声をかけた。

 

「相沢くん。今日はここまで」

 

「……はい」

 

「手を動かすのは、明日にしよう」

 

「分かりました」

 

 三枝はそれ以上言わなかった。

 

 必要なところで止める。

 

 そういう声だった。

 

 玲愛は、厨房を出た。

 

 ホールに戻る。

 

 誰もいない客席。

 

 整ったテーブル。

 

 閉店後の静けさ。

 

 そこまで来て、ようやく息を吐いた。

 

「……言いすぎたかしら」

 

 小さく呟いてから、すぐに首を振った。

 

 言いすぎではない。

 

 必要なことだった。

 

 私を理由に菓子を作らないでください。

 

 その言葉は、正しい。

 

 正しいはずだ。

 

 それでも、口の中にはまだ、さっきの焼き菓子の香りが残っていた。

 

 蜂蜜。

 

 焦がしバター。

 

 柑橘。

 

 そして、玲愛が好んで合わせる紅茶に近い香り。

 

 よくできていた。

 

 それが、困る。

 

 間違っているのに、よくできていた。

 

 だから、拒絶しなければならなかった。

 

 甘さを、誰か一人のものにしてはいけない。

 

 それは、玲愛が自分に言い聞かせてきたことでもあった。

 

 かつて、理由なく人の心に残る歌があった。

 

 ただそこにあるだけで、人の胸に届く笑顔があった。

 

 玲愛は、それを羨んだ。

 

 そして、その羨ましさを仕事で覆った。

 

 自分の好みを、店の基準に混ぜないようにした。

 

 自分の欲しさを、正しさに変えないようにした。

 

 だから、湊が自分の好みを皿に乗せようとした時、強く拒絶した。

 

 拒絶しなければ、危ないと思った。

 

 彼の菓子が危ないのか。

 

 自分が危ないのか。

 

 そこまでは、考えないことにした。

 

 厨房から、皿を片付ける音が聞こえた。

 

 いつもより静かな音だった。

 

 迷っている音。

 

 止まっている音。

 

 玲愛は、その音を聞いた。

 

 聞いてしまった。

 

「……相沢さん」

 

 呼ぶつもりはなかった。

 

 けれど、名前だけが小さく出た。

 

「花鳥さん?」

 

 振り返ると、森崎がトレーを抱えて立っていた。

 

「何でもありません」

 

「……はい」

 

 森崎はそれ以上踏み込まなかった。

 

 ただ、少しだけ厨房の方を見た。

 

「相沢さん、大丈夫でしょうか」

 

「三枝さんが見ています」

 

「そうですね」

 

「森崎さん」

 

「はい」

 

「余計な心配で、仕事の手を止めないでください」

 

「はい」

 

 森崎はすぐに頷いた。

 

 けれど、その表情にはまだ少しだけ気がかりが残っていた。

 

 それは、悪いことではない。

 

 ただ、今は言わない。

 

 玲愛はテーブルの上のカップを一つ、正しい位置に戻した。

 

 彼は今、迷っている。

 

 では、自分はどうなのか。

 

 正しいことを言った。

 

 そのはずだ。

 

 だが、過剰に反応したことも、どこかで分かっていた。

 

 湊は、玲愛を利用しようとしたわけではない。

 

 自分のためだけに作ろうとしたわけでもない。

 

 ただ、認められたかった。

 

 評価されたかった。

 

 そしておそらく、玲愛が何を大切にしているのかを知りたかった。

 

 それを、玲愛は拒絶した。

 

 必要だった。

 

 けれど、少し痛かった。

 

 甘さは、客のためにある。

 

 店の時間のためにある。

 

 誰か一人の胸に閉じ込めるものではない。

 

 そうでなければならない。

 

 そうでなければ、また羨んでしまう。

 

 欲しくなってしまう。

 

 自分のものにしたくなってしまう。

 

 だから。

 

 花鳥玲愛は、甘さを私物化しない。

 

 たとえ、その甘さが、自分のために作られたものだったとしても。

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