魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
その日の夜。
グリモワルドの家の居間で、ピリカは机に向かっていた。
目の前には、紙の山。
お披露目の会でもらった注文の書き付け。親方に送る手紙——追加の注文が二十件を超えたこと、それから、値段が十倍になったこと。これは絶対に、親方に二度見される。あとは、来週の石鹸職人さんとの顔合わせまでに、聞きたいことを書き出しておかないと。
羽ペンを走らせながら、ふと、手が止まる。
(そういえば……お湯を沸かすあの道具も、商品にできないかな。あの、温かいまま保てるコップも……)
気づけば、手紙の端っこに、次の商品の候補をこっそり書き付けていた。
「なんだか最近、夜遅くまで頑張っておるのう」
声がして振り向くと、グリモワルドが、コーヒー片手に立っていた。
「何しておるんじゃ?」
「あ、お師匠様。えっと——」
ピリカは、今日一日の報告をした。
お披露目の会が大成功だったこと。注文が二十件を超えたこと。お兄様の助言で、値段が十倍になったこと。
「ほう。兄のやつ、わかっとるのう」
シャンプー作りも、お母様と一緒に始まること。
「かっかっか。あの母親の勢いなら、もう半分できたようなもんじゃな——それで? その端っこの書き付けはなんじゃ」
「う」
見られてた。
ピリカは観念して、メモを差し出した。
「その……お師匠様の家にあるもので、他にも商品にできそうなものを、書き出してて。あの、勝手にすみません。ちゃんと許可をいただいてから、ご相談しようと思って、その、準備だけ……」
お湯がすぐに沸く、あの道具。冷たいまま保てるコップ。食べ物が悪くならない、あの不思議な箱。
グリモワルドは、メモをしばらく眺めて、ふむ、と鼻を鳴らした。
「——ドライヤーだけで終わることもあるまい。うちにあるもの、なんでも作れ」
「え」
ピリカは、目をぱちくりさせた。
「い、いいんですか。いいか聞こうと思っていたんですけど」
「最近のお主は、いい顔をしているからな」
グリモワルドは、コーヒーをすすった。
「忙しいが、充実した顔じゃ。そういうのが、向いていたんじゃろう」
「……!」
不意打ちだった。
——お兄様にも、言われたっけ。いい顔をするようになったな、って。
じわっと熱くなった目元を、ピリカは瞬きでごまかした。
「ただし」
グリモワルドが、人差し指を立てた。
「——ブランドをつけよ」
「ブランド……ってなんですか?」
「みな、お主の品だとわかる、印のようなものじゃ。何か考えよ」
「印……ですか?」
「うむ。お主を表す同じ紋章を、すべての商品に入れるんじゃ。見た者が『これはピリカの品だ』と、ひと目でわかるようにな」
グリモワルドは、向かいの椅子に腰を下ろした。
「ええか。物が売れればな、必ず真似をするやつが出る。模倣品が出るぞ。——すぐにな」
「も、模倣品」
「そうなった時に、お主の本物と偽物を見分ける印が要る。——それにな、印には、別の働きもある」
「別の働き?」
「お主の商品の信用が、そのまま次の商品に繋がるんじゃ。『この印の品なら、間違いない』とな。ドライヤーで信用を得れば、次のケトルは、最初から信用された状態で売れる」
「信用が……繋がる……」
「その代わり」
グリモワルドの声が、すこしだけ低くなった。
「一度でも変なものを売れば、印ごと、全部の信用が崩れる。途端に、何もかも売れなくなるぞ。——心せよ」
ピリカは、ごくりと唾を飲んだ。
便利な話を聞いていたつもりが、最後に、ずしりと重いものを手渡された。そんな感じがした。
「考えてこい。名前と、印を」
「な、名前と、印……」
「お主の商売の、顔になるものじゃ。じっくり考えるとええ」
グリモワルドはそれだけ言うと、コーヒーを持って、奥に戻っていった。
⸻
その夜。
ピリカは、後処理の紙を脇に寄せて、新しい紙を引き寄せた。
名前と、印。私の商売の、顔。
(名前は……うーん。私の名前からかな。なにか……ピリカ……ピリカの……)
描いては、丸める。描いては、丸める。
足元に、紙の玉が、ころころと転がっていく。
(あと、印……。私を表すもの。私らしい、もの……)
ふと、ペンが止まった。
窓の外の暗がりに、遠くの街の灯りが、ぽつ、ぽつ、と滲んで見えた。
——灯火。
何百回唱えても、灯火にしかならなかった、私のファイアボール。
(…………あ)
ピリカは、新しい紙の真ん中に、そっとペンを置いた。
その夜、居間の明かりは、ずいぶん遅くまで点いていた。
金属の水瓶と羊さん、pluto43さん、SSKUGさん、tanepさんより☆9いただきましたーー!
ありがとうございます(*>∇<)ノ!